まず結論から
- 親のイライラや叱責が吃音を引き起こすことはありません。幼児吃音臨床ガイドラインは、保護者が子どもの発話を気にする・注意するといった行為や、育て方が悪いせいで吃音が生じるという説は否定されている、と明記しています。日本吃音・流暢性障害学会も、親の接し方を原因とする説を「最も問題のある間違った原因論」として名指しで退けています。
- ただし「原因」と「出方」は別です。幼児期は疲労や環境の変化に敏感な子どももいて、少しのことで症状が増えたり減ったりします。急かされている感じや、周りがいらだって見えること、言葉を先取りされることは、吃音が増えうる要因として挙げられています。
- 吃音そのものを叱ることには、別の影響が指摘されています。吃った直後に叱ると、吃ることだけを減らす効果は期待できず、話すこと自体が減る——ガイドラインはそう説明し、吃音の症状を叱る指導に「行わないよう勧められる」という最も低い等級を付けています。
- 「完璧にやらないと悪くなる」という恐れには根拠がありません。親の話す速さや返事までの間と、子どもの吃音の量とのあいだに関連は検出されず、親子の組ごとに固有の会話のリズムがあるだけでした。
- 自分を責めている保護者は、あなただけではありません。育て方が悪かったのかもしれないという罪悪感を抱く母親がいまだ多い、とガイドラインは現状を書き、支援者に対して、相談に来る養育者の味方となることを求めています。
ただし、これは「イライラしても何も影響がない」という意味ではありません。周りの環境を整える方法について、ガイドラインは、吃音の改善に効果があるというエビデンスは弱いが、うまく実行できれば親子ともに心理的ストレスの軽減が期待される、と評価しています。また、子どもや保護者が不安や否定的な思いを口にしているなら、続くかどうかの見込みによらず相談する利益がある、と研究者は述べています。イライラした自分を責めるより、そのイライラを相談の材料にするほうが、根拠のある向きです。
「早く言って」——知っていても、口から出てしまう瞬間
「先取りしない」「せかさない」。吃音のある子への接し方として、たいていの保護者はすでに知っています。知っているのに、できない。その瞬間を、看護師でもある母親が書き残しています。
吃音のある息子の母の声(看護師・シングルマザー/個人ブログ note)
吃音のある子には、先取りして言葉を汲み取ってはいけない。 せかしてもいけない。
知識としては知っていた。
でも、やってしまっていた。
「あ、○○ってこと?」 「早く言って」
言った後に、しまった、と思う。
看護師だから完璧にできるわけじゃない。
この母親は、看護学生だったころに息子が高熱を出した夜のことから書き始めています。けいれん中は抱き上げてはいけないと知識では知っていたのに、目の前で苦しそうにしている我が子を抱き上げてしまった。「頭より先に体が動いた」と。吃音への「先取りしない・せかさない」も、同じ形で崩れます。「あ、○○ってこと?」「早く言って」——言ったあとに、しまった、と思う。以前は「看護師なんだから自分で判断しなきゃ」というプレッシャーがあったが、今は放課後に通う施設(放デイ)の先生や学校の先生に相談するようになった、と続きます。手記の結びは「完璧な親じゃなくていい」でした。知識と行動のあいだに溝があることを、公的資料の側も前提にしています。
出典: 看護師なのに、我が子のことになると迷ってばかりだ。(note)(台帳: V0539)
金沢大学の吃音ポータルサイトが家庭に提案している接し方には、「できないとき」の逃げ道があらかじめ書かれています。家事などで忙しいときは「あとで、お話を聞くから待っててね」と言って、あとで必ず聞く時間を設ける。朝や夕方など忙しくなりがちな時間帯の過ごし方に気をつけ、生活全般をゆったりしたものにする。「いつでも最後まで待つ」ではなく、「待てない時間帯があることを前提に、聞く時間を別に作る」という設計です。
そして、先取りしてしまった一回が吃音を作るわけではありません。幼児吃音臨床ガイドラインは、保護者が子どもの発話を気にする・注意するといった行為や、育て方が悪いせいで吃音が生じるという説は否定されている、と明記しています。同じガイドラインは、保護者が幼い子どもと話すときに使う言葉や話し方は、吃音のない子どもの保護者と差がない、とも書いています。メリーランド大学の研究者が、助言を受ける前の親子の会話を録音で測った研究でも、親が返事をするまでの間の長さと子どもの吃音の量とのあいだに関連は検出されず、大きかったのは親子の組ごとの会話のテンポの違いでした。「うちは早口の家だから」という心配も、この結果の前では根拠を失います。
「あの日、強く叱ったせい?」——始まった日の直前を探してしまう
吃音は、ある日突然始まることが珍しくありません。だから保護者は、その直前の出来事を探します。多くの場合、見つかるのは自分が怒った日です。
3歳の息子の母の声(ナレーター・イベントMC/本人の公式サイトのブログ)
「あの日、強く叱ったせい?」といったように直前の出来事を振り返って自責する親御さんも多いようです(かくいう私もそうでした)が、後から「何がきっかけで始まった?」と見つからない答えを探すより、「これから何をすべきか」を探っていきたいものです。
2019年7月、3歳の息子に「どもり」が見られるようになった、とこの母親は書き始めています。長年ラジオやテレビに携わってきた人として「どもる」という言葉を使うこと自体に抵抗があり、息子のことをブログに書くのも「タブー」ではないかと考えた。けれど、隠すこと・何事もないかのように扱うこと・タブー視することが逆効果になることもあると学び、書くと決めた。息子の出方は「おおおおお、お、お、おかあさん」。遊びから行動を切り替えるときの呼びかけや、伝えたいことを話し始める文頭で起こる。ほんの先週までは、幼児らしい滑舌の悪さはあっても吃音の症状は皆無だった——その「先週まで」があるから、「あの日」を探してしまいます。この「ある日、急に」は、研究の側から見ても典型的な始まり方です。
出典: 息子についての悩み~吃音1~(都竹悦子公式サイト)(台帳: V0062)
国立障害者リハビリテーションセンターが関わる発達障害ナビポータルは、発症の4割は急にある日始まることが知られている、と書いています。そのため、「今まで流暢に話していたのに、何か悪いことをしたのではないか」と驚いて相談に来る保護者がいる——資料はそこまで見越して、吃音の始まり方を説明すること自体が、養育者が我が子を客観的に見るのに役立つ、としています。「あの日」を探してしまうのは、始まり方を知らされていないからで、保護者の落ち度ではありません。
「叱ったせい」という説そのものは、調べられています。ガイドラインは、かつて「親が非流暢を気にしたり指摘したりすると吃音になる」と唱えられた説(診断起因説)の来歴を囲み解説で整理したうえで、もとになった研究のデータを精査すると、吃音のない子どもの非流暢な発話を叱責しても吃音は生じておらず、「親の育て方が悪くて吃音が生じることはない」という、その説とは整合しない結果だった、と書いています。そして、発症の原因として最大のものは遺伝要因で7割程度を占め、保護者が子どもの発話を気にする・注意するといった行為が原因だという説は否定されている、と結論づけています。メリーランド大学の研究者も、保護者の考えや行動が吃音の発症を引き起こすと今も信じている治療者や研究者はほとんどいない、と明言しています。強く叱った日と吃音が始まった日が重なったとしても、それは「重なった」以上のことを意味しません。この説がどこから来て、なぜ否定されたのかは母親からの遺伝の記事に、「下の子が生まれたから?」という問いは兄弟の記事と2歳の原因の記事にまとめてあります。
「親が怒ると、子どもは萎縮してどもる?」——言語聴覚士に聞いた母
「怒ってはいけない」という助言は、原因ではないと言われたあとも残ります。怒ったら悪化するのではないか。この問いを、そのまま言語聴覚士(ことばの専門職)にぶつけた母親がいます。
3歳2か月の息子の母の声(富山市/個人ブログ・アメブロ。市のことばの教室で言語聴覚士と面談した日の記録)
私が質問したのは「よく、親が怒ると子供が萎縮してどもるから子供に怒ってはいけないと聞いたことがあるのですが」と聞いてみたら、
先生は「そんなことはないですよ。○○君の場合は怒られた時に限ってどもりがでるわけではないので。ただお子さんがリラックスできる雰囲気作りが重要なので、子供の前で夫婦喧嘩を見せたりしないようにはしてくださいね」と言われました。
息子は話し始めるのが遅く、1歳半健診で言えた単語は3個。2歳半で急に文章を話すようになり、そのころから「どもり」が気になり始めました。市のことばの教室は予約が半年待ち。ようやく取れた日に母親が風邪をひいて流れ、次は翌年2月と言われ、保健所から急なキャンセルが出たと電話があって受診が叶いました。面談の日、息子は10問ほどの課題をどもらずに答え、母親は「小学生になってもどもっていたら、からかわれたりいじめられたりしたら」と相談して涙が止まらなくなります。その流れのなかで出たのが、引用の質問でした。言語聴覚士の答えは「怒られた時に限ってどもるわけではない」という、この子の観察に基づくものと、「リラックスできる雰囲気」という一般的な助言の二段でした。この二段は、資料の側の説明とも重なります。
出典: 息子3歳のどもり(吃音)(息子を連れてハワイに行くぞー・アメブロ)(台帳: V0058)
ここで、「原因」と「出方」を分けて読む必要があります。原因については、前の節のとおり、親が怒ることが吃音を作るという説は否定されています。日本吃音・流暢性障害学会は、周りの人に伝えるべきこととして「吃音は緊張やストレスや家庭環境のみから生じるものではない」を挙げています。
一方で、出方は動きます。学会の解説は、幼児期はことばの発達や発話の運動が未熟で、疲労や環境の変化に敏感な子どももいるため、少しのことに影響されて吃音の症状がよくなったり悪くなったりする、と書いています。英語圏の支援団体(Communication Health Support Association)の情報サイトは、吃音が増えうる要因を三つの方向から挙げています。本人の感情(いらだち、興奮、緊張、急かされている感じ)、場面(休日、人混み、電話)、そして周りの人の行動——からかう、いらだって見える、話し方に注意を向けさせる、「助けよう」として言葉を先取りする。親のイライラは、この三つ目に入っています。ただし、これは「増えうる要因」の一覧であって、原因の一覧ではありません。
もう一つ、吃音そのものを叱ることには、別の影響が指摘されています。ガイドラインは学習の仕組みから説明しています。叱られると、その直前の行動が減るが、それは直前の行動に対して無差別に起きる。だから、吃った直後に叱ると、吃ることだけを減らす効果は期待できず、発話自体が減る。もとになった研究からも、子どもの非流暢な発話を叱責すると、話すこと自体をためらうようになることが分かった、と書かれています。ガイドラインが吃音の症状を叱る指導に「行わないよう勧められる」という等級を付けているのは、吃音が悪化するからではなく、話す量が減るからです。学会の解説も、吃音を恥ずかしいと思って、なんとか出さないようにと力を入れてもがくと吃音は悪化する、と書いています。「どもったことを叱らない」と「子どもを叱ってはいけない」は、別のことです。上の言語聴覚士が「リラックスできる雰囲気」と言ったことは、吃音ポータルサイトの「生活全般をゆったりと落ち着いたものにする」という提案と同じ向きです。
症状が強い日は「私の接し方が下手だった日」——波を成績表にしてしまう
イライラは、一度の出来事だけでは終わりません。毎日の症状の増減を、自分の関わり方の採点として読み始めると、休む日がなくなります。娘の吃音が幼稚園入園直後に始まった母親が、その時期を後から書いています。
幼稚園入園直後に吃音が始まった娘(手記の時点で中学2年生)の母の声(栃木県宇都宮市/自助団体の会報に載った実名の手記)
日記をつけることで、吃音には波があり、娘の吃音の特徴などを理解することができました。親子関係を見つめ直す良い機会であったと思いますが、当時は、常に、娘の吃音症状が気になり、頭から離れることがありませんでした。
症状が軽いときは、私の接し方が、うまくいったと判断し、症状が強く出ているときは、娘にストレスや疲れを与えてしまった、私の注意が足りなかった、接し方が下手であったと、判断するようになっていました。もしかしたら、吃音が消えるかもしれないと考えていたから、自分を追いつめ、苦しい状況に陥ってしまっていたのかもしれません。
入園して間もないある日、娘は帽子をかぶりリュックを背負ったまま駆け込んできて、自分の名前の一文字目を重ねながらフルネームを何回も繰り返してから本題に入った。翌日には文の初めが出にくくなっていた。夫が幼児ことばの教室を調べ、母親は電話をかけます。教室で受けた助言は「ストレスや疲れを取り除くこと」「しつけは本当に必要なときのみ最低限に」「どもっていても意識せずに聞くこと」。そして、その日から症状の日記をつけることになりました。日記は波を教えてくれた。同時に、その日記が採点表になった——軽い日は自分の手柄、強い日は自分の落ち度。この母親自身が、「吃音が消えるかもしれないと考えていたから」と、追いつめられた理由を書いています。波がなぜ起きるのかは、専門家の側でも解明が進んでいません。
出典: レジリエンスを育てる~親の体験・親の気持ち~(日本吃音臨床研究会「吃音相談室」)(台帳: V0159)
波は、親の採点表として読めるほど規則的なものではありません。学会の解説は、調子の良い状態・悪い状態が数週間から数か月にわたって続く人も多く、この変動を「波」と呼ぶこと、幼児期にはまったく症状が出なくなる時期もあるかもしれないことを書いています。九州大学病院の医師は、40年ほど吃音のある自分でも、いつ調子が良くなるのか悪くなるのか分からないとしたうえで、波の解明はほとんど進んでいない、と保護者に答えています。専門家にも予測できない増減を、家庭の接し方の結果として読むのは、はじめから無理な計算です。
同じ医師は、言葉づかいを変えることを勧めています。「吃音が悪化する」「ひどくなる」ではなく「吃音が増える」、「改善する」ではなく「減った」という中立的な言い方を使う。表面上の吃音の状態に保護者の心理が左右されるのではなく、話すという行為の内側にある「話したい気持ち」を育てることを重く見るとよい、というものです。
日記そのものは、採点表ではなく相談の材料です。ガイドラインは、積極的な介入を始めるまでの経過観察の中身として、家庭で日々の吃音症状を記録してもらい、定期的な面談でその記録をもとに症状の変化を評価することを挙げています。記録が向いている先は、親の自己評価ではなく、面談の席です。そして、親の話す速さや返事までの間が子どもの吃音の量と関連しなかったという研究結果は、「今日の接し方が今日の症状を決めた」という読み方の土台も外しています。3歳前後の記録に見える波の実際は、3歳の吃音ブログの記事に並べてあります。
「イライラして当たってしまった」——親の会で、先を歩いた母が答えたこと
自分を責める気持ちは、家の中では出口を見つけにくいものです。小学校のことばの教室が開いた吃音の学習会で、参加した母親の一人が「親の立場からして、自分を責めたことはありますか」と尋ねました。答えたのは、吃音のある子を育ててきた、自助団体のスタッフの母親です。
吃音のある子の母の声(自助団体のスタッフ。小学校のことばの教室の学習会で、参加した母親たちの質問に答えた記録)
育てる過程では、吃音のことがよくわからず間違った対応をしていたとか、傷つくような言葉を言ってしまったとか、イライラして当たってしまったとか…いろいろあることと思います。私もそうでしたから…。 ただ、お子さん全体を一人の人間としてとらえれば、他の部分でその子のすばらしさを認めたり、才能を伸ばしてあげたり、これからできることはたくさんあります。
この母親は、質問に「自分を責めた経験はたぶん無い」と答えた直後に、それは不遜ではないかと自問しています。そして「失敗」「後悔」と「責め」を分けました。失敗や後悔は、許しを請う・誠意をもって対応する・次に生かすと切り替えることで昇華できる。責めは、それが昇華できずに自分の中でブラックホール化しているときではないか、と。吃音の子として生まれてきたのは母親のせいではない、とも言い切っています。引用のあとには、親も人間だからいつでも安定した気持ちで温かく接することはできない、そんなときは落語や漫才で思いきり笑う、一人でカラオケに行く——自分もそうしている、と続きます。「心をリセットできる何か」を見つけること。イライラしたあとの手当てとして、この母親が挙げたのは、子どもへの対応ではなく、親自身の息のつき方でした。罪悪感を抱く保護者が多いことは、ガイドラインの側も承知しています。
出典: ことばの教室訪問(親御さん体験談)(小中高校生の吃音のつどい・NPO法人全国言友会連絡協議会)(台帳: V0074)
幼児吃音臨床ガイドラインは、序文で現状をこう書いています。育て方が悪いから吃音を発症するという説は否定されているのに、この知見は浸透しておらず、育て方が悪かったからかもしれないという罪悪感を抱く母親がいまだ多い。そのうえで相談対応の機関に対して、再受診の目安を説明することとあわせて、吃音のある幼児を育てる不安を低減することが望まれる、と求めています。発達障害ナビポータルも、支援者は相談に来る養育者の味方となる必要があり、祖父母から母親の育児態度が責められていることもあるため祖父母も交えた情報共有が必要だ、としています。金沢大学の吃音ポータルサイトは、自分の育て方がまずかったと自身を責めている保護者や、家族・親戚・近所の人から指摘されて傷ついている保護者に向けて、保護者の接し方のまずさが原因で吃音が生じるわけでは決してない、と言い切っています。親の不安は、相談の場で扱われるべきものとして、資料の側に位置づけられています。
研究者も同じことを書いています。就学前の子どもの吃音が続くかどうかを追った研究は、続くかどうかの見込みの高低によらず、子どもや保護者が不安や否定的な思いを口にしているなら、その子と家族は相談から利益を得る、と述べています。親子の会話を測った研究は、たとえ親への助言が吃音の頻度を変えないとしても、保護者が「自分にできることは減った」と受け取ってほしくはないと断ったうえで、喘息や糖尿病のような子どもの慢性の病気と同じく、親は発症にはほとんど関わらないが、症状と付き合っていくうえでは重要な役割を持つ、と書いています。
同じ立場の人に会う場も、資料に挙げられています。学会の解説は、吃音の自助団体について、「吃音があるのは自分だけではない」と認識し、共通の体験を語り合い、苦悩を分かち合い、互いに援助し合うことが活動の中心だと紹介しています。当事者本人の団体についての説明ですが、保護者が集まる場も各地にあります。この記事の手記のうち2つは、ことばの教室の学習会の記録と、自助団体の会報から採ったものです。親子で参加する集まりの中身は吃音親子サマーキャンプの記事に、保護者どうしの会と園や学校へ渡す文書は親子カフェとリーフレットの記事にまとめてあります。
「ゆっくり話す」を完璧にやらなくても——研究が測ったこと
イライラのもう一つの源は、「ゆっくり話す」「間をとる」という助言を、毎日完璧にこなさなければ子どもの吃音が悪くなる、という恐れです。この助言そのものが、どのくらいの根拠を持っているのかを、メリーランド大学の研究者が確かめています。助言を受ける前の親子の会話の録音を使い、親が返事をするまでの間と、親子の話す速さを測りました。
結果は、助言の前提とは違っていました。親が返事をするまでの間は、のちに吃音が治った子・続いた子・吃音のない子の三つの群で、統計的に意味のある差がありませんでした。間の長さと子どもの吃音の量との関連もほぼゼロで、間を一定に保つことと吃音の量との関連もありませんでした。話す速さは、のちに治った子とその母親のほうが、他の二つの群より速く話していました。研究者はこの結果を、親の話す速さや間が吃音の量を変えるという強い裏づけにはならない、とまとめています。
ただし、二つの但し書きがあります。一つは、この結果は「親が関わる方法は効かない」という結論を支持するものではなく、「効く」という結論を支持しないだけだ、と研究者自身が線を引いていることです。もう一つは、それでも専門家の指導のもとでの保護者の関与は、多くの子どもの病気や障害で決定的に重要だ、と同じ研究者が続けていることです。親の話す速さと会話の交代を調整する治療を提案した論文への反論では、規模も期間も大きい研究が話す速さや会話の交代と吃音からの回復のあいだに関係がないことを示していること、そして、回復を決めるのは親の役割だという考えを強調し続けることは根拠が不十分で害をもたらしうること、が挙げられています。
ガイドラインの位置づけも同じです。周りの環境を子どもの流暢さを促す方向に整える方法(環境調整法)について、吃音の改善に効果があるというエビデンスは弱いが、適切な情報提供も含めてうまく実行できれば親子ともに心理的ストレスの軽減が期待される、と評価し、この方法を行うときには、保護者が吃音の原因を「自分の関わり方や家庭環境にある」と誤解しないよう臨床家が特段の注意を払う必要がある、と釘を刺しています。ガイドラインはさらに、保護者が幼い子どもと話すときの言葉や話し方は吃音のない子どもの保護者と差がなく、したがってこの方法で行われるのは、悪い環境を普通の環境に変えることではなく、普通の環境を吃音のある子どものために「特別に配慮された環境」に変えることだ、と述べています。「ゆっくり話す」は、吃音を減らすためのノルマでも、悪い親を普通の親に直す手順でもなく、親子のストレスを減らすための工夫として置かれているものです。うまくできなかった一日が、子どもの吃音を決めることはありません。
親自身の疲れを、どこに持っていくか
相談先として挙げられているのは、幼児の吃音の治療経験がある言語聴覚士のいる病院やクリニック、自治体の(小児)リハビリテーションセンター、大学教育学部に付属する発達や言語の相談室、地域の児童発達支援センターで、就学後は小学校の通級指導教室(ことばの教室)です。ただしガイドラインは、相談に対応する機関の多くは治療には対応できないことも多い、とも注意しています。どこに何を相談できるかは吃音の相談先の記事に整理してあります。
相談の場に持っていく材料は、子どもの症状だけではありません。子どもや保護者が不安や否定的な思いを口にしているなら、続くかどうかの見込みによらず相談する利益がある、と研究者は述べています。ガイドラインが経過観察の中身として挙げているのは、保護者が過度に心配することがないように資料を提供しながら適切な知識と望ましい関わり方を伝え、定期的な面談で経過を見ることです。「イライラしてしまう」「怒ってしまった」は、面談で話してよいことのうちに入ります。
一つだけ、行き違いへの備えがあります。相談の場では、子どもが思ったほどどもらないことがよくあります。それを見た相談先が「気にならないですね」「軽い吃音ですね」と言うことは、養育者にとってプラスに働くことは少ない、と発達障害ナビポータルは注意しています。家での出方——どんな時間帯に、どんな場面で増えるか——を書き留めて持っていくと、この行き違いを減らせます。記録は採点表ではなく、その日にどもらなかった子どもの代わりに話してくれる材料です。待つと決めた場合も、保護者と言語聴覚士が見守り続け、定期的に相談し、発話の変化に気づいたら連絡するよう研究者は勧めています。園に頼めることは保育園での対応の記事にまとめました。
イライラしたあとに陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 怒った日と始まった日を線で結び、自分を「原因」にする
発症の4割は急にある日始まります。直前に怒った日があれば、線を引きたくなるのは自然なことです。けれど、吃音のない子どもの非流暢な発話を叱責しても吃音は生じておらず、親の育て方が悪くて吃音が生じることはない、とガイドラインは書いています。親の接し方を原因とする説は、学会が「最も問題のある間違った原因論」として名指ししているものです。線は、重なりであって因果ではありません。
落とし穴2 − 「叱ってはいけない」を「一度も声を荒げてはいけない」と読み、疲れ切る
ガイドラインが「行わないよう勧められる」としているのは、吃音の症状を叱ることです。理由は、吃った直後に叱ると発話自体が減るからで、子育て全体から叱る場面をなくせという話ではありません。しつけは本当に必要なときのみ最低限に、という助言を受けた母親の手記にもあるとおり、「どもりを叱らない」と「叱らない」は別です。親の話す速さや間と子どもの吃音の量との関連は検出されておらず、完璧にやらなければ悪化する、という恐れの側に根拠はありません。
落とし穴3 − 波を採点表にして、一人で抱える
波は専門家にも予測できず、解明もほとんど進んでいません。症状が強い日を自分の落ち度、軽い日を自分の手柄と読み続けると、休む日がなくなります。「悪化」ではなく「増えた」、「改善」ではなく「減った」と言い換え、記録は面談で症状の変化を評価するための材料として持っていく。そして、不安や否定的な思いを口にしているなら、それ自体が相談する理由になります。
まずは、いつ・どんな場面で増えたかを書き留めておくことから小さく始めてください。書き留めた記録は、次の面談で、その日にどもらなかった子どもの代わりに話してくれます。言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合は、そちらが確実です。
よくある質問
イライラして怒ってしまいました。子どもの吃音は悪化しますか?
怒ったことが吃音を作ることはありません。保護者が子どもの発話を気にする・注意するといった行為や、育て方が悪いせいで吃音が生じるという説は否定されている、とガイドラインは明記しています。一方で、幼児期は疲労や環境の変化に敏感な子どももいて、少しのことで症状が増えたり減ったりします。増えたとしても、それは波の一部であって、悪化の始まりと決めつける根拠はありません。
親のストレスやイライラが、子どもの吃音の原因になることはありますか?
いまの研究では支持されていません。発症の原因として最大のものは遺伝要因で7割程度とされ、双子研究では原因の約8割はその子の生まれ持った体質だと示されています。学会は、吃音は緊張やストレスや家庭環境のみから生じるものではない、と周囲に伝えるよう勧めています。急かされている感じや周りのいらだちは、吃音が増えうる要因として挙げられていますが、原因とは別のことです。
どもったとき「早く言って」と急かしてしまいます。どうすればいいですか?
公的資料は、家事などで忙しいときは「あとで、お話を聞くから待っててね」と伝えてあとで必ず聞く時間を設けること、忙しくなりがちな朝や夕方の過ごし方に気をつけることを提案しています。急かしてしまった一回が吃音を決めることはなく、親が返事をするまでの間と子どもの吃音の量との関連は検出されていません。「待てない時間帯がある」ことを前提に、聞く時間を別に作るほうが続きます。
症状が強い日は、私の接し方が悪かったのでしょうか?
そうは読めません。調子の良い状態・悪い状態は数週間から数か月続くこともあり、波がなぜ起きるのかは解明がほとんど進んでいません。九州大学病院の医師は「悪化」ではなく「増える」という中立的な言葉を使い、話したい気持ちを育てることを重く見るよう勧めています。記録は自分の採点ではなく、面談で症状の変化を評価するための材料です。
親自身の疲れや自責は、誰に相談すればいいですか?
子どもの相談先と同じ場所で話してよいことです。ガイドラインは相談対応の機関に、吃音のある幼児を育てる不安を低減することを求め、発達障害ナビポータルは支援者に、相談に来る養育者の味方となることを求めています。研究者も、保護者が不安や否定的な思いを口にしているなら、続くかどうかの見込みによらず相談する利益がある、としています。同じ立場の保護者が集まる学習会や親の会も、各地にあります。
まとめ
- 親のイライラや叱責が吃音を引き起こすことはない。保護者が発話を気にする・注意する行為や育て方を原因とする説は否定されており、学会も「最も問題のある間違った原因論」として名指ししている。発症の4割は急にある日始まる。
- 「原因」と「出方」は別。幼児期は疲労や環境の変化で症状が増減し、急かされている感じや周りのいらだち・言葉の先取りは増えうる要因に挙げられている。波は専門家にも予測できず、親の採点表にはならない。
- 吃音そのものを叱ると、吃ることだけでなく発話自体が減る。「どもりを叱らない」と「子どもを叱らない」は別のこと。
- 親の話す速さや間と子どもの吃音の量に関連は検出されず、回復を決めるのは親だという考えは根拠が不十分で害をもたらしうる。「完璧にやらないと悪化する」という恐れに根拠はない。環境を整える方法は、親子のストレス軽減が期待されるものとして位置づけられている。
- 罪悪感を抱く保護者は多く、支援者は養育者の味方となることを求められている。不安を口にしているなら、それ自体が相談する理由になる。記録は面談の材料に、息のつき方は自分で決めてよい。
