まず結論から
- 卒業式は、国の資料が学校で困りやすい場面として名前を挙げている行事です。日直の号令・音読・発表・かけ算の九九・学習発表会と並んで挙げられており、場面の名前を挙げて具体的に聞くことが、困り感の早期発見につながるとされています。
- 「はい」が出ないのは、声が小さいからでも、気持ちが弱いからでもありません。伴奏に合わせて歌ったり、2人で同じ言葉を言ったりするとき——外からタイミングが与えられているときには吃音が消えて流暢に話せるため、吃音は発話のタイミング障害と言われています。呼名は、その外からの手がかりがいちばん少ない形の一つです。
- 練習を増やせば言えるようになる、とは限りません。研究班の解説は、吃る不安があると話すという行為そのものが意識的になり、自動で行うことが難しくなって言葉が滞り、さらに意識的になる、という悪循環を説明しています。
- 頼める形は「免除」だけではありません。声を揃えて読む斉読(せいどく。全員で同じところを一緒に読むこと)は流暢さを引き出しやすいとされ、学会も歌うときや2人で声を合わせるときには一時的に流暢になる人が多いと書いています。制度の上では、発表の免除などを合理的配慮(本人の求めに応じて学校や職場が行う調整)として求めることもできます。
- 伝えなければ、学校は気づかないまま卒業の日を迎えます。英国で吃音のある子が1人ずついる16学級を調べた研究では、研究者が連絡するまで、その子が吃音の相談や治療を受けていることを学校が知らなかった例が3件ありました。
ただし、どの形が合うかは一人ひとり違います。返事を代わってもらうほうが楽な子もいれば、「自分で言いたい」と言う子もいて、免除が答えだと決めてかかることはできません。学齢期の経過は先生の対応や周りの友達関係に大きく影響され、周囲の受け入れが良好で伸び伸びとおしゃべりして生活できている子どももいて、個人差が大きいとされています。この記事に並ぶのは実際にあった形であって、正解ではありません。
卒業式の練習で、初めてぶつかる
卒業式は当日だけの行事ではありません。何週間も前から、並び方も、歩き方も、声の出し方も練習します。そして「その日」は、本番より先に練習のほうに来ることがあります。在校生として、送る言葉の一節を担当することになった小学5年生の記録です。
吃音のある当事者(小学5年生のときの卒業式練習を振り返った note の記録。本人は難発性の吃音があると書いている)
ついに、私の番がきた。 「さあ、言うぞ」 そう心で号令をかけて、大きく息を吸い込み、口を開いた。
「伝統を、 ……。 ……。」
出ない。
出ない。
「う」が出てこない。
喉が、言葉を完全に拒絶している。
担当したのは「伝統を受け継ぎ」という短いフレーズでした。文章を分割し、何人かで分担して言っていく形式だった、と書かれています。この日は5年生と6年生の初めての合同練習で、本人は最前列に並ばされ、目の前には卒業を控えた6年生がずらりと並んでいた。「絶対に失敗できない」というプレッシャーが喉の奥を締め上げていくのが分かった、と続きます。どれほどの時間が経ったのか分からない沈黙のあと、ようやく「……受け継ぎ」と絞り出すのが精一杯だった。記録はそこで終わりません。あの日を境に日常に「吃音」という壁が立ちはだかるようになり、「あ」行が極端に言いにくくなったこと、この経験が克服のきっかけになったわけでもプラスに働いたわけでもないことが、はっきり書き添えられています。国の資料は、卒業式を学校で困りやすい場面の一つとして名前で挙げています。
出典: 吃音という「一生の付き合い」が始まった話。(note)(台帳: V0013)
その資料が挙げているのは、日直の号令、音読、発表、かけ算の九九、学習発表会、卒業式です。吃音のある子どもは発話の場面でしか症状が出ないため悩みが過小評価されることが多く、だからこそ、こうした特定の場面をより具体的に質問することが困り感の早期発見につながる、というのが資料の説明です。「卒業式、どう?」ではまだ足りません。「呼名の練習、どうだった?」「代表の言葉の分担は決まった?」まで下ろして初めて、上のような時間が見えてきます。
もう一つ、この記録が示しているのは時期です。詰まったのは本番ではなく、練習でした。しかも、送り出す側の5年生としての練習です。卒業式まわりの場面は、卒業する学年だけのものではありません。
名前を呼ばれてからの数秒に、何が起きているか
呼名は卒業式だけの形式ではありません。毎朝の出席確認も、健康観察も、名前を呼ばれて「はい」と返す点では同じ形です。だから卒業式の呼名でつまずく子は、多くの場合それ以前から同じ場面で立ち止まっています。転校して普通のクラスに入った小学3年生の春の記録です。
吃音のあった当事者(小学3年生の出席確認を振り返った note の手記。現在は声優として活動している)
出席確認の時、名前を呼ばれた他のクラスメートがテンポよく「はい!元気です!」と答えていく。そして、とうとう自分の名前が呼ばれた時です。声が引っかかって、上手く出ません。頭の奥がぼうっと熱くなり、息を吸い込むことも忘れてしまいました。実際どの程度黙っていたのかは定かではありませんが、僕には、その時間がまるで永遠のように感じました。
クラスメートの視線が、僕を貫くように刺してきます。まるで、蛇に囲まれたカエルのように、体が石のように固まりました。そんな中、体中に嫌な汗を滲ませて、絞り出すようになんとか返事をしました。
この記録が丁寧なのは、詰まった数秒のあとに続きが書かれているところです。入学式のタイミングで入ったため転校生の挨拶はなかったものの、クラスメートは皆2年生までの顔なじみだった。返事も相まって悪目立ちし、1限目が始まる前の時間にからかわれた。彼らは返事をからかうような声色で、何度もまねして繰り返した——それがトラウマになり、今でも鮮明に思い出せるほど覚えている、と書かれています。本人はそれを「自身の吃音症を自覚すると同時に、それを悪化させる出来事を同時に経験してしまった」とまとめています。国の資料も、吃音のある子どもは他の子どもから話し方を真似されたり、笑われたり、「なんでそんな話し方なの?」と質問されることが多いと書いています。
出典: 吃音症だった僕が、声優になるまでの話(note)(台帳: V0486)
「返事のあと」に何が起きるかは、教室の研究でも測られています。英国で吃音のある子と同級生を調べた研究では、クラス全員に行動の名前を挙げてもらったところ、いじめられている子に挙げられた割合は吃音のある子で37.5%、吃音のない子で10.6%でした。助けを求める子に挙げられた割合は25%と13.18%。逆に、クラスのリーダーに挙げられた割合は吃音のない子が12.92%で、吃音のある子の6.5%のほぼ2倍でした。統計的にはっきり差が出たのはいじめられている子への指名だけだった、と原典は但し書きを付けています。
同じ研究は、吃音が重いか軽いかは、クラスで拒否されるかいじめられるかとは結びついていなかったとも報告しています。詰まる時間の長さが問題なのではない、ということです。卒業式の呼名で心配することがあるとすれば、返事が何秒かかるかではなく、その数秒のあいだに教室(この日は体育館)が何をするかのほうです。
「別れの言葉」の呼びかけ——一緒に言う部分と、一人で言う部分
多くの学校の卒業式には、在校生と卒業生が言葉を交わす「呼びかけ」の時間があります。誰かが一言を言い、全員がそれを受けて声を揃える。この形式は、吃音のある子にとって難しさが一様ではありません。一人で言う一節と、全員で声を合わせる一節では、起きることがまるで違うからです。小学校の卒業式の練習を振り返った、ある会社員の記録があります。
「ありがとうございました」の「あ」が出ないと書く会社員(note の記録。⚠ 書き手は未受診・未診断で、吃音かどうかは自分でも分からないと明記している)
卒業式の1週間ぐらい前からめちゃめちゃ練習させられるんですけど、最後の「ありがとうございました」って言う前って、みんなが息を「スーッ」と吸ってから「オリャァー!」みたいになるんで、とりあえず自分が一番最初に声を出す人にならないようにタイミングをめっちゃ測ってたんですよね。
で、なんかの練習のときに、先生が「ヤメ!」って言ったのが私だけ聞こえてなくて、自分だけ思いっ切り「ありがとうございましたー」って言っちゃって、めっちゃクスクス笑われた経験があるんですよ!
むっちゃ恥ずかしかったのを通り越して、怒りが込み上げてました!こんなクソしょうもないことさせやがって!って。
書き手が通っていたのは1,000人規模の学校で、在校生から卒業生に送る「かけ合い」が用意されていた、と書かれています。在校生の誰かが一言を言い、それを全員が受けて声を揃える——記録にはその文例まで再現されています。本人が練習中に測っていたのは、声の大きさではありません。「自分が一番最初に声を出す人にならないように」というタイミングでした。全員で言う部分は、他の子の声が先に出るぶん乗っていける。一人で先に出る番になると、その手がかりが消える。この記録はさらに、それ以降は必ず「…がとうございました!」と途中から言うようになった、と続きます。学会は、歌を歌うときや2人で声を合わせるときには一時的に流暢になる人が多いと書いています。
出典: #26 「ありがとうございました」の「あ」が出てこない(note)(台帳: V0257)
この「一緒なら言える」には、資料の裏づけがあります。国の資料は、伴奏に合わせて歌ったり、2人で同じ言葉を言ったりする(外的なタイミングがある)場合に吃音は消失し、流暢に話せるため、吃音は発話のタイミング障害と言われている、と説明しています。研究班の解説も、声を揃えて読む斉読やリズムに合わせた朗読は流暢さを引き出しやすいので、これによって発話に自信を持たせる訓練がよく行われる、としています。
つまり「呼びかけ」は、全部が同じ重さではありません。分担を決めるときに、一人で言う一節を引き受けるのか、全員で声を合わせる部分に寄せるのかを選べる余地があります。担任にとっても、免除の可否より答えやすい相談になります。ただし、一人で言いたいという子もいます。決めるのは本人で、研究班の解説も、学童期の子どもについては本人の意向を聴取しつつ、クラスや学校の環境調整(周りの人の対応を変えて、吃音のある子が話しやすい環境をつくること)に当たるとしています。
知られていたのに、触れられないまま卒業した
配慮がうまくいかなかった、という話の手前に、もう一つの形があります。何も起きなかった、という形です。中学3年生の秋に自分の話しにくさの名前を知り、母親を通じて学校にも伝わっていた人が、その後をこう振り返っています。
25歳の会社員男性への一次インタビュー(吃音の情報サイトの記事。文中の疑問文は聞き手の質問)
まず母親に、「実はこういう話しにくさっていうのを抱えていて、調べたらこういうのがでてきて…」って相談しました。
中学校にも母親がたずねていって吃音を伝えはしましたけど、配慮とかそういうことを頼んだわけではなくて。
学校の先生も親を通じて知ってるはずなんですけど、それについて触れられたことは卒業まで1回もなかったですね。
音読など話す場面はどうしていたのでしょうか?
中3の秋頃だったんでほぼ卒業まで期間もなかったんですけど、別に授業中とかも変わらず当てられるし、前に立って話すこともあったし、日直もあったし…。
けど高校生になってから音読の配慮とか、親を通じて頼むようになりました。
この人が話し方の違いに気づいたのは保育園のころで、同級生に「なんで君は繰り返して『たたた』っていうふう喋るの?」と聞かれたのがきっかけだった、と記事の前半にあります。名前を知ったのは中学3年生。家のパソコンで調べて、抱えてきたものに名前がついていることと、治療法があまりないことを同時に知り、数週間は暗い気持ちだったと語っています。小学3年生の懇談で担任が母親に「息子さんは吃音を持ってると思う」と伝えていたことも、本人は後から知りました。親は流暢に話せるようになってきていると感じ、治ったと思っていたそうです。伝わってはいた。けれど、卒業までの数か月、そのことが話題になることは一度もなかった。国の資料は、担任・養育者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞くことが、吃音の話をオープンにするきっかけになるとしています。
出典: 「態度が悪い」の背景にある“吃音”という存在を知ってほしいー25歳当事者の学生時代と今(きつおんりんく)(台帳: V0193)
学校に伝わっていても何も起きない、という状態は、研究の側でも記録されています。英国の教室を調べた研究では、参加した吃音のある子の全員が学校の特別な教育的支援の名簿に載っていたわけではなく、載っていた子も初期の段階の評価にとどまっていました。そして3件では、研究者が連絡するまで、その子が吃音の治療を受けていることを学校が知りませんでした。
卒業式が近いこの時期に伝えるのは、遅すぎるということではありません。ただ、中3の秋から卒業までがほぼ無かったという上の記録が示すとおり、残り時間は短くなります。国の資料は、学校では毎年クラス替えがあり、真似・笑い・質問を受けるリスクがそのたびに生まれるため、早期発見とその対応法をオープンに話すことが予防につながる、として、これを「毎年のリスクマネジメントの積み重ね」と呼んでいます。年度ごとの伝え直しについては、吃音と学校の配慮にまとめました。
待ってくれる子がいると、同じ数秒が変わる
呼名の数秒を長く感じさせているのは、本人の中だけで起きていることではありません。その場の空気も一緒に働いています。そして空気は、たった一人で変わることがあります。中学で隣の席になった女の子について書いた記録です。
幼少期から吃音のある当事者(名義 Kay。現在も言語聴覚士のもとで訓練を受けながら発信している。NPO法人日本吃音協会のメディア「HAPPY FOX」への寄稿)
その子はその後も、私が話を急かされているのを見かけると「やめなよ」と言ってくれたり、全校の前で話す機会があった直前に「いつも通り話せばいいよ!私のほうが緊張してるから!」と声をかけてくれたりしました。
本人は何気なく言ってくれていたのでしょうが、何度も私を救ってくれました。
始まりは何気ない一言でした。中学に入ってしばらく経ったある日、初めて席が隣になった女の子に「Kayくんは、ちょっと話すのが遅れたりするじゃん?でも…」と言われた。その後の会話は覚えていない、と書かれています。ただ、その発言をとても意外に思ったこと、それまで話し方が話題になるときは「変わっている」「普通じゃない」というニュアンスの指摘だったことが続きます。その子は吃音を「ただの特徴の1つ」として認識し、話してくれた。本人はそのときの感覚を、自分の中の重りが1つストンと落ちたようだった、と書いています。記録の最後には、その女の子は卒業前に転校してしまい、それ以来会っていないこと、もし再会することがあれば当時のお礼を言いたいことが添えられています。
出典: 自分のことを理解してくれる人は必ずいる。そう思えた、あるクラスメイトの言葉(HAPPY FOX・日本吃音協会)(台帳: V0177)
子ども同士の支え合いには、研究者からの指摘もあります。英国の教室を調べた研究は、子どもはいじめが起きても大人を巻き込みたがらないため、子ども同士で支え合う仕組みが、拒否されたりいじめられたりしている吃音のある子の助けになりうる、と結んでいます。同じ研究は、学校ぐるみのいじめ対策で学校全体のいじめは減っていると考えられる一方、吃音のある子が学校で抱える特有の問題が十分に認識されている証拠は乏しい、とも述べています。
大人の側が動く根拠も示されています。研究班の解説は、吃音のある子どもの過半数が笑われたりからかわれたりしており、これによって自尊感情の低下や不登校といった、あとから重なる困りごと(二次障害)が生じやすくなるので、本人の意向を聴取しつつクラスや学校の環境調整に当たる、としています。式の前に、クラスに何をどこまで伝えるかは本人と相談して決めることになりますが、「待つ」という一点だけでも共有されていれば、当日の数秒は別のものになります。クラスへの伝え方そのものは吃音症といじめで扱っています。
式までに決めておく、4つの場面
ここまでの記録を、担任と話すときの形に並べ直します。前提が一つあります。伝えなければ学校は気づかない、ということです。そして頼む中身は「配慮してください」ではなく、場面の名前で言います。国の資料は、日直の号令、音読、発表、かけ算の九九、学習発表会、卒業式といった特定の場面を挙げて具体的に質問することが、困り感の早期発見につながるとしています。卒業式は、その中でさらに4つの場面に割れます。
- 呼名と返事。名前を呼ばれて「はい」と返す数秒です。頼める形は、言い終わるまで待ってもらう(急かさない・代わりに言わない)、名前を呼んだあとに少し間を置いてもらう、隣の子と声を揃える、返事の代わりに礼で応じる、など複数あります。2人で同じ言葉を言うときには吃音が消えるという性質と、斉読が流暢さを引き出しやすいという説明が、「一緒に言う」形の根拠です。
- 卒業証書の授与。呼ばれてから壇上に上がり、受け取って戻るまでの流れは学校によって違います。返事をどの位置でするのか、証書を受け取るときに何か言うのか——決まりを先に聞いておくと、頼む前に選べる形が見えてきます。担任に「当日はどういう流れですか」と聞くだけで済む場合もあります。
- 「別れの言葉」の呼びかけ。一人で言う一節と、全員で声を合わせる一節があります。分担が決まってから相談すると変更の話になりますが、決まる前に相談すれば分担の話で済みます。全員で言う部分に寄せるのか、短い一節を一人で引き受けるのかは、本人の希望で決まります。
- 代表で述べる言葉(答辞・送辞・在校生代表の言葉)。一人で長く話す役です。入試の面接では、事前に伝えることで、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保といった配慮を受けられるとされており、式の場でも「時間を気にしない」という合意は同じ形で作れます。制度の上では、発表の免除などを合理的配慮として求めることもできます。ただし、その際に医師の診断書や言語聴覚士の報告書が求められる場合があります。
1〜3は「参加の形を変える」、4の免除は「参加しない」です。どちらも求められる範囲にありますが、順番を決めるのは本人です。研究班の解説は、学童期の子どもについて本人の意向を聴取しつつ環境調整に当たるとしています。大人が先に「返事は免除で」と決めてしまうと、選ぶ余地ごと無くなります。毎日回ってくる日直の号令については吃音と日直の号令、法律上の根拠は吃音と合理的配慮にまとめました。
もう一つ、時期の話があります。上の4つのうち、練習が始まる前に決められるのは1と3です。卒業式の練習は式の何週間も前から始まり、分担もそこで決まります。学年末の面談や、その前の連絡帳のやりとりが、実際に動かせる最後の機会になることが多くなります。
相談先と、急いだほうがよいとき
担任と話す前に、相談先を一つ持っておくと話が進みやすくなります。学会は、周りのコミュニケーション環境を整える環境調整や、年齢や状態に合わせた指導について、小児を扱う言語聴覚士(ことばや聞こえの専門職)や、ことばの教室(通級指導教室)の教員に相談するよう勧めています。学校の中にも、担任のほかに、ことばの教室の担当や特別支援教育コーディネーター(校内で支援の連携を担当する先生)という窓口があります。
急いだほうがよい状態も、資料に書かれています。日本耳鼻咽喉科学会の会報に載った総説は、学齢期に約半数がいじめやからかいを経験するので対策が重要であり、診断書等で対応する、と明記しています。同じ総説は、学齢後期以降には吃音を隠そうとして多彩な、しばしば適切とは言えない対処のしかたを身につけ、思春期以降は社交不安障害やうつなどの精神科的な問題も併発しやすいとしています。研究班の解説も、過半数が笑われたりからかわれたりしており、自尊感情の低下や不登校などの二次障害が生じやすくなると書いています。次のようなときは、式の準備の相談と並行して、ことばの教室や言語聴覚士につないでおくと安心です(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 卒業式の練習がある日に、朝から学校に行きたがらない、休みたいと言う日が出てきた
- 呼名や呼びかけの練習のことで、周りの子から真似・笑い・「なんでそんな話し方なの?」という質問が出ている
- 練習が始まってから、家でも話す量が減った、言いにくい言葉を別の言葉に変える様子が増えた
この3つは相談を考えるきっかけとして本記事が挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。真似・笑い・質問が起きやすいこと、笑われたりからかわれたりすることが二次障害につながりやすいこと、学齢期に約半数がいじめやからかいを経験することは、それぞれの資料の記述です。
卒業式の準備で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「声が小さいだけ」と受け取って、大きな声の練習を足す
返事が出ない理由が声量なら、大きく出す練習は効きます。けれど、最初の一音が出るかどうかで止まっている場合、同じ練習は別の方向に働きます。国の資料は、子どもが気をつけて話すときには吃音があまり出ず、話したいことが思い浮かんだまま話すときに現れると想像することが大切だとしています。研究班の解説は、吃る不安があると話す行為が意識的になり、自動で行うことが難しくなって言葉が滞り、さらに意識的になる悪循環を説明しています。練習の回数を増やす前に、どの場面のどの一言で止まっているのかを聞くほうが先になります。
落とし穴2 − 本人に確かめずに、大人だけで「返事は免除」と決める
免除は求められる形の一つです。ただ、それが本人の望みとは限りません。研究班の解説は、本人の意向を聴取しつつ環境調整に当たるとしています。待ってもらう・一緒に言う・順番や分担を変える・免除——どれにするかを本人に聞く順番を、先に置いてください。学齢期は周囲の受け入れが良好で伸び伸び生活できている子どももいて、個人差が大きいとされています。
落とし穴3 − 式の直前に頼む
卒業式の練習は式の何週間も前から始まり、呼びかけの分担もそこで決まります。決まったあとに変えてもらうより、決まる前に相談するほうが、担任にとっても頼みやすい話になります。中学3年の秋に学校に伝わったものの、卒業まで一度も触れられなかったという記録が、この記事にあります。国の資料は、これを毎年繰り返す前提で「毎年のリスクマネジメントの積み重ね」と呼んでいます。
どの場面で、どのくらい詰まって、そのときどうしたか。日づけとあわせて書き留めておくと、担任との面談でもことばの教室でもそのまま使えます。日々の様子を「見える化」する手段の一つとしてアプリを使う方法もあります(アプリは記録・継続の支援であり、治療をうたうものではありません)。
よくある質問
卒業式の呼名で「はい」が言えません。免除してもらえますか?
制度の上では、発表の免除などを合理的配慮として求めることができ、その際に医師の診断書や言語聴覚士の報告書が求められる場合があります。ただし免除だけが選択肢ではありません。2人で同じ言葉を言うときには吃音が消えるという性質があり、待ってもらう・隣の子と声を揃える・返事の代わりに礼で応じるといった形もあります。研究班の解説は本人の意向を聴取しつつ環境調整に当たるとしているので、まず本人に聞くところから始まります。
「大きな声で」と練習させれば、本番で言えるようになりますか?
声量の問題であれば練習は効きますが、最初の一音が出るかどうかで止まっている場合は別です。国の資料は、気をつけて話すときには吃音があまり出ず、話したいことが思い浮かんだまま話すときに現れるとしています。研究班の解説は、吃る不安があると話す行為が意識的になって言葉が滞り、さらに意識的になる悪循環を説明しています。練習を足す前に、どの一言で止まっているのかを聞くほうが先になります。
卒業式の練習で初めて詰まりました。今から何ができますか?
まず、どの場面かを分けます。呼名の返事、証書の授与、呼びかけの分担、代表で述べる言葉では、頼める形が違います。国の資料は、場面の名前を挙げて具体的に質問することが困り感の早期発見につながるとしています。分担がまだ決まっていなければ、変更ではなく分担の相談として担任に伝えられます。同時に、ことばの教室や小児を扱う言語聴覚士に相談先を一つ作っておくと、その後の年度でも使えます。
「別れの言葉」の呼びかけは、どの部分を担当すればいいですか?
全員で声を合わせる部分と、一人で言う部分では難しさが違います。国の資料は、伴奏に合わせて歌ったり2人で同じ言葉を言ったりするときには吃音が消失し流暢に話せるとしており、研究班の解説も斉読(声を揃えて読むこと)は流暢さを引き出しやすいとしています。ただし「一人で言いたい」という子もいます。どちらにするかは本人の希望で決めるのが出発点で、解説も本人の意向を聴取しつつ環境調整に当たるとしています。
担任には、いつ、何を伝えればいいですか?
練習が始まる前が動かしやすい時期です。伝える内容は「配慮してください」ではなく、場面の名前と、してほしいことです。学校に伝わっていても何も起きないことはあり、英国の研究では研究者が連絡するまで学校が吃音の治療を知らなかった例が3件ありました。国の資料は、担任・養育者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」とオープンに聞くことを勧めています。
まとめ
- 卒業式は、国の資料が学校で困りやすい場面として名前を挙げている行事。場面の名前を挙げて具体的に聞くことが、困り感の早期発見につながる。
- 「はい」が出ないのは声量や気持ちの問題ではない。外からタイミングが与えられているときには吃音が消えて流暢に話せるとされ、吃音は発話のタイミング障害と言われている。呼名はその手がかりがいちばん少ない形の一つ。
- 卒業式は4つの場面に割れる。呼名と返事・証書の授与・呼びかけの分担・代表で述べる言葉。頼める形はそれぞれ違い、免除だけではない。
- 伝わっていても何も起きないことがある。英国の研究では、研究者が連絡するまで学校が吃音の治療を知らなかった例が3件あった。年度ごとに伝え直す前提で考える。
- 待ってくれる子が一人いるだけで、同じ数秒が変わる。研究者も、子ども同士で支え合う仕組みが助けになりうると結んでいる。学齢期に約半数がいじめやからかいを経験するとされるので、休みたがる日が出てきたら早めに相談を。