まず結論から
- 母音で始まる語より子音で始まる語のほうがどもりやすいとされてきましたが、どの音が苦手かは人によって大きく違い、全員に当てはまる「言いにくい音の順番」があるとは確かめられていません。
- 長い語ほど、そしてその言語で使われる頻度が低い珍しい語ほどどもりやすいことは、多くの研究で繰り返し確かめられています。
- どの語でどもるかは、言葉を組み立てる段階よりも、話す動きを準備して実行する最後の段階で決まるのではないか、という解釈が出されています。
- どもりそうだと思ったときに別の言葉に言い換える、特定の音・語・場面を避ける——こうした聞き手からは見えない行動を、500人を超える大人への調査では約半数が少なくともときどきとっていました。
- 調子の良い状態や悪い状態が数週間から数か月続く人も多く、こうした変動は「波」と呼ばれています。
ただし、ここに挙げたのはどれも大勢を平均した傾向や、研究者が立てた解釈です。どの言葉が言いにくいかは人によって大きく違うため、「ありがとうございます」が出てこない理由を、この記事だけで一人ひとりについて確定させることはできません。
「この言葉だけ言えない」のは吃音なのか
一つの言葉だけが出てこないとき、多くの人がまず迷うのは「これは吃音と呼ぶものなのか、それとも自分の性格や慣れの問題なのか」という点です。ここだけは先に整理しておきます。
国立障害者リハビリテーションセンター研究所の解説では、吃音に特徴的な話し方として次の3つが挙げられ、このうち1つ以上が見られるものを吃音と定義しています。音をくりかえす(「か、か、からす」のような話し方で、連発と呼ばれます)、引き伸ばす(「かーーらす」のような話し方で、伸発と呼ばれます)、そしてことばを出せずに間があいてしまう(「・・・・からす」のような話し方で、難発またはブロックと呼ばれます)の3つです。お辞儀のあとに数秒の間があいてから言葉が出る、という詰まり方は、3つ目に近い形です。
日本吃音・流暢性障害学会の解説は、これに加えて、話すときに体に力が入ったり手足が動いたりする動き(随伴運動)や、言いにくい言葉を隠すための工夫まで含めて説明しています。さらに、歌うときや2人で声を合わせるとき、独り言のときには一時的に流暢になる人が多いこと、調子の良い状態と悪い状態が数週間から数か月にわたって続く「波」があることも書かれています。同じ言葉が、言える日と言えない日があるというのは、この波のほうの話です。
幼い頃は症状そのものに気づかない子どもが多い一方、うまく話せない経験が重なり、周囲から指摘される場面が増えると、話す前に不安を感じたり、話す場面に恐怖を感じたりするようになり、うまく話せないことを恥ずかしく思うようにもなる、とも説明されています。大人になってから特定の場面だけで強く出るように感じるのは、この積み重ねの延長線上にあります。
ここに書いたのは症状の呼び名の整理であって、診断ではありません。当てはまるかどうかを確かめたいときは、言語聴覚士に相談するのが確実です。
お礼の場面でだけ、最初のひと声が出てこない
同じ「ありがとうございました」でも、言えるときと言えないときがある。しかもその差が自分でも説明できない——この感覚を、そのまま書き残している人がいます。
未受診のまま悩んできた会社員の記録(個人のブログ記事・note)
いや、お礼を言うタイミングではないときならちゃんと「ありがとうございました」って言葉にはできるんですよ。
でも、言うための「あ」が、なぜか上手く言えない。大体5秒ぐらいかかります。お辞儀し終わって、さらに2秒ぐらいしてやっと言える感じです。
「ん、あっ、あぁ、ありがとうございました!」
みたいな感じで。
普通に言えるときも稀にありますが、言えるときと言えないときの差が何なのかは分かりません。
この書き手は、自分が吃音なのかどうか分からないまま、誰にも相談したことがないとも書いています。同じ言葉が、お礼として口にする場面でだけ出てこない。家族や仲の良い人に「ありがとう」と言うときは普通に言える、とも書かれています。つまり本人が困っているのは、言葉そのものではなく、その言葉を言わなければならない場面のほうです。では研究の側は、どんな言葉でどもりやすいと言ってきたのでしょうか。
出典: #26 「ありがとうございました」の「あ」が出てこない(note)(台帳: V0257)
どの語でどもりやすいかは、80年以上前から数えられてきたテーマです。総説は、繰り返し確かめられてきた条件として語の長さと語の使われる頻度を挙げています。長い語は短い語よりどもりやすく、その言語で使われる頻度が低い珍しい語ほどどもりやすい、という結果が多くの研究で再現されてきました。前後の文脈から予測しにくい語ほどどもりやすいという結果もありますが、こちらは実験室の課題で示されたもので、自由な会話では確かめにくいとも書かれています。
ここで、「ありがとうございます」という言葉をこの条件に当ててみると、様子が違ってきます。日本語の中で最も頻度が高い部類の決まり文句であり、レジの締めくくりや電話の終わりという、相手も次に来る言葉を分かっている場面で使われます。珍しい語でも、予測しにくい語でもありません。それでもこの言葉で詰まる、という訴えが繰り返し出てくるところに、この問いの難しさがあります。
研究の側も、原因を1つに絞れているわけではありません。総説は、内容語は機能語より平均して長い、機能語は母音で始まり文の先頭に来やすい、といった重なりがあるため、語の長さ・文中の位置・品詞・語頭の音のどれがどれだけ効いているのかを切り分けるのは難しいと注意しています。大人を対象に、どもった語と流暢だった語を条件ごとに比べた研究でも、語が長いこと・語頭の音が子音であること・名詞や動詞などの内容語であることの3つはどちらの群でも効いていた一方、「文の書き出しの語でどもりやすい」という長く信じられてきた見方は確かめられませんでした。
この研究の著者らは、条件がそろって効いていたのは、言葉を組み立てる高い段階ではなく、話す動きを準備して実行する最後の段階に効いているからではないか、と解釈しています。ただし著者ら自身が、これは今後の検証が必要な仮説だと断っています。
「決められた言葉を言わなければならない」という場面
接客や電話の応対には、自分で言い回しを選べない言葉があります。何を言うかが決まっていて、言う順番も決まっている。その状況そのものが苦しかった、と振り返る人がいます。
自動車会社に入社したカーデザイナーの記録(個人のブログ記事・note)
私にとって、この「決められた言葉を言わなければならない状況」が特に苦痛でした。ひどいときは、言葉が完全に詰まってしまい、一言も発せずに無言のまま電話を切ってしまうことも。相手からすると、電話を取ったのに話さないという謎の状況になり、とても困ったことでしょう。そんな日はたくさんの電話をとっても、ほとんど喋れません。かろうじて最初の「はい、」までは言えたとしてもその後が続かないんです。
高校のころに「喋らなくていい仕事に就きたい」と考えて絵の道を選んだ人が、入社した先で最初に突き当たったのが、新入社員の仕事とされていた電話の応対でした。内線と外線で言う文句が決まっていて、多い日は5分に1本かかってきたと書かれています。症状が出ない日は普通に話せたため、周囲には障害なのか話し下手なのか分からなかっただろう、とも本人は振り返っています。この「最初のひと言までは出るのに、その先が続かない」という形は、研究が繰り返し報告してきた場所と重なります。
出典: 吃音と仕事のリアル:デザイナーが語る苦悩と成長(note)(台帳: V0328)
総説には、臨床の場でよく聞かれる訴えとして「話し始めさえ越えられれば、こんなに詰まらないのに」というものが挙げられています。この訴えは、どもりが発話の前半に集中するという所見と結びつけて説明されており、話し始めるための運動の計画に何か問題があるのではないか、という見方につながっています。「はい、」までは出るのにその先が続かない、という書き方は、この訴えと同じ形をしています。
なぜ語頭で詰まりやすいのかについて、研究者は口と喉の動きの側から説明を試みています。母音と違って子音は、口の中を閉じたり狭めたりして息の流れをさえぎる必要があり、声を出す音と出さない音を区別するために口と喉の筋肉を精密に合わせなければなりません。長い語は、その動きの連なりがさらに長くなります。この運動の複雑さが、なめらかに話す流れが途切れる引き金になりうる、という説明です。ただしこれは著者らの解釈であって、確定した仕組みではありません。
そして、どの音で詰まるかは人によって大きく違います。古い研究はどもりやすい子音を順番に並べた表を作りましたが、その順番は人によって大きく変わることが繰り返し指摘されてきました。総説も、すべての人に共通して難しい音があるとは確かめられていないため、臨床では一覧表に頼るより本人に尋ねるのがよい、としています。「あ」が言えないという人もいれば、「い」や「き」が言えないという人もいる——それはどちらも起こりうる、ということです。
覚えるほど練習すれば、言えるようになるのか
言う言葉が決まっているなら、先に覚えてしまえばいい。そう考えて実行した人の記録があります。中学校の日直当番で号令をかける場面の話です。
中学時代を振り返る当事者の記録(個人のブログ記事・note)
日直は授業の始まりと終わりに 次の挨拶の号令をかけます。
始まりに、「起立、礼。おねがします!」 終わりに、「起立、礼。ありがとうございました!」
この、たった数文字が 僕にとってはエベレストよりも高い山でした。
この人は、教科書を読む場面では手を挙げずにやり過ごせたけれど、出席番号の順に読ませる先生の授業だけは逃げられなかったと書いています。そこで見つけたのが、その先生が毎回どこからどこまで読ませるかの癖でした。自分の番の1週間前から、暗記するほど毎日読む練習をする。当日はすらすら読めて、読むのが上手だと褒められた、と続きます。ただし「これは諸刃の剣で」、一度読み間違えて言い直そうとすると言葉が出てこなくなり、一気に崩れた、とも書き添えています。研究の側にも、この両面に対応する報告があります。
出典: 【吃音バレたくない】恐怖のあまり、1週間かけて必死で行った○○(note)(台帳: V0516)
まず、うまくいった側。同じ言葉を繰り返し口にすると、どもりが減っていくことはよく知られている、と論文は述べています。これは運動の学習によるもので、よく使う語ほど流暢になりやすい理由の説明としても持ち出されています。前もって暗記するほど読んだ文章が、当日すらすら出た——という経験は、この報告と矛盾しません。
もう一方で、繰り返せば場面そのものが楽になる、とまでは言えません。吃音のある人の体験を整理した論文は、これから詰まるだろうという見込み(予期)が、過去に話した経験によって強められ、次の場面での恐れを増すと書いています。同じ論文は、自分の話し方について同じことを繰り返し考えてしまう癖の強い人ほど、吃音に関わる生活への悪影響が有意に大きかった、という研究も引いています。準備でその場をしのげたかどうかと、その場面が怖くなくなったかどうかは、別の話だということです。
だからこの記事では、特定の言い方やコツを「こうすれば言える」として勧めません。うまくいく工夫は人によって違い、どの音が難しいかも人によって違うからです。工夫そのものを否定しているわけではなく、次の段で見るとおり、工夫はすでに多くの人が日常的にしています。
言い換えでしのげる言葉と、言い換えのきかない言葉
言いにくい言葉を別の言葉に置き換えてやり過ごす。この工夫は広く行われていますが、置き換えの効かない言葉にぶつかった瞬間に止まります。
吃音歴25年・難発が主だという当事者の記録(個人のブログ記事・note)
ただなんとなく、これらの行は固有名詞が多い気がしていて、そう言う場合は言い換えられないので大変です。せっかく言い換えをうまく回して健常者を装っても、固有名詞が来た瞬間に詰みです。諦めて吃りまくって健常者をビビらせましょう。
この人は、自分にとって言いにくい行を段階に分けた一覧を作り、行ごとにどんな言葉で困るかを書き並べています。ポテトが言えないのでマクドナルドでは正式名称で注文する、「お会計」は「精算」に言い換える、といった具合です。そのうえで、部活や進学先、就職先、好きなキャラクターに至るまで、言いやすいかどうかを基準に選んできたことが多いとも書いています。言い換えは日々こなせても、名前や固有名詞のように置き換える先が存在しない言葉は残る——「ありがとうございます」「いらっしゃいませ」も、まさにこの側の言葉です。
出典: 【吃音】言いにくい行Tier表(note)(台帳: V0031)
この「言い換え」は、研究の側では聞き手から見えない行動として扱われています。特定の音・語・場面を避けること、どもりそうだと思ったときに語を言い換えることがその例で、500人を超える大人への調査では、約半数が少なくともときどきこうした行動をとっており、10〜20%は「よく/いつも」とっていました。見えていないだけで、何も起きていないわけではない、ということです。
ここから、外から見た流暢さの意味も変わってきます。流暢さを高める方法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえていても、本人はより大きな努力を払っています。そうして得られた流暢さは、吃音のない人の自然な流暢さとは別物で、「見せかけの流暢さ」と呼ばれてきました。外から分かる乱れがないまま、本人だけがコントロールを失う感覚を味わっていることもあります。同じ論文は、観察できるどもりが無いことを「吃音が無い」「うまくいった」の指標にすると、実際には話すこと自体を避けているだけなのに、流暢に話せているように見えて訓練を早く終了させられる危険があると述べています。
言いやすさで進路や仕事を選ぶ、という話も、個人の性格の問題として片づけられるものではありません。同じ論文は、吃音のある大人について、より地位の低い職業へ誘導されること、収入の損失、失職、社会的な拒絶を、活動の制限・参加の制約として挙げています。どもる瞬間の感情についても、大人への調査で「よく感じる/いつも感じる」と答えた人は、恥ずかしさが45%、きまり悪さが53%、感情的な消耗が49%でした。ただしこの論文は、こうした反応はよくある体験である一方、形も起こり方も人によって大きく違うと結論しています。
相談できる先と、職場に頼めること
「言えるようになる」だけが道ではありません。吃音の臨床で扱われるのは、聞き手に分かる話し方の乱れだけではないからです。
体験を整理した論文は、治療が扱うべきものとして、言葉が出ない・思うように動かせないという感覚に本人がどう反応するか、生活のどこに支障が出ているか、周囲の環境はどうか、という点を挙げています。取り組みの例として、いま自分が何をしているかに気づく練習(マインドフルネス)や、怖い場面に少しずつ慣れていく取り組み、自分から吃音について伝えることや、必要な配慮を自分で求めることが並べられています。また、言葉が出ない・コントロールを失うという感覚は話し手本人にしか分からないもので、聞き手の見聞きできる範囲では判断の材料が足りない、とも書かれています。「外からは普通に話せているように見えるから大丈夫」という見立ては、本人の実感とずれることがあるということです。
国内の相談先については、日本吃音・流暢性障害学会の解説が、訓練だけで症状が改善しない場合や吃音に対する不安が強い場合には、カウンセリングや心理療法が役立つこともあると述べています。同じ解説は、吃音の自助団体に参加して他の吃音のある人と出会うことが、吃音を否定的に捉えることが減るといった心理的な変化のきっかけになることもある、としています。日本で最も歴史が古い団体として1965年に発足した言友会が挙げられ、若者を対象とした団体(うぃーすたプロジェクト)や、女性の集いを開催する団体(全言連 吃音のある女性の取り組みチーム)も紹介されています。
職場や学校の側に頼めることも、法律で根拠が示されています。2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な言動や扱いは禁止されており、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの合理的配慮(負担が重すぎない範囲で、困りごとを取り除くための調整)を求めることができます。ただし、その際に医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合がある、とも書かれています。また、一定の要件を満たすと精神障害者保健福祉手帳が交付され、吃音が重度で音声言語のみで家族以外と意思を伝えることが困難だと認定されると身体障害者手帳4級が交付される、という説明もあります。
配慮を求めるかどうか、誰に伝えるかは、本人が決めることです。ここに書いたのは「頼める根拠がある」という事実の確認で、頼むべきだという勧めではありません。
「ありがとうが言えない」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「毎日使う言葉なのだから言えるはず」と自分を責める
研究が繰り返し確かめてきたのは、長い語・使われる頻度の低い珍しい語ほどどもりやすい、という方向の関係です。「ありがとうございます」はそのどちらにも当てはまりません。それでも詰まるということは、言葉そのものの難しさだけでは説明がつかない、ということです。実際、就学前の子どもを調べた研究では、次に言う語の音の難しさは詰まりやすさを予測せず、効いていたのはその文の長さだけでした。言葉の難しさで説明しきれない、という結果は一つではありません。
落とし穴2 − 言い換えでこなせているから問題ないと考える
言い換えや場面の回避は、500人を超える大人への調査で約半数が少なくともときどきとっていた行動で、珍しいものではありません。ただし、外から見える乱れが無いことを「問題が無い」の指標にすると、実際には話すこと自体を避けているだけなのに流暢に見え、支援から早く外されてしまう危険がある、と指摘されています。うまくこなせていることと、負担が無いことは別です。
落とし穴3 − 一人で練習量だけを積み増す
同じ言葉を繰り返し口にするとどもりが減っていくことは知られていますが、これから詰まるだろうという見込みは過去の経験によって強められ、次の場面での恐れを増すとも報告されています。一人で回数を重ねる方向だけに賭けると、この二つが打ち消し合ったまま年単位が過ぎることがあります。どんな場面で出やすいか、どのくらい続いているかを書き留めておくと、相談するときに手がかりになります。
まずは気づいたことを書き留めておくことから小さく始め、言語聴覚士に相談できる場合はそちらが確実です。
よくある質問
「ありがとうございます」だけが言えないのも吃音ですか?
吃音は、音をくりかえす(連発)・引き伸ばす(伸発)・ことばを出せずに間があく(難発)のうち1つ以上が見られる話し方として定義されています。特定の言葉や場面でだけ強く出ることは珍しくなく、調子の良い状態と悪い状態が数週間から数か月続く「波」があるとも説明されています。当てはまるかどうかの判断は、言語聴覚士に相談するのが確実です。
なぜ毎日使う「ありがとうございます」で詰まるのですか?
どの語でどもりやすいかを調べた研究は、長い語・使われる頻度の低い珍しい語ほどどもりやすいと整理しています。よく使う決まり文句はこの条件に当てはまらないため、言葉の難しさだけでは説明がつきません。研究者は、これらの条件が言葉を組み立てる段階ではなく話す動きを準備・実行する最後の段階に効いているのではないかと解釈していますが、今後の検証が必要な仮説だと自ら断っています。
「いらっしゃいませ」が言えないとき、別の言い方に変えてもいいですか?
言い換えは多くの人が実際にしている工夫で、500人を超える大人への調査では約半数が少なくともときどき言い換えや回避をとっていました。一方で、外から流暢に見えることが「問題が無い」の指標に使われると、実際は話すことを避けているだけなのに支援から早く外される危険があるとも指摘されています。どうするかは本人が決めることで、この記事として特定のやり方を勧めることはしません。
練習すれば言えるようになりますか?
同じ言葉を繰り返し口にするとどもりが減っていくことは知られており、運動の学習によるものと説明されています。ただし、これから詰まるだろうという見込みは過去に話した経験によって強められ、次の場面での恐れを増すとも報告されています。吃音の臨床では、話し方の乱れだけでなく、その感覚への反応や生活の支障、周囲の環境も扱うべきものとして挙げられています。
接客の仕事で、職場に配慮をお願いできますか?
2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な言動や扱いは禁止されており、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの合理的配慮を求めることができるとされています。その際に医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合があるとも書かれています。
まとめ
- 長い語・使われる頻度の低い珍しい語ほどどもりやすい、という関係は繰り返し確かめられている。「ありがとうございます」はそのどちらにも当てはまらず、言葉の難しさだけでは説明がつかない。
- 語の長さ・文中の位置・品詞・語頭の音は互いに絡み合っていて、どれがどれだけ効いているかを切り分けるのは難しい。「文の書き出しでどもりやすい」という通説は、大人を調べた研究では確かめられなかった。
- どの音が難しいかは人によって大きく違い、全員に共通の順番があるとは確かめられていない。だから一覧表よりも本人に尋ねるのがよい、とされている。
- 言い換えや場面の回避は、500人を超える大人の約半数が少なくともときどきとっている行動で、外から見える流暢さは負担の無さを意味しない。
- 吃音の臨床では話し方の乱れだけでなく、生活の支障や周囲の環境も扱われる。職場や学校には、発表や電話応対の免除などの合理的配慮を求める法的な根拠がある。