あ行が出にくい吃音|苦手な音の見つけ方・3つの工夫・相談先

あ行が出にくい吃音|苦手な音の見つけ方・3つの工夫・相談先
目次

「ありがとう」「おはようございます」「はい」——あ行、つまり母音ではじまる言葉になると、最初の音が外に出ていかない。ほかの音なら言えるのに、あ行だけがどうしても出てこない。しかも出てこないのは、たいてい毎日繰り返す、決まりきったひと言のほうです。

この記事は、結論を先に置いてから、あ行・母音の言いにくさを語った5人の言葉と、それに対して研究や学会資料が何を言えているのかを、一つずつ並べていきます。先に言っておくと、「母音だから出にくい」という裏づけは、この記事が引いた研究——英語圏の総説と、英語話者の音読を調べた研究——の範囲では見あたりません。それでも実感が強いのはなぜかを、音そのものではなく「あ行の言葉が立っている場所」から整理します。専門用語はそのつどかみくだいて説明します。

ソンタクマン(toVoice 運営)
吃音当事者。研究論文と当事者の声をもとに、吃音の情報を出典つきで発信しています。

この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の判断に代わるものではありません。気になる症状があるときは、言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室にご相談ください。

まず結論から

  • あ行で最初の音が出ないとき起きているのは、多くがことばが出ないまま間があいてしまう症状——難発(ブロック)と呼ばれるものです。思春期以降は、繰り返しや引き伸ばしよりこの形が中心になるとされています。
  • 「母音ではじまるから出にくい」という裏づけは、この記事が引いた研究——英語圏の総説と、英語話者の音読を調べた研究——の範囲では見あたりません。英語を話す成人35人の音読を調べた研究では、どもった語のほうが「子音ではじまる語」の割合が高いという、むしろ逆向きの結果でした。
  • 研究をまとめた総説は、吃音のある成人みんなにとって難しい音というものは見つかっておらず、どの音が難しいかは一人ひとり大きく違うと整理しています。だから、どの音が言いにくいかは、専門家が見立てるときも本人に尋ねるのがいちばんよい、とされています。
  • 学会資料は、当事者が実際にしている工夫として「ことばを言い換える」「言いやすい言葉を最初に言う」を挙げています。裏を返せば、言い換えのきかない言葉ほど逃げ場がないということです。あいさつ、返事の「はい」、敬語の「お」、自分の名前——この記事に登場する5人が「出てこない」と挙げたのは、そろってその逃げ場のない言葉でした。
  • 生活や仕事に支障を感じるとき、学会資料が中高生以上・成人について挙げている選択肢は、言語聴覚士のもとでの発話訓練、心理療法やカウンセリング、そして自助団体に参加することです。学校や職場では、発表や電話応対を免除してもらう、試験などの面接で時間を延ばしてもらうといった配慮を、求めることができます。

ただし、ここに並べたのは集団として調べた結果と、5人が語ったことです。どの音がどれくらい出にくいかは一人ひとり違い、同じ人でも調子の良い時期と悪い時期の「波」があります。あなたのあ行がどうかは、平均ではなく、あなた自身の記録と専門家との相談で見ていくのが確実です。

まず止まるのは、あいさつだった

「あ行が出ない」と気づくきっかけは、たいてい特別な場面ではありません。毎日繰り返す、決まりきったひと言のほうです。「おはようございます」「ありがとうございます」「お疲れ様です」——並べてみると、日本語のあいさつは母音ではじまるものがとても多いことに気づきます。

当事者本人の声(筆名 砂張 五。中学生から22歳ごろが最も重く、28歳ごろにほとんど気にならなくなったと自述/個人ブログ note)

まず現状の自分。中学生~22歳くらいの最も酷かった時期に比べると、信じられないくらい吃音が治っている。

俺は基本的に難発型で、酷かった時期は延発型が併発していて喋り始める前に「ん"〜」と喉から声が出てしまったり、あ行・ら行から始まる言葉は全部出なかった。挨拶は、おはようございます、お疲れ様です、お先に失礼します、ありがとうございます、とほぼ全滅だ。

今でもたまに言葉が出ないタイミングは来るのだが、1秒後には出ている。

(引用中の「延発型」は一般的な用語ではありません。この方は、喋り始める前に喉から声が出てしまう状態をそう呼んでいます。本文でいう引き伸ばし、つまり伸発にあたる形です。)この方がいちばん苦しいと書いているのは、声が出ないことそのものではありません。接客業のアルバイトで「ありがとうございました」と言わなければならない場面で最初の一文字が出てこない——ほかの人は誰でもできるのに、自分は業務を完遂できないと自覚すること。授業の音読の時間。そして会社に入ってからは、鳴った電話を真っ先に取らなければいけない若手の立場でした。ある日、電話に出て言葉に詰まったあと、フロアに響き渡るくらいの大きな声で、自分には吃音があるのでもう電話は取らないと上司に伝え、以降二度と取らなかったと本人は書いています。当然もめたが押し通した、とも書いています。ここで語られている「最初の一文字が出てこない」状態は、学会が吃音の中核症状の一つに挙げている、ことばが出ないまま間があいてしまう症状にあたります。

出典: 吃音の苦しみを壊した話(note・砂張 五)(台帳: V0066)

吃音(きつおん)、つまりどもることは、話し言葉がなめらかに出てこない発話障害です。学会資料が吃音に特徴的な中核症状として挙げているのは、音の繰り返し(連発。例「か、か、からす」)、引き伸ばし(伸発。例「かーーらす」)、そしてことばが出ないまま間があいてしまう難発(ブロック。例「・・・・からす」)の3つです。あ行で困るときに起きているのは、多くがこの3つめです。そして学会資料は、思春期以降は、症状の中心が連発や伸発から難発へ移るとしています。

困る場面についても、学会資料ははっきり書いています。話しにくさを感じることが多い場面として挙がっているのは、中高生なら部活動と入学面接、大学生ならゼミでの発表と就職活動、社会人なら職場での電話応対です。どれも、言うべき言葉があらかじめ決まっている場面です。

あ行の言葉は、毎日いちばん多く使う言葉でもある

あいさつの次に多いのが、買い物や注文の場面です。次の方は、五十音の行ごとに言いにくさを並べた一覧を自分で作り、その最上段——「無理」の欄に、あ行・か行・た行を置きました。

当事者本人の声(吃音歴25年ほど・主に難発、一部で連発と伸発/個人ブログ note)

これらの行は日常生活で頻出の単語が非常に多いです。憎たらしいですね。

"ありがとう"、"お会計"、"カフェ"、"タクシー"、"テレビ"、"トイレ"など挙げ出したらキリがないです。サイズとかのS/M/Lとかも全部言えないです。ショートって言って誤魔化すこともあります。"お会計"は"精算"とかで言い換えられます。個人的には"ありがとう"を言えないのが結構嫌です。

この一覧で目を引くのは、最上段の「無理」に置かれたあ行・か行・た行について、日常でよく使う単語がとても多いと本人が添えていることです。一覧そのものは、どれだけ吃るか・言う前からどれだけ身構えるかという本人の実感で並んでいて、頻度はその最上段に添えられた一言です。同じ記事の中で、この方はポテトが昔から言えないので、マックでは正式名称の「マックフライポテト」で頼むと書いています。正式名称で呼ぶ人は私以外誰もいません、と添えて。電話の「もしもし」は「はい、〇〇です」に言い換えるとかなり楽になるとも書いています。そして最後に、部活や進学先、就職先、好きなキャラクターまで言いやすい行で選んできたことが多いと振り返り、言いやすいかどうかを基準に物事を決めるのは吃音者あるあるだと思う、と結んでいます。学会資料が挙げる「ことばを言い換える」「言いやすい言葉を最初に言う」という工夫は、こうして日々の選択そのものにまで広がっていきます。

出典: 【吃音】言いにくい行Tier表(note・わをん)(台帳: V0031)

言い換えは、その場を乗り切る有効な工夫です。ただし学会資料は、その代償もはっきり書いています。言いにくい単語を別の言い方に置き換える工夫を続けると、まわりから吃音は見えにくくなる。けれども本人のほうは、どもらずに済むかどうかを日々警戒しながら暮らすことになり、ストレスや悩みをためこみやすくなる。そう書かれています。工夫は「吃音を隠すための道具」ではなく「いまこの場を少し楽にするための道具」として、無理のない範囲で使うほうが続きます。

「はい」も敬語の「お」も、言い換える先がない

言い換えでしのげるのは、別の言い方がある言葉だけです。ところが日本語には、母音ではじまるうえに置き換えようのない言葉がいくつもあります。返事の「はい」、そして「お名前」「お疲れさま」「お世話に」のように「お」で始まる敬語です。

当事者本人の声(愛媛言友会・20代男性のOさん。難発が強い/自助団体の公式サイトに掲載された経験談スピーチの原稿)

自分の吃音の症状に関しては難発が強く、僕の場合「母音」を言うのが困難です。自分の名前も「母音」で始まり、自己紹介にはじめ、挨拶『おはようございます』『おつかれさまです』『ありがとうございます』や『お』が言いにくいこともあり、敬語を避けて話すことがあります。

吃音を振り返ってみて、吃音症は3歳か4歳ぐらいから始まりました。当時は連発型で、名前の最初の文字を繰り返し吃っていた記憶があります。

この方の原稿には、母音が言えないことで止まった場面が、学校の一日の順番どおりに並んでいます。毎朝の健康観察の「はい、元気です」が出ない。前の人から順番に選択問題を「ア」「イ」「ウ」で答えなさいと言われても、「ア」という声さえ詰まって出ない。視力検査で方向が言えない。日直のスピーチや号令が話せない。無理に出そうとすれば呼吸ができず、過呼吸に近い状態になることも頻繁にあった、と書かれています。高校入試の面接では、苦手な入室時のあいさつはやめて礼をきれいに行い、面接も言いやすい言葉に変換して乗り切ったといいます。学会資料は、こうした話す場面での失敗が積み重なると、口を開く前の段階で不安や恐怖を覚えるようになり、やがて人と話すことや人と交わることを避けるようになる、と説明しています。

出典: 吃音当事者からのメッセージ(愛媛言友会)(台帳: V0223)

「また詰まるかもしれない」と言う前から身構えてしまうこと——これは予期不安と呼ばれます。学会資料は、吃音による失敗の経験が話す場面で積み重なると、声を出す前の段階で不安や恐怖を覚えるようになると書いています。あ行の言葉が来ると分かった瞬間に構えてしまうのは、その音が難しいからというより、その言葉で止まった記憶が積み上がっているからだと考えられます。

なお、学会資料は、子どもの保護者に向けた節で、吃音を恥ずかしく感じ、どうにか出さずに済ませようとして力んでもがくと、吃音は悪くなるとしています。「あ行が来る、頑張らなければ」と力むほど苦しくなるのは、心がけの問題ではありません。

名前だけは、どうしても置き換えられない

言い換えのきかない言葉の最後に残るのが、固有名詞です。自分の名前、会社の名前、相手の名字。ここに母音が当たると、逃げ道はほとんどありません。

当事者本人の声(「注文に時間がかかるカフェ」発起人・奥村安莉沙さん。ノンフィクション作品の序章で、聞き手は取材・執筆者の大平一枝さん/ポプラ社 WEB asta)

「吃音の症状が出るときもあるのでしょうか」

「はい。今は出にくい言葉を言い換えています。とくにア行、、が苦手なので、奥村安莉沙という自分の名字も名前も言いづらいですし、この年になってもいまだに、四月の進級進学の自己紹介シーズンになると、うなされたり悪夢を見たりするんですよ。一週間くらい」

この打ち合わせの帰り道、編集部から駅まで二人で歩きながら、この方は少し申し訳なさそうに、取材者を下の名前で呼んでいいかと申し出ます。「おおだいら」はア行だから言いにくい、という理由でした。取材者は、打ち合わせの二時間、相手がどれほど頭の中で言い換えを重ねていたのかに、そこではじめて気づいたと書いています。もう一つ、この方が語っているのは、幼いころから憧れていたカフェの接客を、「ありがとうございます」「いらっしゃいませ」がア行ではじまるからと諦めた時期があったことです。念願が叶ったのは二五歳、オーストラリアのカフェででした。学会資料が話しにくさを感じることの多い場面として挙げているのは、中高生の部活動と入学面接、大学生のゼミでの発表と就職活動です。自己紹介は、そのすべてに含まれています。

出典: 注文に時間がかかるカフェ たとえば「あ行」が苦手な君に(WEB asta・ポプラ社)(台帳: V0190)

ここまでの4つの場面——あいさつ、注文、返事と敬語、自己紹介——に共通しているのは、どれも「言う言葉があらかじめ決まっている」ことです。学会資料が挙げる困難な場面(部活動、入学面接、ゼミの発表、就職活動、職場の電話応対)も、そのまま同じ性質を持っています。あ行が特別に難しい音だからではなく、あ行の言葉がそういう場所にたくさん立っている、という見方ができます。

あ行の言葉が立っている場所を、左右2列に並べた図。左は学会資料が「発話に困難を感じやすい場面」として挙げる3つ——中高生の部活動・入学面接、大学生のゼミの発表・就職活動、社会人の職場の電話応対。右はこの記事の当事者が「出てこない」と挙げた母音ではじまる言葉6つ——おはようございます、ありがとうございます、お疲れ様です、返事の「はい」、敬語の「お」、自分の名前。左右は線で結んでおらず、対応づけは本記事によるもので学会資料が対応させたものではない
図1: 学会資料が挙げる「発話に困難を感じやすい場面」(左)と、この記事の当事者が「出てこない」と挙げた母音ではじまる言葉(右)。出典: 日本吃音・流暢性障害学会「吃音(きつおん)について」/右側は本文の当事者の声より。左右の対応づけは本記事によるものです

子どもの「ア行だとつらそう」を、どこへ持っていくか

ここまでは大人の話でした。けれど「あ行が出にくい」という相談は、子どもについて寄せられることも多くあります。次は、新聞の子育て相談欄に届いた祖母からの一通です。

小学4年生の孫について相談を寄せた祖母(愛知県・72歳/中日新聞2022年8月19日付朝刊の子育て相談欄)

小学4年の男の孫が5月の大型連休明けから、話し始めの言葉に詰まるようになりました。いわゆる吃音(きつおん)で、特に最初の音がア行だとつらそうです。小児科にも学校にも相談しましたが、なかなかいい案がなく困っています。幼いころからプレッシャーを感じやすい面があります。(愛知県、72歳)

この相談でつまずいているのは、症状そのものより「どこに持っていけばいいか分からない」ことです。小児科にも学校にも相談した、それでも手がかりが得られなかった、と書かれています。紙面には、この相談に寄せられた読者の返事も並んでいます。保育園のころに症状が出た長男が大学生になるころにはほぼ出なくなったという母親の声。幼稚園のころから吃音のある長男について、言語聴覚士から「スムーズに話すように努める方が疲れる」と教わったという母親の声。そして、子どものころから吃音があり、七八歳のいまも家でくつろいでいると症状が出ることもあると語る当事者の声。同じ紙面の中に、軽くなった人と、いまも続いている人が並んでいます。専門家はこの相談に対して、小学校の「ことばの教室」や言語聴覚士のいる医療機関に相談するよう勧めています。

出典: 「吃音が心配な小4の孫、どうすれば…」の悩み(東京すくすく/中日新聞)(台帳: V0161)

学会資料も、幼児期・学齢期の相談先として、ことばの教室の教員や、小児を扱う言語聴覚士を挙げています。そこでは、話すのが楽になるように周りの人の接し方や場面のほうを整えるやり方——環境調整と呼ばれます——や、発話そのものに直接働きかける方法、吃音というものを理解していく方法などを、年齢や状態に合わせて指導します。

家庭でできることについて、学会資料は具体的に書いています。急に吃音が出はじめると保護者は驚くかもしれないけれど、心配そうな顔を見せず、子どもが楽しくしゃべり続けられるよう、どんな内容を話しているかに耳を傾けて聞いてあげてほしい、というものです。園や学校に対して伝えてほしいこととして挙がっているのは、3つです。吃音は病気ではない、ということ。緊張やストレス、家庭環境だけで生じるものではない、ということ。本人がわざとそうしているのではない、ということ。そのうえで、吃音を理解してもらい広く知ってもらう場を設けてもらえるよう、働きかけることが勧められています。

英語圏の研究は「母音のほうが出にくい」を支持していない

ここまで5人が語ってきたのは、母音ではじまる言葉で止まる、という実感でした。ところが研究のほうを見ると、集団としての傾向はむしろ逆を向いています。順に見ていきます。

英語を話す成人を対象にした研究があります。発達性吃音のある35人(平均30歳)と、脳の損傷などのあとに吃音が出た5人に文章を音読してもらい、その録音から、どもった語と流暢に言えた語を選び出して比べたものです。比べ方は、それぞれの語に4つの条件——語のはじめの音が子音である、5文字以上と長い、名詞・動詞・副詞・形容詞のいずれかである、文の最初の3語である——が当てはまるかで点をつけ、4点満点で合計するというものでした。

結果は、発達性吃音の群で、どもった語の平均が2.51点、流暢に言えた語の平均が1.80点(比較のためにランダムに選んだ流暢な語での値。その人のすべての流暢な語で数えると1.86点)。どもった語のほうが高い点でした。条件ごとに分けて見ると、語のはじめの音が子音であること、語が長いこと、その4つの品詞のいずれかであることの3つでは、どもった語のほうが当てはまる割合が高くなりました。つまり群として見るかぎり、母音ではじまる語は「出にくい側」ではなく「出やすい側」に数えられています。

英語を話す発達性吃音のある成人35人の音読で、どもった語と流暢に言えた語につけた点数を比べた横棒グラフ。4つの条件(子音ではじまる・5文字以上・名詞や動詞や形容詞や副詞である・文の最初の3語である)の当てはまりを0〜4点で合計すると、どもった語の平均は2.51点。流暢に言えた語の平均は、すべての流暢な語で計算すると1.86点、ランダムに選んだ流暢な語で計算すると1.80点で、どもった語のほうが高かった
図2: どもった語と流暢に言えた語の「4つの条件の当てはまり点」(0〜4点・発達性吃音のある成人35人)。流暢な語は「すべて」と「ランダムに選んだ分」の2通りで集計されています。出典: Max et al. (2019) Brain and language

なぜ子音のほうなのか。この研究の著者らは、子音は口の中で息の流れをいったん止めたり狭めたりする必要があり、そのために口と喉の筋肉を細かく合わせなければならない、母音にはその手間がない、と説明しています。そうした動きの複雑さが、なめらかさの崩れやすさにつながっているのではないか、という見方です。実感とは正反対ですが、研究の側から見ると、母音は「構えの少ない、易しい側の音」に置かれています。

もう一つ、この研究には予想外の結果がありました。「発話のはじめのほうだから吃りやすい」という古くからの見方について、文(または節)のはじめの3語であるかどうかでは、どもった語と流暢だった語に差が見られなかったのです。著者ら自身、これは長年の見方と食い違う結果であり、さらに追試が必要だと述べています。

では「あ行が特に苦手」という実感は間違いなのでしょうか。そうではありません。研究をまとめた総説は、どの音でどもるかは吃音のある成人のあいだで非常に個人差が大きく、すべての人にとって特に難しい音というものは見つかっていないと整理しています。そのうえで、この点を評価するいちばんよい方法は、どの音がなめらかに出しにくいと感じているかを本人に尋ねることだ、としています。あ行が出にくいかどうかは、平均ではなく「自分はどうか」で見るものだ、ということです。

さらに重要なのは、この「子音のほうがどもりやすい」という結果が、英語という言語の作りと絡み合っている点です。総説は、英語では機能語(日本語の「が」「は」にあたるような短い語)の多くが母音ではじまり、しかも文の頭に来やすいと指摘しています。語の長さ・品詞・文中の位置・はじめの音は互いに絡んでいて、どれがどれだけ効いているのかを切り分けるのは難しい、とも書かれています。

そして総説が、この「どの語でどもるか」の法則が英語以外でも確かめられた例として名前を挙げているのは、カンナダ語、アラビア語、そしてある程度は韓国語です。日本語は挙がっていません。日本語のあ行・か行といった行を対象に同じことを調べた研究は、この総説が示す範囲には出てきません。「母音は易しい側」という結果を、そのまま日本語のあ行に持ち込める根拠は、いまのところないということです。

就学前の子どもについても触れておきます。吃音のある子ども14人の親子の会話を書き起こし、発話の最初の語に続く二番目の語の音の複雑さが、その前にある最初の語での繰り返し——語をまるごと繰り返す形と、語の一部を繰り返す形の両方——の起きやすさを予測するかを調べた研究があります。語彙や文法など他の要因をそろえて分析したところ、音の複雑さは、偶然のばらつきと区別できるほどの予測要因ではありませんでした。子どもの段階でも、「この音だから繰り返す」と割り切れる法則は見つかっていません。

あ行の言いにくさについて、3本の研究が答えていることと答えていない範囲を並べた対応表。英語を話す成人35人の音読を調べた研究は、どもった語のほうが子音ではじまる語の割合が高かったことを示したが、調べたのは英語の音読で日本語のあ行は対象ではない。就学前の子ども14人の親子の会話を調べた研究は、続く語の音の複雑さが繰り返しの起きやすさを予測しなかったことを示したが、母音ではじまるかどうかで分けた比較ではなく対象も英語。研究をまとめた総説は、すべての人にとって特に難しい音は無く個人差が大きいと整理し、他の言語で確かめられた例としてカンナダ語・アラビア語・韓国語を挙げているが、日本語は挙がっていない。3本とも、日本語のあ行を直接調べたものではない
図3: 3本の研究が答えている範囲と、答えていない範囲。出典: Max et al. (2019) Brain and language / Coalson & Byrd (2016) Journal of fluency disorders / Brundage & Ratner (2022) Topics in Language Disorders

まとめると、こうなります。「母音だから出にくい」を支える研究は見あたらず、英語の研究はむしろ逆を示している。ただしその結果は英語の語の作りと絡んでいて、日本語のあ行では確かめられていない。そして、どの音が苦手かは一人ひとり大きく違う。あなたのあ行の言いにくさは、この3つ目に属する話です。

自分の苦手な音の見つけ方と、相談先

総説は、どの音が出しにくいかを専門家が見立てるとき、いちばんよい方法は本人に尋ねることだとしています。裏を返せば、答えを持っているのは本人だということです。相談に行く前に、次のようなことを書き出しておくと、話が早く進みます。

  • よく詰まる言葉(あ行に限らず。実際に口にした言葉をそのまま)
  • 逆に、いつも言える言葉
  • 出にくくなる場面(電話の第一声、自己紹介、注文、朝のあいさつ、号令など)
  • 調子の良い時期と悪い時期。学会資料は、調子の良い状態や悪い状態が数週間から数か月にわたって続く人も多いとしています
  • 歌うとき、2人で声を合わせるとき、独り言のときはどうか。学会資料は、こうした場面では一時的に流暢になる人が多いとしています

相談先は年齢によって分かれます。

  • 子ども:ことばの教室の教員や、小児を扱う言語聴覚士に相談します。年齢や状態に合わせて、周りの人の接し方や場面のほうを整える方法、発話への働きかけ、吃音というものを理解していく方法などの指導が受けられます。
  • 中高生・大人:本人が治療を望むなら、言語聴覚士のもとで発話の訓練を受ける、という選択肢があります。訓練を受けても症状が変わらないとき、あるいは吃音への不安が強いときには、心理療法やカウンセリングが助けになることもあるとされています。また、自助団体に参加して、吃音のある他の人と出会うことも挙げられています。吃音を否定的に捉える気持ちが減るといった心の変化の入り口になることがある、というものです。

相談・受診を考える目安は、「話す前の不安が強い」「電話や発表など特定の場面で困っている」「生活や仕事に支障が出ている」といったサインです。

制度についても知っておくと選択肢が広がります。発達障害者支援法(2005年施行)は、発達性吃音を対象に含んでいます。学校や職場で吃音を理由にした差別的な言動や差別的な扱いをすることは、障害者差別解消法(2016年施行)で禁止されています。そのうえで、発表や電話応対を免除してもらう、試験などの面接で時間を延ばしてもらうといった合理的配慮を、求めることができます。ただし求めるときには、医師の診断書や、言語聴覚士が書いた報告書の提出などを必要とされる場合があります。

「あ行が苦手」で陥りがちな3つの落とし穴

落とし穴1 − 「あ行さえ言えれば」と一点に絞ってしまう

どの音が苦手かは一人ひとり大きく違い、すべての人にとって難しい音というものは見つかっていません。あ行だけに意識を集中させるより、自分がどの音・どの場面で出にくいのかを広く書き出しておくほうが、相談のときに伝えやすく、対策の見通しも立ちます。この記事に登場した5人が挙げた苦手な音も、あ行だけではありませんでした。

落とし穴2 − 言い換えがうまくなったことを、楽になったことと取り違える

言い換えを重ねるほど、まわりから吃音は見えにくくなります。ただし学会資料は、その状態は本人の側から見れば、どもらずに済むかどうかを日々警戒しながら暮らしているということであり、ストレスや悩みをためこみやすくなると指摘しています。周りから見えなくなったことと、本人が楽になったことは別のできごとです。

落とし穴3 − 力を入れて「出さないように」しようとする

学会資料は、子どもの保護者への助言として、吃音を恥ずかしく感じ、どうにか出さずに済ませようとして力んでもがくと、吃音は悪くなるとしています。あ行が来ると分かった瞬間に身構えて力むのは自然な反応ですが、その方向に努力を積み増しても楽にはなりにくい、ということです。一人で抱え込まないことです。学会資料が挙げている窓口は、中高生以上・成人であれば、言語聴覚士のもとでの発話訓練、心理療法やカウンセリング、自助団体への参加。幼児期・学齢期であれば、ことばの教室の教員や、小児を扱う言語聴覚士です。

相談の準備として役立つのが、出にくかった言葉・困った場面・調子の波を、その日のうちに記録しておくことです。記憶で思い出そうとすると、印象の強い失敗だけが残り、言えた日のことが抜け落ちます。記録そのものは治療ではありませんが、相談のときに渡せる材料になり、経過を振り返る手がかりにもなります。専門機関に相談できる状況であれば、そちらが確実です。

よくある質問

あ行(母音)ではじまる言葉が出にくいのは、なぜですか?

「母音ではじまるから出にくい」という裏づけは、この記事が引いた英語圏の研究の範囲では見あたりません。英語を話す成人35人の音読を調べた研究では、どもった語のほうが子音ではじまる語の割合が高く、むしろ逆向きの結果でした。一方で、どの音が苦手かは一人ひとり大きく違うことも分かっています。あ行で困るときに起きている状態そのものは、ことばが出ないまま間があいてしまう難発(ブロック)にあたります。

研究が逆の結果なら、自分の「あ行がつらい」は気のせいなのでしょうか?

気のせいではありません。総説は、どの音が難しいかは一人ひとり大きく違うので、本人に尋ねるのがいちばんよい方法だとしています。また、英語の研究結果は英語の語の作りと絡んでおり、総説が他の言語で確かめられた例として挙げているのはカンナダ語・アラビア語・韓国語で、日本語は挙がっていません。日本語のあ行について確かめられたことは、まだ多くありません。

あ行を言いやすくする方法はありますか?

学会資料は、当事者が実際にしている工夫として、言いやすい言葉を先に言う、ことばを別の言い方に置き換える、といった方法を挙げています。ただし、これは学会が勧める方法として挙げられているわけではありません。言い換えを続けると、どもらずに済むかどうかを日々警戒しながら過ごすことになり、ストレスや悩みをためこみやすくなると指摘されています。学齢期については、吃音を否定的にとらえる見方が育つと、難発が強くなる、言い換えの工夫をするようになる、といった変化が起きて、吃音の進展——吃音の状態が悪くなっていくこと——につながる場合があるとも書かれています。使うとしても、無理のない範囲にとどめるのがよさそうです。なお、歌を歌うとき、2人で声を合わせるとき、独り言を言うときなどは一時的に流暢になる人が多いとされています。

子どもが「ア行だけつらそう」なとき、どこに相談すればよいですか?

ことばの教室の教員や、小児を扱う言語聴覚士が相談先になります。年齢や状態に合わせて、周りの人の接し方や場面のほうを整える方法や、発話への働きかけなどの指導が受けられます。家庭では、心配そうな顔を見せず、どんな内容を話しているかに耳を傾けて聞いてあげてほしい、と学会資料は書いています。

あ行が苦手なせいで、電話や発表を代わってもらうことはできますか?

障害者差別解消法(2016年施行)のもとで、学校や職場に対し、発表や電話応対を免除してもらう、試験などの面接で時間を延ばしてもらうといった合理的配慮を、求めることができるとされています。ただし求めるときには、医師の診断書や、言語聴覚士が書いた報告書の提出などを必要とされる場合があります。発達障害者支援法(2005年施行)も、発達性吃音を対象に含んでいます。

まとめ

  • あ行で最初の音が出ないときの状態は、多くはことばが出ないまま間があいてしまう難発(ブロック)です。思春期以降はこの形が中心になるとされています。
  • 「母音だから出にくい」という裏づけは、この記事が引いた英語圏の研究の範囲では見あたりません。英語を話す成人35人の音読では、どもった語のほうが子音ではじまる語の割合が高く、文のはじめの3語かどうかでは差がありませんでした。就学前の子どもでも、次に来る語の音の複雑さは、その前の語での繰り返し(語まるごと・語の一部の両方)を予測しませんでした。
  • ただしその結果は英語の語の作りと絡んでおり、総説が他の言語で確かめられた例に挙げているのはカンナダ語・アラビア語・韓国語で、日本語は入っていません。
  • 実感が強いのは、あ行の言葉が「言い換えのきかない場所」——あいさつ、返事、敬語の「お」、自分の名前——に集まっているからだと考えられます。学会資料が挙げる困難な場面も、言う言葉があらかじめ決まっている場面ばかりです。
  • どの音が苦手かは一人ひとり違うので、まず自分の出にくい言葉と場面を書き出すこと。生活や仕事に支障があるとき、学会資料が中高生以上・成人について挙げているのは、言語聴覚士のもとでの発話訓練、心理療法やカウンセリング、自助団体への参加です。学校や職場に合理的配慮を求めることもできます。

参考文献

  1. 日本吃音・流暢性障害学会「吃音(きつおん)について」
  2. Brundage & Ratner (2022) Linguistic aspects of stuttering: research updates on the language-fluency interface. Topics in Language Disorders.
  3. Max et al. (2019) Similar within-utterance loci of dysfluency in acquired neurogenic and persistent developmental stuttering. Brain and language.
  4. Coalson & Byrd (2016) Phonetic complexity of words immediately following utterance-initial productions in children who stutter. Journal of fluency disorders.

当事者の声の出典: V0066(note・砂張 五)/V0031(note・わをん)/V0223(愛媛言友会 公式サイト「吃音当事者からのメッセージ」)/V0190(WEB asta・ポプラ社。取材・執筆=大平一枝)/V0161(東京すくすく/中日新聞2022年8月19日付朝刊)。いずれも公開記事。引用は原文どおり。

更新履歴: 2026-07-22 公開/2026-08-27 骨格v2へ全面リライト(声の入れ替え・出典の追加と訂正・専門語の平易化・図スロットの設置)