まず結論から
- 吃音のある人は国や言語によらず成人の100人に1人ほどで、日本では100万人〜120万人と推計されています。番組で見かける機会の少なさと、実際にいる人数は別ものです。
- 日本の一般市民303人に尋ねた調査では、およそ半数が吃音のある人を見聞きしたことがある一方で、有病率を高く見積もるなど誤解する傾向があり、全体としての知識は限られていました。
- 吃音のある人の体験談を聞く「接触」は、吃音のある人への肯定的な態度を高める効果がもっとも大きく、1週間後の追跡調査まで続いていました。当事者が自分の言葉で語る場面には、それだけの働きがあります。
- 英国の当事者団体の指針は、テレビ・ラジオ・映画で吃音の声が聞こえるようにしてほしい、ただし誰かが吃音を「克服した」「打ち負かされた」「治した」という文脈ではなく、と求めています。この指針は英国王立言語聴覚士会の承認を受けています。
- 「ゆっくり」「落ち着いて」といったよかれと思ってする声がけが、かえってプレッシャーを与えてしまうことがあります。番組を見たあとの一言は、そこでつまずきやすい場所です。
ただし、特定の番組の個別の放送回について、この記事の手元に一次資料はありません。出演者・放送日・番組内のやりとりを書いていないのはそのためで、放送予定や見逃し配信の有無は各番組の公式ページで確かめてください。また、番組を見たことが視聴者の態度をどれだけ変えるかを日本で測った研究も、手元にはありません。
番組でたまたま流れた曲に、思わず泣いた大学生
吃音のある人が番組と出会うのは、たいてい「探しに行く」場面ではありません。つけっぱなしにしていた画面から、自分と同じことで困っている人の話が流れてくる。あるいは、自分のことを歌っているとしか思えない曲が流れてくる。ある大学生は、NHKの番組「オイコノミア」で初めて聴いた曲の冒頭が「ぼくは言葉が うまくいえない」で始まるのを聞いて、この曲は吃音のある人の歌ではないかと思い当たったと書いています。
当事者本人の声(18歳から吃音のことを書いている大学生/個人ブログ)
大学生になってもどもりを笑う人が実際にいて、見ると悲しくなってしまいます。どもってしまってでも、自分の言葉を伝えたいという思いで必死に努力しているというのになんで笑うのでしょうか。
その日、画面から流れてきたのは初めて聴く曲でした。歌手の名前も知らなかったといいます。それでも冒頭の一行で、これは自分たちの歌かもしれないと気づいた。本人はこの曲について、自分たち吃音のある人の言葉をそのまま代弁しているようで、少し理解者がいた、この歌を聴いた人にもわかってほしいという思いで、多少救われたと書いています。番組を見ていたのは吃音のある本人ひとりではありません。同じ時間に、吃音を知らない人たちも同じ曲を聴いていた——そこが、番組というものの効き方です。そして「知らない人」がどれくらいいるのかは、日本でも調べられています。
出典: ぼくのお日さま ~吃音もちのきもち~(Ameba ブログ)(台帳: V0299)
日本の一般の人が吃音をどれくらい知っているかは、街頭で集めた303人への質問紙で調べられています。有病率・始まる時期・男女の分布・人種による違い・原因・治療・知能との関係・遺伝について尋ねたところ、およそ半数の人は吃音のある人を見聞きしたり会ったりしたことがあった一方で、有病率を高く見積もるなど、吃音を誤解する傾向が見られました。知識の程度は年齢・性別・教育年数によって違い、年齢が高い人、女性、教育年数の長い人のほうが吃音についてよく知っている傾向がありました。研究者らは、多くの人が吃音をある程度は知っているものの、全体としての知識は限られており、知識と認知を広げる必要があると述べています。
つまり、番組で吃音が扱われるとき、画面の前にいる大多数は「吃音という言葉は聞いたことがあるが、中身はよく知らない人」です。当事者にとって番組が特別な時間になるのは、その人たちが同じ時間に同じ話を聞いているからでもあります。テレビという媒体そのものでの描かれ方は、吃音とテレビの記事で詳しく扱っています。
「ゆっくり」「落ち着いて」——番組を見たあとに出やすい一言
番組を見た人が、翌日いちばんやりたくなるのは「声をかけること」です。ところが、よかれと思って選んだ言葉ほど、当事者が長いあいだ言われ続けてきた言葉と重なります。第52回NHK障害福祉賞で最優秀作品に選ばれた手記の書き手は、自分の症状を説明したうえで、そのあとに何を言われるかまで書き残しています。
当事者本人の声(愛知県の男性/第52回NHK障害福祉賞 最優秀作品「ことばを取り戻す」)
吃音とは、昔は「どもり」と呼ばれていた、スムーズに話せない障害で、「たたたまご」のように言葉が連続して出てしまったり、「たーまご」と伸びてしまったり、「……たまご」と、そもそも声が出て来ない症状(ブロック)が代表的です。これは、わざとやっているわけではありませんし、緊張や早口とも直接は関係がありません。こういうふうに説明しないと分かってもらえませんし、説明しても、「落ち着いて」、「ゆっくり話して」と言われることが少なくありません。そういう問題じゃありません。落ち着いていても、ゆっくり話しても、吃(ども)る時は吃るんです。吃音はあまり知られていないことから、ずっと誤解され続けてきました。
この手記は、幼稚園の頃の場面から始まります。「ぼぼぼぼーくね、ああああーのさあ」と、吃りながらもたくさんの友達と毎日遊んでいた。お遊戯会で盛大に吃りながらせりふを言っている様子が、ホームビデオに今も残っている。状況が変わったのは小学校に入ってからで、「お前、なんでそんな話し方なんだよ」と言われるようになったと書かれています。説明する言葉を持つまでに何年もかかり、持ったあとでもなお「落ち着いて」と返される。番組の側も、この一言のことは扱っています。
出典: 第52回NHK障害福祉賞 最優秀作品「ことばを取り戻す」(NHK厚生文化事業団)(台帳: V0113)
NHK「きょうの健康」が2023年3月14日に放送した「誤解しないで!この病気 『吃(きつ)音症』」の回は、まさにこの点を番組の紹介文に据えています。「ゆっくり」「落ち着いて」などよかれと思ってする声がけがプレッシャーを与えてしまっていることもあるとして、当事者の心が軽くなる接し方を紹介する、と書かれています。同じ番組ページの記事欄では、吃音症は医学的には「言語の流暢(りゅうちょう)性の障害」と呼ばれ、声自体は出るがなめらかに言葉にすることができない症状で、主に、言葉の頭の音を繰り返す「こ、こ、ここんにちは」、音が伸びる「こーーーんにちは」、うまく言葉が出ずに間が空く「・・・こんにちは」の3つがあると説明されています。この回には慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室の助教が出演者として記載されています。
英国の当事者団体の指針も、事実の訂正として同じことを挙げています。吃音は弱さでも欠陥でもないこと、呼吸のしかたが悪いなど本人が何か間違ったことをしているから起きるのではなく神経学的なものであること、緊張しているから吃るのではないこと——もし緊張しているように見えるとすれば、それは話し方を繰り返し笑われてきたからだろう、と書かれています。方略を学んで吃音を管理したり和らげたりすることはできても、治すものではない、とも述べています。声かけの中身をもう少し具体的に知りたい場合は、後半の「番組を見たあと、何をすればいいのか」の節で、同じ指針が挙げている応じ方を並べます。
当事者が画面に出て語ると、見ている側に何が起きるのか
福祉をテーマにした番組の多くは、専門家の解説だけで組み立てません。当事者が出てきて、自分の言葉で自分の生活を話します。その形式にどんな意味があるのかは、当事者本人の側からも、研究の側からも語られています。NHK障害福祉賞に手記を寄せた、言語聴覚士を目指す大学生は、周りの人に向けて、分かってほしいとは言わない、と前置きしたうえでこう書きました。
当事者本人の声(言語聴覚士を目指す大学4年・和智南生さん/NHK障害福祉賞の入選作品)
声が出ない時は待っていて欲しい? 推測して言葉をかけて欲しい? メモに書いたものを読んで欲しい?」 と声をかけてあげて欲しい。もしその子が 「待っていて欲しい」 というのであれば、うなずきながら待っていてあげてほしい。その一言で、吃音の人が安心して話せる環境作りが出来ると私は思っている。
この書き手は、同じ手記の中で、吃音のある人が10人いたら、10通りの症状や思い、考えがあります、とも書いています。だから「吃音のある人にはこう接する」という一つの答えを配るのではなく、目の前の相手に尋ねる形にした。分かってほしい・理解してほしいとは言わない、けれど吃音を伝える子がいたら知ろうとしてほしい——手記はそう続きます。番組で当事者が話すのも、視聴者に正解を配るためではなく、この「知ろうとする」状態を作るためだと考えると、形式の意味が見えてきます。実際、体験談を聞くことの効き方は測られています。
出典: NHK障害福祉賞 入選作品(NHK厚生文化事業団)(台帳: V0112)
米国の全国調査から集めた成人212人を無作為に割り付けて、吃音への偏見を減らす三つの働きかけを比べた研究があります。三つとは、吃音のある人から個人的な体験談を聞く「接触」、吃音についての思い込みを事実に置き換える「教育」、吃音のある人への否定的な態度を批判する「抗議」です。参加者は割り当てられた条件の動画を見る前と後に、決めつけ・否定的な感情の反応・社会的な距離の取り方・差別的なつもりの行動について答え、一部の人は1週間後にも同じ質問に答えました。
結果は、三つのどれもが、何もしない対照条件より、決めつけ・否定的な感情・差別的なつもりの行動を減らしていました。そのうち、決めつけを減らす効果が1週間後まで保たれたのは「教育」と「抗議」でした。そして、吃音のある人への肯定的な態度を高める効果がもっとも大きく、1週間後の時点まで続いていたのは「接触」、つまり体験談を聞くことでした。研究者らは結論として、吃音の分野で活動する擁護者や支援者は教育と抗議で否定的な態度を減らすことができ、吃音のある人自身は人と人との接触を通じて肯定的な態度を高めることができる、と述べています。
番組の構成に当てはめるなら、専門家の解説は「教育」に、当事者が自分の言葉で語る時間は「接触」に近い役割を担っていることになります。どちらか一方ではなく両方が置かれている番組は、この二つを同時にやっていることになります。啓発そのものについては国際吃音啓発の日の記事でも扱っています。
話す仕事に就いた当事者を、「克服した人」として紹介しないために
「吃音のあるアナウンサーはいるのか」という問いは、番組で吃音を知った人がよく次に抱くものです。実在の人について外から決めつけることはできませんが、自分で公表し、文章に残した人はいます。フリーのキャスターとして長く画面に出ていた小倉智昭さんは、2007年に日本心理学会の『心理学ワールド』に「吃音キャスター」と題した文章を寄せ、自分の話し方について書きました。
当事者本人の手記(キャスター・小倉智昭さん/日本心理学会『心理学ワールド』36号・2007年。自助団体のサイトに転載)
アナウンサーになっても吃音は治らなかった。時期によって、どもる言葉が変わるというのが私の持論で、ア行が駄目、力行が駄目と、周期的なものがあるように思う。タ行がどもりやすいときに田中角栄が首相でつらい思いをしたり、力行の馬名が言えずに、競馬実況では苦労したこともある。
手記は、秋田で小学校に入った頃から始まります。親からは「もっと落ち着いて話せ」「ゆっくり話せ」と注文をつけられたが、一向に良くならなかった。2年生の学芸会では、吃音を心配した担任からせりふをもらえず、美術の木を後ろで支える役だったため、見に来た両親は息子の出演に気づかないまま帰った。3年生で東京に転校し、昼休みの放送劇でたった一言のせりふが出てこなかった日のことも書かれています。採用試験の面接では「どもりなのでアナウンサーになりたい」と言い続けた、とも。この人が最後に置いた一行は、「一生、吃音が治らなくても生きていけるのだから……」でした。紹介のされ方として何を避けるべきかは、当事者団体が指針にしています。
出典: 吃音キャスター(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0318)
英国の当事者団体は、発信する側に向けた要望をはっきり書いています。テレビ・ラジオ・映画で吃音の声が聞こえるようにしてほしい、ただし誰かが吃音を「克服した」「打ち負かされた」「治した」という文脈でではなく、あらゆる内容をかたちづくるアクセントと声の豊かな模様の一部として、というものです。あわせて、吃音・吃るという語を失敗や出来の悪さの代名詞として使うのをやめてほしいこと、吃音を扱う番組を企画するなら関係者にこの指針を共有してほしいことも求めています。
言葉づかいの具体的な置き換えも並んでいます。吃音に「苦しんでいる」「冒されている」と言う代わりに「その人は吃る」と書くこと、誰かの吃音を「ひどい」「衰弱させる」と形容せず同じく「その人は吃る」と書くこと、吃音を「打ち負かす」「克服する」と言うのを避けること(治せるものではないため)、物事が滞ったり失敗したりする様子に吃るという語を使わないこと、誰かの吃音を「今日は調子が悪い」と評さないこと。この指針は配布物としても置かれていて、放送で使う、学校や大学や職場へ持っていく、掲示板に貼る、地元のラジオ局に送るといった使い方が呼びかけられています。線を越えた表現に出会ったら、どの線を越えたのかを相手に伝えてほしい、変化は一人や一つの運動で成し遂げられるものではなく、力は人数にある、とも書かれています。
番組の外で吃音を調べると、何が出てくるか
番組を見たあと、多くの人は続きを動画やSNSで探します。そこで出てくるものの質は、国は違いますが実際に測られています。中国の動画共有サービス上の吃音関連の動画を集め、役に立つ・体験談・誤解を招くの3つに分類し、患者向けの資料を評価する道具(PEMAT-A/V)で分かりやすさと行動への移しやすさを採点した研究です。
結果は、役に立つと判定されたものが4%、体験談が22%、誤解を招くと判定されたものが74%でした。さらに、誤解を招く動画のほうが視聴者のいいねを集めやすいこと、評価の道具で測った平均の分かりやすさが53.0%、行動への移しやすさが24.3%で、いずれも低い水準と見なされることが示されています。研究者らは、広まっている誤情報が一般の人と吃音のある人の理解を誤らせうるとして、信頼できない吃音情報について広く注意を促す必要と、根拠に基づく啓発の必要を説いています。あわせて、専門的な訓練を受けていない自称「矯正家」が誤情報を広めているという先行研究の指摘も引かれています。
これは中国の動画共有サービスを対象にした研究で、日本の番組や日本のSNSについて測った数字ではありません。ただし、数えた対象が「人」ではなく「動画」であること、そして誤解を招くものほど反応を集めやすいという傾向は、続きを探す側にとって覚えておく価値があります。
では、誰が発信すればいいのか。吃音の啓発について論じた短報は、世界で7000万人以上が発達性吃音の影響を受けているとしたうえで、一般の人・科学と医療の関係者・吃音のある人に届くように働きかけて認知を広げることが重要だと述べ、そのためには手本になる人(ロールモデル)と、支援と、機会が必要だと論じています。公共の番組に当事者が出て話すという形式は、この「手本になる人」と「機会」を同時に置く方法のひとつだと読むこともできます。
番組を見たあと、何をすればいいのか——接し方と相談先
英国の当事者団体の指針は、取材する・配役する・話す・一緒に働く相手が吃る人であるときの応じ方を、短い箇条書きで並べています。さえぎらずに話し終えるまで待つこと。ときどきうなずいて、聞いていると伝えること。自然な目線を保ち、居心地悪そうな顔をしないようにすること。話し方の良し悪しを口にしたり、流暢に話せたことを褒めたり祝ったりしないこと——それは吃音が悪いことだという考えを補強してしまうため、と理由まで書かれています。吃ったときに冗談にしないこと、憐れまないこと。もっともよいのは、吃る声を歓迎し、受け入れることだとまとめられています。この指針は英国王立言語聴覚士会の承認を受けており、吃音のある人を代表してきた40年を超える経験にもとづく、必要に応じて更新される生きた指針だと同じページに記されています。
家族や本人が受診を考える場合の入り口は、言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室です。吃音を専門に診る外来が公式に告知されている例もあります。九州大学病院は、耳鼻咽喉・頭頸部外科の菊池良和助教が第84回西日本文化賞の奨励賞(学術文化部門)を受賞したという広報の中で、専門が吃音をはじめとした音声言語医学であること、本人も吃音の当事者であること、九州大学病院など福岡県内2か所で全国的に珍しい「吃音外来」を開いていることを記しています。受賞理由は、吃音症の研究と正しい知識の啓発を進め、多様性を支える社会の形成に努めた功績とされています。
この告知は病院の広報であって診療案内ではありません。対象年齢・予約方法・診療の曜日・費用はこのページに書かれておらず、掲載時点でそう書かれていたという事実にとどまります。受診を考えるときは、必ず各施設の外来案内で最新の情報を確かめてください。
医学的な位置づけについては、公共放送の番組ページにも整理があります。吃音症は医学的には「言語の流暢性の障害」と呼ばれ、声自体は出るがなめらかに言葉にすることができない症状で、国や言語によらず成人の100人に1人ほどいるとされ、日本では100万人〜120万人と推計されています。同じ回では、吃音のことを知ってもらおうと当事者が店員を務める「注文に時間のかかるカフェ」の様子も紹介されたと番組ページに書かれています。人づきあいに臆病になってしまうことも多い、という一文も同じページにあります。報道での扱われ方については吃音ニュースの記事で扱っています。
番組をきっかけに調べるときの3つの落とし穴
1. 「克服した人」の物語として受け取ってしまう
画面で流暢に話している当事者を見ると、吃音を治した人だと受け取りたくなります。けれども当事者団体の指針は、吃音を「打ち負かす」「克服する」と言うのを避けるよう求めており、その理由として、吃音は治せるものではないことを挙げています。方略を学んで管理したり和らげたりすることはできても治すものではない、というのが同じ指針の書き方です。自分で手記を残したキャスターも、アナウンサーになっても吃音は治らなかったと書いていました(台帳: V0318)。
2. 番組の続きを、反応の多い動画で探してしまう
もっと知りたくなったとき、再生数やいいねの多い動画から順に見るのは自然なやり方です。ただし中国の動画共有サービスを調べた研究では、誤解を招くと判定された動画が74%を占め、しかもそうした動画のほうが視聴者のいいねを集めやすいという結果でした。反応の多さは、内容の確かさの目印にはなりません。
3. 見たその日に、当事者へ「アドバイス」をしてしまう
番組を見た直後は、誰かの役に立ちたい気持ちが強くなります。しかし「ゆっくり」「落ち着いて」といったよかれと思ってする声がけが、プレッシャーを与えてしまっていることもあります。指針も、話し方の良し悪しを口にしたり流暢に話せたことを褒めたりしないよう求めています。手記を書いた大学生のように、待ってほしいのか、推測してほしいのか、メモを読んでほしいのかを本人に尋ねる形のほうが、確実です(台帳: V0112)。
よくある質問
バリバラの吃音の回は、いつ放送されたのですか?
個別の放送回の日付や出演者について、この記事の手元に一次資料がないため書いていません。放送予定・再放送・見逃し配信の有無は、番組の公式ページで確かめるのが確実です。番組ページには放送予定の欄があり、予定がない場合はその旨が表示されます。
NHKに吃音のあるアナウンサーはいますか?
実在の人について、本人が公表していない事柄を外から判断することはできないため、この記事では扱っていません。自分で公表し文章に残した例としては、フリーのキャスターとして画面に出ていた小倉智昭さんが、日本心理学会の雑誌に「吃音キャスター」と題した手記を寄せています(台帳: V0318)。所属は本人の記述どおりで、NHKではありません。
吃音のある人は、実際にどれくらいいるのですか?
国や言語によらず成人の100人に1人ほどで、日本では100万人〜120万人と推計されています。一方で、日本の一般市民303人に尋ねた調査では、有病率を高く見積もるなど誤解する傾向が見られ、全体としての知識は限られていました。
番組を見た家族に、どう説明すればいいですか?
吃音は弱さでも欠陥でもなく、呼吸のしかたが悪いなど本人が何か間違ったことをしているから起きるのではなく神経学的なものであり、緊張しているから吃るのでもない、というのが当事者団体の指針が挙げる事実です。もし緊張しているように見えるとすれば、話し方を繰り返し笑われてきたからだろう、とも書かれています。まずこの3点を共有するのが伝わりやすいとされています。
当事者が出演する番組を見ることに、意味はありますか?
米国の成人212人を無作為に割り付けた研究では、吃音のある人から体験談を聞く「接触」が、吃音のある人への肯定的な態度を高める効果がもっとも大きく、1週間後の追跡まで続いていました。研究者らは、吃音のある人自身が人と人との接触を通じて肯定的な態度を高めうると述べています。
まとめ
番組で吃音が扱われる日、画面の前には、吃音のある人と、吃音をよく知らない大多数の人が同時にいます。日本の調査では、およそ半数が吃音のある人を見聞きしたことがある一方で、全体としての知識は限られていました。その人たちに当事者が自分の言葉で語ることには、測られた効き方があります。体験談を聞く「接触」は、吃音のある人への肯定的な態度を高める効果がもっとも大きく、1週間後まで続いていました。
一方で、扱われ方には注文もついています。当事者団体は、吃音の声が放送で聞こえるようにしてほしい、ただし「克服した」「治した」という文脈ではなく、あらゆる内容をかたちづくる声の豊かな模様の一部として、と求め、その指針を配布物として誰でも持ち出せるようにしています。番組を見たあとにできることは、流暢さを褒めることでも助言することでもなく、さえぎらずに話し終えるまで待ち、うなずいて聞いていると伝えることだと書かれています。そして、気になる症状があるときの入り口は、言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室です。吃音を専門に診る外来が公式に告知されている例もあります。
手記を残したキャスターの最後の一行は、「一生、吃音が治らなくても生きていけるのだから……」でした(台帳: V0318)。番組が届けているのは、多くの場合その一行のほうです。