まず結論から
- 吃音とは、話し言葉がなめらかに出てこない発話障害で、連発・伸発・難発の3つのうち1つ以上がみられます。
- 吃音の9割は発達性吃音で、その多くは幼児期に始まります。発症は2歳台後半に集中していて、24〜35か月というたった1年の間に発症のほぼ6割が起きています。
- 原因は、体質的要因・発達的要因・環境要因が一定の条件のもとで重なって生じるものと説明されていて、たった一つの原因は特定されていません。
- 親の育て方・しつけ・愛情不足は原因ではありません。大人の関わり方のまずさで子どもに吃音が生じることは決してない、と公的資料が明言しています。かつては養育者を原因とする説も語られましたが、双子研究では原因の約8割がその子の生まれ持った体質であることが示されています。
- 発症後3年で、男児のおよそ6割・女児のおよそ8割が自然に回復するとされています。
ただし、詳しい原因はまだ分かっていません。分かっているのは、上の3つの要因がお互いに影響し合って発症すると言われている、というところまでです。回復の見通しにも個人差があり、相談を受けた専門家の側も「男児で家族歴がある場合は、なおりづらい」としか返答できない状況だと率直に書かれています。
「わざと」でも「緊張のせい」でもない — 吃音とは何か
吃音の説明は、たいてい「連発・伸発・難発の3つがあります」から始まります。ですが、その3つの名前だけでは、本人の中で何が起きているのかは伝わりません。同じことを、内側から書いた文章があります。
当事者本人の手記(愛知県・男性。物心ついた頃から吃音/NHK厚生文化事業団の障害福祉賞に最優秀作品として選ばれ、全文が公開されているもの)
僕には、物心ついた頃から吃音(きつおん)があります。吃音とは、昔は「どもり」と呼ばれていた、スムーズに話せない障害で、「たたたまご」のように言葉が連続して出てしまったり、「たーまご」と伸びてしまったり、「……たまご」と、そもそも声が出て来ない症状(ブロック)が代表的です。これは、わざとやっているわけではありませんし、緊張や早口とも直接は関係がありません。こういうふうに説明しないと分かってもらえませんし、説明しても、「落ち着いて」、「ゆっくり話して」と言われることが少なくありません。そういう問題じゃありません。落ち着いていても、ゆっくり話しても、吃(ども)る時は吃るんです。吃音はあまり知られていないことから、ずっと誤解され続けてきました。
「たたたまご」「たーまご」「……たまご」——公的な資料が連発・伸発・難発と呼び分けている3つを、この書き手は自分の口から出る音のかたちで並べています。そのうえで、二つのことを打ち消しています。わざとではないこと。そして、緊張や早口とは直接は関係がないこと。落ち着いても、ゆっくり話しても、出ないときは出ない。ここで書かれている「そもそも声が出て来ない」という感覚は、研究が難発を「次の音を始める合図が出ない状態」として説明していることと、同じ場所を指しています。
出典: 第52回NHK障害福祉賞 最優秀作品「ことばを取り戻す」(NHK厚生文化事業団)(台帳: V0113)
では、この「出てこない」を研究はどう説明しているのでしょうか。前提になるのは、発話を「音を順番に並べていく運動」として捉える見方です。このモデルでは、体の動きのタイミングを調整している大脳基底核という部位が、いまの音を終わらせる合図(終了信号)と、次の音を始める合図(開始信号)を、発話の運動指令を組み立てる領域(補足運動野)に送っていると説明されます。文字を並べるのではなく、合図を出し続けることで発話が進む、というイメージです。
そして3つの症状は、この合図のどこでつまずくかの違いとして書き分けられています。見た目の分類ではなく、失敗の場所が違う、という説明です。
ここで注意したいのは、これは計算モデルにもとづく説明であって、確定した事実として提示されているわけではないという点です。それでも、「なぜ症状が3種類なのか」に一貫した答えを与えている点で、原因を理解する助けになります。
このモデルは、よく知られたもう一つの現象も説明します。斉唱(声をそろえて読むこと)やメトロノームに合わせた発話のように、外からタイミングの手がかりが与えられる場面では、吃音が大きく減るか出なくなることが古くから観察されてきました。日本の公的ポータルも、伴奏に合わせて歌ったり2人で同じ言葉を言ったりする場面では吃音が消えることから、吃音は発話のタイミングの障害と言われている、と説明しています。モデル上は、外からのタイミング信号を感覚野が受け取って補足運動野へ渡すため、大脳基底核が開始・終了信号をつくる負担が減る、と解釈されます。これは現象の説明であって、斉唱やメトロノームが治療になるという話ではありません。訓練の適否は言語聴覚士の判断が必要です。
ある日、それは始まった — 発症はいつ、どんなふうに起きるか
原因を考える前に、いつ始まるものなのかを知っておくと、見通しが立てやすくなります。そして多くの保護者にとって、始まりは「気づいたら、そうなっていた」という形で訪れます。
年長の娘の母(娘は2歳5か月のときに吃音が始まり、年長になるまでの3年を振り返って書いたもの/個人ブログ note)
忘れもしない、はじめて吃音が出た日の事。
兄と父が入院の必要有無を聞きに行っている間、娘と私は公園にいったのですが、そこでみつけたアリさんを指さして「あ、あ、あ、ありさん」といったのが全てのはじまりでした。
その時は、あれ、ちょっとどもってるな?と思いつつも、フォーカスがお兄ちゃんの入院必要有無にあったこともあり、あんまり深く考えはしませんでした。
あの日から、まさかこんなに長い間苦しむことになるとは思ってもみなかった。
兄の入院の可否を聞きに、父親と兄が病院へ行っている。その間、母親は娘と公園にいた。娘がアリを指さして「あ、あ、あ、ありさん」と言う——記録に残されているのは、そういう一日の断片です。この母親は、その日を「全てのはじまり」と書き、同時に、そのときは深く考えなかったとも書いています。始まりが親の側からは「急な変化」として見えることは、日本の公的資料にも記されています。発症の4割はある日を境に急に始まるとされ、そのために「今まで流暢に話していたのに、何か悪いことをしたのではないか」と驚いて相談に来る保護者がいる、という記述です。
出典: 娘の吃音、はじまりとおわり(note・ちゃんしー)(台帳: V0079)
時期のほうも、かなりはっきりしています。21世紀に入ってからの、就学前の子どもを対象にした調査をまとめた総説によると、発症年齢の平均はおよそ33か月(2歳9か月ごろ)で、20世紀の研究の平均より9か月早いことが分かってきました。さらに細かく見ると、24〜35か月というたった1年の間に、発症のほぼ6割が集中しています。
42か月までに85%、48か月(4歳)までに95%の発症が起きており、4歳を過ぎて始まった例は5%にとどまったと報告されています。日本の資料でも、2歳から4歳の間に人口の約8〜11%が発症するとされています。
つまり、「昨日までスラスラ話していたのに」と驚いて調べ始める保護者が多いのは、この年齢に集中していることと、4割が急に始まることの両方が効いているからです。急に始まったこと自体は、何か悪いことが起きたしるしではありません。
「緊張しやすい性格だから」— ストレスは原因なのか
原因として真っ先に疑われるのが、緊張やストレスです。本人も、まわりも、たいていそこから考えはじめます。そして本人の側には、その説明が当たっていないと感じ続けてきた時間があります。
当事者本人の語り(アラサー女性。幼稚園の頃から言いづらい音があり、大学2年で吃音と自覚/個人ブログ note)
小学生に上がっても『言いづらい音がある』ことは変わりませんでした。でもそれはただの『緊張によるもの』だと思っていました。
母はよく私に「緊張した時は大きく深呼吸するんだよ」「周りの人をみんなジャガイモだと思いなさい」と言いましたが、深呼吸をしたところで吃りますし周りがジャガイモだったとしても吃るんです。
深呼吸をする。まわりをジャガイモだと思う。緊張への対処として知られたやり方を母親から繰り返し勧められても、それでも吃る、と本人は書いています。自分の話し方を「吃音」だとはっきり自覚したのは大学2年のときだったとも書かれていて、それまでのあいだ、友達に話し方を尋ねられたときの答えは「緊張しちゃって」でした。名前を知らない側に立つと、手元に残る説明は緊張だけになります。研究や公的資料の側は、緊張やストレスを原因の一覧から外してはいません。ただし、置いている場所が違います。
出典: 私が吃音だと気付いた時の話。(note・マカロニ)(台帳: V0198)
国立障害者リハビリテーションセンター研究所は、発達性吃音の要因として次の3つを挙げています。
- 体質的要因:子ども自身が持つ、吃音になりやすい何らかの特徴
- 発達的要因:身体・認知・言語・情緒が爆発的に発達する時期の影響
- 環境要因:周囲の人との関係や生活上の出来事
大切なのは、これらが単独ではなく「重なり合って」働くという考え方です。吃音ポータルサイトも、原因はまだすべてが解明されたわけではないとしたうえで、子どもがもともと持っている性質にかかわる要因(素因的な要因)と、まわりの環境の要因とが一定の条件でそろったときに生じるのではないかと説明しています。ストレスや生活上の出来事は、この3つ目の枠に入ります。要因の一つとして挙がっていることと、それが引き金の犯人だということは、同じではありません。
症状の出方が場面によって変わることも、原因の話とは分けて考える必要があります。日本の公的ポータルは、相談に来た子どもと実際に話しても思ったほど症状が出ないことが多く、その様子に「気にならないですね」「軽い吃音ですね」と声をかけることは養育者にとってプラスに働くことが少ない、と注意を促しています。出ないときがあることは、症状が軽いことの証拠にはなりません。同じ資料は、子どもが気をつけて話すときには症状があまり出ず、家庭などで思い浮かんだことをタイミングを合わせずに話すときに症状が現れると想像することが大切だ、と続けています。
「母親のせいだ」と言われ続けた — 育て方は原因ではない
緊張の次に疑われるのが、家庭です。そしてこの疑いは、多くの場合、保護者が自分で思いつく前に、まわりの誰かから言葉として届きます。
7歳の男の子の母(広島県。3人の子どもの母親/自助団体・日本吃音臨床研究会「吃音相談室」の《特集:親の体験・親の気持ち》に寄せられた手記。同じページには別の母親の手記も並んでいる)
7歳の息子がどもり始めたのは、3歳前でした。
すぐに保健師さんに相談しましたが、「自然に治るので、言い直したりせず、気づかないフリをするように」と、アドバイスを受け、そのように過ごしました。
幼稚園に入園しましたが、どもりが目立つときとそうでないときと波がありました。園の先生には、子育て相談などで、気になる都度、相談しましたが、皆一様で、「成長と共に治る」「気づかれないように過ごして」とのことで、気になりながら何もできないまま、月日が流れました。
3歳でどもり始め、小学校入学するまでの間、私の両親からも主人の両親からも、「母親が厳しいからだ」「母親の本の読み方が早いからだ」「夫婦仲が悪いからだ」「第2子との間が近いからだ」「もっと子どものことを考えろ」
散々言われ、とても傷つき、私は自分を責めるようになり、理解してくれない夫とよく口論になり、どもる息子へも腹が立つこともありました。
3歳前に始まり、小学校に上がるまでの数年。相談した相手からは「自然に治る」「気づかれないように」と繰り返され、その一方で、自分の両親と夫の両親の双方から、厳しさ・本の読み方・夫婦仲・きょうだいの年齢差を並べて責められた——手記に残されているのは、この二重の時間です。のちにこの母親は、担任教師から「同じ条件でも吃音が出る子と出ない子がいる。親のせいだと思わないで」と言われ、ことばの教室の通級につながったと書いています。それでも同じ手記の終わりには、当時じゅうぶんに甘えさせてやれなかったことが「きっかけの一つになった」と今でも思う、という一行が残っています。専門家から否定を伝えられたあとも、この考えは消えていません。だからこそ、研究にもとづく結論の側の言い方を、そのまま引いておきます。
出典: 《特集:親の体験・親の気持ち》レジリエンスを育てる(日本吃音臨床研究会「吃音と上手につきあうための吃音相談室」)(台帳: V0048)
吃音ポータルサイトは、保護者に向けた節の見出しそのものを、育て方のまずさは吃音の原因ではないという否定文で立てています。本文でも、大人の接し方のまずさで子どもに吃音が生じることは決してない、と重ねて記しています。同じページは、ほかの家族や親戚、近所の人から、育て方がまずいせいだと原因を名指しされて傷ついている保護者がいることにも、正面から触れています。
この否定には、はっきりした歴史的な文脈があります。かつては「利き手を矯正したことが悪い」「吃音を親が意識させたことが悪い」「下の子が生まれて愛情不足が原因」「習い事のストレスが悪い」といった、養育者を原因とする説が語られてきました。同じ資料はそれに続けて、双子研究では吃音の原因の約8割がその子の生まれ持った体質であることが示されているとし、相談に来る養育者の味方となる必要がある、と書いています。祖父母から母親の育児態度が責められていることもあるため、祖父母も交えた情報共有が必要だとまで書かれています。そして、育て方のまずさが原因ではないことは、さきほど引いた吃音ポータルサイトが「決してありません」と言い切っているとおりです。
そして、これは「だから何もしなくていい」という話でもありません。原因ではないことと、関わり方に意味がないことは別です。相談先を探すことは、この事実を専門家の口から直接聞く機会にもなります。
兄と姉は消えて、自分だけ残った — 原因の言い伝えと家族歴
原因についての説明は、専門家から来るとはかぎりません。子どもの世界では、もっと素朴な形で流通します。そして家族の中で誰が続き、誰が消えるかは、その説明ではまるで説明できません。
当事者本人の語り(吃音歴40年超・男性。5歳上の兄と3歳上の姉がいる3人兄弟の末っ子/NPO法人日本吃音協会が運営する当事者メディア)
兄も姉も吃音がありましたが、小学校入学前には消失したようでした。従妹にも吃音が消失した人や続いている人もいました。
親には「ゆっくりお話しするんだよ」と何万回も言われました。心の中で何度も「分かっているよ! 分かってるけど言葉がでない!出ない!」と苦しい思いをしました。
嘘のような話ですが、昔はどんぐりを食べたら吃るようになると都市伝説的な話がありました。保育園の同級生に「どんぐり食べたからだろ」と虐められ、他の子にどんぐりを無理やり食べさせようとする子もいました。
同じ家に、吃音のある子が3人いた。兄と姉は就学前に消えたようだと本人は書き、いとこにも消えた人と続いている人がいたと続けます。そして末っ子である書き手には、40年を超えて残りました。そのうえで並べられているのが、親から何万回も言われた「ゆっくりお話しするんだよ」と、保育園で投げつけられた「どんぐり食べたからだろ」です。原因についての言い伝えが、いじめの理由として使われた場面まで記録されています。この種の言い伝えは、どんぐりだけではありません。もう一つの有名な言い伝えは、実際に研究の対象になりました。
出典: 私の吃音との向かい方(NPO法人日本吃音協会 HAPPY FOX)(台帳: V0067)
左利きを右手に直させると吃音になる、という言い伝えです。日本の公的資料も、かつて語られた養育者原因説の一つとして「利き手を矯正したことが悪い」を挙げています。この点は、これまでに発表された研究をすべて集めて一つに集計しなおす手法で調べられました。メタ分析と呼ばれる方法です。2023年に発表されたものは、1937年から2022年までの52本の研究を集め、吃音のある人2,590人と、吃音のない人17,148人、あわせて19,738人分のデータを統合しています。
結果は、利き手をどう数えるかで変わりました。この研究は数え方を変えて5つの集計を別々に行っていて、差が出たのはそのうち2つです。ひとつは、右か左かの二択で分類した24のデータで、吃音のある人に左利きが多いという方向の差が出ました。左利きの出やすさの比を表す数値(オッズ比)は1.56です。もうひとつは、右利き以外(左利きと混合利き)をひとまとめにした45のデータで、こちらでも同じ方向の差が出ました(オッズ比1.42)。ただし、飛び抜けた値を出していた古い2本の研究を外して計算し直すと差は消え、著者らはこの結論は支持されないと書いています。
残る3つ——右・混合・左の3分類にして「はっきり左利き」だけを数えた16のデータ、両手を使う混合利きの割合、利き手の傾向を点数にした平均——では、いずれも差は認められませんでした。著者ら自身、二択で差が出た結果についても、推定のぶれの幅の下限が「差なし」の値に近いことを解釈上の注意として挙げています。そのうえで論文は、この一連の集計からは確かな結論は出せないとまとめています。
さらに大事なのは、ここで比べられているのが「吃音のある人に左利きが多いかどうか」であって、左利きを矯正すると吃音になるかどうかではないということです。仮に左利きが多いという差があったとしても、それは矯正が原因だという証拠にはなりません。言い伝えを裏づける結果は、この研究からは出ていません。
「体質が8割」の中身 — 双子研究の数字を具体的に見る
3つの要因のうち、研究上とりわけ大きいとされるのが体質的要因です。日本の資料では、双子研究から吃音の原因のおよそ8割は、その子が生まれ持った体質によると紹介されています。この「8割」の中身を、元になった研究の側から見てみます。
双生児研究は、遺伝子をほぼ共有する一卵性と、半分ほどを共有する二卵性で、両方に吃音が出る割合(一致率)を比べる手法です。過去40年で9本の双生児研究が発表されており、規模は100人未満から2万人超までさまざまです。
日本の1,896組を調べた研究では、一致率は一卵性52%、二卵性12%で、遺伝の寄与は男性で80%、女性で85%と見積もられました。オランダの5歳児10,500組では、保護者への質問紙による「吃音の疑い」の一致率が一卵性57%、二卵性31%でした。初期の研究をまとめた報告では、一卵性で約70%、二卵性で約30%、同性のきょうだいで18%とされています。日本語圏でよく見る「体質が約8割」という説明も、双子研究にもとづくものとされています。
関連する遺伝子の探索も進んでいます。12番染色体上の GNPTAB という遺伝子の変異が、ある家系の吃音のある人の多くで見つかり、同じ12番染色体上の NAGPA という別の遺伝子の変異も報告されました。これらは細胞内で物質を仕分ける酵素の働きに関わる遺伝子です。ただしこの発見には批判もあり、吃音のある人全体に一般化できる情報はほとんどないと評価した研究者もいます。「原因遺伝子が見つかった=原因が解明された」ではない、という距離感が大切です。
いちばん新しい方向の研究も出ています。吃音のある子どもとその両親という3人組を85組集め、タンパク質を作る領域の遺伝情報を読んで、両親には無く、その子にだけ新しく生じた変異を探した研究です。こうした変異は de novo 変異と呼ばれます。ここでは SPTBN1 という遺伝子に病的な変異が、PRPF8・TRIO・ZBTB7A の3つにおそらく病的とされる変異が見つかりました。いずれも、ことばの問題を伴うことのある、生まれつきの脳の育ち方に関わる状態(神経発達症)で以前から報告されてきた遺伝子です。著者らはこれを、吃音と、ことばの遅れや、ことばをうまく使えなくなる状態(失語)を含むほかの神経発達症とのあいだの、初めての直接の遺伝的なつながりだと述べています。
この設計が示しているのは、遺伝的な要因がある=親から受け継いだ、とは限らないということです。その子で新しく生じたものだからです。同じ論文は、これまで単一の遺伝子による吃音に関わるとされてきた遺伝子どうしを調べても共通する生物学的な経路は見当たらなかったとも報告しており、吃音の成り立ちが一様ではないことを示唆するとしています。ただし、調べられたのは85組です。ここで見つかった変異が吃音のある人全体にどれだけ当てはまるかは、この研究だけでは分かりません。
そして、遺伝は100%ではありません。一卵性でも一致率が52〜70%程度にとどまるということは、遺伝子が同じでも片方だけに吃音が出る場合があるということです。だからこそ、生まれ持った素因の上に発達や環境の要因が重なって、はじめて発症に至ると考えられています。
別の道から、同じ場所へ — 脳卒中のあとに始まった吃音が教えること
さきほどの大脳基底核の説明は、計算モデルにもとづくものでした。では、まったく違う方法で調べたら、同じ場所に行き着くのでしょうか。それを試した研究があります。
手がかりに使われたのは、もともと吃音が無かった人が脳の一部を損傷したあとに吃音になったケースです。原因が「脳のここが壊れたこと」だと分かっているので、発達性吃音では難しい因果の向きを押さえられます。この研究は、公表された症例報告から集めた脳卒中後の20人、別の病院で臨床的に集めた脳卒中後の20人、そして持続する発達性吃音のある成人20人という、3つの独立したデータを使っています。
結果は、一見すると期待外れでした。吃音を起こした病変の位置は脳のあちこちに散らばっていて、症例どうしの重なりがほとんど無かったのです。「吃音の場所」は一か所ではなかった、ということです。
ところが、それぞれの病変が脳のどこと機能的につながっているかを地図にして重ねると、像が結びました。ばらばらの病変はすべて、左の被殻を中心とする共通のネットワークにつながっていたのです。この所見は吃音に特有のもので、別に集めた臨床のデータでも再現されたと報告されています。被殻は、さきほどの大脳基底核の一部です。モデルから予想された場所に、損傷の側からも行き着いたことになります。
さらにこの研究は、そのネットワークの内側で、持続する発達性吃音のある成人の脳の組織の量と、吃音による生活への影響の大きさとのあいだに関連を見つけています。著者らは、原因の異なる吃音のあいだで脳の作りの土台が共有されていることを示唆する、と結論づけています。
ここも慎重に読む必要があります。3つのデータはいずれも20人ずつで、大きな研究ではありません。また、この手法は壊れた組織そのものからは信号が取れないため、別に集めた健常者の結合データで代用しています。「脳卒中で吃音になる仕組みと、子どもの吃音の仕組みが同じだ」と言い切れる段階ではありません。それでも、モデルと損傷という別々の入り口から同じ領域が出てきたことは、原因の話を一歩前に進めています。
回復する子と続く子、そして数字の全体像と相談先
原因と並んで気になるのが「この先どうなるのか」でしょう。幼児期に始まった吃音の多くは、自然におさまっていきます。
日本の資料では、発症後3年で男の子はおよそ6割、女の子はおよそ8割が自然に回復すると報告されています。吃音ポータルサイトも、幼児期に吃音のある子どものうち少なくとも半数は、これといった指導や支援を受けないまま、小学校に上がるころまでに吃音が見られなくなるとしています。就学前の有病率が年長の子どもより明らかに高いという各国のデータも、多くの子がその年齢までにやめていることの裏返しです。
では、続く子と回復する子で何が違うのでしょうか。ひとつは家族歴です。日本の資料では、回復の見通しを尋ねられても「男児で家族歴がある場合は、なおりづらい」としか答えられない状況だと率直に書かれています。
もうひとつは脳の育ち方です。吃音のある子どもを何年も追いかけた画像研究では、左半球のことばに関わる神経線維の束(弓状束)の状態が、吃音のない子どもに比べて低いことが示されました。この所見自体は、のちに回復した子にも持続した子にも共通して見られたものです。違いが出たのはその先で、回復した群では年齢とともにこの部分が伸びて追いついていったのに対し、持続した群では伸びが止まっていたと報告されています。出発点よりも、そのあとの伸び方に差があったという結果です。
ただし、これは研究段階の知見であり、個々の子どもの見通しを判定できるものではありません。「必ず治る/絶対に治らない」と単純には言えない、というのが現在の到達点です。
全体像も押さえておきます。発達性吃音の発症率(吃音になる確率)は5%程度、大人になっても続く人の割合(有病率)は約1%とされ、発症率については国や言語による差はないと言われています。慶應義塾大学病院の資料では発症率8〜10%・成人の有病率0.7〜1%と、やや幅のある数字が示されており、こちらは発症率・有病率のどちらにも国や言語による差はないとしています。男女比は4対1ほどで男性に多いものの、幼児期には男女差はあまりありません。なお、ほかの病気やストレスがきっかけとなってあとから生じる獲得性吃音もありますが、吃音の9割は発達性吃音です。
もうひとつ知っておくとよいのが、吃音以外の状態をあわせもつこと(併存)の多さです。約12万人の子どものデータを用いた研究では、吃音のある子どもの60.32%が、吃音以外に少なくとも1つの併存する状態をもっていたと報告されています。同じ研究では、併存する状態がある子どもでの吃音の割合は4.19%、ない子どもでは1.02%でした。これは「吃音の原因が発達障害である」という話ではありません。原因そのものと併存は別の話です。
相談先は、ことばのリハビリの国家資格をもつ専門職である言語聴覚士と、就学前後であれば、公立の小学校などに置かれていることばの教室が中心になります。医療機関では耳鼻咽喉科・リハビリテーション科・小児科などに言語聴覚士が在籍していることがあります。まずはかかりつけの小児科や自治体の子育て相談窓口に、言語聴覚士につながる経路を尋ねるのが現実的です。次のようなときは、様子を見るだけで抱え込まず、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 話し方に力みが出てきた
- 話すことを避けるようになった
- 本人が気にして苦しそうにしている
- 家族に吃音のある人がいる(「男児で家族歴がある場合は、なおりづらい」とされています)
- 症状が数か月以上続いている
相談は「治療を始めること」とイコールではありません。
原因さがしで陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「犯人」を一つに決めようとする
「保育園のせい」「あのとき叱ったせい」と単一の原因を探すほど、事実から遠ざかります。原因は複数の要因が組み合わさったもので、単独犯はいません。とくに発症は2歳台後半に集中しているため、この時期の家庭の出来事は何であれ「直前の出来事」になりやすい、という事情もあります。
落とし穴2 − 親(自分)を責めてしまう
育て方は原因ではないと、公的資料と、そこが引く双子研究の双方が示しています。自分を責める時間より、子どもが話しやすい環境をつくることにエネルギーを向けるほうが建設的です。
落とし穴3 − 一度の様子だけで判断する
吃音は、いつも同じように出るわけではありません。発症のピークである2歳台後半から数年は、経過そのものが変わりやすい時期にあたります。相談の場では症状が出ないことも多く、その様子だけで「軽い」と判断されると実態からずれます。日付と場面をメモしておくと、相談のときに経過を伝えやすくなります。
まずは日々の様子を記録することから小さく始めるのが現実的です。言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合は、そちらが確実です。
よくある質問
吃音の原因は何ですか?
生まれ持った体質を中心に、身体や言語が育つ時期の発達的な要因、周囲との関係などの環境的な要因が影響し合って起こるとされ、たった一つの原因は特定されていません。よく疑われるストレスや生活上の出来事は3つ目の「環境要因」に数えられていますが、それだけで吃音が生じるとは説明されていません。双子を対象にした研究では、体質的な要因が原因の約8割を占めると紹介されています。
吃音は親の育て方やしつけのせいですか?
いいえ。育て方やしつけ、愛情不足が吃音の原因ではないことは、公的機関や専門家がはっきり否定しています。かつては「下の子が生まれて愛情不足」といった養育者を原因とする説もありましたが、その後の双子研究では原因の約8割がその子の生まれ持った体質であることが示されています。
吃音は遺伝しますか?
遺伝的な要因が関わるとされ、一卵性の双生児では二卵性より両方に吃音が出る割合が高いことが各国の調査で示されています。ただし一卵性でも一致率は100%にはならず、遺伝子だけで決まるわけではないと考えられています。
連発・伸発・難発は、それぞれ何が違うのですか?
見た目は「くりかえす・伸びる・出てこない」の違いですが、脳の働きのモデルでは、伸発は今の音を終える合図、難発は次の音を始める合図がうまく出ない状態として説明され、連発は開始の合図が一瞬抜け落ちるものとされています。これは計算モデルにもとづく説明で、確定した事実ではありません。
吃音は自然に治りますか?
幼児期に始まった吃音の多くは、数年のうちに自然に回復するとされ、発症後3年で男の子はおよそ6割、女の子はおよそ8割という数字が報告されています。一方で大人になっても続く場合もあり、男の子で家族歴がある場合は回復しづらいとされています。気になるときは、言語聴覚士やことばの教室に相談するのが近道です。
まとめ
- 吃音とは、話し言葉がなめらかに出てこない発話障害で、症状は連発・伸発・難発の3つ。
- この3つは、脳が「音を始める・終える」合図を出す仕組みのどこでつまずくかの違いとして説明されている(確定した事実ではなくモデルにもとづく説明)。
- 発症は2歳台後半に集中し、24〜35か月の1年で発症のほぼ6割、4歳までに95%が起きている。発症の4割はある日を境に急に始まる。
- 原因は「体質×発達×環境」の重なり。日本の双生児研究では遺伝の寄与が男性80%・女性85%と見積もられている。そして親の育て方は原因ではありません。
- 「緊張のせい」といった言い伝えは、原因の説明にはなっていない。「左利きを直したせい」については、そもそも吃音のある人に左利きが多いかどうか自体がはっきりしていない。
- 幼児期の吃音は自然に回復することが多い一方(発症後3年で男児6割・女児8割)、続く場合もあるので、心配なら言語聴覚士やことばの教室へ。
