まず結論から
- 吃音でいう「伸ばす」には2つの意味があります。1つは伸発(しんぱつ)——「かーーらす」のように音を引き伸ばしてしまう、吃音の3つの型のひとつです。もう1つは「音を伸ばして話す」という話し方の工夫で、新しい話し方を身につける訓練(発話再構成。流暢性形成法・引き伸ばし発話とも呼ばれます)の中心に置かれている技法です。
- 症状としての伸発は幼い時期に見られやすく、思春期以降は連発や伸発よりも、最初の音が出しにくくなる難発が中心になります。
- 工夫としての「伸ばす」で伸ばすのは、語と語のあいだではなく音そのものです。話す速さを落とすには、休みを長く入れるのではなく音節を伸ばすのが最善だとされています。
- 青年・成人に効果があるとされた訓練に共通する要素として、引き伸ばし発話とやわらかい声の出だしが挙げられています。1980年に出たメタ分析(複数の研究の結果を統合した研究)でも、この2つの技法は態度や呼気を扱う技法より短期でも長期でも成績が良かったと報告されています。
- ただし、大人の吃音を治す方法は現時点でなく、技法はどれも補うためのもので、改善を保つには使い続ける必要があるとされています。
ただし、この記事は「伸ばして話せばどもらなくなる」と言うものではありません。訓練室の中では吃音の頻度が大きく下がっても、日常の話す場面で制御を保ち続けるのは非常に難しく、ぶり返しもあるとされています。子どもの「伸びる」話し方が気になるときは、家で練習を始める前に、言語聴覚士やことばの教室に相談してください。
「かーーらす」と伸びる——伸発(しんぱつ)は吃音の型のひとつ
子どものことばの最初の音が伸びる。それが吃音なのか、その子の言い方の癖なのか。3歳の息子に、先週まで無かった話し方が突然出た日のことを、母親が書き留めています。
当事者の子の母の声(都竹悦子さん・ナレーター。息子は記事の時点で3歳/本人の公式サイト内ブログ)
さて、吃音症状について。息子のタイプは、こんな感じです。
「おおおおお、お、お、おかあさん」「し、し、したーー(下)の階に降りようよ」。お母さん、が言えず「お、お、お、、、さん」となってしまうことも。
タイミングとしては、それまで言葉を発さない状態で(積み木、ブロック、プラレールなどで)遊んでいた状態から、行動の切り替えをする際の呼びかけ。本人が伝えたいことを話し始める、文頭で起こることが多いという特徴があります。
*同じ音を繰り返す「連発」=繰り返し。
*伸ばさなくてよい音を伸ばしてしまう「伸発」=引き伸ばし。
*言いたい言葉が出てこない「難発」=出にくさ。
この母親は長年ラジオやテレビに携わってきたナレーターで、「どもり」ということばを放送に適さない用語として扱ってきたと書いています。その息子に、ほんの先週までは皆無だった症状が突然現れました。書き留められた出方を見ると、「おおおおお」と繰り返すもの、「したーー」と伸びるもの、「お、お、お、、、さん」と途中で出なくなるものが、同じ日の同じ子に並んでいます。出るのは、積み木やプラレールで黙って遊んでいた状態から呼びかけに切り替わる瞬間、つまり文頭です。母親はそのうえで、連発・伸発・難発という呼び分けを、自分が学んだこととして書き添えています。この3つの呼び分けは、公的研究機関の定義そのものです。
出典: 息子についての悩み~吃音1~(都竹悦子公式サイト)(台帳: V0062)
国立障害者リハビリテーションセンター研究所の解説は、吃音に特徴的な話し方を3つ挙げています。音のくりかえし(連発。例「か、か、からす」)、引き伸ばし(伸発。例「かーーらす」)、ことばを出せずに間があいてしまう(難発、ブロック。例「・・・・からす」)で、このどれか1つ以上が見られる話し方を吃音と定義しています。「最初の音が伸びる」と気づいたとき、それは3つのうちの2つ目にあたります。
脳の研究を見渡した総説(多くの研究をまとめて見渡した論文)も、音・音節・語の繰り返し、音の引き伸ばし、発話のブロックを吃音の3つの古典的な特徴とし、主に音節の先頭か語の先頭で起きると述べています。上の記録に「文頭で起こることが多い」とあるのは、この性質と重なります。
3つの型が別々の病気ではなく、同じ仕組みの別々の失敗として説明できる、という見方もあります。脳の奥にある大脳基底核(動きの選択とタイミングに関わる部分)が、今の音を終える合図と次の音を始める合図を出していると考える研究は、今の音を終える合図が適切な瞬間に出ないと、その音が終わらずに続いて引き伸ばし(伸発)になる、次の音を始める合図が出ないとことばが出ないまま詰まる(難発)、合図が一瞬途切れると次の音が始まりかけては終わり、また始まり直して繰り返し(連発)になる、と対応づけています。ただしこの合図の仕組みは、原典が説明の枠組みとして置いた仮説です。型の一覧と「ブロック」という呼び名の整理は吃音の種類の記事に、連発だけを扱った記事は吃音の連発にあります。
伸発は年齢とともに減る——「大人ではほとんどない」
子どもの伸発を見た保護者が次に知りたいのは、この先どうなるのかです。当事者であり、吃音の外来を持つ医師でもある人が、大人の症状をこう説明しています。
当事者でもある耳鼻咽喉科医の声(菊池良和さん/社会問題を扱うウェブメディアの取材記事)
大人の吃音の場合には、引き伸ばしはほとんどなく、繰り返しと難発が主な症状です。意外かもしれませんが、吃音の人は言葉の8割ぐらいは流暢に話すことができます。残りの1〜2割の言葉を発するときに、ときどき詰まってしまうんです
中学1年生のときに「吃音の悩みから救われるためには、医者になるしかない」と思って猛勉強した、と記事はこの医師の経歴を紹介しています。取材記事は、「か、か、からす」の繰り返しや「かーーらす」の引き伸ばしといった症状を先に説明したうえで、この発言を置いています。大人では引き伸ばしがほとんどなく、ことばの8割ぐらいは流暢に話せて、残りの1〜2割でときどき詰まる——子どもの伸発を毎日見ている保護者が思い描く「ずっと伸びたまま」とは、大人の姿はかなり違います。年代による症状の移り変わりは、学会の解説にも書かれています。
出典: 100人に1人が抱える、見えづらい困難――当事者が語る「吃音」のリアル(前編)(リディラバジャーナル)(台帳: V0403)
日本吃音・流暢性障害学会の解説は、思春期以降になると、吃音の症状は連発や伸発よりも、難発(最初の音が出しにくくなる症状)が中心になると書いています。子どもの頃に伸びていた音が、大人になってからも同じ形で残るとは限らない、ということです。
なぜ型が年齢で変わるのかについては、理論からの説明があります。音や語の繰り返しは、ことばの組み立てのつまずきを自分で直そうとする自然な反応なので、幼い子どもでいちばん多い型になる。一方、動きに急ブレーキをかける脳の回路は学齢期まで成熟しない可能性があり、その回路が育つにつれてブロックや引き伸ばしが主な型になっていく、というものです。ここでは引き伸ばしは繰り返しとの対比で「年齢とともに増える側」に置かれていて、上の医師の「大人ではほとんどない」とは向きが違って見えます。この理論は実験の結果ではなく説明の枠組みで、大人で難発と伸発がどんな割合になるかまでは述べていません。
伸発と見通しの関係については、就学前の吃音のある子ども19人の会話を測った研究が、背景の説明としてこう整理しています。引き伸ばしは、ふつうの言いよどみの多い子にはあまり出ず、初期の吃音が繰り返しではなく引き伸ばしに支配されている場合は治療なしで治る見込みが小さい、と複数の研究者が提唱してきた。そして、のちに回復した子どもは時間とともに引き伸ばしの割合が減って語まるごとの繰り返しに移っていったのに対し、持続した子どもではその変化が見られなかった、という先行研究がある。これはこの研究が引いた先行研究の内容で、この研究自身が確かめた結果ではありません。この研究自身の結果として出ているのは、引き伸ばしが長い子ほど、そしてどもりが多い子ほど、どもっていないときの話す速さも遅かったという関係です。引き伸ばしは他のどもりより発話の流れを乱す度合いは小さいものの、周囲の流暢な発話への影響はより大きいのではないか、他とは別の型の非流暢(なめらかに出ないこと)かもしれない、と考察されています。
幼児の指導でも、引き伸ばしは繰り返しより避けたい形として扱われています。幼児吃音臨床ガイドラインは、幼児向けの「楽などもり方」の目標として、力(緊張)が入らないこと、引き伸ばしより繰り返しにすること、繰り返しは複数回よりできるだけ1回になるようにすることを挙げた方法を紹介しています。難発そのものについては無声型(難発)の記事と声が出ない瞬間の記事に譲ります。
「ゆっくり話して」と「音を伸ばして話す」は同じではない
「伸ばす」の2つ目の意味に入る前に、よく似た別のことばを片づけておきます。「ゆっくり話して」です。物心ついた頃から吃音がある男性が、手記の冒頭で吃音をこう説明しています。
当事者本人の声(横井秀明さん・愛知県。物心ついた頃から吃音/NHK厚生文化事業団の障害福祉賞 最優秀作品の全文公開)
吃音とは、昔は「どもり」と呼ばれていた、スムーズに話せない障害で、「たたたまご」のように言葉が連続して出てしまったり、「たーまご」と伸びてしまったり、「……たまご」と、そもそも声が出て来ない症状(ブロック)が代表的です。これは、わざとやっているわけではありませんし、緊張や早口とも直接は関係がありません。こういうふうに説明しないと分かってもらえませんし、説明しても、「落ち着いて」、「ゆっくり話して」と言われることが少なくありません。そういう問題じゃありません。落ち着いていても、ゆっくり話しても、吃(ども)る時は吃るんです。
手記は、症状の説明のすぐあとに「幼稚園の頃は、よく喋っていたそうです」と続きます。「ぼぼぼぼーくね、ああああーのさあ」と吃りながら毎日たくさんの友達と遊び、お遊戯会でも盛大に吃りながらセリフを言う姿がホームビデオに残っている。状況が変わったのは小学校に入ってからで、「お前、なんでそんな話し方なんだよ」と言われ、次第に「吃っているのは恥ずかしい」という感覚が生まれてきたと書いています。症状を説明しても返ってくるのが「落ち着いて」「ゆっくり話して」だった——本人はそれを「そういう問題じゃありません」と言い切ります。この実感には、研究の側にも近い指摘があります。
出典: 「ことばを取り戻す」横井秀明(第52回NHK障害福祉賞 最優秀作品)(台帳: V0113)
発話をつくり出す脳のはたらきをコンピュータ上に再現したモデルで吃音を調べた研究は、吃音のある人の話し方の遅さについて、少なくとも一部は意識的な工夫ではなく、運動制御の不調への無意識の反応かもしれないと述べています。根拠として挙げられているのは、どもりが始まる直前の動きが、そのあと流暢に言えたときよりもさらに遅いことです。訓練を受けていない多くの人にとって、話す速さの遅さは問題を解く手段ではなく問題そのものの一部かもしれない、という主張です(訓練でゆっくり話す技法を身につけた人はこの主張の対象から外す、と原典は断っています)。
「早口だからどもる」とも言えません。就学前の子どもの研究は、吃音のある子は集団として話すのが遅いのではと推測されてきたものの、研究の結果は割れていると整理しています。その研究自身の結果は、どもりが多い子ほど、どもっていないときの話す速さも遅いという向きでした。「焦って早口になるからどもる」という順番ではない、ということです。
そして、ここが2つ目の意味への入口です。同じモデル研究は、「ゆっくり話すように」と言われた人の多くが、語そのものを伸ばすのではなく、語と語のあいだの休止を長くしてしまうと指摘しています。そのため多くの訓練プログラムは、休止ではなく音を引き伸ばすやり方を教える、と書かれています。「ゆっくり」と「伸ばす」は同じではありません。周囲の声かけがどう働くかは吃音症の話し方の記事に整理しています。
最初の音をわざと伸ばす——当事者の小技と、訓練の中核技法
「音を伸ばして話す」を、誰かに教わったのではなく自分で見つけて使っていた人がいます。転職後に電話の出だしで難発が戻ってきた女性が、自分の小技を但し書きつきで書いています。
当事者本人の声(名義「紗々」。社会人3年目の転職後、電話の出だしで難発が再発した女性/個人ブログ note)
「吃音が出そう…どうしても抑えたい!」というときに使っていた、一時的なテクニックです。
ちなみに使いすぎると効かなくなるし、結局逃げるようになるので少しだけ記載します。
・最初の一文字目をあえて引きのばす
電話で吃音が怖くて、喉がキュッとなり難発になってしまうときに有効でした。
転職先では、電話に出るときに社名が言えず、名前も詰まり、それを狭いオフィスの中で耐えていたと書いています。この小技を書く前に、本人は「隠そう(吃らないようにしよう)」と思うから吃りやすくなる、という自分なりの理解を置いています。小技はあくまで「一時的」で、「使いすぎると効かなくなるし、結局逃げるようになる」——うまくいった話としてではなく、限界つきの手として書かれているのが、この記録の特徴です。同じ「最初の音を伸ばす」が、訓練の世界では名前のついた中核技法として整理されています。
出典: 【後天性吃音】吃音カウンセリングで考え方が変わった話(note・紗々)(台帳: V0218)
大人の吃音の行動療法を整理した総説は、新しい話し方を身につける言語訓練を「発話再構成」と呼び、流暢性形成法・引き伸ばし発話とも呼ばれると説明しています。ゆっくり引き伸ばした話し方が中心で、調音(舌や唇で音の形をつくること)の力を弱めること、声帯の振動をゆるやかに立ち上げることもあわせて教えます。ある集中プログラムの中核技法は3つ——音節を引き伸ばす、声の出し始めをやわらかくする、調音で押しつける力を減らす——で、多くの人はこの3つで十分だとされています。
何を伸ばすかは、はっきり書かれています。話す速さを落とすには、休みを長く入れるのではなく音節そのものを伸ばすのが最善で、引き伸ばした発話は流暢さを助ける技法の中で最も効果があると報告されており、ほぼすべての発話再構成の訓練で中心に置かれているとされています。上の女性の「最初の一文字目をあえて引きのばす」は、この向きと一致しています。ただしプログラムでは、いきなり最初の音だけを伸ばすのではありません。まず一つひとつの音節を2秒に引き伸ばす「スローモーション」の話し方で流暢に話せるようになってから、1秒、0.5秒と段階的に縮め、最後に本人がほとんどどもらずに話せる「制御された普通の速さ」へ進みます。最終的な速さは人によって違います。
やわらかい声の出し始めは、母音や、声を出しながら発音する子音で始まる語に使う技法です。吃音のある人の多くが硬い出し始めになりやすく、強すぎる力と筋肉のこわばりで声を出そうとするため、どもる瞬間が起きやすくなる、と説明されています。「喉がキュッとなり難発になってしまう」という上の記述は、この硬い出し始めと重なります。
効果の裏づけとしては、1980年に出たメタ分析(複数の研究の結果を統合した研究)が、42の研究・756人分の治療成果を集めたうえで、延伸発話(引き伸ばし発話)とやわらかい開始の技法は、態度や呼気を扱う技法より短期でも長期でも成績が良かったと報告しています。典型的な参加者は25歳の重い吃音のある人で80時間の治療を受けており、古い年代の知見で当時の手法分類にもとづく点は割り引いて読む必要があります。ドイツの診療ガイドラインも、青年・成人に効果があるとされた訓練に共通して含まれる技法の中に、引き伸ばし発話とやわらかい声の出だしを挙げています。
幼児では形が変わります。幼児吃音臨床ガイドラインは、流暢性形成法を、ゆったりとした速度で、あるいは引き伸ばして、柔らかい起声(声の出し始め)で話す方法と説明したうえで、幼児は言葉の指示に従って意識的に話し方を調整することが難しいので、遊びの中で治療者や保護者がモデルを示し、自然に真似する状況を作ると書いています。日本では幼児期に流暢性形成法に準じた方法を用いることが多い、とも書かれています。難発の場面で当事者が使っている他の手は難発をやわらげるコツの記事に、リズムに乗せて話す方法はメトロノームと吃音の記事にまとめています。
続かない・戻る——「伸ばして話す」の限界
伸ばして話す技法には、当事者がはっきり書き残している限界があります。小中高校生の吃音のつどいの代表が、教員向けのスピーチをこう切り出しています。
当事者本人の声(佐藤隆治さん・小中高校生の吃音のつどい代表/自助団体サイトに掲載された教員向けスピーチ原稿)
「軟起声」という最初にふわっと優しく声を出す等、私や仲間が行ってはきましたが、一時的な改善効果しかなく、持続性が無い。Sustainable なものではなかったです。吃音問題の解決の鍵は、吃音の受容、即ち自分の吃音の事実をあるがままに認める、そしてその吃音と共に生きていこうという将来像をこれから描いていこうという思いを持つ事だと思います。
本人が「軟起声」と呼んでいるのは、最初にふわっと優しく声を出す技法で、前の節の「やわらかい声の出し始め」と同じものです。それを自分も仲間も行ってきたが、一時的な改善効果しかなく、持続しなかった。スピーチはそこから、吃音を治す・軽くする側に立とうとする教員に向けて、受容という別の軸を提案していきます。「効かなかった」ではなく「続かなかった」と書かれている点が、研究の側が書いている限界と重なります。
出典: 意味づけを変えられるか ―可哀そうな存在ではなく―(体験談)(小中高校生の吃音のつどい)(台帳: V0542)
前の節の総説は、発話再構成の弱点も率直に書いています。「純粋な」発話再構成は、否定的な感情や役に立たない構え、吃音にまつわる不安には触れない。訓練室の中では吃音の頻度がかなり大きく下がることもあるが、日常の話す場面で制御を保ち続けるのは非常に難しい。吃音はぶり返しやすいので、どもったときの扱い方を教える手立てもあわせて学ぶのが賢明だ、と。まとめでは、大人の吃音を治す方法は現時点では無く、技法はどれも補うためのものなので、改善を保つには使い続けなければならない、だから本人が自分自身の指導者になれるように教え、長く続く相談の機会を用意することが欠かせない、としています。
なぜ続かないのかを理論から説明した論文もあります。流暢さそのものを目標にする訓練は、意識して制御する処理を増やすことで短期的には非流暢を減らせる。しかし実生活の話す場面は制御と自動の釣り合いを要求するので技法が使いにくくなり、さらに流暢さの訓練が要求する過剰な制御がかえって葛藤を増やし、再発と失敗感につながりうる、というものです。同じ論文は、伝える力そのものを高める方向や吃音を受け入れる方向の治療のほうが、長期的には葛藤を減らせると述べています。これは理論の提案ですが、上のスピーチの「受容」と向きが重なります。
ドイツの診療ガイドラインは、避けるべき手続きとして、訓練室の外の場面でも使えるようにする手立てを含まないもの、再発への対処を含まないもの、呼吸の変更や弛緩法(体の力を抜く方法)だけに依拠するもの、治癒を約束して治療目標と方法を分かる形で説明しないものを挙げています。そして、日常生活や社会参加に支障があるなら、年齢や吃音が始まった時期にかかわらず治療を提供すべきだとしています。「伸ばして話す」を身につけるなら、その技法だけでなく、続けるための手立てと、戻ったときの扱い方がセットになっている場で学ぶ——それが、当事者の記録と資料の両方が指している方向です。
自己流で伸ばす前に——相談先
日本吃音・流暢性障害学会の解説は、子どもについては、楽に話しやすくなるように周囲のコミュニケーション環境を整える方法や、直接発話に働きかける方法など、年齢や状態に合わせた指導を行うとしたうえで、小児を扱う言語聴覚士(ことばとコミュニケーションの専門職)や、ことばの教室の教員に相談するよう案内しています。本人が治療を希望する場合には、言語聴覚士による発話訓練を受けるという選択肢があります。発話訓練だけで症状が改善しない場合や吃音への不安が強い場合は、カウンセリングや心理療法が役立つこともあり、吃音の自助団体に参加して他の吃音のある人と出会うことが、心理的な変化のきっかけになることもあるとされています。
幼児に「伸ばして言ってごらん」と口で教えるのは、ガイドラインの記述と合いません。幼児は言葉の指示に従って意識的に話し方を調整することが難しく、遊びの中で治療者や保護者がモデルを示して真似する状況を作る、とされているからです。子どもの伸発が気になるときは、家庭で練習を始める前に相談するのが先です。大人の場合も、技法は段階を踏んで身につけ、使い続けることが前提とされているので、続けるための手立てと再発への対処を含む場で学ぶことが、ガイドラインの求める条件に合います。
「伸ばす」をめぐって陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 子どもの「かーーらす」を、癖や練習の結果だと考える
音の引き伸ばし(伸発)は、連発・難発とならぶ吃音の中核症状のひとつで、公的研究機関の定義に含まれています。本人がわざと伸ばしているわけでも、教えられたやり方でもありません。幼児は言葉の指示で話し方を調整するのが難しいとされているので、「伸ばさないで言いなさい」と注意しても、直せるものではありません。
落とし穴2 − 「ゆっくり」を「間を空ける」と取り違える
「ゆっくり話すように」と言われた人の多くは、語そのものを伸ばすのではなく語と語のあいだの休止を長くしてしまう、と指摘されています。訓練で教えるのは休止ではなく音を引き伸ばすことで、速さを落とすには音節を伸ばすのが最善とされています。「ゆっくり」と言われて間だけを空けても、訓練で使われている技法とは別のことをしていることになります。
落とし穴3 − 一つの技法に賭けて、続かないと自分を責める
技法はどれも補うためのもので、改善を保つには使い続ける必要があり、日常の場面で保ち続けるのは非常に難しいとされています。ガイドラインも、再発への対処を含まない手続きや、治癒を約束する手続きを避けるべきものに挙げています。流暢さの訓練が要求する過剰な制御がかえって再発と失敗感につながりうる、という理論もあります。続かなかったのは本人の努力不足ではなく、技法の性質だと知っておくことが、次の一歩を選ぶときの支えになります。
迷ったときは、どの場面で・どの音が伸びたか、あるいは技法を使ってどうだったかを短く書き留めておくと、言語聴覚士や自助団体に相談するときの手がかりになります。日々の発話を記録して経過を見えるようにするアプリを入り口にするのも一つの方法です(記録と継続の支援であり、治療をうたうものではありません)。まずは記録から小さく始めるのが現実的で、言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合は、そちらが確実です。
よくある質問
吃音の「伸発」とは何ですか?
音を引き伸ばしてしまう症状で、公的研究機関の解説は「かーーらす」を例に挙げています。音のくりかえし(連発)、ことばを出せずに間があく難発(ブロック)とならぶ、吃音の3つの中核症状のひとつです。思春期以降は連発や伸発よりも難発が中心になるとされています。
子どもの伸発が多いと、治りにくいのですか?
初期の吃音が繰り返しではなく引き伸ばしに支配されている場合は治療なしで治る見込みが小さい、と複数の研究者が提唱してきたことが、就学前の子どもの研究の背景説明に整理されています。ただしそれはこの研究が引いた先行研究の内容で、この研究自身が確かめたのは、引き伸ばしが長い子ほど話す速さも遅いという関係です。一人の子の見通しを型だけで決めることはできないので、気になるときは言語聴覚士やことばの教室に相談してください。
子どもに「ゆっくり話して」と言えばよいのですか?
「ゆっくり話すように」と言われた人の多くは、語を伸ばすのではなく語と語のあいだの休止を長くしてしまうと指摘されています。幼児は言葉の指示に従って意識的に話し方を調整することが難しく、幼児向けの指導では、遊びの中で治療者や保護者がモデルを示して自然に真似する状況を作るとされています。家庭で口頭の指示を繰り返すより、相談先で指導の形を確かめるほうが確実です。
最初の音を伸ばして話せば、どもらなくなりますか?
引き伸ばした発話は、流暢さを助ける技法の中で最も効果があると報告され、ほぼすべての発話再構成の訓練で中心に置かれているとされています。1980年のメタ分析でも、延伸発話とやわらかい開始の技法は態度や呼気を扱う技法より成績が良かったと報告されています。ただし大人の吃音を治す方法は現時点でなく、技法は補うためのもので、改善を保つには使い続ける必要があり、日常の場面で保ち続けるのは非常に難しいともされています。
伸ばして話す練習は、どこで教わればよいですか?
本人が治療を希望する場合は、言語聴覚士による発話訓練を受けるという選択肢があります。子どもの場合は、小児を扱う言語聴覚士やことばの教室の教員が相談先です。ドイツの診療ガイドラインは、日常生活や社会参加に支障があるなら年齢や発症の時期にかかわらず治療を提供すべきだとし、再発への対処や日常場面への移し方を含まない手続きは避けるべきだとしています。
まとめ
- 吃音の「伸ばす」には2つの意味がある。症状としての伸発(「かーーらす」と音を引き伸ばしてしまう型)と、話し方の工夫としての「音を伸ばして話す」(発話再構成・流暢性形成法の中核技法)。
- 症状の伸発は幼い時期に見られやすく、思春期以降は難発が中心になる。引き伸ばしが長い子ほど話す速さも遅いという関係があり、伸発が多いと治りにくいという考えは先行研究として引かれている。
- 「ゆっくり」と「伸ばす」は同じではない。ゆっくりと言われた人の多くは間を空けてしまい、訓練は音を引き伸ばすことを教える。速さを落とすには休みではなく音節を伸ばすのが最善。
- 引き伸ばし発話とやわらかい声の出だしは、青年・成人に効果があるとされた訓練にいずれも含まれている技法でで、1980年のメタ分析でも他の技法より成績が良かった。幼児では遊びの中でモデルを真似する形をとる。
- ただし大人の吃音を治す方法はなく、技法は使い続ける必要があり、日常で保つのは難しく再発もある。続けるための手立てと再発への対処を含む場で学ぶこと。迷ったら言語聴覚士やことばの教室へ。
