まず結論から
- 吃音は、音を繰り返す(「か、か、からす」)・音を引き伸ばす(「かーーらす」)・言葉が出せずに間があく(「・・・・からす」)の3つのどれかが見られる話し方として定義されています。「音が不明瞭に聞こえる」こととは、定義そのものが別です。
- 吃音のある子どもで、間違えて発音される音と、どもりが起きる場所とが結びつくという証拠は、これまで概ね得られていません。
- 就学前の子どもでは、次に言う言葉の音が難しいかどうかは、どもりやすさを予測しませんでした。効いていたのは、その子自身の普段より文が長くなることでした。
- ただし「口はまったく関係ない」でもありません。語が長いこと・語頭の音が子音であることは、どもった語のほうに偏って当てはまります。理由は、子音や長い語ほど口と喉の動きを精密に合わせる必要があるからだと説明されています。
- 話そうとして顔や体に力が入り、必要のない動きが出ることは、中核の症状とは別の二次的な症状(随伴症状)として説明されています。
ただし、これは「あなたは吃音です」「あなたは滑舌の問題です」とこの記事が判定できるという意味ではありません。どちらなのかを見分けるのは専門家の仕事で、学会の資料も、小児を扱う言語聴覚士やことばの教室の教員に相談するようすすめています。
「滑舌が悪いだけ」なのか、それとも
言葉が思うように出ないとき、多くの人はまず「滑舌」という言葉で自分の状態を説明しようとします。そして、その言葉で説明しきれない感じが残ったときに、はじめて吃音という言葉にたどり着きます。
当事者の声(営業職の社会人。滑舌の悩みから口腔外科の手術を受けた経緯を個人ブログに記録)
昔から滑舌の悪さがコンプレックスで、友人からお笑い芸人誘われた時もそれが一因で断ってしまいました。滑舌悪い自分が芸人やることが許せなかったんですよねー。
社会人になり営業になり、たくさんお客様と話す中で、やっぱり滑舌の悪さが邪魔だな、と思うようになりました。
誘いを一つ断ったこと、営業になって人と話す量が増えたこと——この人が書き残しているのは、感情の説明ではなく、そのつど起きた出来事のほうです。そしてこの記録は「そもそも口の構造に問題があるんじゃね?」という一行へ続いていきます。話しにくさの原因を口の中に探しに行くのは、この人だけの発想ではありません。ただ、吃音という言葉が指しているものは、資料の上ではもっと限定されています。
出典: 舌小帯短縮症の手術をしました。(note)(台帳: V0473)
吃音は、次の3つのどれか1つ以上が見られる話し方として定義されています——音の繰り返し(連発。例:「か、か、からす」)、引き伸ばし(伸発。例:「かーーらす」)、そして言葉を出せずに間があいてしまうもの(難発、ブロック。例:「・・・・からす」)です。国立障害者リハビリテーションセンター研究所の資料は、こうした発話の滑らかさやリズミカルな流れを乱す話し方を吃音と定義する、と書いています。
ここで注意したいのは、この定義のどこにも「音が不明瞭」「聞き取りにくい」という条件が入っていないことです。つまり、はっきり発音できているかどうかと、言葉が滑らかに出るかどうかは、別々に見られています。学会の資料も、歌うときや2人で声を合わせるとき、独り言のときには一時的に流暢になる人が多いこと、調子の良い状態と悪い状態が数週間から数か月にわたって続く「波」があることを挙げています。場面や時期によってこれだけ変わるという点も、口の形や癖から説明しにくい特徴です。
「もっとはっきり話しなさい」と言われてきた
逆の入り口もあります。吃音があることは受け入れているけれど、自分の話し方が相手にどう届いているのかが気になる、という入り口です。周囲からの言葉は、たいてい「滑舌」の語彙でやって来ます。
当事者の声(20代で海外に渡った男性。幼少期からの経過を個人ブログに記録)
小さい頃から無意識に言葉が話せず、両親からは「もっとはっきり話しなさい」と言われ続け、友達からは吃音を真似、嘲笑され、
小学校の時、全校生徒が集まるイベント劇の時には緊張と不安のあまり自分のパートで声が出なくなり、長い沈黙と共に「なぜ?」と吃音と共に生まれてきた自分を激しく呪いました。
両親から掛けられ続けた言葉は「はっきり話しなさい」でした。声そのものが出なくなった全校集会の舞台の上でも、この人が言葉にしているのは「なぜ?」という問いだけです。家庭で最初に渡される言い方が滑舌の語彙だったことは、この人の家庭の特殊事情ではなく、詰まる話し方の外からの見え方がそこに寄りやすい、ということでもあります。実際、吃音のある人の話し方は、詰まっていない場面でも測ると違いが出ることがあります。
出典: 僕が吃音を克服した3つのキッカケ(note)(台帳: V0479)
就学前の吃音のある子ども19人の会話を実測した研究では、吃音らしい詰まりが多く出る子どもと、音の引き伸ばしが長い子どもほど、話す速さそのものが遅かったと報告されています。これは、どもっている最中だけの話ではなく、流暢に話しているところを測った速さの話です。同じ研究では、どもり1回あたりの平均の長さも測られていて、音や音節の繰り返しで約0.87秒、1音節の語をまるごと繰り返すもので約0.99秒でした。
そのうえで、どの音で引っかかるかには大きな個人差があります。母音で始まる語より子音で始まる語のほうがどもりやすいとされてきましたが、どの音が苦手かは人によって大きく違い、全員に当てはまる「言いにくい音の順位表」があるとは確かめられていません。だから専門家が状態をみるときも、一覧表に頼るより本人に「どの音が言いにくいか」を尋ねるのがよい、とされています。どもった子音の順位は人によって大きく変わる、という指摘は別の研究でも繰り返されています。いつも同じ行が不明瞭になるという形とは、ここが違います。
舌の位置や硬さを直せば、変わるのか
話しにくさの原因を口の中に探しに行くと、たいてい最初に見つかるのが舌です。位置が下がっている、動きが固い——自分の口の中を鏡で確かめて、思い当たる節を見つける人は少なくありません。
当事者の声(発声の練習に取り組む過程を個人ブログで連載している方)
私は下唇がせいぜい隠れるくらいのところまでしか伸びませんでした
舌のやわらかい人だと、顎の下の方まで伸びるんですよね
吃音の人って、舌をあまり動かさなくて固くなっている人多いのではないかなと思います
舌を出して下に伸ばしてみる、という自分でできる確かめ方から始まって、書き手はそれを「吃音の人」全体の話へ広げていきます。本人も「多いのではないかな」と、自分の推測であることを崩していません。この、自分の口で確かめた感触から原因を組み立てていく順序は、多くの人がたどる道筋です。では研究の側は、口で作る音そのものと、どもる場所との関係を、どう見ているでしょうか。
出典: 舌の位置、そして柔軟性はとても大切。舌トレは良いことたくさんありますね(^_^)v[ボイトレで吃音改善を目指す⑤](note)(台帳: V0475)
吃音のある子どもには、音を正しく作ること(構音)の遅れを併せ持つ子が多くいます。しかし、どもりが起きる場所と、間違えて発音される音とが結びつくという証拠は、これまで概ね得られていません。この総説は、そこから、吃音と発音の課題の両方がある子の訓練を組むときも、発音の課題が流暢さを乱す、あるいはその逆が起きるような状況にはならないはずだ、と述べています。
もう一つ、素朴な理解を正面から確かめた研究があります。2歳半から5歳の吃音のある子どもの親子の会話を書き起こし、これから言う言葉の音が難しいと、その手前の語でどもるのかを調べたものです。語の使用頻度・音の並びやすさ・似た語の多さ・品詞・文の長さ・文法の複雑さなど9つの要因を同時に考慮したうえで、次の語の音の難しさは、音や音節の繰り返しにも、語まるごとの繰り返しにも効きませんでした。原典は、少なくとも就学前の子どもについては、音の難しさは吃音のある発話をはっきりとは左右しない、と結論づけています。
代わりに効いていたものが一つだけありました。その文の長さです。その子自身の普段の平均より文が長くなるほど、文の最初の語が音・音節の繰り返しになる確率が上がりました。文法の複雑さは、あと一歩のところで有意な水準に届きませんでした。言い換えると、この研究で浮かび上がったのは「言いにくい音」ではなく「長い文を組み立てようとしている場面」でした。
では、口はまったく関係ないのか
ここまでを読むと、今度は逆に振れそうになります。「吃音は脳の問題だから、口や喉は関係ない」——ところが、口や喉を調べに行った人の記録を読むと、話はもう少し入り組んでいます。
当事者の声(発声の工夫を番号付きの連載として個人ブログに書いている方)
あなたは吃音症と聞いて何を思い浮かべますか。大部分は、喉が閉まって声が出ていかない。そして出てきた声もしゃがれた声だと思われるでしょう。
僕は耳鼻科で見てもらった時に、喉は正常ですと言われました。
声が出ない、という自分の実感を持って耳鼻科の診察室に入り、返ってきたのは「正常です」という言葉でした。書き手はその落差を、読者への問いかけの形で並べています——多くの人が思い浮かべる姿と、検査で見えるものは違う、と。器官そのものに異常が見つからないことと、話すときの動きに何も起きていないことは、同じではありません。どの語で詰まるかを大人で測った研究は、そこに手がかりを残しています。
出典: 吃音症改善したよ 軽症からの改善【vol.29】(note)(台帳: V0478)
発達性の吃音がある大人と、脳卒中などのあとに吃音が生じた大人に同じ文章を音読してもらい、どんな語で詰まったかを比べた研究があります。語が長いこと、語頭の音が子音であること、そして名詞・動詞など意味を担う語(内容語)であることの3つは、どちらのグループでも、詰まった語のほうに偏って当てはまっていました。一方で「文の書き出しの3語で詰まりやすい」という通説のほうは、どちらのグループでも確かめられませんでした。
ではなぜ子音や長い語なのか。著者らの説明はこうです。子音は母音と違って、口の中を閉じたり狭めたりして息の流れをさえぎる必要があり、声を出す音と出さない音を区別するために口と喉の筋肉を精密に合わせなければならない。長い語は、その動きの連なりがそれだけ長くなります。この運動の複雑さが、滑らかな発話が途切れる引き金になりやすいのではないか、というのが著者らの見方です。
著者らはさらに、脳の成り立ちがまったく違う2つのグループで同じ傾向が出たことを、これらの要因が言語処理の高い段階ではなく、話す動きを準備して実行する最後の段階に効いていることの表れだと解釈しています。ただし原典自身が、この結論は仮説であり今後の検証が必要だと断っています。なお、語の長さ・文中の位置・品詞・語頭の音は互いに重なり合っているため、どれがどれだけ効いているのかを切り分けるのは難しい、という注意も付いています。
つまり「吃音は口や舌の問題ではありません」と言い切ってしまうと、この側面が抜け落ちます。口の器官の使い方そのものを直す話ではないけれど、口と喉をどう動かすかという運動の複雑さは効いている——ここが、この話のいちばん細いところです。
舌小帯など、口の中の構造は関係するのか
口の中を疑っていくと、舌の位置や硬さの先に「構造そのもの」が出てきます。舌の裏側のヒダが短い舌小帯短縮症は、そのなかでもよく名前の挙がるものです。
当事者の声(成人してから舌小帯切除手術を受け、術前後の経過を個人ブログに記録)
学生時代まではかなりハート型の小さな舌だったのは記憶しており、友達からも驚かれていました。
また成長していく過程で1.発音しにくい事が原因で吃音になり
2.食べるのも時間がかかる
3.咀嚼がうまくない為唾液と一緒に食べものを飲み込めず腹痛の原因にもなる。
友達に驚かれた舌の形から始まって、発音、食事、咀嚼——この人は自分の体に起きてきたことを番号を振って一続きに並べ、その1番目に吃音を置いています。50年ぶんの出来事を一本の線でつないだ、本人の見取り図です。この記録が貴重なのは、まさにこの「つなぎ方」が、口の中を疑っている読者の頭の中とよく似ているからです。では、このつなぎ方を研究はどこまで支えているでしょうか。
出典: 舌小帯短縮症と舌小帯切除手術について(note)(台帳: V0472)
先にお断りしておくと、この記事が参照した資料の中に、舌小帯の長さと吃音の関係を調べたものはありません。ですから、関係があるとも、無いとも、この記事は言えません。以下は、それとは別の「音を正しく作る力」についての話です。
音を正しく作る力(構音)は、吃音とまったく無縁というわけではありません。吃音が始まった直後の初回の発音検査の成績が低いことは、その後どもりが続きやすいことを予測するように見えた、と複数の研究が報告しています。総説がこの点を重く見ているのは、別々の大学が、別々の方法で、重なりのない子どもの集団を調べて、いずれも同じ向きの結果を出しているからです。
ただし同じ総説は、吃音のある子どもで相対的に低い傾向が見られるのは、発音の技能そのものよりむしろ音への気づきや、音を切り分けて操る力のほうだと報告する研究が複数ある、とも書いています。発音が下手だから続くという単純な話ではなく、音を頭の中で扱う力のほうに手がかりがありそうだ、という整理です。そしてこれは「続くかどうかの手がかり」の話であって、原因を特定した話でも、口の中を直せばよいという話でもありません。
話すときに舌が出る、舌打ちが混ざる
自分や子どもの話し方を見ていて気になるのは、詰まっていること自体よりも、そのときに一緒に出てしまう動きのほうかもしれません。これは滑舌の話ではなく、吃音の症状の並びの中にちゃんと場所があります。
学会の資料は、吃音では中核の症状だけでなく、二次的な症状として随伴症状(随伴運動)が起こる場合があると説明しています。これは、話すときに何とか声を出そうとして顔面や身体に力を入れ、必要のない身体運動を行うものだ、とされています。具体例として挙げられているのは、手足を振り下ろす、飛び跳ねる、前屈する、後屈する、息を荒げる、顔をしかめる、目を固くつぶる、といった動きです。幼児期はさまざまな随伴症状が起こるので家族が驚くことが多い、とも書かれています。
⚠ この一覧に「舌が出る」「舌打ち」そのものは挙げられていません。舌の動きを随伴症状として名指しした資料は、この記事が参照した範囲にはありません。ただ、声を出そうとして体に力が入り、必要のない動きが出るという枠組み自体は、上のとおり資料に書かれています。気になる動きがあるときに「これは滑舌の問題だ」と決めてしまう前に、この枠組みがあることを知っておくと、相談の場で伝えやすくなります。
こうした動きがなぜ増えていくのかについては、経過の側からの説明があります。発達性の吃音の多くは軽い繰り返し(例:「あ、あ、あのね」)から始まり、うまく話せる時期もあるのが特徴です。7〜8割くらいが自然に治るとされ、残りの2〜3割は徐々に症状が固定化して、楽に話せる時期が減っていきます。さらに症状が進むと、話そうとしても最初の言葉が出なくなることが多くなります。そして症状がしばらく続いたり言葉の出にくさが強くなったりすると、「話す」という行為と「嫌悪」や「恐怖」という感情が結びついて、より言葉が出にくくなる、と説明されています。何とかして声を出そうとする工夫が身についていく過程が、この経過の中に置かれています。
どちらなのかを決めるのは、どこか
ここまで見てきたとおり、滑舌の悪さと吃音は定義の上では別のものですが、同じ人に両方があることもありますし、音を正しく作る力は吃音の経過とも関わっています。だからこそ、自分で確定させようとしないほうが早道です。
学会の資料は、楽に話しやすくなるために周囲のコミュニケーション環境を整える方法(環境調整)や、直接発話に働きかける方法、吃音のことを理解する方法など、年齢や状態に合わせた指導があるとしたうえで、小児を扱う言語聴覚士や、ことばの教室の教員に相談しましょうと書いています。相談先の名前がはっきり書かれているのは、この資料の親切なところです。
相談を考えるきっかけとしては、次のようなときが挙げられます(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 音の繰り返し・引き伸ばし・言葉が出ない間のどれかが、繰り返し起きている
- 話そうとして顔や体に力が入り、必要のない動きが一緒に出るようになってきた
- 話すことを避け始めている、あるいは言いやすい言葉に置き換えるようになった
- 「滑舌の練習」を続けているが、詰まり方そのものは変わっていない
この4つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。また、この記事は自分で判定するための基準を示すものではありません。判別は臨床の仕事です。
「舌が原因」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 舌の位置や硬さを直せば、詰まり方も変わるはずだと考える
吃音のある子どもで、間違えて発音される音と、どもりが起きる場所とが結びつくという証拠は概ね得られていません。就学前の子どもでは、次に言う言葉の音が難しいかどうかも、どもりやすさを予測しませんでした。口の中の使い方を整えること自体を否定する話ではありませんが、それをすれば詰まり方が変わるという道筋は、ここまでの研究では示されていません。
落とし穴2 − 逆に「吃音だから口はまったく関係ない」と考える
語が長いこと、語頭の音が子音であることは、詰まった語のほうに偏って当てはまります。理由は、子音や長い語ほど口と喉の筋肉を精密に合わせる必要があるからだと説明されています。また、吃音が始まった直後の発音検査の成績は、その後の経過を予測するように見えた、という報告もあります。「関係ない」と言い切るのも、同じくらい実態から離れます。
落とし穴3 − 自分で見分けようとして、記録を残さないまま抱え込む
どの音が言いにくいかには大きな個人差があり、専門家も一覧表に頼るより本人に尋ねるのがよいとされています。しかも吃音には、調子の良い状態と悪い状態が数週間から数か月にわたって続く「波」があります。一度の自己チェックでは、その日の波を測っているだけになりかねません。どんな場面で・どの言葉で詰まったか、そのとき体に力が入ったかを書き留めておくと、相談のときにそのまま材料になります。
まずは気づいたことを書き留めておくことから小さく始め、小児を扱う言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合はそちらが確実です。
よくある質問
滑舌が悪いのと吃音は、どこが違うのですか?
吃音は、音を繰り返す(連発)・音を引き伸ばす(伸発)・言葉が出せずに間があく(難発)のどれか1つ以上が見られ、発話の滑らかさやリズミカルな流れを乱す話し方として定義されています。この定義に「音が不明瞭」という条件は入っていません。また吃音には、歌うときや独り言では流暢になりやすいこと、調子の良し悪しが数週間から数か月続く「波」があることが挙げられています。
舌の位置や舌の硬さを直せば、吃音は変わりますか?
そう言えるだけの根拠は、この記事が参照した研究にはありません。吃音のある子どもで、間違えて発音される音と、どもりが起きる場所とが結びつくという証拠は概ね得られていません。就学前の子どもでは、次に言う言葉の音の難しさもどもりやすさを予測せず、効いていたのは文が長くなることだけでした。
では、吃音に口や舌はまったく関係ないのですか?
そうとも言い切れません。語が長いこと、語頭の音が子音であることは、詰まった語のほうに偏って当てはまると報告されています。理由として、子音や長い語ほど口と喉の筋肉を精密に合わせる必要があることが挙げられています。ただし著者ら自身が、この解釈は仮説であり今後の検証が必要だと断っています。
話すときに舌が出たり、舌打ちが混ざったりするのは何ですか?
学会の資料は、話すときに何とか声を出そうとして顔面や身体に力を入れ、必要のない身体運動を行うことを、二次的な症状である随伴症状(随伴運動)として説明しています。ただし例として挙げられているのは手足や顔の動きで、舌の動きそのものは挙げられていません。舌の動きを随伴症状として名指しした資料は、この記事が参照した範囲にはありませんので、気になる動きは相談の場で伝えてください。
舌小帯が短いと吃音になりますか?
この記事が参照した資料の中に、舌小帯の長さと吃音の関係を調べたものはありません。したがって、関係があるとも無いとも言えません。学会の資料は、2000年頃以降の双子研究・脳研究・遺伝子研究によって、環境的要因よりも生まれ持った体質的な要因が吃音の原因の多くを占めると分かった、と述べています。口の中の構造が気になるときは、その相談と吃音の相談は分けて持ちかけるほうが整理しやすいはずです。
まとめ
- 吃音は連発・伸発・難発のどれかが見られる話し方として定義されていて、その定義に「不明瞭さ」は入っていない。場面や時期で変わる「波」があるのも特徴。
- 吃音のある子どもで、間違えて発音される音とどもりが起きる場所が結びつくという証拠は、概ね得られていない。
- 就学前の子どもでは、次に言う言葉の音の難しさはどもりやすさを予測せず、効いたのは文が長くなることだけだった。
- それでも語の長さと語頭の子音は詰まった語に偏って当てはまり、口と喉を精密に合わせる運動の複雑さで説明されている(著者らは仮説と断っている)。
- 話そうとして体に力が入り必要のない動きが出ることは随伴症状として説明されているが、舌の動きそのものを挙げた資料は参照範囲に無い。
- どちらなのかの判別は臨床の仕事。学会の資料は、小児を扱う言語聴覚士やことばの教室の教員に相談するようすすめている。