まず結論から
- 「特定の行だけが言いにくい」は、珍しい出方ではありません。日本耳鼻咽喉科学会の会報に載った総説は、吃音を、呼吸や発声・構音の器官に原則として異常が無いのに、繰り返し・引き伸ばし・阻止(ブロック)といった中核症状が出る発話の障害だと説明したうえで、自分の名前のみ吃る症例なども見られると書いています。
- どの音が苦手かは、人によって大きく違います。研究をまとめた総説は、母音より子音で始まる語のほうがどもりやすいとされてきたと紹介しつつ、全員に当てはまる「言いにくい音の順位表」があるとは確かめられていないとし、専門家がこの点を確かめる最もよい方法は本人に尋ねることだとしています。
- 日本語のデータでは、結論が割れています。学齢期の子どもの自由な会話を分析した研究は、語のはじめが子音か母音かの違いは吃音の生起に有意な影響を与えなかったと報告し、日本語と韓国語を比べた別の研究は、どちらの言語でも母音で始まる語のほうで生起率が高い傾向があったと報告しています。
- その食い違いを「人によって違う」で説明する報告もあります。日本語を話す成人15人が意味のない語を音読した研究では、子音で始まる語で詰まりやすいまとまりと、母音で始まる語で詰まりやすいまとまりの二つが現れました。
- 言い換えて切り抜ける工夫には、続けた先があります。総説は、学齢後期以降には吃音を隠そうとして多彩な、しばしば不適切な対処行動を発達させ、思春期以降は社交不安障害やうつなどの精神科的な問題も併発しやすいとしています。18歳以上の相談先としては、国立障害者リハビリテーションセンター病院の成人吃音相談外来のような専門外来があります。
ただし、ここで引いた日本語の研究は、学齢期の子どもの自由な会話や、成人が意味のない語を音読した課題を調べたもので、対象も課題もそろっていません。結論が割れていること自体が、いまの到達点です。「さ行だから必ず詰まる」と決まっているわけではなく、あなたのさ行がどうかは、記録と専門家との相談で見ていくことになります。
「か」の音が出なくて、別の言葉に置きかえた
面接試験を控えた中学3年生へ、経験者4人が手紙を書いたことがあります。自助団体「言友会」の集まりに寄せられたもので、そのうちの1通を書いたのが坂田善政さんです。手紙は、中学生のころを振り返るところから始まります。当てられても「わかりません」と答えたこと。教科書の朗読で自分の番が近づくと、心臓の音がまわりの子に聞こえるのではないかと心配になったこと。そして、次の一節が続きます。
坂田善政さん(実名・当事者本人。面接を控えた中学3年生へ宛てた手紙で中学生のころを回想/NPO法人全国言友会連絡協議会「小中高校生の吃音のつどい」掲載)
友だちの家に遊びにいったとき、僕がどもるのを聞いて、その友だちの妹が笑ったこと。それを聞いた友達が、「ほれは坂やんのくせなんやけん、しゃあないでないか!(それは坂田のくせなんだから、仕方ないだろう!)」と、妹に言ってくれたこと。
先輩にどもることをからかわれたこと。
好きな女の子が髪を切ってきた日の朝、その子に会ったとき、「髪きったんやなぁ?(髪きったんだね?)」と言おうとして、「か」の音が出てこなかったために、「散髪したんやなぁ?(散髪したんだね?)」と言ってしまい、笑われたこと。
朝の登校路での、ほんの数秒の出来事です。言いたい言葉は決まっていて、「髪きったんやなぁ?」と口が動くところまで来ている。そこで「か」が出ない。同じ意味を運べる言葉を探して、「散髪したんやなぁ?」に切りかえる——本人が書きとめているのは、その置きかえが笑われた、というところまでです。手紙はこのあと、逃げようとして面接試験のない学校を志望したこと、そこで初めて親にどもりのことを相談したことへと進みます。同じ手紙には、家でも自分の言いやすいことばをつかって話していたから家ではあまりどもってはいなかった、それまでは、どもりのことは僕だけの秘密だと思っていた、とも書かれています。総説が、自分の名前のみ吃る症例なども見られると書いているように、吃音は場面と言葉を選んで現れます。
出典: 面接を控えた中学3年生へ(全国言友会連絡協議会「小中高校生の吃音のつどい」)(台帳: V0073)
ここで起きているのは、発音そのものができないことではありません。総説は吃音を、呼吸と発声・構音の器官に器質的な障害や可動の制限が原則として無いのに、繰り返し・引き伸ばし・阻止(ブロック)という中核症状が出る発話の障害だと定義しています。同じ人が、別の言葉ならすらすら言える。だからこそ、言える言葉へ乗りかえるという動きが起こります。
そして、どの音で止まるかは人によって違います。研究をまとめた総説は、どもった子音を成績順に並べた古い研究を紹介したうえで、その順番は人によって大きく変わると繰り返し指摘されてきたと整理しています。すべての人にとって特に難しい音というものは見つかっておらず、個人差がとても大きいので、専門家がこの点を評価する最もよい方法は、どの音がなめらかに出しにくいと感じるかを本人に尋ねることだ、とも書かれています。坂田さんの「か」は、坂田さんの一覧表であって、みんなの一覧表ではない、ということです。
苦手な行に気づくのは、ずっとあとになることがある
「さ行が言いにくい」と自分で名前を付けられるまでには、時間がかかることがあります。小学生のころから症状はあったのに、意識したのは中学2年だった、と書いている人がいます。
当事者本人(執筆名義 Yuu さん。小学生のときに発症し、中学2年で自覚したと自述/NPO法人日本吃音協会のメディア「HAPPY FOX」掲載)
私はサ行が言いづらく、サ行の言葉を言う時に「言葉が出ないかもしれない」と思うようになっていきました。
そのため、サ行をなるべく使わないように避けていました。
この当時は、まだ吃音症という言葉は知りませんでした。
しかし、私は周りの子と少し違う、話し方がおかしい、と思っていました。
一方で、少し言いづらいだけで深刻には思っていなかったため、先生や周りの子に相談していませんでした。
順序に注目してください。まず「言葉が出ないかもしれない」という予感が来て、そのあとに「サ行を避ける」という行動が来ています。名前を知るのはもっとあとで、この時点で手元にあったのは「周りの子と少し違う」という感覚だけでした。同じ手記には、英語の暗唱テストで、覚えるのに時間がかかっているふりをして最後に読むようにしていた、と書かれています。クラスメイトが全員合格したあとなら、教室には自分と先生だけしか残らないからです。配慮を求めたのではなく、仕組みのすき間を自分で見つけて使った工夫でした。総説は、8歳ごろ以降は独り言ではほぼ吃らなくなり、状況への依存が強くなるとしています。
出典: 吃音を自覚した中学2年生。人前で話す授業はこう乗り越えた(HAPPY FOX・NPO法人日本吃音協会)(台帳: V0145)
気づくのが遅れることには、理由があります。総説は、学齢の後期以降になると、吃音を隠そうとして多彩な、しばしば不適切な対処行動を発達させると述べています。言い換える、順番を後ろにずらす、言わずに済む言い方を選ぶ——こうした工夫がうまくいっているあいだ、症状は外から見えません。見えないので、周りは気づかず、本人も「少し言いづらいだけ」と見積もります。
見えないまま進むと、別の負担が積み上がります。同じ総説は、学齢期に約半数がいじめやからかいを経験すると述べ、対策が重要であり診断書等で対応すると書いています。さらに思春期以降は、社交不安障害やうつなどの精神科的な問題も併発しやすいとされています。つらいのは音そのものではなく、音を避けて生活を組み立て続けることのほうだ、という順序です。
得意だった行が、ある日そうでなくなる
「さ行が苦手」と決まっているわけではない、という話も必要です。逆に、さ行が得意で、それを足がかりにしていた人もいます。電話応対を長年こなしてきた方が、その仕組みごと崩れた日のことを書いています。
もちぞうさん(50歳前後の当事者本人。会社勤めの電話応対について自述/個人ブログ「アラフィフ健康ラボ」)
実はこの電話応対、ある時期までは比較的スムーズにできていました。
というのも、勤めている会社名がたまたま得意な“サ行”から始まる名称で、電話に出るとき最初にその会社名を名乗ることが、“とても良い助走”になっていたのです。
得意な「サ行」の発音を先に出すことで、声の脱力感や自然なリズムが生まれ、その流れで自分の名前もスムーズに言える…という黄金パターンが完成していました。
私は本気で、その会社名に感謝していました。
受話器を取ってから名乗るまでの数秒に、助走路が敷かれていたということです。得意な音を先に出して声を出しやすい状態を作り、その勢いで自分の名前まで運ぶ。同じ記事によれば、この黄金パターンはあるとき効かなくなり、その絶対的だった会社名でさえ吃音が出るようになった、と書かれています。そのあと発声練習を2倍の時間に増やして取り組んだものの、1年間まったく改善は見られなかったこと、50歳を目前にして吃音の改善をもう追求しないと決めたことまでが記されています。研究の側も、どの子音でどもりやすいかの順番は人によって大きく変わると整理しています。
出典: 【吃音体験記】もうこれ以上、吃音と向き合わない(アラフィフ健康ラボ)(台帳: V0523)
同じ「さ行」が、人によって助走にも関門にもなる。この散らばりは、研究の側でも観察されています。自分には吃音があると答えた成人15人が、長さと親しみやすさをそろえた意味のない語190個を音読し、1回ごとに自分の詰まり具合を4段階で評価した研究では、19種類の語頭の音ごとに評価をまとめて分類したところ、子音で始まる語で詰まりやすいまとまりと、母音で始まる語で詰まりやすいまとまりの、二つのグループが現れました。
さらにこの研究は、鼻から息が抜ける音(ナ行やマ行のはじめの音がこれにあたります)はどちらのグループでも詰まり具合が軽かった一方、口の中で息をせき止める性質や、のどの奥で息を止める性質は、子音で詰まりやすいグループでだけ詰まり具合を重くしていたと報告しています。つまり「どの音が出にくいか」の中身そのものが、グループによって違っていたということです。論文は、こうした下位の型があることを知っておくのは今後の研究と臨床にとって重要で、一人ひとりの音の感じやすさを考える必要があると結んでいます。
苦手な音を外して原稿を書く、という準備
言い換えは、その場しのぎだけの動きではありません。あらかじめ原稿の側で音を選んでおく、という使い方もあります。研究発表をする当事者が、自分の準備の仕方を書いています。
Takahiro Miura さん(当事者本人。研究発表や講義資料を作る機会が多いと自述/個人ブログ note)
事前に話す内容を書き出して自分の苦手な音節を外したり、発表時間のチェックポイントを多めにセットして想定以上に時間が超過しないかを確認したり、本番頭が白くなっても本筋は説明できるようにスライド内容を頭に叩き込んだり、非吃音者以上に神経質になってスライド発表に取り組まなければいけないのは事実です。
ここで書かれているのは、その場の判断ではなく、机の上での作業です。話す内容を先に文字にして、自分の苦手な音節が来る場所を外しておく。同じ記事の前段では、吃音のある人は他の人の2〜3倍は発表の準備をする必要があると思っている、同時にそれは仕方ないことだとも思っている、と書かれています。発話という分かりやすいところに不利を抱えている以上、何も備えずに発表に臨めば、うまく話せる見込みは低くなってしまうからだ、という理屈です。さらに同じ記事には、詰まったときにスライドの後半を飛ばさず隅まで説明すること、本番で言い換えても内容がずれないよう、詰まりそうな箇所は文字ではなく図で示しておくことも挙げられています。本人は、発表の出来を流暢に話せたかどうかの軸で測ってしまう癖があると書き、練習の1.5〜2倍は本番で吃ると考えて時間配分を組んでいるとも書いています。総説が、どの音がなめらかに出しにくいかは本人に尋ねるのが最もよい方法だとしているのは、こうした自分の一覧表を持っている人がいるからです。
出典: 吃音者のスライド発表の心得(note・Takahiro Miura)(台帳: V0204)
ここで一度、立ち止まっておきます。言い換えという同じ動きが、この記事の中で二通りに働いていました。坂田さんの手記では、言いたかった言葉が失われる方向に働き、この準備の話では、伝えたい内容を守る方向に働いています。違いは、その場で追い込まれてやったのか、机の上で選んだのかという点です。
総説は、学齢後期以降に発達する対処行動を「多彩な、しばしば不適切な」と書いています。言い換えそのものを禁じているのではなく、隠すために積み上がっていく行動が、警戒し続ける生活と精神的な負担につながるという筋道が示されているわけです。そして総説は、言語訓練は単独では長期的な有効率が低く、心理面・社会面のサポートも必要だとしています。
日本語の研究は「さ行が言いにくい」に何と答えているか
ここからは研究の側を見ます。先に断っておくと、「さ行」という日本語の行を単位にして調べた研究は、この記事が引いた範囲には出てきません。研究が扱っているのは、語のはじめが子音か母音か、その音節がどれだけの長さを持つか、語がどれだけ長いか、といった単位です。
まず、日本語話者を対象にした研究が二つあり、結論が食い違っています。学齢期の吃音のある子どもと筆者の自由な会話を録画して分析した研究は、語のはじめが子音か母音かの違いは吃音の生起に有意な影響を与えなかったと報告しました。この研究はさらに、「い」「お」「あ」といった一部の母音は他の子音よりも語頭モーラ頻度——その音で語が始まる頻度のことです——が高く、吃音の生起数も多かったとし、一部の母音で吃音が生じやすいと感じられるのは、この頻度の高さによって生起数が多くなることが関与すると推測しています。原典が「推測された」と書いている段階の話です。
いっぽう、韓国語を母語とする子どもと日本語を母語とする子どもを比べた研究は、どちらの言語の対象児でも母音で始まる語のほうで吃音の生起率が高い傾向があったと報告し、これは英語で得られてきた結果とは異なるものだと述べています。同じ「日本語の子ども」を見ていても、集め方と分析の仕方が違えば、結論はこのように割れます。
語のはじめの「行」ではなく、その音節の組み立てを見た研究もあります。日本語を話す吃音のある小学生を対象に、意味のない語を音読してもらった研究では、軽い音節——日本語では一モーラの音節のことです——で始まる語のほうが、重い音節(二モーラ)で始まる語より吃音の頻度が有意に高かったと報告されています。「さ」で始まるか「さい」で始まるかのような違いのほうが効いている、という見方です。
英語圏の研究では、事情が少し違います。研究をまとめた総説は、20世紀前半の一連の研究から、母音で始まる語より子音で始まる語のほうがどもりやすいという整理が出てきたと紹介しています。日本語を話す成人を調べた研究も、多くの言語では子音で始まる語のほうが吃音を引き起こしやすく、母音で始まる語でよりどもる人は比較的まれである一方、日本語では母音で始まる語でよりどもる傾向のある人がしばしば観察される、と食い違いそのものを出発点に置いています。
効いているのは、音の種類だけではありません。総説は、長い語は短い語よりどもりやすいという所見が多くの研究者によって再現されてきたこと、その言語で使われる頻度が低い珍しい語ほどどもりやすいこと、前後の文脈から予測しにくい語ほど実験室の課題ではどもりやすいことを挙げています。いっぽうで、文の書き出しのほうがどもりやすいという長く信じられてきた見方は、大人を対象にした研究で確かめられませんでした。発達性吃音でも脳損傷のあとに始まった吃音でも、どもった語のうち文の書き出しに当たる割合は、流暢な語での割合と統計的に変わらなかったと報告されています。同じ研究で、語の長さ、語のはじめが子音であること、名詞・動詞などの意味を運ぶ語であることの三つは、どちらのグループでも、どもった語のほうに偏って当てはまっていました。
ここまでをまとめると、「さ行が言いにくい」という実感に、研究は一つの答えを返せていません。返せているのは、音の種類だけで決まる話ではないこと、日本語のデータでは結論が割れていること、そして個人差がとても大きいので本人に尋ねるのが最もよいということ、この三つです。
18歳を過ぎてから、どこに相談できるか
子どものころに気づかれないまま大人になった場合、相談の入口は限られます。国立障害者リハビリテーションセンター病院は、成人吃音相談外来として、18歳以上の方の吃音(どもり)の相談を受けていると案内しています。高校生は「小児吃音外来」で対応するとされているので、年齢での線引きに注意してください。
初診日の流れも公開されています。同院の案内によれば、初診日には問診票の記入と、診察、吃音の検査を行い、後日、これらの結果を見ながら言語訓練の方針を立てていくとされています。問診票は書式がページで公開されていて、可能な方は印刷して受診日の前に記入を済ませて持参するよう求められています。印刷できない場合は当日その場で記入することになり、その場合は記入に30分程度かかるので早めに来るように、紹介状がある場合はそれも持参するように、とも書かれています。
受診の方法については、初診専用の外来なので予約センターで予約を取ったうえで受診すること、そして現在、受診希望の方が多く予約が取りにくくなっていることが、病院自身の言葉で案内されています。完全予約制の外来担当表も公開されています。思い立った日に行ける場所ではない、という前提で動くほうがよさそうです。言語聴覚士の探し方そのものは「吃音と言語聴覚士」に、専門外来以外の入口は「吃音の相談先」にまとめています。
相談に持っていくとよいのは、この記事に出てきた3つです。どの言葉・どの音で止まったか(総説は、どの音がなめらかに出しにくいかは本人に尋ねるのが最もよい方法だとしています)。どんな出方だったか——繰り返しか、引き伸ばしか、ことばが出せずに間があいたか。そして、どの場面で出やすかったか。
制度の話も添えておきます。総説は、就学・就労の支援として、診断書によって障害者差別解消法に基づく合理的配慮を求めることができるとし、発達性吃音であれば発達障害者支援法に基づき精神障害者保健福祉手帳の取得が可能だと述べています。また、吃音の診断基準は、吃音検査で中核症状が100文節あたり合計3以上あることだとしたうえで、自分の名前のみ吃る症例等も見られるので頻度は絶対基準ではない、とも書かれています。検査の場でうまく症状が出なかったとしても、それだけで話が終わるわけではない、ということです。
「さ行が言いにくい」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「さ行の発音練習」で直そうとする
さ行の音そのものを作れないのか、作れるのに出てこないのかで、話は変わります。総説が吃音として説明しているのは後者——呼吸や発声・構音の器官に原則として異常が無いのに、繰り返し・引き伸ばし・阻止(ブロック)が出る状態のほうです。音そのものがいつも別の音に置きかわってしまう場合は、構音障害として別に扱われ、鑑別が必要な状態として挙げられています。どちらなのか迷うときこそ、自己流で練習を積む前に相談したほうが近道です。
落とし穴2 − 言い換えでしのぎ続け、誰にも言わない
言い換えはその場を越えるための工夫ですが、総説は、学齢後期以降には吃音を隠そうとして多彩な、しばしば不適切な対処行動を発達させ、思春期以降は社交不安障害やうつなどの精神科的な問題も併発しやすいと述べています。この記事に出てきた手記でも、家では言いやすい言葉を使って話していたので家族も気づかず、どもりのことは自分だけの秘密だと思っていた、と書かれていました。隠せているあいだは、周りからの手当ても届きません。
落とし穴3 − 「自分はさ行がダメな人間」と決めつける
この記事に登場した4人が挙げた苦手な音は、「か」の音、さ行、そして「得意だったさ行」とばらばらでした。研究の側も、どもった子音の順番は人によって大きく変わると繰り返し指摘されてきたとし、すべての人にとって特に難しい音は見つかっていないと整理しています。日本語を話す成人を調べた研究では、子音で詰まりやすい型と母音で詰まりやすい型の二つが現れました。いま苦手な音が、この先ずっと同じとは限りません。
相談の前にできるのは、止まった言葉・場面・その日の調子を書きためておくことです。記憶だけに頼ると、印象の強い失敗ばかりが残り、言えた日のことが抜け落ちます。記録そのものは治療ではありませんが、相談のときに渡せる材料になり、波を振り返る手がかりにもなります。
よくある質問
坂田善政さんの手記はどこで読めますか?
NPO法人全国言友会連絡協議会が主催する「小中高校生の吃音のつどい」のサイトに、面接試験を控えた中学3年生へ宛てて経験者4人が書いた手紙が公開されており、その1通が坂田善政さんによるものです(全国言友会連絡協議会。台帳: V0073)。中学生のころの場面の記憶と、面接試験のない学校へ逃げようとしたこと、そこで初めて親に相談したことまでが、本人の言葉で書かれています。
さ行だけが言いにくいのは吃音ですか?
吃音の可能性があります。総説は吃音を、呼吸や発声・構音の器官に原則として異常が無いのに、繰り返し・引き伸ばし・阻止(ブロック)という中核症状が出る発話の障害だと説明し、自分の名前のみ吃る症例等も見られると書いています。一方、音そのものをうまく作れない場合は構音障害として鑑別が必要な状態に挙げられています。どちらか迷うときは、言語聴覚士のいる医療機関に相談してみてください。
なぜ「さ行」が苦手になるのですか?
さ行だけを取り出して説明できる研究は、この記事が引いた範囲にはありません。日本語話者を調べた研究では、語のはじめが子音か母音かの違いは吃音の生起に有意な影響を与えなかったという報告と、母音で始まる語のほうで生起率が高い傾向があったという報告があり、結論が割れています。研究をまとめた総説も、すべての人に当てはまる「言いにくい音の順位表」は確かめられておらず、個人差がとても大きいと整理しています。
言い換えて避け続けても大丈夫でしょうか?
その場をしのぐ工夫として使われているものですが、総説は、学齢後期以降には吃音を隠そうとして多彩な、しばしば不適切な対処行動を発達させ、思春期以降は社交不安障害やうつなどの精神科的な問題も併発しやすいと述べています。言語訓練は単独では長期的な有効率が低く、心理面・社会面のサポートも必要だともされています。負担が大きいと感じているなら、隠し切れているかどうかとは別に、相談先を持っておくほうが安全です。
大人になってからでも相談できますか?
できます。国立障害者リハビリテーションセンター病院は、18歳以上の方の吃音(どもり)の相談を受ける成人吃音相談外来を置いており、初診日に問診票の記入・診察・吃音の検査を行い、後日その結果を見ながら言語訓練の方針を立てると案内しています。ただし初診専用・完全予約制で、受診希望の方が多く予約が取りにくくなっているとも書かれているため、余裕をもって動いてください。
まとめ
- 坂田善政さんが実名で公開している中学時代の手記には、「か」の音が出ずに別の言葉へ置きかえた朝の場面が残っています(台帳: V0073)。言いたい言葉が決まっているのに出てこない、という形です。
- どの音が苦手かは人によって大きく違い、どもった子音の順番は個人差が大きいと繰り返し指摘されてきました。全員に当てはまる「言いにくい音の順位表」は確かめられておらず、本人に尋ねるのが最もよい方法だとされています。
- 日本語話者を調べた研究は、子音か母音かの違いに有意な影響は無かったという報告と、母音で始まる語のほうで生起率が高い傾向があったという報告に割れています。語のはじめの音節が軽いほど吃音の頻度が高かったという報告もあります。
- 日本語を話す成人15人の音読を調べた研究では、子音で詰まりやすい型と母音で詰まりやすい型の二つのまとまりが現れました。「特定の行だけがつらい」は、型の違いとして観察されています。
- 言い換えて隠すことが積み重なると、対処行動として不適切な方向に育ち、思春期以降は社交不安障害やうつなども併発しやすいとされています。18歳以上は成人吃音相談外来のような専門外来に相談でき、初診日には問診票・診察・吃音の検査が行われます。診断書によって合理的配慮を求めることもできます。