まず結論から
- 発達性の吃音の多くは、軽い繰り返し(「あ、あ、あのね」)から始まります。うまく話せる時期もあるのが特徴で、これを「波がある」と言います。
- 7〜8割くらいは自然に治るとされ、残りの2〜3割は徐々に症状が固定化して、楽に話せる時期が減ってきます。
- さらに症状が進むと、話そうとしても最初のことばが出なくなることが多くなります。そして「話す」という行為と「嫌悪」や「恐怖」という感情が結びつき、よりことばが出にくくなります。
- こうした段階分けは経過の説明であって、診断そのものではありません。米国精神医学会の診断基準は2013年の第5版で診断名を「吃音」から「小児期発症流暢症」に変え、話す場面についての回避と不安を基準に加えました。
- 相談を考える目安になるのは段階の番号ではなく、詰まりが長い・力が入る・避けるようになった・本人や家族が負担に感じている、といった中身です。
ただし、ここに並ぶのは大勢を観察してまとめられた一般的な経過であって、一人ひとりについて「この子は回復する」「この子は続く」と前もって見通すことはできない、と診療ガイドライン自身が明記しています。
始まりは「言いたいことが追いつかない」ように見える
進展という言葉から想像されるような、はっきりした異変として始まるわけではありません。最初に家族の目に映るのは、たいてい「気持ちが先に走っている」ように見える話し方です。
保育園の年中ごろから吃音が目立ってきた息子と、その様子を漫画に描いた父(イラストレーターの投稿を紹介したウェブメディアの記事)
毎日の保育園のお迎えの時間。さっくんは「さっさっさっ、さっき…けっけっけっけっ…」と、伝えたいことがあふれるように興奮しながら話しかけてきます。タナカリヨウスケさんは、そんな姿に「分かった…分かった…」と、急かさず静かに耳を傾けます。
お迎えの門の前では音が繰り返され、家に帰って落ち着くと同じ子がゆっくり話し、母親の帰宅でまた言葉が追いつかなくなる——この記事が描いているのは、一日のうちに三度、出方が入れ替わる場面です。父親はそこに「伝えたいことがいっぱいあるから」という理由を見ています。この「出たり出なかったり」は、保護者が最初に戸惑うところであり、同時に吃音の始まりの時期の特徴として資料にも書かれているものです。
出典: 吃音が目立ち始めた息子に「分かった…」→父が察した《うまく話せない理由》とは(TRILL)(台帳: V0509)
吃音の始まりについて、国立障害者リハビリテーションセンター研究所の解説は、発達性吃音の多くは軽い繰り返し(例:「あ、あ、あのね」)から始まり、うまく話せる時期もあるのが特徴だと書いています。この良くなったり悪くなったりを「波がある」と呼びます。日本吃音・流暢性障害学会の解説も、少しのことで症状が良くなったり悪くなったりし、まったく症状が出なくなる時期もあるかもしれないとしています。つまり、数日単位で消えたように見えることは、それ自体では「治った」の証拠になりません。
では、どこからが子どもによくある言いよどみで、どこからが吃音なのでしょうか。ドイツの17学会がまとめた診療ガイドラインは、音・音節・単語の繰り返し、語の途中で途切れること、引き伸ばし、ブロック(詰まって声が出ないこと)を吃音の中核の症状とし、単語や句の繰り返し・言い直し・言いよどみといった、誰にでもある滑らかでなさとは別のものとして表で区別しています。目安として、話した音節全体の3%以上がどもっていれば吃音とみなすという基準も示しています。
ただしガイドラインは、その割合に達しなくても、一度の詰まりが長い場合、情動的な負担がある場合、避ける行動が出ている場合、力みや体の動きなどを伴う場合には、頻度によらず吃音を疑って評価すべきだとしています。数えて足りるかどうかより、こうした様子があるかどうかが先だ、という順序です。日本の学会の解説も、4歳ごろ(早い子は2〜3歳でも)になると本人が「言いにくい」と気づき始め、周りの子から「なんで『あああ』ってなるの?」という指摘が始まることがあり、その指摘をきっかけに発話に力が入る子も出てくると述べています。
連発から難発へ——変わったのに「治った」ように見えることがある
進展のなかで、いちばん気づかれにくい変化がここです。音を繰り返す話し方が減り、代わりに最初のことばが出ないまま間があく話し方になると、外から見える「どもり」はむしろ少なくなります。
小学3年生の息子に吃音がある母の声(個人ブログ)
やはり担任の先生には、転入する時に吃音のこと説明したけど、連発から難発になってる吃音のことなんて分かるはずないよね
あちゃー、ブロック出てるってことねー
引っ越し前は連発多めの吃音だったのに、やや話しにくい感じになってきてるんだなぁ、ヤバいかもと気づきました。
父親の転勤で10月に転校したあと、息子は「もう吃音治ったから言わなくていいよ。言葉の教室にも行かない」と言い、母親は1か月ほどそっと見守りました。そして担任に様子を尋ねたところ、「吃音はあまり出ていないようだ、言葉が詰まることはあっても連発はしない」という答えが返ってきます。母親が気づいたのは、その答えの中身のほうでした。繰り返しが減った代わりに、詰まりが出ていた——症状が軽くなったのではなく、出方が入れ替わっていたのです。
出典: 2020年の締めくくりに(ゆうだのblog〜息子の吃音と向き合うママの日記〜)(台帳: V0068)
吃音の中核の症状は3つあり、音を繰り返す連発(「か、か、からす」)、音を引き伸ばす伸発(「かーーらす」)、ことばを出せずに間があいてしまう難発(ブロック)(「・・・・からす」)と呼ばれます。症状が続いたり、ことばの出にくさが強くなってくると、話そうとしても最初のことばが出なくなることが多くなる、というのが進展として書かれている中身です。日本吃音・流暢性障害学会も、思春期以降は連発や伸発よりも難発が中心になると述べています。出方そのものの違いは吃音の種類は3つ|連発・伸発・難発=ブロック・型が移る理由にまとめました。
このとき同時に現れやすいのが、話すときに首や手足が動いてしまう動き——随伴症状と呼ばれるものです。日本耳鼻咽喉科学会会報の総説は、発話に際しての渋面(顔をしかめること)や手足を動かすなどの随伴症状は、吃音にかなり特異的であると書いています。つまり、ほかの原因ではあまり見られない、吃音らしさの強いサインだということです。
そして、この時期の変化は「話し方」だけにとどまりません。症状がしばらく続くと、「話す」という行為と「嫌悪」や「恐怖」という感情が結びついて、よりことばが出にくくなっていきます。学齢期になるころには、症状の多い時期・少ない時期の波はあっても、幼児期のようにまったく吃音が出ない時期を経験することは少なくなる、とも書かれています。
隠す・避けるが加わると、外からは軽く見える
進展の後半で起きるのは、症状が増えることではなく、本人の工夫が増えることです。言いにくい言葉を避け、当たりそうな場面から離れる。その結果、周りからは「落ち着いてきた」ように見えます。
吃音当事者の声(就労支援を行うNPO法人の職員・ウェブメディアに寄せた手記)
中学校、高校では小学生の頃のように「当てないでほしい」とは言わず、「ことばが出ないときがあること、文章を読むことが苦手なことを知っておいてほしい」とだけ伝えたので、授業中に当てられて発表することもありました。
なぜ小学校のときとは違い、ただ知って欲しいとだけ伝えたのか。自分でもはっきりとした理由があったわけではありませんが、「頼りすぎてはダメ。自分で乗り越えれるようにならなくては」という思いがあったように思います。
また、人前で話す経験を踏むたびに心は強くなり、悲しさや劣等感に対して、意識的に鈍感になっていったようにも思います・・・
一度だけ高校3年生のとき、様々なクラスとの合同授業で本読みをしなくてはならなかったとき、仮病で保健室に行ったことがありました。罪悪感や自分への軽蔑感もありましたが、今思うと、たまには逃げることも自分を甘やかすことも大切だとも思います。(笑)
5歳のとき、蝶が苦手だと先生に伝えに行って「ちょ」が出なかった。小学4年で担任にことばが出ないことと音読がつらいことを伝え、当てる形を変えてもらった。その人が、中学・高校では配慮を求めるのをやめ、「知っておいてほしい」とだけ伝えるようになります。外から見れば、発表もこなす落ち着いた生徒です。けれど本人の側では、頼らないという決め方と、感じないようにするという慣れが積み上がっていました。この「見えなくなっていく」動きは、研究の側でも吃音の中心的な特徴として扱われています。
出典: 吃音に悩みながらも自分らしくいられる仕事に就職。宮脇愛実さんが伝えたいこと(soar)(台帳: V0111)
米国NIDCD(国立聴覚・伝達障害研究所)主催のワークショップにもとづく総説は、当事者は「このまま話せばどもる」と話す前に感じ取ることを学習し、学齢期以上ではほとんどすべての当事者が程度の差はあれ自分の吃音を予期している、と述べています。そしてその予感に反応して、言いよどんで時間を稼ぐ、別の語に言い換える、ときにはどもると分かっているから話さないことを選ぶという形で、話す計画そのものを変えるとしています。
日本吃音・流暢性障害学会の解説も、失敗体験が重なると話し始める前に不安や恐怖を感じ、次第に会話や社交を避けるようになること、そして吃音を巧みに隠そうとして言いにくい単語を言い換えることがあると書いています。この場合、吃音は目立たなくなりますが、実際は吃音が出ないかを日々警戒しながら生活をしている状態です。目立たなくなることと、楽になることは別だ、ということです。
ここで押さえておきたいことがもう一つあります。ドイツの診療ガイドラインは、小児期から思春期には、吃音の重さとは関係なく、その子が人前を怖いと感じる不安を抱えるようになる危険が高まると述べています。さらに前述の総説は、話すときに流暢さを目標に置く思春期・成人のほうが、どもることを自分に許す人よりも生活への悪影響が大きかったという報告を挙げ、流暢さを追い求めること自体が負担を減らすとは限らず、むしろ負担に加担しうると指摘しています。「どれだけどもるか」で進み具合を測ろうとすると、この部分がまるごと抜け落ちます。不安との重なりについては吃音と社交不安障害の合併|成人の4割以上・あがり症との違いで詳しく扱っています。
いつ相談に行くか——段階の番号ではなく、中身で決める
ここまでの経過を知ると、次に出てくるのは「では、どこで動けばいいのか」という問いです。実際に動いた家庭の記録から見ていきます。
3歳から吃音のある娘の母の声(小学3年生になるまでの5年間を振り返った個人ブログ)
Limo娘(3歳)の吃音が著明になったとき、心配になったLimo家。
こども相談室に電話相談をしたところ、小児の成長発達を専門としている医師や臨床心理士に見てもらえる機会があるとのことで、連れて行きました。
親子の関わり、
娘単独の観察、
親の面接
など、
45分くらいの診察?を受けた結果。
『問題なし。発達は順調です。吃音は様子をみましょう』
以上。
専門家がそういうなら、安心して、様子をみることにした。
この家庭が最初にしたのは、病院を探すことではなく、こども相談室に電話をかけることでした。そこから小児の発達を専門とする医師と臨床心理士につながり、親子のやりとり・子ども一人の様子・親への面接という45分の時間をとって見てもらっています。結果は「様子をみましょう」でした。母親はそれを聞いて安心し、待つことを選びます。この記録が示しているのは、相談が「治療を始めるかどうか」の場ではなく、まずいま様子を見ていい状態なのかを一緒に確かめる場だということです。
出典: 【小3娘】吃音(どもり)改善しなくても、楽しく生きています。(note)(台帳: V0347)
ドイツの診療ガイドラインは、3〜6歳の子どもについて、吃音が始まってから6〜12か月は経過を見て、その期間を過ぎても続いていれば治療を始めるとしています。そのうえで、次の3つのどれかに当てはまるときはただちに始めるべきだと明記しています。
- 吃音が続きやすい手がかりがいくつも重なっているとき
- コントロールを失う感じや、話すための力みの増大を伴う症状が長く続いているとき
- 症状が親や子にとって負担になっていて、避ける行動を引き起こしているとき
ここでいう「続きやすい手がかり」として挙げられているのは、男の子であること、家族に吃音のある人がいること(とくにその人の吃音が続いている場合)、滑らかに話せない状態が始まってから6〜12か月以上たっていること、吃音が始まった年齢が3〜4歳より後であること、最初の7〜12か月で重さが軽くなっていないこと、の5つです。
日本の資料もほぼ同じ線を引いています。日本耳鼻咽喉科学会会報の総説は、幼児期には楽に話せる環境を整えながら経過を追い、発話に苦悶(苦しそうな様子)や努力、悪化の傾向があるか、就学1年前ごろになっても改善の傾向がない場合に言語治療を開始するとしています。相談先については、日本吃音・流暢性障害学会が、小児を扱う言語聴覚士や、ことばの教室の教員に相談しましょうと書いています。中高生以上で本人が治療を希望する場合は、言語聴覚士による発話訓練を受けるという選択肢があり、不安が強い場合はカウンセリングや心理療法が役立つこともある、ともしています。
年齢ごとの動き方は年長の吃音、就学前にすること|相談の目安・就学相談・引き継ぎや子どもの吃音への対応|NG声かけ・場面別の接し方・親の心のケアにまとめています。
どのくらいの人が、どこで止まるのか
進展という言葉は「進んでいく」ほうだけを見せますが、実際にはほとんどの人が途中で止まります。国立障害者リハビリテーションセンター研究所の解説は、7〜8割くらいが自然に治るとし、残りの2〜3割は徐々に症状が固定化して、楽に話せる時期が減ってくるとしています。ドイツの診療ガイドラインも、自然に回復するのは70〜80%で、その多くは思春期に達する前だと整理しています。
止まる時期には偏りがあります。日本吃音・流暢性障害学会は、吃音が始まって2年後までだと31%、3年後までだと63%、4年後までだと74%が自然に治ると報告されているとし、発吃(吃音を発症すること)から4年以上経つと(あるいは8歳以上になると)、自然治癒の確率は減少すると書いています。ガイドラインの側も、自然回復の割合は発症からの最初の2年がもっとも高く、その後は急速に落ちるとしています。
入り口と出口の人数も、大きく違います。慶應義塾大学病院の解説は、発達性吃音は2〜5歳ごろに発症し、発症率(吃音になる確率)は8〜10%ですが、その大部分は自然に治癒するため、成人での有病率(吃音がある確率)は0.7〜1%ほどだとしています。日本吃音・流暢性障害学会も、近年の調査から発症率は約8〜11%程度、国内の研究では3歳までの発症率が8.9%、学童期以降成人までの時点有症率は0.8%が妥当だとされていると書いています。10人に1人近くが通り、100人に1人以下が残る——進展の全体像は、この形をしています。
これらは大勢を数えた割合であって、目の前の一人の見通しではありません。ドイツの診療ガイドラインは、個人単位で回復を予測することはできないとはっきり書いています。回復したかどうかの見分けについては吃音は遺伝しても治る?|自然回復は68〜96%・家族歴で変わる確率もあわせてご覧ください。
「第何段階」は、診断名ではない
段階の説明を読んでいると、「第3段階まで来たら診断がつく」というふうに読みたくなります。けれど、経過の説明と診断は別の仕組みで動いています。
米国精神医学会の診断基準は、2013年に出た第5版で吃音の分類と記述を改めました。診断名を「吃音」から「小児期発症流暢症」に変え、間投詞(「えーと」のような差し挟む言葉)の基準を外し、話す場面についての回避と不安の基準を新たに加え、大人になってから始まる吃音を小児期発症のものと区別しています。段階の何番目かではなく、症状の種類と、回避や不安があるかどうかで書かれた基準だということです。同じ総説は、多くの人にとって、回避と人前での不安こそが最も生活を妨げる特徴であるとも述べています。
日本語の資料では、日本耳鼻咽喉科学会会報の総説が、診断基準は吃音検査で中核症状が100文節あたり合計3以上あることだとしています。ただし同じ文章が、自分の名前のみどもる症例なども見られるため頻度は絶対基準ではないと断っています。鑑別すべきものとして、ことばの発達の遅れや異常、発音の障害、声の障害、チック、場面緘黙(特定の場面で話せなくなること)、脳の損傷などが挙げられており、早口言語症(クラタリング)は見分けが必要であると同時に、吃音と併発することもあるとしています。
つまり、進展の説明は「これから何が起こりうるか」を知るための地図であって、自分や子どもに番号を振るための物差しではありません。番号を決めるより、詰まりが長いか、力みがあるか、避けるようになっているか、本人や家族が負担に感じているかを見るほうが、次の行動に直接つながります。
進展段階を読むときに陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 自分や子どもに「第◯段階」と番号を振ってしまう
段階の説明は、大勢を観察してまとめられた経過であって、一人の現在地を測る検査ではありません。診断の基準はそれとは別にあり、症状の種類と、回避や不安があるかどうかで書かれています。数え方の基準にも「頻度は絶対基準ではない」という但し書きが付きます。番号を決めることに時間を使うより、いま何が起きているか(詰まりの長さ、力み、避ける行動、本人と家族の負担)を書き出すほうが、相談の場でそのまま役に立ちます。
落とし穴2 − 「目立たなくなった」を「軽くなった」と読む
繰り返しが減って詰まりに変わると、外から見える「どもり」は減ります。言いにくい言葉を言い換えたり、話す場面を避けたりすれば、さらに目立たなくなります。けれどその状態は、吃音が出ないかを日々警戒しながら生活している状態でもあります。学齢期以上ではほとんどの当事者が自分の吃音を予期し、話す計画のほうを変えているとも報告されています。見えている量は、本人の負担の量ではありません。
落とし穴3 − 「重くなってから相談すればいい」と待つ
自然に回復する割合は発症からの最初の2年がもっとも高く、その後は急速に落ちます。日本の資料でも、発吃から4年以上たつ(あるいは8歳以上になる)と自然治癒の確率は減少するとされています。しかも、人前を怖いと感じる不安が育つ危険は、吃音の重さとは関係なく高まります。「もっと重くなったら」という基準で待つと、待っている間に変わるのは重さではなく、本人の避け方のほうかもしれません。気になった時点で、小児を扱う言語聴覚士やことばの教室の教員に相談して構いません。
相談までの間にできることとして、どんな場面で出やすいか、詰まりが長くなっていないか、避けている場面はないかを書き留めておくと、相談の場で伝えやすくなります。
よくある質問
吃音の進展段階とは何ですか?
吃音が時間とともにどう変わっていくかを整理した、経過の説明です。多くは軽い繰り返しから始まり、うまく話せる時期との波がありますが、症状が固定化していくと最初のことばが出にくくなり、「話す」ことと嫌悪や恐怖の感情が結びついていくとされています。思春期以降は難発が中心になり、避けることや言い換えが加わるとも説明されています。診断の段階分けではなく、これから何が起こりうるかを知るための地図として読むものです。
「一時的などもり」と、続いていく吃音はどう見分けますか?
単語や句の繰り返し・言い直し・言いよどみは誰にでもあるもので、音や音節の繰り返し、語の途中で途切れること、引き伸ばし、詰まりとは区別されています。目安として話した音節の3%以上という基準がありますが、その割合に達しなくても、一度の詰まりが長い、情動的な負担がある、避ける行動がある、力みや体の動きを伴うときは、頻度によらず評価すべきだとされています。数日消えたように見えることは、波の一部であって回復の証拠にはなりません。
連発が減って難発が出てきたら、進んだということですか?
資料は、症状が続いたり出にくさが強くなると、話そうとしても最初のことばが出なくなることが多くなると書いており、思春期以降は難発が中心になるとしています。ただし出方の入れ替わりは一人ひとり違い、「何段階目に上がった」と判定する仕組みはありません。話すときに首や手足が動く随伴症状は吃音にかなり特異的だとされているので、そうした様子が出てきたときは相談の材料として伝えてください。
第何段階になったら病院に行くべきですか?
段階の番号を目安にする書き方は、公的な資料には見当たりません。ドイツの診療ガイドラインは、3〜6歳では発症から6〜12か月経過を見て、続いていれば治療を始めるとし、続きやすい手がかりが重なるとき・コントロールを失う感じや力みを伴う症状が長く続くとき・本人や家族の負担になって避ける行動を生んでいるときはただちに始めるべきだとしています。日本の総説も、発話に苦悶や努力、悪化の傾向があるか、就学1年前ごろになっても改善の傾向がない場合に言語治療を開始するとしています。
進展を止める方法はありますか?
「これをすれば止まる」と言える方法を示した資料は、手元の出典の中にはありません。分かっているのは、自然に回復する割合が発症からの最初の2年でもっとも高いこと、そして人前を怖いと感じる不安が育つ危険は吃音の重さとは関係なく高まることです。流暢に話すことを目標に置く人のほうが生活への悪影響が大きかったという報告もあり、流暢さを追うこと自体が負担を減らすとは限らないと指摘されています。相談先としては、小児を扱う言語聴覚士やことばの教室の教員が挙げられています。
まとめ
- 発達性の吃音の多くは軽い繰り返しから始まり、うまく話せる時期との波がある。7〜8割くらいは自然に治り、残りの2〜3割は徐々に症状が固定化していくとされる。
- 症状が続くと最初のことばが出にくくなり、「話す」ことと嫌悪や恐怖が結びつく。思春期以降は難発が中心になり、言い換えや回避が加わって、外からは目立たなくなる。
- 目立たなくなることと楽になることは別で、学齢期以上ではほとんどの当事者が自分の吃音を予期し、話す計画のほうを変えている。人前を怖いと感じる不安が育つ危険は、吃音の重さとは関係なく高まる。
- 段階の説明は診断ではない。診断名は2013年に「小児期発症流暢症」へ変わり、回避と不安が基準に入った。日本語の診断基準にも「頻度は絶対基準ではない」という但し書きがある。
- 相談の目安は番号ではなく中身。6〜12か月の経過観察と、続きやすい手がかりの重なり・コントロールを失う感じや力み・本人や家族の負担と回避の3条件、そして苦悶や努力、悪化の傾向、就学1年前という線。迷ったら小児を扱う言語聴覚士やことばの教室へ。