まず結論から
- 米国の全国調査(青年期から14年・4回の追跡、13,564人中261人が吃音)では、年齢や併存する状態などを統制したあとでも、吃音のある人の年収の差は7,000ドルを超えていました。
- 男性ではその差の大部分が、学歴・職種・自己認識・労働時間といった観察できる違いで説明されました。職種の選び方は、差の外側ではなく内側にあります。
- 女性では観察できる違いでほとんど説明できず、不完全就業(学歴や能力に見合わない仕事に就いている状態)になりやすいことが報告されています。
- 吃音のある大人は、日々の活動の釣り合いと生活満足度がともに低いと報告されており、その影響は周囲の反応だけでなく、社会不安や自分の中に取り込まれた偏見を通しても及ぶとされています。
- 働き始めてからの相談先として、ハローワークの職業相談や、職場にジョブコーチの派遣を受ける無料の支援があります。
ただし、これは「一覧に従うのが間違い」という意味ではありません。話す量の少ない仕事を選んで働き続けている人もいますし、どの職種が合うかは吃音だけで決まるものでもありません。ここで言えるのは、よく見る一覧は話す量で職種を振り分けたものであって、吃音のある人を追跡して「この職種なら続いた」と確かめたものではない以上、それを可能性の上限として読む必要はない、ということまでです。
「向いている仕事」の一覧は、どこから来たのか
検索して出てくる一覧は、どれもよく似ています。話す場面が少ない職種を「向いている」に、話す場面が多い職種を「向いていない」に振り分けたものです。作り方としては素直で、実際にその通りに選んで働いている人もいます。
ただ、その振り分けを自分の進路に当てはめたとき、何が起きるのか。半世紀ほど前に同じ判断をした人が、後年それを振り返っています。
自助団体の会員による体験発表(三重言友会・会報の発表記録)
そのうちに、新聞で自動車メーカーの中途採用の広告を見ました。大きなメーカーで、ここならば、と思い応募しました。学歴不問の製造業です。
父は、「せっかく大学まで行ったのに」と怒りましたが、私にはこの選択しかないように思われました。アルバイト時代、会計事務所にも行っていましたが、電話がどうしても苦手で、どうにもなりませんでした。
製造業ならば、機械相手で、セールスのように人に接することもない、事務のように電話を手にすることもない。そんな浅はかな考えからでした。
大学を出たあと、会計事務所で電話に苦しみ、新聞広告で見た学歴不問の製造業へ移った経緯です。選んだ理由は「機械相手で、人に接することも、電話を手にすることもない」——現在の一覧が「向いている」として挙げる職種の説明と、ほとんど同じ言葉です。この方はさらに、製造業でも発表の場があり、代表に選ばれた時は苦痛だったこと、そうした場に消極的だったために出世とは無縁だったことも続けて書いています。話す場面から逃れるための職種選びが、話す場面をなくしてはくれなかったという記録です。
出典: 会員体験発表(三重言友会)(台帳: V0188)
この「職種の選び方が、その後の待遇まで連れていく」という筋は、米国の大規模な追跡調査でも数字として出ています。青年期から成人期にかけて14年・4回にわたって追跡した全国調査で、13,564人のうち261人が吃音があると回答しました。人口統計上の属性や併存する状態を統制したうえで比べると、吃音のある人の年収の差は7,000ドルを超えていました。
この記事の主題にとって重要なのは、その差の内訳です。男性では、差の大部分が学歴・職種・自己認識・労働時間といった「観察できる違い」で説明されました。言い換えると、どの職種を選んだかは、収入の差を生んでいる要因の外側にあるのではなく、内側にあります。
一覧が「避けたほうがいい」と書く仕事で、働いている人がいる
どの一覧でもほぼ確実に「向いていない」側に入るのが、接客です。最初の一言が決まっていて、言い換えがきかず、相手を待たせるから——理由も納得できるものが並びます。では、その職種を選んだ人はどうなったのでしょうか。
吃音と社会不安のある当事者本人の手記(note・37歳)
接客の場面では、「いらっしゃいませ」の最初の「い」が喉につっかえて出てこない。やっとの思いで絞り出せても「ぃ、ぃ、ぃ、ぃらっしゃいませ…」と震える声になる。それが無理な時は、とっさに「お待たせいたしました」から会話を始めるなど、常に言葉を言い換えることで、なんとかその場を乗り切っていました。自分の名前を名乗ること、時候の挨拶、コミュニケーションの基本となる言葉が、ことごとく出てこないのです。
ファーストフード店でのアルバイト時代を振り返った箇所です。同じ手記には、声が出せないでいるとマネージャーから「言えないんじゃない、言え」と言われた場面も書かれています。ここまでなら、一覧が接客を避けるよう勧める根拠そのものに見えます。ところがこの方は同じ手記の後半で、社内の接客コンテストで入賞した人のところへ助言を求めに行ったこと、そして現在の職場で1年2か月を重ね、新人に仕事の第一歩を伝える研修を任されるまでになったことを書いています。「言え」と言われた側から、伝える側へ移ったという記録です。
出典: 当事者本人の手記(note)(台帳: V0103)
一人の記録が一覧を覆すわけではありません。ただ、一覧が前提にしているのは「最初の一言が言えないなら、その職種は続かない」という見立てです。その見立てだけでは説明できない経過が、実際に記録として残っています。
そして、職種を絞る判断は絞ったあとの働き方にも及びます。先ほどの全国調査では、吃音のある女性は、吃音のない女性より不完全就業——学歴や能力に見合わない仕事に就いている状態——になりやすいと報告されました。男性と違い、女性ではその差が学歴や職種といった観察できる違いではほとんど説明できませんでした。著者たちは、差別が関与した可能性を示す予備的な証拠だと述べていますが、確かめられた因果関係としては書いていません。
言い換えができない場面は、たしかにある
とはいえ、接客の難しさを軽く見積もるのは誠実ではありません。前の節で出てきた「言い換えて乗り切る」という工夫は、言い換えが許される場面でしか使えないからです。
当事者本人による就労体験の記録(日本吃音協会・旅館での短期就労)
マニュアルが決まっているので、言いやすい言葉に置き換えることは難しく、そこが難点でした。指導していただいた方からは、「言葉が詰まるのはあまりよくない、お客様が違和感というかどうした?ってなってしまうので、そこを頑張ってほしい」とのコメントでした。
旅先で短期のアルバイトができるサービスを使い、妙高高原の旅館でフロント・駐車場案内・配膳を1泊2日担当した記録です。決まった言い回しがある職場では、前の節の工夫がそのまま使えないことが具体的に書かれています。同じ記録の終わりでは、言葉以上に雰囲気や態度を丁寧にすれば働けると実感したこと、吃音は知らない状況や苦手な状況で起こりやすいと考えて、情報を集めて自分が動きやすい環境を作るようにしていることも述べられています。職種で決めるのではなく、その職場に自分が動ける余地があるかで見ているという構えです。
出典: 当事者の就労体験記(日本吃音協会)(台帳: V0118)
マニュアルの有無、担当を替えられるかどうか、電話の本数——同じ「接客」でも条件は職場ごとに違います。職種名だけを見て決めると、この差が見えなくなります。
そしてこの条件は、働く側だけが工夫するものではありません。事業主に望まれる職場づくりの措置として、採用試験での試験時間の延長や休憩の付与、障害特性を踏まえた相談・指導、職場内の意識啓発が具体的に挙げられています。職場の側に調整できる余地があること自体は、制度の前提になっています。職場に配慮を求める手順そのものは吃音と合理的配慮の記事にまとめてあります。
一人で完結する働き方を選ぶ、という道
ここまでと逆の方向、つまり「人と話す量を減らす」選択が合っている人もいます。ただしその選び方も、一覧とは違う理由で選ばれていることがあります。
ADHD・うつ病・吃音のある当事者本人の転職記(note・33歳男性)
七年間、障害者雇用で単純作業をしていた。
33歳、男性。手取りは300万円にも満たなかった。
これから相手を見つけるのにある程度の年収を得る必要があると感じると焦りを感じていた。
様々なハンディキャップを抱えた私が、長いこと障害者雇用で単純作業をする日々に危機感を覚え、新たな就職先として「タクシードライバー」の道を選んだ。
障害者雇用の枠で7年間単純作業を続けたあと、一般雇用のタクシードライバーへ移った経緯です。移った先は接客のある仕事ですが、選んだ理由として本人が挙げているのは「お客様を乗せて送迎する」というやることが一つに決まっている点で、いろいろなことを同時並行に進める一般職より向いていると感じたから、と書かれています。同じ記録には、乗務中に「ありがとうございました」がうまく言えない場面があることも並んでいます。話す量ではなく、同時にいくつのことを求められるかで選んでいるという判断です。
出典: 当事者本人の転職記(note)(台帳: V0104)
4人の記録に共通しているのは、職種名で決めていないことです。マニュアルがあるか、担当を替えられるか、同時に何を求められるか——選ぶときに見ているのは、職種の名前より一段細かい条件でした。
この「どこまで自分で調整できるか」は、働き方の快適さだけの話ではないようです。吃音のある大人と吃音のない大人を比べた研究では、吃音のある人のほうが日々の活動の釣り合いも、人生全体への満足度も低いと報告されています。次の節で、その中身を見ておきます。
避けているのは仕事ではなく、キャリアのほうかもしれない
職種を絞ることの代償は、収入だけではありません。吃音のある大人64人と、吃音のない大人64人(いずれも18〜45歳)を比べた研究があります。この研究が測ったのは、日々の活動の釣り合い(作業バランス)と、人生全体への満足度です。ここでいう「作業」は職業のことではなく、仕事も含めた日常の活動全般を指します。
結果は、吃音のある人のほうが、活動の釣り合いも生活満足度も低いというものでした。吃音の程度が重いほど、どちらも低くなる関係も見られています。
この記事にとって大事なのは、著者たちがその理由をどう述べているかです。吃音の程度が日常生活に及ぼす影響は、周囲の反応や職業上の壁といった外側の要因だけでなく、社会不安や、自分の中に取り込まれた偏見(内面化されたスティグマ)という内側の仕組みを通しても及ぶとされています。ここは「〜と考えられる」という形で書かれており、確かめられた因果関係として示されているわけではありません。
会議での発言を控える、昇進の話を断る、応募をやめる。ひとつずつは「苦手な業務を避けた」ように見えても、積み重なると避けているのは業務ではなくキャリアのほうになります。一覧を読むときに気をつけたいのは、そこだと思います。
仕事を探すとき、公的な入口はどこにあるか
求人の探し方については、民間のサービスより先に公的な窓口があります。ハローワークでは障害者を対象とした求人の申込みを受け付けており、専門の職員・相談員が職業相談を行い、就職した後も業務に適応できるよう職場定着の指導を行っています。求人者と求職者が集まる就職面接会も開かれています。
働き始めてからの支援もあります。職場にジョブコーチ(職場適応援助者)の派遣を受けて、業務の進め方や職場でのやりとりについて支援を受けられる仕組みがあり、あわせて事業主や同僚に対して仕事の内容や職場環境の改善を助言する形もとられます。この支援は無料で、地域障害者職業センターのほか福祉施設などでも行われています。
一定人数以上の職場には、障害のある従業員の職業生活の相談・指導を担当する障害者職業生活相談員を選任する義務があります。また、一般の従業員を対象に理解を促す「精神・発達障害者しごとサポーター養成講座」が全国で開かれています。職場に相談先があるかどうかは、入る前に確認できる条件のひとつです。
なお、これらの制度の多くは障害者手帳と結びついています。手帳を取るかどうかの判断材料は吃音と合理的配慮の記事に、面接で伝えるかどうかは吃音面接のカミングアウトの記事にまとめてあります。
仕事選びで陥りがちな3つの落とし穴
- 一覧を、可能性の上限として読んでしまう。 よく見る一覧は、話す量の多寡で職種を振り分けたものです。吃音のある人を追跡して確かめたものではありません。参考にするのはよいのですが、そこに載っていない職種を検討の外に置く理由にはなりません。
- 苦手な業務を避けることと、キャリアを避けることを同じ判断として扱ってしまう。 電話を替わってもらうのは業務の調整です。昇進の話を断り続けるのは進路の決定です。同じ「避ける」でも、戻れる範囲が違います。
- 「うまく話せるようになってから」と先送りにする。 職場側の条件(マニュアルの有無・担当の替えやすさ・相談員がいるか)は、話し方が変わらなくても選べる部分です。4人の記録も、話し方より職場の条件を見て動いていました。
よくある質問
吃音があると、どんな仕事が向いていますか?
「この職種なら続く」と確かめた研究は見当たりません。よく見る一覧は話す量の少ない職種を並べたもので、実際には接客・ホテル・タクシーで働いている当事者の記録もあります(V0103・V0118・V0104)。職種名より、マニュアルの有無・担当を替えられるか・同時に求められることの数といった条件で見るほうが、記録には合っています。
接客や電話のある仕事は避けたほうがいいですか?
一律に避ける必要はないとまでは言えますが、負担が大きい場面があるのは確かです。決まった言い回しがある職場では、言いやすい言葉への置き換えが難しいという記録があります(V0118)。避けるかどうかより、その職場で配慮を求められるかを先に確かめるほうが現実的です。
障害者雇用で働くほうがいいですか?
どちらがよいと言える根拠は手元にありません。障害者雇用で7年間働いたあと、収入への不安から一般雇用へ移った当事者の記録があります(V0104)。制度の説明と手帳の判断材料は吃音と合理的配慮の記事にまとめています。
仕事を探すとき、どこに相談できますか?
ハローワークが障害者を対象とした求人の受付と職業相談を行っており、就職後の職場定着の指導もあります。働き始めてからは、ジョブコーチの派遣による支援を無料で受けられる仕組みもあります。話し方そのものの相談は、言語聴覚士やことばの教室が窓口になります。
まとめ
「吃音に向いている仕事」の一覧は、話す量で職種を振り分けたものです。参考になりますが、吃音のある人を追跡して確かめたものではありません。一覧が避けるよう勧める接客・旅館・タクシーで働いている当事者の記録があり、いずれも職種名ではなく、マニュアルの有無や同時に求められることの数といった条件を見て選んでいました。
一方で、職種の選び方が収入の差の内側にあることも、米国の全国調査から分かっています。そして避け続けることの影響は、業務の範囲を超えて日常の活動全体に及ぶことが示唆されています。一覧を可能性の上限として読まないこと——そこが、この語で最初に置いておきたい点です。
就職活動そのものの進め方は吃音の就活の記事に、面接で伝えるかどうかは吃音面接のカミングアウトの記事にまとめています。
