大人の吃音で「治った」とは、どういう状態か
まず整理したいのが、「治る」という言葉の中身です。吃音の問題は、大きく2つの面から成り立つと説明されます。ひとつは「ことばがどもる」こと、もうひとつは、それによって「困る」ことです(S0017)。そして吃音の問題の大きさは、主に後者——本人がどれだけ困っているか——によって決まるとされています(S0017)。
つまり「治った」には、少なくとも2つの意味がありえます。どもり自体が減った状態と、どもりは残っていても気にならず、困らなくなった状態です。吃音の問題を、症状の大きさ・周囲の反応・本人の受けとめ方という3つの軸でとらえるモデルも知られており(S0017)、このどれが小さくなっても、人は「楽になった」と感じます。大人の「治ったきっかけ」を読むときは、その人がどちらの意味で語っているかに注意すると、話がすっと入ってきます。
なお、大人の吃音の多くは、子どものころに始まった発達性の吃音が続いているものです。吃音は就学前の子どものおよそ5〜8%にみられ、大人まで続くのはおよそ1%と報告されています(P0017)。「大人になってもある=珍しい・異常」ではなく、一定の割合の人がずっと付き合っている、ということです。
大人の「治ったきっかけ」— 当事者の語りに共通するもの
大人になってからの変化を語る当事者の話には、ある共通点があります。「特効薬のような一つの出来事」ではなく、環境・立場・考え方がゆるやかに変わっていく中で、いつの間にか困りが小さくなっていた——という語られ方です。訓練そのものより、生活や人との関わりの変化を転機として挙げる人が少なくありません。
当事者本人の声(49歳・男性・デザインスクール代表/個人ブログ note・実名発信)
吃音症状がほぼ出なくなり、起業して、結婚して、日々必死に楽しく暮らしている49歳もいる
幼少期から吃音があり、20代は電話や自己紹介に強い不安を抱えていた筆者の、長い時間をかけた振り返りです。本人は、他人は自分の話をそこまで聞いていないという気づきや、加齢とともに他者評価が気にならなくなったこと、自分でルールを決められる立場になったことを転機として挙げています。症状そのものより生活・立場の変化を語る点は、成人当事者の語りに共通します。ただしこれは一人の長期的な経験であり、だれにでも同じ経過が起きると一般化はできません(大人まで吃音が続く人は約1%とされます(P0017))。
出典: 吃音とともに歩んできた振り返り(note・坂元剛)(台帳: V0015)
もうひとつ、多くの語りに出てくるのが「避けること」との付き合い方です。電話や人前を避けること自体は、いつでもできてしまいます。だからこそ、避け続けるのか、少しずつ向き合うのかが、その後の困りの大きさに影響していきます。
「自然に軽くなる」と「取り組みで変わる」を分けて考える
「治ったきっかけ」を考えるとき、"ひとりでに軽くなる"のか、"何かに取り組んだ結果として変わる"のかを分けておくと、混乱しません。
まず自然回復(ひとりでに軽くなること)は、主に幼児期にみられる現象です。史上最大規模の縦断的な脳画像研究では、回復した子どもは、初期にあった脳の構造的な変化が正常化・代償されていく軌跡を示すと報告されています(P0017)。また、文をつくる力(表出言語)の伸びが急な子どもほど回復しやすかったという報告もあり(P0018)、幼児期の回復には脳や言語の発達が関わることがうかがえます。
一方、大人の場合は、この幼児期型の自然回復とは事情が異なります。加齢とともに気にならなくなっていく人はいますが、そのあらわれ方には個人差が大きく、「歳を取れば必ず治る」とは言えません。だからこそ大人では、次の章で見る"取り組みによる変化"と、"自然な軽減"を切り分けて、期待しすぎず・あきらめすぎずに向き合うことが大切です。調子には波があり、良い時期と出やすい時期があること自体は、めずらしいことではありません。
大人の吃音へのアプローチ — 言語訓練・不安への対処・環境調整
大人の吃音に対する行動的なアプローチは、大きく2つに整理されています(P0010)。ひとつは「発話再構成(流暢性形成)法」で、話し方の仕組みそのものに働きかけます。もうひとつは不安を和らげるアプローチで、吃音の症状や、社会・仕事上の困難に焦点を当てます(P0010)。
研究のうえで、成人でもっとも根拠が確立しているとされるのは発話再構成法です(P0010)。ただし現実には、話しやすさの改善と、吃音とのつきあい方(マネジメント)の両方を扱う"包括的"なアプローチが用いられることが多く、その両輪で取り組むと整理されています(P0010)。話し方の技術だけでなく、まわりへの伝え方や環境の調整も含めて考える、ということです。
ここで大切なのは、これらは「必ず治す方法」ではなく、困りを小さくするための選択肢だという点です。効果のあらわれ方には個人差があり、どれが合うかは人によって違います。自己判断で抱え込まず、専門家と相談しながら進めるのが安全です。
仕事・就労の場面 — 電話・カミングアウト・配慮
大人の吃音で困りが大きくなりやすいのが、電話や自己紹介、会議など仕事の場面です。避けようと思えば避けられてしまう場面も多く、そこが悩みどころになります。
当事者本人の声(男性・演出家/イベントMC・個人ブログ note)
逃げるのは意外と簡単なんです
小学3年で言葉が出なくなり、思春期には自分の名前も言えず電話対応もできなかった、という筆者の振り返りです。人前や電話を避けること自体は、いつでもできてしまう——という実感を語っています。避けることは一時的には楽でも、社会や仕事の場面での困りは残りやすいものです。成人の吃音への包括的なアプローチは、発話のなめらかさの改善と、社会・仕事上の困難への対処の両方を扱うとされています(P0010)。
出典: 吃音とともに歩んできた振り返り(note・オクアツ)(台帳: V0016)
近年は、吃音を職場に開示(カミングアウト)して、電話の代替手段や発言のしかたなどの配慮を得ながら働く人もいます。何を、どこまで、だれに伝えるかは人それぞれで、正解は一つではありません。無理に開示する必要はありませんが、社会・仕事上の困難への対処も含めて向き合う視点は、成人のアプローチで重視されています(P0010)。
「きっかけ」は狙って作れるのか — 再現できる部分と個人差
当事者の語りを読むと、「自分にも同じきっかけを作れないか」と思うかもしれません。ここは慎重に切り分けたいところです。
共有しやすい(再現しやすい)要素はあります。たとえば、話しやすい環境を整えること、信頼できる人や場面から少しずつ開示すること、専門家に相談することは、多くの人が取り入れられる方向です。成人のアプローチも、発話のなめらかさとつきあい方の両方に働きかけるものとして整理されています(P0010)。
一方で、どんな出来事が転機になるか、いつ変化があらわれるかは人によって大きく異なり、時間や巡り合わせといった、狙って作れない部分も確かにあります。だからこそ「この方法をやれば必ず治る」という断定には注意が必要です。できるのは、困りを小さくする可能性のある選択肢を知り、自分に合うものを、専門家と一緒にためしていくことです。変化は一直線ではなく波があり、良くなったり戻ったりを繰り返しながら進むことも、めずらしくありません。
受診・相談先 — どこに相談すればいい?
大人の吃音を相談できる主な窓口は、言語聴覚士(ST)のいる医療機関や、ことばの教室・相談機関です。話し方への具体的な取り組み(言語訓練)は、言語聴覚士が関わることの多い領域です。不安が強い、気分の落ち込みが続くなど、心の負担が大きいときは、心療内科や精神科での相談も選択肢になります。
どこにかかればよいか迷うときは、まず言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室に問い合わせてみると、次の一歩を案内してもらいやすくなります。なお、大人になって初めて、急にどもりが出はじめた場合は、ほかの要因が隠れていることもあるため、早めに医療機関で相談してください。
大人の吃音への取り組みは、発話再構成法をはじめとする複数のアプローチが知られていますが(P0010)、どれが合うかは人それぞれです。専門家と一緒に、自分に合う方法を選んでいくのが確実です。
「治ったきっかけ」を探すときの3つの落とし穴
落とし穴1 − 誰かの「治った」をそのまま自分に当てはめる
体験談は貴重ですが、その人にとっての「治った」が、症状の消失なのか、気にならなくなったこと(受容)なのかはさまざまです(S0017)。どの意味で語られているかを確かめないまま真似ても、同じ結果になるとは限りません。
落とし穴2 − 「必ず治る方法」に飛びつく
効果のあらわれ方には個人差があり、成人で根拠が確立しているアプローチでも「全員が治る」ものではありません(P0010)。断定的に「治る」とうたう情報には距離を置き、専門家に相談しながら選ぶのが安全です。
落とし穴3 − 変化を記録せず、印象だけで判断する
吃音には波があり、良い時期と出やすい時期があります。日々の状態を記録しておくと、短期の浮き沈みに一喜一憂せず、長い目で変化をとらえやすくなります。相談のときにも役立ちます。
変化を追ううえでは、まず日々の発話や場面ごとの状態を記録して、経過を見えるようにしておくことから小さく始めるのが現実的です。アプリはあくまで記録と継続をたすける道具で、治療の代わりになるものではありません。専門的な取り組みが必要なときは、言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室にご相談ください。
よくある質問
大人になってからでも吃音は治りますか?
「治る」には、どもり自体が減る意味と、どもりは残っても気にならず困らなくなる意味の2つがあります(S0017)。完全に消える人ばかりではありませんが、症状のコントロールや困りの軽減という形の改善は起こりえます。成人には発話再構成(流暢性形成)法などのアプローチがあり、なかでも発話再構成法の根拠が確立しているとされています(P0010)。
大人になってから自然に治ることはありますか?
ひとりでに軽くなる自然回復は、主に幼児期にみられる現象で、回復した子どもは脳の構造変化が正常化していく軌跡を示すと報告されています(P0017)。子どもでは言語の発達の伸びも回復と関連するとされます(P0018)。大人でも加齢とともに気にならなくなる人はいますが、あらわれ方の個人差が大きく、「歳を取れば必ず治る」とは言えません。
「治ったきっかけ」は自分で狙って作れますか?
環境を整える、少しずつ開示する、専門家に相談するなど、多くの人が取り入れられる要素はあります。成人のアプローチは、発話のなめらかさとつきあい方の両方を扱うものとして整理されています(P0010)。一方で、何が転機になるか・いつ変化があらわれるかは個人差が大きく、確実な方法として断定はできません。
大人の吃音は何科に相談すればいいですか?
話し方への具体的な取り組みは言語聴覚士(ST)が関わることが多く、STのいる医療機関やことばの教室が中心的な相談先になります。不安や気分の落ち込みが強いときは、心療内科や精神科も選択肢です。迷うときは、まずSTのいる医療機関やことばの教室に問い合わせてみてください。
大人になって急にどもり始めました。大丈夫でしょうか?
大人の吃音の多くは、子どものころに始まった発達性の吃音が続いているものです(P0017)。ただし、大人になって初めて急にどもりが出はじめた場合は、ほかの要因が隠れていることもあるため、自己判断せず、早めに医療機関で相談してください。
まとめ
- 大人の「治った」には、どもり自体が減る意味と、気にならず困らなくなる(受容)意味の2つがある(S0017)。まずどちらの話かを見分ける。
- 当事者の語りでは、一つの特効薬ではなく、環境・立場・考え方の変化の中で困りが小さくなったと振り返る人が多い(個人の経験であり一般化はできない)。
- ひとりでに軽くなる自然回復は主に幼児期の現象で、脳や言語の発達が関わる(P0017, P0018)。大人では自然な軽減と取り組みによる変化を分けて考える。
- 成人には発話再構成法などのアプローチがあり、根拠が確立しているのは発話再構成法(P0010)。ただし個人差があり「必ず治る方法」はない。
- 迷ったら言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室へ。日々の記録は、長い目で変化をとらえる助けになる。
