まず結論から
- 職場の合理的配慮は、障害者雇用促進法にもとづく事業主の義務です。募集・採用にあたっては、障害者からの申出により、障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならないとされています(同法第36条の2〜36条の4)。
- 起点は「申し出」です。黙っていても自動的に始まる仕組みではありません。
- ただし、事業主に「過重な負担」を及ぼすこととなる場合は、この限りではないと条文に書かれています。無制限の請求権ではありません。
- 吃音の場面で例として挙げられているのは、面接時間を長くする、電話業務を免除するといった措置です。ただし、そのためには吃音の診断書が必要とされることが多いとされています。
- 手帳があると障害者雇用促進法によって障害者枠での就職が可能になり、雇用主には合理的配慮をする義務が生じるとされています。吃音で申請できるのは身体障害者手帳と精神障害者保健福祉手帳です。
ただし、ここに書いたのは2026年8月時点で確認できた公的資料の記述です。制度は改正で動きます(たとえば2024年には改正障害者差別解消法が施行され、学校については国公立だけでなく私立も合理的配慮の提供が義務化されました)。実際に手続きをするときは、必ず最新の情報を窓口で確認してください。また、配慮が制度上求められることと、職場でそれが円滑に運ぶことは別の問題です。
配慮は、申し出から始まる
条文を読むと、この制度のいちばん大事な性質が分かります。募集・採用の場面では「障害者からの申出により」措置を講じる、と書かれているのです。つまり、伝えるかどうかが最初の分かれ道になります。50社以上受けた末に就職した当事者が、この点をこう語っています。
製造業の会社で経理として勤務する男性当事者(自助団体のネットワークが行ったインタビュー・言語聴覚士が聞き手)
吃音のことをカミングアウトするかどうかは、きっと吃音のある人の永遠のテーマだと思います。考え方は人それぞれですし、症状にもよるかなと思いますが。吃音のことを隠して就職しましたっていう人もたくさんいますが、周囲はその人の吃音に気づいていることだってありますし。カミングアウトしたけど、普通に接してくれる人もいるし。その人が置かれた環境に左右されてしまうとは思いますが、会社に入って吃音に配慮してほしいと考えるんだったら、面接のときに吃音のことを話した方が良いんじゃないかと思います。
結論の置き方に注目したいところです。話し手は、まず「永遠のテーマ」だと前置きし、隠して就職する人も、伝えて普通に接してもらえる人もいることを並べます。そのうえで条件を一つだけ付けて結んでいます——会社に入って配慮してほしいと考えるんだったら、面接のときに話した方がよい。カミングアウト一般の是非ではなく、配慮を求めるつもりがあるかどうかで分けている。同じインタビューによれば、この人は大学3年の冬から就職活動を始め、50社以上受けて1次面接を通ったのは片手で数えられる程度で、卒業後にハローワークで見つけた職場に就いています。条文の側も、募集・採用での措置は障害者からの申出によるものだと定めています。
出典: 「吃音と就職活動」吃音当事者へインタビューしてみました#2(北海道吃音・失語症ネットワーク)(台帳: V0003)
厚生労働省の事業主向けページは、雇用の分野での義務を2つに分けて説明しています。ひとつは差別の禁止——募集・採用において障害者でない者と均等な機会を与えなければならず、賃金・教育訓練・福利厚生その他の待遇について、障害者であることを理由に不当な差別的取扱いをしてはならない(障害者雇用促進法第34〜35条)。もうひとつが合理的配慮の提供——募集・採用にあたり障害者からの申出により障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならず、就業後も、均等待遇の確保や能力発揮の支障となっている事情を改善するため、施設整備や援助者の配置などの必要な措置を講じなければならない(同法第36条の2〜36条の4)。
吃音の場面で具体的に何を頼めるのかについては、国内の研究プロジェクトの解説が例を挙げています。障害者差別解消法等により、雇用主は吃音のある人から求められれば合理的配慮をする義務があり、その例として面接時間を長くする、電話業務を免除することが書かれています。ただし、そのためには吃音の診断書が必要とされることが多い、とも添えられています。
伝えたら不採用になった、という現実
ここで、制度の説明だけでは足りない部分に触れておきます。申し出が起点だとしても、伝えたことが不利に働く場面は実際に起きています。看護学部の大学生が、アルバイトの面接での経験を語っています。
大学看護学部に在学中の21歳の男性(障害のある学生の語りを集めたデータベースに収録された逐語録・2021年1月のインタビュー)
バイトが、バイトの面接とかで、なんか吃音、持ってるって話をしたら、やっぱ、それだけが原因か分かんないですけども、バイトで、接客業とかだと、やっぱりなんか吃音の話すると結構、険しい顔されて、それで駄目だったところが結構、何個かあったりとかしたりとか、僕の吃音持ってる友達とかでも、やっぱりなんか、コールセンターとかだとやっぱ採用もらえなかったりだとか、カフェだとかもなかなか厳しいみたいな人が結構、多くて、なんかやっぱり、吃音持ってるってことで、あんまり、それをうれしがらない業種やっぱあるのが、実際のところかなっていうふうに思ってて。
語りの中に、慎重な留保が二度入っています。「それだけが原因か分かんないですけども」。そして「実際のところかなっていうふうに思ってて」。断定はしていません。それでも、伝えたあとに険しい顔をされて駄目だったところが何個かあったこと、友人にもコールセンターやカフェで同じことが起きていることが、具体的に並べられています。同じ逐語録によれば、この人はいま高齢者住宅での配膳の仕事に就いており、そこにたどり着くまでにいくつも不採用があったと述べています。制度が「不当な差別的取扱いをしてはならない」と定めていることと、面接の現場で起きることのあいだには、まだ距離があります。
出典: 障害学生の語り・アルバイト(認定NPO法人ディペックス・ジャパン)(台帳: V0100)
研究の側は、これとは違う方向の結果を出しています。模擬面接を使った実験では、参加者が吃音のある応募者とない応募者の面接動画を見て評価したところ、応募者が面接の冒頭で吃音があることを伝えた場合、吃音のある応募者は吃音のない応募者と同じくらい肯定的に評価されました。伝えなかった場合には差が出ています。また、18件の量的研究をまとめたシステマティックレビューでも、自己開示は全体として好意的な影響が示されたのが18件中15件(83.3%)でした。
ただし、この2つは測っているものが違います。研究が測ったのは、用意された動画を見た人がその応募者をどう評価するかです。実際の採用選考は、評価だけでなく業務の割り振りや人手の事情もふくむ判断で、そのまま同じとは言えません。研究の結果は「伝えると不利になる」という不安を支持していない、というところまでが確かなことで、「伝えれば大丈夫」までは言えません。
配慮を受け取る側の、複雑な気持ち
配慮が実際に働いている職場でも、話はそこで終わりません。自助団体が集めた就労体験記のうちの一つです。
手帳を取らずに一般枠で働いている当事者(自助団体が集めた就労体験記の一件。公開されているのは性別・年代・職種などの属性のみ)
困っていること : 電話業務のある職場で、電話を任せて貰えない時期があった。 今も電話業務のない職場で働いており、配慮されている。 それが嬉しいことでもあり、悲しいことでもある。
ずっとこの環境は続かないので、将来が不安。
同じ「電話業務がない」という状態が、二度違う意味で書かれています。一度目は「電話を任せて貰えない時期があった」——困っていることとして。二度目は「配慮されている」——嬉しいことであり、悲しいことでもある、として。そのあとに続くのは、この環境がずっとは続かないという不安です。同じ体験記には、話す速度を抑えて話していること、吃音のない人でも嫌がる朝礼当番を毎日担当していること、電話業務がないぶん昼の弁当の注文の電話を買って出て弁当当番を担当していることが書かれています。配慮を受けながら、別のところで役割を取りにいく——制度の条文には出てこない部分です。
出典: 就労体験記 No.1〜20(うぃーすたプロジェクト)(台帳: V0099)
条文にも限界が書き込まれています。合理的配慮の提供義務には「ただし、事業主に対して『過重な負担』を及ぼすこととなる場合は、この限りではありません」という但し書きが付いています。何が過重な負担にあたるかは、事業の規模や業務の内容によって変わります。だからこそ、配慮は「決まった内容を請求する」形ではなく、何に困っていて、どういう代わりの手があるかを具体的に出し合う形になります。学校の場面についても、双方の建設的な対話の上に配慮が受けられる、という書き方がされています。
手帳という選択肢 — 取るべきかどうか
合理的配慮を求めるうえで、手帳は必須ではありません。この点について、国内の研究プロジェクトのQ&Aがはっきり書いています。手帳の申請に「すべき」ということはなく、吃音のために就労が困難であるとか、合理的配慮をしてくれないなど、診断書だけでは(障害者差別解消法の枠だけでは)問題が解消できず、手帳が役立つと思われる場合に、個人の考えに基づいて申請するとよい、というのが説明です。
手帳があるとどうなるかも書かれています。障害者雇用促進法によって障害者枠での就職が可能になり、雇用主には合理的配慮をする義務が生じる。吃音で申請が可能な手帳は身体障害者手帳と精神障害者保健福祉手帳の2つです。
それぞれの条件も具体的です。身体障害者手帳は、言語症状が非常に重症で、かつ治療をしても改善が期待できないと判断される場合のみ交付されます。この制度は主に脳卒中による失語症を想定しているため、吃音で身体障害の言語障害に該当する人はごく少数だとされています。一方、小児期からの吃音であれば「発達性吃音」という診断になり、発達障害者支援法によって精神障害者保健福祉手帳の交付対象になります。
手続きの実務も押さえておきます。手帳を取得するには医療機関にかかって医師の意見書を書いてもらい、役所に申請する必要があり、自治体によっては指定の書式があるため市区町村の福祉課の窓口で確認します。発達性吃音の場合、通常は耳鼻咽喉科で診断しますが、言語聴覚士がいて吃音の検査をしている病院でないと診断できないことがあり、リハビリテーション科やその他の科が対応している病院もあります。意見書では、吃音検査の結果と、吃音のためにできないことがあって他人の助けが必要であることを説明する必要があります。ひどくどもっても、筆談などの代替手段や他人の助けなしに自分の発話で生活も仕事も対応できている場合は、交付の対象になりません。
時間の見通しも書かれています。精神障害者保健福祉手帳の場合、初診日から半年以上経たないと意見書を書いてもらえず、その間に治療をして改善するかどうかを確認することになります。有効期限は2年で、2年間治療や訓練で改善がなければ、医師から意見書を再度書いてもらって継続の申請をすることになります。また、言語症状よりも吃音による心理的負担が大きい場合(うつ状態や社交不安障害)は、精神科を受診して、発達性吃音ではなく精神科の病名で精神障害者保健福祉手帳を申請することも可能だとされています。
合理的配慮を求めるときの3つの落とし穴
落とし穴1 − 黙っていても配慮されると思う
条文は、募集・採用にあたって「障害者からの申出により」必要な措置を講じる、と定めています。起点は申し出です。何に困っていて、どうしてほしいのかを具体的に出さないと、相手は動けません。実際、配慮を求めるつもりがあるなら面接で伝えたほうがよい、と当事者も語っています。
落とし穴2 − 「合理的配慮=何でも通る」と読む
条文には「ただし、事業主に対して『過重な負担』を及ぼすこととなる場合は、この限りではありません」という但し書きが付いています。求められるのは、困りごとと代わりの手を具体的に出し合うことで、決まった内容を一方的に請求することではありません。学校の場面でも、双方の建設的な対話の上に配慮が受けられるという書き方がされています。
落とし穴3 − 手帳を「取らないと何もできない」と考える
手帳の申請に「すべき」ということはない、と資料は明記しています。診断書だけでは問題が解消できず、手帳が役立つと思われる場合に、個人の考えに基づいて申請するとよい、というのが説明です。一方で、職場の配慮を求める場面では吃音の診断書が必要とされることが多いとされているので、受診そのものは早いほうが選択肢を広げます。
まずは、どの業務のどの場面で何に困っているかを書き留めておくと、申し出るときにそのまま使えます。診断や意見書が必要になる場面もあるので、記録は無駄になりません。
よくある質問
吃音で職場に合理的配慮を求められますか?
求められます。厚生労働省の説明によれば、事業主は募集・採用にあたり障害者からの申出により障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならず、就業後も能力発揮の支障となっている事情を改善するための措置を講じなければならないとされています(障害者雇用促進法第36条の2〜36条の4)。ただし事業主に「過重な負担」を及ぼす場合はこの限りではありません。
具体的にどんな配慮を頼めますか?
吃音の場面で例として挙げられているのは、面接時間を長くすること、電話業務を免除することです。ただし、そのためには吃音の診断書が必要とされることが多いとされています。学校の場面では、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保が例に挙げられています。何が助けになるかは人によって違うので、困っている場面を具体的に出すところから始まります。
手帳がないと配慮を求められませんか?
手帳は必須ではありません。資料は、手帳の申請に「すべき」ということはなく、診断書だけでは問題が解消できず手帳が役立つと思われる場合に、個人の考えに基づいて申請するとよいとしています。手帳があると障害者枠での就職が可能になり、雇用主には合理的配慮をする義務が生じるとも書かれています。
吃音で取れる手帳にはどんな種類がありますか?
身体障害者手帳と精神障害者保健福祉手帳の2つです。身体障害者手帳は言語症状が非常に重症で、治療をしても改善が期待できないと判断される場合のみで、主に脳卒中による失語症を想定した制度のため該当する人はごく少数だとされています。小児期からの吃音なら発達性吃音の診断となり、発達障害者支援法によって精神障害者保健福祉手帳の交付対象になります。
2024年に何が変わったのですか?
2024年に改正障害者差別解消法が施行され、学校については国公立の学校だけでなく私立の学校も合理的配慮の提供が義務化されました。高校入試や大学入試の面接でも、事前に伝えることで「過重な負担」となる範囲を除いて配慮を受けられるとされています。なお、雇用の分野の義務は障害者雇用促進法にもとづくもので、別の法律です。制度は改正で動くので、手続きの前に最新の情報を窓口で確認してください。
まとめ
- 職場の合理的配慮は障害者雇用促進法にもとづく事業主の義務。募集・採用では「障害者からの申出により」措置を講じるとされ、起点は申し出。
- ただし「過重な負担」を及ぼす場合はこの限りではないという但し書きがある。無制限の請求権ではない。
- 吃音の例として挙がるのは、面接時間の延長と電話業務の免除。診断書が必要とされることが多い。
- 伝えたことで不採用が続いた記録もある一方、模擬面接の実験では冒頭で伝えた応募者は吃音のない応募者と同等に評価された。測っているものが違う点に注意。
- 手帳は必須ではない。診断書だけで解消できないときの選択肢で、身体障害者手帳と精神障害者保健福祉手帳の2つがある。
