まず結論から
- 「吃音」は英語で stutter/stuttering。英国英語では stammering です。脳の研究を見渡した総説は、書き出しで「Stuttering(英国英語では stammering)」と書き添えたうえで、音や音節のくりかえし・引き伸ばし・語の途切れとして定義しています。2つの語は別の症状ではなく、同じものの呼び名です。
- 「英語だと吃音が出ない」という体感は、たしかにあります。この記事でも、英語で話すときは出ないと書いている人の記録を紹介します。ただしそれは研究が確かめた法則ではなく、出方を大きく動かしているのはどちらの言語が優勢か・どれくらい使いこなせるかのほうだとされています。
- 集団としては、むしろ逆の報告があります。26件の研究を統合したメタ分析(複数の研究の結果をまとめて調べる方法)は、二言語で育つ子どもは一言語の子どもより吃音が重く、しかも第二言語のほうで重かったと報告しています。それでも二言語をやめる理由にはなりません——同じ論文は、二言語で育つ子どもの訓練後の改善は大きく、一言語の子どもと同程度だったとも報告しています。
- むしろ実務上の問題は別のところにあります。二言語で育つ子どもは、吃音ではないのに吃音と診断される危険が高くなります。一言語の子ども向けに作られた回数の目安をそのまま当てはめると、そうなります。
- だから、評価はその人が話せるすべての言語で行うべきだという、圧倒的な合意があります。
ただし、ここに挙げたのはどれも「大勢を平均した傾向」です。言語ごとの出方には個人差が大きく、ある研究の平均があなたやお子さんに当てはまるとは限りません。「第二言語なら出ない」も「第二言語では必ず重くなる」も、いまの材料からは言えません。
「吃音」は英語で何と言うか — 語の使い分け
先に、いちばん短く済む話から片づけます。
研究の世界でいちばんよく使われるのは stuttering(名詞)/stutter(動詞)です。脳の研究をまとめた2014年の総説は、冒頭で「Stuttering(英国英語では stammering)」と書き、音や音節のくりかえし、聞こえる/聞こえない引き伸ばし、そして語の途切れによって特徴づけられる発話の障害だと定義しています。つまり stutter と stammer は、指しているものが同じで、使われる地域が違うだけです。同じ総説は、人口の約1%が吃音であるとも書いています。
この使い分けは、辞書の説明としてだけでなく、実際の団体の名乗り方にも出ています。米国の吃音支援団体は自分たちのページで当事者を people who stutter と書き、英国の団体は同じ内容を stammering と書きます。英国の団体のページには「What we do know is that parents don't cause stammering(分かっているのは、親が吃音の原因になることはない、ということです)」という一文があり、ここでも語は stammer のほうです。どちらを使っても通じますが、相手がどちらの英語圏の人かで自然な語は変わります。
もう一つ、混同されやすい語があります。disfluency(非流暢=話の流れがとぎれること)です。これは吃音より広い言葉で、誰にでも起きる言いよどみを含みます。米国の専門職団体の解説は「Typical disfluencies happen to many of us and are not considered stuttering(よくある言いよどみは多くの人に起こるもので、吃音とは見なされません)」と明記し、「えーと」を挟む、単語をまるごとくりかえす、言いかけて言い直す、といった例を挙げています。disfluency があること= stuttering ではありません。
人の呼び方についても、研究や団体の文章には共通の型があります。children who stutter、adults who stutter、people who stutter——つまり「人」を先に置き、「どもる」を後ろに置く言い方です。二つ以上の言語を使う人については bilingual(二言語の)や multilingual speakers(多言語で話す人)が使われます。
発音記号や音声については、この記事では扱いません。手元にある資料が発音表記を持っていないためです。辞書の語釈や例文の引き写しもしていません。日本語の「吃音」という語そのものの読みと呼び名については、吃音症の読み方は「きつおん」にまとめてあります。
「英語だと出ない」——そう書いている人は、たしかにいます
ここからが本題です。まず、この話がどこから来ているのかを確かめる意味でも、実際に「出ない」と書いている人の記録から見ます。否定するために引くのではありません。体感としては、本当にあることだからです。
当事者本人の声(渡英した当事者。以前は劇場の案内係/個人ブログ)
私が英語を学んだのは中学に入ってからのため、バイリンガルの人のように流暢には話せませんが、そのおかげなのか、英語で話すときは吃音の症状は出ません。
「英語だと大丈夫」というケースは他の人にも同じくあるようで、下記サイトにはその要因と考えられることが2つ書いてありました。
小児期に発症し、大人になってからも症状が出ることがあった人が、イギリスに渡ってから書いた記事の一節です。同じ記事には、日本で劇場の案内係として働いていたころ、勤務開始から1年以上が経って仕事に慣れた頃に突然症状が再発したこと、そして最大1,500人近くの客に向けた放送ではどもらなかったのに、終演後に客を見送るだけの場面で「ありがとうございました」が出なくなったことが書かれています。緊張する場面のほうが平気で、気を張らない場面で出た——本人はその順序を不思議なものとして記録しています。そして英語については、流暢に話せないからかもしれない、と自分なりの理由を添えて「出ません」と書いています。この「流暢に話せないほうが楽」という感覚は、研究の側でも、どちらの言語をどれくらい使いこなせるかが出方を大きく左右するという形で扱われています。
出典: 吃音症と第二言語の関係性「いっそ日本語から離れて生活してみる!?」(トラリブ Travel Blog)(台帳: V0378)
では、研究は何と言っているのでしょうか。ここでいちばん大きな材料は、2025年に発表されたメタ分析です。二言語で育つ子どもについて、網羅的に文献を集めて選別したうえで残った26件の研究を統合し、(1)一言語の子どもと吃音の重さが違うのか、(2)第一言語と第二言語で重さが違うのか、(3)二言語であることが訓練の成績にどう影響するのか、という3つを検証しています。
結果は、多くの人が予想する向きとは逆でした。二言語で育つ子どもは、一言語の子どもより吃音の重症度が有意に高かったと報告されています。著者らはその理由として、2つの言語を扱うことによる認知面と発話運動面の負荷の高さを挙げています。さらに重症度は第一言語より第二言語のほうで高く、これはその言語をどれくらい使いこなせるか(習熟度)と、どちらの言語が優勢かを映していると述べています。
ただし、この論文自身が但し書きを付けています。「二言語であること」の定義も、重症度の測り方も研究ごとにばらばらで、そのため比較には限界がある、というものです。「集団の平均としては逆の報告がある」までは言えますが、「あなたにも出る」という話ではありません。
その一文を信じて、外国語で生きることを選んだ人
「英語だと吃音は出ない」という言い方は、どこかから供給されています。実際にその一文を読んで、進路を決めた人がいます。
当事者本人の声(東南アジア在住の30歳。インドネシア語で暮らしている/個人ブログ)
そして言葉を話し始めてから今に至るまで『吃音症』があります。
学生時代読んだある本に「英語を話す時は吃音は出ない。」なんていう言葉を見て、
と思い、外国語を話して生きていこうと思いました。
私はインドネシア語を勉強しましたが、吃音は果たしてどうなのか?
東南アジアで暮らす書き手が、自分のブログの冒頭に置いた一節です(3つ目の段落の前には画像が入っており、文はそこをまたいで続いています)。英語を選ばなかった理由は「英語がまるでできなかったから」だと本人が書いています。そして記事の終盤で、書き手は自分に問いを立て直します。「【外国語で吃音は出ないのか?】」——その答えとして書かれているのは、「結論から言うと吃音はでます!」という一行でした。続けて「でも、人それぞれです。吃音が出る人もいればでない人もいるんでしょうね。」とも書いています。学び始めは語彙が少ないので言い換えという逃げ道が使えない、勉強していくうちに回避する術は身につけられる、とも記されています。本を読んで移り住んだ本人が、数年後に自分の言葉で「人それぞれ」と書き直している——ここがこの記録のいちばん重いところです。
出典: 外国語で吃音は出ないって聞いたんだけど、それって本当?(Reoworldblog)(台帳: V0334)
「人それぞれ」という言い方は、研究の側の言葉に直すと「個人差が大きい」になります。吃音のないバイリンガルの子ども18人の発話を、英語とスペイン語の両方で分析した研究は、結果を報告したうえでわざわざこう断っています。この研究が示したのは集団の傾向であって、個人差は存在する、と。実際、大半の子はスペイン語のほうで言いよどみが多かったのですが、英語のほうで多い子も何人かいましたし、2つの言語の差が他の子より大きい子もいました。
だからこの研究は、言いよどみの頻度と種類だけを根拠に、二言語で育つ子どもが吃音かどうかを判断することには慎重であるべきだ、と結論しています。「この言語なら出る/出ない」を、人をまたいで当てはめられる法則として書いている資料は、手元にはありません。
逆に、「英語のときだけ出る」人もいます
「英語だと出ない」という話が先に広まっているせいで、そうならない人が自分を異常だと思ってしまうことがあります。順番としては、こちらの記録も同じだけの重みで並べる必要があります。
当事者本人の声(世界を旅している当事者/個人ブログ note)
そして面白いことに吃音、英語だけなんですよね。
日本人宿を利用した時に出会った日本人や日本にいる家族や友人に電話するときはもちろん日本語で会話するのですが、日本語だと吃音にならないんです。
きっと声や喉の問題ではなく気持ち的な問題なんだろうと思います。笑
世界を旅している書き手が、日本を出てしばらく経った頃の自分について書いた備忘録です。同じ記事には、宿・レストラン・空港といった会話が避けられない場所でうまく伝えられず、相手に「は?」という顔をされてしまうこと、現地の人と仲良くなる以前に話ができないので正直かなり致命的だ、という記述が並んでいます。ここで起きているのは、前の2つの記録とちょうど逆の現象です。母語では出ず、第二言語でだけ出ている。そして本人は、それを喉の問題ではなく気持ちの問題だろうと考えています。研究の側は、この向きの現象も想定の内側に置いています。
出典: 【番外編】海外に出て吃音症になった話(よしゆの備忘録)(台帳: V0331)
先ほどのメタ分析が「第二言語のほうで重い」と報告していたことを思い出してください。集団の平均としては、この人の感じ方のほうが報告と同じ向きです。
では、何が出方を決めているのでしょうか。総説は、近年の系統的レビュー(条件を決めて研究を集め、まとめて評価する方法)を引きながら、どちらの言語が優勢か、どれくらい使いこなせているかが、言いよどみの特徴を大きく決めているとし、一方で言語の文法や音の仕組みそのものの影響は、積み重なった証拠による裏づけが弱いと述べています。つまり「英語という言語だから」ではなく、「その言語をどれくらい使えるか」のほうが効いている、という整理です。
ただし、これも一枚岩ではありません。先ほどの18人の研究は、吃音のない子どもたちが、どちらの言語が得意かにかかわらずスペイン語のほうで有意に多くの言いよどみを出したと報告し、優勢な言語よりも「いま話している言語そのものの性質」のほうが効いているのかもしれない、と論じています。研究どうしでも、まだ答えが一つに揃っていない論点です。
「英語なら大丈夫」が、時間とともに崩れることがあります
もう一つ、どこにも書かれていない話があります。「英語なら出ない」という気づきは、それが正しかった人にとっても、ずっと続くとは限りません。
当事者本人の声(20代・中学校の英語教員。留学中の記録/個人ブログ note)
私がダンスのスタジオに入っていくと、一人のタイ人の学生が話しかけてくれました。
What is your name?
留学に来てから自己紹介する機会は何度もあるので、慣れていました。
しかし。
I'm ………
私の下の名前の頭文字は「な」なのですが、この「Na」を発することができなかったのです。
息が詰まって胸が苦しくなる感覚。中学校入学以来でした。約10年ぶりの経験でした。正直びっくりしました。
中学校で英語を教えている20代の書き手が、留学生活2週間あたりの出来事として書いた記録です。この人は小学生のころに症状で苦しみ、中学校に上がると同時に一気に軽くなって、家族との会話以外ではほとんど問題なく話せるようになっていました。言いにくい言葉は別の言葉に言い換える、あるいはそもそも発言しない——そうやって10年近くをやり過ごしてきたところに、留学先の自己紹介で自分の名前が出なくなりました。同じ記事には、ア行・ナ行・マ行・ラ行が特に言いづらいという本人の自己観察も書かれています。「慣れていました」と書いた直後に「しかし。」が来る——場面に慣れることと、詰まらないことは別だった、という順序がそのまま残っています。言語の使用歴が症状の出方に関わることは、診断の場面でも考慮すべき項目として挙げられています。
出典: 留学中に再発した「吃音」(なっさん)(台帳: V0375)
ことばの使用歴が言いよどみに関わることは、総説も別の角度から書いています。ことばを急速に学んでいる時期に、言い直し・「えーと」のような埋め合わせ・沈黙といった誰にでもある言いよどみが増えるのと同じように、受け継いだ言語を使わなくなって失っていく時期にも、言いよどみが増えるという証拠があるとされます。増える向きも減る向きも、「その言語をいまどう使っているか」と一緒に動く、という描像です。
もっとも、その総説は自らこう断ってもいます。ここまでまとめてきた知見の大半は、一つの言語だけを話す人、それも多くは英語を話す人から得られたものだ、と。どの語でどもりやすいかを調べた古典的な研究も大半は英語で行われ、カンナダ語・アラビア語・韓国語などいくつかの言語で確かめられているにとどまります。日本語を母語とする人が英語を話すときにどうなるか、を正面から調べた研究は、手元にはありません。
「二言語で育てたせいではないか」という自責
ここから、質問者が本人ではなく保護者に変わります。海外で子育てをしていて、子どもに吃音が出た。真っ先に浮かぶのは、自分が選んだ環境のせいではないか、という疑いです。
保護者の声(オーストラリア在住の母。長男に吃音がある/個人ブログ Ameba)
さらに、まだまだ彼の吃音に改善が見られず、
それについても焦る気持ち。
そして、常に気になるのが、
バイリンガルだから、吃音になっているんじゃないか…
日本語も勉強しているから、それが負担になって、吃音が治らないのか…
オーストラリアで暮らす母親が、長男の様子を書き続けている記事の一節です。じつはこの疑いについて、本人はすでに答えをもらっています。通っているスピーチセラピーの担当者から、バイリンガルだからといってそれが原因で吃音になるという報告はない、と説明されているのです。それでも文章は「言ってはいるものの」と続き、自分が厳しすぎるのか、息子に負担をかけているのかと問い直したまま、毎日毎日そんなことばかり考えている、と結ばれます。同じ記事には、家庭で毎日10分ほどの日本語学習を続けていることや、担任がこれまで長男ほどの吃音のある生徒を教えたことがなく、自分で吃音について調べてくれていることも書かれています。専門家から説明を受けたことと、疑いが消えることは別だ——その順序がそのまま残っています。この疑いは、じつは研究の側でも正面から扱われてきた論点です。
出典: 吃音とバイリンガル(ブリズベン生活、始まったよ!)(台帳: V0377)
この母親が抱えた疑いと、ほとんど同じ内容の提言が、かつて研究として出されたことがあります。二言語に触れる子どものほうが発症と持続の危険が高いように見えると報告した研究が、「家庭で英語以外の言語を使っているなら、英語を学ぶ時期を遅らせたほうが、吃音が始まる可能性は減り、のちの回復の見込みは上がる」と結論したのです。
これには、はっきりした反論が返っています。別の研究者らは「二言語であることは贈り物である。したがって、保護者に別の言語への接触を遅らせるよう促すような提言は、相当な証拠に支えられていなければならない」と述べました。この論文は、先の提言について、少なくともいくつかの重大な交絡(結果を取り違えさせる要因)を考えたうえで慎重に検討する必要がある、と書いています。
では現在の材料はどうか。冒頭の26件のメタ分析は、二言語であることは吃音の重症度を、とくに第二言語で高めると報告する一方で、訓練の成功を妨げるわけではないと明記して結論しています。生まれたときから2つの言語に触れてきた30か月の子ども53人を調べた研究に至っては、この子たちの言いよどみは、同じ年ごろの一言語の子どもより少なかったと報告しています。その研究の著者らは、より思弁的な説明だと断ったうえで、二言語で育つことが早い時期の流暢さにとって何らかの守りになっているのかもしれない、という可能性まで挙げています。「二言語をやめれば楽になる」と言える材料は、少なくとも手元にはありません。
見落とされやすい問題 — 吃音でないのに、吃音と診断されやすい
「二言語だと吃音になるのか」という問いの陰で、もっと実務的な問題が起きています。吃音ではない子どもが、吃音と判定されてしまうほうです。
総説ははっきり書いています。世界の人口の半分以上が2つ以上の言語を話すため、言語聴覚士(ことばと聞こえの専門職)は二言語を使う子どもや大人の吃音に必ず出会う、という前提を置いたうえで、二言語であることは、吃音でないのに吃音と診断される子どもの危険を高めるとしています。二言語の子どもは、言い直しや間といった誰にでもある言いよどみの割合が高くなりやすく、それは2つ以上の言語でことばを組み立てることの負荷によるのかもしれない、とも書かれています。
これを実際に測った研究があります。「吃音ではない」ことを三重に確かめた二言語(スペイン語と英語)の子ども18人に物語を語らせ、一言語の英語話者向けに作られた目安をあえて当てはめてみる、という設計です。結果はこうでした。
- 一言語の話者なら吃音らしいとされる行動の頻度が、18人中14人で目安(100語あたり3回)を超えていた。その平均は3%から22%まで幅があった
- 言いよどみ全体の頻度も、18人中13人が、少なくとも一方の言語で100語あたり10回を超えていた
- それでいて引き伸ばし(聞こえるものも聞こえないものも)は、一人も出さなかった
- くりかえしがまとまって出る現象も、2人で一度ずつしか起きなかった
この研究の結論は、「一言語の英語話者向けの頻度の目安は、二言語の話者には低すぎると考えられる」というものでした。参加した子どもは全員が普通に流暢な話し手だったにもかかわらず、全員が、一言語の英語話者なら吃音の指標とされる頻度の言いよどみを出していたのです。したがって臨床家は、吃音でない二言語の話し手にも言いよどみが多く出ると見込んでおくべきであり、一言語向けの目安を当てはめれば吃音の「偽陽性」(ほんとうは違うのに、そうだと判定してしまうこと)を招きやすい、と述べています。
では何を見ればよいのか。この研究は、単一の音節でできた語のくりかえし(「I、I、I went」のような形)が頻度を大きく押し上げるため、非典型なタイミングと力みを伴って出されたのでなければ、吃音の頻度の計算に入れるべきではないと提言しています。一言語の英語話者ではくりかえしが3回以上あると吃音の指標とされますが、この研究の子どもたちの平均は4〜6回でした。それでいてリズムにも力みにも非典型さは無かったのです。回数ではなく、リズムと力みを見る——これがこの研究の実用的な提案です。
同じ向きの注意は、総説にもあります。一言語の子ども向けに作られた目安をそのまま当てはめるのではなく、力み(緊張)・リズムの乱れ・音の引き伸ばしといった、吃音に伴って現れる他の様子を見るほうが適切だとされます。30か月の子ども53人を調べた研究も、一言語の基準値は二言語の子どもの言いよどみを言い表すのにふさわしくない、と同じ結論に達しています。
海外で、あるいは帰国してから相談するときに求めること
ここまでの話は、そのまま「相談のときに何を求めればよいか」に変わります。
多言語で話す人の吃音をどう診断するかについて、53本の論文から推奨を集めて整理した系統的レビューがあります。出発点になっている問題意識は、多言語で話す人の吃音を診断するための決定版の手引きは存在せず、一言語を前提にした診断基準では誤った判定につながりうる、というものです。推奨は3つに分かれました。
- 言いよどみの性質——吃音の型と頻度に加えて、過剰な筋の緊張や、体に伴って出る動きまでを、話せるすべての言語で評価する
- 診断の手順——生育歴に加えて、それぞれの言語をいつからどれくらい使ってきたか(言語の履歴)、どれくらい使いこなせるか(習熟度)、どちらが優勢かを考慮する
- 補助のデータ——多言語で話す人向けに作られた、標準化された評価を使う
このレビューがとくに強調しているのが1つ目です。吃音は話せるすべての言語で評価すべきだという、圧倒的な合意があったと書かれています。そして、難発や引き伸ばしといったリズムを欠く発声と、過剰な力み・まばたき・顔をしかめる・首を振るといった随伴する行動があると、診断の正確さが上がるとしています。
同じことは、別の研究の臨床への示唆にも出てきます。「典型的なバイリンガルの子どもというものは存在しない」——受ける入力の量と質、その言語を話してきた期間、各言語での得意不得意が一人ひとり違うからです。だから評価も支援も両方の言語で行うことが重要で、最も意味があるのは、各言語での強みと弱みを記述し、それが流暢さにどう関わるかを見ることだ、と述べられています。18人の研究も、得意なほうの言語だけ、あるいは相談する側とされる側に共通する言語だけでサンプルを取るのは、診断上ふさわしい選択ではないとしています。
つまり、相談の場で伝えるべきことは決まっています。どの言語を、いつから、どれくらい使ってきたか。どちらの言語のほうが楽か。どちらの言語で、どんな場面で詰まるか。そして、詰まるときに体に力が入るか、まばたきや顔の動きが出るか。この4つは、いずれも推奨の中に名指しで入っています。
日本国内の相談先は、年代で分かれます。日本吃音・流暢性障害学会の解説によれば、子どもの場合は小児を扱う言語聴覚士や、ことばの教室の教員に相談します。本人が治療を希望する場合は、言語聴覚士による発話訓練を受けるという選択肢があり、発話訓練だけで症状が改善しない場合や不安が強い場合には、カウンセリングや心理療法が役立つこともあるとされています。大学生は発表などで配慮を求めたり、就職活動の負担が多いときに学生相談室でカウンセラーに相談したりすることが有効で、社会人は上司や同僚に相談することで職場の配置や電話業務などの配慮を得られることがあります。ただしその際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出が求められる場合があります。
海外の医療機関でどう伝えるかについての英語のフレーズ集は、この記事には載せていません。手元の資料にその材料が無いためです。実際の言い方は、渡航先の吃音の当事者団体や、現地の言語聴覚士に直接尋ねるのが確実です。
「英語と吃音」で調べるときの3つの落とし穴
落とし穴1 −「英語だと出ない」を、自分にも当てはまる約束として受け取る
出ないという体感は本当にあります。この記事でも紹介したとおりです。けれども、それを法則として受け取ると、そうならなかったときの落差が大きくなります。集団の平均としては、二言語で育つ子どもは一言語の子どもより吃音が重く、しかも第二言語のほうで重かったという報告があります。「出ない」も「重くなる」も、どちらも一人ひとりの見通しではありません。進路や住む場所を、この一文だけで決めないでください。
落とし穴2 −「英語のときだけ出る自分」を、おかしいと思う
むしろ研究の報告の向きは、第二言語のほうで重いというものです。言いよどみの特徴を大きく決めているのは、どちらの言語が優勢か・どれくらい使いこなせているかだとされ、言語の構造そのものの影響については裏づけが弱いとされています。母語では出ないのに第二言語で出るのは、報告と食い違う現象ではありません。
落とし穴3 −「二言語をやめれば治る」と考える
かつて「英語を学ぶ時期を遅らせよ」という提言が研究として出され、それに対して「二言語であることは贈り物であり、そうした提言は相当な証拠に支えられていなければならない」という反論が返っています。現在の材料では、二言語であることは重症度を高めるとされる一方で、訓練の成功を妨げるわけではないとされています。30か月の子どもを調べた研究では、二言語の子どものほうが言いよどみが少なかったという報告さえあります。やめる根拠にはなりません。
そして、どの落とし穴も「その日の印象」で判断すると起きやすくなります。言語ごとの出方は、場面によっても時期によっても動きます。どちらの言語で、どんな場面で、どのくらい詰まったか。体に力が入っていたか——この4つを、期間をとって記録しておくと、相談のときにそのまま使えます。相談の推奨が求めているのは、まさにこの種類の情報だからです。まずは記録から小さく始め、言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合はそちらが確実です。
よくある質問
「吃音」は英語で何と言いますか?
stuttering(名詞)/stutter(動詞)です。英国英語では stammering/stammer が使われます。米国の吃音支援団体は当事者を people who stutter と書き、英国の団体は stammering と書いています。別の症状を指しているわけではなく、同じものの呼び名です。なお disfluency(非流暢)はもっと広い言葉で、誰にでも起きる言いよどみを含み、それ自体は吃音とは見なされません。
「英語だと吃音が出ない」というのは本当ですか?
そう感じている人は実際にいます。この記事でも、英語で話すときは症状が出ないと書いている当事者の記録を紹介しました。ただし、それを誰にでも当てはめてよいと言える研究の裏づけは手元にありません。むしろ26件の研究を統合したメタ分析は、二言語で育つ子どもは一言語の子どもより吃音の重症度が高く、第一言語より第二言語で高かったと報告しています。体感としての「出ない」と、集団の平均としての報告は、いま食い違っています。
私は英語のときだけ症状が出ます。おかしいのでしょうか?
おかしくありません。報告の向きとしてはむしろそちらが自然です。近年の系統的レビューは、どちらの言語が優勢か・どれくらい使いこなせているかが言いよどみの特徴を大きく決めており、言語の構造そのものの影響は裏づけが弱いとしています。一方で、優勢な言語よりも「いま話している言語そのものの性質」のほうが効いているのかもしれない、と論じる研究もあり、まだ答えが一つに揃っていない論点です。
バイリンガル環境で育てたことが原因でしょうか。やめたほうがいいですか?
やめる根拠にはなりません。かつて「英語を学ぶ時期を遅らせよ」という提言が出されましたが、「二言語であることは贈り物であり、保護者に別の言語への接触を遅らせるよう促す提言は相当な証拠に支えられていなければならない」という反論が返っています。メタ分析は、二言語であることは重症度をとくに第二言語で高めるが、訓練の成功を妨げるわけではないと結論しています。生まれたときから2つの言語に触れてきた30か月の子ども53人を調べた研究では、一言語の子どもより言いよどみが少なかったとも報告されています。
二言語で育っている子が吃音かどうか、何を見ればいいですか?
回数だけで判断しないことです。一言語の子ども向けに作られた目安をそのまま当てはめると誤った判定につながるとされ、代わりに力み(緊張)・リズムの乱れ・音の引き伸ばしといった、吃音に伴って現れる様子を見るほうが適切だとされています。吃音でない二言語の子ども18人を調べた研究では、引き伸ばしを出した子は一人もいませんでした。判断そのものは専門職の仕事なので、気になるときは言語聴覚士やことばの教室に相談してください。その際、評価は話せるすべての言語で行うべきだとされています。
まとめ
- 「吃音」は英語で stutter/stuttering、英国英語では stammering。別の症状ではなく同じものの呼び名で、米国の団体は stutter、英国の団体は stammer を使っている。disfluency はもっと広く、誰にでもある言いよどみを含む。
- 「英語だと出ない」という体感は実在するが、集団としては逆の報告がある。26件のメタ分析は、二言語で育つ子どもは吃音が重く、第一言語より第二言語で重かったとしている。どちらも一人ひとりの見通しではない。
- 出方を大きく決めているのは、どちらの言語が優勢か・どれくらい使いこなせているかで、言語の構造そのものの影響は裏づけが弱いとされる。ただし「話している言語そのものの性質」を挙げる研究もあり、まだ揃っていない。
- 二言語をやめる根拠は無い。訓練の成功は妨げられず、30か月の子どもでは一言語の子どもより言いよどみが少なかったという報告もある。「英語を学ぶ時期を遅らせよ」という提言には明確な反論が返っている。
- 実務上の問題は誤って吃音と判定されること。一言語向けの目安は二言語の話者には低すぎるとされ、回数ではなくリズムと力みを見る。評価は話せるすべての言語で行うべきだという圧倒的な合意がある。迷ったら言語聴覚士やことばの教室へ。
