まず結論から
- 大人の吃音のうち、多くは子どものころから続いているものです。成人の吃音は約0.96%(100人に1人ほど)と推定され、その内訳のうち大人になって始まったものは、表に出ている分が0.10%、隠している分が0.05%にとどまります。
- それでも、大人になってから症状が出ることはあります。脳卒中や頭のけがなどのあとに起きるもの、心理的な出来事のあとに起きるものがあるとされ、薬の副作用で出ることもあります。急に始まったときは様子見にせず、医療機関に相談してください。
- 成人でもっとも確かな裏づけがあるのは、話し方そのものを組み立て直していく訓練です。吃音との付き合い方に取り組む方法は広く行われていますが、裏づけはそこまで強くないとされています。
- 薬による治療は「行うべきでない」とドイツの診療指針が述べており、しかもそう判断した根拠は強い部類に置かれています。米国では、2020年の総説の時点で吃音の治療のために承認された薬はないとされています。
- 相談・支援の中核を担うと期待されているのは言語聴覚士で、病院のリハビリテーション科や耳鼻咽喉科などに勤めていることが多いとされます。ただし全員が吃音を扱っているとは限らないため、事前の問い合わせがすすめられています。
ただし、ここに挙げたのは集団を対象にした研究や指針の話で、あなた一人の見通しを決めるものではありません。吃音には調子のよい時期と悪い時期の「波」があり、それぞれが数週間から数か月続く人も多いとされています。
大人の吃音とは — 「どもって、困る」の2つで見る
吃音とは、ことばを口に出そうとしたときに、最初の音や途中の音がつかえて出てこない、同じ音が何度も出てしまう、音がのびてしまう——そうした形で、なめらかに話せなくなる状態を指します。話し方に特徴的にあらわれるのは、次の3つです。
- 音の繰り返し(連発):例「か、か、からす」
- 引き伸ばし(伸発):例「かーーらす」
- ことばを出せずに間があいてしまう(難発、ブロック):例「・・・・からす」
大人になると、この3つのうち難発(最初の音が出しにくくなる症状)が中心になるとされています。学会の解説は、中高生では部活動や入学面接、大学生ではゼミの発表や就職活動、社会人では職場の電話応対が、話しにくさを感じやすい場面として挙がると書いています。また、なんとか声を出そうとして顔面や身体に力が入り、必要のない体の動きが出ることがあります。これは「随伴症状」と呼ばれます。
そしてもう一つ、大人の吃音を考えるうえで欠かせない見方があります。吃音ポータルサイトは、吃音を 「どもること」と「そのために困ること」の2つが重なったもの としてとらえ、問題の大きさを決めるのは主に後者のほうだと述べています。どもり自体が多くても本人が困っていなければ問題は大きくならず、逆にどもりが目立たなくても本人が強く気にしていれば問題は大きくなる、という考え方です。同サイトが「困ること」として並べているのは、恥ずかしさ、言いたいことを言えないもどかしさ、からかわれたり特別扱いされたりすること、緊張や不安、話すのを避けてしまう行動、就職や結婚をめぐる悩み、落ち込みや自信の低下——の7つです。
この見方のもとになっているのは、アメリカの研究者ウェンデル・ジョンソンが、吃音の問題を立方体の体積になぞらえて表そうとした試みです。吃音の言語症状(X軸)、それに対する周囲の反応(Y軸)、そしてXやYに対する本人の反応(Z軸)——この3辺をかけ合わせたものとして考えるやり方です。同サイトはこのモデルからありうる例を挙げていて、例1は、言語症状(X軸)自体は目立たないのに、周囲の反応(Y軸)のほうが大きいもの。例2は、X軸もY軸も目立たないのに、本人の反応(Z軸)だけが大きいもの、とされています。
「大人になって、急に」始まることはあるのか
大人の吃音を調べる人の多くが、まずここでつまずきます。吃音は子どもの症状として説明されることが多く、「大人になってから始まった自分は何なのか」に答えてくれる記述が見つからないからです。
当事者の声(40代男性・30代半ばに獲得性吃音/元営業職・岡山言友会の例会参加者の声)
私は発達性吃音はなかったのですが、30代半ばより、脳の疾病や精神的・心理的な問題によって獲得性吃音となり、よきパートナーとして付き合っています。
自助グループの例会に集まった人たちが、その月に話したことを書き残すページの一つです。この人は営業職として成績を残し、話すことに自信を持っていたところから、いきなり声を失う時期を経て、話せるまで回復したあとに吃音が残ったと書いています。同じ文章のなかで、大人でも吃音が一生治らないと知ればこれほど衝撃が大きいのだから、子どもならどうなるだろうか、と続けています。こうした「大人になってから始まる吃音」は、幼児期に始まる吃音とは分けて考えられてきました。
出典: 例会参加者の声(岡山言友会)(台帳: V0109)
整理すると、吃音は大きく2つに分けられます。低年齢から始まる発達性吃音と、それ以外の獲得性吃音です。そして吃音の9割以上は発達性吃音だとされています。獲得性吃音の原因としては、脳腫瘍・脳の外傷・脳卒中など脳に損傷を受けて起きる「神経原性吃音」があり、成人してからは心理的な原因によって生じることもあります。薬剤の副作用で出ることもあるとされています。
数のうえでは、大人になって始まった人は少数派です。成人の吃音の割合を計算しなおした研究は、全体を0.96%(推定の幅は0.65〜1.44%)とし、その内訳を、表に出ている吃音0.63%(子どものころ発症0.53%・大人になって発症0.10%)と、隠している吃音0.33%(同0.28%・0.05%)に分けています。
では、大人になって始まった吃音は、脳の問題なのか心の問題なのか。ここは、はっきりさせにくい領域です。脳の損傷のあとに現れた吃音を扱ったレビューは、話し方の聞こえ方だけを手がかりに神経原性か心因性かを見分けるやり方は、信頼できないことが示されていると述べています。同じレビューは、症例報告に記録された病巣が、左右の大脳のすべての部分(各葉)、小脳、脳の深いところにある神経の通り道(深部白質)などに広く散らばっており、獲得性吃音は神経系の一か所の損傷と対応づけられていないとも書いています。
さらに、神経の損傷がはっきりせず、それまで心因性の吃音の特徴とされてきたものにも当てはまらない成人発症の例(4例)を調べた研究があります。この4例の話し方の特徴は発達性吃音と有意な差がなく、脳の神経の通り道(白質)の所見も、右側にある通り道(右上縦束)で発達性吃音と似た傾向を示しました。著者らは、原因のはっきりしない吃音の症状が大人になってから始まることもありうると示唆される、という書き方で結論づけています。4例という小さな報告であることも押さえておいてください。
いずれにせよ、大人になって始まる吃音の原因として挙げられているのは、脳腫瘍・脳の外傷・脳卒中といった脳の損傷や、心理的な原因、薬剤の副作用です。背景に体の病気がないかを確かめる意味でも、急に始まったときは様子見だけにせず医療機関に相談してください。どこに相談するかは、あとの「どこに相談すればいいのか」の節でまとめます。
100人に1人のはずなのに、周りに見当たらない
「吃音は100人に1人」という数字を見たあとで、多くの人が同じ違和感を持ちます。自分の職場にも学生時代にも、それらしい人はいなかった、と。
当事者の声(吃音当事者「ぽん」/文春オンラインのインタビュー)
ぽん 試行錯誤の結果、症状を上手に隠せる人も多いし、吃(ども)る度合も頻度も個人差があるからだと思います。身近にいても吃音者の僕でさえ気付かないこともざらです。
アメリカ大統領が吃音に苦しんだ過去を持つことが日本でも話題になったのをきっかけに組まれたインタビューです。語っているのは、自分も工夫で吃音を隠してきたという当事者です。同じインタビューでは、言いそうだと思った瞬間に言いやすいことばへ置き換える、「えーと」と考えているふりをして時間を稼ぐ、といった具体的な手も語られています。学会の解説も、言いにくい単語を言い換えるなどの工夫によって吃音は目立たなくなる一方、吃音が出ないかを日々警戒しながら生活することになるため、ストレスや悩みを抱え込みやすくなると書いています。
出典: バイデンの告白で話題に…「就活の面接、時間内に名前を言うのがやっと」光が当たらない“吃音”のリアル(文春オンライン)(台帳: V0129)
この「見えなさ」は、数字の側からも推定されています。成人の吃音を計算しなおした研究は、隠している吃音を0.33%と見積もりました。表に出ている0.63%と合わせて0.96%です。この0.33%を0.96%と比べると、およそ3分の1にあたります。推定のうえでは、大人の吃音のおよそ3分の1が、周囲から見えない形で存在しているという計算になります(「3分の1」は報告された2つの値をこちらで比べたもので、原典にその表現があるわけではありません)。ただし著者らは、隠している吃音は過大に見積もられている可能性があり、その多くはごく軽度かもしれないとも注記しています。
同じ著者らによるもう1本の報告は、条件を決めて研究を集め、質の基準を満たした3件から成人の吃音の割合を0.6〜0.7%と見積もっています。この報告は、隠している吃音は過小に見積もられている可能性が高いとしたうえで、その分を補正しても、広く受け入れられている「成人の1%」という推定を超えることはなさそうだとも述べています。
数字が0.6%なのか0.96%なのかは、測り方によって動きます。読者にとって大事なのはそこではなく、「見当たらない」は「いない」ではないということのほうです。隠していた人が数のうえで一定数いると推定されている、という事実が、いま隠している人にとっての足場になります。
仕事の場面 — 電話、あいさつ、そして自分の名前
大人の吃音で、いちばん切実に問題が立ち上がるのは職場です。決まった言葉を、決まった場面で、決まったタイミングで言わなければならない場面が集中しているからです。
当事者の声(37歳・ファーストフード店勤務を経て現職/note)
接客の場面では、「いらっしゃいませ」の最初の「い」が喉につっかえて出てこない。やっとの思いで絞り出せても「ぃ、ぃ、ぃ、ぃらっしゃいませ…」と震える声になる。それが無理な時は、とっさに「お待たせいたしました」から会話を始めるなど、常に言葉を言い換えることで、なんとかその場を乗り切っていました。
ファーストフード店でアルバイトをしていたころを振り返った文章です。この書き手は同じ記事で、それでも人と接することが好きだったこと、社内の接客コンテストで入賞した人のところへ助言を求めに行き、商品を自分で食べに行って魅力を語れるよう知識を蓄えたことを書いています。そして現在は、続かなかった仕事が1年2か月続き、新人研修を任されるまでになったとも記しています。回避や言い換えは、その場をしのぐ手であると同時に、最も生活を妨げる部分になりうる——成人の吃音治療をまとめた総説は、そう指摘しています。
出典: 「声が出なくても、未来は変えられる」ー前編(note・りゅーたん)(台帳: V0103)
この総説は、話しにくさが強く出る場面として、電話で話すこと、自分や誰かを紹介すること、目上の人と話すことを挙げています。そして、言いにくい語を避ける・つらい場面を避ける・過去に強くどもった相手を避けるといった行動が積み重なると、社会的・職業的な参加そのものが減ることがあると書いています。日本の学会の解説も、社会人では職場の電話応対が難しさを感じやすい場面だとしています。
この不利は、数字としても測られています。米国の全国規模の追跡調査を分析した研究は、人口統計や併存する状態を統計的に調整したうえで、吃音のある人とない人の年収の差を男性で7,627ドル、女性で7,154ドルと推定しました。さらに同じ回帰分析では、吃音のある男性は、働いている・仕事を探している人にあたる割合が8.1%低いという結果も出ています。また、別の統計手法(傾向スコアマッチング)による分析では、吃音のある女性が学歴に見合わない仕事に就いている割合が23.2%高いとされています。この2つは推定のしかたが違うので、同じ物差しの数字として並べて読むことはできません。
ただし、この研究の著者自身が最大の歯止めを置いています。観察されない要因の影響は、こうした相関の研究につきまとう脅威であり、この結果をもとに吃音と労働市場の結果のあいだに因果関係を読み取ることには慎重であるべきだ、というものです。「吃音があるから収入が下がる」と読む数字ではありません。
働く側が取れる手も、制度として用意されています。日本では2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な言動・扱いは禁止されており、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長といった合理的配慮を求めることができます。ただし、その際に医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出を求められる場合があります。ドイツの診療指針も、学校や職場での不利益を補う配慮——口頭試験での時間延長や機器の使用など——を挙げています。
どこに相談すればいいのか
「何科に行けばいいのか」は、大人の吃音で最も答えの見つかりにくい問いです。窓口が一つに決まっていないので、たどり着くまでに時間がかかることがあります。
当事者の声(研究職/NPO法人日本吃音協会のメディアに寄せられた手記)
実はそれが起こる数か月前から、私は心療内科に通うようになっていたため、すぐに主治医にそのことを話しました。
話したといっても、言葉は相変わらずでした。何を喋ろうと吃らずに喋ることなど不可能な状態でした。
主治医の先生は薬の影響かもしれないということで、処方されている薬の1つを変えてくれました。
しかし、結果は変わりませんでした。
ある時、主治医の先生が私に静かに言いました。
「私は吃音の専門家ではないので、耳鼻咽喉科に診てもらってください。」
幼いころから吃音があり、年齢を重ねるにつれて言葉が出てこないことが増えたという人が、会議で話し始めたとき語頭の繰り返しが止まらなくなった日を軸に書いた手記です。この人はこのあと、以前かかっていた耳鼻咽喉科でも「私も吃音は専門外なんだ」と言われ、そこから紹介を受けて、3か月の予約待ちののちに特急列車で別の都市の吃音外来へ向かうことになります。そして2回目の受診で終診となり、診察室を出る間際に「先生、私はこのままなんですか?」と尋ねます。先生は曖昧に微笑んだだけでしたが、書き手自身は、そんなにショックでもなく淡々としていた、子どものころからの「何か」に1つ片が付いた気持ちがあったのかもしれない、と書いて手記を閉じています。入り口が一つに定まっていない——実際、成人の吃音の相談や支援を行う専門機関として吃音ポータルサイトが挙げているのも、言語聴覚士・セルフヘルプ(自助)グループ・心理カウンセラーなど、という並列です。
出典: 大人になり悪化した吃音「先生、私はこのままなんですか?」(NPO法人日本吃音協会 HAPPY FOX)(台帳: V0093)
それでも、目印はあります。吃音ポータルサイトは、成人の吃音の相談や支援を行う専門機関として、次の3つを挙げています。
- 言語聴覚士:ことばや聞こえの障害がある人への指導・支援を行う国家資格の専門職で、養成課程に吃音が含まれています。主に病院のリハビリテーション科や耳鼻咽喉科などに勤務している場合が多いとされます
- セルフヘルプ(自助)グループ:当事者が集まり、互いの吃音について話し合う会。言友会などが各地にあり、月1回程度の例会を開いている会が多いとされます
- 心理カウンセラーなど:数は少ないものの、吃音に伴う不安や劣等感といった心理面の軽減を目指す取り組みを行っている人もいるとされます
ここで一つ、実務上とても大事な注意があります。同サイトは、言語聴覚士が受け持つ仕事の範囲は広いので、吃音の指導や支援にあたれるのは必ずしも全員ではないと明記し、希望する場合はあらかじめ病院等に直接問い合わせるか、日本言語聴覚士協会や各都道府県の言語聴覚士会に尋ねるようすすめています。「言語聴覚士のいる病院」を探すだけでは足りず、「吃音を扱っているか」を先に確かめる、ということです。
治療を希望する場合の選択肢としては、言語聴覚士による発話訓練があり、それだけで症状が改善しない場合や吃音に対する不安が強い場合には、カウンセリングや心理療法が役立つこともあるとされています。自助団体に参加してほかの当事者と出会うことが、吃音を否定的にとらえることが減るきっかけになることもあるとも書かれています。ドイツの診療指針も、自助グループへの参加を——研究の裏づけというより専門家の合意にもとづく推奨として——挙げています。
なお、不安の問題が重なっているときは、順番を意識する必要があります。同じ指針は、不安障害やうつが併存する場合、不安障害だけを治療しても吃音の頻度は減らず、話しことばの側だけを治療しても不安障害は減らないと述べています。片方を扱えばもう片方も片づく、とは考えないほうがよい、ということです。
治るのか、付き合っていくのか
大人の当事者がいちばん知りたいのは、結局ここでしょう。そして、この問いへの答えは一つではありません。症状が軽くなっていく人もいれば、残ったまま暮らしを組み立てていく人もいます。
当事者の声(20代後半で症状が軽くなったと語る難発型の当事者/note・筆名 砂張 五)
まず現状の自分。中学生~22歳くらいの最も酷かった時期に比べると、信じられないくらい吃音が治っている。
俺は基本的に難発型で、酷かった時期は延発型が併発していて喋り始める前に「ん"〜」と喉から声が出てしまったり、あ行・ら行から始まる言葉は全部出なかった。挨拶は、おはようございます、お疲れ様です、お先に失礼します、ありがとうございます、とほぼ全滅だ。
今でもたまに言葉が出ないタイミングは来るのだが、1秒後には出ている。
中学生から22歳ごろが最も重く、今は言葉が出ない瞬間があっても1秒後には出ている、と本人が自分の状態を並べています。引用にある「延発型」は、この人の場合、話し始める前に喉から声が漏れてしまう出方を指しています。同じ文章の後半で、この人は、症状として吃らなくなったことよりも吃音との向き合い方が変わったことのほうが自分には明らかに大きかった、とも書いています。ほとんど気にならなくなった28歳ごろには、向き合い方が変わってから大分たっていたと思う、とも。これは一人の経過であって、誰にでも同じことが起きるという話ではありません。ただし、成人向けの取り組みが「話しやすさ」と「付き合い方」の両方を扱うのは、研究の側でも同じです。
出典: 吃音の苦しみを壊した話(note・砂張 五)(台帳: V0066)
成人向けの取り組みを整理した総説は、大人への方法を2つに分けています。1つは、ゆっくり話す・やわらかく声を出すといった形で、話し方そのものを組み立て直していく訓練で、研究では「発話再構成」と呼ばれます。もう1つは、吃音に伴う不安や、社会・職業上の困りごとのほうに焦点を当てる方法です。
このうち、大人向けでもっとも確かな裏づけがあるとされるのは前者です。後者は広く行われているものの、その根拠は認知行動療法(考え方のくせに働きかける心理療法)や、易しい場面から順に慣らしていく手法といった周辺領域からの推測に頼る部分が大きく、前者ほど強固ではないとされています。実際には、話しやすさと付き合い方の両方を扱う包括的な取り組みも用いられます。
訓練の中身については、ドイツの診療指針が、研究を集めて評価した結果として、青年・成人に効いた取り組みに共通していた要素を挙げています。最初にゆっくりした話し方を集中的に練習すること、グループでの取り組みを含むこと、日常の場面へ持ち出す練習をすること、決められた段階に沿って自分で評価・管理すること、自然に聞こえる話し方を目指すこと、そして終了後も維持のためのプログラムを含むこと。あわせて、ゆっくり引きのばして話す練習、やわらかく声を出し始めること、リズムをつけて話すこと、呼吸のコントロール、そして話すことに対する考え方を変えることが挙げられています。同じ指針は、週1回以上の治療を3か月続ければ、目標のどれかで目に見える改善が確認できるはずだ、という目安も示しています。
もう一つ、大人にとって大事な一文があります。同じ指針は、生活機能の面で支障があるなら、吃音の治療は本人の年齢や発症時期にかかわらず提供されるべきだと述べています。「大人になってからでは遅い」という前提は、指針の側には置かれていません。
そして、症状の重さだけを見ないことも大切です。吃音のある成人200人と、そうでない成人200人を比べた研究は、人前で話す場面などに強い不安を感じ生活に支障が出る状態(社交不安障害)が、吃音のある成人では少なくとも40%にみられたと報告しています。どもりの回数が減っても、この部分が残ることはあります。だからこそ、大人の吃音では「どもりをゼロにする」より「話しやすさを高めつつ、困りごとを減らす」ほうが現実的な目標になります。
薬で治せるのか — 今の位置づけ
「吃音に効く薬はないのか」は、大人の当事者から繰り返し出てくる問いです。ここは誇張も過小評価もせず、そのまま書きます。
まず、吃音の薬物療法をまとめた2020年の総説の時点では、米国では、吃音の治療のために承認された薬はないとされています。同じ総説は、そのうえで、ドーパミンの働きを抑える薬にもっとも効果の報告があると整理し、承認を目指して治験が進んでいる薬が2つあるとも書いています。ただしこれは「今すぐ使える」という意味ではありません。
ドイツの診療指針は、はっきりと薬による治療は行うべきでないとしています。しかも、そう判断した根拠は強い部類に置かれています。同じ指針は、リズムに合わせて話す練習や呼吸のコントロールだけを主な中身とする方法、催眠、そしてどういう考えにもとづくのかが分からない吃音の療法についても、行わないほうがよいとしています。ただしこちらは、そう判断した根拠は強くありません。
2025年に、薬と食事による治療の研究を集めて評価しなおした報告も出ています。17の薬のグループと4つの食事療法をあつかった39件の研究が集まりました。無作為に振り分けた試験は19件で、そのうち偏りのリスクが低い〜中程度と評価されたのは7件だけでした。銅・チアミン(ビタミンB1)・緑茶・アーユルヴェーダのサプリメントについては根拠が不十分と結論づけられています。この報告は、新しいタイプの抗精神病薬などに有望な所見はあるとしつつ、方法上の限界があるため確定的な治療上の推奨は出せないと締めくくっています。
まとめると、「効く薬がある」とも「一切関係がない」とも言えない状態で、診療の指針としては薬を第一の手にしない、というのが今の位置づけです。不安やうつが併存している場合の治療は別の話なので、そこは主治医と相談してください。
大人の吃音で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「自分の性格や気合の問題」と考える
学会の解説は、周囲に伝えるべきこととして、吃音は病気ではないこと、緊張やストレスや家庭環境のみから生じるものではないこと、本人がわざとやっているわけではないことを挙げています。ドイツの診療指針も、吃音の原因を心の問題や育て方に帰する誤解は、医師・教員・保育者の教育と一般への啓発によって克服すべき課題だと明記しています。同じ指針は、吃音やぶり返しの責任を本人や家族に負わせるやり方を、用いるべきでない方法の一つとして挙げています。自分を責める材料にはなりません。
落とし穴2 − 「治すか、諦めるか」の二択で考える
成人向けの取り組みには、話し方そのものに働きかけるものと、不安や社会・職業上の困りごとに焦点を当てるものがあり、両方を扱う形も用いられます。ドイツの診療指針は、治療の目標として、症状そのものを減らすことに加えて、伴う症状と心理的な負担を減らし、社会参加・活動的な生活・生活の質によい影響を与えることを挙げています。目標を「どもりをゼロにする」から「困りごとを減らす」に置き換えたほうが、続けやすい形になります。なお同じ指針は、治癒を約束し、治療の目標と方法を分かるように説明しない方法を、用いるべきでないものの一つに挙げています。「必ず治る」とうたう方法には、この物差しを当ててください。
落とし穴3 − 一人で抱え込む
吃音のある成人が当事者のコミュニティに関わっている割合は、国際的なオンライン支援グループで0.99%、全国団体で0.63%、地域の自助グループで1.01%と推定されており、実際の関与はこれより低いだろうとも注記されています。数のうえでは、ほとんどの人がつながる先を持たないまま過ごしていることになります。日本にも言友会をはじめとする自助団体が各地にあり、月1回程度の例会を開いている会が多いとされます。
まずは日々の発話の調子を記録することから小さく始めるのも一つの方法です。記録は、専門機関に相談するときの手がかりにもなります。言語聴覚士など専門機関に相談できる場合は、そちらが確実です。
よくある質問
大人になって急に吃音になることはありますか?
あります。低年齢から始まる発達性吃音とは別に、脳腫瘍・脳の外傷・脳卒中など脳の損傷によって起きる「神経原性吃音」があり、成人してからは心理的な原因で生じることもあるとされています。薬剤の副作用で出ることもあります。ただし吃音全体の9割以上は発達性吃音で、成人の吃音のうち大人になって始まったものは、表に出ている分が0.10%、隠している分が0.05%と推定されています。急に始まった場合は早めに医療機関へ相談してください。
大人の吃音は何科に相談すればよいですか?
相談・支援の中核を担うと期待されているのは言語聴覚士で、主に病院のリハビリテーション科や耳鼻咽喉科などに勤務している場合が多いとされます。ただし言語聴覚士の業務は幅広く、吃音の指導や支援にあたれるのは全員ではないため、あらかじめ病院等に問い合わせるか、日本言語聴覚士協会や各都道府県の言語聴覚士会に尋ねることがすすめられています。
大人の吃音は治りますか?
「必ず治る」と言い切れる方法はありません。ドイツの診療指針は、治癒を約束し、治療の目標と方法を分かるように説明しない方法を、用いるべきでないものの一つに挙げています。一方で、大人向けでもっとも確かな裏づけがあるとされるのは、話し方そのものを組み立て直していく訓練です。完治をゴールにするより、話しやすさを高めつつ困りごとを減らすほうが現実的な目標とされています。
吃音に効く薬はありますか?
2020年の総説の時点では、米国で吃音の治療のために承認された薬はないとされています(当時、承認を目指した治験が2つ進行中とも書かれています)。ドイツの診療指針は薬による治療は行うべきでないとしており、そう判断した根拠は強い部類に置かれています。2025年に薬と食事療法の研究を集めて評価しなおした報告も、方法上の限界のため確定的な治療上の推奨は出せないと結論づけています。
仕事で電話や朝礼がつらいとき、職場に配慮を求められますか?
2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な言動・扱いは禁止されており、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長といった合理的配慮を求めることができるとされています。その際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出を求められる場合があります。海外の診療指針も、口頭試験での時間延長や機器の使用など、学校や職場での不利益を補う配慮を挙げています。
まとめ
- 成人の吃音は約0.96%と推定され、その多くは子どものころから続いているもの。大人になって始まったものは、表に出ている分が0.10%、隠している分が0.05%。9割以上は発達性吃音。
- 大人になって急に始まる場合、脳の病気やけがのあと、心理的な出来事のあと、薬の副作用などがあるとされる。話し方の聞こえ方だけで神経原性か心因性かを見分けるのは信頼できないとされ、原因のはっきりしない成人発症の例も4例報告されている。早めの相談を。
- 隠している吃音は0.33%と推定されている。研究を集めて評価しなおした推定は0.6〜0.7%で、隠している分は過小評価されている可能性が高いとされる。「見当たらない」は「いない」ではない。
- 相談の中心は言語聴覚士で、リハビリテーション科や耳鼻咽喉科などに勤めていることが多いが、全員が吃音を担当するわけではないので事前の問い合わせを。不安が併存する場合は、片方だけ治してももう片方は減らないとされる。
- 大人向けでもっとも確かな裏づけがあるのは、話し方そのものを組み立て直していく訓練。治療は年齢や発症時期にかかわらず提供されるべきとされる一方、薬は診療指針が行うべきでないとし、その判断の根拠は強い。米国では、2020年の総説の時点で承認された薬もない。
