吃音の作文|当事者4人の実例・書く場・学校に伝えるとき

目次

作文の題が「わたしのこと」に決まった。国語の課題で、人権の作文で、あるいは誰にも言われていないけれど自分で——吃音(きつおん)のことを書こうか、書かずにおこうかと迷ったことはありませんか。書けば、声が詰まらないまま最後まで言い切れます。けれど、原稿用紙を出した先で誰が読むのかを思うと、手が止まります。「どこまで書いていいのか」「書いたら、見る目が変わってしまわないか」——書くことは、話すことと違う種類の勇気を要求してきます。

この記事は、その「自分の吃音について書く」ことだけを追います。実際に書かれたものが手元にあります。小学4年生で描いたポスターをきっかけに文章を自分の手段にした人、親子キャンプの作文教室で高校3年の自分を書いた人、47歳で文学賞に作品を出した人、そして書くことから一度離れた人。4人の記録と並べて、学校で「書いたもの」を使って周りに伝えるときに何が分かっているのかを、国立障害者リハビリテーションセンターの医師が書いた日本耳鼻咽喉科学会会報の総説、九州大学病院の医師による解説、日本吃音・流暢性障害学会の資料、全国言友会連絡協議会の出版案内の出典つきで並べます。声を使わずに伝える手段としては筆談もありますが、ここでは「まとまった文章として書くこと」に絞ります。

ソンタクマン(toVoice 運営)
吃音当事者。研究論文と当事者の声をもとに、吃音の情報を出典つきで発信しています。

この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の判断に代わるものではありません。気になる症状があるときは、言語聴覚士やことばの教室にご相談ください。

まず結論から

  • 吃音について書かれたものは、実際にたくさんあります。当事者の団体は体験談集・文集・報告集を自分たちで発行しており、創立50周年の記念文集には約90名が投稿しています。
  • 学校で書いたものを使って周りに伝える取り組みは、臨床の場でも使われてきました。ただし裏づけとして報告されているのは9歳の男の子1人の経過で、教室での説明のあとに仲間からの否定的な言葉が減った、という水準です。
  • 書いて伝えたくなる背景も数字で出ています。学齢期には約半数が、いじめやからかいを経験するとされています。
  • 当事者の団体の活動の中心は、「吃音があるのは自分だけではない」と知り、共通の体験を語り合い、分かち合うことだとされています。書いたものを持ち寄る場は、その形の一つです。
  • ただし、そこで得られるのは学術的な知識や専門的な指導ではありません。専門的な指導・支援は言語聴覚士(ことばの専門職)の側にあると、相談先の案内は分けて書いています。

ただし、「書くと吃音が軽くなる」「書けば気持ちが整理される」といった効果を測った研究は、この記事が使った資料の中にはありません。ここで言えるのは「こういう書き方をした人がいる」「こういう場がある」までで、書くことの効き目を約束するものではありません。

声が出せなくても、書いたものは届く

話す場面でうまくいかない日が続くと、自分には人に見せられるものが何も無いように思えてきます。そこから「書く」に行き当たった人の記録から始めます。小学3年生のときに「吃音がうつる」という噂が立っていじめを受け、明け方まで眠れない日が続いていた小学生が、夏休みに献血の啓発ポスターの応募用紙を渡されました。

当事者本人の声(2歳の頃に吃音を発症した当事者、名義 arisa/NPO法人日本吃音協会のメディア「HAPPY FOX」の体験談)

秋になったある日の放課後、職員室に呼ばれました。そこで夏休みの献血啓発ポスターが日本赤十字社のコンクールで最優秀賞をとったということを伝えられました。

クラスメイトには絵が上手い人が沢山いて、私はお世辞にも絵が上手とは言えない部類でした。そのため、啓発ポスターが賞をとったと聞いたときには腰が抜けるかと思うほど驚きました。

眠れない夏休みの夜、枕元にノートを置いて暗い寝室でポスターの案を考えていた、と本人は書いています。図書館で借りた本の中に、血液の病気にかかった子どもが献血の力を借りて病気を乗り越えた体験記があり、それを読んで居ても立っても居られなくなった。翌日、一日かけて描き上げた作品の題は「届けよう、生きる力を」でした。職員室で驚いて固まっている本人に、担任は「口数は多いほうではないけれど、文芸の課題を読むと考えていることが良くわかって嬉しい」と言ったと書かれています。学校で書いたものが、話せなかった分の代わりに読まれていた——その気づきの手前には、この人が受けていたいじめがありました。同じ経験をした子は、けっして少なくありません。

出典: 吃音があっても見つけた強み。長所を武器に人生を変えた私の体験(HAPPY FOX)(台帳: V0226)

学齢期に何が起きやすいかは、日本語の学会誌にはっきり書かれています。国立障害者リハビリテーションセンターの医師が日本耳鼻咽喉科学会会報に書いた総説は、学齢期に約半数がいじめやからかいを経験するので、対策が重要であると述べています。同じ総説は、学齢後期以降には吃音を隠そうとして多彩な、しばしば不適切な対処行動を発達させ、思春期以降は強い不安やうつといった問題も併発しやすいとしています。

学会の解説も、学齢期は先生の対応や周囲の友達関係に大きく影響されるとし、からかわれたり、発表や音読で思ったように話せない経験をすることで、吃音を否定的にとらえ、自分自身もマイナスに捉えるような認識が起こってくると、話し方の変化につながる場合があると述べています。この当事者が「自分の長所を見つけられない子供でした」と書き出しているのは、その真ん中にいた時期の話です。そして本人は後に、文章を自分の思いを伝える手段だと知り、同級生の作文を眺めたり辞書を引いたりして書く勉強を始めた、と続けています。

「吃音について作文を書く」場が、実際にある

自分の吃音について書く時間が、行事として用意されている場があります。吃音のある子どもと保護者が集まる親子キャンプの2日目の朝に開かれる「作文教室」です。どもる子ども、その保護者、どもる大人、ことばの教室の担当者や言語聴覚士——参加者全員が机に向かって作文を書く、と主催する自助団体は説明しています。次に引くのは、そこで高校3年生が書いた作文の書き出しです。

高校3年生の当事者本人の声(名義 みほ・吃音親子サマーキャンプの作文教室で書かれた作文/日本吃音臨床研究会の会報「スタタリング・ナウ」2005年掲載分の再掲)

サマーキャンプに小4で初めて参加してから早くも卒業という時期を迎えてしまいました。今までの自分の吃音を振り返ってみると、いろいろなことがあったなあと思います。小さいときに、友達の家のインターホンを押したときに、自分の名前が言えなくて泣いて家まで帰ったこと。小4で代表委員に立候補し、全校生徒の前で自分の名前がなかなか言えなくて泣いたこと。小学校の音読で最初の音がなかなか出せなくてすぐ終わるような文章を何分もかかってしまい、その場から逃げ出したかったこと。他にもここに書ききれないくらい吃音で嫌だったこと、苦しかったこと、泣いたことはいっぱいありました。

この作文には題名が付いています。「やっぱサマキャンの力はすごい」。小学4年生で初めて参加してから高校3年生までの9年分を、一本の文章として書いたものです。並んでいるのは、友達の家のインターホン、全校生徒の前での立候補、国語の音読——どれも、その場では一言も説明できなかった場面ばかりです。作文の後半で本人は、中学くらいまでは原因や治したい気持ちが全く無かったわけではないと断ったうえで、いまは治したいとは思わないこと、それでも日常では無意識に言いやすいことばに換えて喋っていることを、同じ調子で書いています。書くという形式は、この二つを並べて置くことを許します。話し言葉では、たいてい前者だけが求められます。

出典: 第16回吃音親子サマーキャンプ〜作文と感想〜(日本吃音臨床研究会「吃音相談室」)(台帳: V0197)

こうした集まりが何をしているのかは、学会の解説に定義があります。日本吃音・流暢性障害学会は、国内の自助団体について、団体によって目的や規模は異なるとしたうえで、吃音のある当事者が「吃音があるのは自分だけではない」ということを認識し、共通の体験を語り合い、苦悩を分かち合い、互いに援助し合うことが概ね活動の中心だと書いています。1965年に発足した「言友会」が日本で最も歴史が古く、近年は若者を対象とした団体や、女性の集いを開催する団体も設立されているとしています。作文教室は、その「語り合い・分かち合い」を、声ではなく紙の上でやる時間だと読めます。

同じ解説は、吃音の自助団体に参加してほかの吃音のある人と出会うことが、吃音を否定的に捉えることが減るといった心理的な変化のきっかけになることもある、と述べています。ただし「きっかけになることもある」という書き方であって、参加すれば変わると書いているわけではありません。このキャンプで親の側に何が起きたかは、吃音親子サマーキャンプの記事にまとめています(同じ作文教室で、父親が「特効薬」という題名の作文を書いた記録もそちらにあります)。

大人になってからも、書いて出す場がある

書く場は子どもだけのものではありません。当事者の団体は「ことば文学賞」という賞を持っていて、応募された作品には講評が付きます。次の一節は、その第7回で優秀賞を受けた作品の一部です。書いたのは大阪の会社員で、当時47歳。作品の題は「三つ子の魂、百までも」、書かれているのは、同じく吃音のあった父親のことでした。

当事者本人の声(峰平佳直さん・大阪の会社員47歳/第7回ことば文学賞 優秀賞作品「三つ子の魂、百までも」。日本吃音臨床研究会の会報「スタタリング・ナウ」2005年掲載分の再掲)

父親が他の病院に移動するまで2ヶ月間、私は毎日、着替えを持って通い続けた。そして、父親の、子どもみたいな素直などもりを聞き続けた。それまでの父親は、どもる事を嫌い、「どもる人はだめだ」と感じている人間だった。私は父親と同じようにどもりがちであったため、幼年期の私は「どもる人はだめだ」を父親の暗黙の「教え」として受取り、46歳までしっかりと持ち続けた。

本人は、18歳で就職してからの電話の恐怖、自由に使えるお金ができてから通い続けた民間の吃音矯正所の3年間、22歳で会社に4か月の休職願いを出して入った施設で「どもりが治らない事を、ここで初めて知った」ことまでを、同じ一本の作品の中に書いています。そして最後は、父の葬儀で親戚の前で喪主の挨拶をした場面で終わります。この作品に付いた講評は、構成を考えているのはこの作品だけだったと書く一方で、いらないと感じる段落があること、最後の3段落はとくに分かりにくいことも書いています。書いて出すというのは、読まれるだけでなく、そこまで含めて返ってくるということです。

出典: 第7回ことば文学賞受賞作品 2(日本吃音臨床研究会「吃音相談室」)(台帳: V0233)

書いたものが集まる先は、賞だけではありません。全国言友会連絡協議会は出版事業として体験談集を出しており、2025年版の案内には、2007年以来18年ぶりの体験談集であること、活動の中心が吃音に関する体験の「わかちあい」にあることが書かれています。同じ案内は、体験とは単なる事実の羅列ではなく、その体験についての認知、行動、感情が丁寧に触れられているとして、この体験談集を「時間と空間を超えた『わかちあい』」と呼んでいます。

過去の活動を記した文集や報告集もあります。創立50周年の記念文集はA4サイズで214ページ、言友会内外から合わせて約90名の投稿で作られ、「50周年へのメッセージ」「会員の投稿文」「歩み」「写真で綴る50年」などの構成だとされています。2018年に広島県で開かれた国際会議の報告集には、参加者の感想が多数掲載されているとあります。つまり、吃音について書かれた一人称の文章は、書く場と出す先と読者を持った状態で、すでに何十年分も積み上がっています。

全国言友会連絡協議会の「出版事業案内」に載っている、書いたものが集まる先を並べた図。1つめは体験談集『どもるあなたに ようこそ言友会 私たちの体験談集(2025年版)』で、2007年以来18年ぶりの体験談集だと案内されており、様々な年代や立場の吃音のある人の体験に触れることができ、体験は単なる事実の羅列ではなくその体験についての認知・行動・感情が丁寧に触れられていて「時間と空間を超えた『わかちあい』」と書かれている。2つめは言友会創立50周年記念文集で、A4サイズで214ページ、言友会内外から合わせて約90名の投稿があり、構成は「50周年へのメッセージ」「会員の投稿文」「歩み」「写真で綴る50年」など。3つめは吃音・クラタリング世界合同会議 in Japan 2018 報告集で、2018年7月に広島県で開かれた日本で2回目の国際会議についての報告集であり、当日のプログラムの紹介に加えて参加者の感想が多数掲載されている。いずれも全国言友会連絡協議会の発行で、同じ案内には支援者向けの指導教材や啓発資料も並んでいる。ここに挙げた3点は冊子として取り寄せる形のもの。
図2: 書いたものが集まる先——体験談集・記念文集・報告集。出典: 全国言友会連絡協議会「出版事業案内」

書くのをやめた時期のこと

ここまでの3人は、書いたことで何かが動いた記録です。反対の向きの記録も置いておきます。吃音をテーマに研修の講師をしながらブログとSNSで発信していた人が、その発信から意図的に離れた時期について書いています。

当事者本人の声(40歳・男性・社内研修講師、名義 阿部/個人ブログ「どもれども どもれども」)

とても久しぶりにブログ記事を書いてみます。

しばらくブログやSNSからは意図的に距離を置いていました。

いつの間にか、投稿すること自体が目的になってしまい、心から吃音と向き合えていないなと感じるようになったためです。

この記事はそのあと、40歳になった自分の吃音を、症状・精神面・仕事面・生活面という観点で順に点検していきます。約32年の吃音人生の中でかなり軽く感じるようになっていること、言葉の言い換えもほとんどないこと、一方で会議や大勢の参加する場での発言は、吃ることが頭によぎって5回に1回ほど控えてしまうこと。書く相手として本人が挙げているのは、まず自分自身で、次に「これを読んでくれている物好きな吃音者の皆さん」です。書くことは、続けているうちに目的がすり替わることがある——それを自分で見つけて一度やめた人が、やめたあとにまた書いている、という記録として読めます。

出典: 40歳になった私の吃音ライフ(どもれども どもれども)(台帳: V0064)

書くことと、専門的な支援は別のものです。成人の相談先を並べた解説は、当事者が集まるセルフヘルプグループ(自助グループ)について、当事者の集まりなので、言語聴覚士のように吃音についての学術的な知識や、吃音改善のため専門的な指導や支援が受けられるわけではないと、はっきり書いています。そのうえで、同じ問題を持つ仲間と出会い、当事者同士でないと感じることのできない連帯感を感じながら悩みを聞いてもらったり、同じ悩みを持つ者どうしという立場で具体的な助言をもらったりと、セルフヘルプグループでないと得られないものがあることも事実だ、としています。多くのグループが月1回程度の例会を開き、会報を発行しているとも書かれています。

書くこと・読み合うことは、この「得られるもの」の側にあります。症状そのものへの働きかけを望むときは、別の窓口があります。学会の解説は、本人が吃音の治療を希望する場合には言語聴覚士による発話訓練を受けるという選択肢があり、発話訓練だけで症状が改善しない場合や吃音に対する不安が強い場合は、カウンセリングや心理療法が役立つこともあるとしています。

書いたものを、学校で使うとき

「作文に書いて、クラスに読んでもらう」という使い方を考えている人もいると思います。吃音のある学齢児が、いじめや仲間からの否定的な反応に直面したときに臨床家が使える方略を示した論文があります。挙げられているのは2つで、いじめへの受け答えを本人が作っていく問題解決の活動と、仲間に吃音について教えるための教室での説明です。

ただし、ここは慎重に読む必要があります。この論文が示しているのは、包括的な治療プログラムに参加した9歳の男の子1人の経過です。その子は治療のあと、いじめの経験に建設的に応じる力が高まり、教室での説明のあとには仲間からの否定的な発言が減った、と報告されています。論文自身は、臨床家が十分に支持された複数の方略によって、吃音に伴ういじめや否定的な反応を子どもが乗り越えるのを助けられることを、この知見は示唆するとまとめています。1人の経過であって、「クラスで発表すればいじめが減る」と読める根拠ではありません。また、この論文で行われているのは臨床家が関わる場面での説明であり、作文の提出そのものを調べたものでもありません。

学校で仲間に吃音を伝える取り組みの裏づけがどれくらいの規模かを示した図。論文が挙げている臨床家が使える方略は2つで、いじめへの受け答えを本人が作っていく問題解決の活動と、仲間に吃音について教えるための教室での説明。裏づけとして示されているのは症例1件で、包括的な治療プログラムに参加した9歳の男の子1人の経過。その1人について報告されている変化は、治療のあとにいじめの経験に建設的に応じる力が高まったことと、教室での説明のあとに仲間からの否定的な発言が減ったこと。言えないこととしては、1人の経過であって「クラスで発表すればいじめが減る」根拠ではないこと、行われたのは臨床家が関わる場面での説明であって作文の提出を調べたものではないことを挙げている。論文自身のまとめは、臨床家が十分に支持された複数の方略によって、吃音に伴ういじめや否定的な反応を子どもが乗り越えるのを助けられることを、この知見は示唆する、という書き方。出典は Murphy, Yaruss & Quesal (2007) J Fluency Disord 32巻2号 pp.139-162 の単一症例の報告。
図1: 仲間に説明する取り組みについて報告されているのは、9歳の男の子1人の経過です。出典: Murphy, Yaruss & Quesal (2007) J Fluency Disord.

学校の側で何を確かめるとよいかは、国の発達障害情報のポータルに載っている解説(執筆は九州大学病院の医師)が具体的に書いています。吃音のある子どもは発話の場面でしか症状が出ないため悩みが過小評価されることが多く、ほかの子どもから話し方を真似されたり、笑われたり、「なんでそんな話し方なの?」と質問されたりすることが多い。だから担任・養育者・支援者が、本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞くことが、吃音の話をオープンにするきっかけになるとしています。学校では毎年クラス替えがあり、そのたびに真似・笑い・質問を受けるリスクがあるため、早期発見と対応法をオープンに話すことが予防につながるとも述べています。同じ解説は、日直の号令、音読、発表、かけ算の九九、学習発表会、卒業式といった具体的な場面を挙げ、より具体的に質問することが困りごとの早期発見につながるとしています。

制度の側の入口も押さえておきます。学会の解説は、2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的言動および差別的扱いは禁止されているとしたうえで、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの必要な調整(合理的配慮)を求めることができると書いています。ただしその際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合があるとも書かれています。何をどう頼むかという実際の手順は、学校の配慮の記事にまとめました。作文以外にも、教材を使って伝えた実例は吃音かるたの記事にあります。

相談先——ことばの教室・言語聴覚士・自助団体

書きたい・書かせたいと思ったときも、書くかどうか迷っているときも、相談先は同じところにあります。子どもについては、ことばの教室の教員や、小児を扱う言語聴覚士(ことばの専門職)が窓口になります。学会の解説は、本人が望む場合には学校に対して発表や音読など苦手な場面への配慮や支援を求め、安心して学校生活を送れるように環境を整えることが大切だとしています。大学生でも発表などで配慮を求めたり、就職活動の負担が多い場合には学生相談室でカウンセラーに相談したりすることは有効だとされています。

大人が言語聴覚士に相談するときは、探し方に一つ注意があります。相談先を案内する解説は、言語聴覚士の養成課程には吃音が含まれており、吃音のある人の指導・支援の中核を担う存在として期待されているとしたうえで、取り扱う業務は多岐にわたるため、必ずしも全ての言語聴覚士が吃音の指導や支援を行えるわけではないと書いています。希望する場合は、あらかじめ病院等に直接問い合わせるか、日本言語聴覚士協会や各都道府県の言語聴覚士会に尋ねるよう案内しています。

読むもの・使えるものも公開されています。全国言友会連絡協議会は、ことばの教室など学校の先生や言語聴覚士といった支援者を主な対象にした指導教材や、吃音についての啓発資料を制作しているとしています。幼児編・学童編・中高生編に分かれたリーフレットはダウンロードが無料だと案内されており、就職を目指す人向けのサポートブックや企業向けの資料もあります。子ども向けの絵本や読み物も一覧に並んでいます。

次のような状態が続いているときは、書く・書かないの前に、一度相談してみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。

  • 話し方を真似される・笑われる・質問されるということが、学校で実際に起きている
  • 音読や発表など、特定の場面を避けることが増えてきた
  • 書くことでしか気持ちを出せない状態が続き、話す場面から遠ざかっている

この3つは相談を考えるきっかけとして本記事が挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。なお、周囲の大人が真似・笑い・質問の有無を本人に聞くことは、支援する側の資料が実際に提案しているものです。

吃音について書くときに陥りやすい3つの落とし穴

落とし穴1 − 「書けば楽になるはず」と結果を先に決める

書くことの効き目を測った研究は、この記事の資料の中にはありません。当事者の集まりについて言えるのも、そこで得られるのは連帯感や同じ立場からの具体的な助言であって、学術的な知識や専門的な指導ではない、という整理までです。書いてみて何も変わらなかったとしても、それは書き方の失敗ではありません。文学賞の作品に付いた講評が、良いところと分かりにくいところを両方書いていたように、書いたものへの反応も一つには定まりません。

落とし穴2 − 子どもが書いたものを、評価や説得の材料にする

作文は、提出したとたんに読む人のものになります。周囲の大人の側の姿勢について、学会の解説は保護者への指針として、心配そうな表情をせずに、子どもが楽しくおしゃべりを続けられるように、話の内容に耳を傾けて聞いてあげてほしいと書いています。話し方ではなく内容を聞く、という姿勢は、書かれたものについても同じように使えます。「もっとこう書けばいい」「そんなに気にしていたのか」と返す前に、書いてある内容のほうに応えるかどうかで、次にその子が書くかどうかが変わります。

落とし穴3 − 一度伝えたら、ずっと伝わっていると思ってしまう

学校では毎年クラス替えがあり、そのたびに真似・笑い・質問を受けるリスクがあるため、早期発見と対応法をオープンに話すことが予防につながるとされています。去年の作文は、今年のクラスメイトは読んでいません。学齢期に約半数がいじめやからかいを経験するという数字も、一度きりの出来事としてではなく、学年を通して起きうるものとして書かれています。伝え方を毎年組み直すこと、そのときに医師の診断書や言語聴覚士の報告書が必要になる場合があることまで含めて、長い付き合いになります。

どの場面で・どのくらい言葉が出なかったかを書き留めておくと、作文の材料にもなり、学校や相談先に渡す材料にもなります。日々の様子を「見える化」する手段の一つとしてアプリを使う方法もあります(アプリは記録・継続の支援であり、治療をうたうものではありません)。ことばの教室や言語聴覚士に相談できる状況なら、そちらが確実です。

よくある質問

学校の作文で、自分の吃音のことを書いてもいいですか?

書いてはいけないという決まりはなく、実際に書いている人がいます。親子キャンプの作文教室では、どもる子ども・保護者・どもる大人・ことばの教室担当者・言語聴覚士が全員机に向かって作文を書く時間が設けられており、高校3年生が小学4年生からの9年分を書いた作文が公開されています(台帳: V0197)。ただし、提出先や読む人が決まっている課題では、誰がどこまで読むのかを先生に確認してから決めるほうが安心です。

作文に何を書けばいいのか分かりません。

手本になる形が、公開されている作文の中にあります。先ほどの高校3年生の作文は、名前が言えなくて泣いた場面・立候補した場面・音読の場面と、いま思っていることを一本に並べる形でした(台帳: V0197)。当事者の団体が出している体験談集の案内も、体験とは単なる事実の羅列ではなく、その体験についての認知、行動、感情が丁寧に触れられているものだと説明しています。場面を一つ思い出して、そのとき何を考え、どうしたかを書く——それだけで形になります。

作文をクラスで読んでもらえば、からかいは減りますか?

そう言い切れる根拠はありません。仲間に吃音を説明する教室での取り組みを含む方略を示した論文はありますが、報告されているのは9歳の男の子1人の経過で、治療のあとにいじめへの応じ方が改善し、教室での説明のあとに仲間からの否定的な発言が減った、という水準です。一方で、周囲の大人が「真似されていない?」「笑われていない?」と本人にオープンに聞くことが、吃音の話をオープンにするきっかけになるとされており、伝えること自体は支援する側の資料にも出てきます。

大人になってから、吃音のことを書いて出せる場はありますか?

あります。当事者の団体は「ことば文学賞」を開いており、受賞作品は会報に掲載され、講評も付きます(台帳: V0233)。全国言友会連絡協議会は体験談集・記念文集・国際会議の報告集を発行しており、創立50周年の記念文集には内外から約90名が投稿しています。多くのセルフヘルプグループが会報を発行しているとも案内されています。

書くことは、吃音そのものの改善につながりますか?

この記事が使った資料の中に、書くことの効果を測ったものはありません。症状そのものへの働きかけを望む場合は、言語聴覚士による発話訓練という選択肢があり、発話訓練だけで症状が改善しない場合や吃音への不安が強い場合には、カウンセリングや心理療法が役立つこともあるとされています。自助団体に参加してほかの吃音のある人と出会うことが、吃音を否定的に捉えることが減るといった心理的な変化のきっかけになることもある、とも書かれています。

まとめ

  • 自分の吃音について書く場は実在する。親子キャンプの作文教室で高校3年生が書いた作文、47歳が文学賞に出した作品、学校の課題から文芸に進んだ小学生の記録が、いずれも公開されている(台帳: V0197 / V0233 / V0226)。
  • 書いたものが集まる先もある。当事者の団体は体験談集・文集・報告集を発行しており、創立50周年の記念文集には約90名が投稿している。
  • 書いて伝えたくなる背景には、学齢期に約半数がいじめやからかいを経験するという現実がある。学齢期は先生の対応や友達関係に大きく影響されるとも書かれている。
  • 学校で「書いたもの」を使って伝える取り組みの裏づけは、9歳の男の子1人の経過にとどまる。毎年クラス替えがあるため、伝えることは一度きりでは終わらない。
  • 書くことの効き目を測った研究は手元にない。当事者の集まりで得られるのは連帯感と具体的な助言で、専門的な指導は言語聴覚士の側にある。相談先は、ことばの教室・言語聴覚士・自助団体の3つ。

参考文献

  1. 日本吃音・流暢性障害学会 広報委員会「吃音(きつおん)について」(幼児期・学齢期の節の文責 菊池良和/九州大学病院 耳鼻咽喉・頭頸部外科、制度の節の文責 吉澤健太郎/北里大学病院 リハビリテーション部)
  2. 発達障害情報のポータルサイト「小児期発症流暢症(吃音)」(執筆 菊池良和/九州大学病院 耳鼻咽喉・頭頸部外科 助教・2025年)
  3. 森浩一(国立障害者リハビリテーションセンター)「吃音 (どもり) の評価と対応」日本耳鼻咽喉科学会会報 123巻9号, pp.1153-1160(2020年)
  4. 吃音ポータルサイト「相談や支援」(成人の吃音の相談先)
  5. 全国言友会連絡協議会「出版事業案内」(体験談集・記念文集・報告集・リーフレットの案内)
  6. Murphy, Yaruss & Quesal (2007) Enhancing treatment for school-age children who stutter II. Reducing bullying through role-playing and self-disclosure. J Fluency Disord.

当事者の声の出典: V0226(NPO法人日本吃音協会のメディア HAPPY FOX・arisa さんの体験談)/ V0197(日本吃音臨床研究会「吃音相談室」・第16回吃音親子サマーキャンプの作文と感想。会報「スタタリング・ナウ」2005年掲載分の再掲)/ V0233(同・第7回ことば文学賞 優秀賞作品「三つ子の魂、百までも」。会報 2005年掲載分の再掲)/ V0064(個人ブログ「どもれども どもれども」・吃音研修講師の記事)。いずれも公開記事。引用は原文どおり。

更新履歴: 2026-09-11 公開