吃音で自己紹介が怖い|先に伝える?名前が出ないときの工夫と相談先

吃音で自己紹介が怖い|先に伝える?名前が出ないときの工夫と相談先
目次

「じゃあ順番に自己紹介していきましょうか」——その一言で、頭が真っ白になる。新学期の教室、入社初日、初めて出た集まり。ほかの話ならできるのに、自分の名前だけがどうしても出てこない。順番が近づくあいだ、心臓の音だけが大きくなっていく。そんな時間を、誰にも言えずに一人で抱えていませんか。

この記事は「自己紹介」という場面に絞って、結論を先に置いたうえで、同じ場面でつまずいた5人の当事者の言葉と、それに対して研究や専門機関の資料が何を言えているのかを一つずつ並べます。拠り所にしたのは、日本の吃音のある成人180人に「自分から伝える度合い」を尋ねた筑波大学の調査、日本吃音・流暢性障害学会と慶應義塾大学病院の解説、そして伝え方を比べた海外の実験です。面接や就活そのものの話と、「お」や「あ行」のように特定の音が出にくい仕組みは、別の記事に譲ります(本文の途中で案内します)。

ソンタクマン(toVoice 運営)
吃音当事者。研究論文と当事者の声をもとに、吃音の情報を出典つきで発信しています。

この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の判断に代わるものではありません。気になる症状があるときは、言語聴覚士やことばの教室にご相談ください。

まず結論から

  • 自分や人を紹介することは、電話で話すこと・目上の人と話すことと並んで、吃音のある人がとくに緊張しやすい場面として研究の側でも名指しされています。そして多くの当事者にとって、そうした場面を避けること(回避)が、吃音のなかで最も生活を妨げる部分になりうるとされています。
  • 「名前だけが言えない」と感じる背景には、話す場面での失敗の経験が重なると、話し始める前から不安や恐怖を感じるようになる流れがあります。名前は言い換えのきかない言葉なので、その不安に逃げ場がありません。
  • 先に吃音のことを伝えるかどうかは、本人が決めることです。伝えることの影響を調べた研究18本をまとめた報告では、15本で良い方向の影響があり、言い方を比べた研究では謝らない言い方のほうが、謝る言い方や伝えない場合より好意的に受け止められていました。
  • ただし日本の当事者180人への調査では、自分から伝える度合いは米国の調査に答えた人たちより低く、自助グループ(当事者の集まり)に参加した経験や、自分を受け入れている度合いと結びついていました。「言わない」は例外的な選択ではありません。
  • 相談先は、言語聴覚士による発話訓練、カウンセリングや心理療法、そして自助団体です。学校や職場には、苦手な場面への配慮や支援を求めることができます。

ただし、伝えることの研究が測ったのは聞き手の印象であって、あなたの教室や職場で何が起きるかを保証するものではありません。原典自身も、吃音を伝えることがすべての状況・すべての人に有益とは限らないと断っています。この記事は「こう言えば言える」という手順書ではなく、同じ場面に立った人の記録と、研究が言えている範囲の一覧です。

「順番に自己紹介を」の一言で、頭が真っ白になる

自己紹介の怖さは、始まる前から始まっています。とくに、予定に書かれていなかった自己紹介ほど怖いものはありません。まず、ある集まりの終わり際に起きた出来事から見ていきます。

当事者の声(個人ブログ・アメブロ「吃音とつきあいながら。」)

こういった場で急に自己紹介を求められるのは、吃音がある自分にとってはとても大きなハードルです。

たとえ短い挨拶であっても、人前で言葉を発する場面には、常に不安がつきまといます。

会の終わり頃、参加者の一人が「最近来ている人も多いので、自己紹介をしたほうが良いのでは?」と提案した——本人が書いているのは、その瞬間からの数分間です。自分は最近来たばかりではないが、出席回数が少ないので対象に入るかもしれない。「このあと、本当に自己紹介の時間が始まったらどうしよう…」と手のひらが汗ばむ。結局は別の参加者が、新しい人だけにさせるのは不公平だし、そうなると全員がすることになると言って、話は流れました。「本当にほっとしました」と本人は書いています。提案した人にとっては何気ない一言だったはずのものが、当事者には「いつ、どこで、どんな言葉を求められるかわからない」という日常の不安の一場面になっている。自分や人を紹介することは、研究の側でも、とくに緊張しやすい場面の代表例として名指しされています。

出典: “自己紹介してください”が怖い…吃音持ちの本音(アメブロ「吃音とつきあいながら。」)(台帳: V0397)

吃音の治療法をまとめた論文(これまでの研究を整理した総説)は、どもるのを避けるために身についていく行動として、言いにくい言葉を避ける、緊張する場面を避ける、以前よくどもった相手との会話を避ける、の3つを挙げています。そして、とくに緊張しやすい場面の例として並べているのが、電話で話すこと、自分や人を紹介すること、目上の人と話すことです。自己紹介は、研究の言葉のなかでは「特別なこと」ではなく、代表例として最初から名前の挙がっている場面です。同じ総説は、多くの当事者にとってこうした回避が吃音のなかで最も生活を妨げる部分になりうること、回避が続くと人と関わる機会や仕事の機会が狭まり、年月がたつと自分で制御できないという感覚や気分の落ち込み、不安の高まりにつながることがあると述べています。

「始まる前から怖い」という感覚にも、名前があります。吃音のある成人の困りごとを当事者の実感に近い言葉で並べた吃音の情報サイトは、「以前失敗したことがもう一度あるのではないかと不安になる」「苦手なことばや場面が近づくと強い不安や緊張を感じる」を、話す前に起きる不安——予期不安と呼ばれます——の中身として挙げています。自己紹介の提案を聞いた瞬間に汗ばむ手のひらは、この予期不安が体に出た形です。

新学期の教室——4月が来るのが、ほかの人より怖い

自己紹介がいちばんまとまって襲ってくるのは、春です。クラス替え、進学、新しい部活。学校では自己紹介が「行事」として組まれています。高校進学で吃音が重くなったと感じた当事者が、その4月のことを書き残しています。

当事者の声(名義 Yuu・大阪出身。小学生のときに吃音が出始めた/NPO法人日本吃音協会のメディア「HAPPY FOX」への本人寄稿)

非吃音者でも環境が変わる4月が嫌いという人も多いと思います。しかし、吃音者の場合は想像しているよりも更に嫌いです。

なぜなら、自己紹介があるからです。自己紹介は新しい環境では避けて通れません。

もし自己紹介で吃れば、それから3年間の高校生活は台無しになってしまいます。

吃音症だとバレることはなくても、落ち着きがない、緊張している、口だけ動かしている、など普通の人とは違うように見られてしまいます。

それが辛く、吃るのが怖かったのです。

高校に入って、中学のときより重くなったと本人は感じています。いちばんの原因は環境が変わったこと。そして、その年の自己紹介がどうなったかも書かれています——幸運にも、その高校では先生が生徒の名前を順番に読み上げてくれたので、一人ずつ名乗る必要はなかった。ただし、友達を作るときに代わりに言ってくれる人はいません。気持ちを落ち着かせて話しかけ、言葉が出ないときは聞こえなかったふりをして聞き返し、自分の言いやすいタイミングを計った。本当は聞こえているのに聞き返していることが、正直つらかったと書いています。「先生が名前を読み上げる」という進行のささやかな違いが、この当事者の4月を変えていました。周りにできる調整は、こういう形をしています。学会の解説も、本人が望む場合には学校に苦手な場面への配慮や支援を求め、安心して学校生活を送れるように環境を整えることが大切だとしています。

出典: 高校時代、吃音の予期不安で大ピンチ!その恐怖を救ってくれた友達の行動(HAPPY FOX)(台帳: V0149)

日本吃音・流暢性障害学会は、中高生が話しにくさを感じやすい場面として、部活動や入学面接を挙げています。自己紹介そのものは名指しされていませんが、どれも「言う言葉があらかじめ決まっていて、順番が回ってくる」場面です。同じ解説は、吃音によって話す場面での失敗の経験が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じ、次第に会話や社交を避けるようになると述べています。

慶應義塾大学病院の解説は、思春期以降に加わりやすい変化を三つの段階で整理しています。「この言葉は吃音が出そうだな」と予感できるようになる予期不安、その言葉をとっさに別の言葉に置き換える言い換え、そして人前や電話など話す場面そのものを避けてしまう回避行動です。自己紹介の順番が近づくにつれて胸が苦しくなるのは、この一段目に当たります。そしてこの当事者が「聞こえなかったふりをして聞き返す」ことでしのいでいたのは、自分の名前という言い換えのきかない言葉の前で、二段目の手が使えなかったからだと読めます。三段目——場そのものを避ける——に進む前に、周りの進行を変えるという手があったことを、この記録は示しています。

職場の会議・入社初日——授業では出ないのに、自己紹介だけは

大人になると自己紹介の回数は減りますが、消えはしません。異動、転職、社外の会議、保護者会。一日中話す仕事に就いた人でさえ、自己紹介だけは別だったと書いています。

当事者の声(名義「吃音せんせい」・高校の理科教員で教員歴15年以上/個人ブログ note の連載)

それでも難しかったのは、自己紹介と電話です。吃音者あるあるですが、自分の名前を言うのが何より苦手です。おそらく自分の名前が度重なる失敗体験と結びついていて、極度に緊張してどもりやすい状態になるのだと思います。電話も同様で「話さなきゃ」という焦りがさらなる緊張を生みます。校外の方が参加する会議での自己紹介や保護者への電話では、いつも吃音の症状が出て自己嫌悪に陥りました。そういった場面では「難発」の症状があり、それでも無理に声を出そうとすると、「た、たたた、」のように連発気味の発声になりました。自己紹介の順番を待っているとき、処刑台に上っていくような気持ちになり、冷や汗が出て心拍数が急上昇します。

「吃音をもつ自分を諦めたくない」という気持ちで、あえて一日中話す仕事を選んだ人です。授業では吃音が出にくかった。授業の内容のほうに意識が向くからだろう、と本人は見ています。言いづらいときは「あの~」のようなつなぎの言葉で話しやすいタイミングを探せば、何とかなる。それでも残ったのが、自己紹介と電話でした。中学生のころには苦手な言葉の言い換えで友人にほとんど気づかれなくなっていたものの、自分の名前などの固有名詞は言い換えがきかず、かなり不安だったとも書いています。教員になって15年以上がたち、いまは中学生とその保護者を前に20分の学校説明を任されている——それでも、順番を待つあいだの感覚は「処刑台」という言葉で書かれています。言い換えでしのげる言葉と、しのげない言葉。学会の解説は、その言い換えという工夫の代償にも触れています。

出典: 吃音せんせいVol.1:自己紹介(note)(台帳: V0142)

学会は、社会人が話しにくさを感じやすい場面として職場の電話応対を挙げたうえで、吃音を巧みに隠そうとして言いにくい単語を言い換える工夫をすると、吃音は目立たなくなる一方で、実際は吃音が出ないかを日々警戒しながら生活することになり、ストレスや悩みを抱え込みやすくなると述べています。自己紹介の何がきついのかは、ここで説明がつきます。言い換えは「別の言い方がある言葉」にしか使えません。自分の名前、所属、相手の名字——自己紹介に並ぶ言葉は、そのほとんどが置き換えのきかない固有名詞です。日々の会話で回っていた工夫が、自己紹介の30秒だけ、いっせいに使えなくなるのです。

研究の側も、自分や人を紹介すること、目上の人と話すことを、とくに緊張しやすい場面として並べています。社外の人が集まる会議での自己紹介は、その二つが同時に来る場面です。なお、どの音が出にくいかは一人ひとり違います。名前の最初の音で詰まる仕組みそのものは、「お」が言えないあ行が出にくいの記事で扱っています。

職場でできることについて、学会は、就労環境はさまざまだが、吃音について上司や同僚に相談することで、職場の配置や電話業務などで配慮を得られることがあるとしています。「相談する」がその入口になっているところは、次のブロックの話とつながります。

自己紹介のなかで、先に伝えるという選択

自己紹介には、ほかの場面にない特徴があります。「自分がどういう人間か」を話す時間なので、吃音のことをそこに織り込める、ということです。毎回そうしている大学生の記録から見ていきます。

当事者の声(大学生・筆名うめちゃん/九州大学の学生とラジオ局が運営する学生メディア「medien-lien」の note)

ところで、私は自己紹介の時に必ず「吃音という、言葉がスラスラ出にくい障害があります」とカミングアウトするようにしています。もちろん、自己紹介でカミングアウトするにはエネルギーが必要になるのですが、話していると必然的に吃音が出てしまうため、先に伝えておいた方が楽だと考えているからです。(吃音を持っている人の中には、自分が吃音であることを明かさない人もいます。)

しかし、自己紹介は相手の第一印象を決める大切な時間です。私の第一印象が「暗い人」「もごもご喋る人」と思われたらどうしよう!?とドキドキしながら自己紹介をなんとかやり過ごすのです。

小学3年生のころ、クラスメイトに話し方を真似されて自分の吃音を知った人です。転機は小学6年生の弁論大会でした。学校代表に選ばれ、「吃音」をテーマに発表した。人前で自分の吃音を語るのは新鮮な体験で、吃音であることを自分で発信していいのだと気づいた、と書いています。いまは自己紹介のたびに「言葉がスラスラ出にくい障害があります」と先に置く。理由は評価のためではなく、話せば必ず出るのだから先に言うほうが楽だから。そして本人は、明かさない人もいることを、わざわざ括弧で書き添えています。見た目では分からない吃音を、自己紹介のどこで、どう言うか——あるいは言わないか。この選択について、日本の当事者を対象に調べた研究があります。

出典: 吃音症の大学生が、吃音への思いや不安を思いのまま語ってみた(medien-lien・note)(台帳: V0008)

筑波大学などの研究グループは、日本の吃音のある成人に「自分から吃音を伝える度合い」を測る尺度の日本語版を作り、自助グループなどを通じて集めた180人分をオンライン調査で分析しました。その水準は、同じ尺度を使った米国の調査に答えた人たちより低いものでした。伝える度合いが高いことと結びついていたのは、男性であること、自助グループに参加した経験があること、自分を受け入れている度合いが高いこと、そして吃音のある自分自身に否定的な見方を向けてしまうこと(自己スティグマ)が弱いことでした。研究チームは、日本の当事者が過去の調査の集団より伝える度合いが低い傾向を、社会文化的な違いの反映かもしれないとしています。自助グループ経由で集めた人たちなので、日本の当事者全体をそのまま表すわけではありませんが、日本では「伝えない」がむしろ多数側の選択だと読める結果です。

伝えるとしたら、どう言うか。これまでの研究18本を集めてまとめた報告では、15本で伝えることに良い方向の影響が確かめられ、言い方を条件として比べた13本のうち12本で、謝らない言い方のほうが謝る言い方や伝えない場合より好意的に受け止められていました。この報告は、謝らない形で伝えることが、否定的な思い込みを向けられるかもしれないという負担(ステレオタイプ脅威)をやわらげると結論づけています。ただし、伝える場面の違い・年齢・吃音の頻度や重さ・聞き手が吃音のある人と知り合いかどうかについては、そもそも調べた研究が少ないとも書いています。学校や集まりの自己紹介は、その「まだ調べられていない場面」に入ります。

言い方を比べた実験では、模擬面接の冒頭で話し手が言うせりふとして、事実として伝える言い方——「始める前にお伝えしておきます。私には吃音があります。音や語句を繰り返すことがありますが、分かりにくいところがあれば遠慮なく聞き返してください」にあたる一文——が使われ、338人の観察者が印象を答えました。事実として伝えた話し手は、何も言わなかった話し手より友好的・外向的・知的・自信があると評定され、不安げだという評定は低くなりました。研究チームは、この実験が就職面接という場面で行われたこと、結果を他の場面にそのまま当てはめられないことを断ったうえで、伝えることはすべての状況・すべての人に有益とは限らないと結論づけています。面接の実験を行った別の研究チームも、早い段階で伝えるほうが後から伝えるより聞き手の受け止めに効くという以前の研究を挙げています。自己紹介は、その「早い段階」そのものです。面接という場面での伝え方は、面接のカミングアウトの記事で詳しく扱っています。

「どもらずに名乗る」以外のゴールを置く

ここまでの4人に共通しているのは、「どもらずに名前を言えるか」が自己紹介の合否になっていたことです。その物差しそのものを疑う当事者の対談があります。

当事者2名の対談(大阪吃音教室の藤岡さんと、日本吃音臨床研究会会長・伊藤伸二さん。引用部分は伊藤さんの発言/会報「スタタリング・ナウ」2018年の再掲・日本吃音臨床研究会サイト)

自己紹介は、たとえば就職活動の時の面接の自己紹介は、自分のことをきちんと分かってもらうということが自己紹介の目的です。だとしたら、どもらずに自己紹介をしてしまうと、むしろこれは失敗で、どもりながら自己紹介をすることが、どもる人にとっての自己紹介になり、成功だと考えたい。「小学校の二年生からどもり続けて73歳になった伊藤伸二です」と言ったら、さらりとどもりを出してしまうことになり、それもひとつのコツだと思う。

対談は、藤岡さんの「自己紹介は、どもる人の悩みのトップ3に入るんじゃないか」という切り出しから始まります。伊藤さんは、高校1年のとき、中学3年間続けた卓球を、新人合宿で自己紹介があるという理由だけで辞めた経験を語り、いまも悔しいと言います。そのうえで挙げるのは、二つの備えです。一つは、「私はこういう人間です」という自己紹介文を幾通りも書いておき、場に合わせて三種類くらい持っておくこと。もう一つは、言いやすい言葉を先に置いて、その勢いで言いにくい「い」を言うこと——本人は「伊藤」と名乗るとき、だいたいどもると言います。対談の終わりで藤岡さんが言い直します。自己紹介は切り抜けるものではなく、自分のことを分かってもらうもの。この立て方は、なめらかに話せること(流暢さ)を治療の目標に置かないという近年の論文の枠組みと重なります。

出典: 大阪吃音教室 吃音Q&A 3(日本吃音臨床研究会「吃音相談室」)(台帳: V0211)

「吃音の治療で流暢さを目標にすべきではない」と題した論文は、その代わりに直接ねらえる過程——もがきを減らす、回避を減らす、自発的に話せることを増やす、方略を柔軟に使う、伝わる場に参加する——を目標と評価の軸に据える枠組みを示し、流暢さは治療の副産物として起こりうるものだと位置づけています。この物差しで見ると、自己紹介の「成功」は、どもらなかったかどうかではなく、その場から逃げなかったか、言いたいことが伝わったか、で測られることになります。伊藤さんの立て方は、この枠組みとほぼ同じ形をしています。

「受け入れる」か「変える」かの二択にする必要もありません。吃音の支援をめぐる近年の議論を省察した論文は、受け入れることと変えることは互いに排他的ではないという中間の立場を取り戻すこと、本人の望みを尊重し、本人が自分で定めた目標を支える当事者中心のやり方を呼びかけています。「どもらずに名乗りたい」という望みも、「どもりながら名乗れればいい」という望みも、その人が自分で決めるものです。

そして、不安の側に働きかけることは、それだけで意味があります。大人向けの3週間の集中プログラムを評価した研究を紹介した総説は、二つの結論を挙げています。自分で報告する不安が下がっても、吃音の頻度が自動的に減るわけではないこと。そして、吃音の頻度が減らない場合でも、吃音にまつわる不安や回避は扱えるということです。「緊張しなければどもらない」も、「どもる限り不安は消えない」も、この結果は支持していません。

相談先と、周りに頼めること

自己紹介の不安が生活を狭め始めているとき、相談できる先は三つに分かれます。日本吃音・流暢性障害学会の解説によれば、本人が吃音の治療を希望する場合、言語聴覚士による発話訓練を受けるという選択肢があります。発話訓練だけで症状が改善しない場合や、吃音に対する不安が強い場合は、カウンセリングや心理療法が役立つこともあるとされています。そして、吃音の自助団体に参加してほかの吃音のある人と出会うことが、吃音を否定的に捉えることが減るといった心理的な変化のきっかけになることもあります。

自助団体とは、当事者が「吃音があるのは自分だけではない」と認識し、共通の体験を語り合い、苦悩を分かち合い、互いに援助し合うことを活動の中心にした集まりです。1965年に発足した「言友会」は日本で最も歴史が古く、近年では若者を対象とした団体や、女性の集いを開催する団体も設立されています。先ほどの日本の調査でも、自助グループに参加した経験は、自分から伝える度合いと結びついていた要因の一つでした。

話すことに関わる強い不安を抱える大人には、考え方の癖に働きかける心理療法(認知行動療法)が使われます。その中核は、他人から悪く見られるのではないかという思い込みを検討し直すことです。進め方としては、否定的な考えや感情を捉え直す個別の相談、不安の扱いをグループで話し合うこと、そして吃音を打ち明けることや、わざとどもってみることで恐れに慣れていくことが挙げられています。「自己紹介で先に伝える」という工夫は、この最後の項目と重なっています。

周りに頼めることもあります。学会は、本人が望む場合には学校に対して発表や音読など苦手な場面への配慮や支援を求めること、大学生でも発表などで配慮を求めたり、就職活動の負担が多い場合には学生相談室でカウンセラーに相談したりすることは有効だとしています。社会人については、吃音について上司や同僚に相談することで、職場の配置や電話業務などで配慮を得られることがあるとしています。制度の面では、2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な言動や差別的な扱いは禁止されています。そのうえで、発表や電話応対の免除、試験などでの面接時間の延長といった、必要な調整を本人が申し出て対応してもらう仕組み(合理的配慮)を求めることができます。ただしその際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合があります。自己紹介そのものを名指しした記述ではありませんが、「先生が名前を読み上げる」という2つ目のブロックの例のように、進行の側を少し変えるだけで済む調整もあります。

相談を考えるきっかけとして、次のような状態が続いているときは、一人で抱え込まないほうが安心です(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。

  • 自己紹介や電話など、話す場面そのものを避けることが増え、行きたい場や続けたい活動から離れ始めている
  • 順番が近づくと動悸や冷や汗が出て、その場にいること自体がつらい
  • 言い換えでしのげてはいるが、日々警戒し続けることに疲れている

この3つは相談を考えるきっかけとして本記事が挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。

自己紹介で陥りがちな3つの落とし穴

落とし穴1 − 「どもらずに言えたか」だけで採点する

自己紹介の目的は、自分のことを分かってもらうことです。どもらなかったかどうかを合否にすると、伝わったかどうかが見えなくなります。流暢さを目標にしないという論文は、もがきや回避が減ったか、伝わる場に参加できたかを軸にする枠組みを示しています。「今日はどもったけれど、名前と好きなものは伝わった」は、その物差しでは成功です。

落とし穴2 − 謝るところから入ってしまう

「すみません、うまく話せないのですが」から入る言い方は、研究上、伝えない場合とほとんど評価が変わりませんでした。差が出たのは「自信がある」という評定だけです。伝えると決めたのなら、謝るのではなく、事実として置く。言い方を比べた研究をまとめた報告も、謝らない言い方のほうが好意的に受け止められていたとしています。自己紹介の場で謝らなければならないことを、あなたは何もしていません。

落とし穴3 − 自己紹介を避けるために、場そのものを避ける

自己紹介があるという理由だけで好きだった部活を辞めた、という当事者の記録がこの記事にあります。研究の側も、多くの当事者にとって回避が最も生活を妨げる部分になりうると述べています。避けた場は、避けたぶんだけ生活から消えていきます。避けたくなる場面・出やすい言葉・その日の調子を書き留めておくと、どこで何が起きているかが自分でも見えるようになり、相談のときにそのまま渡せる材料になります。日々の様子を「見える化」する手段の一つとしてアプリを使う方法もあります(アプリは記録・継続の支援であり、治療をうたうものではありません)。言語聴覚士や自助団体に相談できる状況なら、そちらが確実です。

よくある質問

自己紹介で、吃音のことは先に言ったほうがいいですか?

「言うべき」と言い切れるものではありません。伝えることの影響を調べた研究18本をまとめた報告では15本で良い方向の影響があったとされていますが、日本の当事者180人への調査では、自分から伝える度合いは米国の調査に答えた人たちより低く、伝えない人が少なくないことも示されています。実験を行った研究チーム自身も、伝えることがすべての状況・すべての人に有益とは限らないと断っています。決めるのは本人です。

言うとしたら、どんな言い方がいいですか?

研究上は、謝るのではなく事実として伝える言い方のほうが、聞き手の受け取りが良いとされています。実験で使われたのは「始める前にお伝えしておきます。私には吃音があります。音や語句を繰り返すことがありますが、分かりにくいところがあれば遠慮なく聞き返してください」にあたるひと言でした。自己紹介では、名前の前後に「言葉が出にくいことがあります」と一言添える形が、これに近い置き方になります。

自分の名前だけが、どうしても出てきません。なぜですか?

吃音では、話す場面での失敗の経験が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じるようになるとされています。「この言葉は吃音が出そうだ」と予感する予期不安が起きた言葉は、ふだんはとっさに別の言葉に言い換えてしのげますが、自分の名前には別の言い方がありません。言い換えという手が使えない言葉に、失敗の記憶が積み重なっている——名前だけが特別に難しく感じられる背景には、この二つが重なっています。どの音が出にくいかは一人ひとり違います。

新学期の自己紹介について、学校に配慮をお願いできますか?

学会の解説は、本人が望む場合には学校に対して発表や音読など苦手な場面への配慮や支援を求め、安心して学校生活を送れるように環境を整えることが大切だとしています。2016年に施行された障害者差別解消法により、発表や電話応対の免除、試験などでの面接時間の延長といった合理的配慮を求めることができますが、その際に医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合があります。自己紹介そのものを名指しした記述ではないので、先生が名前を読み上げる、順番を後ろにしてもらうなど、具体的に何を頼むかを相談の場で決めていくことになります。

緊張しなくなれば、自己紹介でどもらなくなりますか?

そうとは限りません。大人向けの集中プログラムを評価した研究では、自分で報告する不安が下がっても吃音の頻度が自動的に減るわけではないこと、そして吃音の頻度が減らない場合でも吃音にまつわる不安や回避は扱えること、の二つが結論として挙げられています。緊張をなくすことと、どもらなくなることは、別のできごととして考えるほうが実際に近いといえます。

まとめ

  • 自分や人を紹介することは、電話・目上の人と話すことと並んで、とくに緊張しやすい場面として研究でも名指しされている。多くの当事者にとって、そうした場面を避けることが最も生活を妨げる部分になりうる。
  • 名前だけが言えないと感じる背景には、失敗の経験が重なって話す前から不安を感じるようになる流れと、予期不安が出た言葉をとっさに言い換える工夫が、名前という固有名詞にだけ使えないことがある。
  • 先に伝えるかどうかは本人が決める。研究18本をまとめた報告では15本で良い方向の影響があり、謝らない言い方のほうが好意的に受け止められていた。ただし日本の当事者180人の調査では伝える度合いは米国より低く、自助グループの経験や自分の受け入れ方と結びついていた。
  • 「どもらずに名乗れたか」以外のゴールがある。流暢さではなく、もがきや回避が減ったか、伝わる場に参加できたかを軸にする枠組みが示されている。不安が下がっても頻度は自動的に減らないが、頻度が減らなくても不安と回避は扱える。
  • 相談先は言語聴覚士による発話訓練、カウンセリングや心理療法、自助団体。学校や職場には苦手な場面への配慮や支援を求めることができる。

参考文献

  1. Blomgren (2013) Behavioral treatments for children and adults who stutter: a review. Psychol Res Behav Manag.
  2. 日本吃音・流暢性障害学会「吃音(きつおん)について」
  3. 慶應義塾大学病院 KOMPAS「発話流暢性障害(吃音、クラタリング)」
  4. 吃音ポータルサイト「成人の方 ─ 吃音の問題あれこれ」
  5. Iimura, Takahashi, Aoki, Yoshizawa, Yanai, Miyamoto & Boyle (2026) Relationships between psychosocial aspects of stuttering and self-disclosure of stuttering in a Japanese sample. J Fluency Disord.
  6. Coalson, Rodriguez, Albaum, Allen & Byrd (2026) Self-disclosure of stuttering: A systematic review. J Fluency Disord.
  7. Byrd, Croft, Gkalitsiou & Hampton (2017) Clinical utility of self-disclosure for adults who stutter: Apologetic versus informative statements. J Fluency Disord.
  8. Perez, Newman, Walmer et al. (2025) Acknowledging a Stutter Affects the Impression One Makes in a Job Interview. Int J Lang Commun Disord.
  9. Jackson (2026) Fluency Should Not Be a Goal in Stuttering Therapy. J Speech Lang Hear Res.
  10. Vanryckeghem (2026) Stuttering and neurodiversity: A question of ableism or anti-ableism? One central premise: The person who stutters.

当事者の声の出典: V0397(個人ブログ・アメブロ「吃音とつきあいながら。」)/ V0149(HAPPY FOX・NPO法人日本吃音協会)/ V0142(note・吃音のある高校教諭の連載)/ V0008(学生メディア medien-lien の note)/ V0211(日本吃音臨床研究会「大阪吃音教室 吃音Q&A」)。いずれも公開記事。引用は原文どおり。

更新履歴: 2026-09-04 公開