まず結論から
- 「どもりカルタ」は、遊びだけのために作られたかるたではありません。吃音のある子ども(と大人)が自分の吃音についての句を読み札にして作り、読み合い、遊ぶ、ことばの教室の実践です。担当教員の実践記によれば、大阪の吃音教室で大人たちが作ったものが始まりで、各地のことばの教室に広がりました。英国の教室の研究者たちも、打ち手として、吃音の協会が作った学校向けの教材と、子ども同士で支え合う仕組みを挙げています。
- 吃音のある子が教室で受け入れられるかどうかは、吃音の重さでは決まっていませんでした。英国の16学級・403人を調べた研究では、いじめられている子に挙げられた中にも、「嫌い」と挙げられた中にも、重い子と軽い子の両方がいました。
- 同じ研究は、吃音のある子は同級生より「嫌い」と挙げられることが多く、いじめられている子に挙げられる割合も高かったと報告しています。周りに伝える実践は、この現実から出発しています。
- クラスに向けて吃音を説明する時間と、からかいへの返し方を一緒に考える練習を組み合わせた9歳の男の子の事例では、説明のあとにクラスの子どもたちからの否定的な発言が減ったと報告されています。
- 学校では毎年クラス替えがあるため、真似・笑い・質問を受けていないかを本人にオープンに聞き、対応法を話し合うことが予防につながるとされています。学齢期には約半数がいじめやからかいを経験するとする総説もあります。
ただし、伝えるかどうか、誰が、どこまで伝えるかは、本人の気持ちと状況で変わります。教室の研究は吃音のある子が16人と少なく、原典自身が決定的な結論は出せないと断っていますし、9歳の事例も1人の報告です。カルタも「こうすれば伝わる」道具ではなく、子どもが自分の吃音を自分のことばにしていく過程の一つとして読んでください。
「どもりカルタ」とは——自分の吃音を句にして、友だちと遊ぶ
名前だけ聞くと、既製の札を買ってきて遊ぶものに思えます。実践記に書かれているのは、順序が逆の活動です。まず、大人の吃音のある人たちが自分の体験を句にしたカルタを、子どもたちが読む。そこに「そうそう、同じだ」「ぼくだけじゃないんだ」と思える作品を見つけた子どもたちが、次に自分の「どもりカルタ」を作る。宇都宮市のことばの教室の担当教員は、大阪の吃音教室で始まったこのカルタが各地のことばの教室に広がり、「学習どもりカルタ」の制作につながっていったと書いています。そして、作った札を持って、子どもは在籍学級に戻ります。
ことばの教室(通級指導教室)担当教員の実践記(千葉市立あやめ台小学校・渡邉美穂教諭。日本吃音臨床研究会の会誌に掲載。A君は担当した通級児)
2年生になったA君は、在籍学級の友だちと「どもりカルタ大会」をした。学級のお楽しみ会にA君が出し物の一つとして勇気を出して提案したそうである。周りの友だちが誉めてくれ、楽しそうに遊んでいる様子を見て、A君はとてもうれしそうだった。はりきって読み札を大きな声で読んでいた。その時、この友だちになら自分のどもりについて話せそうだと思ったようである。
2年生のお楽しみ会。出し物として提案したのはA君自身で、札を読み上げるのもA君です。実践記によれば、A君は1年生からことばの教室に通い、グループ学習で友だちの作ったカルタを読み、音読は「パスすることができるんだ」と知って驚いた子でした。カルタ大会のあと、2年生の3月には自分の吃音を知らせる作文を在籍学級で読み、3年生の3月には、3年間作ってきたカルタそのものを紹介して自分を理解してもらうことを、今度は自分から提案しています。同じ教室の子どもたちが後日、「周りの理解」の軸が小さくなった理由として挙げたことばの中にも、自分で作ったカルタで在籍学級の友だちと遊び、「気持ちが伝わってきた」と言われてうれしくなった、というものがありました。遊びが、伝える前の助走になっています。周りに働きかける前に、からかいにどう向き合うかを子ども自身が持てているかどうかは、研究の側からも支援の要点として挙げられています。
出典: ことばの教室の実践(日本吃音臨床研究会「吃音と上手につきあうための吃音相談室」)(台帳: V0046)
実践記が「読み札を作る」と呼んでいることは、研究の言葉で言えば、自分の吃音を自分で説明できるようにすることに近い作業です。学齢期の子どもを対象にした事例研究では、からかいへの返し方を一緒に考える活動と、クラスの子どもたちに吃音を説明する時間を組み合わせ、9歳の男の子がからかいに建設的に応じられるようになり、クラスの子どもからの否定的な発言が説明のあとに減ったと報告されています。英国の教室の研究者たちは、学校ぐるみのいじめ対策で学校全体のいじめは減っていると考えられる一方、吃音のある子が学校で抱える問題が十分に認識されている証拠は乏しいとし、英国の吃音の協会が学校と教師向けの教材を作っていること、子どもはいじめが起きても大人を巻き込みたがらないので子ども同士で支え合う仕組みが助けになりうることを挙げています。子どもが作り、子ども同士で読み合い、教室で遊ぶカルタは、その両方の性格を持つ実践と読めます。
なお、実践記の参考文献には『学習・どもりカルタ』の解説書(日本吃音臨床研究会、2010年)と『吃音ワークブック』(解放出版社、2010年)が挙げられており、実践記そのものは国立特別支援教育総合研究所の報告書からの転載で、原文は同研究所のサイトから入手できると書かれています。価格や購入方法は、この記事の材料には書かれていません。
本人が「言わなくていい」と言うとき
伝えたほうがよいと分かっていても、本人が嫌がることがあります。転校を機に、母親がそれに直面した記録です。
当事者の子の母(息子は9歳。3歳から吃音をオープンにし、ことばの教室に通って3年目。父の転勤で転校。個人ブログ)
確かに、嫌な思いをするまで、手を打たないのは怖すぎる。もしも今、心に傷が出来て吃音を負のものとして記憶してしまうと、将来的にどう悪化してしまうか分からないし
だから、息子に吃音のカミングアウトは恥ずかしいことじゃない、知ってる人が増えたら絶対過ごしやすい、吃音のこと知らない友達が悪気なくからかってしまうかもしれない、ってことを伝えて。
転校して1か月、担任からは「吃音はあまり出ていない」と聞かされます。母親はそこで、ことばを繰り返す連発から、声が出ずに詰まる難発へと息子の出方が変わっていることに気づきました。息子に、クラスメイトに説明して手紙も読んでもらうのはどうかと聞くと、返事は「ヤダ」。恥ずかしいから、です。悩んだ母親は姉に相談し、姉の子が通う病院の医師から、この年頃は恥ずかしさが先に立つが、子どもの判断に任せず親が「友達に言おうね」と言うほうがいい、という助言を伝え聞きます。それに背中を押されて上のことばを息子に伝え、担任から、前の学校のときに書いた手紙をクラスメイトに向けて読んでもらいました。息子は「先生がみんなに吃音のこと話してくれたよ。うまく言ってくれてた!」と満足そうだった、と書かれています。クラスに向けて吃音を説明する時間を設けることは、研究の事例でも取り組みの柱の一つでした。
出典: 2020年の締めくくりに(ゆうだのblog〜息子の吃音と向き合うママの日記〜)(台帳: V0068)
本人の「ヤダ」をどう扱うかについて、公的な支援者向けの資料が勧めているのは、まず聞くことです。吃音は発話の場面でしか症状が出ないため悩みが小さく見積もられやすく、担任の先生・養育者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞くことが、吃音の話をオープンにするきっかけになるとされています。学校では毎年クラス替えがあり、真似・笑い・質問を受けるリスクがそのたびに生まれるため、早期発見とその対応法をオープンに話すことが予防につながる、というのが資料の説明です。日本耳鼻咽喉科学会の会報に載った総説も、学齢期には約半数がいじめやからかいを経験するので対策が重要だとし、学齢後期以降は吃音を隠そうとしてさまざまな対処行動を発達させやすいと述べています。この母親が転校直後に手を打ったのは、そうした時期に入る前でした。
入学の前後に——担任から、親から、手紙で
クラスに伝えるといっても、担任が話す、親が話す、手紙を配る、と形はいくつもあります。吃音の相談事業が開いた交流会で、保護者たちが持ち寄った実例です。
小学1年生の子の保護者(岐阜県各務原市の相談事業「吃音のつどい」座談会の記録。15家族が参加)
本人と相談して、入学後、担任から全校児童に対して吃音の話をしてもらった。子どもたちには、「話したいこと(内容)に注目する人間になろうね。」というような伝え方で話してくださったと聞いている。その他、子ども会には親が説明した。(昨年度のつどいで他の保護者がそういうことをしたと聞いて背中を押された)説明したことで、周りの子どもたちは理解してくれて本人は安心して過ごしている。
話したのは担任で、相手はクラスではなく全校児童。伝え方は「話したいこと(内容)に注目する人間になろうね」。子ども会には親が説明し、それができたのは前年の集まりで別の保護者がそうしたと聞いたから、と書かれています。同じ記録には、年長のときに園の担任からクラスの子に話してもらい、1年生になったときに周りに吃音のことを知っている子がたくさんいて本人は安心できたと思う、という小学4年生の保護者の話や、学年の違う通学班の子には吃音を理解してもらうための手紙を書いて家のポストに入れた、という小学3年生の保護者の話も並びます。伝える相手は教室の中だけではない、というのがこの記録の実感です。研究者たちは、吃音のある子が授業や集団の場で声を出して参加するのをためらいがちなことが、周りから内気・引っ込み思案と受け取られ、その印象のせいで仲間関係が築きにくくなるという筋道を考えています。
出典: 第8回「吃音のつどい」を開催しました!(社会福祉法人各務原市社会福祉事業団)(台帳: V0083)
「知っている子が多くて安心できた」という保護者の実感は、研究の側の心配とちょうど裏表です。英国の研究は、クラスの子ども全員に好きな子と嫌いな子を挙げてもらう方法で、吃音のある子の教室での立ち位置を測りました。その結果、吃音のある子は同級生より「嫌い」と挙げられることが多く、人気のグループに入ることは少なく、いじめられている子・助けを求める子に挙げられる割合が高く、リーダーに挙げられる割合は低い、という傾向が出ています。ただし、行動の枠のうち統計的にはっきり差が出たのは「いじめられている子」への指名だけで、内気・自己主張が強い・協力的・場を乱す・いじめる、といった行動はどちらの群でも同じくらい起こりうる、と原典は書いています。「吃音のある子は内気だ」という決めつけは、この研究自身が支持していません。数字の中身は、後ろの節にまとめました。
伝えたあとの教室で、何が起きているか
伝えたあと、教室はどう変わるのか。担任のことばをそのまま書き残した母親の記録があります。
4歳で吃音が始まった息子(小学2年生・言語通級に通う)をもつ母(吃音の当事者団体のメディアへの寄稿)
小学校では通級とクラスの担任と連携し、息子の吃音で周囲のお友達に偏見を持たれないよう支援をお願いしています。しかし、不思議なことにクラスメイトたちは、息子の吃音に疑問を持たず、当たり前のように受け入れていると言うのです。
印象的なのは担任の先生が、「みんな本当に聞こえてる?と(良い意味で)疑問に思うほど、あたりまえに待って聞いてくれます」という言葉です。
ときどき素朴な疑問を投げかけるお友達もいますが、「これが彼の話し方なんだよ。ゆっくり聞いてあげてね」と伝えると、理解して素直に応じてくれているそうです。
幼稚園の年少のころから吃音が出ていて、担任のフォローもあり、友だちには当たり前のように受け入れられてきた息子です。小学校に上がるとき、母親は通級と担任に「偏見を持たれないよう支援を」と頼みました。返ってきたのが、担任の「みんな本当に聞こえてる?」という言葉でした。素朴な疑問が出たときには「これが彼の話し方なんだよ」と伝えると、子どもたちは応じてくれる。母親はこれを環境の大切さと呼び、この先で吃音の壁にぶつかることがあっても、それを乗り越える力になるのは「吃音を当たり前に受け入れ、普通に接してくれる人たちに囲まれた環境」だと書いています。研究の側で分かっているのは、吃音のある子の教室での立場が、症状の重さでは決まっていなかったことです。
出典: 【子育て我が家流】吃音の子供が話し好きに!理解ある環境の大切さ(日本吃音協会 HAPPY FOX・ききたさんの寄稿)(台帳: V0122)
英国の研究は、行動の枠や教室での立場の割り振りが吃音の重さによらないことを、具体例で示しています。いじめられている子に挙げられた中には、1分あたり16語でどもる重い子と、3語の軽い子の両方がいました。「嫌い」と挙げられて拒否のグループに入った中にも、1分あたり14.5語の子と2.5語の子がいました。少なくとも、「軽いから大丈夫」「重いから仕方がない」とは言えない、というのがこの結果の読み方です。この母親の記録で効いていたのは、息子の話し方が軽いことではなく、周りが知っていて、待つことが教室の当たり前になっていたことでした。
説明が無かったとき——隠して通ったことばの教室
逆の側の記録もあります。クラスに何の説明も無いまま、ことばの教室に通っていた本人の振り返りです。
当事者本人(20代。保育園から小学4年生まで、小学校の中にあったことばの教室に通っていた。note)
担任の先生や言葉の教室の先生から、
クラスメイトへの説明は一切なかったので、
私が隠せばなんとか隠せる状況だったので、
そんなこんなで小学3年生からこの行動をし続け、
小4になると、もういつバレるのかという恐怖と戦う日々に、
身体的にも精神的にも疲れてしまって、
何のためにことばの教室に行っているのか分からなくなりました。
やめたい。
みんなと同じになりたい。
私は教室に行かなくたってやっていける。
「この行動」とは何か。月に2回の通級の日、友だちに「どこ行くの?」と聞かれるのを避けるために母親の迎えがある日だと装い、保護者用の駐車場まで行って木の下で時間をつぶし、友だちが帰ったころに教室へ走る。友だちがなかなか帰らないときは、下駄箱に自分の靴があるのを見られないよう、いったん玄関を出て低学年用の玄関に靴を置き替えてから教室に向かう、と本人は書いています。小学3年生から続けたこの行動は4年生で限界になり、ことばの教室を「卒業」しました。本人はそのあとで、学校の他の教室と違って、ことばの教室は通う子でなければどんな教室かも説明されない場所だったことにも触れています。吃音のある子は自分の話しにくさだけでなく、それが同級生から否定的な反応を招きうることにも気づいていて、その危険を避けて教室の空気に合わせがちだ、という観察は研究にもあります。
出典: 今日も隠れてことばの教室に向かう(note・ちな)(台帳: V0227)
隠すことの先に何が続きやすいかは、総説が経過として書いています。学齢後期以降には吃音を隠そうとして多彩な、しばしば不適切な対処行動を発達させ、思春期以降は、人前で話す場面などに強い不安が出る社交不安障害やうつといった心の問題も併発しやすい。言語訓練だけでは長期的な効果は限られ、心理面・社会面のサポートも必要だ、と続きます。英国の研究者たちも、吃音のある子が「周りに合わせる」傾向にはソーシャルスキル(人とのやりとりの練習)の訓練で向き合う必要があるかもしれないとし、からかいやいじめへの対処の助言が、ふだんのやりとりから締め出されるのを避ける助けになりうると述べています。最初の節のカルタは、「周りに合わせる」とは逆向きの活動——自分の吃音を自分のことばにして、教室に持ち込む——だったことを、ここで思い出してください。
教室での立ち位置を測った研究——数字で見ると
ここまで何度も引いた英国の研究の中身です。イングランドの農村部・郊外・都市部にある16校の通常学級から、吃音のある子が1人ずついる16学級を選び、同級生全員を含む403人(8歳3か月〜14歳9か月)が参加しました。吃音のある16人のうち15人は男子でした。一人ずつ別室で、好きな子と嫌いな子を3人ずつ、8つの行動(いじめる子・いじめられる子・助けを求める子・リーダーなど)に当てはまる子を挙げてもらい、立場を割り振っています。
立場の割り振りでは、「嫌い」と多く挙げられて拒否のグループに入った割合が、吃音のある子で43.75%、ない子で18.86%と2倍以上でした。人気のグループに入ったのは吃音のある子の6.25%、ない子の25.84%。平均的なグループに入ったのは吃音のある子の6.25%、ない子の26.87%でした。行動の指名では、いじめられている子に挙げられたのが吃音のある子の37.5%に対してない子は10.6%、助けを求める子に挙げられたのが25%に対して13.18%、リーダーに挙げられたのが6.5%に対して12.92%です。
読むときの注意が二つあります。行動の枠のうち統計的にはっきり差が出たのは「いじめられている子」への指名だけで、それ以外の行動はどちらの群でも同じくらい起こりうると原典は書いています。そして、吃音のある子の人数が少ないため決定的な結論は出せないこと、学力をそろえた比較ができなかったことを、原典自身が限界として挙げています。いじめの受けやすさ全般については、吃音症といじめの記事で扱っています。
どこに相談するか——ことばの教室・言語聴覚士・診断書
この記事の実践記を書いたのは、いずれも小学校のことばの教室(通級指導教室)の担当教員です。カルタのような活動は、担当者が子どもと一緒に進めるものなので、まずは通っている(または通える)ことばの教室の担当者に、「どもりカルタ」という名前を出して聞いてみるのが近道です。通級の通い方や、担任に何をどう頼むかは、学校の配慮の記事にまとめています。
クラスや家庭でどう伝えるかを相談する相手として、公的資料が名前を挙げているのは担任の先生・養育者・支援者で、本人に「真似されていない?」「笑われていない?」とオープンに聞くところから始めることを勧めています。医療の側では、小児を診る言語聴覚士や、吃音を扱う医療機関が相談先になります。総説は、学齢期のいじめやからかいへの対策として診断書などで対応すること、就学・就労の支援として、診断書によって学校や職場に個別の調整を求める「合理的配慮」を求められることを挙げています。
家庭でできることは、この記事の記録が示しているとおり、大きなことではありません。本人と話し、本人の気持ちを聞き、担任と保護者のどちらが誰に話すかを決める。年度が替わるたびにそれをやり直す。8歳前後の経過の目安や、家庭での声かけについては、8歳の吃音の記事と子どもの吃音への対応の記事を参照してください。
「吃音かるた」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 既製品を探して、見つからずにあきらめる
「どもりカルタ」は、子ども(と大人)が自分の吃音を句にして作るところから始まる活動で、実践記に出てくるのは、大人の作ったカルタを読み、自分の読み札を作り、在籍学級の友だちと遊ぶ、という順序です。実践記の参考文献には解説書と『吃音ワークブック』が挙げられていますが、遊ぶための札は子どもが自分で作ります。探すべきなのは売り場ではなく、一緒に作ってくれる担当者です。
落とし穴2 − 「軽いから伝えなくていい」と決める
教室での立ち位置は吃音の重さで決まっていませんでした。いじめられている子に挙げられた中にも、拒否のグループに入った中にも、重い子と軽い子の両方がいます。伝えるかどうかは、症状の軽重ではなく、本人の気持ちと、真似・笑い・質問が実際に起きていないかで決めることになります。
落とし穴3 − 一度伝えたら終わりだと思う
学校では毎年クラス替えがあり、真似・笑い・質問を受けるリスクはそのたびに新しく生まれます。この記事の記録でも、転校のたびに手紙を読み直してもらった家庭、クラス替えを控えた3月に2年続けてカルタや作文で伝えた子が出てきます。年度替わりを予定に入れておくと、あとが楽になります。
まずは、本人に「真似されていない?」「笑われていない?」と聞くところから。伝え方を一緒に考えてくれる相手として、ことばの教室の担当者や、小児を診る言語聴覚士がいます。
よくある質問
吃音かるた(どもりカルタ)は、どこで買えますか?
実践記は、市販の『学習・どもりカルタ』で遊ぶところから始める段階を挙げていて、参考文献にはその解説書(日本吃音臨床研究会、2010年)と『吃音ワークブック』(解放出版社、2010年)が並んでいます。ただし販売元・価格・買い方は実践記に書かれていないので、ここでは案内できません。実践記そのものは国立特別支援教育総合研究所の報告書からの転載で、原文は同研究所のサイトから入手できると書かれています。遊ぶための札は、子ども自身が作るものとして書かれています。
どもりカルタは、どうやって作るのですか?
実践記に書かれている順序は、まず大人の吃音のある人たちが作ったカルタを子どもたちが読み、次に自分の「どもりカルタ」の読み札を作り、お互いに読み合う、というものです。作った札の背景にある思いを解説として文章にする過程も書かれています。細かい手順や様式は、ことばの教室の担当者と一緒に決めることになります。
クラスに伝えるのは、本人・親・担任のだれがいいですか?
この記事の記録では、本人がカルタや作文で伝えた例、担任が全校児童に話した例、担任が親の書いた手紙を読んだ例、親が子ども会や通学班に説明した例と、形はさまざまです。9歳の男の子の事例研究では、クラスに向けて吃音を説明する時間と、からかいへの返し方を一緒に考える練習を組み合わせています。本人に確かめてから、本人と担任と保護者で誰が話すかを決めるのが出発点になります。
吃音が軽ければ、からかわれる心配は少ないですか?
そうとは言えません。英国の16学級を調べた研究では、いじめられている子に挙げられた中にも、「嫌い」と挙げられた中にも、重い子と軽い子の両方がいて、教室での立場は吃音の重さによらなかったと報告されています。ただし吃音のある子は16人と少なく、原典自身が決定的な結論は出せないと断っています。
本人が「言いたくない」と言います。どうすればいいですか?
公的資料は、まず本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞くことを勧めています。この記事の記録では、恥ずかしいと拒んだ息子に、母親が医師の助言を受けて「知っている人が増えたら過ごしやすい」と伝え、担任から手紙を読んでもらった例があります。学齢後期以降は吃音を隠そうとする対処行動が育ちやすいとされているので、本人の気持ちを聞きながら、担任やことばの教室の担当者と一緒に時期と形を考えることになります。
まとめ
- 「どもりカルタ」は、吃音のある子ども(と大人)が自分の吃音を句にして読み札を作り、読み合い、在籍学級で遊ぶ、ことばの教室の実践。大阪の吃音教室から各地に広がった。既製品ではなく、一緒に作る担当者を探す。
- 教室での立ち位置は吃音の重さで決まっていない。いじめられている子にも拒否された子にも、重い子と軽い子の両方がいた。「軽いから伝えなくていい」とは言えない。
- クラスに吃音を説明する時間と、からかいへの返し方の練習を組み合わせた9歳の事例では、説明のあとに否定的な発言が減った。ただし1人の報告。
- 伝える形は、本人がカルタや作文で・担任が話す・親の手紙を担任が読む・親が子ども会や通学班に、とさまざま。逆に、説明が無いまま通級を隠し続けて疲れ切った本人の記録もある。
- 毎年クラス替えがあるので、本人に「真似されていない?」と聞き、対応法をオープンに話すことを年度ごとに繰り返す。学齢期は約半数がいじめやからかいを経験するとされ、相談先はことばの教室の担当者と小児を診る言語聴覚士。
