まず結論から
- 吃音のある人は、学童期以降で100人に1人弱(時点有症率0.8%)とされる、決して珍しくない存在です。一方で、一般の人のうち「吃音」という言葉を知っている人の割合を直接たずねた調査の数字は、この記事の手元の資料にはありません。
- 日本の一般の成人671人を分析した調査では、職場・友人・家族のいずれかに吃音のある人を知っている人は41.3%でした。半数以上は、身近に当事者がいないまま暮らしています。
- 知られていないことが、「緊張のせい」「やる気がない」という受け止めや、からかいにつながります。学会の解説は、親の接し方を原因とする説や「真似するとうつる」という俗説を、間違った原因論・俗説として名指しで否定しています。
- 自分から吃音があると伝えること(自己開示)は、量的研究18件のうち15件で相手の受け止めに好意的に働いていました。ただし日本の当事者180人の調査では、伝える度合いは米国の調査より低いと報告されています。
- 職場に吃音のある人がいて知っていることは、より肯定的な態度と結びついていました。「知られること」そのものが、理解の土台になります。
ただし、自分から伝えることが誰にでも・どの場面でも有効かは、まだ調べた研究が少なく、職場での接触と肯定的な態度の関係も「関連がある」という結果であって、接すれば必ず態度が変わることを示したものではありません。
周りには「あがり症で緊張しているだけ」に見えていた
吃音は、いつも同じように出るわけではありません。本人が一番つらい思いをしている場面でも、周りには「たまにつっかえる人」「緊張しやすい人」としか映っていないことがあります。知られていないことの最初の形は、気づかれないこと、そして違うものとして受け止められることです。
当事者の声(40代・男性/広島言友会のサイトに掲載された体験談)
私の吃音について友達がどう思っていたか聞いたことはないが、私の感じとしては、たまにどもって同じことばを繰り返してもあがり症で緊張して、そうなっているだけという感じでしか受け止めていなかったような気がする。
こちらが思っていたほどまわりの人は私の吃音に気付いていなかったようだ。
本読みの順番が回ってくるのが怖くて授業に身が入らなかった、と振り返る男性が、大人になってから書き残した一節です。自分にとっては学校生活の中心にあった困りごとが、友達の側からは「あがり症」にしか見えていなかった。この人は続けて、あのとき吃音のことを打ち明けていればもっと気楽に過ごせたかもしれない、両親も悩みの深さに気づいていなかったと思う、と書いています。周りが気づかないことは、楽なことでは必ずしもなく、一人で抱えることと表裏でした。吃音が場面によって出方を変えることは、学会の解説にもそのまま書かれています。
出典: 体験談 2 40代男性 がんば(広島言友会)(台帳: V0175)
日本吃音・流暢性障害学会の解説は、吃音の特徴として、状況によって症状が出やすかったり出にくくなったりすること、歌うときや2人で声を合わせるときには一時的に流暢になる人が多いこと、調子の良い状態・悪い状態が数週間から数か月続く「波」があることを挙げています。つまり、周りが見ている一場面だけでは、吃音の全体像は見えません。
そして原因については、2000年頃以降の双子研究・脳研究・遺伝子研究により、環境的な要因よりも生まれ持った体質的な要因が原因の多くを占めることが分かった、と説明しています。「緊張しているから」「性格が内気だから」という受け止めは、この説明とは食い違います。緊張で出方が変わることはあっても、緊張が吃音をつくっているわけではない、というのが学会の説明の読み方になります。
「なんでそんな喋り方なの?」——子どもの世界で最初に起きること
大人の世界では「緊張しているだけ」と受け流されることが、子どもの世界では、もっと直接の言葉になって返ってきます。多くの当事者が、吃音を自覚したきっかけとして、周りの子の指摘や真似を挙げます。
当事者の声(都内で働く会社員・自助グループを運営/聞き手も吃音当事者のインタビュー・soar)
hiroさん:小学校の低学年ぐらいですかね。友達の前でどもって笑われたり、真似されたり「なんでそんな喋り方なの?」って聞かれたりしたのも自覚するきっかけだったのかな。「なんでうまく喋れないんだろう。自分はそういう人なんだな」としょげていました。
後はよく言われる本読みとか。みんなの前でどもって、恥ずかしい思いをすることも結構ありました。
――本読みとか自己紹介は地獄ですよね。
hiroさん:そうですよね。小学4年のときに、日直が帰りの会で、その日にあった出来事を1分間スピーチするルーティーンがあったんですけど、それが嫌で嫌でしょうがなくて。日直の日は毎回ズル休みしてました。自分が「1分間スピーチ」をした記憶はないので、たぶん全部休んだんだと思います。
笑われる、真似される、「なんで?」と聞かれる。自分でも理由が分からないまま、「自分はそういう人なんだな」と受け取るしかなかった小学生の姿です。1分間スピーチのある日直の日を、毎回休んで乗り切った。聞く側の子どもたちに悪意があったかどうかは、この語りからは分かりません。ただ、周りの誰も「吃音」という言葉と中身を知らなければ、目の前の話し方は「変わった喋り方」としか受け取りようがありません。学会の解説は、周りの子が違いを不思議に思い、指摘が始まる時期を、おおむね4歳ごろとしています。
出典: 「吃音をなくすことより、"吃音だからこそ"の出会いや経験を大切にしたい」吃音当事者として情報発信するhiroさんの歩み(soar)(台帳: V0032)
学会の解説によると、おおむね4歳ごろになると周りの子どもも違いを不思議に思う時期になり、「○○ちゃんはなんで、『あああ』ってなるの?」という指摘が始まることがあります。そうした指摘をきっかけに、話すときに力が入って声が出しにくくなったり、声を出そうとして顔や体に力が入る動きを伴って話そうとしたりする子どもも出てきます。指摘そのものが、症状の出方を変えてしまうことがあるのです。
さらに同じ解説は、「吃音のある人の話し方を真似すると吃音になる(伝染する)」という俗説があり、吃音のある子とは遊んではいけないという差別があった(今もあるかもしれない)ことにも触れています。からかいや差別は、性格の悪さだけから生まれるのではなく、「知らない」ことから生まれる部分があります。吃音の症状をからかわれるなどの嫌な経験をすると、人と接する場面で強い不安が続く状態(社交不安症)やうつなどの心理的な問題を生じることもある、というのが学会の説明です。学校での具体的な頼み方は、吃音と学校の配慮で扱っています。
「吃音」という名前を知らないまま、大人になる
知られていないのは、周りだけではありません。本人でさえ、自分の話し方に名前があることを知らずに育つことがあります。その間、困りごとは「自分のどこかがおかしい」という形でしか説明がつきません。
当事者で言語聴覚士の声(岩田よしきさん/マイナビ保育士「ほいくらし」のインタビュー)
僕自身も小さい頃から吃音でした。あいさつが上手にできないし、音読も苦手で、人前での発表もできない。学校生活は困ることばかりでした。当時は吃音について理解がない先生も多く、「うまく話せないのは、おまえにやる気がないからだ」と怒られたこともありましたね。「大勢の人の前で1日じゅう歌えば治る」と本気で言った先生もいました。
いちばん嫌だったのは、友だちに笑われたり、まねされたりすることです。「また笑われるかも」と思うと人に話しかけるのが怖くなり、次第に友だちとのつき合いを避けるようになりました。
ただ、大学生になるまで自分が吃音だとは知らなかったんです。だから、自分はどうしてほかの人のように普通に話せないのかと、ずっと不思議に思っていました。
先生からは「やる気がない」と叱られ、友だちには笑われ、それでも自分に「吃音」があることを、大学生になるまで知らなかった。周りから指摘されなかった理由として本人は、「意識させると治らない」とする考え方が当時は広まっていて周囲が触れなかったこと、そもそも吃音自体をよく分かっていない人が多かったことを挙げています。自分の話し方に名前があると知ったきっかけは、吃音のある女性が登場するテレビドラマだったといいます。この人は、その後ことばの専門職である言語聴覚士になり、吃音のある子どもの相談室を開いています。「知られていない」状態は、周りの無理解だけでなく、本人が自分を理解する手がかりまで奪っていました。周りが吃音に触れない根拠になっていた考え方について、学会の解説は今では否定されているとしています。
出典: 吃音の子どもとの向き合い方(マイナビ保育士「ほいくらし」)(台帳: V0120)
この語りの背景にある「意識させると治らない」という考え方について、学会の解説は、親が吃音だと思って対応することが原因だとする「吃音診断起因説」を、最も問題のある間違った原因論の一つとして挙げています。そして最近の考え方として、吃音に気がつかない振りをしたり相談を無視したりして子どもを孤立させるのではなく、「吃音とうまく付き合っていく」方法を支援者と一緒に考えることが大切だとしています。
では、吃音のある人はどのくらいいて、どのくらいの人が身近に当事者を知っているのでしょうか。学会の解説では、吃音の発症率は幼児期の調査から約8〜11%、日本の研究では3歳までの発症率が8.9%、学童期以降から成人までの時点有症率(ある時点で吃音のある人の割合)は0.8%が妥当とされています。100人に1人弱ですから、学校の学年に数人、職場にも一人はいる計算です。一方、日本全国の一般の成人671人を分析した調査では、職場・友人・家族のいずれかに吃音のある人を知っている人は41.3%でした。半数以上の人は、身近に吃音のある人がいる自覚のないまま暮らしています。なお、「吃音」という言葉自体を知っている人が一般の人の何割いるのかを直接たずねた調査の数字は、この記事の手元の資料にはありません。ここでは、手元で確かめられる数字だけを置いています。
見た目で分からないから、毎回自分で説明することになる
知られていない状態で暮らすということは、知ってもらう仕事を本人が引き受け続けることでもあります。職場が変わるたび、新しい人に会うたび、言うか言わないかを決めなければなりません。当事者の妻が、その負担を外側から言葉にしています。
当事者の妻の声(20歳代・作業療法士/北海道吃音・失語症ネットワーク公式noteのインタビュー。聞き手は団体代表)
Aさん)明らかに、マークやバッチをつけている訳でもないし、見た目では分からないので。
三谷)配慮して欲しいっていうだけではないけど、そういうのがあっても良いんじゃないか、ってことですよね。
Aさん)見た目でわからないからこそ自分から言わないといけないじゃないですか。そこに、エネルギーが必要になるから、言おうか迷うんじゃないかと思うんですよね。吃音をオープンにするのか、言わないで頑張るのか、みたいな。そこが難しいところなんじゃないかなぁと思います。
三谷)たしかに。
Aさん)周りの人も、身近に当事者がいないと、知らないでしょうし、理解も広まっていかないでしょうし。
吃音のある夫と暮らす女性が、当事者ではない立場から見えたことを語っています。同じインタビューの中で彼女は、夫の職場の飲み会で、吃音にいろいろな症状があることを知らない先輩に「首、こんなんなって、どうしたの?」と聞かれ、とっさに「酔ってるから」と誤魔化す形になってしまった場面も話しています。そして終盤では、吃音の正しい理解を促す授業を義務教育に組み込むのもよさそうだ、「皆、知ってる」となれば「打ち明けなきゃ」というところも要らなくなるのではないか、と述べています。伝える負担が本人に集中するのは、社会の側が知らないからだ——という見立てです。日本の当事者が実際にどのくらい伝えているのかは、日本で行われた調査があります。
出典: 吃音のある夫と暮らす妻から見えたこと(北海道吃音・失語症ネットワーク)(台帳: V0076)
自分から「吃音がある」と相手に伝えることを、研究では「自己開示」と呼びます。日本の吃音のある成人180人(自助グループなどを通じて集めた参加者)を対象にした筑波大学の研究者らの調査では、伝える度合いは、同じ尺度を使った米国の調査より低いという結果でした。伝える度合いが高いことと結びついていたのは、男性であること、自助グループの経験があること、自分の吃音を受け入れている度合いが高いこと、吃音への偏見を自分自身に向けてしまう度合い(自己スティグマ)が低いことでした。著者らは、日本の当事者が伝えにくい傾向には、社会文化的な違いが表れているのかもしれないと述べています。
伝えたときに相手の受け止めがどう変わるかは、30年分の研究を条件を決めて集め、まとめて評価したレビューがあります。量的研究18件のうち15件(約83%)で、自己開示は全体として好意的に働いていました。伝え方を比べた研究では、13件中12件(約92%)で、謝るような言い方より謝らない言い方のほうが好意的に受け止められていました。著者らは、謝らない形で自分から伝えることが、「どもる人はこうだ」という決めつけを向けられるかもしれないという負担(ステレオタイプ脅威)をやわらげるとしています。ただし、伝える場面・年齢・吃音の頻度や重さ・相手が吃音のある人と面識があるかどうかによる違いは、調べた研究がまだ少ないとも書いています。就活や自己紹介の場面での伝え方は、吃音で自己紹介が怖いと吃音症の仕事で扱っています。
知ってもらうために、当事者が動いてきたこと
一人ひとりが毎回説明する負担を減らすには、社会の側が先に知っている状態をつくるしかありません。そのために動いてきた当事者がいます。
当事者について書かれた新聞記事の地の文と本人の発言(奥村安莉沙さん・取材時29歳/神戸新聞NEXT)
2021年の今は、吃音の子供たちが参加するサマーキャンプに密着したアメリカのドキュメンタリー映画「マイ・ビューティフル・スタッター」を自ら買い付け、字幕翻訳と宣伝、配給に奔走。吃音のせいでなかなか自己肯定感を持てない子供たちが、「あなたはひとりじゃない」「吃音があっても大丈夫」とエンパワーメントされて力強く前を向く姿を感動的に描いた作品だ。
「当事者が置かれている苦しい現状を知ってもらうため、1人でも多くの人にこの映画を見てもらいたい」と語る奥村さん。非営利でのオンライン上映会も企画しており、上映先の学校や施設、団体などを募集している。
2歳で発症した難発の吃音があり、就職活動の面接では自分の名前を言うので精一杯だったと振り返る女性です。海外から帰国したのち、吃音のある人が生きやすい社会を目指す啓発活動を始め、当事者どうしが互いを認識するためのラバーバンドをクラウドファンディングで作り、SNSで当事者の声を集めて発信してきました。集まった声の中には、話しているときに「緊張しないで」「落ち着いて」と言われるのがつらい、というものもあったと記事は伝えています。この記事の最初の声と同じ言葉が、10年以上の時を隔てて、別の当事者からも届いていました。映画の買い付けから字幕翻訳、配給まで自分で担った理由は、本人の言葉のとおり「知ってもらうため」です。では、知ってもらうことは、周りの態度を実際に変えるのでしょうか。
出典: 吃音の当事者が啓発活動、映画の自主配給に奔走(神戸新聞NEXT)(台帳: V0127)
日本の一般の成人を対象にした調査では、回答者は全体として吃音のある人の雇用をやや肯定的に受け止めていました。そして年齢や職業などの属性と、吃音のある人と接した経験を合わせて分析したところ、職場に吃音のある人がいて知っているという経験だけが、より肯定的な態度と有意に結びついていました。著者らは、吃音への否定的な態度が広く報告されてきた先行研究に職場の視点を補うものとして、肯定的な態度と結びつく主な要因は職場での接触経験だと述べています。ただしこれは「関連がある」という結果で、接する機会をつくれば態度が変わることを確かめた研究ではありません。
知ってもらう取り組みそのものの効果を測った研究もあります。インドの大学生を対象に、吃音への態度を変える取り組みを行い2か月後まで追った研究では、取り組みによって態度は改善したものの、その安定性は限られ、事前の態度が低かった人が高くなる一方で、高かった人が下がる「入れ替わり」も見られました。背景として著者らは、こうした取り組みでは効果が出ない人や、かえって態度が悪くなる人が一定の割合で出ることが以前から知られていると述べています。一度説明すれば終わり、ではないということです。
制度の側にも、知ってもらうための入口はあります。厚生労働省の事業主向けの案内は、障害のある人のための職場づくりとして「職場内の意識啓発を通じた、職場全体の障害及び障害者についての理解や認識を深めること」を挙げ、一般の従業員を対象に精神障害・発達障害の理解を促して職場の応援者を育てる「精神・発達障害者しごとサポーター養成講座」を全国で開いています。発達性吃音は2005年施行の発達障害者支援法の対象に含まれており、この講座の対象に無関係ではありません。なお、国際吃音連盟が制定した国際吃音啓発の日(10月22日)については、別の記事で扱います。
説明が通じないとき、後ろ盾になる制度
職場や学校で説明しても「聞いたことがない」で止まってしまうとき、個人の説明だけに頼らなくてよい根拠があります。学会の解説によると、発達性吃音は2005年に施行された発達障害者支援法の対象に含まれ、2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的言動および差別的扱いは禁止されています。また、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの合理的配慮(本人の申し出に応じて、過度な負担にならない範囲で学校や職場が調整すること)を求めることができます。ただしその際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合があります。
厚生労働省の事業主向けの案内も、採用試験での試験時間の延長や休憩の付与、障害特性を踏まえた相談・指導、勤務時間や休憩時間への配慮などを、望まれる措置として挙げています。制度そのものの中身と申し出の手順は吃音と合理的配慮に、職場での具体的な場面は吃音症の仕事にまとめています。
一人で説明し続けなくていい——相談先と仲間
知られていない中で暮らす負担は、本人だけで背負う必要はありません。学会の解説は、吃音のある人の自助団体として、日本で最も歴史が古く定例会や全国大会を開く言友会のほか、若者を対象とした団体や女性の集いを開催する団体を紹介しています。日本の当事者調査でも、自助グループの経験がある人ほど自分から伝える度合いが高い、という関連が報告されています。同じ経験をした人と話すことが、伝え方を考える場になっています。
医療や教育の側では、ことばの専門職である言語聴覚士と、子ども向けの「ことばの教室」が入口になります。周りへの説明の仕方に迷うとき、合理的配慮を申し出るために報告書が必要なとき、あるいは症状そのものについて相談したいときに、こうした専門家に頼ることができます。受診の目安と相談先の探し方は、吃音症チェックにまとめています。
「知られていない」をめぐる3つの落とし穴
落とし穴1 − 「緊張のせい」「性格のせい」「治すべきもの」で片づける
周りの側が踏みやすいのがこれです。学会の解説は、原因の多くが生まれ持った体質的な要因であること、親の接し方を原因とする説が間違った原因論であることを明記しています。もう一つ、「吃音は治すべきもの」と決めつけることにも注意が要ります。吃音のある人の支援をめぐっては、受け入れることと変えることは互いに排他的ではなく、本人が自分で定めた目標を尊重する当事者中心のやり方を目指すべきだ、という意見表明が専門誌に出ています。「知ってもらう」の中身は、症状の説明だけでなく、本人が何を望んでいるかまで含みます。
落とし穴2 − 「伝えれば必ずうまくいく」と考える
自分から伝えることには、好意的に働いたという研究が多くあります。ただし同じレビューは、場面・年齢・吃音の頻度や重さ・相手の面識による違いは調べた研究が少ないと書いており、日本の当事者は伝える度合いがもともと低い傾向にあります。伝えるかどうか、いつ・誰に・どう伝えるかは、本人が場面ごとに決めることで、「伝えなかったから悪い」という話にはなりません。
落とし穴3 − 一度説明すれば終わり、と思う
態度を変える取り組みを2か月後まで追った研究では、改善は見られたものの安定性は限られ、元に戻る動きもありました。学校なら学年が変わるたび、職場なら人が入れ替わるたびに、知らない人が現れます。一度で済ませようとせず、伝える相手と手段を分けて考えるほうが現実的です。学校での毎年の申し送りは吃音と学校の配慮で扱っています。どんな場面で困ったか、誰に何をどう伝えたかを書き留めておくと、次に説明するときや、専門家に相談するときの材料になります。
よくある質問
吃音のことを知っている人は、どのくらいいますか?
一般の人のうち「吃音」という言葉を知っている人の割合を直接たずねた調査の数字は、この記事の手元の資料にはありません。手元で確かめられるのは、日本の一般の成人671人を分析した調査で、職場・友人・家族のいずれかに吃音のある人を知っている人が41.3%だったという数字です。学童期以降の時点有症率は0.8%とされ、100人に1人弱の割合で吃音のある人がいます。
「緊張しているだけ」「落ち着けば話せる」と言われます。本当ですか?
学会の解説は、2000年頃以降の双子研究・脳研究・遺伝子研究により、環境的な要因よりも生まれ持った体質的な要因が原因の多くを占めることが分かったと説明しています。状況によって出方が変わることや、調子の波があることは吃音の特徴として書かれていますが、緊張が吃音をつくっているという説明にはなっていません。
職場や学校で、自分から吃音のことを伝えたほうがいいですか?
30年分の研究を集めたレビューでは、量的研究18件のうち15件で、自分から伝えることは相手の受け止めに好意的に働き、謝らない言い方のほうが好意的に受け止められていました。ただし場面や年齢による違いはまだ研究が少ないとされています。日本の当事者180人の調査では伝える度合いは米国より低く、自助グループの経験や自分の吃音を受け入れている度合いと関連していました。伝えるかどうかは本人が場面ごとに決めることで、決まった正解はありません。
周りの理解を広げるために、何ができますか?
日本の一般の成人を対象にした調査では、職場に吃音のある人がいて知っていることが、より肯定的な態度と結びついていました。態度を変える取り組みには効果が見られた一方、全員に同じように効くわけではなく、時間がたつと戻る動きも報告されています。職場では、厚生労働省が一般の従業員向けに精神障害・発達障害の理解を促す講座を全国で開いています。
「吃音」と「どもり」、どちらの言葉で説明すればいいですか?
学会の解説自体が「吃音(きつおん、どもること)」と併記しており、どちらも通じる言葉として使われています。相手が知っている言葉で説明するのが実務的ですが、「どもり」という呼び方をどう考えるかについては、別の記事で扱います。
まとめ
- 吃音のある人は学童期以降で100人に1人弱いる。日本の一般の成人671人のうち、身近に吃音のある人を知っている人は41.3%だった。「吃音」という言葉の認知率そのものを測った数字は、手元の資料には無い。
- 知られていないことは、「緊張のせい」という受け止め、子どもの世界でのからかい、本人が自分の話し方に名前があると知らないまま育つこと、見た目で分からないから毎回自分で説明する負担、という形で当事者の生活に現れる。学会は、親の接し方を原因とする説や「うつる」という俗説を間違いとして名指ししている。
- 自分から伝えること(自己開示)は、量的研究18件中15件で好意的に働き、謝らない言い方のほうが受け止めがよかった。日本の当事者180人の調査では伝える度合いは米国より低く、自助グループの経験や自己受容と関連していた。
- 職場に吃音のある人がいて知っていることは肯定的な態度と結びついていたが、関連であって因果ではない。態度を変える取り組みは効果があっても安定性は限られる。一度で終わりにしない。
- 説明が通じないときは、発達障害者支援法・障害者差別解消法と合理的配慮という後ろ盾がある。伝える負担は、自助団体や言語聴覚士と分け合ってよい。
