まず結論から
- 吃音のある著名人の一覧は、米国の Stuttering Foundation と英国の STAMMA という支援団体が公開しています。俳優・歌手・司会者・作家など、分野をまたいで多くの名前が並びます。
- ただしこれは団体がまとめた一覧です。本人が自分の言葉で語っている人もいれば、歴史上の人物のように本人の公表ではないものも含まれます。名簿を診断の一覧として読まないことが大切です。
- 公表した人が語っているのは「克服した」という話とは限りません。よどみなく話す職業に就いた人が、マイクを離れれば今もどもると語っている記録があります。
- 英国の一覧は、吃音を創造的に使ってきた人たち、芸術や SNS や活動を通じて受け止められ方を変えつつある人たちという紹介の仕方をしており、回復の記録としては並べていません。実際、「あの人も吃音」と知ることは励みにもなり、しんどくもなります。
- 打ち明けること(自己開示)そのものには研究があります。18件の量的研究をまとめたシステマティックレビューでは、15件(83.3%)で全体として好意的な効果が示されました。
ただし、これは「打ち明ければうまくいく」という意味ではありません。研究の多くは、あらかじめ用意された動画を見た人の評価を測ったもので、実際の人間関係や職場をそのまま再現したものではありません。打ち明けるかどうかは、相手・場面・そのときの自分の状態で変わる個別の判断です。
「あの人も吃音」が広まったとき、当事者に起きたこと
有名人の公表がもたらす最初の変化は、本人の周りではなく、同じ状態にある人たちの日常に現れます。2021年、米国大統領の吃音が日本でも広く報じられたあとに取材を受けた当事者が、そのときの実感をこう語っています。
吃音当事者のぽんさん(ハンドルネームで応じたインタビュー・文春オンライン/聞き手はライター)
――バイデン大統領就任の影響は感じますか。
ぽん 急速に知名度が広がってる実感はあります。吃音に関する記事が随所に散見されますし、僕の周りでも結構話題になりました。吃音がない人も話題にしやすい印象があります。
――吃音の方は全人口の1%とされますが、個人的にはもっと少ないように感じてしまいます。これはなぜでしょうか。
ぽん 試行錯誤の結果、症状を上手に隠せる人も多いし、吃(ども)る度合も頻度も個人差があるからだと思います。身近にいても吃音者の僕でさえ気付かないこともざらです。
語られているのは、二つの別々のことです。ひとつは、有名人の公表によって「吃音がない人も話題にしやすい」状態が生まれたこと。もうひとつは、それでも吃音は見えにくいままだということ——本人でさえ、身近な当事者に気づかないことがある、と述べています。名前が並ぶページが世の中に必要とされる理由は、たぶんここにあります。見えないものに、輪郭を与えてくれるからです。実際、当事者が自分から吃音を伝えることの効果は、研究の対象になってきました。
出典: バイデンの告白で話題に…「就活の面接、時間内に名前を言うのがやっと」光が当たらない“吃音”のリアル(文春オンライン)(台帳: V0129)
吃音のある著名人の一覧を公開しているのは、主に支援団体です。米国の Stuttering Foundation は俳優・歌手・エンターテイナー・スポーツ選手・政治家などに分けた一覧を出しており、Marc Anthony、Rowan Atkinson、Emily Blunt、Samuel L. Jackson、James Earl Jones、Nicole Kidman、B.B. King、Scatman John といった名前が挙がっています。英国の STAMMA も同様の一覧を出しており、こちらは Ann Wilson、Bill Withers、Carly Simon のように、本人が語った言葉を引用しながら紹介している人が多いのが特徴です。
よどみなく話す人が、マイクを離れるとどもる
一覧を見て多くの人が抱くのは、「あれだけ話せているのだから、もう治ったのだろう」という受け止めです。ところが、話すことを職業にした当事者自身の説明は、それとは違います。
フリーアナウンサーの小倉智昭さん(ラジオ番組での発言の書き起こし・2024年5月放送分)
植竹:新潮新書から出たばかりの小倉智昭さんの書籍「本音」を読むと、喋るお仕事なのに、もともと吃音者だったと書いてありました。
小倉:そうです。吃音“だった”ではなく、今でも吃音なんですよ。
植竹:えっ!?
小倉:今でも激昂したり突然振られて答えたりするときはそうなる。電話も吃音が出そうになるから嫌いです。それと、女房と気を許して話すとき、マネージャーと何も考えないで話すとき、録音されたらヤバいですよ。この人はプロなのに「なんでこんなに」ってぐらいに。
聞き手が「もともと吃音者だった」と過去形で確認したのに対し、本人はその場で時制を訂正しています。そして訂正したうえで、どんなときに今も出るのかを具体的に挙げていきます。激昂したとき、突然話を振られたとき、電話、妻と気を許して話すとき、マネージャーと何も考えずに話すとき。並んでいるのはどれも、台本も準備もない場面です。同じ人の中で、放送と日常が別々に扱われていることが分かります。この人は2007年にも文章を残していて、そこでも「吃音が治らない」という一文から書き起こしています。
出典: 小倉智昭 吃音に苦しんだ幼少期…それでも「アナウンサー」を志した理由とは?(TOKYO FM+/AuDee)(台帳: V0126)
その2007年の文章では、少年期に自分で見つけた法則が書き留められています。犬に話しかけるときはどもらない、独り言は大きな声で言ってもどもらない、歌を唄うとどもらない、みんなで教科書を読むときや演劇の舞台でセリフを言うときもつっかえない——相手がいないと決してどもらないことに注目した、という経過です。そして、しゃべる商売に就いたあとも「アナウンサーになっても吃音は治らなかった」と本人が書いています。一覧に名前がある人が、必ずしも「治った人」ではないことを、いちばんはっきり示しているのはこうした本人の記述です。
他人の物語が、しんどいこともある
有名人の公表は、いつも励みになるとは限りません。同じ状態にある人が読むと、しまっておいた記憶のほうが先に動くことがあります。
作家の重松清さん(自身も吃音当事者。他の当事者を追ったノンフィクションについての署名エッセイ)
僕も一番症状がひどかった十代後半の頃に比べると、五十代後半のいまはずいぶん楽に話せるようになった。しかし、近藤さんはこうも言う。〈もしかすると、何かをきっかけにすべてが元に戻ってしまう可能性もあるだろう〉。自分を引き合いに出しすぎて申し訳ないが、僕も体調の悪いときや、その場に嫌いな奴がいるところでは、ひどいことになってしまう。
十代後半といまを比べれば楽になった、と書いたすぐあとに、書き手は自分の条件を付け足します。体調が悪いとき。その場に嫌いな相手がいるとき。楽になったという言い方と、ひどいことになるという言い方が、同じ段落の中に並んでいます。同じエッセイの別の箇所では、他の当事者の記録を読み進めるうちに、つらかった記憶や、言葉がうまく出ないもどかしさに地団駄を踏んだ記憶がよみがえって何度も泣いた、とも書かれています。誰かの物語を読むことは、自分の記憶を開けることでもある——そのことは、名前の一覧には書かれていません。
出典: 〈書評〉理解されない苦しさ、を理解するために。(新潮社「考える人」)(台帳: V0132)
この「同じ人の中でも状態が動く」という性質は、有名人にかぎった話ではありません。取材に応じた当事者も、症状を上手に隠せる人が多く、どもる度合いも頻度も個人差があるため、当事者である自分でさえ身近な吃音に気づかないことがあると述べています。ひとりの人の中でも、人と人のあいだでも、幅は大きい。だからこそ、誰か一人の経過を自分の見通しとして読むことには無理があります。STAMMA の一覧も、吃音を創造的に使ってきた人たち、芸術や SNS や活動を通じて受け止められ方を変えつつある人たちという紹介の仕方をしており、回復の記録として並べてはいません。
打ち明けると、相手の見方は変わるのか
有名人が吃音を公表することは、研究の言葉でいえば自己開示——自分に吃音があることを、相手に自分から伝える行為です。これが相手の印象にどう影響するかは、30年ほど研究が積み重ねられてきました。
2023年10月までに発表された研究を集めたシステマティックレビューは、条件を満たした18件の量的研究を取り上げています。結果として、全体では好意的な影響が示されたのが18件中15件(83.3%)でした。さらに、伝え方を比べた研究に限ると、謝るような言い方をしない非謝罪型の伝え方は、謝るような言い方や、まったく伝えない場合よりも好意的に受け取られており、これは13件中12件(92.3%)にのぼります。
個別の研究も見ておきます。173人が参加した実験では、自己開示をした話し手のほうが、しなかった話し手より「親しみやすい」「外向的」「自信がある」と選ばれやすく、開示をしなかった話し手は「親しみにくい」「内気」と選ばれやすいという結果でした。ただし同じ研究は、自己開示の有無とは別に、女性の話し手が男性の話し手より「親しみやすい・外向的・自信がある」と選ばれにくく、「親しみにくい・内気・知的でない・自信がない」と選ばれやすかったことも報告しています。開示すれば誰にでも同じ効果がある、という単純な話ではありません。
就職の面接を模した実験もあります。参加者は、応募者に吃音がある動画とない動画の2本を見て、それぞれを評価しました。半数の参加者が見た動画では、吃音のある応募者が面接の冒頭でそのことを伝えています。結果は、吃音があることを伝えた場合、吃音のある応募者は吃音のない応募者と同じくらい肯定的に評価された、というものでした。この論文は、面接のように評価される場面を控えた人に対して専門家がどんな助言をできるかに関わる結果だと述べています。
これらはいずれも、用意された動画を見た人の評価という形で測られています。実際の職場や友人関係で、同じことがそのまま起きるとまでは言えません。とはいえ、「伝えたら不利になるのではないか」という不安に対して、少なくともそれを支持する結果ではないところまでは、確かめられています。
有名人の一覧を読むときの3つの落とし穴
落とし穴1 − 名簿を「診断の一覧」として読む
公開されているのは、支援団体がまとめた一覧です。本人がインタビューや自著で語っている人もいれば、歴史上の人物のように本人の言葉が残っていない例も含まれます。一覧に名前があることと、本人が公表していることは同じではありません。誰かについて「吃音らしい」と伝え聞きで語るのは、その人の健康の話を本人の手から離すことになります。
落とし穴2 − 「あの人にできたのだから」と自分に当てはめる
同じ人の中でも、状態は動きます。放送では流暢な人が、電話や気を許した会話では今も出ると語っています。十代後半より楽になったと書いた作家も、体調やその場にいる人によってはひどくなると書き添えています。一人の経過を自分の見通しに読み替える根拠は、そこにはありません。
落とし穴3 − 「打ち明けるべきかどうか」を有名人の例だけで決める
自己開示には研究の蓄積があり、全体としては好意的な影響が報告されています。ただし効果は伝え方によって変わり、話し手の性別によって受け取られ方が違うことも報告されています。有名人が公表して受け入れられたことは、あなたの職場や学校で同じことが起きる保証にはなりません。判断の材料は増やせますが、決めるのは場面ごとです。
まずは、どんな場面で出やすいか・そのとき何が起きたかを書き留めておくところから始めると、伝えるかどうかを考えるときの手がかりになります。相談できる場合は、言語聴覚士に相談するのが確実です。
よくある質問
吃音のある有名人にはどんな人がいますか?
米国の Stuttering Foundation は、俳優・歌手・司会者・スポーツ選手などに分けた一覧を公開しており、Marc Anthony、Rowan Atkinson、Emily Blunt、Samuel L. Jackson、James Earl Jones、Nicole Kidman、B.B. King、Scatman John などの名前が挙がっています。英国の STAMMA も同様の一覧を公開し、本人が語った言葉を引用しながら紹介しています。日本では、フリーアナウンサーの小倉智昭さんが自身の吃音について文章を残しています。
有名人が公表すると、何か変わりますか?
取材に応じた当事者は、米国大統領の就任後に「急速に知名度が広がってる実感はあります」と語り、吃音のない人も話題にしやすくなった印象を述べています。一方で同じ人が、症状を上手に隠せる人が多く度合いや頻度の個人差も大きいため、当事者である自分でさえ身近な吃音に気づかないことがあるとも述べています。
「有名人は吃音を克服した」と聞きますが、本当ですか?
そう言い切れる話ばかりではありません。話すことを職業にした当事者は、ラジオで「吃音“だった”ではなく、今でも吃音なんですよ」と述べ、激昂したときや突然話を振られたとき、電話などでは今も出ると語っています。同じ人が2007年に書いた文章にも「アナウンサーになっても吃音は治らなかった」とあります。
吃音があることを、自分から打ち明けたほうがいいですか?
研究では、全体として好意的な影響が報告されています。18件の量的研究をまとめたレビューでは15件(83.3%)で好意的な効果が示され、謝るような言い方をしない伝え方のほうが好意的に受け取られた研究が13件中12件でした。ただし多くは動画を見た人の評価による測定であり、実際の関係でそのまま起きるとまでは言えません。相手や場面を見て決める個別の判断です。
面接で吃音を伝えると不利になりませんか?
模擬面接の実験では、面接の冒頭で吃音があることを伝えた場合、吃音のある応募者は吃音のない応募者と同じくらい肯定的に評価されました。伝えなかった場合には差が出ています。ただしこれは動画を用いた実験であり、実際の採用選考をそのまま再現したものではありません。
まとめ
- 吃音のある著名人の一覧は、米国の Stuttering Foundation と英国の STAMMA が公開している。ただしこれは団体がまとめた一覧で、本人の公表とは限らない。
- 公表した人の語りは「克服した」話とは限らない。放送では流暢な人が、電話や気を許した会話では今も出ると語り、「アナウンサーになっても吃音は治らなかった」と書き残している。
- 「あの人も吃音」と知ることは、励みにもしんどさにもなる。他の当事者の記録を読んでつらかった記憶がよみがえったと書いた作家もいる。
- 打ち明けること(自己開示)には30年の研究の蓄積がある。18件中15件(83.3%)で好意的な影響、非謝罪型の伝え方は13件中12件(92.3%)でより好意的。
- 模擬面接では、冒頭で伝えた場合に吃音のない応募者と同等の評価になった。ただし話し手の性別で受け取られ方が違う報告もあり、いずれも動画を用いた測定である。
