まず結論から
- 吃音のある人は、学童期以降で100人に1人弱(時点有症率0.8%)とされます。テレビで見かける頻度と、実際にいる人数は別ものです。
- 英国の当事者団体の語り方の指針は、テレビ・ラジオ・映画で吃音の声が聞こえるようにしてほしい、ただし誰かが吃音を「克服した」「打ち負かされた」「治した」という文脈ではなく、あらゆる中身をかたちづくるアクセントと声の豊かな模様の一部として、と求めています。この指針は英国王立言語聴覚士会の承認を受けています。
- 同じ指針は、取材する相手・配役する相手が吃る人であるときの応じ方として、さえぎらずに話し終えるまで待つこと、流暢に話せたことを褒めたり祝ったりしないことを挙げています。
- 画面の中で流暢に見えることは、吃音が起きていないことの証拠にはなりません。流暢さを高める技法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえても、本人はより大きな努力を払っている場合があるとされています。
- ドラマで紹介されることのある「リズムに合わせて話す」やり方について、ドイツの17の学会による診療ガイドラインは、リズム発話や呼吸の調整を唯一のあるいは主たる治療の構成要素とすることは行うべきでない、と評価しています。
ただし、テレビで吃音が扱われたことが当事者や社会に何をもたらしたかを測った研究は、この記事の手元にはありません。ここで挙げる番組は、当事者自身の記録にそのまま残っているものだけで、吃音を扱った番組の一覧ではありません。
テレビの特集を見て、自分の話し方に名前がついた日
吃音のある人が最初にテレビと出会うのは、たいてい「番組を探す」場面ではありません。たまたま流れていた特集に、自分そっくりの話し方をしている人が映る。それまで「あがり症」だと思って抱えてきたものに、そこで初めて名前がつきます。
当事者本人の声(「吃音歴40年の会社員」/個人ブログ note の連載)
20歳を過ぎたくらいに、TVで吃音症の人の特集を見て、「コレは…俺の症状やないか!」「あがり症じゃなかったのか!」と気づくことになります。
調べると吃音症は幼少期の治療のみ有効な場合があるが、成人はほぼ治らないと言うことも分かり、「なんで治療してくれなかったんだ!」とひたすら親に当たりました(笑)
小学校の低学年までは隠せずにどもっていたけれど、高学年で「吃音は恥ずかしい」と思うようになった。たどり着いたのが言葉の言い換えで、お風呂が言えなそうならシャワー、ご飯が言えなそうなら食事。名前のように言い換えの効かないことを話さなければならない場所や行事は、できるだけ避けてきた——そう書いてきた人が、20歳を過ぎてテレビの特集に行き当たります。名前がついたあとの変化も、本人が書き残しています。言語障害だと知ってからは「俺のせいじゃ無かったのか」と思うようになり、人にも少し打ち明けるようになった。ほぼ全ての相手に「え?吃音症だったの?」「全然わかんなかった」と言われた、と。自分から吃音があると伝えることは、研究が調べてきたことでもあります。
出典: え?吃音だったの?(note)(台帳: V0287)
自分から「吃音がある」と相手に伝えることを、研究では自己開示と呼びます。30年分の研究を条件を決めて集めた系統的レビュー(条件を決めて研究を集め、まとめて評価した報告)では、量的研究18件のうち15件で、自己開示は全体として好意的に働いていました。伝え方を比べた研究に限ると、13件中12件で、謝るような言い方より謝らない言い方のほうが好意的に受け止められており、著者らは、謝らない形で伝えることが、「どもる人はこうだ」という決めつけを向けられるかもしれないという負担をやわらげるとしています。ただし同じレビューは、伝える場面・年齢・吃音の頻度や重さ・相手が吃音のある人と面識があるかどうかによる違いは、調べた研究がまだ少ないとも書いています。
日本の当事者がどのくらい伝えているかは、別に調べられています。日本の吃音のある成人を自助グループなどを通じて集めた筑波大学の研究者らの調査では、伝える度合いは、同じ物差しを使った米国の調査より低いという結果でした。伝える度合いが高いことと結びついていたのは、男性であること、自助グループの経験があること、自分の吃音を受け入れている度合いが高いこと、吃音への偏見を自分自身に向けてしまう度合いが低いことでした。
なお、この人が当時調べた「成人はほぼ治らない」という受け止めについては、学会の解説がもう少し細かく書いています。思春期以降は、ことばの最初の音が出しにくくなる難発が症状の中心になり、失敗の経験が重なると話す前から不安を感じ、会話や社交を避けるようになることがある。そのうえで、本人が治療を望む場合には言語聴覚士による発話訓練という選択肢があり、訓練だけで症状が変わらないときや不安が強いときはカウンセリングや心理療法が役立つこともある、と述べています。名前がついた時点が、行き止まりではありません。自分の話し方に名前があると知らないまま育つことについては、吃音の認知度の記事でも扱っています。
ドラマの難発の演技は、本物に近いのか
吃音のある登場人物が出てくるドラマが放送されると、当事者はまず演技を見ます。自分が毎日やっていることが、どう再現されているのか。うまく再現されているほど、見るのがつらい人もいます。長く吃音のことを書き続けている57歳の男性が、ドラマ『リーガルビート』を3話まで見て、こう書きました。
当事者本人の声(57歳男性・sadakitiさん/長年の吃音の体験を綴っている個人ブログ)
吃音持ち設定の子が主役のドラマ「リーガルビート」3話まで来ましたが、凄く良いと思いました。
吃音周知でも、吃音持ち本人や親御さん、支援の人達にも。提示・提案してるのがとても良いと思いました。
「吃ってる姿みたくない」って吃音持ちさんは一定いますが、鈴鹿さんの難発の演技が迫真でして、該当するのではないかと思いました。
1話視たとき「難発してる時て自分もこんな感じなのかなぁ」と思くらいリアルに思いました。
吃音のある若い弁護士が主人公のドラマです。大学を卒業して弁護士試験に合格したのに吃音が理由で就職できず、就職活動のスーツのまま公園で友人たちと言葉を重ねていたところを法律事務所の社長にスカウトされ、上司の弁護士と組んで裁判に臨む——本人が3話までのあらすじをそう書き留めています。この人が具体的に挙げたのは、3話の「会社での電話応対」の場面でした。机の電話は苦手ですと自分から言える主人公、自分で作った電話対応のマニュアル、注目されると出やすいと知っている上司、代わりに出ようという申し出を断る主人公、そして結果として電話がコードレスになり、別の場所へ移動して立って応対するようになったこと。自分の見てきた場面が並んでいるからこそ、この人は演技の細部まで見ています。そして、外から見た流暢さをどう読むかは、研究の側も問い直してきたところです。
出典: 吃音持ちの子が主役。ドラマ「リーガルビート」色々良い(吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ)(台帳: V0463)
当事者の経験を扱った2022年の総説(それまでの知見をまとめて論じた論文)は、流暢さを高める技法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえても本人はより大きな努力を払っている場合があると論じ、そうして得られた流暢さは吃音のない人の自然な流暢さとは別のものだとしています。外から分かる乱れが無いまま、話しているときにコントロールを失う感覚を抱いている場合もあるとされます。つまり、画面に映る話し方だけを物差しにすると、その人の吃音を表面だけで捉えることになります。演技が「迫真」に見えるかどうかも、見る人が自分の難発と重ねられるかどうかで決まっていて、流暢さの量で決まっているわけではありません。
同じ総説は、社会の側の影響についても書いています。社会はしばしば吃音のある人を否定的に描き、吃音を異常なものとする理想を強めてしまう。そうした社会からの評価を受け取ることが、「流暢であるべきという期待に、自分の落ち度や限界のせいで応えられない」という受け止め——研究の言葉では自己スティグマ、つまり世間の偏見を自分自身に向けてしまうこと——につながりうる、というのが総説の整理です。英国の当事者団体の指針も、長いあいだ吃音が性格の欠陥や身体的な不足を表すため、また笑いを取るために使われてきたとし、そうした型にはめた描き方には現実の帰結がある——流暢に話す人より弱く能力が低いと誤って受け取られ、話し方に否定的で不適切な反応を向けられる——と書いています。描かれ方は、画面の外に出てきます。この人が同じ記事の後半で「本人は隠せてると思っててもバレてる」という昔の啓発ポスターの言い回しを引き、自分はもう隠していないと書いているのも、そのことと無関係ではないでしょう。
ここで一つ、英国の指針が取材する側・配役する側に向けて書いている注意があります。話し方の良し悪しを口にしたり、流暢に話せたことを褒めたり祝ったりしないこと。吃音が悪いことだという考えを補強してしまうから、というのが理由です。「上手にどもれていた」という褒め方も、同じ向きに働く可能性があります。個々の作品の描写そのものについては、作品の中の吃音の描かれ方の記事で扱います。
番組が「こうすれば良くなる」を描いたとき、何が起きるか
吃音のある登場人物が出てくると、物語はしばしば「どうすれば話せるようになるか」へ進みます。そこで画面に映る方法は、見ている当事者にとっても、見ている周りの人にとっても、無視できない情報になります。別の当事者が、ドラマ『ダメマネ!』を見て書いた感想があります。
当事者本人の声(「通りすがりのものです」/2012年から吃音のことを書き続けている個人ブログ)
リズムに合わせて発話する方法などを試していて、確かにその時は言葉が出やすいような感じはするけど、根本的な解決にはならない
少なくとも、これで改善した人を私は知りません
日曜の夜、野球の結果が気になってスポーツニュースを見て、その流れでチャンネルを変えたらドラマが始まっていた、という見方でした。内気で挨拶もろくにできない俳優志望の女の子が出てきて、「なにこれ?吃音なの?」と思ったらやはりその設定だった。ダメなタレントを受け持つマネージャーの話で、マネージャーは嫌がるその俳優をオーディションに出そうと、吃音の改善法を調べてやらせる——本人はそこで引っかかります。吃音についてはいろいろな話し方が開発されてきた、最初の音を伸ばして発音するとか、お腹に力を入れるとか、それでよくなった人もいるかもしれないけれど自分の吃音仲間にこれらの方法で吃音が解消した人はいない、とも書いています。そして、吃音のことをよく知らない人がこのドラマを見て、吃音のある人に余計な助言をしてしまうのではないかと心配になった、というのがこの記事の結びの一つでした。この心配には、ガイドラインの側から答えられる部分があります。
出典: ドラマで吃音( ̄O ̄)(個人ブログ)(台帳: V0461)
ドイツの17の学会が作った吃音の診療ガイドラインは、行うべきでない治療を名指しで挙げています。薬による治療は、強い否定的なエビデンスにより行うべきでないとされます。そして、リズムに合わせて話すことや呼吸の調整を、唯一のあるいは主たる治療の構成要素とすること、催眠、そして分かる形の考え方を持たない吃音療法は、行うべきでないとされています。この評価は「弱い否定的なエビデンス」という等級で、勧められないけれども根拠そのものは強くない、という意味です。ドラマの中で試されていた方法は、この一覧に名前が挙がっている側にあります。
「その場では言葉が出やすい」という本人の観察も、ガイドラインの整理と重なります。発話に時間の目安を与える装置や、自分の声を遅らせたり周波数を変えて返す装置・ソフトについて、ガイドラインは、使っている間は吃音をなくすことができるが、日常的な治療の構成要素としては推奨できないと書いています。流暢さを高めるソフトは、勧められた吃音療法の枠の中で、療法士の監督のもとでのみ使うべきだとも述べています。「その瞬間だけ出やすくなること」と「その人の生活が楽になること」は、別々に評価されているということです。
年齢によって、根拠の強さが違うことも押さえておく価値があります。同じガイドラインは、就学前の子どもでは親と協力して行うリッカム・プログラムに最もよい根拠があり、周囲の環境を整える間接的な方法にも強い根拠がある、6歳から12歳の子どもではどの治療にも確かな根拠がない、青年と大人では話し方そのものを組み立て直していく方法に効果の大きい良好な根拠がある、と年齢層ごとに分けて評価しています。年齢を問わず一つの方法を「これで良くなる」と見せる描き方は、この整理とは形が合いません。同じガイドラインは、治癒を約束し、治療の目標と方法を分かる形で説明しない手続きも、避けるべきものとして挙げています。
番組のせりふを、自分の場面に持ち帰った中学生
番組を見た側に起きることは、知識が増えることだけではありません。画面の中の誰かが言ったひとことが、その人の次の行動を決めてしまうことがあります。ことばの教室に通っていた中学生が、担当の先生に宛てた文章の中で、そう書いています。
吃音のある中学生本人の声(宇都宮市・中学2年/日本吃音臨床研究会「吃音と上手につきあうための吃音相談室」に掲載された手記。初出は月刊『スタタリング・ナウ』)
私の将来の夢は、保育士です。子ども一人一人と向き合える、素敵な先生になりたいと思っています。最近、テレビで、吃音のある男の子が主人公である「中学生日記」を見ました。
「自分の気持ち、言いたいことは、自分のことばで、きちんと、最後まで伝える」
というセリフが、とても印象に残りました。どもっても良いと頭では理解していても、行動を伴わせることは、容易ではないからです。私は、主人公の男の子が言ったように、これからは、どもってもいいから、自分のことばで、最後まで伝えていくようにしたいなと、思いました。
同じ人が、そのあとに書いた手紙が併せて載っています。校内の生徒会の立会演説会で、選挙管理委員会に入っていた本人はジャンケンに負け、投票上の注意を言う係になりました。テレビカメラの前で、800人の全校生徒に向けて発表する仕事です。リハーサルのときは大丈夫だったのに、本番では自分でもびっくりするほどどもり、言っている最中につらくて泣き出しそうになった。そのときに思い出したのが、ことばの教室の先生の「どんなにどもっても、最後まで言えることが大切なんだ」ということばで、ふっと力が抜け、たくさんどもりながらも最後まで言い切ることができた——本人はそう書いています。教室に戻ると、騒がしい男子に「超スラスラ読めてたな(笑)」と言われ、昔なら泣いていたかもしれないけれど、「緊張しすぎて、どもっちゃった」と笑い飛ばすことができた、とも。番組のせりふと先生のことばが、同じ方向を向いていました。学齢期の吃音が、先生の対応や友達関係に大きく影響されることは、学会の解説にも書かれています。
出典: レジリエンスを育てる~親の体験を読んで~(日本吃音臨床研究会「吃音と上手につきあうための吃音相談室」)(台帳: V0199)
日本吃音・流暢性障害学会の解説は、学齢期について、症状の多い時期と少ない時期の波はあるものの、幼児期のように全く吃音が出ない時期を経験することは少なくなるとしたうえで、この時期は先生の対応や周囲の友達関係に大きく影響されると書いています。吃音をからかわれたり、発表や音読で思ったように話せない経験をすることで、吃音を否定的にとらえ、自分自身もマイナスに捉えるような認識が起きてくると、難発が強くなったり言い換えの工夫をしたりする方向へ進む場合がある、とも述べています。一方で、周囲の受け入れが良好で、吃音があっても伸び伸びと話して生活できている子どももいて、個人差が大きいとしています。
この人が持ち帰ったのは「流暢に話す方法」ではなく、「最後まで伝えてよい」という考え方でした。学校でどう頼むか、周りにどう伝えるかは、吃音と学校の配慮の記事で扱っています。
作る側に当事者が入ると、台本はどう変わるか
画面に映る吃音が誰の手を通って作られているのかは、放送からはほとんど見えません。エンディングのクレジットに一行だけ出ることもあります。その中身を書き残した当事者がいます。自助団体の例会に取材が来たことをきっかけに、ドラマの制作に関わることになった人です。
当事者本人の声(hiroさん・二児の父/個人ブログ note の連作「僕の吃音歴」。東京言友会の例会での取材をきっかけに、フジテレビの連続ドラマ『ラヴソング』の制作協力に加わった)
東京言友会の金曜例会での取材を皮切りに、ドラマへの制作協力がスタートしました。僕の主な仕事は、ドラマのプロデューサーと全言連を繋ぐ窓口と、台本の吃音監修でした。
ドラマの台本が出来上がると、それを読んで、吃音の台詞は自然なものか、吃音症の描かれ方はおかしくないか、などを確認しました。台本は、金曜例会の終わりに最初の2話分の原稿を渡され、以降はデータで1話ずつ送られてきました。
一人では心もとないので、長く自助団体に携わってきた人と、吃音のあるヒロインと目線の近い人にも台本チェックに入ってもらった、と本人は書いています。作業の中身は具体的です。「……お、お、おはよう」と書かれたせりふを見て、どもり方として自然かを考える。ここは難発を表現したいからもっと点を伸ばす、といった指摘を出し合い、まとめてプロデューサーへ伝える。台本は脚本家らの修正が入り、ときには自分たちの意見が反映されて、何度も書き直されたといいます。演技指導に入った人の名前はエンディングのクレジットに「演技指導」として載り、自分ともう一人の働きは「吃音監修」として全国言友会連絡協議会の名前でクレジットに出た、とも書かれています。放送後、ヒロインを演じた俳優の吃音の演技は当事者の間ではおおむね好評だった、というのが本人の受け止めです。当事者の声が制作の側に届くことは、英国の当事者団体が正面から求めていることでもあります。
出典: 僕の吃音歴(吃音に関わる活動編⑧ 『ラヴソング』制作協力 その2)(note)(台帳: V0459)
英国の当事者団体 STAMMA が公開している語り方の指針は、メディアに向けた要望をはっきり書いています。吃音の声がテレビ・ラジオ・映画で聞こえるようにしてほしい。ただし、誰かが吃音を「克服した」「打ち負かされた」「治した」という文脈でではなく、あらゆる中身をかたちづくるアクセントと声の豊かな模様の一部として——というのがその中身です。同じ指針は、吃音や「どもる」という語を、失敗や出来の悪さの言い換えとして使うのをやめてほしいとも求めています。そして、メディアで働いていて吃音を扱う番組を企画するなら、この指針を関係者と共有してほしい、と呼びかけています。
指針には、取材する相手・配役する相手が吃る人であるときの具体的な応じ方も並んでいます。さえぎらずに話し終えるまで待つこと。ときどきうなずいて聞いていると伝えること。自然な目線を保ち、居心地悪そうな顔をしないこと。話し方の良し悪しを口にしたり、流暢に話せたことを褒めたり祝ったりしないこと(吃音が悪いことだという考えを補強してしまうため)。どもったときに冗談にしたり、憐れんだりしないこと。いちばん良いのは、吃る声を歓迎し受け入れることだ、と指針はまとめています。この指針は英国王立言語聴覚士会の承認を受け、40年を超えて当事者を代表してきた経験にもとづく生きた指針として、2024年1月に最終更新されています。
台本を読んで意見を出す、という関わり方が誰にでもできるわけではありません。ただ、この記録が示しているのは、放送された吃音の描き方が「勝手にそうなった」ものではなく、誰かがどこかで決めた結果だということです。自助団体がどんな場なのかは、学会の解説にも書かれています。吃音のある当事者が「吃音があるのは自分だけではない」ということを認識し、共通の体験を語り合い、苦悩を分かち合い、互いに援助し合うことが、おおむね活動の中心だとされています。取材を受ける側に立ったときに何が起きるかは、吃音ニュースの記事で扱っています。
番組で流れる「100人に1人」という数字と、3つの症状
吃音を扱った番組では、ほぼ必ず人数の話が出てきます。その数字がどこから来ているのかを、手元の資料の範囲で確かめておきます。日本吃音・流暢性障害学会の解説によると、吃音は2歳から4歳をピークとしてほとんどが幼児期に発症し、近年の幼児期の調査から発症率は約8〜11%程度と報告されています。日本の研究では3歳までの発症率が8.9%で、海外の近年の報告とかなり近い値だとされています。一方、海外の調査からは、学童期以降成人までの時点有症率(ある時点で吃音のある人が全人口に占める割合)は、1%より少ない0.8%が妥当だといわれています。番組で耳にする「およそ100人に1人」は、この0.8%のことだと考えると数字の行き先が見えます。
自然に収まっていく割合も、同じ解説に出ています。自然治癒率は、吃音が始まって2年後までだと31%、3年後までだと63%、4年後までだと74%と報告されており、発症から4年以上たつと(あるいは8歳以上になると)自然治癒の確率は減少するとされています。
症状の見分け方も押さえておきます。発症してすぐの幼児期は音を繰り返す「連発」が多く、引き伸ばす「伸発」や、最初の音がなかなか出しにくくなる「難発」で始まったり、比較的早い時期にそうした話し方に変わっていったりする子どももいます。話すときに顔や体に力が入り、手足を振り下ろしたり、飛び跳ねたり、目を固くつぶったりする動きを伴うこともあります。歌うときや2人で声を合わせるとき、独り言のときには一時的に流暢になる人が多く、調子の良い状態・悪い状態が数週間から数か月続く「波」もあります。番組で映るのは、このうちのごく一部の場面です。
ついでに、番組をきっかけに広まりやすい誤解も置いておきます。学会の解説は、最も問題のある間違った原因論として、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説や、親が吃音だと思って対応することが原因だとする吃音診断起因説を名指しで挙げています。また俗説として、吃音のある人の話し方を真似すると吃音になる(伝染する)というものがあり、吃音のある子とは遊んではいけないという差別があった(今もあるかもしれない)とも書いています。2000年頃以降、双子研究・脳研究・遺伝子研究により、環境的要因よりも生まれ持った体質的な要因が原因の多くを占めることが分かった、というのが解説の説明です。
番組を見て気になったら——相談先と、制度の後ろ盾
テレビで吃音を知って、自分や子どものことが気になった人のために、相談先を置いておきます。学会の解説は、子どもについて、楽に話しやすくなるために周囲のコミュニケーション環境を整える方法(環境調整)や、直接発話に働きかける方法、吃音のことを理解する方法など、年齢や状態に合わせた指導を行うとしたうえで、小児を扱う言語聴覚士や、ことばの教室の教員に相談しましょうと書いています。大人については、本人が治療を希望する場合に言語聴覚士による発話訓練という選択肢があり、吃音の自助団体に参加してほかの吃音のある人と出会うことが心理的な変化のきっかけになることもある、としています。1965年に発足した言友会が日本で最も歴史が古く、近年では若者を対象とした団体や、女性の集いを開催する団体もあると紹介されています。
制度の側にも後ろ盾があります。発達性吃音は2005年に施行された発達障害者支援法の対象に含まれ、2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的言動および差別的扱いは禁止されています。発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの合理的配慮(本人の申し出に応じて学校や職場が行う調整)を求めることもできます。ただしその際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合があります。制度の中身と申し出の手順は吃音と合理的配慮の記事にまとめています。
次のようなときは、番組を見て終わりにせず、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 番組で見た症状と、自分や子どもの話し方が似ていて、様子を見るべきか判断がつかない
- 番組で紹介されていた方法を試したが、かえって話しにくくなった気がする
- 「克服した人」の回を見たあとで、自分や子どもがそうなれないことに焦りを感じている
この3つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。
吃音とテレビをめぐる3つの落とし穴
落とし穴1 − 画面に映った吃音を、その人の吃音の全部だと思う
流暢さを高める技法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえても本人はより大きな努力を払っている場合があり、外から分かる乱れが無いままコントロールを失う感覚を抱いていることもあると総説は論じています。学会の解説も、歌うときや独り言では一時的に流暢になる人が多いこと、調子の波があることを挙げています。番組に映るのは、ある日のある場面です。よく話せている回を見て「もう大丈夫そう」と受け取るのも、どもっている回を見て「ずっとこうなのだ」と受け取るのも、どちらも同じ取り違えです。
落とし穴2 − 番組で見た「良くなる方法」を、身近な人に勧める
リズムに合わせて話すことや呼吸の調整を、唯一のあるいは主たる治療の構成要素とすることは行うべきでない、とドイツの診療ガイドラインは評価しています。装置やソフトについても、使っている間は吃音をなくせるが日常的な治療の構成要素としては推奨できないとされています。さらに同じガイドラインは、治癒を約束し治療の目標と方法を分かる形で説明しない手続きを避けるべきものに挙げています。ドラマを見て助言をしたくなるのは自然なことですが、勧める前に、年齢層ごとに根拠の強さが違うことを思い出す価値があります。
落とし穴3 − 流暢に言えたことを褒める
英国の当事者団体の指針は、取材する相手・配役する相手が吃る人であるとき、話し方の良し悪しを口にしたり、流暢に話せたことを褒めたり祝ったりしないよう求めています。吃音が悪いことだという考えを補強してしまうから、というのが理由です。番組を見た感想を本人に伝えるときも、同じことが当てはまります。「今日はスラスラだったね」は褒め言葉のつもりでも、次の日の基準になってしまいます。伝えるなら、話し方ではなく中身についてがよさそうです。
そのうえで、番組を見て自分のことが気になったなら、どんな場面で出やすいか、そのとき周りがどう応じたかを書き留めておくと、相談のときに伝えやすくなります。相談できる場合は、言語聴覚士やことばの教室に相談するのが確実です。
よくある質問
吃音を扱ったテレビ番組を、まとめて探せる場所はありますか?
この記事が参照した資料の中に、吃音を扱った番組を継続して集めた一覧はありませんでした。この記事も番組表の代わりではなく、当事者自身が記録に残した番組——『リーガルビート』『ダメマネ!』『ラヴソング』『中学生日記』——を、その人に何が起きたかとともに並べたものです。英国の当事者団体は、吃音の声がテレビ・ラジオ・映画で聞こえるようにしてほしいとメディアに求めており、そう求める必要があること自体が、まだ多くはないことを示しています。
ドラマの吃音の演技は、実際の吃音に近いのですか?
近いと受け止めた当事者の記録も、違和感を書いた当事者の記録も、この記事に載せています。研究の側から言えるのは、画面に映る流暢さだけでは判断できない、ということです。流暢さを高める技法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえても本人はより大きな努力を払っている場合があり、外から分かる乱れが無いままコントロールを失う感覚を抱いていることもあるとされています。英国の当事者団体の指針は、配役する相手が吃る人であるときの応じ方として、流暢に話せたことを褒めたり祝ったりしないことを挙げています。
ドラマで紹介されていた「吃音の改善法」は試していいですか?
ドイツの17の学会による診療ガイドラインは、リズムに合わせて話すことや呼吸の調整を唯一のあるいは主たる治療の構成要素とすること、催眠、分かる形の考え方を持たない吃音療法を、行うべきでないと評価しています(勧められないが根拠そのものは強くない、という等級です)。装置やソフトは、使っている間は吃音をなくせるものの日常的な治療の構成要素としては推奨できず、療法士の監督のもとで使うべきだとされています。試す前に、言語聴覚士やことばの教室に相談するのが確実です。
番組を見て「自分も吃音かもしれない」と思いました。どうすればいいですか?
吃音の中核となる症状は、音を繰り返す連発、引き伸ばす伸発、最初の音がなかなか出しにくくなる難発の3つとされています。学童期以降の時点有症率は0.8%で、100人に1人弱の割合です。思春期以降は難発が中心になり、言いにくい語を言い換えて目立たなくしている場合もあります。気になるときは、子どもなら小児を扱う言語聴覚士やことばの教室の教員に、大人なら言語聴覚士による発話訓練や自助団体という選択肢があります。
吃音のある人が番組に出るとき、周りはどう応じればいいですか?
英国の当事者団体の指針は、取材する・配役する・話す・一緒に働く相手が吃る人であるときとして、さえぎらずに話し終えるまで待つこと、ときどきうなずいて聞いていると伝えること、自然な目線を保ち居心地悪そうな顔をしないこと、話し方の良し悪しを口にしたり流暢さを褒めたりしないこと、どもったときに冗談にしたり憐れんだりしないことを挙げ、いちばん良いのは吃る声を歓迎し受け入れることだとまとめています。この指針は英国王立言語聴覚士会の承認を受けています。
まとめ
- テレビの特集で自分の話し方に名前がついた当事者がいる。自分から伝えることは量的研究18件のうち15件で好意的に働いたが、日本の当事者の伝える度合いは米国の調査より低いと報告されている。
- ドラマの難発の演技を「迫真」と受け止めた当事者がいる一方で、画面に映る流暢さはその人の吃音を表面だけで捉えた物差しだと研究は論じている。社会の否定的な描き方は自己スティグマにつながるとも述べられている。
- ドラマが描いた「リズムに合わせて話す方法」について、ドイツの17の学会の診療ガイドラインは、それを唯一のあるいは主たる治療の構成要素とすることは行うべきでないと評価している。年齢層ごとに根拠の強さは違う。
- 番組のせりふを自分の場面に持ち帰った中学生がいる。学齢期は先生の対応や友達関係に大きく影響されると学会は書いている。
- 台本の吃音監修に入った当事者がいる。英国の当事者団体は、吃音の声がテレビ・ラジオ・映画で聞こえるようにしてほしい、ただし「克服した」「治した」という文脈ではなく、と求めている。気になったら、言語聴覚士・ことばの教室・自助団体へ。