まず結論から
- 大学生の話しにくさは、学会の解説でもゼミの発表や就職活動が困難を感じやすい場面として名指しされています。思春期以降は最初の音が出ない「難発」が中心になり、失敗が重なると話す場面を避けたり、言い換えて隠したりするようになるとされています。
- 配慮を頼む根拠はあります。2024年に改正障害者差別解消法が施行され、私立の学校も合理的配慮の提供が義務化されました。入学後の修学上の困難についても、双方の建設的な対話の上に配慮が受けられるとされています。
- 頼める内容の例として、発表の免除や試験での面接時間の延長が挙げられています。ただし、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出を求められる場合があります。
- 頼めることと、その配慮を使えることは別です。配慮を得たあとに授業へ行けなくなった学生の記録があり、避けるほど不安が強まる悪循環は研究の側でも説明されています。
- 同級生の見方については、大学生を評価者にした実験で、面接の冒頭で吃音があることを伝えた応募者は、吃音のない応募者と同じくらい肯定的に評価されました。
ただし、ここに挙げた制度の記述は2026年時点で確認できた公的資料のもので、窓口の名前や手続きは大学ごとに違います。研究の多くも、用意された動画を見た人の評価や、集団の平均を測ったものです。あなたの大学で何が頼めるか、何が助けになるかは、本人と窓口の対話のなかで決まっていくものとされています。
大学に入って、初めて人前でどもった
高校までは隠し通せていた人が、大学の少人数授業で初めて表に出る——この順番は珍しくありません。人数が少ないほど一人ずつ話す時間が長くなり、初回の自己紹介は避けようがないからです。
当事者の声(31歳男性・高校2年で吃音が始まり、ピアノで入った芸術大学を20歳で中退。自助団体の例会「当事者研究」の逐語記録・聞き手は同会の代表)
ピアノの「演奏研究」という生徒数10人ほどの小規模な授業でした。初回の授業では自己紹介があると予想して、ずる休みをし、二回目のときに初受講しに行ったら、「君は先週休んだから」と、一人自己紹介を求められました。みんなが僕に注目しています。
そこで、30秒くらい、声が出ずに力んでいたら、みんなは顔を見合わせ、ヒソヒソ声で笑い合っている感じでした。
力んだすえ、やっとのことで名前が言えましたが、先生から、「もう少ししゃべってよ。好きな作曲家は?」と質問を受けました。好きな作曲家の名前がたくさん浮かぶのですが、どもって言葉にできずに、「いえ、特に…」とごまかしました。
これは大変な屈辱でした。
高校2年で始まった吃音を、言い換えや黙ることで隠したまま大学に進んだ人の語りです。初回の授業を休んだのは自己紹介を予想したからで、二回目に一人だけ求められた——避けた分が、そのまま戻ってきた形です。同じ記録では、これが初めて人前でどもった経験だったこと、そこから話す必要のある場面を避けるようになり、ごまかしきれなくなって20歳で中退したことが語られています。少人数の授業は、大学が高校までと違う最初の場所です。学会の解説も、大学生にとって困難を感じやすい場面としてゼミの発表を挙げています。
出典: 【当事者研究】どもりを豊かさの糧にして(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0181)
学会の解説は、思春期以降の吃音の特徴を次のように整理しています。症状は、音を繰り返す「連発」や音を引き伸ばす「伸発」よりも、最初の音が出しにくくなる「難発」が中心になります。そして、話しにくさを感じやすい場面として、中高生では部活動や入学面接、大学生ではゼミの発表や就職活動、社会人では職場の電話応対が挙げられています。
もう一つ、この解説が書いている流れがあります。話す場面での失敗が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じ、次第に会話や人づき合いを避けるようになる。あるいは、言いにくい単語を言い換えるなどの工夫で吃音を隠す。隠せば目立たなくなりますが、吃音が出ないかを日々警戒しながら生活することになるとされています。上の記録で、自己紹介を予想して初回を休んだこと、名前が出たあとに好きな作曲家の名前を「いえ、特に…」とごまかしたことは、この「避ける」と「隠す」の両方に当たります。
頼むなら、本人が窓口へ行く
高校までは、配慮を頼むのは多くの場合、保護者か担任でした。大学では、頼むかどうかも、誰に何を頼むかも、本人が決めて本人が動くことになります。高校で担任に代弁してもらっていた学生が、大学でどうしたかの記録があります。
当事者の声(大学生・学校の先生を目指している。個人ブログ note「梅」)
障害がある学生をサポートする組織へ吃音の相談をしに行き、「配慮はいらないので授業の先生に吃音があることを知っておいてほしい。」と伝え、吃音についての説明が書かれている【情報提供書】を作成してもらっています。
私は、吃音症のことを知ってくれている方が話しやすいので、この選択をしました。
「配慮はいらない」と「知っておいてほしい」を分けている書き方に目が止まります。同じ記録の高校時代の節では、入学式のときに保健室の先生へ自分から説明しに行き、クラスに伝えてほしいことを担任に伝えて代わりに言ってもらったこと、高2から少しずつ音読や発表に戻り、高3には配慮なしでみんなと同じように音読や発表をしていたことが書かれています。大学では、その「代わりに言ってもらう」相手がいなくなります。この学生は自分で「障害がある学生をサポートする組織」に出向き、頼む内容も、免除ではなく先生への周知だけに絞りました。制度の側も、入学後の修学上の困難への配慮は「双方の建設的な対話の上に」受けられるものだと書いています。
出典: 吃音と私の20年(note)(台帳: V0230)
制度の側から確かめます。2024年に改正障害者差別解消法が施行され、国公立の学校だけでなく私立の学校も合理的配慮の提供が義務化されました。ここでいう合理的配慮は、大学側に「過重な負担」となる範囲を除いて行われる個別の調整のことで、入学後の修学上の困難についても、双方の建設的な対話の上に受けられるようになったと説明されています。
学会の解説は、頼める内容の例として、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長を挙げています。ただし、その際に医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などを求められる場合があるとも書かれています。診断を受けていない人は、ここで一度立ち止まることになります。
窓口の名前は大学ごとに違います。上の記録の学生が訪ねた「障害がある学生をサポートする組織」は、大学によって障害学生支援室や学生相談室といった名前で置かれています。高校までのように保護者が担任へ伝える形は取りにくく、本人が調べて出向くところから始まります。「配慮はいらない、知っておいてほしいだけ」という頼み方も、この対話の一つの形です。
配慮があっても、その手を掴めないことがある
配慮を頼めた。それで困りごとが片づくとは限りません。配慮を受けたあとに、授業へ行けなくなった人の記録です。
当事者の声(20代・個人ブログ note「ちな」)
大学生の時、本当に言葉が出なくてしょうがなく、英語の授業で吃音の事を先生に打ち明けて配慮してもらったけれど、やっぱりクラスの人の前で症状を見せることに耐えられなくて、結局授業を休み続けて単位を落としたことがある。一番下のクラスに移動して、レベルを落とすことでなんとか次の年に単位を取った。スラスラ喋れないだけで頭では理解していたから、ちゃんと上のクラスで授業を受けたかった。でもどうしても、吃音をみんなに見せることが出来なかった。
この記録の書き手は、その前の段落で、高校生まではどんなに辛くても配慮を一切お願いせず一人で耐えていたこと、その理由を「配慮をお願いしたら、私は普通じゃないって認めることになるから」と書いています。大学で初めて打ち明けて、配慮を得た。それでも、クラスの前で症状を見せることには耐えられず、授業を休み続けた。翌年に一番下のクラスへ移って単位を取ったが、本当は上のクラスで受けたかった、と続きます。同じ文章では、英検の二次試験で制限時間を延ばしてもらった場面についても、面接官の前で症状が出るときの力の入った顔を見せられるかと問われれば「私は見せられない」と書いています。配慮の有無とは別の層に、症状を見せることそのものの苦しさがある——避けることと不安の関係を、研究の側はこう説明しています。
出典: 配慮を掴めない(note)(台帳: V0152)
吃音は、なめらかに話せないという症状だけでなく、人前での不安や、どもるかもしれないと先に感じる不安(予期不安)を伴います。どもった経験と嫌な経験が対になって恐怖や不安を感じるようになると、話す場面を避けるようになり、避けることによって不安がさらに強められる——慶應義塾大学の耳鼻咽喉科医による解説は、この仕組みをそう整理しています。予感・不安・回避・自分への注目が複雑な悪循環を作って、問題を複雑にしているとも述べられています。
この不安が強い場合、人前で話す場面などに強い不安を感じて生活に支障が出る「社交不安障害」に当たることがあります。吃音のある成人を吃音のない成人と比べた研究では、社交不安障害に当たる人の割合が少なくとも40%と報告されています。慶應義塾大学病院の医療情報も、病院に来る成人の吃音の半分程度は社交不安障害を伴っているとするデータもある、と書いています。配慮を頼めたのに授業に行けない、という状態は、意志の弱さではなく、こうした不安の層の話として見たほうが実態に近くなります。症状や不安そのものの相談先は、この先の「発表で声が出なくなったとき、誰に相談するか」の節にまとめます。
同級生は、どう見ているのか
変に思われないか。笑われないか。大学で人間関係を一から作るときに、最初に立つ不安です。入学直後の同級生の一言を転機として語る学生がいます。
当事者の声(19歳・大学2年・小学校教員を目指す学生。地方紙のインタビュー)
「入学してすぐ、同級生の1人が自然な感じで『話しにくいの?』と気遣ってくれました。なんだかうれしくて、後に吃音のことも伝えてからは互いに何でも話し合える仲に。理解した上で普通に接してくれる人がいることで、吃音は避けなくていいんだと思えるようになったんです」
「私は言葉に詰まったとき、相手には話を遮らずに待ってほしい。逆に、察して言葉を先読みしてもらいたい人もいるそうです。当事者が吃音を隠さず、その人に合わせた理解が広まる社会になればいいな」
小学校の先生を目指し、高校の部活の先生に勧められて教育の道を選んだ学生です。同じ記事では、「吃音のある自分が授業をできるだろうか」と不安を感じることもあるが、前向きになれたのは大学での出会いが大きい、と語っています。5月には、吃音の当事者が模擬授業を行う取り組みに自分から応募し、先輩の模擬授業を手伝い、現役の教師と吃音をテーマに語り合う場にも参加した。同じ立場で教師を目指す先輩を見て不安が大きく減った、とも述べています。先に声をかけたのは同級生の側でした。では、同級生の側は実際にどう見ているのか——大学生を評価者にして調べた実験があります。
出典: 若者の吃音について小溝幸音さんに聞きました(神戸新聞NEXT「生きるのヘタ会?」)(台帳: V0097)
大学の心理学の授業を履修する58人が参加し、吃音のある応募者と吃音のない応募者の模擬面接の動画を見て、採用したいか、良い印象を持ったかを評価しました(自分に吃音があると答えた5人は解析から除かれています)。参加者の半数が見た動画では、吃音のある応募者が面接の冒頭で吃音があることを伝えていました。
結果は、伝えなかったときは吃音のある応募者が吃音のない応募者より低く評価され、伝えたときは両者の評価に差がなかった、というものでした。なぜ効くのかについて論文は、障害や制約を率直に認める人は「よく適応している」と見られるという先行研究と、相手が「何を言えばいいのか」と考え込む堂々巡りから、先に伝えることで相手を解放するのではないか、という二つの説明を挙げています。ただし論文自身が限界を書いています。参加者が大学生だけなので一般の人を代表しておらず、応募者と年齢が近いことから共感が働いて評価が甘くなった可能性があること、そして応募者を演じたのは実際には吃音のない俳優だったことです。
伝え方についても研究があります。自分から吃音を伝えること(自己開示)を調べた18件の研究をまとめたレビューでは、全体として好意的な影響が示されたのが18件中15件(83.3%)で、伝え方を比べた研究に限ると、謝るような言い方をしない伝え方のほうが好意的に受け取られたものが13件中12件(92.3%)でした。「すみません、吃音があってうまく話せなくて」ではなく、「吃音があるので、詰まったら待ってもらえると助かります」のように、事実として述べる形です。
そして、伝えられるかどうかには、経験や周囲との関係が関わっているようです。日本の吃音のある成人を対象に、自助グループなどを通じて集めた調査では、伝える度合いは米国の調査の回答者より低く、これは社会文化的な違いを反映している可能性があると述べられています。同じ調査で、自助グループに参加した経験があること、自分を受け入れられていること、自分を恥ずかしいと感じる度合いが低いことが、より高い開示の度合いと関連していました。上の学生が語った「大学での出会い」は、この関連の一つの実例として読むことができます。
発表で声が出なくなったとき、誰に相談するか
配慮の窓口とは別に、症状そのものを相談する先があります。3年生で発表の声が出なくなった学生の記録です。
当事者の声(3歳で吃音が始まった女性・21歳時点の手記。NHK障害福祉賞の佳作作品として全文が公開されている)
ある授業で発表の順番が回ってきた。声が上手く出なくなる可能性を考え、Word(ワード)をプロジェクターに写すのではなく、PowerPoint(パワーポイント)に作り直し、PowerPointをプロジェクターに写した。いざ、マイクを持ち、声を出そうとするが全く声が出なかった。先生の配慮で代わりにPowerPointを読み上げて下さった。7月の構音訓練の時から、吃音の症状は悪くなり始めていたが、ここまで酷いことは今まで経験したことが無かった。どん底に落ちたように、怖くてたまらなかった。自分の力では這い上がれないと思った。先生と相談し、一度言語聴覚士さんの元に相談に行ってみることにした。
言語聴覚士を目指して、検査や訓練の実習がある学科に進んだ学生の手記です。同じ文章によれば、大学1年は座って学ぶ授業が多く吃音を気にすることはあまり無かった。2年の後期に「検査」の練習が始まり、話す言葉が決まっていて言い換えができない場面に直面した。3年では時間割の半数以上が「話す」ことの必要な演習や実習になった——この順番で、逃げ場が一つずつ減っています。引用にある「構音訓練」は、この学科で受ける発音の練習の授業のことです。声が出なかった日、先生が代わりに読み上げ、その先生と相談して、以前から知っていた言語聴覚士にメールで連絡した。メールのやり取りだけでも心を落ち着かせることができた、と書かれ、初回の受診へ続きます。学内の先生と学外の専門職がつながった形です。相談先を探すときの注意を、吃音ポータルサイトはこう書いています。
出典: 第56回NHK障害福祉賞佳作作品「これが私の人生と言える様に 〜吃音と過ごした21年〜」(NHK厚生文化事業団)(台帳: V0112)
相談先の目印として、吃音ポータルサイトは言語聴覚士(ことばや聞こえの障害がある人への指導・支援を行う国家資格の専門職)を挙げています。養成課程には吃音が含まれ、吃音のある人の指導・支援の中核を担う存在として期待されている一方、言語聴覚士の扱う業務は幅広いため、全員が吃音の指導や支援を行えるわけではないと明記しています。主に病院のリハビリテーション科や耳鼻咽喉科などに勤めている場合が多く、希望する場合はあらかじめ病院に直接問い合わせるか、日本言語聴覚士協会や各都道府県の言語聴覚士会に尋ねることがすすめられています。
もう一つの相談先が、当事者の集まりです。同サイトは、自助グループは言語聴覚士のような学術的な知識や専門的な指導が受けられる場ではないと断ったうえで、同じ問題を持つ仲間と出会い、当事者同士でないと感じられない連帯感の中で悩みを聞いてもらったり、同じ立場からの具体的な助言をもらったりできる、と書いています。学会の解説も、当事者が「吃音があるのは自分だけではない」と認識し、共通の体験を語り合い、互いに援助し合うことが活動の中心だとし、1965年発足の言友会のほか、若者を対象とした団体(うぃーすたプロジェクト)を挙げています。自助団体に参加してほかの吃音のある人と出会うことが、吃音を否定的に捉えることが減るといった心理的な変化のきっかけになることもある、とも書かれています。
入試の面接と、電話の壁 — 制度の側から
大学の「面接」には二つの意味があります。入るときの入試の面接と、出るときの就職の面接です。入試の面接については、公的な解説が、高校入試や大学入試での面接試験で事前に吃音があることを伝えておくと、「過重な負担」となる範囲を除き、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保などの合理的配慮を受けることができる、としています。「事前に伝えておく」ことが起点です。
電話についても仕組みがあります。2021年から総務省が主体となって公共インフラの一つになった「電話リレーサービス」を吃音のある人も使うことができ、困り感の軽減につながっているとされています。履修や下宿の手続き、実習先への連絡など、大学生活で電話が避けられない場面では選択肢の一つになります。
就職活動の面接で伝えるかどうか、エントリーシートにどう書くかは、別の記事で扱っています(吃音の就活・吃音面接のカミングアウト)。
大学で吃音と付き合うときの3つの落とし穴
落とし穴1 − 「配慮を頼む」か「一人で耐える」かの二択にする
上の記録に、第三の形がありました。配慮はいらないので、授業の先生に吃音があることを知っておいてほしい——それだけを頼み、情報提供書を作ってもらう。制度の側も、配慮は決まった内容を請求するものではなく、双方の建設的な対話の上に受けるものだと書いています。免除まで頼むか、待ってもらうだけを頼むか、知っておいてもらうだけにするか。頼み方には段階があります。
落とし穴2 − 頼めたら解決、と考える
配慮を得たあとに授業へ行けなくなり、単位を落とした記録がありました。避けるほど不安が強まる悪循環は研究の側でも説明されており、吃音のある成人では社交不安障害に当たる人が少なくとも40%と報告されています。配慮の窓口と、症状や不安そのものの相談先(言語聴覚士など)は別の場所です。両方を知っておくと、片方が効かなかったときの行き先が残ります。
落とし穴3 − 一人で抱えたまま、授業から離れていく
自己紹介で名前が出ず、話す場面を避けるようになって20歳で中退した記録がありました。当事者の集まりについて学会は、「吃音があるのは自分だけではない」と認識することが活動の中心だと書いており、若者を対象とした団体もあります。相談する相手は、言語聴覚士のような専門職でも、当事者の集まりでも、大学の窓口でも構いません。
まずは、どの授業のどの場面で何が起きるか(自己紹介・指名・発表・実習・窓口・電話)を書き留めておくと、大学の窓口に行くときにも、言語聴覚士に相談するときにも、そのまま使えます。診断書や報告書を求められる場合があるので、受診しておくと選べる手が広がります。
よくある質問
大学に吃音の配慮を頼めますか?誰に言えばいいですか?
頼めます。2024年に改正障害者差別解消法が施行され、私立の学校も合理的配慮の提供が義務化されました。入学後の修学上の困難についても、双方の建設的な対話の上に配慮が受けられるとされています。窓口の名前は大学ごとに違うので、障害のある学生を支援する部署や学生相談の窓口を、大学のサイトや学生課で確かめてください。頼める内容の例として発表の免除や試験での面接時間の延長が挙げられていますが、医師の診断書や言語聴覚士の報告書を求められる場合があります。
ゼミやプレゼンで声が出なくなったら、どうすればいいですか?
発表で全く声が出なかったとき、先生が代わりにスライドを読み上げ、その先生と相談して言語聴覚士のもとへ相談に行った学生の記録があります。担当の先生に事情を伝えることと、症状そのものを専門職に相談することは、並行してできます。言語聴覚士は全員が吃音を扱っているわけではないので、病院に直接問い合わせるか、日本言語聴覚士協会や都道府県の言語聴覚士会に尋ねることがすすめられています。
大学入試の面接で、吃音があることを先に伝えたほうがいいですか?
公的な解説は、高校入試や大学入試での面接試験で事前に吃音があることを伝えておくと、「過重な負担」となる範囲を除き、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保などの合理的配慮を受けることができるとしています。伝えるかどうかは本人の選択ですが、伝える場合は「事前に」が起点になります。
友達や同級生に吃音のことを言うべきですか?
決まった答えはありません。研究の側では、自分から吃音を伝えることは全体として好意的に受け取られる傾向があり、謝るような言い方をしない伝え方のほうが好意的でした。大学生を評価者にした実験でも、冒頭で伝えた応募者は吃音のない応募者と同じくらい肯定的に評価されています。ただしこれらは用意された動画を見た人の評価で、教室でそのまま同じことが起きるとまでは言えません。入学直後に同級生から「話しにくいの?」と声をかけられ、後に自分から伝えて何でも話し合える仲になった学生の記録もあります。
吃音がつらくて授業に行けません。大学をやめるしかないのでしょうか?
授業に出られなくなって中退した人も、単位を落としたあと翌年に取り直した人も、記録の中にいます。避けるほど不安が強まる悪循環は研究の側でも説明されており、吃音のある成人では社交不安障害に当たる人が少なくとも40%と報告されています。やめるかどうかを一人で決める前に、大学の窓口、言語聴覚士、当事者の集まりのどれかにつながることを検討してください。学会の解説は、自助団体に参加してほかの吃音のある人と出会うことが心理的な変化のきっかけになることもあると書いています。
まとめ
- 大学で困る場面は、高校までと形が変わる。学会の解説は大学生ではゼミの発表や就職活動を挙げ、思春期以降は難発が中心になり、失敗が重なると「避ける」「隠す」が進むとしている。
- 配慮を頼む根拠はある。2024年施行の改正障害者差別解消法で私立の学校も義務化され、入学後の修学上の困難も双方の建設的な対話の上に配慮が受けられる。頼める例は発表の免除や面接時間の延長で、診断書や報告書を求められる場合がある。
- 大学では本人が窓口へ行く。「配慮はいらない、先生に知っておいてほしい」という頼み方をした学生の記録があり、頼み方には段階がある。
- 頼めたことと、使えることは別。避けるほど不安が強まる悪循環が説明されており、吃音のある成人では社交不安障害に当たる人が少なくとも40%と報告されている。症状や不安の相談先(言語聴覚士など)は、配慮の窓口とは別にある。
- 同級生の見方については、大学生を評価者にした実験で、冒頭で伝えた応募者は吃音のない応募者と同等に評価された。謝らない伝え方のほうが好意的に受け取られ、伝える度合いは自助グループの経験などと関連していた。
