まず結論から
- 吃音の本は、読む人ごとに分かれています。保護者向けの手引き、ことばの教室の先生や言語聴覚士(ことばと聞こえの専門職)が使う教材、子ども本人が読める本、大人の当事者が自分のために読む本が、それぞれ別に出ています。
- 買う前に読めるものがあります。幼児編・学童編・中高生編に分かれたリーフレットは、PDFを無料でダウンロードできます。
- 子ども本人に向けた絵本や、小学校中学年から自分で読める本も、別の判型として出ています。
- 「どもらないこと」だけを目標に置く読み方には注意が要ります。大人の当事者に話すときの目標を尋ねた調査では、流暢さを目標にする傾向が強い人ほど、場面や語を避けたり、力んだり、恥や恐れを経験しやすいという結果が紹介されています。
- 自分から「吃音があります」と伝えることについては、30年ぶんの研究をまとめた系統的レビュー(同じテーマの研究をもれなく集めて要約する方法)が、全体としては好意的な影響があったと報告しています。
ただし、どの本も大勢の平均や一般的な説明を書いたものであって、目の前の一人がこれからどうなるかを教えてくれるものではありません。吃音が始まった子のうち誰が自然に回復するのかを見分ける手がかりは、いまも研究が探している途中です。
「吃音の本」と一口に言っても、形がいくつもある
最初に、何が出ているのかを見渡しておきます。吃音の本は一般の出版社からも出ていますが、当事者の団体と研究会が、自分たちで目録を公開しています。そこを見ると、本の形が思ったより分かれていることが分かります。
保護者と先生に向けた手引き。日本吃音臨床研究会の目録には、『吃音とともに豊かに生きる 両親指導の手引き書41』(伊藤伸二、NPO法人全国ことばを育む会、2013年)が「保護者の皆さんへ、ことばの教室の先生へ、通常の学級の先生へ」向けた55ページの小冊子として載っています。同じ目録の『どもりと向き合う 一問一答』は、幼児期・学童期の吃音についてよく出される24の質問に答える形式で、親や教師が子どもに、子どもがクラスの子に吃音を説明するときに使える、と紹介されています。
ことばの教室で使う演習の教材。「吃音ワークブック」という言葉で探している場合、目録にあるのは『吃音ワークブック ~どもる子どもの生きぬく力が育つ~』(伊藤伸二・吃音を生きる子どもに同行する教師の会、解放出版社、2010年)です。ことばの教室で子どもと一緒に話し合い、演習として取り組むための教材で、「親、教師、言語聴覚士が使える」と掲げられています。全国言友会連絡協議会の側にも、学校の先生や言語聴覚士を主な対象にした指導教材があり、すごろくで吃音や自分の良さについて学ぶ教材も並んでいます。
子ども本人が読める本と、絵本。『どもる君へ いま伝えたいこと』(伊藤伸二、解放出版社、2008年)は、小学4年生以上の子どもが直接手にとって読めるように、話しことばで書かれています。もっと小さい子には絵本があります。全国言友会連絡協議会の案内には、ことばの臨床教育研究会が出している『どもってもいいんだよ』『どもるってどんなこと』『中学生になる君へ』が並び、全国ことばを育む会の『ぼく ときどき どもるんだよ』も子ども自身に向けて書かれた本として載っています。
当事者の体験を集めた本。全国言友会連絡協議会は、2007年以来18年ぶりという体験談集を自分たちで発行しています。発行者自身の言葉によれば、この体験談集ではさまざまな年代や立場の吃音のある人の体験に触れることができ、単なる事実の羅列ではなく、その体験についての認知・行動・感情まで書かれているとされています。
気持ちの側を扱う本。日本吃音臨床研究会の目録には、心理療法を吃音に当てはめた本が並びます。『認知療法・認知行動療法 ~吃音とのつきあいを通して~』(大野裕・伊藤伸二、金子書房、2011年)は、国立精神・神経医療研究センター認知行動医療センター所長の大野裕さんが講義と実習を行った記録で、感情と認知に働きかけるものだと説明されています。『やわらかに生きる 論理療法と吃音に学ぶ』(石隈利紀・伊藤伸二、金子書房、2005年)は筑波大学の石隈利紀さんとの共著で、「どもるという事実が人を悩ませるのではなく、どもることは悪いこと、恥ずかしいことと捉え、どもってはいけないと考えるから悩む」という立場から書かれた「考え方の練習帳」とされています。
無料で配られているPDF。全国言友会連絡協議会は、吃音リーフレットを幼児編・学童編・中高生編の3つに分けて出しており、印刷された冊子の頒布とあわせて、PDFのダウンロードは無料だと明記しています。ほかに「知っていますか?吃音」「就職を目指す吃音のある人のためのサポートブック」「企業向け吃音リーフレット」「吃音と手話」「吃音児の自己肯定感の低下を防ぐ」も、無料配布の資料として同じページに並んでいます。「吃音サポートブック」という名前で探していた資料は、この就職向けのものを指していることがあります。
出版社ごとの棚から見ていきたいときは学苑社の吃音の本の記事を、小説やマンガでの描かれ方が気になるときは作品の吃音描写と実際の記事を参照してください。
最初の一冊を、何を基準に選ぶか
子どもの話し方が気になり始めて本を探すとき、多くの人はまず「治し方」という言葉で探します。ところが、実際に何冊も読んだ保護者が書き残している選び方は、少し違うところを向いています。
吃音のある子の母の記録(note「子供の吃音〜保護者の方におすすめの書籍」)
私が読んだ本は、基本的に堅田利明先生と菊池良和先生の著書です。どの本も母親を責めるような内容は一切なく、寄り添う姿勢が一貫していて信頼できます。
今回ご紹介した本に共通している考え方は、「吃音が治るかどうかは誰にもわからない。大切なのは、治っても治らなくても困らないためにどうするか」ということ。
5冊を読み比べた母親が、記事の最後に置いた一段落です。並べているのは書名ではなく、5冊に共通していた考え方のほうでした。具体的に何が書いてあったかとして挙げているのは、子どもにいつ・どう吃音の話をするか、周りの人に何をどう伝えるか、クラスで吃音をどう伝えるか。つまり「どうやってやめさせるか」ではなく「どう伝えるか」が、この人にとっての実用でした。この「伝える」という行為そのものが、研究の対象になっています。
出典: 子供の吃音〜保護者の方におすすめの書籍(note)(台帳: V0345)
「治す」を前面に出した本をどう読めばいいのか、という問いは、日本語の本のなかでも正面から扱われてきました。日本吃音臨床研究会の目録にある『治すことにこだわらない 吃音とのつき合い方』(水町俊郎・伊藤伸二 編著、ナカニシヤ出版、2005年)は、吃る人の悩みが解決されないのは吃音を非流暢性(なめらかに話せないこと)の問題としてのみ捉えてきた古い吃音観に原因があるのではないか、という問題提起から始まる本だと紹介されています。そして吃音の問題を「治す」から「どもる事実を認める」へ、さらに吃音とうまくつき合いながらどう生きるかという「生き方」の問題として捉え直す必要を訴えている、とされています。愛媛大学名誉教授の水町俊郎さんと、当事者である伊藤伸二さんの共同から生まれた本です。
研究の側からも、目標の置き方そのものが体験を左右するという報告があります。この総説が取り上げている、500人を超える大人の当事者への調査では、「話すときの目標は何か」という問いへの答えが2つに分かれました。①より流暢に話す/どもらないことと、②どもるかどうかにかかわらず言いたいことを言うことです。そして①の目標を持つ傾向が強い人ほど、場面・音・語を避け、力んでもがき、恥・罪悪感・恐れを経験しやすく、②の人はその逆のパターンを示した、と紹介されています。
これは「流暢さを目指してはいけない」という意味ではありません。ただ、本を選ぶときに、その本が何を目標として置いているかを先に見ておくと、読んだあとの苦しさが変わりうるということです。
買う前に、無料で手に入る1枚がある
本を買う前に、まず全体像をつかみたい。あるいは、園や学校の先生に読んでほしいけれど、一冊まるごと渡すのは気が引ける。そういうときに使えるものが、実は無料で配られています。それを見つけた保護者が、こう書き残しています。
吃音のある子の母のブログ(アメブロ「吃音と母の歩み」・リーフレットの紹介記事)
20年以上前にもこのようなリーフレットとかあったらなぁ…といつも思いますが これからもできる範囲で発信を続けていきたいと思います
改訂されたリーフレットを紹介する短い記事の、結びの一段落です。書いているのは、20年以上前に同じ状況にいた母親。当時はこうした1枚が手元に無かった、という述懐が、そのまま発信を続けるという決意に続いています。記事の中でこの人が届けたいと書いているのは、自分自身ではなく、子どもの人生に関わる先生方をはじめとする周囲の人たちのほうでした。誰に読んでもらうための資料なのかという視点は、発行元の分け方とも一致しています。
出典: 吃音のリーフレット(アメブロ「吃音と母の歩み~第2章?~」)(台帳: V0344)
実際の中身を確かめると、リーフレットは渡す相手ごとに3つに分かれています。幼児編は幼児期の吃音がある子どもへの家庭での対応を案内するもので、吃音がある子どもを育てている家族に読んでほしい、と書かれています。学童編は小学校に通う子どもへの対応で、学校の先生に読んでほしいとされ、中高生編は中学校・高校の先生に向けたものです。いずれも、印刷された冊子の頒布と並んで、PDFのダウンロードは無料だと明記されています。
同じページには、就職を目指す人のためのサポートブック、企業向けのリーフレット、「吃音と手話」、「吃音児の自己肯定感の低下を防ぐ」も無料配布の資料として並んでいます。「吃音のPDF」を探していた人が最初にたどり着くとよいのは、このあたりです。
ただし、園や学校に実際に渡すとなると、誰に・いつ・何を書いて渡すかという別の悩みが出てきます。そこはリーフレットを学校に渡すときの記事でまとめています。
その本が、読めない時期がある
本の紹介記事はふつう、「こういう人におすすめです」で終わります。けれども、おすすめされた人がその本を開けるとは限りません。自分の経験からそれを書いている人がいます。
吃音のある本人が書いた書評(書評サイト「本がすき。」・坂爪真吾さん)
私も本書を読んで「この情報を10代の頃に知っていれば、はるかに楽に生きられたのに・・・!」と悶絶した。その一方で、仮に10代の頃に本書が目の前にあったとしても、おそらく読まなかった(読めなかった)だろう、とも感じた。
当時の私のように、トラウマが強すぎて吃音という言葉に触れることすらできない人、そもそも自分が吃音だと認めたくない人は、確実に存在する。むしろ多数派かもしれない。そういった人たちに必要な情報を届けるには、どうすればいいだろうか?
小学生のころ、音読の時間が大嫌いだったと書く人の書評です。「化学」の「か」が出ずに立ち尽くしたこと、クラスメートの家への電話が拷問に等しかったこと、卒業式の呼びかけで一番短い台詞にしてもらったことを並べたうえで、10代の実体験を綴った自分の著書でも吃音については一文字も書かなかった、書けなかったと振り返っています。「吃音」という言葉を口に出せるようになったのは30代を過ぎてから。本が役に立つかどうかより前に、本を開けるかどうかという段階があるという指摘です。そして、外から見えていないことは、何も起きていないことを意味しません。
出典: 吃音=選ばれし天才の宿命?『吃音の世界』(本がすき。)(台帳: V0343)
この総説は、外から見える流暢さの意味を問い直しています。流暢さを高める技法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえても、本人はより大きな努力を払っています。そうして得られた流暢さは、吃音のない人の自然な流暢さとは別のものだとして、「見せかけの流暢さ(pseudofluency)」と呼ばれてきました。さらに、外から分かる乱れが無いまま、話すことのコントロールを失う感覚だけを経験することもあるとされています。
だからこそ、観察できるどもりが無いことを「吃音が無い」あるいは「うまくいった」の指標に使うと、その人の吃音を表面だけで捉えることになる、とこの総説は述べています。実際に、流暢に話しているように見えるために支援が早く打ち切られ、本人は話すこと自体を避けているだけだった、という危険にも言及しています。本が読めない時期も、これと同じ地続きのところにあります。すぐに読めなくても、手元に置いておく、あるいは家族が先に読んでおくという使い方があります。
一冊だけ選ぶなら何か、という問いへの具体的な答えは、個別の本を扱った『吃音の世界』の記事や吃音ドクターの本の記事にも置いています。
読むだけでは足りない、と感じたとき
本を何冊か読むと、知識は増えます。ところが、それでも埋まらないものが残ることがあります。自助グループ(同じ経験を持つ人が自分たちで運営する集まり)を立ち上げた当事者が、その正体を言葉にしています。
高知言友会会長・井之上清孝さんへの取材記事(地域の子育てメディア「ココハレ」。地の文は記者)
これまで、周囲にカミングアウトすることはほぼありませんでした。
「吃音って当事者はすごく大きく捉えていますが、周囲の人はそうでもない。説明が大変なんです。高知言友会ができるまで、カミングアウトできる場がありませんでした」
自分の吃音を自覚したのは14歳のとき、20代半ばにインターネットで調べて吃音という名前を知った、という人です。名前を知り、情報を集めたあとにも、「説明が大変」という段差が残っていたことが分かります。その段差を越える場として立ち上げたのが、この会でした。小中学校の時期が吃音のいちばん苦しい時期だったとも語っています。伝えるという行為が実際にどう受け止められるかは、研究の側でも調べられています。
出典: 吃音のある子どもや保護者…悩んでいる全ての人に情報を届けたい(ココハレ)(台帳: V0346)
自分から「吃音があります」と相手に伝えること(自己開示)について、30年ぶんの研究を集めた系統的レビューが2026年に出ています。組み入れられた18件の量的研究のうち15件(83.3%)で、自己開示は全体として好意的な影響を持っていました。さらに、伝え方を条件として比べた研究では、謝る形の開示や開示しない場合よりも、謝らない形の開示のほうが好意的に受け止められていました(13件中12件、92.3%)。レビューはこの結果から、謝らない形の自己開示が、否定的な思い込みを向けられるかもしれないという負担をやわらげることを支持するとしています。
一方で、開示する場面・年齢・吃音の頻度や重さ・相手が吃音のある人と知り合いかどうかについては、そもそも調べた研究が少ない、とレビュー自身が断っています。性別の効果も研究によってまちまちでした。つまり「どんな場面でも同じように効く」とまでは言えていません。
読むことと、人に会うことは、どちらかで代用できるものではありません。全国言友会連絡協議会の体験談集のように、会いに行かなくても他の人の体験に触れられる本もあります。日本吃音臨床研究会の目録にも、どもる人たちが自分で自分を研究した記録や、語りを軸にした本が並んでいます。
本では分からないこと、と相談先
ここまで本の選び方を整理してきましたが、本がいちばん答えにくい問いが一つあります。「うちの子は、これからどうなるのか」です。
吃音が始まった子どもの多くは、特別な指導を受けなくても自然に回復していきます。ただし回復した割合は研究によってかなり違い、この総説は複数の追跡研究を並べたうえで、吃音が観察された時期が遅いほど、回復率は低く見えると整理しています。実例として、3歳の時点で吃音があると判断された子どもの82.8%が6か月後には回復したと判断された研究や、4歳の時点で吃音があると報告されたオーストラリアの子どもの67%が7歳までに回復していた研究が挙げられています。数字がこれだけ動くのは、いつの時点で誰を数え始めたかが研究ごとに違うからです。
そして総説自身が、どの子が自然に回復し、どの子の吃音が続くのかを見分けることは、まだ難しいという前提に立っています。ことばの力から回復を予測できるようになれば、続きやすさの手がかりについて保護者に説明・相談するときや、幼い子ども向けの指導を組むときに役立つ、というのがこの研究群の位置づけです。つまり、本に書かれた一般的な経過は、目の前の一人の予定表ではありません。
もう一つ、本を読むときに取り違えやすいのが、ことばの検査の点数です。この総説は、吃音のある子どもに明らかな言語の障害があるという証拠は乏しいとしたうえで、集団として見るとことばの力がわずかに低いという報告が多い、と整理しています。標準化された検査では差が出た一方、自由な会話の記録から語彙の豊かさを測ると差は見られなかった、という報告も並べています。「平均として少し低い」ことと「その子に問題がある」ことは、別の話です。
だからこそ、本を読んだうえで、次のようなときは相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 就学が近づいても吃音が続いている
- 声が出ずに間があく、体に力が入るといった様子が目立ってきた
- 本人が話しにくさを気にして、話すことや読むことを避け始めている
相談先としてまず挙がるのは、幼児・学齢の子ども向けの「ことばの教室」と、医療機関や福祉施設にいる言語聴覚士です。ことばの教室で実際に何をしているのかはことばの教室の吃音指導の記事にまとめています。大人の場合は、気持ちの面が重くなっているときほど一人で本を読み続けるより、専門職に相談したほうが早いことがあります。
上の3つは、相談を考えるきっかけとして一般に挙げられるもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。
吃音の本を選ぶときの3つの落とし穴
落とし穴1 − 本に書かれた一般論を、目の前の子の見通しとして読む
本に載っている回復の割合や経過は、大勢を追いかけた研究の平均です。しかもその数字は、いつの時点で誰を数え始めたかによって大きく動きます。どの子が回復するのかを見分ける手がかりは、いまも研究が探している最中です。本の数字を自分の子の予定表として読むと、その通りにならなかったときに落差だけが残ります。本は「何が分かっていて、何がまだ分かっていないか」を知るために使うほうが、実際の役に立ちます。
落とし穴2 − 「治す」「克服」と書かれた本だけを集める
家庭でできることを知りたい、という気持ちはごく自然なものです。ただ、大人の当事者を対象にした調査では、流暢さを目標に置く傾向が強い人ほど、場面や語を避け、力んでもがき、恥や恐れを経験しやすいという結果が紹介されています。日本語の本のなかにも、吃音の問題を「治す」から「どもる事実を認める」へ、さらに「生き方」の問題として捉え直す必要を訴える本があります。両方を並べて読んでおくと、片方だけを信じ込まずに済みます。
落とし穴3 − 読むことが目的になり、相談が後回しになる
本を読むほど「もう少し調べてから」と思いやすくなります。けれども、外から見て流暢に話せているように見えることは、本人が困っていないことを意味しません。読んだうえで気になることが残っているなら、ことばの教室や言語聴覚士に相談するほうが早いです。相談のときは、どんな場面で出やすいか、どのくらい続いているかを書き留めておくと話が早くなります。
よくある質問
吃音の本は、まず何から読めばいいですか?
誰が読むのかで変わります。保護者と先生に向けた手引きや、よくある質問に答える形式の本が目録に載っており、親や教師が子どもに説明するときにも使えるとされています。買う前に全体像をつかみたいときは、幼児編・学童編・中高生編に分かれた無料のリーフレットから始めるのが手軽です。
無料で読める吃音の資料はありますか?
あります。全国言友会連絡協議会は吃音リーフレットの幼児編・学童編・中高生編について、PDFのダウンロードは無料だと明記しています。同じページには「知っていますか?吃音」「就職を目指す吃音のある人のためのサポートブック」「企業向け吃音リーフレット」なども無料配布の資料として並んでいます。
子ども向けの絵本はありますか?
あります。全国言友会連絡協議会の案内には、ことばの臨床教育研究会が出している『どもってもいいんだよ』『どもるってどんなこと』『中学生になる君へ』が並んでいます。小学校中学年以上なら、子ども本人が直接手にとって読めるように話しことばで書かれた『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版社、2008年)もあります。
「お家で吃音を治す」と書かれた本は、信じていいのでしょうか?
家庭でできることを知りたいという気持ちは自然ですが、目標の置き方には注意が要ります。大人の当事者への調査では、流暢さを目標にする傾向が強い人ほど、場面や語を避けたり力んだりしやすいという結果が紹介されています。「治す」から「どもる事実を認める」「どう生きるか」へ捉え直すことを訴える本も出ているので、片方だけを読まないほうが安全です。気になる症状があるときは、ことばの教室や言語聴覚士にご相談ください。
ことばの教室の先生や言語聴覚士が使う教材はありますか?
あります。日本吃音臨床研究会の目録には、ことばの教室で子どもと一緒に話し合い、演習として取り組むための『吃音ワークブック ~どもる子どもの生きぬく力が育つ~』(解放出版社、2010年)が「親、教師、言語聴覚士が使える」教材として載っています。全国言友会連絡協議会も、学校の先生や言語聴覚士を主な対象とした指導教材を制作しています。
まとめ
- 吃音の本は読む人ごとに分かれている。保護者・先生向けの手引き、ことばの教室の演習教材、子ども本人が読める本や絵本、体験談集、気持ちの側を扱う本が、それぞれ別に出ている。
- 買う前に読めるものがある。幼児編・学童編・中高生編のリーフレットはPDFのダウンロードが無料で、就職向けのサポートブックや企業向けの資料も無料配布されている。
- 選ぶときは、その本が何を目標に置いているかを先に見る。大人の当事者への調査では、流暢さを目標にする傾向が強い人ほど、避ける・力む・恥や恐れを経験しやすいという結果が紹介されている。
- 本が読めない時期がある。外から見て流暢に見えることは、本人が困っていないことを意味しない。
- 自分から吃音を伝えることについては、18件中15件(83.3%)で全体として好意的な影響が報告され、謝らない伝え方のほうが好意的に受け止められていた(13件中12件、92.3%)。ただし場面・年齢などの条件はまだ十分に調べられていない。
- 本は一般的な経過を教えてくれるが、目の前の一人の見通しは教えてくれない。どの子が回復するかを見分ける手がかりは研究の途中で、気になるときはことばの教室や言語聴覚士へ。