まず結論から
- この本の書誌は、九州大学が公開している教員データベースの「書籍等出版物」欄に、菊池良和の単著・KADOKAWA・2016年3月・総ページ数207pとして載っています。
- 著者について、九州大学病院は2025年10月8日付のお知らせで「自身も吃音の当事者」であり、福岡県内2か所で「吃音外来」を開いていると書いています。
- 「流暢に聞こえること」と「楽に話せていること」は同じではありません。流暢さを高める技法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえても本人はより大きな努力を払っており、外から分かる乱れが無いまま制御を失う感覚だけがあることもあると報告されています。
- 自分から「吃音があります」と伝えること(自己開示)については、30年ぶんの研究を集めた系統的レビュー(条件を決めて文献を網羅的に集め、結果をまとめる方法)が、組み入れた18件中15件で全体として好意的な影響があったとしています。伝え方を比べた研究では、謝る形よりも謝らない形のほうが好意的に受け止められていました。
- 大人については、話し方の訓練だけで改善する例は少なく、過半数で心の面の評価と対応も必要とされ、吃るかどうかにこだわらず楽なコミュニケーションを目標に置く考え方が示されています。
ただし、ここに並べたのは本の要約ではなく、本の外にある資料が何と言っているかです。数字はどれも集団を平均した傾向で、あなたの明日の会話がどうなるかを決めるものではありません。気になることがあるときは、自分で結論を出して終わりにせず、言語聴覚士など相談できる専門職に一度見てもらってください。
この本を書いたのは誰か——本の外で確かめられること
「吃音のある医師が書いた」という紹介は、書名や帯でよく見かけます。けれど、それを読む側が確かめる手立てはあまりありません。手元の資料で確かめられるのは、次の2つです。
ひとつは書誌です。九州大学が公開している教員データベースの研究者詳細ページには「書籍等出版物」という欄があり、そこにこの本が菊池良和の単著・KADOKAWA・2016年3月・総ページ数207pとして並んでいます。同じ欄には、2024年に学苑社から出た『吃音ドクターが教える「なおしたい」吃音との向き合い方 : 初診時の悩みから導く合理的配慮』(ISBN 9784761408527)も載っています。この2冊は書名が似ていて混同されやすいのですが、出版社も刊行年も別の本です。
もうひとつは所属先の文書です。九州大学病院は2025年10月8日付の病院からのお知らせで、耳鼻咽喉・頭頸部外科のこの医師について「専門は吃音をはじめとした音声言語医学です。自身も吃音の当事者で、九州大学病院など福岡県内2か所で全国的に珍しい『吃音外来』を開いています」と書いています。受賞理由は「吃音症の研究と正しい知識の啓発を進め、多様性を支える社会の形成に努めた功績」とされています。「当事者である医師」という前提は、本人の自己申告だけでなく、所属先が公に書いているということです。ただしこれは受賞の告知であって診療の案内ではないので、外来の曜日・予約方法・対象年齢はこのページには書かれていません。
本の外で読めるものもあります。発達障害ナビポータルに載っている吃音の解説は、末尾に執筆者として九州大学病院 耳鼻咽喉・頭頸部外科 助教 菊池 良和 の名前が記されています。この記事でも、以降のいくつかの節でその解説を出典として使います。
この記事は、本文・章立て・出版社の紹介文といった書籍の中身は扱いません。手元の資料にあるのは上の書誌までで、それ以上のことは確かめようがないからです。吃音の本を立場別・出版社別に見渡したい方は学苑社の吃音の本を整理した記事を、同じ著者の別の一冊を読み終えた方は『吃音の世界』を読んだ後に確かめることをまとめた記事をどうぞ。
楽しかったはずの会話を、いつのまにか避けている
「人と話すのが楽しくなる」という言葉が刺さるのは、たいてい、かつては楽しかったからです。最初から話すことが嫌いだった人ばかりではありません。どこかで向きが変わっている。その変わり目を、はっきり書き残している人がいます。
当事者本人(29歳・製薬会社の研究員/名義「やっち」・自助団体が運営するメディアの体験談)
中学1年生までの私は、話すことが好きな子供でした。吃音を気にしてはいましたが、吃って笑われることよりも友達との会話を楽しむことを優先していました。友達を自然と作ることができて楽しい毎日でした。
しかし、中学2、3年のころから吃音を強く意識するようになり、仲の良い友達以外とのコミュニケーションをだんだんと避けるようになっていきました。
3歳のころから吃音があったという29歳の研究員が、自分の学生時代をこう書き出しています。中学1年までは、吃って笑われることよりも会話を楽しむほうを選んでいた。その順番が中学2、3年で入れ替わり、仲の良い相手以外との会話が少しずつ減っていきます。高校では新しい友達を作る必要があったのに話しかけられず、文化祭では準備期間から当日まで図書室で過ごした、とも書かれています。ここで起きているのは、どもりが増えたことではなく、話す場面そのものが減ったことです。この「減り方」は、外からはほとんど見えません。
出典: 学生時代の吃音の経験とNPOにかける思い(HAPPY FOX)(台帳: V0116)
吃音の体験を整理した総説は、聞き手から見える反応(音や語の繰り返し、引き伸ばし、言葉が出ない詰まり、体の力み)とは別に、聞き手には見えない「隠れた」反応があると述べています。特定の音・語・場面を避けること、どもりそうだと思ったときに別の言葉に言い換えること、などです。この総説が紹介している、500人を超える吃音のある大人への調査では、約半数が少なくともときどきこうした行動をとっており、10〜20%は「よく/いつも」とっていました。
同じ総説は、こうしたことが積み重なった先に何が起きるかも挙げています。子どもでは、学校の成績や課外活動、人間関係を築くことや自分で決める力を育てることに困難が生じうる。大人については、より地位の低い職業へ誘導されること、収入の損失、失職、そして社会的な拒絶を経験することが、先行研究とともに列挙されています。「話す場面を避ける」は、話し方だけの話ではなく、進路や人間関係の話でもあるということです。
だから、本の書名が約束している「楽しくなる」は、どもりの数を減らすことではなく、いったん手放した場面をどう取り戻すかの話として読むほうが、現実に近いと言えます。
「うまく話す」を目標に置くと、かえって苦しくなる
では、取り戻すために何を目指せばいいのか。多くの人が最初に置く目標は「どもらずに話せるようになること」です。ところが、長く吃音と付き合ってきた人ほど、別の場所に目標を置き直しています。
当事者本人(40代男性/広島の当事者会が公開している体験談ページ)
どもらないでうまく話すことよりも、自分が伝えたい思いが、そのまま相手に伝えられることのほうが重要だと今は思うようになりました。
何かに夢中になって打ち込んでいるとき、吃音のことなど忘れています。
名前を尋ねられて「こ・・・こ・・・こもりです」と答えたときにクラスメートから返された一言、体育の号令で「ご」が出ずに嘲笑が聞こえた時間——そうした場面を順に書き連ねたあと、この40代の男性は「思春期以降は、必要最低限の会話しかしない」人になったと記しています。転機は約10年前、当事者会の例会に初めて出た日でした。活動を続けるなかで、何でも吃音のせいにしていた自分に気づいた、と本人は書いています。そのうえで置き直した目標が、上の一文です。これは本人の心境であって、効果の主張ではありません。ただ、専門家の側が置いている目標も、実は同じ方向を向いています。
出典: 3.40代男性(広島で吃音に悩む当事者の会)(台帳: V0202)
先ほどの総説には、この点を正面から測った調査が紹介されています。500人を超える吃音のある大人に「話すときの目標は何か」を尋ねたところ、答えは2つに分かれました。ひとつはより流暢に話す/どもらないこと、もうひとつはどもるかどうかにかかわらず言いたいことを言うことです。そして、前者の目標を強く持つ人ほど、場面・音・語を避け、力んでもがき、恥・罪悪感・恐れを経験しやすいという関係が示されました。後者の目標を持つ人は、その逆のパターンでした。
日本の研究班による治療の解説も、同じ向きの説明をしています。考え方と行動のくせを整える心理療法(認知行動療法)を用いた治療では、話す行為に注目することが言葉のなめらかさを失わせる主な原因だと理解してもらったうえで、吃るかどうかにこだわらず楽なコミュニケーションを目標とする。そのほうが発話そのものから注意が外れるので、かえって症状も改善しやすい、とされています。同じ解説は、青年・成人では話し方の訓練だけで改善する例は少なく、過半数で人前で話す場面への強い不安などの心の面の評価と対応も必要になる、とも書いています。
「うまく話す」を降ろすことは、あきらめることではありません。目標の置き場所を変えると、そこにぶら下がっていた避ける・力む・恥じるの束まで動く——調査が示しているのはそういう関係です。緊張そのものをどう扱うかは、吃音と緊張をまとめた記事のほうで詳しく扱っています。
先に伝えておく、という手がある
目標を置き直したとして、目の前の自己紹介や初対面はやはり怖いままです。そこで実際に使われているのが、話し始める前に自分から伝えておくという手です。中学1年の教室でそれをやった記録があります。
当事者本人・和智南生さん(言語聴覚士を目指す大学生/NHK厚生文化事業団「第56回NHK障害福祉賞」佳作作品)
言わなければならないことが言い終わった後、私はこう切り出した。
「今みたいに、少しでも緊張すると声が出るまでに時間がかかります。言葉が出るまで待っていてくれると嬉しいです」
言い切ると心に決めていたから、最後まで言い切ることができた。その後に起こる出来事を私は想像もしていなかった。
「さっきは知らなかったから笑ってしまってごめん」
と、笑った男の子達が謝りに来てくれたのだ。知らないことで起こってしまった「笑い」。しかし、自分で伝え「知って」もらうことで、理解が深まると、中学1年生の私は達成感に満ち溢れていた。
中学1年の自己紹介です。名前を言おうとして「え、え、え」だけが教室に響き、授業終わりのチャイムに声がかき消された。静寂のなかで、クラスの男の子の笑い声が混じった。涙がこぼれたあと、この人は「わち……みなみ…です」と言い切り、続けて自分から上の一文を伝えています。3歳で吃音が始まり、小学6年まで「なるべく目立たないように、話さないように」過ごしてきた人が、初めて自分の言葉で条件を出した場面です。高校の入学時には、名前より先に吃音のことを伝えた、とも書いています。伝えることの効き方は、研究の側でもここ30年ほど調べられてきました。
出典: 第56回NHK障害福祉賞 佳作「これが私の人生と言える様に 〜吃音と過ごした21年〜」(NHK厚生文化事業団)(台帳: V0112)
吃音のある人が自分から「自分は吃音がある」と相手に伝えることを、研究では自己開示と呼びます。2026年に出た系統的レビューは、2つのデータベースから集めた量的研究18件を組み入れ、そのうち15件(83.3%)で自己開示が全体として好意的な影響を持っていたと報告しています。さらに、伝え方を条件として比べた研究では、謝らない形の開示のほうが、謝る形や開示しない場合よりも好意的に受け止められていました(13件中12件・92.3%)。著者らは、謝らない形の自己開示が、否定的な思い込みを向けられるかもしれないという負担(ステレオタイプ脅威)をやわらげることを支持する結果だと結論しています。
ただし、同じレビューは分かっていない部分もはっきり書いています。話し手と聞き手の性別による効果は研究によってまちまちで、どの場面で伝えるか・年齢・吃音の頻度や重さ・相手が吃音のある人と知り合いかどうかは、そもそも調べた研究が少ないのです。つまり「謝らずに伝える」という形については材料がありますが、「いつ・誰に伝えるか」まで研究が答えているわけではありません。
日本の資料も、伝えることを対応のひとつに数えています。治療の解説は、周囲への対応が本人が自分は吃ることを開示して協力を求めることになるとしたうえで、わざとどもってみせる方法(随意吃)などで先に伝えておくと心理的な負担が減り、楽にコミュニケーションができるようになる、と書いています。制度の側では、入試や面接の前に吃音があることを伝えておくと、負担が重くなりすぎない範囲で、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保といった対応(合理的配慮)を求めることができるとされています。就職や進学の面接で言うか言わないかという場面については、面接でのカミングアウトを扱った記事に分けてあります。初対面の相手にどう見えているかが気になる方は、第一印象と吃音の関係を実験から整理した記事のほうが近いはずです。
聞き手が変わると、同じ場面が別のものになる
ここまでは話す側の話でした。けれど会話は一人ではできません。聞き手が何もしなかったことで、場面の意味が変わった日を書き残している人がいます。
当事者本人(名義「Yuu」・大阪出身の社会人/自助団体が運営するメディアの体験談)
ある日、仲の良い友達が、私の番が終わることを待ってくれていたことがありました。
友達の前で、言いたくないと思ったこともありましたが、言わないと授業が終わりません。
吃る覚悟をして、英文を言うことを決意しました。
しかし、実際言ってみると、先生や友達も吃音について気にした様子はなく、最後まで言うことができました。
私はこの日、吃音について指摘しなかった先生や友達に感謝しました。
中学2年でサ行の言いにくさを自覚し、サ行をなるべく使わないように避けていた人の記録です。英語の授業には、10行ほどの英文を暗記して先生の前で読み、合格したら終わりという仕組みがありました。この人は、暗記に時間がかかっているふりをして最後に回り、クラスメイトが全員合格した後に読むようにしていました。教室に自分と先生しか残らないようにするためです。その工夫が使えなかった日のことが、上の一節です。相談すること自体が恥ずかしいと思っていた、とも本人は書いています。ここで効いたのは、指導でも訓練でもなく、周りが何も言わなかったことでした。周囲の側にできることは、支援の資料にも具体的に書かれています。
出典: 吃音を自覚した中学2年生。人前で話す授業はこう乗り越えた!(HAPPY FOX)(台帳: V0145)
発達障害ナビポータルの解説は、吃音のある子どもは話す場面でしか症状が出ないため悩みが過小評価されやすいとしたうえで、担任・養育者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞くことが、吃音の話をオープンにするきっかけになると書いています。学校では毎年クラス替えがあるため、早く気づいて対応をオープンに話すことが予防につながる、とも続きます。困りやすい場面として、日直の号令、音読、発表、かけ算の九九、学習発表会、卒業式が具体的に挙げられています。
大人どうしの会話でも、周囲の側にできることは同じ方向です。治療の解説は、周りの人がゆったりと楽に話し、吃るかどうかではなく内容を聞くように努めることを、環境を整える方法として挙げています。
もうひとつ、聞き手が覚えておくと役に立つことがあります。どの音が言いにくいかは人によって大きく違い、全員に当てはまる「言いにくい音の順位表」があるとは確かめられていません。だから専門職の側でも、一覧表に頼るより本人に「どの音が言いにくいですか」と尋ねるのがよいとされています。良かれと思って先回りするより、聞いてしまうほうが早いということです。
話す場面を増やしていくために——相談先と、次に読むもの
本を1冊読んだあとに、いちばん困るのが「で、どこへ行けばいいのか」です。大人の吃音の相談や支援を行っている専門機関として挙げられているのは、言語聴覚士と、当事者どうしの集まりの2つです。
言語聴覚士は、ことばや聞こえに困りごとのある方への指導や支援を行う国家資格の専門職で、養成課程の中に吃音が含まれており、吃音のある方の指導・支援の中核を担う存在として役割が期待されています。ただし、言語聴覚士が扱う業務は多岐にわたるため、必ずしもすべての言語聴覚士が吃音の指導や支援を行えるわけではありません。多くは病院のリハビリテーション科や耳鼻咽喉科などに勤めているので、希望する場合はあらかじめ病院などに直接問い合わせるか、日本言語聴覚士協会や各都道府県の言語聴覚士会に尋ねるようすすめられています。
当事者どうしの集まり(セルフヘルプグループ)については、できることとできないことが正直に書かれています。当事者の集まりなので、言語聴覚士のような学術的な知識や、専門的な指導・支援が受けられるわけではない。しかし、同じ問題を持つ仲間と出会い、当事者同士でないと感じることのできない連帯感のなかで悩みを聞いてもらったり、同じ立場から具体的な助言をもらったりできる——それはここでないと得られない、とされています。先ほどの40代の男性が居場所を見つけたのも、この種の集まりでした。
職場や学校で困っているときは、制度の側にも入口があります。障害者差別解消法により、雇用主は本人から求められれば、面接時間を長くする、電話の業務を免除するといった負担が重くなりすぎない範囲の対応をする義務があり、そのために吃音の診断書が必要とされることが多いとされています。2021年からは、電話が苦手な人が文字や手話を介して電話をかけられる公共の仕組み(電話リレーサービス)を吃音のある人も使えるようになっています。
次に読むものを探している方へ。日本吃音臨床研究会の案内ページには、吃音とのつき合い方や当事者研究を扱う本、体験集や年報が、書名・著者・出版社つきで並んでいます。そのうちの一冊の紹介文は、吃音の悩みが解決されないのは吃音を話し方の乱れの問題としてのみ捉えてきた古い見方に原因があるのではないか、という問題提起から始まり、吃音の問題を「治す」から「どもる事実を認める」、さらに吃音とうまくつき合いながらどう生きるかという「生き方」の問題として捉え直す必要を訴えている、と説明されています。子ども本人が読む本を探している場合は、小学4年生以上が直接手に取って読めるように、話しことばで書かれた質問への回答集も同じページで案内されています。
次のようなときは、本を読んで分かったつもりで止まらず、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 話す場面を避けることが増えて、進路や仕事の選択肢が狭まってきた
- 人と会う約束そのものが苦痛になり、体の不調が出ている
- 職場や学校で配慮を求めるために、診断書など医療機関の記録が必要になりそうである
この3つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。なお、大人では話し方の訓練だけで改善する例は少なく、過半数で心の面の評価と対応も必要とされている点は、資料に明記されています。
「人と話すのが楽しくなる」を目指すときの3つの落とし穴
落とし穴1 − 書名を「どもらなくなる方法が載っている」と読む
この記事は本の中身を確かめていませんが、吃音そのものについて資料が言っていることははっきりしています。吃音を対象として保険で使える薬はなく、大人では話し方の訓練だけで改善する例は少ないとされています。そのうえで治療の中心に置かれているのは、周りの環境を整えること、話し方の練習、カウンセリング、心理療法・行動療法で、どの人にも一様に有効な方法は無い、とも書かれています。「楽しくなる」と「どもらなくなる」は、同じ言葉ではありません。
落とし穴2 − 「どもらないこと」を目標に置いたまま、場面だけ増やそうとする
500人を超える大人への調査では、より流暢に話す/どもらないことを目標に強く持つ人ほど、場面・音・語を避け、力んでもがき、恥・罪悪感・恐れを経験しやすいという関係が示されました。目標を降ろさずに場面だけ増やすと、避ける理由も一緒に増えていきます。専門家の側が置いている目標も、吃るかどうかにこだわらない楽なコミュニケーションのほうです。
落とし穴3 − 「今は流暢だから大丈夫」と、自分でも周りでも判断する
流暢さを高める技法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえても本人はより大きな努力を払っており、それは吃音のない人の自然な流暢さとは別物だとされています。外から分かる乱れが無いまま制御を失う感覚だけがあることもあります。観察できるどもりの有無だけを物差しにすると、実際には話す場面を避けているだけの人が「もう大丈夫」と早く訓練を終えられてしまう危険がある、とも指摘されています。子どもの相談の場面でも、その場では流暢に話すために「気にならないですね」「軽い吃音ですね」と言われがちで、それが養育者にとってプラスに働くことは少ない、と解説は書いています。
自分や家族のことが気になるなら、どの場面で話しにくかったか、どの場面を避けたかを書き留めておくと、相談のときに役立ちます。その日1回の印象より、場面ごとの記録のほうが実態に近づきます。記録から小さく始めて、言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合はそちらが確実です。
よくある質問
『吃音ドクターが教える人と話すのが楽しくなる本』は誰が書いた本ですか?
九州大学が公開している教員データベースの「書籍等出版物」欄には、菊池良和の単著・KADOKAWA・2016年3月・総ページ数207pとして載っています。著者について九州大学病院は、2025年10月8日付のお知らせで「自身も吃音の当事者」であり、福岡県内2か所で吃音外来を開いていると書いています。現在の症状の重さについては、本人が公にしている範囲の外なので、この記事では扱いません。
この記事を読めば、本の中身が分かりますか?
分かりません。この記事は書籍の本文・章立て・紹介文を扱っておらず、確かめられるのは書誌までです。代わりに、本が掲げている「人と話すのが楽しくなる」という主題を、話す場面の回避・話すときの目標・自分から伝えること・聞き手の待ち方の4点に分けて、本の外にある資料と当事者の言葉で確かめています。ほかの吃音の本を見渡したい場合は、日本吃音臨床研究会の案内ページに書名・著者・出版社つきの一覧があります。
「人と話すのが楽しくなる」ために、まず何をすればいいですか?
資料が示しているのは、目標の置き場所を変えることです。考え方と行動のくせを整える心理療法を用いた治療では、吃るかどうかにこだわらず楽なコミュニケーションを目標に置き、そのほうが話す行為から注意が外れてかえって症状も改善しやすいと説明されています。500人を超える大人への調査でも、どもるかどうかにかかわらず言いたいことを言うことを目標に持つ人は、避ける・力む・恥じるといった反応が少ないパターンを示しました。
吃音があることを、自分から伝えたほうがいいですか?
30年ぶんの研究を集めた系統的レビューは、組み入れた18件中15件(83.3%)で自己開示が全体として好意的な影響を持っていたとしています。伝え方を比べた研究では、謝る形や伝えない場合より、謝らない形のほうが好意的に受け止められていました(13件中12件・92.3%)。ただし、どの場面で伝えるか・年齢・吃音の頻度や重さといった条件は、調べた研究が少ないとも書かれています。入試や面接の前に伝えておくと、負担が重くなりすぎない範囲での配慮を求められる仕組みもあります。
話すのが怖くて人と会うのを避けています。どこに相談すればいいですか?
大人の相談先として挙げられているのは、言語聴覚士と当事者どうしの集まりです。言語聴覚士は国家資格で養成課程に吃音が含まれますが、全員が吃音の指導・支援を行えるわけではないため、病院に直接問い合わせるか、日本言語聴覚士協会や都道府県の言語聴覚士会に尋ねるようすすめられています。また、大人では話し方の訓練だけで改善する例は少なく、過半数で心の面の評価と対応も必要とされているので、話し方と気持ちの両方を扱えるところを探すのが近道です。
まとめ
- この本の書誌は、九州大学の教員データベースに菊池良和の単著・KADOKAWA・2016年3月・総ページ数207pとして載っている。著者が吃音の当事者であることは、九州大学病院が公に書いている。
- 「人と話すのが楽しくなる」の反対側にあるのは、どもりの数ではなく、避けた場面の数。特定の音・語・場面を避けることは聞き手には見えず、500人超の調査では約半数が少なくともときどきそうしていた。
- 話すときの目標は2つに分かれ、「どもらないこと」を強く持つ人ほど避ける・力む・恥じるが増える。日本の治療解説も、吃るかどうかにこだわらない楽なコミュニケーションを目標に置いている。
- 自分から伝えることは、18件中15件の研究で好意的な影響があり、謝らない伝え方のほうが好意的に受け止められていた。ただし、いつ・誰に伝えるかまでは研究が答えていない。
- 聞き手の側にできることは、真似・笑い・質問の有無を本人に聞くこと、吃るかどうかではなく内容を聞くこと、そして言いにくい音を本人に尋ねること。迷ったら言語聴覚士や当事者の集まりへ。