まず結論から
- 電話で話すことは、吃音のある人がとくに緊張しやすい場面の代表として、治療をまとめた総説の中で名指しで挙げられています。
- 声に出したひとりごとでは吃音が出ないのに、人に向けた発話や、伝える目的のある発話では出る——この対比は昔から知られている現象です。吃音のある大人の多くが、自分だけに向けた発話ではどもらないと報告しています。
- 「お電話ありがとうございます」や自分の名前のように、よく覚えていて本来は苦もなく言えるはずなのに、伝える責任が重い言葉ほど詰まりやすい、という説明が研究の側から出されています。
- 言いにくい言葉を別の言葉に置き換える、その場面ごと避ける——といった、聞き手からは見えない行動は、500人を超える成人への調査で約半数が少なくともときどき行っていました。
- そして避けることは、多くの当事者にとって、生活をもっとも妨げる部分になりうるとされています。
ただし、「電話のときだけ強く出る」仕組みが一つに突き止められたわけではありません。ここに並べたのは、場面によって出方が変わることの説明として研究の側から出されている考え方で、著者自身がまだ検証されていないと断っているものも含まれます。自分の場合に当てはまるかどうかは、言語聴覚士など話しことばの専門家と一緒に確かめてください。
普段はそんなに出ないのに、電話のときだけ出る
「電話だけ」で困っている人がまず引っかかるのは、自分の中の落差です。会話そのものは得意なほうだし、声のトーンも言葉遣いも悪くない。それなのに、受話器を取った最初の一言だけが出ない。
職場に同僚と部下がいる勤め人の当事者(個人ブログ)
まあでも普段から吃音というわけではない。日常生活ではそんなに出ることはないが、ほぼ高確率で出る条件としては ①えっ?なに?と聞き返される ②5秒以上考えてから相手に話す ③お電話ありがとうございます
部下を持つ立場でも、目の前で電話が鳴ると、同僚や部下のほうが先に走って受話器を取っていく——同じ記事にはそんな職場の光景も書かれています。3つに共通しているのは極度の緊張状態になることだろう、と本人は書き、注目が集まると手が震える、人前で話すと胃を痛める、とも続けています。並んだ条件はどれも「相手が待っている」「返事の番が回ってきた」という状況で、自分だけに向けて話す場面は一つも入っていません。ここは、研究が長く不思議がってきた点と正確に重なります。
出典: 電話に出れない僕(note)(台帳: V0238)
吃音の神経科学をまとめた総説は、未解決の謎を3つに絞って挙げています。そのうちの一つが、「伝える相手がいる場面では出るのに、伝える目的のない発話では出ないのはなぜか」という問いです。声に出したひとりごとには吃音が出ず、人や聞き手に向けられた発話になると出る。症状の重さは、伝える文脈と、待たされているという時間の圧力で変わるとされています。
米国の研究機関が開いた会議にもとづく総説も、同じことを別の角度から書いています。吃音のある大人の多くが、自分だけに向けた発話ではどもらないと報告しており、これは、実際にその場にいるかどうかによらず「聞き手がいる」と本人が捉えていることが、吃音が起きるために欠かせないことを示している、というのです。
電話は、この条件を一度に全部そろえてしまう場面です。相手は確実にいて、こちらの番が来ていて、間があくことが相手にも伝わる。実際、大人になってから吃音が始まった人を調べた研究の症例記録には、症状が強く出る条件として「電話で話すこと」と「職場の同僚と話すこと」が挙げられ、家族と話すときは少なく、歌うときとささやくときには出なかったと記録された女性がいます。ひとりの症例の記録ですが、場面によって出方が変わることが、診察の記録として残されている例です。
会社名と自分の名前だけは、言い換えがきかない
日ごろ話せているように見える人ほど、その裏で言い換えを使っています。言いにくい音で始まる言葉を、別の言い方にそっと差し替える。その手が、電話では使えなくなります。
20代の当事者(投稿時は休職中)・個人ブログ
対面より電話って、かっちりとした言葉を使わないといけないイメージがあって、だいたい最初はこんな挨拶から始まって、、みたいに、言う言葉も決まっているからなのか、私にとっては咄嗟の言い換えがものすごく難しい。。
会社名や個人のお名前は言い換えしたら大変なことになるし、、。
同じ記事には、会社の人の前では症状がほとんど出ないことも書かれています。とっさに言い換えたり、言えない言葉があるときは話さないという選択をとっているので、隠せてしまう。だからこそ「電話できないと言っているけど、普段は普通に喋れているじゃないか」という声が聞こえてきそうで怖い、と本人は書いています。隠す手が効いている場面と、効かない場面の落差が、そのまま周囲との誤解になっている構図です。
出典: 吃音、電話(note)(台帳: V0520)
なぜ、名乗りだけがこれほど手ごわいのか。ここに理屈で答えようとしている論文があります。話しことばには、考えなくても口をついて出る自動的な側面と、意識して組み立てる側面の両方があり、そのどちらかに極端に寄った発話は流暢になりやすい——とっさの叫び、ひとりごと、あいさつのような決まり文句は前者、訓練で習う新しい話し方は後者にあたり、どちらも内側でぶつかり合いが起きにくいからだ、という説明です。詰まりやすいのは、自動的でありながら同時に強く意識も要る、その中間の発話です。
この論文が代表例として挙げているのが、「名前を言ってください」と言われて自分の名前を言う場面です。本来はよく覚えていて努力のいらない行為なのに、伝える責任が重いために、意識して組み立てる側の働きを使いすぎてしまう、と述べています。電話の第一声は、これが連続して起きる場面です。会社名も、自分の名前も、決まり文句も、どれも間違えられない言葉で、しかも言い換えが許されません。ただし著者自身が、この考え方はまだ検証がほとんど行われていないと断っています。
苦手な音が人によって決まっていることは、大学病院の解説でも吃音の特徴の一つとして整理されています。特定の単語や音、行(カ行、タ行など)をより苦手とすることが挙げられ、あわせて、症状が出やすい時期と出にくい時期があること、一度言えた単語はその後は言いやすくなることも並んでいます。会社名の頭文字がたまたま苦手な行だった、というだけで、電話の難しさは大きく変わります。
言い換えや回避は、けっして少数の人の癖ではありません。500人を超える成人への調査では、音や言葉や場面を避ける、どもりそうだと思ったときに別の言葉に置き換えるといった、聞き手には見えにくい行動を、約半数が少なくともときどきとっており、1〜2割は「よく」または「いつも」とっていました。当事者向けの解説サイトも、言いにくい言葉を別の言葉に置き換える、言いにくい言葉があるときは話さないようにする、という形で同じことを当事者の言葉で並べています。名乗りの難しさそのものについては、吃音で自己紹介が怖いときの記事でも扱っています。
効いていた「助走」が、ある日効かなくなる
電話をなんとかしのいでいる人の多くは、自分なりの助走を持っています。言いやすい音から入る、最初の言葉を紙に書いておく、受話器を取る前に息を入れる。ただ、その助走が突然効かなくなることがあります。
50歳を前にした当事者(会社勤め・個人ブログ)
実はこの電話応対、ある時期までは比較的スムーズにできていました。
というのも、勤めている会社名がたまたま得意な“サ行”から始まる名称で、電話に出るとき最初にその会社名を名乗ることが、“とても良い助走”になっていたのです。
得意な「サ行」の発音を先に出すことで、声の脱力感や自然なリズムが生まれ、その流れで自分の名前もスムーズに言える…という黄金パターンが完成していました。
この人はその後、絶対だったはずのサ行の会社名でさえ吃音が出るようになった日のことを書いています。発声練習を2倍に増やして取り組んだが、1年間まったく変化は見られなかった、と。お客様から電話を受ける場面は今でも苦手で、電話が鳴った瞬間に言葉にならない不安が押し寄せるとも書かれています。うまくいっていた手が効かなくなったとき、人は自分の努力が足りないせいだと考えがちですが、症状の出方そのものが動くことは、研究の側でもよく知られています。
出典: 吃音との向き合い方|発声練習で得た変化と50歳目前の決断(アラフィフ健康ラボ)(台帳: V0523)
神経科学の総説は、吃音の仕組みが突き止めにくい理由の一つとして、症状の揺れそのものを挙げています。同じ人の中でも、日や週や月の単位で重さが変わること。見え方や聞こえ方が、その人の性格や、その場の社会的な状況、何を伝えようとしているか、そのときの気持ちによって変わること。さらに、音や言葉を避ける、言い換える、つなぎの言葉を入れるといった隠す手が、人によっても場面によっても違うこと。つまり「今日は言えた」「去年は言えていた」は、良くなった証拠にも、悪くなった証拠にもなりません。
人が聞いているというだけで話しことばの動きが変わることは、唇の動きを測った実験でも確かめられています。姿を見せない二人が参加者の真後ろに座り、途中で数回わざと咳をして存在だけを知らせる——そういう条件を作って比べたところ、吃音のある成人だけが、聞き手がいる条件で発話の動きがより型にはまり、より固定される方向へ動きました。吃音のない成人にはこの変化がありませんでした。ただしこれは、画面に出た文を読み上げる実験室の課題で、やりとりのある実際の会話ではありません。
もう一つ、電話が鳴る前から始まっているものがあります。「このまま話せばどもりそうだ」という予感です。これは学齢期以上のほとんどの当事者に見られるとされ、この予感に反応して、言いよどんで時間を稼ぐ、別の言葉に言い換える、ときには「どもるとわかっているから話さない」ことを選ぶ、という形で話す計画そのものが変わります。そしてこの予感は、過去のうまくいかなかった経験によって強められ、次の場面での恐れをさらに大きくするとされています。電話の前を通るたびに鳴らないでほしいと願ってしまうのは、この積み重なりの上に起きていることです。
受話器を取ってからの3秒——ある人が書き残した工夫
仕組みが分かっても、明日の電話は鳴ります。ここでは、一人の当事者が自分のやり方として書き残している工夫を、そのまま置きます。効果が確かめられた方法としてではなく、記録として読んでください。
30年どもり続けていると自ら書く吃音研修講師(個人ブログ)
私の感覚ですが、吃音当事者が電話で失敗するパターンとして、"出だしでつまずく"事が多いのかなと思います。
逆に言うと、出だしのスタートダッシュが決まればその後は少しモタついてもゴールしやすい環境を作れるのではないかと。
経験上、電話をかけた側の気持ちになると、繋がって3秒までは違和感なく待てると思います。
ですのでその"3秒"は我々の準備タイムとして下さい。
受話器を取った瞬間に話し始めるのではなく、3秒待ってから話しましょう。
この講師は、働く当事者にとって最もハードルが高い業務は電話応対ではないか、と書き出したうえで、自分のデスクの着信音はいちばん小さくしている、鳴らないことを祈る毎日だ、とも正直に書いています。そのうえで挙げているのが、この3秒と、マニュアル通りの長い言い回しを自分が言いやすい形に縮めること、そして電話の前後にメールで内容を確かめること。いずれも、詰まらないようにする工夫というより、詰まっても内容が伝わる形を先に作っておく工夫です。同じ方向の考え方は、治療の現場でも目標の置き方として議論されてきました。
出典: どもりにくい電話応対の工夫【吃音シェアパーク掲載記事】(どもれども どもれども)(台帳: V0521)
電話そのものを練習の材料にする方法は、専門家が行う訓練の中にもあります。居心地の悪い刺激に少しずつ触れて、否定的な反応を小さくしていくやり方(脱感作と呼ばれます)の一つとして、言語聴覚士は、その人ごとに易しい場面から難しい場面への段階を作ります。訓練室から別室の担当者に電話をかける、次に親しい友人にかける、次に店にかける——そして最後は、切られることを承知のうえで飲食店に電話をかけてみる、という段階まで組み立てられることがあります。切られる経験を重ねることで、その場面への反応が和らぎ、吃音が生活に及ぼす影響と、どもることへの恐れが小さくなっていく、という考え方です。
ここで大事なのは、こうした段階は臨床家がその人に合わせて作るものであって、一人でいきなり最も難しい場面から始めるものではない、という点です。また、3週間の集中的なプログラムを評価した研究は、自分で報告する不安が下がっても、吃音の回数が自動的に減るわけではないと結論づけています。同時にこの研究は、吃音の回数が減らない場合でも、吃音にまつわる不安や回避のほうは扱える、とも述べています。「電話で詰まらなくなること」と「電話が怖くなくなること」は、別々に動くということです。
これは電話恐怖症なのか、吃音なのか
「電話が怖い」という言葉でたどり着いた人は、自分の困りごとがどちらの話なのかで迷っています。結論から言えば、二つは切り分けられる場合もあれば、重なっている場合もあります。
大学病院の解説は、思春期以降に症状の外側に積み重なっていく変化を「吃音の進展」と呼んで整理しています。「この言葉は出そうだな」と予感できるようになること、予感が出た言葉をとっさに別の言葉に置き換えること、そして人前や電話など話す場面そのものを避けるようになること。こうした症状が強くなってくると、社交不安障害(人から悪く見られることへの強い不安が続く状態)を伴っていると判断される場合がある、とされています。病院に来る成人の吃音のうち半分程度は社交不安障害を伴っている、というデータもある、とも書かれています。
海外の総説も、吃音のある成人で社交不安障害が高い割合で見られるという研究が積み上がってきたとしたうえで、言語聴覚士と心理の専門職が協力して評価と支援を組み立てる必要があると述べています。治療の総説でも、吃音のある成人の約50%が強い社交不安を抱えていると報告されてきたとされ、そこに認知行動療法(考え方の癖を一緒に検討して、行動と気持ちの負担を減らす心理療法)を組み込む狙いは、人を避ける行動と不安を減らすことだと説明されています。
つまり「電話が怖い」は、吃音の話であると同時に不安の話でもありえます。どちらか一方に決める必要はありません。詳しくは吃音と社交不安障害の合併の記事にまとめています。特定の人の前だけ強く出るという形で困っている場合は特定の人の前だけ出る理由の記事、家族の前だけは別だという場合は家族の前だけ出るときの記事もあわせてどうぞ。
もう一つ、当事者向けの解説サイトが示している捉え方も紹介しておきます。そこでは吃音を「ことばがどもって」「困ること」の二つで捉え、問題の大きさは主に後者で決まると述べています。困ることの中身として、恥ずかしい思いをする、言いたいことが言えずにいらいらする、緊張したり不安になったりする、話すことを避けてしまう——といった状態が具体的に並んでいます。外から見て詰まった回数が少なくても、困り方が小さいとは限らない、という見方です。
電話を避けるという選択に、どんな代償と選択肢があるか
「電話を外してもらう」ことをためらう人は多くいます。ずるいと思われないか、甘えではないか、と。ここは本人の気持ちだけの問題ではなく、避けることの代償と、制度の側の選択肢の両方を見て決める話です。
まず代償のほうから。治療をまとめた総説は、どもらないために身についていく手として、言いにくい言葉を避ける、緊張する場面を避ける、以前ひどくどもった相手との会話を避ける、の3つを挙げています。とくに緊張しやすい場面の例として名指しされているのが、電話で話すこと、自分や人を紹介すること、目上の人と話すことです。そして多くの当事者にとって、この避ける行動こそが最も生活を妨げる部分になりうるとし、社会参加や仕事の機会が狭まること、年月がたつと自分で制御できないという感覚や、気分の落ち込み、不安の高まりにつながることがあると述べています。
「電話だけなら避ければいい」で済まなくなるのは、避ける対象がじわじわ広がるからです。当事者向けの解説サイトも、話す失敗の少ないことを自分のしたいことより優先するようになる、話すことを避けるために友達や仲間を極力作らないようにする、といった形で、回避が生活の範囲そのものを削っていく様子を並べています。
一方で、本人が耐えるしかない、というわけでもありません。国内の情報サイトは、制度の側の受け皿を一続きで示しています。2024年に改正障害者差別解消法が施行され、国公立の学校だけでなく私立の学校にも合理的配慮(過重な負担にならない範囲で、困りごとに合わせて手順や環境を調整すること)の提供が義務づけられたこと。吃音のある人は電話が苦手だが、2021年から総務省が主体となって公共インフラの一つになった「電話リレーサービス」を使えること。そして吃音は精神障害者保健福祉手帳または身体障害者手帳の対象となるため、就職面接で障害者枠という選択肢も増えていること。
職場で電話を外してもらうことと、仕事そのものから外されることの境目については仕事をクビになるか不安なときの記事で、書いて伝える手段については筆談を使うときの記事で扱っています。電話が中心の職種で働き続けるかどうかで迷っている場合は営業職を続けた人たちの記事、これから働き始める場合はバイト選びの記事もあります。相談先そのものに電話をかけるのがつらい、というときは相談窓口の探し方の記事をご覧ください。
最初の相談先として現実的なのは、言語聴覚士のいる医療機関や、成人の吃音を扱っている耳鼻咽喉科です。職場での調整については、ハローワークや地域の障害者職業センターなど、働くことの相談を受けている窓口もあります。一人で決める前に、話せる相手を一つ増やしておくと動きやすくなります。
「電話だけ」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「電話だけなら軽いほう」と自分で見積もってしまう
普段話せているのだから軽いはずだ、と自分に言い聞かせてしまう人は多くいます。けれど症状の見え方は、その人の性格や、その場の状況、伝えたいこと、そのときの気持ちで変わり、隠す手も人と場面によって違います。外から見えている量は、困っている量とは別物です。困り方の大きさで吃音の問題を捉える見方も示されています。「自分は軽いから相談するほどではない」という判断は、いったん保留にしてかまいません。
落とし穴2 − 言い換えでしのぎ続けて、しのげる範囲だけで生きてしまう
言い換えは今日を乗り切る有効な手で、実際に約半数の人が使っています。問題は、それが唯一の手になったときです。避ける行動は多くの当事者にとって最も生活を妨げる部分になりうるとされ、社会参加や仕事の機会が狭まることにつながると指摘されています。言い換えを捨てる必要はありません。ただ、言い換え以外の手(伝えておく、書いて渡す、制度を使う)を1つでも持っておくと、逃げ場の数が変わります。
落とし穴3 − 一人で慣れようとして、いちばん怖い場面から始めてしまう
怖い場面に触れて反応を小さくしていくやり方は、実際に訓練で使われています。ただしそこでは、易しい場面から難しい場面への段階を、担当者がその人ごとに作ります。いきなり最難関から始めるのは、この方法の使い方ではありません。また、不安が下がっても吃音の回数が自動的に減るわけではないことも報告されています。「慣れれば治る」という見通しを自分に課すと、回数が減らないことが失敗の証拠になってしまいます。
まずは、どの場面でどう詰まったかを短く書き留めておくところから始めてみてください。相談に行くとき、言葉で説明しづらい部分を記録が代わりに運んでくれます。
よくある質問
なぜ電話のときだけどもるのですか?
ひとりごとのように伝える相手がいない発話では吃音が出にくく、人に向けた発話や伝える目的のある発話では出ることが知られており、症状の重さは伝える文脈と時間の圧力で変わるとされています。電話は、相手が確実にいて、自分の番が来ていて、間があくことも伝わる場面です。ただし「電話だけ」という形になる仕組みが一つに特定されているわけではありません。
電話恐怖症と吃音は、別のものですか?
重なることがあります。大学病院の解説は、予期する不安から言い換え・場面の回避へ進む流れを「吃音の進展」として説明し、これが強くなると社交不安障害を伴うと判断される場合があるとしています。病院に来る成人の吃音のうち半分程度が社交不安障害を伴うというデータもある、とされています。海外の総説も、吃音のある成人で社交不安障害が高い割合で見られると述べ、言語聴覚士と心理の専門職が協力する必要を挙げています。
「お電話ありがとうございます」や会社名だけ言えないのはなぜですか?
よく覚えていて本来は苦もなく言えるはずの言葉ほど、伝える責任が重いために意識して組み立てる働きを使いすぎてしまう、という説明が出されています。加えて、苦手な音や言葉が人によって決まっていることも吃音の特徴として挙げられています。名乗りや決まり文句は別の言葉に置き換えられないため、ふだん使っている言い換えという手が使えなくなります。
職場で電話を代わってもらうのは、甘えでしょうか。
甘えかどうかを決める資料はありませんが、判断の材料はあります。避ける行動は多くの当事者にとって最も生活を妨げる部分になりうるとされる一方で、制度の側には改正障害者差別解消法による合理的配慮や、総務省が主体となった電話リレーサービス、手帳という選択肢が並んでいます。全部を一人で引き受けるか、全部を避けるかの二択にしないことが要点です。
電話の練習を重ねれば、治りますか?
怖い場面に少しずつ触れて反応を和らげていくやり方は訓練で使われており、電話も段階の中に組み込まれます。ただし3週間の集中プログラムを評価した研究は、自分で報告する不安が下がっても吃音の回数が自動的に減るわけではないと結論づけています。同じ研究は、回数が減らない場合でも不安や回避のほうは扱える、とも述べています。練習の目標を「詰まらないこと」だけに置かないほうが、結果を受け取りやすくなります。
まとめ
- 伝える相手のいない発話では吃音が出にくく、人に向けた発話では出る。症状の重さは伝える文脈と時間の圧力で変わるとされ、電話はその条件がそろう場面。
- 名乗りや決まり文句は、よく覚えているのに責任が重い言葉で、意識して組み立てる働きを使いすぎるため詰まりやすい、という説明がある(著者自身が未検証と断っている)。苦手な音が決まっていることも特徴として挙げられている。
- 言い換えや場面の回避は、500人超の調査で約半数が少なくともときどき行っており、聞き手には見えない。効いていた手が効かなくなることもある。
- 避けることは、多くの当事者にとって最も生活を妨げる部分になりうる。一方で、合理的配慮・電話リレーサービス・手帳という制度の選択肢がある。
- 「電話が怖い」は不安の話でもありうる。受診する成人の吃音のうち半分程度が社交不安障害を伴うというデータもあり、言語聴覚士と心理の専門職が協力する形が勧められている。