吃音と営業職|続けた5人の記録・社名が言えない壁・転職の入口

目次

受話器を取る前に、社名の一文字目が喉の奥で止まる。インターホンの前で、自分の苗字が出てこない。名刺を渡す一瞬の間に、相手の表情が少しだけ変わる——営業という仕事は、その最初の一言を毎日くり返す仕事です。「この職種を自分が続けられるのか」「いっそ移ったほうがいいのか」と考えはじめると、日中ずっとその問いが背中に貼りついたままになります。

この記事は、営業職で働いた(働いている)当事者5人の記録を順に並べ、そのあいだに数字を置いていきます。数字は、川崎医療福祉大学と筑波大学の研究者が日本の一般の成人671人に尋ねた職場での受け止めの調査、日本の当事者を対象にした筑波大学などの自己開示の調査、米国で全国規模の追跡データを解析した就労の研究、そして厚生労働省の資料から引きました。どこまで言えて、どこから言えないのかを、原典の但し書きごと載せます。

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吃音当事者。研究論文と当事者の声をもとに、吃音の情報を出典つきで発信しています。

この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療、雇用や労務の判断に代わるものではありません。働き方や配慮についての具体的な相談はハローワークや地域障害者職業センターなどの公的な窓口へ、話しにくさそのものの相談は言語聴覚士やことばの教室へお願いします。

まず結論から

  • 営業の仕事から名乗りを外すことはできませんが、吃音で電話が難しい場合に他の人に電話をとってもらう、口頭の報告をメールに変えてもらうといった配慮は、雇い主に過大な負担を生じさせない範囲であれば求められるとされています。
  • 日本全国の一般の成人671人に尋ねたウェブ調査では、回答者は吃音のある人の雇用を全体としてはやや肯定的に受け止めていました。
  • その調査で、より肯定的な態度と統計的にはっきり結びついていたのは「職場に吃音のある人がいて知っていること」だけでした。ただしこれは結びつきであって、接すれば態度が変わると確かめたものではありません。
  • 模擬面接の映像を評価してもらう実験では、吃音のある候補者は全体として低く評価されましたが、冒頭でひと言伝えた条件では吃音の有無による評価の差がありませんでした。
  • 米国の全国規模の追跡データでは、学歴や併存する特性などを差し引いたあとも年収の差が残りました。ただし著者自身が、この結果を「吃音が原因で収入が下がる」と読む前に慎重であるべきだと明記しています。

ただし、この記事のどこにも「営業が向いている/向いていない」を決められる材料はありません。あるのは、同じ職種で働いた一人ひとりの記録と、大勢を平均した数字だけです。どちらも、あなた一人の見通しではありません。

最初の一言が、いちばん言い換えの効かない言葉だった

話しにくい言葉を避けて別の言い方にする——多くの当事者が身につけている工夫です。ところが営業の場面では、その工夫がまるごと通用しない瞬間が最初に来ます。社名と、自分の苗字です。

言い換えが効くのは、意味が同じ別の言葉があるときだけです。固有名詞には、それがありません。

当事者の声(41歳・会社員として不動産の営業職を経験したのち自営業/吃音の情報サイトの当事者インタビュー)

新卒で入った一社目だと会社名は言いやすかったんですけど、私の 苗字の土肥っていうのがめちゃくちゃ言いづらくて。固有名詞に限ってはどうしようもない じゃないですか。

あとはお客さん先に行って、インターフォンを押す時とかがあるので、それは結構大変ですね。

「〇〇会社の土肥です」っていうのがでてこなくて、電話切っちゃったりとか、人並みには吃音で嫌な思いをしました。 電話を前にしただけで薄暗い気持ちになる んで。

小学校2年生のころから吃音を自覚し、大学までは連発(同じ音をくり返す出方)だけだったのが、社会人になって難発(最初の音が出ずに間があく出方)も一緒に出るようになった、と本人はインタビューで語っています。営業でどうしても電話しなければならない職種でしたが、吃音があることを伝えていた上司からは「それでクレームになったらこっちから説明するし大丈夫だよ」という言葉が返ってきたといいます。この「代わりに説明する人がいる」という状態は、気の利いた個人の親切としてだけでなく、職場の側が整えられる配慮としても語られています。

出典: 「吃音と営業職」経験を経て独立した当事者の”社会を生き抜く工夫”とは(きつおんりんく)(台帳: V0225)

吃音のある人の職場での配慮について書かれた資料は、具体例をこう挙げています。吃音で電話が困難な場合は他の人に電話をとってもらう必要があり、そのための人員配置が「配慮」にあたる。上司に口頭で話すのが難しい場合は、業務手順を変更してメールで報告・連絡・相談することを了承してもらえれば、配慮されたことになる。

ただし同じ資料は、その「合理的」という言葉の意味も書いています。合理的とは、雇い主に過大な負担を生じさせない範囲で、という意味です。業種によっても会社によっても、配慮の範囲が狭いことがあります。たとえば「電車の車掌になりたいが、アナウンスをしないでいいように配慮してほしい」という求めは、アナウンスをする車掌をもう1人余分に乗せることになるため、過度の負担を求めることになり合理的ではないと判断される、という例が挙げられています。営業職で「名乗りを全部なくしてほしい」が通りにくいのは、これと同じ線の上にあります。通りやすいのは、名乗りそのものを消すことではなく、電話の本数や取り次ぎの分担を変えることのほうです。

制度としての合理的配慮の全体像(根拠になる法律、2024年の改正、手帳との関係)は吃音と合理的配慮の記事にまとめてあります。

飛び込み営業で、名乗れずに追い返された日

法人営業として、商店街やオフィス街を軒並み訪ねていたころの記録があります。受付を通るにも、入口の受付電話機で用件を告げるにも、まず名乗らなければ話が始まりません。

当事者の声(元法人営業・現在は介護職/個人ブログ note)

それでも、吃ってしまって 会社名と名前が言えない! と、いうのは少なくない😂

本来なら 「○○のかごさんと申します」 こう言いたかったけど

言葉が出てこない・・・。

だから結局 「ちゃんと言えるようになってから来てください!」 追い返されました・・・。

同じ投稿には、入口に受付電話機が置いてあるパターンで受話器を取り、言えずに切られたこと、ようやく言えても「間に合ってます」で切られたことも並んでいます。そのうえで、ある日の訪問先で「子供の頃から吃音症で吃ってしまいます。」と正直に伝えたところ、出てきた部長から「今こうやって話せたじゃないか! 吃ることは全く気にすることはないんだよ」という言葉が返ってきた、と本人は書いています。追い返す人と、受け止める人が、同じ商店街の同じ一日の中にいたわけです。では、その受け止め方はどちらが例外なのか。日本の一般の人に直接尋ねた調査があります。

出典: 【吃音】営業していて辛い。凹んでいた僕が“人の優しさ”に泣いた日!(note)(台帳: V0485)

日本全国の一般の成人を対象にしたウェブ質問紙調査が、職場での吃音のある人への受け止めを尋ねています。解析の対象になったのは671人で、そのうち77.2%が会社員、41.3%が職場・友人・家族のいずれかに吃音のある人を知っている人、34.7%が人を採用する立場に就いたことがある人でした。

結果はこうです。回答者は、吃音のある人の雇用を全体としてはやや肯定的に受け止めていました。そして、回答者の属性と接した経験を一緒に入れて調べたところ、態度とはっきり結びついていたのは職場で吃音のある人と接した経験だけでした。つまり、職場に吃音のある人がいて知っていることが、より肯定的な態度と結びついていたということです。

⚠ ここで示されているのは結びつきであって、「接する機会を増やせば態度が良くなる」と確かめたものではありません。また、この調査が示すのは回答者全体の平均であって、目の前の一人がどう反応するかを言い当てるものではありません。

1年目の営業職が、辞めずにいられた理由

広告会社の営業として社会人1年目を終えようとしていた人の記録です。「お電話ありがとうございます」の「お」がスムーズに言えない、「〜いたします」の「い」が言えず止まってしまう、そして最も苦手なのは自己紹介だ——本人は困る場面をそう書き並べています。

当事者の声(広告会社の営業職・社会人1年目/個人ブログ note)

何よりもこんな自分のことを営業職で採用していただき、入社して吃りが露骨に出てしまっても普通に接してくれている会社の人のおかげで、辞めずに働けている。面接の時に吃りや言葉の詰まりがありその度に怪訝そうにされたことも就活中はざらだったからとても感謝している。

吃音症という名前を知ったのは内定をもらった大学4年の秋で、そこから「本当に自分に営業はできるのか」と一気に不安になった、と本人は書いています。実際に働きはじめてからは、電話越しに笑われたこと、得意先から他の人の吃音の話を笑いながらされたことも起きています。それでも、話すときは笑顔で明るい声で話そうと意識を変え、いまは辞めずに働いている。ここで効いているのは、周りが吃音を知っているという状態です。日本の当事者を対象に、自分から打ち明ける度合いを測った調査があります。

出典: 吃音症でも営業やってます。(note)(台帳: V0484)

日本の吃音のある成人を対象にした調査は、自分から吃音を打ち明ける度合いが米国の同種の調査よりも低かったと報告しています。そして、より高い打ち明けやすさと結びついていたのは、自分の性別を男性と答えていること、自助グループに参加した経験があること、自己受容(吃音のある自分をそのまま受け入れられている度合い)が高いこと、自己スティグマ(吃音への世間の否定的な見方を自分のものとして取り込んでしまっている度合い)が低いことでした。打ち明けやすさは性格の問題というより、これまでどんな場に居合わせてきたかと結びついている、という描き方です。

職場や面接で伝えるかどうかをどう決めるかは、それ自体で一つの判断です。判断材料は面接で伝えるかどうかの記事に、実験と当事者の記録の両方でまとめてあります。

移れば楽になるのか——転職の直後に起きたこと

いまの職場でうまくいかないとき、いちばん自然に浮かぶ選択肢が転職です。では、移った先では何が起きるのか。小学校高学年から連発が始まり、中学以降はいったん収まっていた人が、社会人3年目の転職後に難発が再発した、という経過を書き残しています。

当事者の声(社会人3年目の転職後に難発が再発/個人ブログ note)

ちなみに、社会人3年目で吃音が再発したときの状況はこんな感じでした。

・電話の出だしで社名、名前を名乗れない ・自己紹介で名前が言えない ・吃音に意識を取られ、言いたいことが伝えられない ・難発により沈黙、相手を待たせることが怖い

うーん、地獄。 転職したばかりで覚えることも沢山あるのに吃音…もう仕事にならない!ということでカウンセリングを受け始めました。

並んでいる四つは、どれも新しい職場に入った直後にいっせいに来るものばかりです。社名も自分の名前も、覚えることの多い時期に、いちばん人の目がある場面で使われます。本人はのちに、吃音が出る環境にいる人に打ち明けたこと、そして「全部が改善されたわけではなく」「これからも長い付き合いになるに違いない」と現在地を書いて締めくくっています。転職そのものが困りごとを消すわけではない、ということです。では移ることに意味がないのかというと、集団の数字はもう少し複雑な形をしています。

出典: 【後天性吃音】吃音カウンセリングで考え方が変わった話(note)(台帳: V0218)

米国で、青年期から成人期まで全国規模で追跡した調査データを解析した研究があります。家庭の背景や学歴、ADHD・学習障害の有無などを差し引いたうえでも、吃音のある人の年収は男女とも統計的に低いままでした。さらに、吃音のある男性は労働力に参加している割合が8.1%低く、吃音のある女性は不完全就業(その職業でふつうとされる学歴より本人の学歴が高い状態)である割合が23.2%高いと報告されています。労働力への参加とは「働いているか、失業中でも職を探しているか」を指すので、前者の差は職探しそのものをやめてしまう人が多いことをうかがわせます。

⚠ 同じ研究は、これより前にあった唯一の大規模調査——英国で18,558人を16歳から成人期まで追った研究——が、学校を出てからの失業期間にも、23歳・50歳時点の時給にも、23歳時点の職業の地位にも、吃音との関連をほとんど見つけていなかったことを紹介しています。そして著者自身が、観察されていない要因の影響はどんな相関研究にもつきまとう脅威であり、この結果から吃音と労働市場の結果のあいだに因果関係を読み取る前には慎重であるべきだと明記しています。「吃音があるから収入が下がる」と読める研究ではありません。

移るときに、何を基準に選ぶか

職種で選ぶ、業界で選ぶ——移り先の選び方はふつうそこまでです。ただ、話すことに負荷がかかる人にとっては、もう一つ別の軸があります。「その会社に入るまでに、話す場面が何回あるか」です。

当事者の声(20代・文系未経験からIT企業へ/個人ブログ)

面接が苦手な吃音持ちにとって、何度も面接があるのは苦痛であり、一度うまくいっても次がダメだったら内定がもらえなくなってしまいます

私が内定をもらった2社はどちらも 面接は1回のみ !

その一回の面接がうまくいったため、内定をもらうことができました!

約50社を受け、書類や試験では基本的に通るのに一次面接でほとんど落とされる時期が続いた、と本人は書いています。複数人が作り出す空気にのまれて自分のリズムに乗れない集団面接、表情を変えない面接官、1対5で次々と質問が来る面接——落ちた場面の記述は具体的です。そこから本人がたどり着いたのが、選考の回数そのものを応募先を選ぶ基準にする、というやり方でした。これは本人の経験にもとづく選び方であって、誰にでも当てはまる推奨ではありません。ただ、同じ発想は研究の側からも別の角度で説明されています。

出典: 【体験談】吃音持ちが就活をした話。内定を得るためにしたこと。(わたね調味料クッキング)(台帳: V0203)

吃音のある成人を対象にした研究は、内面化されたスティグマ——どもることに向けられる世の中の否定的な見方を、本人が自分のものとして取り込んでしまう状態——が、職場でどんな形をとるかを整理しています。話す役割やまとめ役を避ける、会議で発言したがらない、低く評価されるのが怖くて昇進を断る。そうした形で現れうる、と書かれています。周囲に吃音の知識がないこと、話しやすい環境への配慮がないこと、同僚の無自覚な偏見が、この思い込みをさらに強めうるとも述べられています。

つまり「自分から降りる」は、性格の弱さではなく、職場の側の条件と組み合わさって起きるものとして説明されています。移り先を選ぶときに見る価値があるのは、職種の名前よりも、この条件のほうです。同じ研究は、会話がうまくいかないことを恐れて社会や職業の場面を避ける行動が、日々の役割を続けにくくする、とも解釈しています。

「営業は向いていない」という判定は、どこから来ているのか

吃音のある人向けの職業案内には、たいてい向く職種と向かない職種の一覧が載っていて、営業はほぼ例外なく後者に入っています。その判定の根拠はどこにあるのでしょうか。

吃音のある成人を調べた研究が、この点について先行研究を整理しています。そこでは、周囲が吃音のある人を、法律のような社会的地位の高い職業ほど能力が低いと見なしやすいこと、そして話す量の多い職業には向かないと評価されやすいことが報告されてきた、とまとめられています。一方で同じ整理は、職業上のステレオタイプを調べた研究が、すべての職業で役割の閉じ込めが見られたわけではなく、いくつかの職業については向いているかどうかに不確かさが残ったと報告していることにも触れています。

大事なのは、これが「吃音のある人にその仕事ができるか」を測った研究ではなく、周りの人がどう評価したかを測った研究だということです。一覧表の×は、仕事の成果を測った結果ではなく、見られ方の側にある問題として報告されています。

米国の就労研究も、同じところで判断を止めています。吃音のある人の一部が、話すことの少ない仕事や社会経済的な地位の低い仕事をあえて選ぶという証拠がある一方で、雇い主の側が採用や昇進の場面で職業上の機会を狭めている(役割の閉じ込め)という証拠もある、と書かれています。職業の偏りが本人の選択の結果なのか、狭められた結果なのかは、このデータからは分けられない、というのが原典の立場です。

なおこの研究は、米国の仕事の大半が何らかの口頭でのやりとりを必要とし、雇い主が求職者に求める技能として口頭で伝える力を最も重視している、という先行研究の指摘を出発点に置いています。話す場面の少ない仕事に逃げ切れる、という前提のほうが現実には成り立ちにくい、ということでもあります。職種一覧そのものの読み方は吃音と仕事の記事に詳しく書いています。

ハローワークと公的な窓口で、実際にできること

「ハローワークに行けばいい」とだけ書かれていることは多いのですが、そこで何が受けられるのかまで書かれていることはあまりありません。厚生労働省の資料には、次のように整理されています。

  • ハローワーク — 障害のある人を対象とした求人の申し込みを受け付けており、専門の職員・相談員がきめ細かな職業相談を行います。就職した後は業務に適応できるよう職場定着指導も行います。求人者と求職者が一堂に会する就職面接会も開かれています。
  • 精神・発達障害者雇用サポーター — ハローワークに配置され、精神障害や発達障害等のある求職者に対して、障害特性を踏まえた専門的な就職支援と職場定着支援を行います。事業主に対する相談援助も行われています。
  • 地域障害者職業センターとジョブコーチ — 職場にジョブコーチ(職場適応援助者。働く場に出向いて本人と職場の両方を支える人)の派遣を受け、業務の進め方や人とのやりとりの支援、事業主や同僚に対する職務・職場環境の改善の助言を無料で受けられます。
  • 精神・発達障害者しごとサポーター養成講座 — 一般の従業員を主な対象に、精神障害・発達障害について正しい理解を促し、職場での応援者を育てる講座が全国で開かれています。同僚の側を変える仕組みが用意されている、ということです。

会社の側の条件も、資料に数字で書かれています。民間企業の法定雇用率(従業員のうち障害のある人が占めるべき割合として法律で定められた数値)は2.7%で、従業員を37.5人以上雇用している事業主は障害のある人を1人以上雇用しなければならないとされています。また、障害のある人を5人以上雇用する事業所では「障害者職業生活相談員」を選任し、職業生活に関する相談・指導を行わせなければならないとされています。勤め先を見るときに、職種の名前だけでなくこうした規模の条件を見ておくと、相談先が社内にあるかどうかの見当がつきます。

手帳については、この記事では線を引くだけにとどめます。診断書があっても配慮してもらえない場合があり、その理由は障害者差別解消法では合理的配慮が私企業の法的義務になっていないからだ、と説明されています。手帳があれば私企業でも配慮が雇い主の義務になりますが、それは障害者雇用促進法によるもので、一般就労ではなく福祉就労の枠での対応になる場合がある、とも書かれています。合理的配慮の記事に、制度の側からの整理があります。

話しにくさそのものについては、言語聴覚士が相談先になります。米国の就労研究の著者は、吃音の訓練を、話し方や伝えることへの態度を変えることだけに留めず、自分の必要を伝えて配慮を求める力を育てることにも広げるべきだと提言しています。ただしこれは米国の制度を前提にした提言です。

営業と吃音をめぐって陥りやすい3つの落とし穴

落とし穴1 − 職種の一覧の×を、自分への判定として受け取る

一覧に並ぶ○×は、その職種で働いた人の成果を測って付けられたものではありません。研究として報告されているのは、周囲が話す量の多い職業に向かないと評価しやすいという見られ方のほうであり、しかもすべての職業で同じことが起きたわけではないと但し書きが付いています。職業の偏りが本人の選択なのか機会が狭められた結果なのかも、データからは分けられていません。一覧は「世の中がそう見ている」という情報であって、あなたの仕事ができるかどうかの判定ではありません。

落とし穴2 − 「どうせ理解されない」を前提に、先に降りてしまう

会議で発言しない、まとめ役を引き受けない、昇進の話を断る。これらは、内面化されたスティグマの現れ方として研究に記述されています。一方で、日本の一般の成人671人に尋ねた調査では、吃音のある人の雇用は全体としてはやや肯定的に受け止められていました。理解されないと決めてしまうことは、目の前の相手の反応を確かめる前に選択肢を一つ減らすことでもあります。ただし、不利が無いという意味ではありません。同じ記事の中で見たとおり、集団の数字では差が残っています。

落とし穴3 − 電話を外してもらうことと、仕事から外されることを同じだと思う

電話を他の人にとってもらう、口頭の報告をメールに変えてもらう——これらは配慮として挙げられている具体例です。一方で、任される仕事が減り続けることは配慮ではありません。この境目は、退職を迫られた記録を集めた記事のほうで詳しく扱っています。相談の順番としては、まず社内(上司・人事・障害者職業生活相談員がいればその人)、通らなければハローワークや地域障害者職業センターの窓口です。

そして、自分の困りごとを説明するときに強いのは、印象ではなく記録です。どの場面で、どのくらいの頻度で、どんな出方をしているのか。日々書き留めておくと、配慮を求めるときにも、言語聴覚士に相談するときにも、そのまま材料になります。

よくある質問

吃音があっても営業職を続けられますか?

続けている人も、続けたのちに独立した人も、辞めた人もいます。この記事で並べた5人の記録がそれぞれの形です。研究の側から言えるのは、吃音のある人が話す量の多い職業に向かないと評価されやすいという見られ方が報告されている一方で、すべての職業で同じことが起きたわけではないと但し書きが付いている、というところまでです。職種と適性を結びつけて判定できる材料は、いまのところありません。

営業で電話や名乗りが避けられません。配慮を求められますか?

吃音で電話が困難な場合に他の人に電話をとってもらう、口頭の報告をメールに変えてもらうといった例が、配慮として挙げられています。ただし「合理的」とは雇い主に過大な負担を生じさせない範囲という意味で、業種や会社によって範囲が狭いことがあります。名乗りを全部なくすより、電話の本数や取り次ぎの分担を変えるほうが現実的な求め方になります。

転職すれば、いまの困りごとは軽くなりますか?

軽くなるとも重くなるとも、言い切れる材料はありません。この記事で引いた記録では、社会人3年目の転職直後に難発が再発し、社名も自分の名前も名乗れなくなった人がいます。集団の数字では、米国の追跡データで年収の差や労働力への参加の差が報告されていますが、英国で18,558人を追った研究はほとんど関連を見つけておらず、著者自身が因果として読むことに慎重であるべきだと書いています。

ハローワークでは、具体的に何をしてもらえますか?

障害のある人を対象とした求人の受け付け、専門の職員・相談員による職業相談、就職後の職場定着指導、就職面接会の開催が挙げられています。あわせて、精神障害や発達障害等のある求職者に障害特性を踏まえた就職支援と職場定着支援を行う「精神・発達障害者雇用サポーター」が配置されています。職場に出向いて支援するジョブコーチの派遣は、地域障害者職業センターの仕組みです。

職場に吃音のことを伝えたほうがいいですか?

一律には決められません。模擬面接の映像を評価してもらう実験では、冒頭でひと言伝えた条件では吃音の有無による評価の差がありませんでした。ただしこの実験の参加者は大学生だけで、面接を演じたのは実際には吃音のない俳優だった、という限界が原典に明記されています。日本の当事者の調査では、自分から打ち明ける度合いは米国の調査より低く、自助グループの経験や自己受容の高さが打ち明けやすさと結びついていました。

まとめ

  • 営業で最初に詰まるのは社名と自分の苗字で、言い換えが効かない領域。電話を他の人にとってもらう、報告をメールに変えるといった配慮の具体例が資料に挙げられている。
  • 日本の一般の成人671人への調査では、吃音のある人の雇用は全体としてはやや肯定的に受け止められ、態度とはっきり結びついていたのは職場で接した経験だけだった。ただし結びつきであって因果ではない。
  • 転職そのものが困りごとを消すわけではない。米国の追跡データでは調整後も年収の差が残り、男性は労働力参加が8.1%低く、女性は不完全就業が23.2%高い。一方で英国の18,558人の研究はほとんど関連を見つけておらず、著者自身が因果として読むなと明記している。
  • 「向いていない」という一覧の判定は、仕事の成果ではなく周囲の見られ方を測った研究に由来し、すべての職業で同じ結果が出たわけではない。会議や昇進を自分から降りる形で現れる内面化されたスティグマも、職場の条件と組み合わさって起きるものとして説明されている。
  • 公的な入口では、ハローワークの職業相談・職場定着指導・就職面接会、精神・発達障害者雇用サポーター、ジョブコーチの派遣が使える。話しにくさそのものの相談先は言語聴覚士。

参考文献

  1. Gerlach, Totty, Subramanian & Zebrowski (2018) Stuttering and Labor Market Outcomes in the United States. J Speech Lang Hear Res.
  2. Mutlu & Cemali (2025) Assessment of occupational balance and life satisfaction in adults who stutter. BMC Psychol.
  3. Perez, Newman & Walmer (2025) Acknowledging a Stutter Affects the Impression One Makes in a Job Interview. Int J Lang Commun Disord.
  4. Iimura, Takahashi, Aoki, Yoshizawa, Yanai, Miyamoto & Boyle (2026) Relationships between psychosocial aspects of stuttering and self-disclosure of stuttering in a Japanese sample. J Fluency Disord.
  5. Iimura & Miyamoto (2021) Public attitudes toward people who stutter in the workplace: A questionnaire survey of Japanese employees. J Commun Disord.
  6. 厚生労働省「発達障害者の就労支援」
  7. 発達性吃音(どもり)の研究プロジェクト「A05-4 職場での合理的配慮について」(2020年1月時点の記述)
  8. 厚生労働省「事業主の方へ」(障害者雇用のルールと利用できる支援策)

当事者の声の出典: V0225(きつおんりんく・不動産の営業職を経験して独立した土肥さんへのインタビュー)/ V0485(note・かごさんの投稿)/ V0484(note・みっふぃさんの投稿)/ V0218(note・紗々さんの投稿)/ V0203(個人ブログ「わたね調味料クッキング」・わたねさんの体験談)。いずれも公開記事。引用は原文どおり。

更新履歴: 2026-09-12 公開