まず結論から
- 思春期以降は、音の繰り返し(連発)や引き伸ばし(伸発)よりも、最初の音が出しにくくなる詰まり(難発)が中心になるとされています。
- 言いにくい言葉を言いやすい同じ意味の言葉に置き換えるため、周囲からはどもっていないように見え、吃音に気づかれないことがあります。
- 教室での立ち位置や、どんな子だと見られるかは、吃音が重いか軽いかでは決まっていませんでした。
- よく見かける「7割以上が自然に治る」は幼児期の経過の数字で、8歳ごろ以降は自然治癒が少なくなるとされています。この年代にそのまま当てはめる数字ではありません。
- 年長の学齢期の子どもと思春期の当事者を対象にした、くじ引きのように分けて比べる試験(無作為化比較試験)は一件も見つかっておらず、この年齢層の根拠の水準は「乏しい」と格付けされています。
ただし、根拠が乏しいことは「できることが何もない」という意味ではありません。青年期以降には根拠のある方法が挙げられていますし、学校での配慮を求める法律上の裏づけや相談の窓口も用意されています。ここに並べたのはいずれも大勢を見た平均の話で、一人ひとりの経過を言い当てるものではありません。
中学に入ると、どもり方が変わる——そして、見えにくくなる
小学校のころは音を繰り返す形が目立っていた子でも、中学に入るころには、最初の音が出ずに止まる形へと変わっていくことがあります。そして本人は、止まりそうな言葉を使わずに済ませる方法を覚えます。その結果、周りの目には「落ち着いてきた」「治ってきた」ように映ることがあります。
当事者の声(東京言友会の会員が学生時代を振り返った寄稿・「小中高校生の吃音のつどい」)
また部活の練習に遅れたときは先輩に『遅れてすみません』といわなければいけないのですが、私はその言葉が言えなくて『遅くなってすみません』と言える言葉に置き換えていました。このように言えない言葉は、言える言葉に置き換えて話していました。それでも言えない言葉のときは、少し間を取ったりして言えるまで待つということをしていました。それは現在でも同じです。英語の授業で訳をするときは、間を取ることができたので吃ることはありませんでした。
高校生になると本読みや皆の前で発表をするということはほとんどなくなって、吃音のことはまったくといっていいほど意識しなくなりました。電話も特に苦にならずに平穏な時間が過ごせたような気がします。まるで吃音のことを忘れてしまったかのようでした。
部活の連絡網を回すための電話、練習に遅れた日の謝罪——場面ごとに「言える言葉」を探す作業が、この人の中学時代には日常になっていました。『遅れて』が出ないなら『遅くなって』に替える。替えれば会話は先に進み、周りには何も起きていないように見えます。高校で本読みと発表の場面が消えると、本人の意識からも吃音が消えたようだった、と書かれています。ただし同じ手記は、大学の入学式のあとの自己紹介で出身高校名が言えず「また振り出しに戻りました」と続きます。学会の解説は、この置き換えを、吃音を巧みに隠そうとする工夫と呼んでいます。
出典: 私の学生時代の吃音体験談(小中高校生の吃音のつどい)(台帳: V0454)
学会の解説は、思春期以降は連発や伸発よりも難発が中心になり、難発が頻繁に出ると発話が困難になってやりとりに支障が出るとしています。そして中高生が発話に困難を感じやすい場面として、部活動と入学面接を名指ししています。同じ解説は、言い換えによって吃音は目立たなくなるものの、実際は吃音が出ないかを日々警戒しながら生活することになる、とも書いています。
公的機関の側も同じことを書いています。幼児期から小学校低学年までの吃音と、それ以降も続く吃音では性質が違っていることがあり、どもるときに力が入ったり言葉がつまって出なかったりするのが中心になる。本人の話しにくさは増しているのに、言いにくい言葉は言いやすい同義語で置き換えるため、周囲からはどもっていないようにみえて気づかれないことがある、という説明です。
研究の側からも、この「置き換え」は説明できます。当事者は、このまま話せばどもると事前に感じ取ることを覚え、その感覚に反応して、言いよどんで時間を稼ぐ・別の語に言い換えるといった形で話す計画を変えます。ときには、どもると分かっているから話さないことを選ぶ、とまとめられています。話す量が減ったことと、吃音が軽くなったことは、同じではありません。
当たりそうな日は、休んだ
音読の順番が回ってくると分かっている日。出席番号の順に当てられる授業。中学と高校の時間割は、声を出す場面が動かせない形で組まれています。避けるための手段は、本人が自分で見つけるしかありません。
当事者の声(のちに国語の教師になった男性の寄稿・「小中高校生の吃音のつどい」)
私にとって中学高校が一番苦しく辛い時期でした、誰でもコンプレックスに苦しみ傷つきやすい思春期に、吃音の悩みなど誰に相談できましょうか。高校時代はクラス委員に選ばれても、司会を務めるのに四苦八苦し、また授業中は、どうせ指名されても読めないので、予め先生に断りに行ったり、出席番号で読ませるような授業では、当たりそうな日はずる休みをしたものでした。それは私にとって相当な屈辱でしたが、そうやって自己防衛するしか方法が無かったのです。
この人には弟にも吃音があり、弟は連発で、自分は難発だった——その違いがそのまま二人の性格や生き方の違いになったのだと振り返っています。そして中学高校が一番つらかった時期だと書き、その理由の位置に「吃音の悩みなど誰に相談できましょうか」を置いています。先生に前もって断りに行くことも、休むことも、本人の言葉では「自己防衛」です。避ける側から見れば身を守る工夫ですが、教室の側からは、そうは見えないことがあります。
出典: 吃音わが半生の記(小中高校生の吃音のつどい)(台帳: V0453)
研究は、その見え方のずれを一本の筋道として書いています。吃音のある子は授業や集団の場で声を出して参加するのをためらったり、うまく参加できなかったりすることが多く、それが内気・引っ込み思案と受け取られ、そう見られることによって仲間関係が築きにくくなり、いじめの標的になりやすいのではないか、という筋道です。
この筋道を実際に測った研究があります。イングランド各地の16の学校の通常学級に通う、8歳3か月から14歳9か月までの403人が対象で、各クラスに吃音のある子が1人ずついる形でした。学校は農村部・郊外・都市部にまたがっています。子どもたちに一人ずつ、クラスの中で好きな子と嫌いな子を挙げてもらう方法で、教室の中の立ち位置を割り出しています。
結果は、吃音のある子が「拒否」に分類された割合が43.75%で、吃音のない同級生の18.86%の2倍以上でした。「人気」に入ったのは吃音のある子で6.25%、同級生は25.84%です。行動の枠では、いじめられている子に挙げられた割合が37.5%(同級生は10.6%)、助けを求める子が25%(同13.18%)で、逆にリーダーに挙げられたのは6.25%(同12.9%)でした。統計的にはっきり差が出たのは、いじめられている子への指名です。
そして、この研究がもう一つ書き残していることがあります。行動の枠や教室での立場の割り振りは、吃音の重さでは決まっていませんでした。いじめられている子に挙げられた中にも、拒否のグループに入った子の中にも、話しにくさが重い子と軽い子の両方が含まれています。「軽いんだから気にしすぎ」も「重いから仕方ない」も、この結果からは言えません。
真似された教室と、居場所になった昼休み
真似される、笑われる。中学の教室で起きることのうち、本人がいちばん家で口にしにくいのがこれです。同時に、同じ教室の中に別のことが起きていることもあります。
当事者の声(中学校時代を振り返った男性の寄稿・「小中高校生の吃音のつどい」)
英語の授業で、本を読んだ。“We are …”というところを、“ウウィ、ウィーアー”と読んだんだろうか。連発型で。ぜんぜん読めないのとは違う。つっかえながらも一応、発音は間違いなく読めるるわけだが。すると、私がつっかえた所だけとって、“ウィ、ウィ、ウィ”としつこく、耳元で言うではないか。何かことある毎に、私をいじめたくなった時になのか、口うるさく言うようになった。
耳元で繰り返されたのは、自分がつっかえた箇所そのものでした。担任が「こらー」と怒っても、それをやめさせることはできなかった、と書かれています。一方で同じ手記には、別の場面も残っています。他校の先生が大勢参観に来た音楽の授業で、担当の先生はこの生徒を意図的に指名した。読み始めるとやはりつっかえる。すると先生は、かまわない、ゆっくりでいいから落ち着いて読んでご覧、とやさしく言った。肩から余計な力が抜けた、と本人は書いています。その先生に誘われて、昼休みだけコーラス部に通うようになりました。雨の日は教室にいなくて済む、という理由も本人は正直に挙げています。
出典: 私の中学校時代(小中高校生の吃音のつどい)(台帳: V0452)
日本の学会誌に載った総説は、学齢期に約半数がいじめやからかいを経験するので対策が重要であると書いています。公的サイトの解説は、吃音のある子どもは話す場面でしか症状が出ないため悩みが過小評価されやすいとして、担任・養育者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞くことを勧めています。学校では毎年クラス替えがあり、真似・笑い・質問を受けるリスクがあるため、その確認を毎年積み重ねることが予防につながる、という書き方です。日直の号令、音読、発表、学習発表会といった困りやすい場面を挙げて、より具体的に聞くことも勧められています。
先ほどのイングランドの研究は、対策の側についても書いています。学校全体での方針づくり・環境の改善・いじめる子と被害を受けた子それぞれへの個別の関わりを組み合わせた取り組みで、いじめを減らせたことが示されている。ただし、吃音のある子が学校で抱える問題が十分に認識されている証拠は乏しい、とも述べています。そして子どもは大人を巻き込みたがらないため、子ども同士で支え合う仕組みが助けになりうる、と結んでいます。
臨床の側からは、いじめや仲間からの否定的な反応に直面している学齢期の子どもに向けて、どう返すかを一緒に考える活動や、教室で仲間に吃音を説明する取り組みが、方略として報告されています。教室でどう振る舞うかを本人が一人で抱えるのではなく、支援の中身として扱えるということです。学校に何をどう頼むかは吃音と学校の配慮で、校則や号令のように声を出す場面が決まっている話はブラック校則と吃音で扱っています。
逃げようとした中3と、初めて親に言った日
高校入試の面接は、中学生にとって日付の決まった関門です。そして、その手前で進路そのものを選び直すことがあります。
当事者の声(中学生のころを振り返った手記。受験を控えた中学3年生へ宛てて4人の経験者が書いた手紙の一つ)
僕が中学生のとき一番悩んだのは、高校入試の面接試験のことだった。中学3年になって、自分の志望校を決めなければならなくなった。そのときの自分の気持ちを端的に表せば、「不安」だった。面接試験のとき、自分はちゃんと話せるだろうか?名前を言えるだろうか?受験番号をいえるだろうか?僕は逃げようとした。入試に面接試験のない、工業高等専門学校を希望したのだ。
工業高等専門学校に進学したいということを親に話したとき、僕はてっきり普通科の高校に進学するものと思っていた母は面食らったようだった。そして「どうして?」ということをしつこくたずねた。思えばその時が、ものごころついて初めて自分のどもりのことを親に相談したときだった。
志望校を決める段になって、この人が最初に選ぼうとしたのは「面接試験のない学校」でした。工業高等専門学校に行きたいと言い出した息子に、母は「どうして?」と繰り返し尋ねた。その問答が、生まれて初めて自分の吃音を親に話す場面になっています。家でも言いやすい言葉を使って話していたので家ではあまりどもっておらず、どもりのことは自分だけの秘密だと思っていた、とも書かれています。結局この人は普通科を受け、集団面接で受験番号の最初の音が出ずに数秒の沈黙を経験しました。手記の最後は「あの時逃げないでよかった」と結ばれています。
出典: 吃音問題と入学試験の面接(小中高校生の吃音のつどい)(台帳: V0073)
ここで起きているのは、進路の選択であると同時に、初めての開示です。国の機関が運営する情報サイトは、周囲が吃音に触れないようにしてきた場合に本人の受け止め方が二つに分かれると説明しています。一つは、物心ついたときからその話し方なので「これが自分の普通」ととらえ、話し方の障害だと気づいていない場合。もう一つは、普通ではないと感じているのに家族も周囲も誰も何も言わないため、話題にしてはいけない恥ずかしいことだと思い込んでいる場合です。後者では、学校でからかわれたり笑われたりして悩んでいても相談できない、あるいは家族に心配をかけたくないから相談しない、ということが起きます。
だから、本人から言い出さないことを「困っていない証拠」と読むことはできません。同じ解説は、指摘するのではなく吃音について率直に話し合うことを勧めたうえで、隠したい・認めたくないという気持ちがあるなら無理に受診させることはないとしています。その場合でも「お父さん(お母さん)が行って相談をしてこようと思うけど、聞いてきてほしいことがあったら教えてちょうだい」と聞いてみるのはいいことだ、という具体的な言い方まで示されています。大切なのは、困ったときに気軽に保護者へ相談できる状況をつくっておくことと、保護者がどこに相談すればよいかを知っていることだ、とまとめられています。
面接そのものの準備や配慮の頼み方は、中学生の吃音症の治し方と英検の二次試験と吃音の配慮で、場面ごとに扱っています。
「治る」「治す」は、この年代でどう言われているか
まず、よく目にする「7割以上が自然に治る」という数字は、幼児期の話です。日本の学会誌の総説は、発吃(吃音が出はじめること)から2〜3年程度までの経過で7割以上が自然治癒すると書き、そのうえで8歳ごろ以降は自然治癒が少なくなるとしています。中学生・高校生にそのまま当てはめる数字ではありません。同じ総説は、8歳ごろ以降は独り言ではほぼどもらなくなり、どの場面かによって出方が大きく変わるようになるとも書いています。
では、この年代の治療はどうか。子どもと思春期の当事者への介入を集めて評価した系統的なレビュー(同じ問いを扱った研究を決めた手順で探し出して並べ、質を採点してまとめたもの)は、就学前の子ども向けの方法を最高の等級と評価する一方、年長の学齢期の子どもと思春期の当事者を対象にした無作為化比較試験は一件も無く、この年齢層の根拠の水準は「乏しい」と評価しました。同じレビューは、研究の分布を図にした結果でも、この年齢層への介入の有効性を示す研究が乏しいことが浮かび上がったと書いています。
ただし、これを「この年代には何も根拠が無い」と単純化はできません。ドイツの17の専門学会がまとめた診療ガイドラインは、年齢層で分けた評価を出しています。就学前には根拠のある方法があり、6歳から12歳の子どもにはどの治療にも確かな根拠が無い。一方で青年・成人には、話し方を組み立て直していく方法に良い根拠があるとしています。中学生はこの二つの区分のちょうど境目にまたがり、高校生は「青年」の側に入る、という読み方になります。同じガイドラインは、青年・成人に効いた治療に共通していた要素として、まずゆっくりした発話を集中的に練習すること、集団での練習を含むこと、日常の場面へ移していく練習をすること、段階を追って自分で評価し管理すること、自然に聞こえる話し方を目指すこと、続けるための仕組みを持つことを挙げています。
目標の置き方についても、書かれ方が変わってきています。先ほどのレビューは、学齢期を通じて年齢が上がるにつれ、使われる介入は吃音をなくすことよりも、吃音を最小にして制御することに重心を移すと整理しています。米国の研究機関が開いたワークショップの総説は、どもる回数を減らすことだけに焦点を当てる従来のやり方が、不自然で努力を要する話し方につながって続けるのが難しく、自分をどう見るかにも悪い影響を与えると批判されたことを伝え、治療の第一の目標は流暢さではなく、伝わるやりとりであるべきだという声が多かったと書いています。同時に、目標はあくまで一人ひとり個別に定めるべきだという点でも一致した、とされています。
もう一つ、同じ総説が挙げている報告があります。話すときに流暢さを目標に置く思春期・成人のほうが、どもることを自分に許す人よりも、生活への悪影響が大きかったというものです。流暢さを求めること自体が負担を減らすとは限らず、むしろ負担に加担しうる、という指摘です。さらに総説は、どもる話し方それ自体を「異常」とみなす必要はないという見方が育ってきていること、そしてこの見方は治療を望む人にとっての治療の重要性を否定するものではないことの両方を書いています。「治したい」と思うことと、「治さないと駄目だ」と思い込むことは、別のことです。
誰に相談できるか——中学から先の窓口
小学校で通っていたことばの教室が、中学に上がると見当たらなくなる。この年代でよく聞く話です。ただし国の機関が運営する情報サイトは、中学校にも「ことばの教室」は少しずつ設置されてきていると書いています。通っている学校か地域の教育委員会に相談すれば、その地域の学校に設置されている「ことばの教室」などを紹介してくれるだろう、という案内です。ことばの教室(通級)に実際に通うとどうなるかは、吃音と通級(ことばの教室)で別に扱います。
学校以外については、各都道府県にある言語聴覚士会や発達障害者支援センターなどに問い合わせてみるとよい、とされています。また本人が望むなら、吃音のある人たちの自助グループに参加してみることも、心を開いて自分のことを話す突破口になるかもしれない、として、その情報はホームページで調べるか言語聴覚士会に問い合わせると分かる、と書かれています。窓口の名前を先に知らなくても、学校か教育委員会か言語聴覚士会のどれかに当たれば次につながる、という道筋です。
配慮を求める根拠も示されています。学会の解説は、2016年に施行された障害者差別解消法によって学校や職場での吃音に対する差別的な言動および差別的な扱いが禁止されているとし、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長などの合理的配慮(負担が重すぎない範囲で、困りごとに合わせて対応を変えてもらうこと)を求めることができると書いています。ただしその際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合がある、とも添えられています。公的サイトの解説も、高校や大学の入試の面接試験で事前に吃音があることを伝えておくと、「過重な負担」となる範囲を除き、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保といった配慮を受けられるとしています。私立学校にも配慮が義務化され、入学後の困りごとについても双方の話し合いの上で配慮が受けられるようになった、という説明です。ドイツの診療ガイドラインも、学校や職場でのストレスは不利益が補われるようにすることでも防げるとして、口頭試験で追加の時間を認めるといった例を挙げています。
次のようなときは、様子を見るだけにせず相談を考えてみてください(あくまで考えるきっかけで、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 声が出ずに間があく、体に力が入る、といった詰まりが目立ってきた
- 話す場面を避けるために、休む・役を代わってもらう・進路を選び直すといったことが起きている
- 真似されている、笑われている、話し方を繰り返し質問されている
- 本人が話し方のことを一切話題にせず、こちらからも触れられないまま時間が経っている
この4つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。本人が受診を嫌がるときは、保護者だけで先に相談に行き、本人に「聞いてきてほしいことはあるか」と尋ねるやり方が勧められています。
この年代で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 静かになったので「治ってきた」と読む
思春期以降は言いにくい言葉を言いやすい同義語に置き換えるため、周囲からはどもっていないように見えて気づかれないことがあります。学会の解説も、隠す工夫によって吃音は目立たなくなるが、実際は吃音が出ないかを日々警戒しながら生活することになる、と書いています。研究の側でも、予期に反応して話す計画を変える、ときにはどもると分かっているから話さないことを選ぶ、と整理されています。表に出る量が減ったことは、楽になったことと同じではありません。
落とし穴2 − 「7割は自然に治る」をこの年代に当てはめる
この数字は、発吃から2〜3年程度までの経過について書かれたもので、幼児期の話です。同じ総説は、8歳ごろ以降は自然治癒が少なくなるとしています。中学生・高校生に「そのうち治る」を当てはめて様子を見続けると、相談の入口が遠ざかります。この年代で「急に出た・悪くなった」と感じているときの見分け方は、中学生の吃音が急に出た3つの背景で扱っています。
落とし穴3 − 「軽いんだから気にしすぎ」と言ってしまう
教室での立ち位置や行動の枠の割り振りは、吃音が重いか軽いかでは決まっていませんでした。いじめられている子に挙げられた中にも、拒否のグループに入った子の中にも、話しにくさが重い子と軽い子の両方が含まれています。国際的な総説も、表に出る吃音の頻度や長さは、考えや感情の反応や生活全体への影響とは弱くしか結びついていないと書いています。外から見た重さで、本人の負担を見積もることはできません。
よくある質問
中学生になってから吃音が目立たなくなりました。治ってきたのでしょうか?
目立たなくなった理由が「治った」以外にもあることは、公的機関の解説が明記しています。言いにくい言葉を言いやすい同義語に置き換えるため、本人の話しにくさは増しているのに、周囲からはどもっていないようにみえて気づかれないことがあるとされています。学会の解説も、隠す工夫で吃音は目立たなくなるが、実際は吃音が出ないかを日々警戒しながら生活することになると書いています。話す量そのものが減っていないか、避けている場面がないかを一緒に見てみてください。
中学生・高校生の吃音に、効果が確かめられた治療はありますか?
年齢層で分かれます。子どもと思春期の当事者への介入を集めたレビューは、年長の学齢期の子どもと思春期の当事者を対象にした無作為化比較試験が一件も無かったため、この年齢層の根拠の水準を「乏しい」と評価しています。一方でドイツの診療ガイドラインは、6歳から12歳にはどの治療にも確かな根拠が無いとしつつ、青年・成人には話し方を組み立て直していく方法に良い根拠があるとしています。中学生は境目にまたがり、高校生は「青年」の側に入ります。
高校入試の面接で、吃音のことを伝えたほうがいいですか?
伝えるかどうかは本人が決めることですが、伝えた場合の裏づけは示されています。公的サイトの解説は、高校や大学の入試の面接試験で事前に吃音があることを伝えておくと、「過重な負担」となる範囲を除き、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保といった合理的配慮を受けられるとしています。学会の解説も、試験等での面接時間の延長などを求めることができるとしたうえで、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出が求められる場合があると添えています。
本人が吃音の話をしたがりません。病院に連れて行くべきですか?
国の機関が運営する情報サイトは、隠したい・認めたくないという気持ちがあるなら無理に受診させることはない、としています。そのうえで、保護者が先に相談に行き、本人に「聞いてきてほしいことがあったら教えてちょうだい」と尋ねるやり方を勧めています。本人から相談が出てこない理由は、困っていないからとは限らず、話題にしてはいけないことだと思い込んでいる場合や、家族に心配をかけたくない場合があるとも説明されています。
教室で真似されているようです。学校にどう頼めばよいですか?
まず、頻度としては珍しいことではないとされています。日本の学会誌の総説は、学齢期に約半数がいじめやからかいを経験するので対策が重要だと書いています。公的サイトの解説は、担任・養育者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」とオープンに聞くことを勧め、毎年のクラス替えごとに確認を積み重ねることが予防につながるとしています。臨床の側では、どう返すかを一緒に考える活動や、教室で仲間に吃音を説明する取り組みが方略として報告されています。
まとめ
- 思春期以降は難発が中心になり、中高生が困りやすい場面として部活動と入学面接が名指しされている。
- 言いにくい言葉を言いやすい言葉に置き換えるため、周囲からは気づかれないことがある。目立たなくなることと楽になることは別。
- 教室での立ち位置は吃音の重さでは決まっていなかった。学齢期には約半数がいじめやからかいを経験するとされる。
- 「7割以上が自然に治る」は幼児期の数字で、8歳ごろ以降は自然治癒が少なくなる。
- 年長の学齢期・思春期を対象にした無作為化比較試験は無く根拠は「乏しい」が、青年・成人には根拠のある方法が挙げられており、高校生はそちらの側に入る。
- 目標は「どもる回数を減らすこと」より「伝わるやりとり」へ、という合意が出ている。ただし目標は一人ひとり個別に決めるべきとされる。
- 中学校にもことばの教室は少しずつ設置されており、学校・教育委員会・言語聴覚士会・発達障害者支援センターが入口になる。入試の面接時間の延長などの配慮を求める根拠もある。