まず結論から
- 思春期以降は、音を繰り返す・引き伸ばすよりも、最初の音が出てこない「難発」が中心になり、失敗の記憶が重なると会話や社交を避けるようになり、言いにくい語を言い換えて吃音を隠すようになるとされています。
- 学齢期には約半数がいじめやからかいを経験し、学齢後期以降は吃音を隠すための対処行動が増え、思春期以降は社交不安障害やうつなどの精神科的な問題も併発しやすいとされています。
- 2〜18歳を対象にした11件の研究を統合したメタ分析(複数の研究の数値をまとめ直す手法)では、吃音のある子ども・若者は同年代より不安の症状が高いと報告されています。ただし抑うつについては研究の数が足りず、統合すらできていません。
- その一方で、学齢期の子どもと思春期の当事者を対象にした無作為化比較試験(くじ引きのように2つの群に分けて効果を比べる、最も強い検証のしかた)は1件も見つかっておらず、この年代のエビデンスの水準は「乏しい」と評価されています。
- だからこの時期の関わりは、吃音をなくすことよりも「小さくして、扱えるようにする」ほうへ重心が移るとされています。青年・成人に効いた方法に共通していた要素も、診療ガイドラインが整理しています。
ただし、ここに並んでいるのは大勢を平均した傾向であって、目の前の一人がこれからどうなるかを言い当てるものではありません。強く出る時期があっても、そのまま一本調子で重くなっていくとは限りません。
この年代は、いちばん調べられていない
最初に、不利な事実のほうから書きます。思春期の吃音について「これをやれば良くなる」と断言できる材料は、いまのところ薄いのです。
子どもと若者への吃音の介入をまとめて評価した系統的レビューがあります。9つのデータベースを使って研究を集め、集まった試験を質で採点したうえで、どの年齢にどんな研究があるかを地図の形で並べたものです。その地図が浮かび上がらせたのは、学齢期の子どもと思春期の当事者に向けた介入の効果を示す研究がごくわずかで、この年齢層を対象にした無作為化比較試験は1件も無いということでした。
格付けの結果もはっきりしています。就学前の子どもについては、保護者が家庭で褒めと穏やかな修正を返していく方法(リッカム・プログラム)が最高の等級と評価され、5つの評価領域のうち4つで最高と判断されました。それに対して、年長の学齢期の子どもと思春期の当事者については、無作為化比較試験が1件も無かったため、この層のエビデンスの水準は「乏しい」と評価されています。同じレビューの要旨も、就学前の2つの方法は有効だったが、学齢期の子どもや思春期の当事者への介入に高い水準のエビデンスは無かった、と明記しています。
そのうえで、レビューは先行研究にもとづいてこう書いています。学齢期になると介入は扱いにくくなり、いったん良くなっても戻りやすい。そして学齢期のあいだに年齢が上がるにつれ、使われる介入は吃音をなくすことより、吃音を最小にして制御することへ重心を移していく——たとえば話し方そのものを組み立て直す方法が使われる、というものです。
この「なくす」から「小さくして扱えるようにする」への移動が、この記事の題でもある「つきあい方」の中身です。以下では、その移り変わりの中で実際に何が起きるのかを、この時期を通った人の言葉から順に見ていきます。
中学からが、いちばん重かった——症状の「形」が変わる
幼児期の吃音は、「ぼぼぼぼく」と音を繰り返す連発や、「ぼーーーくは」と引き伸ばす伸発が目立ちます。ところが中学生くらいになると、出方そのものが変わっていきます。
当事者本人の声(筆名「砂張 五」・難発型。中学生から22歳ごろが最も重かったと自述/個人ブログ note)
まず現状の自分。中学生~22歳くらいの最も酷かった時期に比べると、信じられないくらい吃音が治っている。
俺は基本的に難発型で、酷かった時期は延発型が併発していて喋り始める前に「ん"〜」と喉から声が出てしまったり、あ行・ら行から始まる言葉は全部出なかった。挨拶は、おはようございます、お疲れ様です、お先に失礼します、ありがとうございます、とほぼ全滅だ。
会社勤めの経験を持つ書き手が、自分の吃音の歴史を振り返った一節です。書かれているのは、症状の重さそのものよりも「いつが最も重かったか」という時期のほうです。中学生から22歳まで——つまり思春期をまるごと含む時期が、いちばん酷かったと本人は書いています。挙がっている場面も、あ行・ら行で始まる語と、毎日必ず言うことになる挨拶です。特別な場面ではなく、日常の入口にあたる言葉が出なくなっていた。この「形が変わる」という経過は、学会の解説が正面から説明しています。
出典: 吃音の苦しみを壊した話(note)(台帳: V0066)
日本吃音・流暢性障害学会の解説は、中高生以上の子ども・成人の項でこう書いています。思春期以降になると、吃音の症状は連発や伸発よりも、難発(最初の音が出しにくくなる症状)が中心になる。難発が頻繁に出ると発話が困難になり、やりとりに支障が出る。困難を感じやすい場面として挙げられているのは、中高生では部活動や入学面接、大学生ではゼミの発表や就職活動、社会人では職場の電話応対です。
変化は症状の形だけではありません。同じ解説は、吃音によって話す場面での失敗体験が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じ、次第に会話や社交を避けるようになると続けます。さらに、吃音を巧みに隠そうとして、言いにくい単語を別の語に言い換えるといった工夫をすることもある。この場合、吃音は目立たなくなりますが、実際には吃音が出ないかを日々警戒しながら生活することになる、と書かれています。
「目立たなくなった」が「軽くなった」とは限らない、ということです。この点は、吃音のある大人500人以上への調査を整理した論文がはっきり数字にしています。特定の音・語・場面を避けたり、どもりそうだと思ったときに語を言い換えたりといった聞き手には見えない行動を、約半数が少なくとも時々とっており、1〜2割は「よく/いつも」とっていると報告されています。同じ論文は、外から流暢に聞こえていても本人はより大きな努力を払っている状態を「見せかけの流暢さ」と呼び、目に見える乱れが無いままコントロールを失う感覚だけがある「隠れた吃音」もあると述べています。
学齢期に幼児期との違いが出ることは、学会の解説にも書かれています。学齢になるころには、症状の多い時期・少ない時期の波はあっても、幼児期のように吃音が全く出ない時期を経験することは少なくなる、というものです。中学生になって急に出たように見えるときの背景も、この「形の変化」と重なります。
高校でまた悪くなる、ということがある
中学のあいだに落ち着いてきたと思っていたのに、高校でまた重くなる。順番に軽くなっていくものだと思っていると、この揺り戻しは本人をひどく戸惑わせます。
当事者本人の発表記録(掛田力哉さん・大阪教育大学 特殊教育特別専攻科。小1で吃音を自覚、教員志望/日本吃音臨床研究会「第9回吃音ショートコース 発表の広場」)
高校生になりまして、高校でまた吃音がひどくなったんです。すごく困って悩んでるときに、教科書に載っていた竹内敏晴さんの文章にすごく引きつけられて、こんなふうにことばやからだや心について考えたことがあったかなあと思いました。
中学で陸上部のキャプテンを務め、弁論大会の代表にもなった時期を語ったあとに続く一節です。順調に見えた流れが、高校で一度折り返している。そのときに手元にあったのは治療でも訓練でもなく、教科書に載っていた一篇の文章でした。本人はそこから、ことばを話すというのはそんなに単純なことではないのではないか、と考えたと述べ、悩んだ人間だからこそ、ことばやコミュニケーションについて伝えていけることがあるかもしれない、と続けます。そして学校で悩んだので学校の先生になりたいと決心した、と発表を締めています。この「いったん良くなっても戻る」経過は、レビューの記述と重なります。
出典: 2003年 第9回吃音ショートコース【発表の広場】 吃音を人生のテーマに(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0096)
系統的レビューは、学齢期の子どもについて「介入は扱いにくくなり、再発も起きやすい」と先行研究にもとづいて書いています。良くなったり戻ったりを繰り返すこと自体が、この年代では想定されているということです。
揺り戻しの時期に重くのしかかるのが、気持ちの面の負担です。2〜18歳の吃音のある子ども・若者と、吃音のない同年代を比べたコホート研究11件を統合したメタ分析は、吃音のある子ども・若者のほうが不安の症状が高いと報告しています。統合に使われたのは、群どうしの差の大きさをそろえた物差しで表した26個の値で、参加者は851人です。日本の学会の解説も、学齢期の時点から吃音のある子どもや成人の社交不安症の合併率は吃音のない人より高く、自助団体に参加していたり治療を求めたりする吃音のある成人の約20%から半数近くに社交不安症が合併していると報告されている、と書いています。
ここで大事なのは、その反対側です。同じメタ分析は、抑うつについては研究の数が足りず、統合そのものができなかったと述べ、対象になった抑うつの研究のいずれでも、吃音のある群とない群の差は有意ではなかったと報告しています。抑うつ得点が高い傾向はあったが統計的な有意には達しておらず、より大規模で、できれば長期に追いかける研究による再現が必要だ、とも書かれています。「吃音があると必ず落ち込む」という読み方は、いまの材料からは支えられません。
笑われる・からかわれるという現実もあります。吃音のある学齢児の過半数が笑われたりからかわれたりしており、これによって自尊感情の低下や不登校などの二次的な問題が生じやすくなるため、本人の意向を聴き取りながらクラスや学校の環境を調整する、と国内の解説は書いています。詳しくは吃音といじめを扱った記事にまとめてあります。
中学に入ると、相談先が見当たらなくなる
小学校までは、通級指導教室の「ことばの教室」がありました。担任や養育者が窓口を知っていました。ところが中学から先、どこへ行けばいいのかを書いた案内は、急に少なくなります。
保護者の感想(吃音のある子の保護者。社会福祉法人各務原市社会福祉事業団が3年ぶりに対面で開いた「吃音のつどい」の記録。15家族が参加)
ただ、今心配しているのは、中学生になって相談先がない事です。吃音と長く付き合っていくことになると思うので、中学、高校、大学と大きくなっていく時の関わりが難しくなると思いますが、そんな時にこのつどいがあれば、当事者同士で悩みを共有したり相談したりできるのでとても心強いと思います。
座談会の末尾に置かれた、参加者の感想欄の一つです。同じ欄には、周りの人に吃音について知ってもらえると自分も楽に生活できると思う、といった感想が並んでいます。その流れの中で、この保護者だけが先の時間軸を見ています。心配しているのは今の症状ではなく、中学・高校・大学と進んでいったときに、関わる先がどこにもないことのほうです。そして、つどいという場そのものを、その空白を埋めるものとして受け取っている。制度の側の条件を確かめると、この不安には裏づけがあります。
出典: 第8回「吃音のつどい」を開催しました!(社会福祉法人各務原市社会福祉事業団)(台帳: V0083)
公的な福祉の枠を使う道は、高校生までは残っています。吃音を専門とする福祉事業所の案内には、受給者証(福祉サービスを使うために自治体が出す証明)を取得することで一定の費用負担で支援を受けられること、対象は未就学児から高校生であること、通所による利用でオンラインは使えないことが書かれています。放課後等デイサービスとして小学生から高校生までが対象になる形です。ただし、吃音を専門とする福祉事業所そのものが全国でも珍しい、とも同じページは書いています。
医療の側では、日本耳鼻咽喉科学会会報の総説が、学齢期に約半数がいじめやからかいを経験するので対策が重要であり、診断書などで対応すると述べています。学齢後期以降には吃音を隠そうとして多彩な、しばしば不適切な対処行動を身につけ、思春期以降は社交不安障害やうつなどの精神科的な問題も併発しやすい、と続きます。そのうえで、言語訓練は単独では長期的な有効率が低く、心のありようと人との関わりの面の支えも必要だと明記されています。
つまり、中学以降に必要になるのは「ことばの教室の続き」ではなく、話し方の練習と、気持ちや人間関係の支えと、学校での配慮を、それぞれ別の窓口から集めてくる作業になります。中学生の相談先と学校配慮の具体は別の記事にまとめました。
高校生で、初めて病院に行った日
では、中学・高校のあいだに実際に医療へつながった人は、そこで何を受け取ったのでしょうか。高校時代に初めて受診した当事者が、その日のことを書き残しています。
当事者本人の回想(名義「びじゅ」・発達性吃音。県外の単位制高校の女子サッカー部だった15〜18歳を、成人後に振り返って書いた記事/個人ブログ note)
吃っても大丈夫、と分かっている人の前で心のまま話せる、という体験は初めてであった。
そして、正式に「吃音症である」と診断された。
②言語聴覚士とのリハビリは、初回ということで、症状の確認(言える文字と言えない文字の確認)とストレステストを行った。
ストレステストの結果は、強度の社交不安と対人恐怖アリ、というものであった。
部活の試合で、指示を出すときに「言える人の名前」ばかりを呼んでいたと気づいたことが、受診のきっかけでした。本人はそれを謝罪であり懺悔だと書いています。そこからは早かった、と続けます。病院を探し、週に一度こういう理由で部活を休むと先生と部活の仲間に伝え、親と診察に行くことを決めた。初診は主治医の診察と言語聴覚士とのリハビリという流れで、診察の2時間はほとんど泣いていたと書かれています。検査のあと本人は、人前に立つ前後30分は震えが止まらない、周囲の視線が気になる、といった状態に初めて名前が付いた気がしたと記し、その後この病院で「就活を突破すること」を最終目標に約6年間のリハビリに取り組むことになります。ここで測られた社交不安は、治療の順序の問題につながります。
出典: 【県外逃亡】吃音症で障害者手帳を取得することを決意するまでの記録④(15〜18歳)(note)(台帳: V0102)
吃音と不安がいっしょにあるとき、どちらを先に扱うのか。ドイツの診療ガイドラインは、不安障害やうつなどの併存があるときは治療の順序に優先順位をつけるべきだとしたうえで、吃音に伴う不安障害だけを治療しても吃音の頻度は減らず、逆に話しにくさだけを治療しても不安障害は減らないという知見を挙げています。そして、話しにくさそのものに直接向き合わない心理療法を唯一の治療として用いるべきではない、とも述べています。どちらか片方だけでは足りない、ということです。
では、青年・成人に効いた方法には何が共通していたのか。同じガイドラインは、系統的レビューとメタ分析から抽出された要素として、まずゆっくりした発話を集中的に練習すること、集団で行う形を含むこと、練習した話し方を日常の場面へ持ち出す練習をすること、段階を追った自己評価・自己管理を含むこと、自然に聞こえる発話を目指すこと、効果を保つための維持のプログラムを含むこと、そして引き伸ばした発話・やわらかい声の出だし・リズムをつけた発話・呼吸の調整・話すことへの態度の変化を練習することを挙げています。
国内では、話し方のコントロールを練習しない形の取り組みも報告されています。国立障害者リハビリテーションセンターのリハニュースに載った青年期吃音のグループ訓練の紹介では、目標として、①吃ることをほとんど忘れて自然に話せる能力が自分にあることを理解し、それができると信じて使うこと、②やりとりの目標を「吃らない」以外の肯定的で具体的なことにすること、③吃音に注意を取られずに自分の向けたい方に注意を向けられるようになること、の3つが掲げられています。従来のグループ訓練と違うのは、症状を減らすための意図的で自然ではない発話のコントロールは練習せず、自然で楽な発話の力を強化していく点だと説明されています。
学校そのものを変える、という選択肢
思春期の吃音の話は、最後に必ず進路の話になります。高校をどこにするか。入ったあとに続けられるか。そして続けられなかったとき、その先があるのか。
吃音のある娘(16歳)の母の手記(名義「蝶になりたい」。娘はいじめを受けて不登校を経験し、現在は通信制高校に在籍/NPO法人日本吃音協会の当事者メディア「HAPPY FOX」)
塾の先生に言われたことで一筋の光を見出した娘は勉強を始めました。そして見事合格したのです。
ところが、6ヶ月後に退学をしてしまい、すぐに通信制校へ転学することになりました。
親も慣れるもので、退学に迷いはありませんでした。私は不覚にも成長した自分に気が付きました。
しかし、娘にとっては環境を変える代償はとても大きいものでした。出会った人達との別離があったからです。
しかし、私は娘がフィットする場所に変えても良いと思えました。居場所はあると信じていたからです。
塾の先生からの「全日普通科高校を受験してみないか?」という一言から、合格、退学、転学までが数行で書かれています。書き手が繰り返しているのは、代償があったという事実と、それでも場所を変えてよいと思えたという判断の両方です。娘は今、通信制高校だからこそできることを楽しみ、大学進学を目指していると手記は続きます。学校を替えることが、あきらめではなく手段として書かれている——これは、環境の側を動かすという考え方と同じ向きを向いています。
出典: 辛い環境で我慢しなくていい。吃音でいじめられ不登校になった娘と歩んで気づいたこと。(HAPPY FOX・日本吃音協会)(台帳: V0081)
環境を変えるのは、転校だけではありません。同じ学校の中で条件を変えることも、制度の裏づけがあります。2016年に施行された障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な言動や扱いは禁止されており、発表や電話応対の免除、試験などでの面接時間の延長といった合理的配慮(負担が重くなりすぎない範囲で条件を調整してもらうこと)を求めることができます。ただしその際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出を求められる場合があります。ドイツの診療ガイドラインも、学校や職場でのストレスは、不利益が補われるようにすることでも防げるとし、口頭試験で追加の時間を認めるといった形で機会の平等を確保することを挙げています。
手帳の道もあります。学会の解説は、訓練を受けても家族以外とは音声で意思を伝えることが難しいほど重い場合に身体障害者手帳4級が交付されること、これらの手帳が交付されることで福祉的就労の対象になることを書いています。国内の解説も、障害者差別解消法などにより雇用主は吃音のある人から求められれば合理的配慮をする義務があり(面接時間を長くする、電話業務を免除するなど)、そのために吃音の診断書が必要とされることが多い、と述べています。
そして、避ける・隠すが進んだ状態にこそ注意が要ります。観察できるどもりが無いことを「吃音が無い」「うまくいった」の指標にすると、実際には話すこと自体を避けているだけの人が、流暢に話しているように見えるために早く訓練を終えられてしまう危険がある、と先の論文は指摘しています。高校で発表がうまくいったように見えた日の裏で、言い換えと回避が増えていることはあり得ます。
「つきあう」とは、具体的に何をすることか
ここまでを、思春期の本人と家族が実際に取れる形に畳み直します。
1. 話し方の練習は、目標を「吃らない」以外に置く。 国内の解説は、吃る不安があると話す行為が意識的になり、自動的に行うことが難しくなって、そのためにさらに非流暢になり、話す行為がいっそう意識的になる、という悪循環が起きると説明しています。認知行動療法(考え方と行動のくせを整える心理療法)を用いた治療では、吃るかどうかにこだわらず楽なやりとりを目標にし、そのほうが話す行為そのものから注意が外れて、かえって症状も改善しやすいとされています。グループ訓練の3つの目標も同じ向きです。
2. 周りに伝える。 同じ解説は、環境調整とは本人が周囲に自分が吃ることを開示して協力を求めることであり、わざとどもってみせる(随意吃)などで先に伝えておくと心理的な負担が減り、楽にやりとりできるようになると書いています。学校での配慮を求める根拠も、この開示から始まります。
3. 同じ立場の人に会う。 診療ガイドラインは、自助グループへの参加を、効果を測った研究ではなく専門家の合意にもとづいて推奨すると明記しています。日本にも自助団体があり、吃音のある当事者が「吃音があるのは自分だけではない」と認識し、共通の体験を語り合い、苦悩を分かち合い、互いに援助し合うことが活動の中心だと学会は紹介しています。1965年に発足した言友会が最も歴史が古く、近年では若者を対象とした団体や、女性の集いを開催する団体もあります。先ほどの座談会のように、保護者どうしが会う場も同じ働きをします。
4. 気持ちの面を別に見る。 吃音と不安は、片方を治せばもう片方も減る、という関係ではありません。話し方の訓練だけで長期的に良くなる割合は低く、心のありようと人との関わりの面の支えも必要だとされています。不安が強いと感じるときは、そちらも一緒に相談してよい、ということです。
次のようなときは、様子を見るだけにせず相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 発表・音読・部活の号令など、特定の場面を避けるための工夫が増えている
- 言いたい言葉を別の言い方に替えることが、毎日のように起きている
- 人前に出る前後で、体の震えや動悸が長く続く
- 進路や受験の面接を前にして、学校に配慮を求めたい
この4つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。なお、社交不安症が吃音に合併しやすいことと、診断書によって合理的配慮を求められることは、いずれも資料に書かれています。
思春期の吃音で陥りやすい3つの落とし穴
落とし穴1 − 「目の前では話せているから大丈夫」と見積もる
相談の場では、思ったほど症状が出ないことがよくあります。その流暢に話す様子に、相談を受けた人がつい「気にならないですね」「軽い吃音ですね」という言葉をかけることは、養育者にとってプラスに働くことは少ない、と支援者向けの解説は書いています。伴奏に合わせて歌ったり、2人で同じ言葉を声に出したりすると吃音は消えて流暢に話せるため、吃音は発話のタイミングの障害と言われます。その場の印象より、どの場面でどのくらい出るかの記録のほうが実態に近づきます。思春期ではさらに、言い換えと回避で見えなくなっている分があります。
落とし穴2 − 「不安のほうを何とかすれば、吃音も減る」と考える
診療ガイドラインは、吃音に伴う不安障害だけを治療しても吃音の頻度は減らず、話しにくさだけを治療しても不安障害は減らない、と述べています。話しにくさそのものに直接向き合わない心理療法を唯一の治療にすべきではない、とも書かれています。逆に、話し方の訓練だけを長く続けても、長期的な有効率は低いとされています。どちらか一方に賭けるのではなく、順序をつけて両方を扱うのが、資料が示している形です。
落とし穴3 − 「中学からは相談先が無い」と決めて、一人で抱える
たしかに、小学校までのような分かりやすい窓口は減ります。ただし、高校生までを対象にした福祉の枠は残っており、診断書があれば学校での配慮を求められます。自助団体は年齢で切られません。無いのは窓口そのものではなく、「ここに行けば全部そろう」という一か所です。
相談に行くときに効くのは、その日1回の印象ではなく、日々の記録です。どんな場面で出やすいか、どのくらいの期間続いているか、どの言葉を言い換えたかを書き留めておくと、診察や面談で伝えやすくなります。まずは書き留めることから小さく始め、言語聴覚士やことばの教室、専門の外来に相談できる場合はそちらが確実です。
よくある質問
思春期になって吃音が重くなったように感じます。よくあることですか?
学会の解説は、思春期以降になると症状は連発や伸発よりも難発(最初の音が出しにくくなる症状)が中心になり、難発が頻繁に出ると発話が困難になると説明しています。また、話す場面での失敗体験が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じ、次第に会話や社交を避けるようになるとも書かれています。系統的レビューも、学齢期には介入が扱いにくくなり再発も起きやすいと述べています。
中学生・高校生の吃音に効くと確かめられた訓練はありますか?
この年代を対象にした無作為化比較試験は1件も見つかっておらず、エビデンスの水準は「乏しい」と評価されています。そのため、この時期の介入は吃音をなくすことより、最小にして制御することへ重心を移すとされています。青年・成人については、ゆっくりした発話の集中的な練習、集団で行う形、日常場面への持ち出しの練習、段階を追った自己管理、維持のプログラムなどが、効果のあった方法に共通する要素として挙げられています。
中学に入ると、どこに相談すればいいですか?
吃音を専門とする福祉事業所では、受給者証を取得すれば一定の費用負担で支援を受けられ、未就学児から高校生までが対象とされています(通所のみ)。医療では、学齢期の対応として診断書などで学校に働きかける形が挙げられています。同じ立場の人に会う場としては、1965年発足の言友会をはじめとする自助団体があり、若者を対象とした団体もあります。
学校に配慮をお願いすることはできますか?
障害者差別解消法により、学校や職場での吃音に対する差別的な言動・扱いは禁止されており、発表や電話応対の免除、試験などでの面接時間の延長といった合理的配慮を求めることができます。その際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出を求められる場合があります。診療ガイドラインも、口頭試験で追加の時間を認めるといった形で機会の平等を確保することを挙げています。
吃音があると、不安やうつになるのですか?
2〜18歳を対象にした11件のコホート研究を統合したメタ分析では、吃音のある子ども・若者は同年代より不安の症状が高いと報告されています。一方で抑うつについては研究の数が足りず統合できず、対象になった研究のいずれでも群間の差は有意ではありませんでした。日本の総説も、思春期以降は社交不安障害やうつなどが併発しやすいとしたうえで、心のありようと人との関わりの面の支えが必要だと述べています。
まとめ
- 思春期以降は症状の形が変わる。難発が中心になり、失敗が重なると会話や社交を避け、言いにくい語を言い換えて隠すようになるとされている。目立たなくなることと軽くなることは別で、隠れた行動は大人の約半数が少なくとも時々とっている。
- この年代は、いちばん調べられていない。学齢期の子どもと思春期の当事者を対象にした無作為化比較試験は1件も無く、エビデンスの水準は「乏しい」と評価されている。だから目標は「なくす」より「小さくして扱えるようにする」へ移る。
- 気持ちの面は測られている。吃音のある子ども・若者は同年代より不安の症状が高い。ただし抑うつは研究の数が足りず統合できておらず、差は有意ではなかった。
- 中学以降は窓口が分散する。高校生までの福祉の枠、診断書による学校の配慮、自助団体を、それぞれ別に当たることになる。言語訓練だけでは長期的な有効率が低く、心理面・社会面の支えも要る。
- 「つきあう」の中身は、目標を「吃らない」以外に置くこと、周りに伝えること、同じ立場の人に会うこと、そして不安を別に見ること。学校そのものを替えることも、あきらめではなく手段になり得る。