吃音といじめの関係 — いじめは「発症原因」ではない
まず、いちばん誤解されやすい点から整理します。いじめのようなつらい経験は、吃音を「発症させた原因」ではありません。吃音の発症には生まれ持った体質が大きく関わり、双子を対象にした研究では原因の約8割が体質と報告されています。「厳しく叱ったから」「いじめられたから吃音になった」といった後天的な出来事が発症の原因なのではありません。
ただし、関係がまったくないわけではありません。向きが逆で、吃音があることでいじめ・からかいを受けやすくなる、そして受けたいじめが話しやすさや心に悪い影響を残す——という「悪化要因」としての関係です。この記事では、この「発症原因ではないが、悪化要因にはなりうる」という関係を軸に、現れ方と対処を見ていきます。
データで見る「いじめの受けやすさ」
「気にしすぎでは」と思われがちですが、吃音のある子がいじめや仲間からの拒否を受けやすいことは、研究でも示されています。イギリスの学級調査(吃音のある子16人と同級生387人・計403人)では、吃音のある子が同級生から「拒否される」割合は約44%と、吃音のない子(約19%)の2倍以上でした。「いじめの被害者」に挙げられた割合も37.5%と、吃音のない子(10.6%)の3倍以上にのぼります。
一方で「人気がある」に分類された割合は6.25%(吃音のない子は約26%)、「リーダー」に選ばれる割合も約6.5%(同 約13%)と低めでした。成人を対象にした振り返り調査でも、276人中74%が「学校でいじめられた」と回答しています。
ここで大切なのは、こうした「いじめの受けやすさ」が吃音の重症度とは必ずしも結びつかないという点です。同じ研究で「いじめの被害者」に挙げられた子には、症状の重い子も軽い子も含まれていました。つまり「もっと上手に話せればいじめられない」という単純な話ではありません。
いじめ・からかいはどう現れる? — 真似・笑い・「なんでそんな話し方なの?」
吃音に関するいじめ・からかいは、次のような形で現れやすいことが公的資料で整理されています。
- 話し方を真似される
- どもったときに笑われる
- 「なんでそんな話し方なの?」と質問される
とくに、日直の号令・音読・発表・かけ算の九九・学習発表会・卒業式など、みんなの前で決まった言葉を言う場面で困りやすいことが知られています。吃音は発話場面でしか症状が出ないため、周囲から悩みが過小評価されやすいのも特徴です。
吃音当事者・hiroさん(会社員・自助グループ運営/Webメディアsoarのインタビュー)
「なんでそんな喋り方なの?」って聞かれたり
小学校低学年のころ、友達の前でどもって笑われたり真似されたりした経験を、hiroさんはこう振り返っています。話し方を真似される・笑われる・「なんでそんな話し方なの?」と質問される、といったことは学齢期に起きやすいと公的資料でも整理されており、この体験はその典型と重なります。
出典: 吃音当事者インタビュー(soar)(台帳: V0032)
いじめが吃音を「悪化」させる悪循環
いじめは発症の原因ではありませんが、受けたいじめが吃音そのものや心に影響を残すことがあります。いじめが話しやすさ(流暢性)に悪影響を与えたと振り返る当事者がいることが、複数の調査で報告されています。
さらに、仲間からの拒否やいじめは、抑うつや早い時期の不登校(中途退学)といった、後々まで続く不適応につながりうることも指摘されています。「話すのが怖い→話す場面を避ける→さらに孤立する」という悪循環に入る前に、周囲が気づいて手を打つことが大切です。学校では毎年クラス替えがあり、真似・笑い・質問を受けるリスクがあるため、早期に気づいてオープンに話しておくことが予防につながります。
吃音当事者・misaさん(難発性吃音・看護師/個人ブログ)
学校が自分の世界のすべてだった
音読や発表で人の倍の時間がかかり、笑われるのではという不安を抱えて過ごした学生時代を、misaさんはこう振り返っています。仲間からの拒否やいじめが、抑うつや不登校といった長く続く不適応につながりうることは、研究でも指摘されています。一人の体験ですが、心の負担が大きいときに早めに支えにつながる大切さが伝わります。
出典: 吃音といじめ・不登校の体験(個人ブログ)(台帳: V0034)
子どものいじめ — 本人の矯正ではなく「周囲への働きかけ」
対処の出発点は、本人に「もっと上手に話しなさい」と矯正を迫ることではありません。前述のとおり、いじめの受けやすさは重症度によらないからです。まず有効なのは、担任や支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞き、吃音の話をしやすくすることです。
周囲(クラス)への働きかけも効果が報告されています。学齢期の子どもを対象にした臨床研究では、いじめへの対応を練習するロールプレイや自己開示(カミングアウト)、そして吃音についてクラスメイトに説明する教室プレゼンテーションといった方略が紹介されています。9歳の男の子の事例では、こうした取り組みのあとにいじめへ建設的に対応する力が高まり、教室での説明のあとに仲間の否定的な発言が減ったと報告されています。なお、この研究では「いじめ」と「からかい」を区別してとらえることの大切さも挙げられています。
子どもは大人にいじめを打ち明けにくいことがあるため、仲間どうしで支え合う仕組み(ピアサポート)が助けになりうるとも指摘されています。
大人・職場でのいじめ・ハラスメント
いじめは子どもだけの問題ではありません。学齢期にいじめを受けたと振り返る成人当事者は多く、ある調査では276人中74%にのぼりました。大人になっても、電話対応など特定の発話場面の苦手さが続くことがあり、その場面でからかいや心ない扱いを受けることもあります。
大人にも使える支えがあります。2024年施行の改正障害者差別解消法により、私立を含めて合理的配慮の提供が義務化され、就職や仕事の場面でも、建設的な対話のうえで時間的な余裕などの配慮を受けられるようになりました。電話が苦手な人向けには、公共インフラとして整備された電話リレーサービスも利用できます。また吃音症は精神障害者保健福祉手帳や身体障害者手帳の対象となり、就職で障害者枠を選ぶこともできます。
吃音当事者・sadakitiさん(成人/個人ブログで継続発信)
「まぁしょうがない」の境地に至ったのが22歳。
学齢期にからかいやいじめを経験したのちの、受けとめ方の変化をsadakitiさんはこう記しています。学齢期にいじめを受けたと振り返る成人当事者は多く、影響は大人になっても続くことがあります。周囲の理解や合理的配慮といった支えが助けになります。
出典: 吃音といじめ・受容の記録(個人ブログ)(台帳: V0028)
どこに相談する? — 受診先と相談窓口
「様子を見る」だけで抱え込まず、早めに相談できる先を知っておくと安心です。
- 言語聴覚士(ST)のいる医療機関:吃音そのものの評価や、話し方・場面の困りごとの相談ができます。
- ことばの教室(通級):学齢期の子どもが、学校生活の困りごとを含めて相談できる場です。
- 担任・スクールカウンセラー:いじめ・からかいの事実を共有し、合理的配慮につなげる窓口です。改正障害者差別解消法のもと、私立を含め配慮の提供が義務化されています。
- 心のケアの窓口(スクールカウンセラー・心療内科など):いじめによる落ち込みや不登校など、心の負担が大きいときの相談先です。仲間からの拒否やいじめは抑うつなどにつながりうると指摘されています。
受診や相談のときは、いつ・どんな場面で・どんなことがあったかをメモしておくと、状況が伝わりやすくなります。
いじめ対応で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「話し方を直せばいじめは終わる」と考える
いじめの受けやすさは吃音の重症度とは結びつかないと報告されています。本人に矯正を迫るより、周囲への説明や配慮のほうが現実的で、効果も報告されています。
落とし穴2 − 「気にしすぎ」と軽く扱う
吃音は発話場面でしか症状が出ないため、悩みが過小評価されやすいという特徴があります。本人が「真似された」「笑われた」と感じているなら、まずその気持ちを受けとめることが出発点です。
落とし穴3 − 一人で抱え込む
ネットの断片情報だけで判断せず、ことばの教室や言語聴覚士など専門の窓口にあたるのが近道です。日々の様子や、いつどんな場面で何があったかを記録しておくと、相談のときに役立ちます。発話の記録や経過を「見える化」して続ける手段として、記録アプリを補助的に使う方法もあります(治療を目的とするものではありません)。
よくある質問
いじめは吃音の原因になりますか?
いいえ。吃音の発症には生まれ持った体質が大きく関わり、双子研究では原因の約8割が体質と報告されています。いじめのような後天的な出来事が「発症させた原因」ではありません。ただし、いじめを受けることで話しやすさや心に悪い影響が及ぶことはあり、その意味では「悪化要因」になりえます。
吃音のある子はいじめられやすいのですか?
研究では、吃音のある子は仲間から拒否されやすく(約44%対約19%)、いじめの被害者に挙げられる割合も高い(37.5%対10.6%)と報告されています。ただし個人差が大きく、必ずいじめられるわけではありません。
話し方(吃音)を直せばいじめはなくなりますか?
いじめの受けやすさは吃音の重症度とは必ずしも結びつかないと報告されており、本人に話し方の矯正だけを求めるのは適切ではないと考えられます。周囲への説明や自己開示など、環境への働きかけが有効だとする臨床研究があります。
学校にはどう伝えればいいですか?
担任や支援者に、真似・笑い・質問を受けていないかをオープンに話すことがきっかけになります。2024年施行の改正障害者差別解消法により私立を含め合理的配慮の提供が義務化されており、建設的な対話のうえで配慮を受けられます。
大人になってもいじめ・ハラスメントは続きますか?
学齢期にいじめを受けたと振り返る成人当事者は多く(276人中74%)、電話対応など発話場面の苦手さが続くこともあります。電話リレーサービスや合理的配慮など、大人にも使える支えがあります。
まとめ
- いじめは吃音の発症原因ではありません(発症は体質が中心で約8割)。ただし話しやすさや心に響く「悪化要因」にはなりえます。
- 吃音のある子は仲間から拒否・いじめの対象になりやすく、それは症状の重さによりません。
- 対処は本人の矯正ではなく、周囲への説明・自己開示・合理的配慮など環境への働きかけが中心です。
- 子どもも大人も、一人で抱え込まず、ことばの教室・言語聴覚士・スクールカウンセラーなどの相談先へ。
