まず結論から
- 本人が自分の手記の冒頭に書いているのは、「吃音が治らない」「以来、50年間はずっとどもっている」という二文です。マイクの前だとなぜどもらないのかとよく尋ねられ、「お金をもらうとどもらない」と必ず答えるようにしている、とも書いています。
- 同じ手記には、アナウンサーになっても吃音は治らなかったこと、マイクの前では大丈夫でも家族との会話では相変わらずどもっていたことが、本人の言葉で記されています。放送で流暢に話せることと、吃音が無くなることは別のことです。
- 場面や条件によって出方が変わること自体は、研究の側でも古くから測られています。自分の声の聞こえ方を変えること、声をそろえて読むこと、音節の長さをそろえた話し方は、吃音の頻度をすぐに、はっきり下げると報告されています。
- 詰まる場所はでたらめではありません。語や句の始め、長い語や意味の重い語、組み立ての複雑な文で目立ち、同じ文章を読み返すと頻度は下がっていき、しかも前と同じ音節で起こりやすいとされています。
- 面接の冒頭で自分から吃音があると伝えた条件では、伝えなかったときに出た評価の差が消えたという模擬面接の実験があります。自分から伝えることの効果を集めた系統的レビューも、条件を満たした量的研究18件のうち15件で全体として好意的な影響が示されたと報告しています。
ただし、この記事は小倉智昭さんという個人を診断するものでも、症状の程度を後から判定するものでもありません。本サイトが書けるのは、本人が自ら公にした手記とインタビューに残っている範囲までです。一人の歩みは、他の誰かの見通しにはなりません。
よどみなく5分——マイクの前で何が起きていたのか
この人が自分の吃音について書いた文章は、2007年に日本心理学会の機関誌『心理学ワールド』に載り、2024年に吃音の自助団体のサイトへ紹介文を添えて転載されました。書き出しは「吃音が治らない」です。「ども金」と馬鹿にされた小学生時代、以来50年間ずっとどもっていること、そしてマイクの前だとなぜどもらないのかとよく尋ねられ、「お金をもらうとどもらない」と必ず答えるようにしていることが、そのあとに続きます。
では、そのマイクの前では何が起きていたのか。本人が答えている場面が、著書の中にあります。
小倉智昭さん(フリーアナウンサー・2024年逝去)。著書『本音』(新潮新書。聞き手は社会学者・作家の古市憲寿さん)からの抜粋インタビュー。聞き手の発言も含む
古市: オープニングでは常に5分とか10分よどみなくしゃべっていたじゃないですか。あれはどのくらいの事前準備があったんですか。
小倉: 実は事前の原稿なんかは用意していません。しないほうがいいとすら思っています。
子供の頃、吃音を治す過程で、作文を書くときに必要な起承転結が、しゃべりにも必要だっていうのに気がついたんです。
しゃべることは作文だというふうに思ってたから、文章構成をしてしゃべるみたいなところがあります。僕のスポーツ中継って行き当たりばったりしゃべってはいますけど、一方で、全部作文みたいな感じでしゃべっているんですよ。
情報番組の冒頭で、原稿を持たずに5分、10分と話し続ける。その準備の量を尋ねられた場面です。返ってきたのは、事前の原稿は用意していない、しないほうがいいとすら思っている、という答えでした。理由として挙げられているのは、子どものころに気づいた一つのことです。作文に必要な起承転結は、しゃべりにも必要だ。以来この人は、その場で見たものを頭の中で文章にしてから口に出す、という順番で話してきたと語っています。新人のアナウンサーには「なるべく書かないほうがいいよ」と言ってきた、とも述べています。文の組み立てを先に済ませてから声に出す、という順序です。話しやすさが文の組み立てと関わることは、研究の側でも整理されています。
出典: 「とくダネ!」名物オープニングトークの裏に「吃音」あり 小倉智昭さんが明かした秘話【後編】(Book Bang)(台帳: V0021)
吃音がどんな場面で目立つかについては、総説が次のように整理しています。発達性吃音は、語や句の始め、長い語や意味の重い語、そして組み立ての複雑な文のときに特に目立つ、というものです。
さらに、話している自分の声の聞こえ方を変えること(遅らせて聞かせる、周波数を変えて聞かせる)、声をそろえて読むこと、音節の長さをそろえた話し方は、吃音の頻度をすぐに、はっきり下げると報告されています。そこから、聞こえの処理や、話すリズムを刻む働きに問題があるのではないかという疑いが生まれた、と総説は書いています。
ただし、これらはいずれも「その場で何が起きるか」の観察です。手記のほうには、マイクの前ではどもらなくても家族との会話では相変わらずどもっていたこと、そして「アナウンサーになっても吃音は治らなかった」ことが、本人の言葉で書かれています。同じ人の中で、放送と日常が別々のものとして扱われている、ということです。
その日どの言葉で詰まるかは、あらかじめ分かるのか
手記には、本人の持論として書かれていることがあります。時期によって、どもる言葉が変わる、というものです。ア行が駄目、カ行が駄目と、周期的なものがあるように思う——そう書いたうえで、カ行の馬名が言えずに競馬の実況で苦労したこともある、と続けています。どの音で詰まるかが一定ではないという感覚は、話す仕事をしている他の当事者の記録にも出てきます。
財前優一さん(1995年生まれ・舞台を中心に活動するフリーの役者/個人ブログ note)
1つ目は「本読み」です。 いただいた台本を手にして、各々の役者が自分のセリフを読んでいきます。 ここで行わないといけない事は情緒性反応を探る事です。 情緒性反応とは、吃音の予期や不安、いわゆる、自分が拒否反応を示すセリフに目星を付けていきます。 私の場合は母音始まりの言葉に苦手意識があるので、そのセリフをなんとなく覚えておきます。
舞台の稽古は本読み・立ち稽古・通しの三段階に分かれる、とこの役者は書いています。最初の本読みでしていることは、台本の中から詰まりそうなセリフに見当をつけることだけ。本人が「情緒性反応」と呼んでいるのは、そのセリフを前にしたときの予感と不安のことだ、と本人の言葉で説明が添えられています。見つけた苦手なセリフを何度も練習するのかというと、そうではない、とも書かれています。立ち稽古では頭を下げるといった動作を言葉に添える工夫を入れ、それでも残ったセリフは、脚本家や演出家に相談して同じ意味の別の言い回しに変えてもらうこともある、という順番です。どの音や語で詰まりやすいかに偏りがあること自体は、研究の側でも整理されています。
出典: 吃音症でも舞台役者になれるのか(note)(台帳: V0037)
総説が挙げているのは、語や句の始め、長い語や意味の重い語、組み立ての複雑な文で目立つ、という偏りです。加えて、同じ文章を繰り返し読むと吃音の頻度は下がっていき、しかも前と同じ音節で起こりやすいことが知られています。前者は「適応」、後者は「一貫性」と呼ばれます。読み返せば減り、詰まる場所は前と重なる、ということです。
ここで押さえておきたいのは、総説が書いているのがこの観察までだという点です。どの音が苦手かが時期によってどう入れ替わるのか、そこに規則があるのかは、この総説では扱われていません。本人が手記で「私の持論」と断って書いているのも、そのためだと読めます。
よかれと思った配慮が、本人の望みと食い違うとき
手記には、小学2年生の学芸会の場面が書かれています。両親が2人そろって見学に来たのに、クラスの出し物が終わっても息子の出演に気づかずじまいだった。吃音を心配した担任が台詞をくれず、しかも美術の木が倒れないよう後ろで支える役だったので姿も見えなかった、というのがその理由です。
同じ担任は、授業参観でも多くの父兄の前で絶対に本人を指名しませんでした。答えてどもったら気の毒だと思ってのことだろう、と本人は書いています。様子を眺めていた父親が手を挙げて「うちの息子にもあててくれ」とクレームをつけ、顔を真っ赤にした本人は先生の質問に答えられなかった——そこまでが記されています。
オクアツさん(徳島県出身・アクロバットを活かしたサーカスパフォーマー/イベントMC。小学3年生で発症と自述/個人ブログ note)
自分の名前が言えなくなると今度は人の名前も言えなくなることもよくありました。 普通の会話では「なあなあ」とか「おい」で誤魔化せますが、学校の行事の時はそうはいきません。
体育祭での出来事。体操部のキャプテンだった僕は、全校生徒(約1000人)の前でクラス1人の名前を読んで「○○くん基準!体操の隊形に開け!」と言わなければいけませんでした。 これ皆さんの学校でもありました?(笑)
先生に断りを入れたんですが、強制的に決められてしました。
基準の生徒の名前が口から出ず、約1000人が目の前でザワザワしていたのを今でも覚えています。
思春期に入って自分の名前が言えなくなり、そこから人の名前も言えなくなっていった、という経過がこの人の記録には書かれています。普段の会話は「なあなあ」「おい」で避けられても、行事では避けられません。体操部のキャプテンとして基準の生徒の名前を呼ぶ役が回ってきたとき、この人は先生に断りを入れています。それでも役は決まり、名前は出ず、約1000人がざわめいた。25年ほど経った今でも、そのときの不安のドキドキを覚えている、とも書かれています。台詞を外した担任と、断りを聞かなかった先生。向きは逆ですが、どちらも本人に確かめないまま決めている点では同じです。吃音のある人がどう受け止められやすいかについては、研究の側でも繰り返し調べられてきました。
出典: 弱点は仕事になる!?吃音症克服で3000人規模のMCになるまで(note)(台帳: V0016)
ある調査では、吃音への世間の態度は、精神の病気への態度とほぼ同じくらい否定的でした。別の調査では、大学生は吃音のある弁護士を、吃音のない弁護士より有能さや知性の面で低く見ていました。こうした受け止められ方は特定の国に限った話ではない、とも述べられています。
受け止め方にあらかじめ傾きがあるなら、周りの判断もその傾きの上で下されます。台詞を外すという形でも、断りを聞かないという形でも、本人に確かめないまま決めてしまえば、行き先は本人の望みから離れていきます。
自分から先に言う、という選び方
進路を決める場面にも、同じ主題が出てきます。大学を出てアナウンサーになると言ったとき、いちばん反対したのは親兄弟でした。マイクの前ではどもらなくても家族との会話では相変わらずどもっていたのだから当然の反対だ、と本人は書いています。
そのうえで本人が選んだのは、隠さないことでした。隠し立てをしても始まらないので、アナウンサー試験の面接では「どもりなのでアナウンサーになりたい」と言い続けた。ただしマイクの前では大丈夫だと主張し、馬鹿にした人を見返したいと訴えた——そう記されています。同じ選び方をした人の記録が、ほかにもあります。
佐藤じゅんきさん(名古屋の大学4年生・法学専攻。吃音のある当事者として6か月間、劇団に参加/個人ブログ note)
ぼくのせいで2時間伸びていたので、ぼくは言った。
「セリフが言えません。ぼくのセリフは飛ばしてください。」
すぐに彼は、「僕はいつまでも待つよ。佐藤君が言い終わるまで待つよ。」と。
初めての演劇のレッスンで、この人は劇団員たちに吃音のことを伝えています。それまでは周りに伝える勇気がなく、高校の国語の音読の時間に思い通りに言葉が出ず、笑われたりばかにされたりしてきた、と書かれています。引用したのは、19時に始まり21時に終わる予定だった二人芝居の稽古が23時前までかかった日のやり取りです。相手役は9歳上の男性で、稽古を見ていた劇団員の視線は好奇心ではなく背中を押すものだった、とも記されています。この人が劇団にいたのは6か月で、そこから伝えたいこととして一つだけ挙げているのが、勇気をもって自分の障害を伝えることができれば周りの人たちの対応が変わる、という一文です。自分から吃音があると伝えることの効果は、研究でも30年ほど調べられてきました。
出典: 吃音症の私が、演劇に6ヶ月間チャレンジして学んだこと(note)(台帳: V0487)
自分に吃音があることを相手に自分から伝えることを、研究では自己開示と呼びます。2023年10月までに発表された研究を集めた系統的レビュー(同じ問いを扱った研究を決まった手順で集めて要約したもの)は、条件を満たした量的研究18件を取り上げ、全体として好意的な影響が示されたのは18件中15件(83.3%)だったと報告しています。伝え方を条件として比べた研究に限ると、謝るような言い方をしない伝え方は、謝る言い方や、まったく伝えない場合よりも好意的に受け取られており、これは13件中12件(92.3%)でした。
就職の面接を模した実験もあります。俳優が演じた面接の動画を大学生が見て評価したところ、吃音のある応募者は全体として低く評価されました。ところが、面接の冒頭で「ちょっとお伝えしておくと、私は吃音があります」という趣旨のひと言を、謝らない言い方で置いた条件では、吃音のある応募者と吃音のない応募者の評価に差がありませんでした。伝えるなら早いほうが聞き手の受け止めに効くという先行研究にもとづいて、このひと言はやり取りの冒頭に置かれています。
なぜ効くのかを直接調べた研究は、ほとんどありません。挙げられている説は二つで、一つは、自分の障害や制約を率直に認める人はよく適応していて心理的に健康だと見られる、というもの。もう一つは、障害のある人と接するときに相手の頭を占めてしまう「何を言えばいいのか分からない」という堂々巡りから、先に伝えることが相手を解放するのではないか、というものです。
この実験には限界も書かれています。参加者を大学生だけから集めたので一般の人口を代表しておらず、面接を演じたのは実際には吃音のない俳優でした。レビューの側も、性別による効果は研究によってまちまちで、どの場面で伝えるか、話し手や聞き手の年齢、吃音の頻度や重さ、聞き手が吃音のある人と知り合いかどうかは、そもそも調べた研究が少ないと断っています。
自分の話し方を、自分はどう見積もっているか
手記には、5年生のときに父親から掛けられた言葉が書き留められています。七夕の短冊に「どもりが治りますように」と3年続けて願い事を書いても叶わず、夢を書いても実らないのは何故かと尋ねた本人に、父親はこう答えました。「智昭、夢はもつな。夢は夢で終わることが多い。目標をもちなさい。目標は手が届かなければ下げられる」。
ここから「声を出して本をうまく読む」という目標が生まれ、朗読が急に成長し、演劇部に入り、弁論大会で優秀賞をもらうようになった、と続きます。周囲の見る目は「普段はどもりでも、あいつは人前に立つと凄い」に変わった、とも書かれています。自分の声をどう見積もるかが変わった場面は、ほかの当事者の記録にもあります。
みなか雨さん(声優として活動4年目。小学3年生のころに吃音を自覚したと自述/個人ブログ note)
そんな中、アフレコができるアプリを見つけました。そのアプリをキッカケに、僕は自分の声を初めて聞き返しました。
「なんてひどい声なんだろう。僕は今までこんな声で演技していたのか…。」
すごく恥ずかしくて、悔しかったです。が、あることに気がついたんです。
「あれ?詰まらずに喋れている…?」
そう、自分が考えているより、僕は流暢に話していました。それが、まず嬉しかったんです。
通信制の高校に移り、家ではクローゼットにこもって、インターネットにあるフリー台本を延々と演じていた時期の話です。最初は録音もせず、ただ演じることそのものを楽しんでいた、と書かれています。アフレコのできるアプリを見つけて初めて自分の声を聞き返したとき、最初に来たのは恥ずかしさと悔しさでした。そのうえで気づいたのが、自分が考えていたより詰まっていない、ということです。その後この人は、自分の声を何度も聞いて、できていないところではなく、できているところに目を向けるようにした、と記しています。恥ずかしさのような感情を伴うことは、吃音の定義そのものに書き込まれています。
出典: 吃音症だった僕が、声優になるまでの話(note)(台帳: V0486)
ここで、吃音とはどういう症状なのかを確かめておきます。総説の定義は、音や音節の繰り返しと引き伸ばしが、自分の意志と関わりなく、声に出る形でも、声が出ないまま止まる形でも起きる、というものです。日本語で難発と呼ばれる、声が出ないまま言葉が止まる状態は、この「声が出ないまま」に当たります。自分では止めにくく、体の他の動きを伴ったり、恐れ・恥ずかしさ・いらだちといった否定的な感情を伴ったりするとも書かれています。そして厳密には、吃音は病気そのものではなく症状だと整理されています。
珍しいものでもありません。総説は、人口のおよそ1%にこの状態があるとし、米国で約300万人、世界で約5500万人と見積もっています。社会階層による偏りはないとも書かれています。一方で、多くの場合コミュニケーションが大きく損なわれ、暮らしや仕事の面で深刻な影響が出るとも述べられています。
話すことが仕事の中心にある当事者は、ほかにもいる
一人の名前だけを見ていると、例外的な人の話に見えてきます。実際には、話すことが仕事の中心にある当事者は各国にいて、支援団体が分野ごとに名前をまとめています。
米国の Stuttering Foundation は、俳優・歌手・エンターテイナー、スポーツ選手、記者・写真家といった分野ごとに、氏名と一行の経歴を並べた一覧を公開しています。英国の STAMMA も分野別の一覧を公開しており、多くの項目に本人が吃音について語った言葉が引用されています。
その区分には、コメディアン、映画監督、そしてテレビの司会者や出演者が並びます。話すことや人前に出ることが仕事の中心にある分野が、ひとまとまりで載っているということです。自分の映画を宣伝する場で「私は吃音があるので、これは悪夢のようなものです」という趣旨のことを自分から述べた映画監督のように、公の場で本人が明かした言葉がそのまま引かれている項目もあります。
名前の一覧そのものをどう読めばいいかは吃音の有名人の記事に、舞台やテレビで笑いを仕事にしている人については吃音症の芸人の記事にまとめてあります。歌を仕事にした人の話はスキャットマンと吃音で扱っています。
話しにくさが気になったときの相談先
相談先として名前が挙がるのは、幼児・学齢の子ども向けの「ことばの教室」と言語聴覚士です。次のようなときは、様子を見るだけで抱え込まず、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 話しにくさを気にして、話す場面そのものを避け始めている
- 声が出ないまま言葉が止まる状態が増え、体の緊張を伴うようになってきた
- 就職や進学の面接など、期限のある場面が近づいて不安が強い
この3つは、相談を考えるきっかけとして一般的に挙げられるもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。
模擬面接の研究も、面接のように評価される場面を控えている人へ専門家がどんな助言をできるかに関わる結果だ、と自分たちの位置づけを述べています。伝えるかどうかを一人で抱えず、相談できる相手と一緒に決めてよい問題だ、ということでもあります。
この話を読むときの3つの落とし穴
落とし穴1 − 「マイクの前で出ない」を「治った」と読む
研究が示しているのは、声をそろえて読む・聞こえ方を変える・音節の長さをそろえるといった条件で、吃音の頻度がその場ですぐ、はっきり下がるという観察までです。日常の会話にどれだけ持ち越されるかは、そこでは扱われていません。手記の側にも、アナウンサーになっても吃音は治らなかったこと、家族との会話では相変わらずどもっていたことが本人の言葉で書かれています。
落とし穴2 − 本人の工夫を、そのまま練習法として受け取る
頭の中で文章を組み立ててから口に出す、という話し方は、この人が自分について語ったことです。本人自身、それが意識して身につけたスキルではないので自分では分からない、という留保を置いています。舞台役者の記録のほうも、苦手なセリフを何度も練習するのではなく、動作を添えたり、脚本家や演出家に相談して言い回しを変えてもらったりする、という順番で書かれていました。一人の工夫は、その人の記録としては貴重ですが、他の人に同じ結果が出る根拠にはなりません。
落とし穴3 − 一人の歩みを、自分や家族の見通しに読み替える
手記が残しているのは、学芸会で台詞を外されたこと、放送劇で言葉が出なかったこと、面接で自分から吃音を告げたこと——そのつどの場面です。そこから先にどう進むかは人によって違います。研究が測っているのも、平均としてどうだったかであって、一人ひとりの見通しではありません。
まずは、どんな場面で言葉が出にくいか、そのとき何が起きたかを書き留めておくところから始めると、相談するときの手がかりになります。相談できる場合は、言語聴覚士やことばの教室に相談するのが確実です。
よくある質問
小倉智昭さんに吃音があったというのは本当ですか?
本人が自分で書いた文章が残っています。日本心理学会の機関誌『心理学ワールド』36号(2007年1月15日発行)に載った文章で、書き出しは「吃音が治らない」です。2024年に吃音の自助団体のサイトへ紹介文を添えて転載されました。本サイトが書けるのは、本人が自ら公にしたこの範囲までで、症状の程度を後から判定することはできません。
なぜマイクの前ではどもらなかったのですか?
本人は、マイクの前だとなぜどもらないのかとよく尋ねられ、「お金をもらうとどもらない」と必ず答えるようにしている、と書いています。研究の側が示しているのは、聞こえ方を変えること・声をそろえて読むこと・音節の長さをそろえた話し方が吃音の頻度をすぐに下げるという観察と、そこから聞こえの処理やリズムを刻む働きへの疑いが生まれたという経緯までです。放送という場面についてそのまま調べたものではありません。
吃音があっても、話す仕事に就けますか?
実際に就いている人がいます。米国の Stuttering Foundation と英国の STAMMA は、俳優・歌手・エンターテイナー、コメディアン、映画監督、テレビの司会者や出演者といった分野別の一覧を公開しています。ただし、就けたことと吃音が無くなったことは別です。本人も手記に「アナウンサーになっても吃音は治らなかった」と書いています。
面接では、吃音があることを先に伝えたほうがいいですか?
模擬面接の実験では、伝えなかったときは吃音のある応募者が低く評価されたのに対し、面接の冒頭で謝らない言い方のひと言を置いた条件では、吃音のない応募者との評価の差がありませんでした。系統的レビューでも、18件中15件(83.3%)で全体として好意的な影響が示され、謝らない伝え方のほうが好意的に受け取られたと報告されています。ただし実験の参加者は大学生だけで、面接を演じたのは吃音のない俳優でした。決め方は場面によって違うので、そのまま当てはめられる結論ではありません。
吃音とは、そもそもどんな症状ですか?
音や音節の繰り返しと引き伸ばしが、自分の意志と関わりなく、声に出る形でも、声が出ないまま止まる形でも起きるものと定義されています。自分では止めにくく、体の他の動きや、恐れ・恥ずかしさ・いらだちといった感情を伴うこともあります。人口のおよそ1%にこの状態があり、米国で約300万人、世界で約5500万人と見積もられています。
まとめ
- 小倉智昭さん本人の文章は、日本心理学会の機関誌に載り、のちに吃音の自助団体のサイトへ転載された手記として残っている。書き出しは「吃音が治らない」で、「アナウンサーになっても吃音は治らなかった」とも書かれている。
- マイクの前でどもらない理由を尋ねられたときの答えは「お金をもらうとどもらない」だった。研究の側が示しているのは、聞こえ方を変える・声をそろえて読む・音節の長さをそろえるといった条件で頻度がその場で下がるという観察までである。
- 詰まる場所はでたらめではなく、語や句の始め・長い語や意味の重い語・組み立ての複雑な文で目立ち、読み返せば頻度は下がり、前と同じ音節で起こりやすい。
- 手記に残っているのは、学芸会で台詞を外されたこと、授業参観で指名されなかったこと、そしてアナウンサー試験の面接で自分から「どもりなのでアナウンサーになりたい」と言い続けたことである。
- 自分から伝えることの効果は研究でも測られており、レビューは18件中15件で好意的な影響を報告し、模擬面接では冒頭で伝えた条件で評価の差が消えた。話すことが仕事の中心にある当事者は各国におり、支援団体が分野別の一覧を公開している。