まず結論から
- 「えーと」を付けるより先に、これから詰まるかもしれないという感覚が来ています。この感覚は研究では「予期」と呼ばれ、過去に話した場面の経験によって強められると整理されています。
- 言葉の最初に「あのー」を付けてたまたま言えた、という経験をすると、出にくいときは常にその方法を使うようになることがあります。公的研究機関の解説は、これを本来の症状とは別の「二次的行動」が身につく過程として説明しています。
- 詰まりは話し始めの側に集中して起きることが繰り返し確かめられており、「出だしさえ越えられれば」という訴えが臨床でよく聞かれる、と総説は述べています。助走が効く人がいる背景にはこの偏りがあります。
- ただし、言い換えや挿入でうまくしのげるほど、周囲から吃音は見えなくなります。学会の解説は、その状態でも吃音が出ないかを日々警戒しながら生活していると書いています。
ただし、これは「えーと」を付けるのをやめるべきだという意味でも、付け続ければ安全だという意味でもありません。どの言葉が言いにくいかには大きな個人差があり、全員に当てはまる順位表は確かめられていないと総説は述べています。自分に合う方法は、自分の記録と、必要なら専門家との相談の中で決まっていきます。
「えーと」の前に起きていること——言う前から、もう分かっている
「えーと」は、詰まってから出てくるものではありません。多くの場合、まだ一言も発していない段階で、これから起きることが分かっています。その感覚は、外からは緊張と見分けがつきません。
当事者の声(37歳・社会不安障害と吃音症のある当事者/個人ブログ note)
学校の授業でも、同じようなことがたびたびあり、発表の場など、赤面でものすごい汗だったことを覚えています。緊張と捉えられがちですが、「言えなかったらどうしよう」という不安からきています。
ファーストフード店で働いていた頃を書き起こした一節の、すぐあとに置かれた文です。厨房から「残り1個です」と報告する一言が出ない。接客では「いらっしゃいませ」の最初の「い」が喉につっかえ、絞り出せても震える声になる。無理なときは「お待たせいたしました」から会話を始める——本人はそう書いています。そして学校の発表で出た赤面と汗を、書き手は緊張ではなく「言えなかったらどうしよう」という不安だと言い直しています。この、話す前に来るものを、研究は話し手自身の体験として扱ってきました。
出典: 「声が出なくても、未来は変えられる」ー前編(note)(台帳: V0103)
話し手の体験に焦点を当てた論文は、この感覚を予期(これから詰まる瞬間が来るかもしれない、という感じ)という言葉で扱っています。そして、予期は過去のやりとりの経験によって強められ、次に話す場面での恐れを増していくと整理しています。一度うまく言えなかった言葉や場面が、次の機会をあらかじめ重くする、という向きです。
同じ論文は、言葉に詰まる・自分の制御が効かなくなるという内側の感覚を知っているのは話し手だけだ、という点も繰り返し述べています。外から見える回数や重さでは、この部分は測れません。
公的研究機関の解説も、同じ道筋を日本語で書いています。うまく話せない経験が積み重なり、周囲から指摘される場面が増えると、子どもは自分の言葉の出にくさをはっきり意識するようになる。その結果、話す前に不安を感じるようになったり、話す場面に恐怖を感じたりする、と説明されています。
なぜ「えーと」を足すと、言葉が出るのか
詰まりそうだと分かったとき、多くの人が自分で見つけるのが「言いやすい言葉を先につける」というやり方です。自助団体の例会では、参加者がそれぞれの手口を出し合っています。
自助団体の例会の記録(大阪吃音教室。〇印が参加者の発言で、「伊藤」は講座担当の伊藤伸二さん=日本吃音臨床研究会会長。会報の再掲)
私は名前の最初の「と」が言いにくいから、「えー」を言って、「えーと」にして、「とくだ」と、弾みをつけて、つないでいくんです。
伊藤 これも昔からあった方法。日本音声医学会の颯田琴次初代会頭が、「ん」をつければと提案した。「うん、いとうです」と言う。緊急避難のときに、使える。「えー」でも、「うん」でもいい。「うん」をつけたり、「えー」をつけたりすることが一般的だけれども、これもできるだけもっとかっこいいのをつける。
「どもって声が出ないときの対処法」という題で開かれた、2009年11月の例会の記録です。この日は、自己紹介の前に自分の住所を付けて勢いで言った人、声が出ないときは息を吐いてから言い直す人の話も並んでいます。そして担当者は、「あのー、えー」を4割つければよいと説いた昔の主張にも触れ、それでは聞いていられない、とはっきり否定しています。つまり、この場でも「えーと」は万能の技として扱われてはいません。名前の「と」の前に「えー」を置く——このごく小さな操作が効くことがあるのには、詰まりがどこで起きやすいかという偏りが関係しています。
出典: どもって声が出ないときの対処法(日本吃音臨床研究会)(台帳: V0136)
言葉の組み立てと流暢さの関係をまとめた総説によれば、一続きの発話の中で、後ろのほうに来る語より前のほうに来る語で詰まりが起きやすいことは、かなり一貫して確かめられてきた所見です。総説はこれを、話し始めるための運動の計画に問題がある可能性を示すものだとしています。
そして同じ総説は、この所見が臨床の場でどう聞こえるかも書いています。吃音のある大人からよく聞かれる訴えとして、「出だしさえ越えられれば、こんなに詰まらないのに」というものが挙げられているのです。名前の前に「えー」を置くという工夫は、言いたい語を発話の先頭から降ろして、2番目以降に移す操作にあたります。
では、なぜそれが癖として定着するのでしょうか。公的研究機関の解説は、その身につき方をこう説明しています。何か工夫をしたことでたまたま言葉が出たという経験をすると、出にくいときは常にその方法を使うようになることがある——挙げられている例が、まさに「身体を動かして勢いをつける」と「ことばの最初に『あのー』をつける」の2つです。同じ解説は、こうして身についた特徴を、繰り返しや言葉が出ないことそのものとは区別して二次的行動(本来の症状に後から加わってくる行動)と呼んでいます。
頭の中で、言葉を選び続けている
予期は「えーと」だけを連れてくるわけではありません。詰まりそうな語を、言う前に別の語に取り替える——言い換えです。そして言い換えは、会話のあいだじゅう続きます。
当事者の声(名義ぽん・氏名や職業は非公開/文春オンラインのインタビュー)
「今吃りそうだな」と思った時に、言いやすい言葉に言い換えるんです(例 「きのう」を「さくじつ」や「まえのひ」や「○曜日」と表すなど)。
僕も常に頭の中に何個か出てくる言葉の選択肢を選びながら喋ることで、なるべく吃りすぎないように工夫しています。それでも上手く声が出ない時は、「えーと」と考えているふりをして時間を稼ぐこともありますし。
吃音のある人は全人口の約1%とされていますが、身の回りではもっと少なく感じるのはなぜか——聞き手にそう問われて、本人が答えた場面です。症状を上手に隠せる人が多いからで、当事者である自分でさえ身近な吃音に気づかないことがざらにある、と話しています。言い換えの起点として本人が挙げているのは「今吃りそうだな」という一瞬の感じで、選択肢を選ぶ作業はそのあとに来ます。ただし固有名詞は言い換えが利かず、自分の名前がいちばん苦手だとも述べています。外から見える話し方は、この作業をすべて通り抜けたあとの姿です。
出典: バイデンの告白で話題に…「就活の面接、時間内に名前を言うのがやっと」光が当たらない"吃音"のリアル(文春オンライン)(台帳: V0129)
学会の解説は、思春期以降の経過としてこの流れを書いています。この時期には症状の中心が難発(最初の音が出しにくくなる症状)に移り、話す場面での失敗体験が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じ、次第に会話や社交を避けるようになる。さらに、吃音を巧みに隠そうとして、言いにくい単語を言い換えるなどの工夫をすることもある、とされています。
問題は、その次に置かれた一文です。この場合、吃音は目立たなくなりますが、実際は吃音が出ないかを日々警戒しながら生活をしているため、ストレスや悩みを抱え込みやすくなります。うまくしのげることと、負担が減ることは、別の話だということです。
研究の側にも同じ指摘があります。流暢さを高める技法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえても、話し手はより大きな努力を払っている。そうして得られた流暢さは吃音のない人の自然な流暢さとは別物で、見せかけの流暢さ(pseudofluency)と呼ばれてきました。外から分かる乱れが無いまま、内側では制御を失う感覚が起きていることもあります。だからこの論文は、観察できる詰まりが無いことを「吃音が無い」や「うまくいった」の指標に使うと、実際には話すこと自体を避けているだけの人が、流暢に話せているように見えるために支援を早く打ち切られてしまう危険がある、と警告しています。
予期不安は、消えるのか
ここまで読んで、いちばん知りたいのはこの一点かもしれません。自助団体のワークショップで、50歳の医師が自分の37年を報告しています。
当事者の声(千葉県の病院長・発表時50歳/自助団体のワークショップでの発表記録。実名で発表されたもの)
13歳の時に朗読で立ち往生してから37年間、今50歳ですが、現在でもさきほどもお話したように、相変わらず強い予期不安を感じます。しかし、いつの間にかそれでもなんとかやるんだという気持ちに今ではなっています。
発表の冒頭で、この人は「今、順番を待つ間も非常にどきどきしていて、トイレにも行きたくなる」と断ってから話し始めています。中学2年の国語の朗読で最初の一語が出なくなったこと、中学3年の自己紹介の途中で手を挙げてトイレに隠れ、1学期の大部分を学校に行かなかったこと、28歳まで自分から電話をかけられなかったこと——そこまでを順に語ったあとの一文です。37年たっても予期不安は「相変わらず強い」と書かれており、変わったのはその隣に置いた構えのほうだと本人は述べています。研究の側も、予期そのものを消す話としては扱っていません。
出典: 2003年 第9回吃音ショートコース【発表の広場】2 吃音と私(日本吃音臨床研究会)(台帳: V0095)
話し手の体験を扱った論文は、予期と並べて反すう(同じ否定的な考えを頭の中で何度も繰り返してしまうこと)を挙げ、反すうが多い吃音のある大人は、少ない人よりも吃音に関わる生活への影響が大きかったという調査を紹介しています。そのうえで、吃音の文献でいう予期は、反すうが吃音の形をとって現れたものとして捉えると意味が通る、と提案しています。「えーと」を付けるかどうかより、頭の中で同じ場面を何度もやり直してしまうほうが、生活の重さに効いているかもしれない、という見方です。
もう一つ、忘れずに置いておきたいのが波です。学会の解説は、調子が良い状態、あるいは悪い状態が数週間から数か月にわたって続く人も多く、この変動を「波」と呼ぶと説明しています。今週たくさん「えーと」を使ったからといって、それが後退の証拠だとは限りません。
臨床の側の整理も、消すことを目標には置いていません。この論文は、治療が扱うべきものとして、詰まる感覚に対して本人がどう反応するか、周囲や社会の反応、生活の中で何ができなくなっているかまでを並べ、外から見える詰まりを減らすことだけを目標にすべきではないとしています。
どの言葉が言いにくいかは、人によって違う
「えーと」を足す相手、つまり言いにくい語には、共通の傾向があります。ただし、その傾向を個人の一覧表として使うことはできません。
総説によれば、母音で始まる語より子音で始まる語のほうが詰まりやすいとされてきました。しかし、どの音が苦手かは人によって大きく違い、すべての吃音のある人に当てはまる「言いにくい音の順位表」があるとは確かめられていません。だから臨床では、一覧表に頼るより、本人が言いにくいと感じる音を尋ねるのがよい、と総説は述べています。
語そのものの性質については、次の3つが繰り返し報告されています。
- 長い語は、短い語より詰まりやすい
- その言語で使われる頻度が低い珍しい語ほど、詰まりやすい(語の長さや品詞とは別に効く)
- 前後の文脈から予測しにくい語ほど、実験室の課題では詰まりやすい(ただし自由な会話では確かめにくい)
ここで注意したいのは、これらの要因が独立していないことです。総説自身が、内容を担う語は文法をつなぐ語より長くなりやすく、文法をつなぐ語は母音で始まって文頭に来やすいといった重なりがあるため、語の長さ・文中の位置・語の種類・語頭の音のどれがどれだけ効いているかを切り分けるのは難しいと断っています。つまり「自分が詰まるのは○○だからだ」と一つの理由に決めきれないのは、自然なことです。
言いにくい語の中身は人によって違い、しかも理由は一つに絞れない。それでも、自分にとって何が言いにくいかは自分がいちばんよく知っている——総説が「本人に尋ねるのがよい」と書いているのは、そういう意味です。
困っているなら、どこに持っていくか
「えーと」や言い換えでしのげているうちは、相談先を探すきっかけそのものが作りにくくなります。目立たなくなっているぶん、周囲からも勧められにくいからです。学会の解説は、中高生以上の吃音について、次のような道筋を挙げています。
- 本人が望む場合は、学校に対して苦手な場面(発表や音読など)への配慮や支援を求め、安心して学校生活を送れるように環境を整える
- 大学生は、発表での配慮を求めたり、就職活動の負担が大きいときは学生相談室でカウンセラーに相談したりする
- 社会人は、吃音について上司や同僚に相談することで、職場の配置や電話業務などで配慮を得られることがある
- 本人が治療を希望する場合は、言語聴覚士による発話訓練を受けるという選択肢がある
- 発話訓練だけで症状が変わらない場合や、吃音に対する不安が強い場合は、カウンセリングや心理療法が役立つこともある
- 吃音の自助団体に参加し、ほかの吃音のある人と出会うことが、心理的な変化(吃音を否定的に捉えることが減るなど)のきっかけになることもある
子どもの場合について、同じ解説は、小児を扱う言語聴覚士やことばの教室の教員に相談するよう書いています。相談の窓口としては、まずこの2つが名前として挙がります。
相談するとき、手ぶらで行かなくて済むように役立つのが記録です。予期は場面と結びついて強められていくものなので、どんな場面で来たか、そのとき何をしたか(言い換えたのか、「えーと」を足したのか、その場を避けたのか)を書き留めておくと、話が具体的になります。外から見える回数だけでは伝わらない部分は、話し手本人にしか記録できません。
ここに挙げたのは、学会の解説に書かれている選択肢の一覧です。どれを選ぶか、そもそも何かを変えるかどうかは本人が決めることで、この記事が勧めているわけではありません。
「えーと」をめぐる3つの落とし穴
落とし穴1 − 「えーと」に頼る自分を、意志が弱いからだと責める
「えーと」を付ける癖は、決意や努力の不足から生まれるものとしては説明されていません。公的研究機関の解説は、工夫をしたことでたまたま言葉が出た経験が重なると、出にくいときは常にその方法を使うようになると書いており、例として挙げられているのが「ことばの最初に『あのー』をつける」です。身につき方の話であって、性格の話ではありません。話し手の体験を扱った論文も、治療が向き合う相手として、詰まる感覚への本人の反応や周囲の反応、生活の制約までを並べています。
落とし穴2 − 「ゆっくり話せば出る」「早口だから詰まる」と読む
話す速さと詰まりの関係は、素朴な予想とは逆向きの所見が出ています。就学前の吃音のある子ども19人の自然な会話を測った研究では、吃音らしい詰まりが多い子ほど、そして音の引き伸ばしが長い子ほど、詰まっていないときの話す速さも遅かったと報告されています。「速いから詰まる」ではなく、詰まりが多い子は流暢なときも遅い、という向きです。速さを落とすことが誰にとっても解になるわけではありません(なお、この研究の対象は就学前の子どもで、大人にそのまま当てはまるかは分かりません)。
落とし穴3 − 「隠せているから大丈夫」と、一人で抱え込む
学会の解説は、言い換えなどで吃音が目立たなくなっている場合でも、吃音が出ないかを日々警戒しながら生活しているため、ストレスや悩みを抱え込みやすくなると書いています。研究の側も、観察できる詰まりが無いことを「うまくいった」の指標に使うと、実際には話すこと自体を避けているだけの人が早く支援を打ち切られてしまう危険がある、と指摘しています。うまく隠せていることは、困っていないことの証拠になりません。
まずは、どんな場面で来たかとそのとき何をしたかを書き留めておくことから小さく始め、困りごとが続くようなら言語聴覚士やことばの教室に相談するのが確実です。
よくある質問
吃音があると「えーと」を付けてしまうのはなぜですか?
多くの場合、言う前から詰まりそうだと分かっているからです。この感覚は研究では「予期」と呼ばれ、過去に話した場面の経験によって強められると整理されています。そして、詰まりは一続きの発話の前のほうに集中しやすいことが繰り返し確かめられており、「出だしさえ越えられれば」という訴えが臨床でよく聞かれるとされています。言いたい語の前に別の語を置くと、その語は発話の先頭ではなくなります。
「えーと」を付けるのは、やめたほうがいいですか?
やめるべきだと書いている資料は、手元の出典の中にはありません。公的研究機関の解説は、これを本来の症状に後から加わる「二次的行動」として説明しているだけで、良し悪しの判定はしていません。ただし、詰まりが目立たなくなるほど周囲には分からなくなり、その状態でも吃音が出ないかを日々警戒しながら生活していることになる、という指摘はあります。判断が難しいときは、言語聴覚士に相談するのが確実です。
予期不安と、ふつうの緊張は違うものですか?
研究の枠組みでは別のものとして扱われています。予期は「これから詰まる瞬間が来るかもしれない」という感覚を指し、過去のやりとりの経験によって強められて次の場面での恐れを増すと整理されています。また、言葉に詰まる・制御が効かなくなるという内側の感覚を知っているのは話し手だけだ、とも述べられています。公的研究機関の解説も、うまく話せない経験の積み重ねから、話す前に不安を感じたり話す場面に恐怖を感じたりするようになる過程を説明しています。
言い換えでうまく隠せていれば、吃音は軽いということですか?
そうとは言えません。流暢さを高める技法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえても話し手はより大きな努力を払っており、それは「見せかけの流暢さ」と呼ばれてきました。外から分かる乱れが無いまま制御を失う感覚が起きていることもあります。学会の解説も、吃音が目立たなくなっている場合ほどストレスや悩みを抱え込みやすくなるとしています。
予期不安は、年齢とともに消えますか?
消えると書いている資料は、手元の出典の中にはありません。この記事で引いた50歳の当事者は、13歳で朗読に立ち往生してから37年たった時点でも、相変わらず強い予期不安を感じると述べています。研究の側も、予期を消すという形では扱っておらず、詰まる感覚への本人の反応や周囲の反応、生活の制約までを治療が扱う対象として並べています。また、調子の良い状態・悪い状態が数週間から数か月続く「波」があることも知られています。
まとめ
- 「えーと」より先に来ているのは「予期」——これから詰まるかもしれないという感覚で、過去に話した場面の経験によって強められると整理されている。
- 言葉の最初に「あのー」を付けてたまたま言えた経験が重なると、出にくいときは常にその方法を使うようになることがある。公的研究機関の解説はこれを「二次的行動」が身につく過程として説明している。
- 詰まりは発話の前のほうに集中しやすく、「出だしさえ越えられれば」という訴えが臨床でよく聞かれる。ただし、どの音が言いにくいかは人によって違い、全員に当てはまる順位表は確かめられていない。
- 言い換えや挿入でしのげるほど吃音は目立たなくなるが、その状態でも吃音が出ないかを日々警戒しながら生活していることになる。外から見える流暢さを「うまくいった」の指標にすると、避けているだけの人が早く支援を打ち切られる危険がある。
- 予期を消すという形で扱っている資料は手元に無い。困りごとが続くなら、言語聴覚士やことばの教室、学校や職場での配慮といった選択肢がある。