まず結論から
- この主題で実際に測られてきたのは、話し方が聞き手の印象にどう響くかであって、顔立ちやスタイルではありません。観察者338人が、面接の動画を見て話し手を10の項目で評価した実験があります。
- その実験では、面接の冒頭で「自分には吃音があります」と説明として伝えた話し手は、何も伝えなかった話し手より「親しみやすい」「外向的」「自信がある」と評価されました。
- ただし同じ内容でも「うまく話せないところがあるので、我慢して聞いてください」という謝る形で伝えた場合、親しみやすさでは何も伝えない場合との差が出ませんでした。伝えるかどうかだけでなく、どう伝えるかで結果が違いました。
- 「避けられている」と感じるとき、避けているのが自分の側であることもあります。吃音のある人は、会話がうまくいかないことを恐れて人づきあいや仕事の場面を避けやすいと整理されています。
- その回避は、外からはほとんど見えません。500人を超える成人への調査では、言いにくい語を言い換える・特定の場面を避けるといった聞き手には見えない行動を、約半数が少なくともときどきとっていました。
ただし、これは「こう伝えれば好かれる」という話ではありません。印象の実験は、用意された動画を見た人がその場で付けた評価であり、実際の恋愛や長い付き合いをそのまま再現したものではありません。原典自身も、吃音を伝えることがすべての場面・すべての人にとって有益とは限らないと明記しています。
「格好悪いところは絶対見せたくない」——見た目を気にする気持ちと、話し方
見た目と話し方は本来ちがう話のはずなのに、当事者の中ではしばしば一つに溶けています。五十代の書き手が、自分の中学・高校時代をこう振り返っています——女性への関心は強く、好きな子もいて、友達とはその話ばかりしていた。それでも女子の前では一言も発することができず、挨拶をするのが精いっぱいだった。その理由として本人が挙げているのは、容姿ではありませんでした。
吃音当事者の男性(庭師。自身の仕事や生き方を発信している個人ブログ・note)
なぜかというと、やはり吃音を見られたくなかった為です。
女子の前では、格好良く見せたい、また、格好悪い所は絶対見せたくない。そんな、自意識過剰な「欲」を持っていました。
理由として挙がっているのは、どもるところを見られたくなかったこと、その一点です。そのうえで書き手は、自分の欲を二つに分けています。良く見せたいという願望と、悪いところを絶対に見せたくないという願望。前者は同年代の誰もが持つものですが、後者は場面そのものを手放す動機になります。実際この人は同じ文章の続きで、当然ながら交際相手などできるはずがなかったと書き、当時感じていた無力感の中身は吃音だから何もできないということだった、できないことを吃音のせいにして将来にも大きな不安を抱えていた、と振り返っています。この「どう見られるか」が実際にどう動くのかは、実験の形で測られています。
出典: 吃音があっても恋愛、結婚はできる。(note)(台帳: V0038)
テキサス大学オースティン校の研究者らは、吃音のある話し手が就職面接を受ける動画を用意し、338人の観察者にそれを見てもらいました。観察者は18歳から90歳まで、男性106人・女性232人です。動画は6種類で、話し手が男性か女性か、そして面接の冒頭で吃音のことを説明として伝えるか・謝る形で伝えるか・何も伝えないかの組み合わせになっています。
ここで大事なのは、観察者が評価したものが何だったかです。評価の項目は、親しみやすい・外向的・知的・自信がある・気が散る・親しみにくい・内気・知的でない・不安げ・引き込まれる、の10個でした。顔立ちやスタイルを評価させた項目は一つもありません。この実験が答えているのは「吃音のある人はどう見えるか」ではなく、「吃音のことを伝えるかどうかで、話し手の人柄の印象がどう変わるか」です。
結果はこうでした。説明として伝えた話し手は、何も伝えなかった話し手より「親しみやすい」と評価されやすく、謝る形で伝えた話し手よりも「親しみやすい」と評価されやすいという差が出ています。一方、謝る形で伝えた場合と何も伝えなかった場合のあいだには、親しみやすさの差はありませんでした。「自信がある」の項目では差がいちばん大きく、説明として伝えた話し手がもっとも高く、次いで謝る形で伝えた話し手、いちばん低かったのが何も伝えなかった話し手でした。原典は、こうした結果から、説明の形で伝えることが、何も伝えない場合より聞き手の受け取り方を良い方向に動かすと述べています。
避けられているのか、自分が避けているのか
「モテない」という言葉には、相手に選ばれなかったという意味がまず浮かびます。けれど当事者の話を読んでいくと、選ぶ場面そのものを自分の側で狭めてきた、という筋書きのほうがよく出てきます。
吃音当事者の女性・赤坂多恵子さん(日本吃音臨床研究会の公式サイトに実名で寄せられた成人当事者の手記「どもりは審査委員長」)
私の人生の第一次審査は“どもり”が担当する。仕事を探す時は、社名は言い易いか、住所や電話番号すら言い易いかどうか審査の対象となる。そして会社訪問すると電話の台数に目がいった。あんまり多いとパスもした。当時は就職口も今より豊富にあり、こんな事も出来たのかもしれない。言い易いと思って入社した会社も、いつの日か言いにくくなる時がある。そんな時は次の会社が私を呼んでいる、待っていると解釈し退職の方向に向かう。彼を選ぶ時も名前は何? がひとつのポイントとなる。言いにくい名前を超えるほどの男であればいいのだが・・・。これって、どもりに左右されているのか? 私はそうは思わない。
審査委員長という言い方で、書き手は自分の選択の順序を説明しています。会社を探すときは社名・住所・電話番号が言いやすいか。会社訪問では電話の台数を数える。多ければ候補から外す。そして交際相手についても、名前が言いやすいかどうかが一つの基準になる——ここまでを淡々と並べたあとで、書き手は自分に問い返し、「どもりに左右されているのか?」という問いに「私はそうは思わない」と答えています。同じ手記の続きでは、どもりを物差しにして選び、判断し、決断し、行動することができた、と本人は書いています。選択肢を狭めたという読み方と、迷わず決められたという読み方が、一人の中に同時にあります。研究の側でも、この「避ける」という行動は正面から扱われてきました。
出典: 成人のどもる人の手記(日本吃音臨床研究会)(台帳: V0107)
吃音のある大人の生活を調べた研究は、その考察でこう整理しています。吃音のある人は、会話がうまくいかないことを恐れて人づきあいや仕事の場面を避けやすく、その回避が日々の役割を続けにくくする。さらに、吃音は人づきあい・学業・仕事のそれぞれの領域で、本人にとって意味のある活動から遠ざける方向にも働きうる。当事者への聞き取りを行った別の研究も引かれていて、そこでは参加者が、職場で否定的に評価されるだろうという予期から、自分を疑い自分を責め続けていたと報告されています。
この仕組みには名前が付いています。周りが吃音に向ける否定的な見方や決めつけを、本人が自分のものとして取り込んでしまうことで、研究の言葉では「内面化されたスティグマ」と呼ばれます。取り込んだ結果として、恥ずかしさ、自分を責める気持ち、自分は力不足だという感覚が生まれるとされます。職場では、話す役割やまとめ役を避ける、会議で発言したがらない、否定的に評価されるのが怖くて昇進を断る、といった形で現れうる、と原典は例を挙げています。
もう一つ、この研究は重症度との関係にも触れています。吃音が重い人ほど、人から評価される場面で不安が強くなりやすいという研究が引かれ、重症度が上がるほど、話す量を減らし、自分にとって意味のある活動から遠ざかりやすかったとされています。ただし同じ考察の中で、原典は慎重な但し書きも置いています。ある研究では、不安の強さは吃音が本人に与える主観的な影響とだけ関係し、どもった音節の割合のような客観的な重症度の指標とは関係しませんでした。つまり「軽い吃音だから困っていないはず」とは言えない、ということです。
初対面と、長く付き合った相手とでは、見えるものが違う
「吃音があると相手にどう思われるか」を考えるとき、頭の中で想定しているのはたいてい初対面の場面です。けれど、実際に長く一緒にいる人の側から見ると、話は少し違って見えるようです。
吃音のある夫と暮らす妻・Aさん(20歳代・作業療法士。自助団体の公式noteのインタビュー連載。聞き手は団体の代表で、この回は「当事者ではない方」に話を聞く企画)
三谷) じゃー、旦那さんと結婚するってなったときに、「吃音がある人」ということで何か考えたことはありますか?
Aさん) 吃音のこと以外にも魅力的な面があるし、吃音のこと以外にももっと心配なことがあるんですよ(笑)。吃音があるっていうのは、その人の一側面だとしても、結構薄いというか。もっともっと大変なことがある…(笑)。
三谷) そうですよね(笑)。そうなんだけど、当事者の中には、「こんな自分じゃ・・・」とネガティブになったり、子どもに遺伝することも少なくともあるってことを深く考えて、結婚にブレーキをかけている方もいるんですよね。
Aさん) たしかに、お見合いみたいに初対面だったら、ひとつ気になるかもしれないですけど。友達とか長く付き合った人って、もっと他の部分も見えてくるじゃないですか。他のところに魅力を感じるだろうし、他にもっと直してほしいところも出てくると思うんですよね(笑)。就職活動とかになると、初対面の人じゃないですか。
吃音のある人と暮らしている側が、結婚を決めたときのことを聞かれて答えている場面です。最初の答えで、話し手は吃音をその人の一側面として置き、しかも「結構薄い」と言い切っています。そのうえで、初対面と長い付き合いを分けています。お見合いのような場では気になるかもしれない、でも友達や長く付き合った相手なら他の部分も見えてくる——そう言ったあとに、自分から就職活動を例に挙げ、あそこも初対面の人だ、と続けています。同じ連載で話し手は、吃音は見た目では分からないから自分から言うしかなく、そこにエネルギーが要るから言うかどうか迷うのではないか、とも述べています。研究が印象を測ってきたのも、まさにこの初対面の側でした。
出典: 吃音のある夫と暮らす妻へのインタビュー(北海道吃音・失語症ネットワーク公式note)(台帳: V0076)
先ほどの実験が就職面接という設定を選んだ理由を、原典自身が説明しています。それまでの研究は話し手が文章を音読する場面を使っていましたが、面接のほうが実際の生活に近く、臨床で出会う大人にとって関わりが深いからだ、というのがその理由です。裏を返せば、この実験の結果は初対面の評価の場面について言えることであって、恋人や家族との長い関係にそのまま当てはめられるものではありません。原典も、自己開示が使われる環境そのものが効果を左右しうる要因だと述べています。
では、初対面の場面で「どう言うか」に差はあるのか。実験で使われた実際の文言が載っています。説明として伝える条件では、話し手はこう述べました——始める前に、自分には吃音があることをお伝えしておきます。音や語句を繰り返すことがあるかもしれませんが、聞き取れないところがあれば遠慮なく聞き返してください。謝る形の条件では、始める前に吃音があることをお伝えしておくべきだと思います、ところどころ大変かもしれませんが我慢して聞いてください、という言い方でした。違うのは、事実と手助けの求め方を渡すか、相手に我慢を求めるかです。
この傾向は、一つの実験だけの話ではありません。2023年10月までに出た研究を、あらかじめ決めた手順で集めて一つにまとめた報告があります。それによると、条件を満たした量的研究18件のうち15件(83.3%)で、自分から吃音を伝えることに全体として好意的な影響があったとしています。伝え方を条件として比べた研究に限ると、謝らない形の伝え方が、謝る形や伝えない場合より好意的に受け取られたのが13件中12件(92.3%)でした。ただし同じレビューは、話し手や聞き手の性別による違いは研究によってまちまちであり、伝える場面・年齢・吃音の頻度や重さ・吃音のある人と知り合いかどうかは、そもそも調べた研究が少ないと明記しています。
性別については、別の実験が気になる結果を報告しています。開示の有無とは別に、女性の話し手は男性の話し手より「親しみやすい・外向的・自信がある」と選ばれにくく、「親しみにくい・内気・知的でない・不安げ」と選ばれやすかった、というものです。同じ研究は、自分から伝えた話し手のほうが「親しみやすい・外向的・自信がある」と選ばれやすかったことも報告しています。伝えることが誰にでも同じように働くわけではない、ということです。面接の場面での判断そのものは、吃音面接のカミングアウトの記事で詳しく扱っています。
「誰も気にしてないよ」と言われても、消えないもの
この主題では、「周りは本人が思うほど気にしていない」という励まし方がよく使われます。それは多くの場合ほんとうですが、それを聞いても楽にならない理由が、本人の側に残ります。
当事者の体験そのものを整理した論文は、どもる瞬間の感情の反応について、大人に尋ねた調査の数字を挙げています。その瞬間に「よく感じる/いつも感じる」と答えた人の割合は、恥ずかしさが45%、きまり悪さが53%、感情的に消耗する感じが49%でした。同時に原典は、こうした否定的な感情はよくある体験である一方、その形も起こり方も人によって大きく違うと結論しています。
さらに、外からは見えない行動があります。特定の音・語・場面を避ける、どもりそうだと思ったときに語を別の言い方に置き換える——500人を超える成人への調査では、約半数が少なくともときどきこうした行動をとっており、1〜2割は「よく/いつも」とっていました。相手からは何も起きていないように見える会話の裏側で、言い換えが走り続けていることがある、ということです。
同じ論文は、流暢に見えることの意味も問い直しています。流暢さを高める技法を使っているとき、聞き手には流暢に聞こえても、本人はより大きな努力を払っている。そうして得られた流暢さは、吃音のない人の自然な流暢さとは別物で、「見せかけの流暢さ」と呼ばれてきました。また、外から分かる乱れがないままコントロールの喪失を感じる「隠れた吃音」もあります。原典は、観察できるどもりが無いことを「吃音が無い」あるいは「うまくいっている」の指標に使うと、実際は話すこと自体を避けているだけの人が早く支援を切り上げられてしまう危険がある、と警告しています。
なぜ本人がそこまで気にするのかについても、同じ論文は社会の側の事情を挙げています。社会はしばしば吃音のある人を否定的に描き、吃音を異常なものとする理想を強めてしまう。そうした評価を受けることは、流暢であるべきだという期待に自分の落ち度で応えられていない、という感覚につながるとされます。「誰も気にしてないよ」という一言が届きにくいのは、気にしているのが目の前の相手だけではないからです。
恋愛の悩みでも、相談していい
話し方の悩みで人づきあいが狭くなっているなら、それは相談してよい困りごとです。相手にどう見られるかの話であっても同じです。
日本言語聴覚士協会は、ことばの障害の種類を説明するなかで、失語症や言語発達障害、舌がんの手術後の発音の困難、声帯の病気による発声の問題と並べて、スムースに話をすることが難しい吃音もことばの障害に含まれると明記しています。職能団体が自分たちの守備範囲として書いている、ということです。
ただし、探し方には注意が要ります。吃音ポータルサイトは、言語聴覚士が国家資格で養成課程に吃音が含まれていると説明したうえで、業務が多岐にわたるため必ずしも全ての言語聴覚士が吃音の指導や支援を行えるわけではないと書いています。希望する場合は、あらかじめ病院等に直接問い合わせるか、日本言語聴覚士協会や各都道府県の言語聴覚士会に尋ねる、という手順がそこに示されています。
同じ立場の人と会う場もあります。吃音ポータルサイトは、言友会などの自助グループについて、当事者の集まりなので言語聴覚士のような学術的な知識や専門的な指導・支援が受けられるわけではないと先に断ったうえで、同じ問題を持つ仲間と出会い、当事者同士でないと感じられない連帯感のなかで悩みを聞いてもらったり、同じ悩みを持つ立場から具体的な助言をもらったりできる、と書いています。恋愛や結婚の話を、説明なしで分かってもらえる相手がいる場所でもあります。
次のようなときは、一人で抱え込まずに相談を考えてみてください(当てはまらなくても相談して構いません)。
- 話しかけたい相手や行きたい場所を、言いやすさを理由に外すことが増えてきた
- 言いにくい語を言い換え続けていて、会話のあいだずっと気を張っているのがつらい
- どう見られるかへの不安が強く、人と会う予定そのものを断るようになってきた
この3つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。1つめと2つめは、回避と言い換えが日常の活動を狭めうるという研究の整理にもとづいています。
「吃音だからモテない」と考えるときの3つの落とし穴
落とし穴1 − 見た目の問題と話し方の問題を、同じ一つの欠点として数える
この主題で実際に測られてきたのは、吃音のことを伝えるかどうかで人柄の印象がどう変わるかです。評価に使われた10項目は、親しみやすい・外向的・知的・自信があるといった項目で、容姿を評価させたものは含まれていません。顔立ちを磨けば話し方の不安が消えるわけではありませんし、逆に、どもるからといって容姿の評価が下がると確かめた研究が手元にあるわけでもありません。二つを足し算して「自分は二重に不利だ」と数えるのは、少なくとも根拠のある数え方ではありません。
落とし穴2 − 「周りは気にしていない」で話を終わらせる
相手が気にしていないことと、本人が楽になることは別です。どもる瞬間に恥ずかしさを「よく/いつも」感じる人は45%、きまり悪さは53%、感情的に消耗する感じは49%と報告されています。しかも社会の側には、吃音を異常なものとする描かれ方があり、それが「流暢であるべきなのに応えられていない」という感覚を生むとされます。目の前の一人が気にしていなくても、その感覚は残ります。励ますつもりの一言が届かないのは、本人の受け取り方が悪いからではありません。
落とし穴3 − 「言わないほうが無難」と決めつける
研究が示しているのは、その逆に近い傾向です。18件の量的研究をまとめたレビューでは15件(83.3%)で好意的な影響が報告され、謝らない形の伝え方は13件中12件(92.3%)でより好意的に受け取られました。ただし、これは「言えばうまくいく」という意味ではありません。原典は、吃音を伝えることがすべての場面・すべての人にとって有益とは限らず、使うかどうかの判断も、それに対する内側と外側の反応も人によって変わりうると明記しています。判断の材料は増やせますが、決めるのは場面ごとです。
そのうえで、どんな場面で言葉が出にくかったか、どんな場面では楽だったかを書き留めておくと、相談するときに自分の状態を説明しやすくなります。相談できる場合は、言語聴覚士に相談するのが確実です。
よくある質問
吃音があるとモテないのですか?
そう確かめた研究は手元にありません。測られてきたのは、吃音のことを伝えるかどうかで話し手の人柄の印象がどう変わるかで、面接動画を見た338人の観察者は、説明として伝えた話し手を、何も伝えなかった話し手より「親しみやすい」「外向的」「自信がある」と評価しました。ただしこれは用意された動画への評価で、実際の交際をそのまま再現したものではありません。
顔やスタイルがよければ、吃音は気にされませんか?
容姿と吃音を一緒に評価させた研究は手元にありません。先の実験で使われた10項目は、親しみやすい・外向的・知的・自信がある・気が散る・親しみにくい・内気・知的でない・不安げ・引き込まれる、で、容姿の項目は入っていません。この実験から言えるのは、話し方についてどう伝えるかで人柄の印象が動くところまでです。
好きな人に、吃音のことを打ち明けたほうがいいですか?
研究の多くは初対面の評価場面を扱っているので、そのまま当てはめることはできません。そのうえで傾向を言えば、18件の量的研究をまとめたレビューでは15件(83.3%)で好意的な影響が報告され、謝らない形の伝え方が、謝る形や伝えない場合より好意的に受け取られたのが13件中12件(92.3%)でした。実験で使われた説明の文言は、吃音があること、音や語句を繰り返すことがあること、聞き取れなければ聞き返してほしいこと、の3点でした。
「自分が避けているだけかも」と言われました。本当にそうなのでしょうか?
どちらか一方とは言えません。研究の整理では、吃音のある人は会話がうまくいかないことを恐れて人づきあいや仕事の場面を避けやすく、その回避が日々の役割を続けにくくするとされています。一方で、周りの側に否定的な態度や決めつけがあることも同じ論文が挙げています。避けているのが自分の側だとしても、それは本人の弱さの話ではなく、取り込んでしまった見方の話だとされています。
普段は普通に話せているので、悩んでいると言いにくいのですが。
外から見える流暢さは、本人の負担をそのまま表しません。500人を超える調査では、語の言い換えや場面の回避といった聞き手に見えない行動を、約半数が少なくともときどきとっていました。流暢さを高める技法を使っているときも、聞き手には流暢に聞こえながら本人はより大きな努力を払っており、それは「見せかけの流暢さ」と呼ばれます。検査で測った重さと本人が感じる負担が一致しないという報告もあります。
まとめ
- この主題で測られてきたのは、吃音のことを伝えるかどうかで話し手の人柄の印象がどう変わるかで、評価の10項目に容姿は入っていない。見た目の話と話し方の話は、いったん分けて考えてよい。
- 面接動画を見た338人の観察者は、説明として伝えた話し手を、何も伝えなかった話し手より「親しみやすい」「外向的」「自信がある」と評価した。謝る形で伝えた場合は、親しみやすさで差が出なかった。
- 「避けられている」と感じる場面の一部は、本人の側の回避でもある。周りの否定的な見方を自分のものとして取り込む仕組み(内面化されたスティグマ)が、参加や前進を妨げる壁になりうる。
- その回避は外から見えない。約半数が語の言い換えや場面の回避を少なくともときどき行っており、流暢に見えることは負担の少なさを意味しない。
- 伝えることには全体として好意的な傾向が報告されているが、性別による受け取られ方の違いもあり、すべての場面・すべての人に有益とは限らない。人づきあいが狭くなっているなら、吃音はことばの障害に含まれるので言語聴覚士に相談してよい。ただし全員が吃音を扱えるわけではないので事前の問い合わせが要る。