まず結論から
- 読み方は「きつおん」。「吃音症」なら「きつおんしょう」です。公的機関の解説は「吃音(きつおん、どもり)」、学会の解説は「吃音(きつおん、どもること)」と、いずれも冒頭で読み仮名を添えています。
- 「どもり」は昔からの呼び方で、いまも公的資料が併記しています。当事者が自分の説明の中で「昔は『どもり』と呼ばれていた」と書くこともあります。
- 医学の場では、低年齢から始まるものを発達性吃音(小児期発症流暢症とも呼ばれます)、それ以外を獲得性吃音と呼び分けます。
- 吃音とクラタリング(早口言語症)をまとめて発話流暢性障害と呼ぶこともあります。
- 英語では2つの語が使われます。米国の支援団体は stutter、英国の支援団体は stammer を用いています。
ただし、どの呼び方を使うかは、その語が何を意味するかとは別の問題です。「どもり」を避けるべき語として扱う人もいれば、自分たちの言葉として引き受けてきた人たちもいます。この記事では、どちらかを正解として押しつけるのではなく、どういう経緯でその語が使われてきたのかを並べます。呼び方より先に、本人が何と呼ばれたいかを確かめるのがいちばん確実です。
名前があることを、知らないまま育つ
「吃音」という語にたどり着くまでに、何年もかかることがあります。自分の話し方に名前が付いていることを知らないまま過ごした時期を、当事者が書き残しています。
物心ついた頃から吃音のある21歳の大学生(自身の21年間を綴った手記・note)
ある日、弟に「なんでそんな話し方なん?」と聞かれた。
私は答えられなかった。
なんで、と聞かれても、自分でも分からなかった。わざとやっているわけではない。ふざけているわけでもない。普通に話したいのに、普通に話せないだけだった。
胸の奥にすごくモヤモヤしたものが残った。
その後、母が病院に連れて行ってくれた。今思えば、母もきっと心配してくれていたのだと思う。けれど当時の私は、自分の話し方に『吃音』という名前があることすら知らなかった。
弟の問いに答えられなかったのは、答えたくなかったからではありません。名前を知らなかったからです。書き手はそのあと、わざとでもふざけてもいないこと、普通に話したいのに話せないだけであることを並べていきます。名前がないと、この3つを一度に説明する手立てがありません。病院に連れて行かれた時点でも、まだ自分の話し方に「吃音」という語が当たることを知らなかった、と書かれています。読み方を検索する人の多くは、いまこの地点にいます。公的機関の解説は、その語を「吃音(きつおん、どもり)」という形で示しています。
出典: 吃音と生きた21年(note)(台帳: V0012)
読み仮名は、資料の側でも冒頭に置かれています。国立障害者リハビリテーションセンター研究所の解説は「吃音(きつおん、どもり)は、話し言葉が滑らかに出ない発話障害のひとつです」と書き出し、日本吃音・流暢性障害学会の解説は「吃音(きつおん、どもること)は、話し言葉が滑らかに出ない発話障害です」と書き出しています。どちらも、読み方と俗称を同じ括弧に入れています。語義そのものについては、吃音ポータルサイトが国語辞典の説明を引いており、話しことばを発するときに第一音や途中の音が詰まったり、同じ音を何度も繰り返したり、音を引き伸ばしたりして流暢に話すことができない状態、とされています。
「どもり」ということばを、当事者が引き受けた
「どもり」は避けるべき差別的な語なのか、それとも自分たちの言葉なのか。この問いには、日本の当事者運動の中で出された一つの答えがあります。1976年に採択された「吃音者宣言」です。
1976年に自助グループの創立10周年記念大会で採択された「吃音者宣言」の抜粋(起草者への取材記事が掲載しているもの)
私たちは、長い間、どもりを隠し続けてきた。「どもりは悪いもの、劣ったものという」社会通念の中で、どもりを嘆き、恐れ、人にどもりであることを知られたくない一心で口を開くことを避けてきた。
私たちは知っている。どもりを治すことに執着するあまり悩みを深めている吃音者がいることを。その一方、どもりながら明るく前向きに生きている吃音者も多くいる事実を。
ここで「どもり」という語は、外から貼られたラベルとしてではなく、書き手たち自身の一人称として使われています。「どもりは悪いもの、劣ったもの」という社会通念があることを踏まえたうえで、その語を避けずに、隠してきた歴史のほうを語る。取材記事によれば、この宣言を起草した人物は21歳で吃音矯正所に入ったものの、「ここへ来るのは3回目」と話す入寮者を見て「治すのではなく共に生きていこう」と決めたと語っています。呼び方の選択が、そのまま「治すのか、共に生きるのか」という構えの選択と結びついていたことが分かります。この構えの対立は、いまも専門職のあいだで論じられています。
出典: 「どもっていても大丈夫」、吃音者宣言起草の伊藤さん 支持広がらずも伝え続ける思い(中日新聞Web)(台帳: V0119)
「治すこと」と「受け入れること」をどう並べるかは、専門職のあいだでも論点であり続けています。2026年の学術誌に載った立場表明の文章は、吃音のある人の評価と支援をめぐって、能力主義的か反能力主義的かという単純な二項対立で語られがちなことを問題にしています。そのうえで、受け入れることと変わることは互いに排他的ではないという中間の立場を取り戻すべきだと述べ、本人の自己決定した目標を尊重する、共同の意思決定にもとづく実践を求めています。これはデータを集めた研究ではなく、専門職に向けた立場の表明として書かれたものです。呼び方をめぐる議論も、この延長線上にあります。
子どもに、名前を渡すとき
名前は、自分で見つけるとは限りません。親が子に渡すこともあります。相談会に参加したあと、娘にその語を教えた母親の記録です。
小学生の娘に吃音がある母の手記(自助団体サイトの「保護者の体験」ページ)
吃音相談会後、娘には今まで“どもり”ということばで話してやっていなかったので、「さっちゃんのアーアというのはどもりと言うのよ」と、どもりということばを正しく教えました。
そして、今まで「治る、治る」と言い育てていた手前、娘の反応が怖かったのですが、「大人になっても治らない」と話しました。「なんで?」という答えが返ってくるのではと恐れ、また泣かれるのではとないかとも思っていましたのに、「別にいいやん、そんなこと。どうでもいいよ」という答えが返ってきました。
それまで母親は、娘の話し方を「アーア」と、症状の音のまま呼んでいました。名前を渡すというのは、その呼び方を変えるということです。同じ手記によれば、母親はそれまで「大きくなったら治るからね」と言い育てていたため、名前と一緒に見通しも言い直すことになりました。恐れていたのは娘の反応のほうでしたが、返ってきたのは「別にいいやん、そんなこと」だった、と書かれています。名前を渡すことと、悪い知らせを渡すことは、同じではなかった。同じページの別の箇所では、家庭訪問で担任に「どもりです」と言えたことを、自分の成長として書いています。呼び方が定まると、外に説明できるようになる、という順番です。
出典: 保護者の体験(吃音と上手につきあうための吃音相談室)(台帳: V0057)
資料の側も、家庭で吃音の話ができる関係をつくることを勧めています。学会の解説は、かつて主流だった「吃音に気がつかせない方がよい」という考え方は今は否定されているとしたうえで、親子で吃音について話ができる関係づくりを心がけましょう、と書いています。「しゃべりにくい」「どうして、ぼくは『あああ』ってなるの?」と子どもが訴えることがあったら、それは吃音の話をするチャンスだ、とも述べられています。名前を教えることは、その入口にあたります。
名前の一覧 — どれが何を指すのか
吃音のまわりには呼び名がいくつも並んでいます。どれが上位でどれが下位なのか、資料に沿って整理します。
吃音(きつおん)——話し言葉が滑らかに出ない発話障害を指す、いちばん基本の語です。吃音症(きつおんしょう)は同じものを症状・疾患として呼ぶときの言い方で、指すものは変わりません。
どもり——昔からの呼び方です。公的機関の解説は見出しの直後に「吃音(きつおん、どもり)」と併記しており、学会も「吃音(きつおん、どもること)」と書いています。医学の文書では「吃音」が使われますが、当事者運動の文脈では「どもり」が一人称として使われてきた歴史があります。
発達性吃音/獲得性吃音——発症の背景による分類です。低年齢から発症するものが発達性吃音で、吃音の9割以上を占めます。それ以外が獲得性吃音で、脳の病気などによる神経原性と、心的ストレスによる心因性に分かれ、どちらも発症は青年以降(10代後半から)とされています。
小児期発症流暢症——発達性吃音の、診断の場で使われる呼び名です。学会の解説も「発達性吃音(小児期発症流暢症)」と併記しています。
発話流暢性障害——吃音とクラタリング(早口言語症)をまとめた、より広い呼び名です。クラタリングは吃音と症状が似ていますが特徴の異なる別のもので、吃音だと思って受診する人の何割かはクラタリングだと言われています。
stuttering / stammering——英語には2つの語があります。米国の支援団体 Stuttering Foundation は stutter を使い、英国の支援団体 STAMMA は stammer を使っています。STAMMA のページは、stammering は stuttering としても知られると添えており、指しているものは同じです。
呼び方をめぐる3つの落とし穴
落とし穴1 − 「どもり」を一律に禁句として扱う
公的機関の解説はいまも「吃音(きつおん、どもり)」と併記しています。1976年の宣言のように、当事者自身がその語を一人称として引き受けてきた経緯もあります。一方で、その語で嫌な思いをしてきた人もいます。一律の正解を決めるより、目の前の相手が何と呼ばれたいかを確かめるほうが確実です。
落とし穴2 − 呼び名の違いを、重さの違いだと読む
発達性吃音と獲得性吃音は発症の背景による分類で、小児期発症流暢症は発達性吃音の診断上の呼び名です。発話流暢性障害は吃音とクラタリングをまとめた広い呼び名です。どれも「どのくらい重いか」を表す語ではありません。名前が変わっても、困りごとの大きさが変わるわけではありません。
落とし穴3 − 名前を知ることを、ゴールにする
名前が付くと説明ができるようになります。ただ、専門職に向けた立場表明の文章が述べているとおり、受け入れることと変わることは互いに排他的ではなく、本人が自分で決めた目標を尊重する実践が求められています。名前は出発点で、そこから何を望むかは人によって違います。
名前が分かったら、次は何が起きているのかです。症状と分類は 定義と分類をまとめた記事 に、相談先は 吃音とは何かをまとめた記事 に整理しています。
よくある質問
吃音症の読み方は何ですか?
「きつおんしょう」です。「吃音」だけなら「きつおん」と読みます。国立障害者リハビリテーションセンター研究所の解説は「吃音(きつおん、どもり)」、日本吃音・流暢性障害学会の解説は「吃音(きつおん、どもること)」と、いずれも冒頭に読み仮名を添えています。
「吃音」と「どもり」は同じ意味ですか?
指しているものは同じです。「どもり」は昔からの呼び方で、公的機関の解説も「吃音(きつおん、どもり)」と併記しています。医学の文書では「吃音」が使われますが、1976年に採択された「吃音者宣言」のように、当事者が自ら「どもり」という語を使ってきた文脈もあります。
「小児期発症流暢症」とは何ですか?
発達性吃音の、診断の場で使われる呼び名です。学会の解説も「発達性吃音(小児期発症流暢症)」と併記しています。低年齢から発症するもので、吃音の9割以上を占めます。それ以外は獲得性吃音と呼ばれ、発症は青年以降(10代後半から)とされています。
「発話流暢性障害」は吃音とどう違いますか?
発話流暢性障害は、吃音とクラタリング(早口言語症)をまとめた、より広い呼び名です。クラタリングは早口や、単語の途中の音を省略してしまうことなどが特徴で、吃音とは別のものとされています。吃音だと思って受診する人の何割かはクラタリングだと言われています。
英語では何と言いますか?
stutter と stammer の2つが使われます。米国の支援団体 Stuttering Foundation は stutter を用い、英国の支援団体 STAMMA は stammer を用いています。STAMMA のページは stammering が stuttering としても知られると添えており、指しているものは同じです。
まとめ
- 読み方は「きつおん」、吃音症なら「きつおんしょう」。公的機関も学会も冒頭に読み仮名を添えている。
- 「どもり」は昔からの呼び方で、公的資料もいまだに併記している。1976年の「吃音者宣言」では、当事者自身が一人称としてその語を使った。
- 発達性吃音(小児期発症流暢症)と獲得性吃音は発症の背景による分類で、9割以上は発達性。呼び名の違いは重さの違いではない。
- 発話流暢性障害は、吃音とクラタリングをまとめた広い呼び名。英語では stutter(米)と stammer(英)が使われる。
- 呼び方の選択は、「治すのか、共に生きるのか」という構えと結びついてきた。受け入れることと変わることは排他的ではない、という立場表明も出ている。
