まず結論から
- マリリン・モンローの名前は、米国の Stuttering Foundation と英国の STAMMA という吃音の支援団体が公開している著名人の一覧の、両方に載っています。米国の一覧は、1950年代から60年代初めにかけて最も人気のあった映画スターの一人と紹介し、同財団の「吃音のある有名人」の冊子にも写真が載っていると書いています。
- 本人の言葉として残っているのは、英国の一覧が引用した、めったにない(rare)インタビューの一節です。「とても緊張したり、興奮したりすると、どもることがある」と述べ、映画に小さな役で出たとき台詞の代わりに「W-w-w」と言ってしまい、怒った監督に「君はどもらないだろう!」と言われて「そう思っているでしょうね」と返した、という趣旨のことを語っています。
- 「息の多い独特の話し方は吃音のせいだった」という説について、同じ一覧は「多くの人がそう言う(Many say)」という伝聞の形で書いています。本人がそう語った記録は、この記事の手元の資料にはありません。
- 緊張や気持ちの高ぶりで吃音の出方が大きく変わることは、研究の側でも吃音の特徴として整理されています。学会の解説も、状況によって症状が出やすかったり出にくくなったりすることを特徴として挙げています。本人の「緊張したり興奮したりすると」という言葉は、この特徴と重なります。
- 有名人の名前は、日本の当事者や保護者の文章にも繰り返し出てきます。自分から吃音を明かすこと(研究の言葉では自己開示)を調べた18件の研究のうち15件で、相手の受け止めに好意的な影響が示されました。
ただし、この記事は、本人が公開の場で語った言葉と、支援団体の一覧に書かれた範囲だけを扱い、吃音の程度や生涯の出来事を判定しません。「息の多い声は吃音のせい」も、確かめられた事実としては書きません。一次に近い資料が伝えているのは、「そう言われている」という形までです。
「調べてみると意外に多い」——名前の一覧にたどり着いた当事者
有名人の名前は、当事者が自分の吃音について書こうとするとき、しばしば途中で顔を出します。幼稚園のころから言葉が出づらかったと書く当事者が、自分の症状がどんな場面で出るかを一つずつ説明したあとに置いたのが、この一段落でした。
吃音当事者のゆーたさん本人の声(個人ブログ note・2019年12月の投稿。幼稚園のころから言葉が出づらかったと本人が書いている)
調べてみると吃音障害を持っている有名人は意外に多くいます。
・田中角栄 ・マリリン・モンロー ・小倉智昭 ・ブルース・ウィルス などなど。
田中角栄などの大物政治家がまさか吃音を持っていたと思わないですよね。
しかし本人は吃音に関して悩んでおり演説の練習を何回もしたそうです。
マリリンモンローは吃音に非常に苦しんでいたことで有名です。
マリリンモンロー自身も言葉を話すのが辛いとインタビューでも話しています。
頭では言葉が浮かんでいるのに、喉の真ん中で声が止まる。国語の音読、休み時間、日直の1分間スピーチ、部活の掛け声、電話、メニューを口で言う注文——この人は、自分の吃音がどこで出るかを場面ごとに書き出したあとで、「調べてみると」と切り出します。田中角栄、マリリン・モンロー、小倉智昭、ブルース・ウィリス。並べた名前のあとに続くのは「そうです」「話しています」という、聞いた話・読んだ話の言い方です。投稿はこのあと、息を吐くような話し方と映画の中の声を結びつける説を「と言われています」という形で書き添えて、次の話題へ移ります。名前の一覧が当事者の文章に入ってくるときの型が、ここにそのまま残っています。では、その一覧のもとになっている資料には、何が書いてあるのでしょうか。
出典: 言葉が伝えられないもどかしさ・・・(note)(台帳: V0033)
吃音のある著名人の一覧を公開しているのは、主に海外の支援団体です。米国の Stuttering Foundation の一覧は、俳優・歌手・エンターテイナーの区分にマリリン・モンローを載せ、俳優・歌手として1950年代から60年代初めにかけて最も人気のあった映画スターの一人で、コメディの技量と画面の中の存在感で知られる、と一行で紹介したうえで、同財団の「吃音のある有名人」の冊子にも写真が載っていると書いています。英国の STAMMA の一覧は、俳優の区分にモンローを置き、本人の言葉を引用しています。それが、支援団体の一次資料に残っている、本人の発言です。
英国の一覧が引いているのは、動画サイトに残る、めったにない(rare)インタビューです。そこで本人は、「とても緊張したり、興奮したりすると、どもることがある」と述べたうえで、映画に小さな役で出たとき、場面に入ったら台詞の代わりに「W-w-w」と言ってしまい、監督がひどく怒って「君はどもらないだろう!」と言った、それに対して「そう思っているでしょうね」と返した、という趣旨のことを語っています。
ここで確かめておきたいのは、この発言の中身より、その形です。本人が語っているのは、緊張や興奮のときに出るということと、監督が自分の吃音を知らなかったということの二つです。「息の多い話し方は吃音のせいだった」という話は、この発言の中にはありません。一覧はその説を、本人の言葉の前に「多くの人がそう言う(Many say)」という書き方で置いています。伝聞は伝聞のまま、本人の言葉は本人の言葉のまま、分けて書かれているのが、この一覧の書き方です。同じ一覧は、ネット上で吃音があるとされていても裏づけになる情報源が見つからない人物には名前の横に疑問符を付け、その理由を書き添えてもいます。名前の一覧の読み方そのものは吃音の有名人の記事に、名前を並べずに「人前で話す仕事」を扱ったものは吃音症の芸人の記事にまとめてあります。
「遠い話ではなかった」——名前の並びを読んだ、吃音のない人に起きたこと
名前の一覧は、当事者だけが読むものではありません。スタッフ全員に吃音のあるカフェを取材した作家が、発起人と初めて会った日のことを書いた文章の中に、同じ名前の並びが出てきます。書いているのは、吃音のない取材者の側です。
作家・エッセイストの大平一枝さん(吃音のない取材者)の地の文(版元ポプラ社の Web メディアに公開されたノンフィクション『注文に時間がかかるカフェ』序章の試し読み。冒頭の一文だけは発起人・奥村安莉沙さんの発言)
「吃音は、全国に一二〇万人いて、一〇〇人にひとりの割合と言われています」(奥村さん)
「まあその」という前置きを入れることでしゃべりやすくする工夫をしていた田中角栄、マリリン・モンローやエルビス・プレスリー、最近ではジョー・バイデン、エド・シーラン、日本では小倉智昭アナウンサーが自身の吃音体験を語っている。
一〇〇人にひとりなら、小さな小学校にも必ずひとりふたりいる計算になる。だとしたら、私が気づかないだけで、人知れず吃音を抱え、もしかしたら悩んだり孤独だったりした友達がいたはずだ。出会ってきた大人にも、いたかもしれない。
遠い話ではなかった。
打ち合わせのあと駅まで歩く道で、発起人から「一枝さんって呼んでいいですか。おおだいらって、ア行だから言いにくくて」と言われて、はっとした——取材者は、この直前をそう書いています。二時間のあいだ、相手が頭の中でどれだけ言葉を言い換えていたかに、そのとき初めて気づいたのです。名前の並びが出てくるのは、その気づきの直後です。「一〇〇人にひとり」という数字と、田中角栄からマリリン・モンロー、小倉智昭までの名前が並んで、取材者の側に「私が気づかないだけで」という一文が生まれます。ここで有名人の名前が働いたのは、吃音のある人を励ます方向ではなく、吃音のない人に「見えていなかった」と気づかせる方向でした。監督が「君はどもらないだろう!」と言った場面と、ここは同じ形をしています。
出典: 『注文に時間がかかるカフェ たとえば「あ行」が苦手な君に』序章 試し読み(WEB asta/ポプラ社)(台帳: V0190)
吃音のある人がどのくらいの割合でいるかについて、日本吃音・流暢性障害学会の解説は、海外の調査から、学童期以降から成人までの時点有症率(ある時点で吃音のある人の割合)は1%より少ない0.8%が妥当だとしています。100人に1人弱。取材者が書いた「小さな小学校にも必ずひとりふたり」は、この数字と食い違いません。
それだけいるのに気づかれにくい理由の一つは、吃音そのものの性質にあります。学会の解説は、状況によって症状が出やすかったり出にくくなったりすることを吃音の特徴として挙げ、歌を歌うときや2人で声を合わせるとき、独り言を言うときなどに一時的に流暢になる(なめらかに話せる)人が多いと書いています。吃音の原因を扱った2004年の総説も、子どものころから始まる吃音(発達性吃音)の重さが、気持ちの高ぶりや緊張などの要因によってはっきりと変わることを、先行研究の一致した所見として挙げています。本人が「とても緊張したり、興奮したりすると」と語った出方は、この特徴の範囲にあります。場面によって出たり出なかったりするからこそ、隣にいても気づかない。取材者の「私が気づかないだけで」は、吃音の側から見れば、ごく普通に起きることでした。社会に知られていないこと自体の負担は、吃音の認知度の記事で扱っています。
「凄いですよね、想像つかない」——名前を知った保護者が、次に書いたこと
保護者の文章にも、同じ名前の並びが出てきます。吃音のある息子2人を育てる母親が、家庭環境と吃音の関係を自分に問い続けた文章の終わり近くに、ふと、というように置いた段落です。
吃音のある息子2人をもつ母親の声(ハンドルネーム 虹空さん・個人ブログ Ameba。夫と別居したあとの生活を綴るブログの中の、吃音についての投稿)
あ、「吃音症」は、黒柳徹子さんや、小倉智昭アナウンサーもなんです。
マリリン・モンローや、エド・シーランもです。
スキャットマンもそうみたいで。
凄いですよね、想像つかない。
要は 本人が気にしないで、どもったらダメなの?ってくらいの気持ちでいられるのが1番いいみたい。
そのサポート役ですね、出来ることって。
この母親は、長男が幼稚園のとき、お迎えの場で友達に「なんで自分の名前をちゃんと言えないの?」と聞かれたこと、末っ子が喧嘩の中で「吃音バカのくせに」と言われて泣いて帰ってきたことを書いています。2人は「言葉の教室」に通い、末っ子の担任は「吃音」という言葉すら知らなかった。そして友人から、自分が知っている吃音の家庭は脅す子育てや暴力的な家庭だ、と言われて、自分を責め続けた——教室の先生に「原因は分かってないんです、お母さんのせいじゃないよ」と言われるまで。名前の並びが出てくるのは、その問いをもう一度自分に向けた直後です。「凄いですよね、想像つかない」と書いたあと、母親の文章は「本人が気にしないでいられるのが1番いいみたい」「そのサポート役ですね」へと向きを変えます。有名人の名前が、原因探しから、いま自分にできることへ視線を移す踏み台になっています。家庭環境と吃音の関係については、研究の側に長い歴史があります。
出典: 吃音(Ameba・個人ブログ)(台帳: V0534)
吃音の原因をめぐる考え方の歴史を、2004年の総説がたどっています。二十世紀には吃音は主に心の問題(心因性の障害)だと考えられ、精神分析の方法や行動療法が用いられた。しかし、性格の特徴や親子のやりとりを調べた研究は、吃音と一貫して結びつく心理的なパターンを見つけられなかった、と総説は書いています。日本吃音・流暢性障害学会の解説も、2000年頃以降の双子研究・脳研究・遺伝子研究により、環境的な要因よりも生まれ持った体質的な要因が吃音の原因の多くを占めることが分かった、としています。英国の一覧も、ある音楽家について親の扱いが原因で吃音になったという伝記の記述に触れたうえで、「親が吃音の原因になることはない」と明記して打ち消しています。母親が教室の先生から聞いた「お母さんのせいじゃないよ」は、この三つと同じ方向を向いています。
もう一つ、この文章には有名人の名前と並んで、笑われた息子たちの場面があります。学会の解説は、吃音の症状をからかわれるなどのいやな経験をすると、人と接する場面で強い不安が続く状態(社交不安症)やうつなどの心理的な問題を生じることもある、と書いています。名前の並びを「想像つかない」で終わらせずに、「サポート役」まで書き進めたこの母親の文章は、その先にいる子どもの側を見ています。保護者が有名人の名前をどう使うかは、落とし穴の節でもう一度触れます。
「精神的に障害があるとか思う人はいないのに」——有名人自身が、名前を並べた理由
有名人の名前を並べたのは、当事者や保護者だけではありません。自分の吃音を歌にして世界的なヒットを出した歌手が、自分の基金を紹介する文章の中で、ほかの有名人の名前を並べています。自分が「有名人」の側にいる人は、名前を何のために使ったのか。
スキャットマン・ジョン本人(自身の基金を紹介する文章「私のCDを聞いて下さる皆様へ」。日本吃音臨床研究会代表・伊藤伸二氏がブログに転載した日本語訳から)
声を出す能力はありながら、人生の大半において、人前で話さなければならない状況を避け続け、恥ずかしさと恐怖にさいなまれながら生きることは、どもる人以外には理解できない経験でしょう。
ウィンストン・チャーチル、マリリン・モンロー、モーゼ、カーリー・サイモンなど、吃音でもあった有名人について、精神的に障害があるとか、情緒面でハンディキャップがあるなどと思う人はいないのに、吃音そのものに対しては、そのような認識が多いことに驚かされます。
吃音の原因解明などの研究がほとんど行われていないのは、認識不足、資金不足のためです。
私は、スキャットマン・ジョン・プロジェクトが成功してはじめて、自分の吃音を世間に公表し、本当の姿を知ってもらうことを決意しました。
ステージでは歌えても、インタビューを受けたら必ずどもるだろう——この人は、レコーディングが決まったとき自分の吃音が世間に知れ渡ることを恐れ、妻に相談して、新曲の詞に吃音のことを書くと決めた経緯を、別の手紙に残しています(その部分はスキャットマンと吃音の記事で引いています)。こちらの文章で名前を並べる理由は、はっきりしています。チャーチルやモンローについて「精神的に障害がある」と思う人はいないのに、吃音そのものにはそういう認識が多い——名前は、その落差を見せるために置かれています。そして、自分の吃音を公表して「本当の姿を知ってもらう」ことを決意した、と続きます。名前を並べることと、自分の名前をそこに加えることが、同じ段落の中でつながっています。自分から吃音を明かすことが相手の受け止めをどう変えるかは、研究の側でも調べられてきました。
出典: スキャットマン・ジョン を偲んで 1(伊藤伸二の吃音(どもり)相談室)(台帳: V0312)
自分から「吃音がある」と相手に伝えることを、研究では自己開示と呼びます。2026年に出た系統的レビューは、自己開示を、吃音のある人が自分に吃音があることを自分から相手に伝えることと定義しています。条件を満たした量的研究は18件で、全体として好意的な影響が示されたのは18件のうち15件でした。伝え方を比べた研究に限ると、謝るような言い方をしない伝え方のほうが、謝る言い方や伝えない場合よりも好意的に受け取られていて、13件のうち12件にのぼります。レビューの結論は、謝らない形の自己開示が、否定的な思い込みを向けられるかもしれないという負担(研究の言葉ではステレオタイプ脅威)をやわらげるのを支持する、というものです。数字を図にしたものは吃音の有名人の記事に置いてあります。
ただし、レビューが集めたのは、話し手と、それを見聞きした相手の側の指標で測った研究で、有名な人の公表が社会全体の見方を変えるかどうかを測ったものではありません。伝える場面・年齢による違いは、そもそも調べた研究が少ないともレビューは書いています。この歌手の「認識を変える」という願いを、そのまま研究が支持しているとまでは言えません。
なお、吃音の原因を扱った総説も、導入で、障害にもかかわらず有名になった人は多いとして、演説を完璧になるまで練習し、想定される質問や批判への答えまで用意していたウィンストン・チャーチルと、祖父にも吃音があったチャールズ・ダーウィンの名前を挙げています。研究者の文章にも、有名人の名前は同じ役割で出てきます。
「息の多い声は吃音のせい」という説を、どう読むか
この記事にたどり着いた方の多くが、いちばん確かめたいのはここだと思います。結論を先に書くと、確かめられるのは「そう言われている」というところまでです。英国の支援団体の一覧は、モンローの独特の息の多い話し方は吃音のせいだったと「多くの人が言う」と書き、そのすぐあとに本人のインタビューを引いていますが、本人の発言の中にその説はありません。米国の一覧の一行紹介にも、話し方についての記述はありません。
研究の側に、手がかりが無いわけではありません。吃音のある成人とパーキンソン病のある成人の発話を比べた2018年の研究は、その導入で、歌うこと・誰かと声をそろえて話すこと・声をそろえて読むこと・ささやくこと・自分の声の聞こえ方を変えること・同じ文章を繰り返し読むことといった条件では、子どものころから始まる吃音では言葉の詰まりがすぐ減るのに対し、後から起きた神経原性の吃音では同じ減り方は観察されていない、とこれまでの報告をまとめています。この一文は、その論文自身が測った結果ではなく先行研究の要約です——それでも、ささやくような話し方で一時的に楽になる人がいること自体は、研究の側にも記述があると分かります。
ただし、ここから「モンローの声は吃音のせいだった」までは、二段の距離があります。一つは、本人がそう語った記録が手元に無いこと。もう一つは、集団で見た傾向は、特定の一人の話し方の理由を説明しないことです。吃音のある人がみな息の多い話し方になるわけではなく、逆に、息の多い話し方の人がみな吃音があるわけでもありません。「多くの人がそう言う」は、そのまま「多くの人がそう言う」として受け取るのが、いちばん資料に忠実な読み方です。
有名人の吃音の話が、本人の言葉より強い形で広まることは、この人物に限りません。同じ英国の一覧には、演技で吃音が「治った」とよく報じられることについて、本人が「聞こえはいいけれど本当ではない。自分はこれからもずっと吃音のある人間だ」という趣旨で否定している俳優の例が載っています。2004年の総説も、気持ちの高ぶりが吃音を悪くするとは限らず良くする場合もあると述べたうえで、有名な当事者のなかには自分を人前に置くことで吃音を「治療」してきた人がいる、と引用符つきで書き、高校で演劇部に入ると観客の前では吃音が消えたという俳優の話を「逸話として」挙げています。吃音が魅力になった、演技で治った、歌えば出ない——有名人の吃音は、本人の言葉を離れて、話としてきれいな形に整えられやすい。「息の多い声」の説も、その一つとして読んでおくのが安全です。歌のほうの話は、吃音と歌とスキャットマンと吃音の記事が正面から扱っています。
名前を知ったあとに、相談できる場所
有名人の名前は入口にはなりますが、その先の困りごとには答えません。相談先を置いておきます。日本吃音・流暢性障害学会の解説は、本人が吃音の治療を希望する場合、言語聴覚士(ことばの専門職)による発話訓練を受けるという選択肢があり、発話訓練だけで症状が改善しない場合や吃音に対する不安が強い場合は、カウンセリングや心理療法が役立つこともある、としています。子どもについては、小児を扱う言語聴覚士や、ことばの教室の教員に相談することを勧めています。この記事に登場した母親の息子2人が通っていた「言葉の教室」も、この入口の一つです。
同じ立場の人と会う場もあります。学会の解説は、吃音の自助団体に参加してほかの吃音のある人と出会うことが、吃音を否定的に捉えることが減るといった心理的な変化のきっかけになることもあるとし、日本には当事者が「吃音があるのは自分だけではない」と認識し、共通の体験を語り合い、互いに援助し合うことを活動の中心とする自助団体がいくつもあると説明しています。有名人の名前で「自分だけではない」と知ることと、同じ町にいる当事者と会って知ることは、同じ向きの、別の入口です。
学校や職場での困りごとには、制度の側の手当てもあります。学会の解説は、発表や電話応対の免除、試験等での面接時間の延長といった配慮——法律の言葉では「合理的配慮」といいます——を求めることができるとし、その際、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出などが求められる場合があると書いています。
次のようなときは、様子を見るだけにせず、相談を考えてみてください(当てはまらなくても相談して構いません)。
- 有名人の話を読んで「あの人にできたのだから」と自分や子どもを追い込み、かえって話す場面がつらくなっている
- 子どもが名前を言えない・からかわれるなどの場面が続き、話すことを避け始めている
- 「緊張しているだけ」「息の多い話し方のせい」といった周りの受け止めと、本人の実感がずれたまま、誰にも説明できていない
この3つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。2つめの「からかいの経験」は、学会の解説が心理的な問題につながりうるとしている場面にもとづいています。
「マリリン・モンローも吃音だった」で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「息の多い声は吃音のせい」を、確かめられた事実として広める
一次に近い資料が書いているのは「多くの人がそう言う」までで、本人の発言にその説はありません。ささやくような話し方で一時的に楽になる人がいることは研究の側にも記述がありますが、それは集団の傾向であって、特定の一人の声の理由を説明しません。「そう言われている」を「そうだった」に書き換えた瞬間に、本人の言葉より強い話になります。
落とし穴2 − 一覧に名前があることを、「乗り越えた」証拠にする
本人が語っているのは、緊張や興奮のときに出ること、そして監督が自分の吃音を知らなかったことです。「そう思っているでしょうね」という返しは、隠れていたことの証言であって、無くなったことの証言ではありません。同じ一覧には、演技で治ったという報道を本人が否定している俳優の例もあります。吃音は状況によって出方が変わるものなので、画面の中で出ていないことは、無かったことの証拠にはなりません。
落とし穴3 − 名前を励ましとして押しつける、あるいは「想像つかない」で止まる
有名人の名前は、当事者にとって励みにもなり、しんどくもなります(吃音の有名人の記事で当事者の声を引いています)。この記事の母親は、「凄いですよね、想像つかない」と書いたあとで、本人が気にしないでいられることと、その「サポート役」まで書き進めました。自分から明かすことの研究も、伝える場面や年齢による違いはまだ調べた研究が少ないとしています。名前は入口として渡し、その先は本人の場面に合わせて考える——それが、この母親の文章から読める使い方です。
そのうえで、有名人の話を読んで自分や子どもの吃音が気になったなら、記録を残しておくと役に立ちます。どの場面で出やすかったか、どの場面では楽だったかを書き留めておくと、相談のときに状態を説明しやすくなります。相談できる場合は、言語聴覚士やことばの教室に相談するのが確実です。
よくある質問
マリリン・モンローには、本当に吃音があったのですか?
米国の Stuttering Foundation と英国の STAMMA という吃音の支援団体が公開している著名人の一覧の両方に、名前が載っています。英国の一覧は、めったにないインタビューで本人が「とても緊張したり、興奮したりすると、どもることがある」と語った一節を引用しています。この記事は、本人の言葉と一覧に書かれた範囲だけを扱い、吃音の程度や生涯の出来事は判定していません。
本人は、吃音について何と言っていますか?
英国の一覧が引いたインタビューで、本人は、緊張や興奮のときにどもることがあると述べ、映画に小さな役で出たとき台詞の代わりに「W-w-w」と言ってしまい、怒った監督に「君はどもらないだろう!」と言われて「そう思っているでしょうね」と返した、という趣旨のことを語っています。手元の資料にある本人の言葉は、この一節です。
「息の多い、ささやくような話し方は吃音のせい」というのは本当ですか?
確かめられるのは「そう言われている」までです。英国の一覧はこの説を「多くの人がそう言う(Many say)」という伝聞の形で書き、本人の発言の中にその説はありません。ささやくような話し方で一時的に楽になる人がいることは、研究の導入部で先行研究の要約として触れられていますが、それは集団の傾向で、特定の一人の声の理由を説明するものではありません。
有名人に吃音があったという話は、当事者や子どもの励みになりますか?
励みになる人もいれば、しんどくなる人もいます。この記事では、当事者・取材者・保護者・有名人自身の4人が、名前をそれぞれ違う形で使っていました。自分から吃音を明かすことについては、18件の研究のうち15件で相手の受け止めに好意的な影響が示されていますが、有名人の公表が社会全体の見方を変えるかを測った研究は手元にありません。名前は入口として渡し、その先は本人の場面に合わせて考えるのが現実的です。
吃音のある有名人は、ほかにどんな人がいますか?
米国と英国の支援団体の一覧に、俳優・歌手・政治家などの区分で多くの名前が本人の言葉つきで並んでいます。英国の一覧は、裏づけになる情報源が見つからない人物には名前の横に疑問符を付けています。一覧の読み方は吃音の有名人、人前で話す仕事をしている当事者の言葉は吃音症の芸人と吃音のアイドル、音楽家は吃音と歌の記事にまとめてあります。
まとめ
- マリリン・モンローの名前は、米国と英国の吃音支援団体の一覧の両方に載っている。本人の言葉として残っているのは、緊張や興奮のときにどもることがあるという発言と、監督に「君はどもらないだろう!」と言われて「そう思っているでしょうね」と返した逸話。
- 「息の多い声は吃音のせい」という説は、一次に近い資料でも「多くの人がそう言う」という伝聞の形で書かれていて、本人の発言の中には無い。ささやくような話し方で一時的に楽になる人がいることは先行研究の要約として触れられているが、集団の傾向は一人の声の理由を説明しない。
- 緊張や気持ちの高ぶりで出方が大きく変わることは、吃音の特徴として研究にも学会の解説にも整理されている。だから隣にいても気づかれにくく、取材者の「私が気づかないだけで」も、監督の「君はどもらないだろう!」も、同じ形をしている。
- 家庭環境を原因とする考え方は、性格や親子のやりとりを調べた研究で一貫したパターンが見つからず、体質的な要因が多くを占めるとされている。英国の一覧も「親が吃音の原因になることはない」と明記している。
- 自分から吃音を明かすことは、18件中15件の研究で好意的な影響が示され、謝らない伝え方のほうが好意的に受け取られた。ただし有名人の公表が社会の見方を変えるかを測った研究は無い。相談先は言語聴覚士・ことばの教室・自助団体。
