まず結論から
- 米国精神医学会が2013年に出した診断基準の第5版(DSM-5)で、吃音の診断名は「吃音」から「小児期発症流暢症」に変わりました。研究の側でも、吃音は自閉症やディスレクシアと同じ神経発達症(生まれつきの脳の育ち方に関わる状態の一群)に属することが明らかだとされ、DSM-5 もそこに分類しています。
- 名前と一緒に変わったのは3つです。「えーと」のようなつなぎのことば(間投詞)の基準を外し、話す場面を避けることや不安についての基準を新たに加え、大人になってから始まる吃音を小児期発症のものと区別しました。
- 分類の中で吃音が入るのは、ことばのやりとりに関わる区分(コミュニケーション症)で、ことばの理解や表現の症状(言語症)、発音の症状(音韻症)と並んでいます。日本の法律でいう「発達障害」は、この DSM-5 の神経発達症とほぼ同じものとして扱われています。
- 診断の考え方も動いています。ICD-11 と DSM-5 では、あるかないかの二択ではなく重症度の幅で見る考え方が取られ、診断には症状があることと生活面の支障があることの両方が要るとされています。
- 日本では、学会の解説が低年齢から始まる吃音を「発達性吃音(小児期発症流暢症)」と併記し、国のポータルはこの名前をページの題にしています。この診断名は、手帳の申請や学校・職場での配慮の入口にもなります。
ただし、この記事は診断基準の条文そのものを載せていません。条文は診断マニュアルの著作物であり、ここでは要点と解説にとどめます。要点を読んで当てはまるかどうかを自分で決めるためのものでもなく、診断には症状の評価と生活への支障の確認の両方が要ります。最後は、言語聴覚士や医師に相談してください。
「自分はおかしい」と思い続けた——診断名があると知るまで
診断基準の中身に入る前に、「診断名がある」ということ自体が何をもたらすのかを見ておきます。自分の話し方に名前があると知らないまま大人になった人の記録です。
当事者本人の声(ライター・高桑のりこさん。3児の母/こくみん共済 coop「ENJOY たすけあい JOURNAL」の当事者エッセイ)
このときの私の気持ちを言葉で表してくださいと言われても、私は未だにピッタリ当てはまる言葉が見つかりません。
しかし、“診断名がある”という事実は、「自分はおかしいのではないか?」と、ただひたすら自分を否定する、見えない恐怖から解放してくれたことだけは確かです。
幸いだったのは、上司が吃音に理解があったこと。
また、それまで同僚や先輩たちと良好な関係を築けており、カミングアウトした後も今までと変わらず接してくれたことです。
小学6年生の修学旅行前の発表で「そ、そ、そ……」と吃り、クラスが笑いに包まれた日を境に、当てられることが最大の恐怖になった——そこから始まるエッセイです。授業で当てられれば喉の調子が悪い生徒を演じ、発表の前日には学校に行けない娘を演じた。OLになると、電話で社名の最初の一音が出なくなり、ストレスで体重が減った。「電話で社名を言おうとするとうまく声が出ない」と上司に伝えたとき、返ってきたのが「それは吃音ではないですか」という言葉でした。この一節は、その直後に置かれています。書き手は同じエッセイで、自分の話し方が「吃音(吃音症)」という発話障がいだと知るまでにかなりの年月を要した、とも書いています。名前があるという事実だけが恐怖から解放した——この記述は、診断名の側に何が用意されているかを確かめる理由になります。米国精神医学会の診断基準では、その名前は2013年から「小児期発症流暢症」です。
出典: うまく言葉が出ない『吃音(吃音症)』とは〜“知ること”で救われる「たすけあい」(こくみん共済 coop「ENJOY たすけあい JOURNAL」)(台帳: V0026)
まず、名前の事実関係です。米国精神医学会(APA)は、2013年に出した診断基準の第5版(DSM-5)で吃音の分類と記述を改め、診断名を「吃音(stuttering)」から「小児期発症流暢症(childhood-onset fluency disorder)」に変更しました。「流暢」とは話し言葉の滑らかさのことで、「小児期発症」は子どものころに始まるという意味です。研究者の側も、DSM-5 では「吃音」はもはや正式な診断名ではなく、名前が「小児期発症流暢症」に変わったと確認したうえで、それより前の多くの研究を扱うために自分たちの論文では「吃音」の語を使う、と断っています。
次に、どこに置かれたか。吃音の発達を論じた2017年の総説は、吃音が、ことばの発達の遅れ・ディスレクシア・自閉症などを含む神経発達症の一群に属することは今や明らかだと述べ、DSM-5 が吃音を「小児期発症流暢症」と名づけて神経発達症に分類していることを指摘しています。これらの状態は、中枢神経系(脳と脊髄)の発達が典型的な道筋から外れることによって幼児期に生じるとされています。
日本語の資料も、この名前を使っています。日本吃音・流暢性障害学会の解説は、分類を「低年齢から発症する発達性吃音(小児期発症流暢症)と、それ以外の獲得性吃音」に分け、吃音の9割以上は発達性吃音だと書いています。国が提供する発達障害ナビポータルの吃音のページは、題そのものが「小児期発症流暢症(吃音)」で、本文では「吃音」と表記すると冒頭に断っています。診断書や手帳の書類にこの名前が出てきたら、それは吃音の正式な診断名だということです。
診察室で見られたのは、話し方だけではなかった
名前が変わったとき、診断の中身も変わりました。何が入ったのかを、初めて受診した日の記録から見ていきます。
当事者本人の声(名義「びじゅ」。保育園のころから吃音があり、高校時代〈15〜18歳〉の回想を成人後に書いた個人ブログ note)
吃っても大丈夫、と分かっている人の前で心のまま話せる、という体験は初めてであった。
そして、正式に「吃音症である」と診断された。
②言語聴覚士とのリハビリは、初回ということで、症状の確認(言える文字と言えない文字の確認)とストレステストを行った。
ストレステストの結果は、強度の社交不安と対人恐怖アリ、というものであった。
その時初めて、「人前に立つ前後30分は震えが止まらない」、「心臓の鼓動が聞こえる」、「周囲の視線が気になる」、「呼吸が浅い」等の特性に名前が付いた気がした。
受け入れる覚悟ができた瞬間であった。
高校のサッカー部で、試合中に後輩へ名指しで指示や注意を繰り返してしまった一件のあと、これまでうやむやにしてきた吃音にきちんと向き合おうと決め、自分で病院を探して親と受診した——その日の記録です。主治医の診察はおよそ2時間で、そのほとんどを泣いて過ごし、吃りながら気持ちを吐き出したと書かれています。そのあとで「吃音症である」と正式に診断され、言語聴覚士による初回は、言える文字と言えない文字の確認と、ストレステストでした。書き手が「名前が付いた気がした」と書いたのは、話し方の症状のほうではありません。人前に立つ前後の震え、鼓動、視線、浅い呼吸のほうでした。話し方と、それをめぐる不安を分けずに見る——この二段構えは、米国の診断基準が2013年に取り入れた見方と重なります。
出典: 【県外逃亡】吃音症で障害者手帳を取得することを決意するまでの記録④(15~18歳)(note・びじゅ)(台帳: V0102)
DSM-5 で名前と一緒に変わったのは、次の3点です。「えーと」のようなつなぎのことば(間投詞)についての基準を外したこと、話す場面についての回避(避けること)と不安の基準を新たに加えたこと、そして大人になってから始まる吃音を小児期発症のものと区別したことです。それより前の第4版(DSM-IV)では「吃音」という名前で載っていました。
なぜ不安が診断に入ったのか。同じ総説は、症状の出方が場面によって変わり、吃ることを予期する恐れと結びついて悪化することがある、と説明しています。そこから生じる不安・恥ずかしさ・自信のなさ・ストレス、そしていじめが、社会参加や学業・仕事の達成を妨げることがあり、多くの人にとって、回避と社交不安(人前で注目される場面への強い不安)こそが、この状態のいちばん生活を妨げる特徴だと明記しています。つまり診断の枠に入ったのは、「どのくらい吃るか」だけではなく、「話す場面をどれだけ避けているか」「どれだけ怖いか」のほうでもある、ということです。
ドイツの17学会が作った診療ガイドラインも、同じ向きです。吃られた音節の割合にかかわらず、長く続く症状、情動的な負担、回避行動、その他の随伴する症状(吃るときに現れる力み・体の動き)があれば、吃音を想定して診断評価すべきだとしています。あわせて、小児期から思春期には、吃音の重さとは無関係に社交不安のリスクが高まる、とも書いています。専門家の合意でまとめられた評価の指針も、吃音の包括的な評価に共通する領域を6つ挙げ、話し言葉の流暢さと吃音行動はそのうちの1つで、本人が吃音にどう反応しているか、周囲がどう反応しているか、吃音によってどんな支障が出ているかが並んでいます。上の記録で、話し方の確認とストレステストが同じ日に行われたのは、この枠組みと合っています。
「障害」として認められることへの違和感
神経発達症の一群に入る。日本では発達障害者支援法の対象になる。この位置づけを、当事者は歓迎だけで受け止めているわけではありません。
当事者本人の声(掛田力哉さん・大阪スタタリングプロジェクト/大阪府支援学校教員。自助団体の会報「スタタリング・ナウ」2016年5月号に寄せた文章の再掲)
私は、吃音が行政的な区分でいう「障害」として認定され、それを受け入れることでどもる私たちが本当により良い人生を歩めるなら、それに反対するつもりはありません。しかし、私自身や私が共に学んでいるどもる仲間たち、子どもたち、保護者たちの多くは、それに「違和感」を持っています。吃音が障害と認められることで、むしろ自分らしく生きることが困難になる当事者が増えるのではないかという危機感を持っています。
支援学校で教員をしている当事者が、会報に書いた文章の冒頭です。反対はしない、と最初に断ってから、自分と仲間たち・子どもたち・保護者たちの多くが「違和感」を持っている、と続けています。同じ文章の後半で書き手は、流暢に話すクラスメートに激しい劣等感を抱き、未来への希望をまったく持てなかった小学校時代と、小学校教員だった作家の本との出会いが転機になったこと、そして人間の「対等性」を大切にしてきたことを書いています。この文章は、吃音の悩みの渦中にあって、障害認定を受ければ人生が開けるに違いないと考え始めている人に向けて書かれたものです。問われているのは、名前そのものというより、名前が「障害」という枠で人を分けることの側です。では、分類の側はその枠の線をどう引いているのか。日本小児神経学会の解説が、そこに直接答えています。
出典: 障害認定で人生が大きく開けるに違いないと考え始めているあなたへ(吃音と上手につきあうための吃音相談室・日本吃音臨床研究会)(台帳: V0286)
日本小児神経学会は、法律上の「発達障害」を、米国精神医学会の診断分類 DSM-5 でいう「神経発達症」とほぼ同じものとして説明しています。そのうえで、各神経発達症の関係図について「線で区切っていますが線の辺縁はぼやけています」と書き、この中での子どもの位置は発達や環境で変わっていく、と続けています。枠はある。けれど、その枠の線は太い実線ではない、ということです。
診断の考え方そのものも、この方向に動いています。2023年に出た6歳児の研究は、以前の版では神経発達症はカテゴリ(ある/ない)として定義されていて、そのために診断と有病率に違いが生じていた、と述べたうえで、ICD-11 と DSM-5 の新しい版では重症度の幅を見る次元的な考え方が取られている、と説明しています。神経発達との境目がはっきりしないことも多いと認めたうえで、診断には、症状があることと、生活面の支障があることの両方が要るとしています。「吃音がある」だけでは診断名にはならず、「吃音のために生活に支障が出ている」ことが加わって初めて診断になる、という建て付けです。
もう一つ、枠の中での位置も確かめておきます。同じ研究は、DSM-5-TR に沿った神経発達症の分類を整理して、注意欠如多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)とは別に、コミュニケーション症という区分があり、その中に発音の症状(音韻症)、ことばの理解や表現の症状(言語症)、そして吃音が含まれる、と書いています。同じ一群に入ることと、同じ状態であることは違います。この点は 吃音と発達障害の関係をまとめた記事 で、併存の数字とあわせて整理しています。
「病気じゃない」だけが強調されると、支援から外れてしまう
反対側からの声もあります。診断名や分類があることで、初めて動く制度があるからです。吃音のある幼稚園児の息子のために、放課後等デイサービス(学校のあとや休みの日に子どもが通える福祉サービス)の利用に要る受給者証を取ろうと動いた母親の言葉です。
保護者の語り(吃音のある幼稚園児の息子をもつ母・記事内では「Aさん」/自助団体「北海道吃音・失語症ネットワーク」のインタビュー)
ただ私は、「吃音は病気じゃないし、そのままでいいんだ」という考え方だけが強調されると、「支援を受けるべき対象から外れてしまう」という認識が固まってしまうのではないか、と感じました。私は、そうではなくて、「医療や福祉の支援を受けられるものだということをみんな知ってほしい」と思います。
吃音がある子の受給者証を取得しようとする人が増えたら、制度も、もう少し明確になっていくのではないかとも思いました。色々な考えがあるし、どれが正しいというわけではないけど、「分からないから動けずに諦める」っていうことは少なくしていきたいですよね。
転居先で受給者証を取ろうとして、役所・療育センター・区役所・病院で説明が食い違い、振り回されたインタビューの終わりに語られた一節です。この母親は、吃音は支援を受けるべきものだということを息子の吃音が分かる前から知っていたので動けたが、まだ浸透していない、と前置きし、テレビに出た吃音のある芸人が「しゃべり方も個性」と言っていたこと、別の当事者の母親が「病気でもない。だから病院に通おうと思ったこともない」と話していたことに触れたうえで、この言葉を続けています。「そのままでいい」という受け止めを否定しているのではなく、それだけが強調されたときの副作用を挙げている点に、この人の慎重さがあります。診断名がついたとき、制度の側で何が用意されているかは、資料に書かれています。
出典: 「全てが曖昧で、情報に振り回されて大変でした。」吃音がある幼稚園児のお母様にインタビューしました。(北海道吃音・失語症ネットワーク note)(台帳: V0075)
日本吃音・流暢性障害学会の解説は、発達性吃音が2005年に施行された発達障害者支援法の対象に含まれており、吃音によるさまざまな困難な状況を説明した医師の診断書または意見書によって、精神障害者保健福祉手帳が交付される、と書いています。2016年に施行された障害者差別解消法によって学校や職場での吃音への差別的な言動や扱いは禁止され、発表や電話応対の免除、試験などでの面接時間の延長といった合理的配慮(困りごとが減るように進め方や環境を調整してもらうこと)を求めることができるが、その際に医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出を求められる場合がある、とも書かれています。発達障害ナビポータルも、私立学校にも合理的配慮の提供が義務化されたこと、入試の面接で事前に吃音があることを伝えておけば過重な負担となる範囲を除いて配慮を受けられること、吃音症は精神障害者保健福祉手帳または身体障害者手帳の対象となるため就職の面接で障害者枠の選択肢も増えていることを挙げています。診断名は、こうした手続きの起点に置かれています。
ただし、診断名があれば自動的に記録に残る、というわけでもありません。米国の大学病院の電子カルテを、診断の請求コード(ICD-9・ICD-10)だけを手がかりに数えた研究では、約93,000件の記録のうち発達性吃音として返ってきたのはわずか90例(0.01%)で、人口の中で期待される割合をはるかに下回っていました。吃音のような状態を正しく拾うには、診断コードのほかにも情報が要る、というのがこの研究の出発点です。診断名があることと、それが書類や記録の上で動くことは、別々に確かめる必要があります。書類そのものの話は 診断書をまとめた記事 に、手帳そのものは 障害者手帳をまとめた記事 に、職場での配慮の運用は 合理的配慮をまとめた記事 に分けています。
DSM-5 の診断基準には、何が書かれているのか(要点)
ここでは条文を写さず、研究論文がその中身をどう説明しているかを書きます。薬による治療をまとめた2020年の総説は、DSM-5 における小児期発症流暢症(吃音)を、その人の年齢にふさわしくなく、時間がたっても続く、話し言葉の滑らかさと時間的な流れの乱れとして定義されている、と説明しています。乱れの中身として挙げられているのは、繰り返し、引き伸ばし、語の途中での途切れ、ブロック(声が出ずに間があくこと)、言い換え(言いにくい語を避けて遠回しに言うこと)、そして過度の身体の緊張です。まばたき・チック・震え・首を振る動き・呼吸の動きといった体の動きを伴うことがある、とも書かれています。乱れの程度は場面によって変わり、吃ることを予期する恐れと結びついて悪化することがある、というのが続く説明です。
連発・伸発・難発という日本語の3つの名前と、この一覧との対応は 定義と分類をまとめた記事 にあります。ここで押さえておきたいのは、一覧の中に「言い換え」と「身体の緊張」が入っていることです。目に見える吃りだけでなく、吃らないための工夫や力みも、診断の側は症状として数えています。
では、「どのくらいあれば」なのか。数の目安は、日本とドイツの資料がそれぞれ独自に示しています。日本耳鼻咽喉科学会会報の総説は、診断基準を「吃音検査で中核症状が100文節あたり合計3以上あること」としたうえで、自分の名前のときだけ吃る例もあり、頻度は絶対的な基準ではない、と断っています。ドイツのガイドラインは、話した全音節の3%以上が吃られていれば吃音があるとしつつ、頻度にかかわらず、長く続く症状や情動的な負担、回避行動があれば評価すべきだとしています。どちらも、数字を満たすかどうかで診断が決まるとは書いていません。
似た状態との区別も、診断の一部です。日本の総説は、鑑別(似た別の状態と見分けること)が必要なものとして、ことばの発達の遅れや異常、発音の障害(構音障害)、声の障害(発声障害)、チック、場面緘黙(特定の場面で話せなくなること)、脳損傷などを挙げ、早口言語症(クラタリング)は見分けも必要だが吃音と併発することもある、と書いています。発話のときの渋面や手足の動きといった随伴症状は、吃音にかなり特異的だとされています。
ICD(国際疾病分類)とはどう対応するのか
DSM は米国精神医学会の診断基準ですが、病気やけがの分類には、もう一つ、世界保健機関の国際疾病分類(ICD)があります。日本の診断書や統計で目にするのは、こちらの番号のほうが多いかもしれません。
ICD の第10版では、吃音に「F98.5」という番号が付いています。ドイツの公的医療保険の請求データを使った2021年の研究は、ICD-10 のドイツ版で、吃音(F98.5)、早口言語症(F98.6)、ことばの発達の障害(F80)のコードが記録された加入者を抜き出して集計しました。その結果、2017年に吃音と診断された加入者は全年齢で27,977人(男性21,045人・75%、女性6,932人・25%)でした。新たに吃音と診断された人のうち、診断と同じ年に言語療法が始まったのはおよそ45%で、年齢別に見ると6歳で40.4%、7歳で55%と幅があります。診断コードで数えると、診断がどれだけ支援につながっているかまで見える、ということです。ただしこれは請求記録を後から集計したもので、一人ひとりの重さや治療の必要度までは分かりません。
ICD の新しい版(ICD-11)については、6歳児の研究が、DSM-5 と同じく重症度の幅を見る次元的な考え方が取られていると述べています。二つの分類は、別々の組織が作っていますが、「ある/ない」から「どの程度か」へという向きは共通しています。なお、ICD-11 で吃音に付いた番号と英語の名前を書いた資料は、この記事が参照した範囲にはありません。番号が必要な場面では、原典の分類表にあたってください。
日本の公的機関が吃音をどう定義しているかは、定義と分類をまとめた記事 に整理しています。
大人になってから始まった吃音は、別の名前で扱われる
「小児期発症」という名前が示すとおり、DSM-5 は大人になってから始まる吃音を、小児期発症流暢症とは区別しました。子どものころに始まったものと、大人になってから始まったものは、同じ「吃音」でも診断の上では別に扱われる、ということです。
日本の総説は、ほとんどは幼小児期に発症する発達性吃音で、獲得性吃音(あとから生じた吃音)としては成人後の心因性が多く、まれに脳損傷による神経原性と薬剤性もある、と整理しています。2026年の仮説論文も、発達性以外の型は、神経の損傷・心理的な外傷・薬の使用といった、はっきりしたきっかけが先に来るのがふつうだとし、神経原性は課題や場面が変わっても症状が一定しやすい一方で、心因性は心理的な介入のあとに大きく改善しうる、と述べています。
ここで名前の話に戻ると、国によって推奨が違うことも知っておいてよい点です。ドイツのガイドラインは、流暢性の障害を吃音とクラタリングに分け、吃音をさらに原発性(生まれつきの神経の要因によるもの)と後天性(神経原性・心因性)に分けたうえで、吃音に特徴的な非流暢性は子どもの正常なことばの発達の一部ではないから「発達性吃音」という用語はもう使うべきでない、としています。日本の学会は「発達性吃音(小児期発症流暢症)」と併記しています。同じ状態に、複数の名前が並んでいます。発達性と獲得性の分類そのものは 定義と分類をまとめた記事 にあります。
どこで診断を受け、何を相談するか
診断名が付くかどうかを決めるのは、診断基準を読んだ本人や家族ではなく、評価をする専門職です。日本吃音・流暢性障害学会の解説は、子どもについては、小児を扱う言語聴覚士(ことばとコミュニケーションの専門職)や、ことばの教室の教員に相談するよう勧めています。本人が治療を希望する場合には言語聴覚士による発話訓練という選択肢があり、発話訓練だけで改善しない場合や不安が強い場合はカウンセリングや心理療法が役立つこともある、吃音の自助団体に参加してほかの吃音のある人と出会うことが心理的な変化のきっかけになることもある、とも書かれています。診断書を何科で書いてもらうかは 診断書をまとめた記事 に整理しています。
相談のときに知っておきたいことが一つあります。発達障害ナビポータルは、養育者が3つの症状から吃音を強く疑って相談に行っても、実際にその子と話すと思ったほど吃音の症状が出ないことが多い、と書いています。その流暢に話す様子に、相談を受けた人がつい「気にならないですね」「軽い吃音ですね」と声をかけることは、養育者にとってプラスに働くことが少ない、とも。診察室で出なかったからといって、家で起きていることが消えるわけではありません。家でどんな場面でどう出ているか、本人がどんな場面を避けているかを、記録として持っていくと評価に載ります。評価の6つの領域には、本人の反応・周囲の反応・生活への支障が含まれています。
次のようなときは、診断基準を読んで自分で判定するのではなく、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 話す場面(発表・電話・自己紹介など)を避けるようになっている
- 吃ることを予期して、その前後に強い緊張や体の反応が出る
- 診断名や手帳・配慮について、書類が必要な場面が具体的に出てきた
この3つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。なお、話す場面の回避と不安が診断の基準に入ったことは、DSM-5 について総説が述べているものです。
DSM-5 を読むときに陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 要点を読んで、自分で「当てはまる/当てはまらない」を決める
診断には、症状があることと生活面の支障があることの両方が要ります。数の目安についても、日本の総説は頻度は絶対的な基準ではないと断り、ドイツのガイドラインは頻度にかかわらず回避行動や情動的な負担があれば評価すべきだとしています。しかも相談の場では、思ったほど症状が出ないことが多いとされています。項目に印を付けて終わりにするより、どんな場面で何が起きているかを記録して、専門職と一緒に見るほうが確実です。
落とし穴2 − 「神経発達症=発達障害=自閉症や ADHD と同じ」と読む
神経発達症という一群の中で、吃音は ADHD や ASD とは別の、ことばのやりとりに関わる区分(コミュニケーション症)に入ります。日本小児神経学会も、関係図の線の辺縁はぼやけていて、子どもの位置は発達や環境で変わっていくと書いています。同じ一群に入ることと、同じ状態であることは違います。併存の数字とその読み方は 吃音と発達障害の関係をまとめた記事 にあります。
落とし穴3 − 診断名が付けば、記録も配慮も自動で動くと思う
電子カルテを診断コードだけで数えた研究では、約93,000件のうち吃音は90例しか返ってきませんでした。配慮を求めるときも、医師の診断書や言語聴覚士の報告書の提出を求められる場合がある、と学会は書いています。診断名は起点であって、結論ではありません。何をしてほしいのかを自分の言葉で用意し、日々どんな場面で困っているかを書き留めておくと、受診や申請のときの材料になります(記録は診断・治療に代わるものではありません)。言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合は、そちらのほうが確実です。
よくある質問
DSM-5 で、吃音は何と呼ばれていますか?
「小児期発症流暢症(childhood-onset fluency disorder)」です。米国精神医学会は2013年に出した第5版で、診断名を「吃音」からこの名前に変えました。研究論文も、DSM-5 では「吃音」はもはや正式な診断名ではないと確認しています。日本語の資料では「発達性吃音(小児期発症流暢症)」、「小児期発症流暢症(吃音)」のように、吃音と併記されるのがふつうです。
吃音は精神疾患ですか、それとも発達障害ですか?
DSM-5 では、吃音は自閉症やディスレクシアと同じ神経発達症の一群に分類されています。その中では、ADHD や ASD とは別の、ことばのやりとりに関わる区分(コミュニケーション症)に、言語症・音韻症と並んで入ります。日本の法律でいう「発達障害」は、この DSM-5 の神経発達症とほぼ同じものとして扱われており、発達性吃音は発達障害者支援法の対象に含まれるとされています。
DSM-IV から DSM-5 で、何が変わりましたか?
4点です。診断名が「吃音」から「小児期発症流暢症」に変わったこと、間投詞(つなぎのことば)の基準が外れたこと、話す場面についての回避と不安の基準が新たに加わったこと、大人になってから始まる吃音が小児期発症のものと区別されたことです。同じ総説は、多くの人にとって回避と社交不安こそがいちばん生活を妨げる特徴だと述べています。
DSM-5-TR や ICD では、どうなっていますか?
DSM-5-TR の基準に沿って6歳児を調べた2023年の研究は、吃音をコミュニケーション症の中に、言語症・音韻症と並べて置いています。ただし、DSM-5-TR で吃音の項目そのものに変更があったかどうかは、この記事が参照した範囲では確認できません。ICD については、第10版で吃音に F98.5 という番号が付いており、新しい ICD-11 は DSM-5 と同じく重症度の幅を見る考え方を取っているとされています。ICD-11 での吃音の番号は、参照した資料にはありません。
診断名がつくと、何が変わりますか?
制度の側では、発達性吃音が発達障害者支援法の対象に含まれ、医師の診断書または意見書によって精神障害者保健福祉手帳が交付されること、学校や職場で合理的配慮を求められること(その際に診断書などを求められる場合があること)が、学会の解説に書かれています。私立学校にも配慮の提供が義務化され、就職の面接で障害者枠の選択肢も増えているとされています。一方で、診断名があっても医療記録に残りにくいという研究もあり、書類や配慮は自動では動きません。
まとめ
- DSM-5(2013年)で吃音の診断名は「小児期発症流暢症」になり、神経発達症の一群に分類された。日本の学会と国のポータルも、この名前を吃音と併記して使っている。
- 名前と一緒に、間投詞の基準が外れ、話す場面の回避と不安の基準が加わり、大人になってから始まる吃音が区別された。多くの人にとって回避と社交不安こそが生活を妨げる特徴だ、というのがその背景。
- 分類の中では、ADHD・ASD とは別のコミュニケーション症の区分に、言語症・音韻症と並んで入る。関係図の線の辺縁はぼやけていて、子どもの位置は発達や環境で変わる。
- 診断は「ある/ない」ではなく重症度の幅で見る方向へ動き、症状と生活の支障の両方が要る。数の目安(100文節あたり3以上・全音節の3%以上)は日本とドイツの資料が独自に示すもので、どちらも絶対の基準ではない。
- 診断名は手帳や配慮の起点になるが、カルテのコードだけでは吃音はほとんど拾えず、書類も配慮も自動では動かない。判定は自分でせず、言語聴覚士やことばの教室に相談を。
