日本吃音協会の謝罪|抗議の経緯・当事者の賛否・伝え方の研究

目次

「日本吃音協会」という名前のとなりに、「謝罪」という言葉が並んでいる。何があったのか、この団体は信用していい相手なのか、どうして怪しいと言われるのか——そこまで確かめたくなって、ここまで来た方が多いと思います。

この記事は、2022年に何が起きたと当事者自身が書き残しているか、そして受け止めがどう分かれたのかを、本人が公開した3つの記録から整理します。あわせて、日本吃音・流暢性障害学会が公開している解説と、テキサス大学オースティン校・モントクレア州立大学の研究が何を言えているのかまでをお伝えします。先にお断りしておくと、協会自身が出した抗議文や声明の原文は、この記事が拠れる資料の中にはありません。

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吃音当事者。研究論文と当事者の声をもとに、吃音の情報を出典つきで発信しています。

この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の判断に代わるものではありません。気になる症状があるときは、言語聴覚士やことばの教室にご相談ください。

まず結論から

  • 吃音のある成人のうち、当事者どうしの集まりに関わっている人は1%に満たないと推定されています。どの団体も、吃音のある人全体を代表できる位置にはいません。
  • 当事者の会に通う成人13人に聞いた研究では、12人が会で吃音の見方が前向きに変わったと答えた一方、変わらなかったと答えた人も1人いました同じ場にいても、受け止めは割れます。
  • 吃音のある成人303人の調査では、56%が生涯に一度は吃音を理由とする重大な差別を経験していました。苦しさを訴える言葉に、根拠が無いわけではありません。
  • 裏を返せば、その経験を報告しなかった人が44%いたことになります。「吃音のある人は皆こうだ」と一括りにする言い方に反発が集まるのは、ここに理由があります。
  • 吃音を人に伝えるときは、謝る形で伝えるより、説明する形で伝えたほうが聞き手の印象がよくなるという実験結果があります。ただし原典は、伝えることがすべての場面・すべての人に有益とは限らないとも断っています。

ただし、この記事が手元に持っているのは、2022年の出来事について当時書かれた当事者3人の公開記録と、上に挙げた研究・公的資料だけです。協会自身が出した抗議文や声明、謝罪と訂正の原文はここに含まれていないので、「何をどう謝ったのか」を原文でお見せすることはできません。以下は、当事者の側から何が見えていたかの整理であり、団体そのものの評価——「怪しい」と言われることの当否——をこの記事で判定することはしません。

「協会」という名前が、代表できる範囲

先に、名前の形を整理しておきます。吃音について調べていくと、「学会」「協会」「言友会」「研究会」と、似た形の名前が次々に出てきます。このうち「学会」と呼ばれているのは日本吃音・流暢性障害学会で、吃音および流暢性障害(話すときのなめらかさに関わる状態をまとめた呼び方です)の研究の発展と、研究や医療・福祉・セルフヘルプグループ活動などに関わる者どうしの相互交流を図ることを目的とした学術団体です。事業として挙げられているのは、学術集会の開催、原因や評価や臨床についての研究・調査と知識の普及、国内外の関連団体どうしの連携の促進、機関誌の発行の4つです。名前が似た4つの団体の違いは別の記事にまとめました。

一方、「協会」「言友会」と名の付く団体の多くは、当事者どうしの集まり——同じ状態にある人が自分たちで運営する会で、セルフヘルプグループ(自助グループ)と呼ばれます。日本吃音協会という団体そのものの成り立ちや活動の中身は、団体の名前を扱った記事で整理しています。

ここで押さえておきたいのは、そうした団体につながっている当事者が、そもそもごく一部だということです。英語圏のオンラインの支援グループ、英国の全国団体、地域の会から集めたデータをもとにした推定では、吃音のある成人のうち当事者のコミュニティに関わっている割合は、国際的な集計で0.99%、全国規模で0.63%、地域単位で1.01%でした。原典は、脱落や重複の数え上げのため実際の関与はこれより低かったはずだとしたうえで、吃音のある成人のうち当事者コミュニティに関わっているのは1%に満たないとまとめています。どの団体が何を言っても、それは吃音のある人の大多数が関わっていない場所から出てきた言葉だ——という前提が、このあとの話の土台になります。

抗議に反対したのは、吃音のない人ではなかった

2022年、テレビ番組の内容に対して日本吃音協会が抗議をした——このことは、当時この出来事について書いた当事者たちが、それぞれの記事の中で前提として書いています。意外なのは、そのあとに起きたことです。番組を見たうえでインターネット上の反応を追った当事者が、抗議に反対する当事者の声のほうが大きいように感じた、と書き残しています。

吃音のある当事者の声(社会人6年目・個人ブログ。文中の「SCW」は、書き手が日本吃音協会を指して使っている略称です)

反対の主な理由としては、今回の件を通して吃音をタブー視扱いしてほしくない、吃音を腫れ物扱いされたくない、インたけさんの仕事を奪う行為だ、SCWの意見が吃音者全体の総意だと勘違いされそうで困る(←これは大きい)、などといったものでした。

書き手は番組を最後まで見たうえで、後輩の話し方を笑わずに聞く先輩の姿が印象に残ったこと、その一方で画面の隅に映る別の出演者の反応は気分のよいものではなかったことを、順に書いています。そのうえで、反応を追って意外だったこととして挙げたのがこの一段でした。引用のすぐ後ろでは、その反対意見にも十分に側面があると認めつつ、吃音は笑われても仕方ない、傷つくのは仕方のないことだと当事者自らが必要以上に自らを卑下しているようにも感じた、と書き添えています。賛成か反対かの二択に落ちていないことが、この記録の要点です。文章の後半では、賛同できない点も多いが一部は賛同できると感じている人も多いのではないか、という見立てにたどり着いています。同じ場を体験した人の受け止めが一様でないことは、研究の側でも報告されています。

出典: 水ダウについて思うこと(note)(台帳: V0495)

その研究を見ておきます。南アフリカで自助グループに通う20歳から58歳の成人13人に、通う理由を聞いた調査です。会に出たことで自分の吃音の見方が前向きに変わったかを尋ねたところ、12人(約92%)が変わったと答え、1人(約8%)は変わらなかったと答えました変わらなかったと答えた人は、その理由として周りの聞き手の反応や世間の見方を挙げ、世の中の見方が変わらない以上、流暢に話せないことへの否定的な見方が自分の中に残る、という趣旨の語りをしています。

同じ論文は、自助グループをどう運営すればよいかについて確立した公式の指針は見当たらないとも書いています。「当事者の団体」という一つの言葉でくくられていても、何をどう言うかは団体ごとに違ってよく、実際に違います。だからこそ、ある団体の抗議が「吃音のある人の総意」として読まれてしまうことを、当事者の側が心配したわけです。番組そのもので何が起きたのかは番組を扱った記事に、抗議の対象になった芸人本人が自分の言葉で語っている記録は本人を扱った記事にまとめています。

「皆そう思ったことがある」と書かれて、当事者が怒った

抗議そのものより強い反発を呼んだのは、協会のホームページに載っていたとされる一文でした。小学校で働く当事者が、その日のうちに自分のブログに書いています。以下の引用は、この書き手がホームページから引き写したものとして提示している文言と、それを読んだ直後の反応です。

吃音のある現職の教員の声(幼少期にことばの教室へ通所・個人ブログ。2022年8月4日の投稿)

話を戻すと「日本吃音協会」のホームページに何が書かれていたかというと、

「吃音持ちの人は、皆「生まれてこなきゃ良かった」と思ったことがある。」

と書かれてありました。

馬鹿馬鹿しい、ふざけんな。

この書き手には自分にも吃音があります。幼い頃に悪意なくいじめられていたこと、しんどくなって係からのお知らせの場で突然「からかうのはやめてください」と宣言したこと、ことばの教室にも通ったこと、それでも今なお「おはようございます」や「もしもし」、返事の「はい」が言いづらいことを、同じ記事の前半で順に書いています。そのうえで協会のページを開き、この一文を見つけました。引用の少しあとには、確かに苦しんでいるし辛い、自分みたいにいじられたり、時にはいじめられたりする方も大勢いらっしゃるだろう、自分も一歩間違えたら心が折れていたかもしれない、と認める段落が続きます。怒りが向いているのは、苦しみの存在そのものではなく、それを「皆」と書いた言い方のほうです。吃音を理由とする深刻な不利益が実在することは、研究でも確かめられています。

出典: 久々に、イラッとしたら、みんなしてたって話。(日本吃音協会)(FF好きの教員日記)(台帳: V0496)

この反発の根には、二つの事実が同時にあります。一つめは、吃音を理由とする深刻な不利益が本当にあることです。吃音のある成人303人に生涯の経験を尋ねた調査では、56%が少なくとも一度、吃音を理由とする重大な差別を経験していました。もっとも多く挙がったのは、吃音を理由に仕事に採用されなかったことと、教師や進路の助言者から特定の職業を目指さないよう思いとどまらせられたことです。差別の種類を多く経験した人ほど生活の質は低く、その関係は年齢や性別といった属性と、実際の発話のとぎれの重さを考慮しても残りました。学会の公開解説も、吃音の症状をからかわれるなどのいやな経験をすると、人前に出る場面を強く怖がる状態(社交不安症)やうつなどの心理的な問題を生じることもある、としています。

吃音のある成人303人が差別経験の尺度に回答した調査で、生涯に一度でも吃音を理由とする重大な差別を経験した人は56%。原典が報告している割合はこの1つ。
図1: 苦しさの訴えに根拠が無いわけではない。出典: Boyle (2024) J Fluency Disord.

二つめは、それが「皆」ではないことです。同じ調査で重大な差別の経験を報告しなかった人は、44%にあたります。しかも原典が「減らすべきだ」と名指ししているのは、当事者一人ひとりの内面ではなく、聞き手の側の扱いのほうです。論文は、聞き手の差別的な扱いを、コミュニケーションへの参加と生活の質をさまたげる社会環境的な障壁として位置づけ、吃音にまつわる世間の決めつけ(スティグマ)を減らすことをこの分野の優先課題だとしています。当事者の内面を一律に語ることと、聞き手の側の扱いを変えることは、別の作業です。

善意が「余計なお世話」になるとき

抗議の知らせは、番組を見ていない人のところにも届きました。生まれつきの吃音とともに60年生きてきたという書き手が、抗議の数日後に書いた文章があります。冒頭から、自分は何も知らないという断りが置かれているのが特徴です。

吃音のある当事者・戸嶋久さんの声(生来の吃音者として60年・note。2022年8月7日執筆と本人が記載)

なんか、こないだどれかのテレビ番組に対し日本吃音協会が抗議したことで、またぞろ吃音差別が噴出しているらしいですね。どうあれ、他人事ではありません。

テレビ受像機を持っていないぼくは番組がどんなだったか知らないし、だから日本吃音協会の抗議も、それをきっかけに一気に向けられるようになったらしい差別言説も、いっさい知りませんのでなにも言えません。

書き手はこのあと、自分がもっとも強く差別を感じてきたのは家族からだった、と続けます。両親は、吃音がことさらひどかった小学生時代に、このまま成長したら社会生活を営めないのではないかと心配して、「矯正」させようと専門家や医者に診せるなどさまざまな試みをしていた。本人はそれを「からかってやろうみたいな意図的ないじめではなく、善意からのもの」と書き、だからこそ根本的な無知無理解がにじみでている、と位置づけています。言葉が詰まって数秒沈黙していると、気を利かせた相手がすかさず空白に言葉をすべりこませてしまう場面についても、不本意でちょっぴりつらい、待っていてほしかった、と書いています。良かれと思ってしたことが、受け取る側の望みとずれる。この記録が名指ししているのは、そのずれです。何かを人に伝えるとき、言い方の違いが受け取られ方を変えることは、実験でも確かめられています。

出典: なにげない日常にこそ吃音差別がある(note)(台帳: V0497)

その実験を見ておきます。テキサス大学オースティン校の研究チームは、就職面接の冒頭で吃音のことを自分から伝える動画を作り、338人の観察者に見せて話し手の印象を評価してもらいました。伝え方は2通りです。説明する言い方は、始める前に自分に吃音があることを伝え、音や語句を繰り返すのが聞こえるかもしれないが、聞き取れないところがあれば遠慮なく聞いてほしい、と続けるもの。謝る言い方は、始める前に吃音があることを伝えておくべきでしょう、ところどころ大変かもしれませんがお付き合いください、というものでした。

結果は、説明する言い方のほうが、謝る言い方より友好的だと評価され、自信があるとも評価されました。一方、謝る言い方と「何も伝えない」を比べると、友好的かどうかでは差がありませんでした。伝えたこと自体ではなく、謝る形にしたかどうかが効いていた、という読み方になります。ただし原典は、伝えることがすべての場面・すべての人に有益とは限らず、伝えるかどうかの判断も、その結果として起きることも人によって異なりうると断っています。

別の研究チームも、模擬面接の評価で同じ方向の結果を報告しています。吃音のあることを先に伝えなかった場合、吃音のある候補者は吃音のない候補者より低く評価されましたが、先に伝えた場合は、その差が見られませんでしたなぜそうなるのかについて原典は、障害や制約を率直に認める人はよく適応していて心理的に健康だと見られるという先行研究と、相手の頭を占めている「何を言えばいいのか分からない」という堂々巡りから聞き手を解放するのではないかという説明の、二つを挙げるにとどめています。当てはまるのは、本人が自分のことを自分の言葉で伝える場面です。誰かが代わりに、まとめて語る場面のことを、この二つの研究は調べていません。

団体の評判ではなく、困りごとを持っていく先

ここまでは、団体の言葉をめぐって当事者の側に何が起きたかの話でした。確かめたいことが「この団体は信用できるか」ではなく「自分(あるいは子ども)の話しにくさをどうするか」であるときは、行き先が別にあります。

公的な解説は、線引きをはっきり書いています。セルフヘルプグループは当事者の集まりなので、言語聴覚士のように、吃音についての学術的な知識や、吃音改善のための専門的な指導や支援が受けられるわけではありませんその代わり、同じ問題を持つ仲間と出会い、当事者どうしでないと感じることのできない連帯感のなかで悩みを聞いてもらったり、同じ悩みを持つ者どうしという立場で具体的な助言をもらったりできる、とも同じ資料は書いています。どちらが上ということではなく、役割が違うということです。

個別の指導・支援を担うのは言語聴覚士です。話すこと・聞くことの困りごとに対する指導や支援を行う国家資格で、養成課程の中に吃音が含まれています。ただし、言語聴覚士の取り扱う業務は多岐にわたるため、必ずしも全ての言語聴覚士が吃音の指導や支援を行えるわけではありません希望する場合は、あらかじめ病院などに直接問い合わせるか、日本言語聴覚士協会や各都道府県の言語聴覚士会に尋ねるのが確実だとされています。数は少ないものの、吃音のある人の心理療法を行う心理カウンセラーもいて、多くは話し方そのものへの直接の働きかけというより、吃音にともなう不安などを扱うとされています。

次のようなときは、団体の評判を確かめ続けるより先に、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。

  • 話す場面を避けることが増えて、生活や仕事の選択肢が狭まってきた
  • 学校や職場で配慮を頼みたいが、何をどう頼めばいいか分からない
  • 話し方をからかわれた経験のあとから、人前に出る場面が強く怖くなっている

この3つは相談を考えるきっかけとして挙げたもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。なお、すべての言語聴覚士が吃音の指導・支援を行えるわけではないので事前に問い合わせる、という手順のほうは公的な解説が実際に示しているものです。からかわれるなどのいやな経験が心理的な問題につながることがある、という点は学会の解説に書かれています。

この出来事を読むときの3つの落とし穴

落とし穴1 − ひとつの団体の言い分を「当事者の総意」として読む

抗議に賛成する声も反対する声も、どちらも吃音のある人の一部の声です。当事者のコミュニティに関わっている成人は1%に満たないと推定されており、団体の運営のしかたについて確立した公式の指針も見当たりません。ある団体の声明を読んだからといって、それで「当事者はこう思っている」が分かるわけではありません。賛否が割れたこと自体が、この出来事がいちばんはっきり示したことでした。

落とし穴2 − 反発の大きさを見て「吃音で苦しんでいる人はいない」と読む

これは逆向きの取り違えです。吃音のある成人303人の調査では、56%が生涯に一度は吃音を理由とする重大な差別を経験しており、もっとも多かったのは採用されなかったこと、教師や進路の助言者から特定の職業を目指さないよう思いとどまらせられたことでした。からかわれるなどのいやな経験が、人前に出る場面を強く怖がる状態やうつにつながることもあるとされています。「皆がそうだ」が間違いであることと、「誰もそうではない」が正しいことは、別の話です。

落とし穴3 − 団体の評判を調べることに時間を使い、目の前の困りごとが後回しになる

名前の確かさを調べても、明日の電話や面接は楽になりません。自助グループでは専門的な指導・支援は受けられないと公的な解説は明記していて、個別の困りごとの行き先は言語聴覚士です。まずは日々の話しにくさ——どんな場面で出やすいか、そのとき周りがどう応じたか——を書き留めておくところから小さく始めると、相談の場で伝えられることが増えます。伝えるときは、謝る形より、何が起きるかを説明する形のほうが受け取られやすいという実験結果もあります。

よくある質問

日本吃音協会は、何を謝ったのですか?

協会自身が出した抗議文や声明、謝罪と訂正の原文は、この記事が拠れる資料の中にありません。そのため「何をどう謝ったのか」を原文でお示しすることはできません。手元の記録から確かめられるのは、2022年にテレビ番組の内容に対して協会が抗議をしたこと、そして協会のホームページに載っていたとされる一文に当事者から強い反発が出たことを、当時の当事者が自分の文章の中で書いている、というところまでです。正確な経緯は、協会の公式の発表をご確認ください。

なぜ「怪しい」と言われるのですか?

この記事では、団体そのものの評価を判定しません。手元にあるのは当事者3人が公開した記録だけで、団体の運営実態を確かめられる一次の資料は含まれていないためです。記録から言えるのは、協会が発信したとされる言葉の一般化のしかたに当事者が反発した、という事実の範囲までです。なお、当事者の会に通う人に聞いた研究でも、会をどう運営すればよいかについて確立した公式の指針は見当たらないと指摘されており、団体ごとに形が違うこと自体は珍しくありません。

協会の抗議は、吃音のある人みんなの意見ですか?

いいえ。吃音のある成人のうち当事者のコミュニティに関わっている人は1%に満たないと推定されています。当時の記録にも、抗議に賛同する声より反対する当事者の声のほうが大きいように感じた、という観察が残っています。当事者の会に通う13人に聞いた研究でも、12人は会で吃音の見方が変わったと答えた一方、変わらなかった人が1人いました。ひとつの団体の声明を、当事者全体の意見として読むことはできません。

吃音のことを人に伝えるときは、謝ったほうがいいのですか?

実験の結果は逆の方向を示しています。就職面接の冒頭で吃音を伝えた動画を338人に見せた研究では、説明する言い方のほうが、謝る言い方より友好的で自信があると評価されました。謝る言い方と「何も伝えない」では、友好的かどうかに差がありませんでした。別の研究でも、先に伝えた場合は吃音のある候補者とない候補者の評価に差が見られませんでした。ただし原典は、伝えることがすべての場面・すべての人に有益とは限らないとも断っています。

団体ではなく専門家に相談したいときは、どこへ行けばいいですか?

言語聴覚士です。話すこと・聞くことの困りごとへの指導や支援を行う国家資格で、養成課程に吃音が含まれています。ただし業務の範囲が広いため、すべての言語聴覚士が吃音の指導や支援を行えるわけではありません。希望する場合は、あらかじめ病院などに直接問い合わせるか、日本言語聴覚士協会や各都道府県の言語聴覚士会に尋ねるのが確実だとされています。自助グループは当事者の集まりなので、専門的な指導や支援が受けられる場ではないことも明記されています。

まとめ

  • 協会が出した抗議文や声明そのものは、この記事が拠れる資料に含まれていない。整理できるのは、2022年当時に当事者3人が公開した記録に残っている範囲だけで、団体の評価はここでは判定しない。
  • 抗議に反対したのは吃音のない人だけではなかった。当時の記録には、タブー視されたくない、腫れ物扱いされたくない、ひとつの団体の意見が総意だと思われては困る、という当事者側の理由が並んでいる。
  • より強い反発を呼んだのは、「吃音のある人は皆こう思ったことがある」と一般化した言い方のほうだった。吃音のある成人303人の調査では56%が重大な差別を経験しており、報告しなかった人も44%いる。どちらも同時に事実である。
  • 当事者のコミュニティに関わっている成人は1%に満たないと推定され、当事者の会に通う13人のうち1人は会で見方が変わらなかったと答えている。団体の声明を当事者全体の意見として読むことはできない。
  • 吃音を人に伝えるときは、謝る形より説明する形のほうが印象がよくなるという実験結果がある。先に伝えた場合、模擬面接での評価差が見られなかったという報告もある。個別の困りごとの行き先は言語聴覚士で、全員が吃音を扱えるわけではないので事前の問い合わせを。

参考文献

  1. 日本吃音・流暢性障害学会「日本吃音・流暢性障害学会とは(学会概要・目的)」(jssfd.org)
  2. 日本吃音・流暢性障害学会 広報委員会「吃音(きつおん)について」(2023年10月・jssfd.org)
  3. 吃音ポータルサイト「成人の方 — 相談や支援」(kitsuon-portal.jp)
  4. Gattie, Lieven & Kluk (2025) Adult stuttering prevalence II: Recalculation, subgrouping and estimate of stuttering community engagement. J Fluency Disord.
  5. Bloye, Abdoola & Eslick (2023) Why do people who stutter attend stuttering support groups? S Afr J Commun Disord.(プレトリア大学ほか)
  6. Boyle (2024) Major discrimination due to stuttering and its association with quality of life. J Fluency Disord.(モントクレア州立大学)
  7. Byrd, Croft, Gkalitsiou & Hampton (2017) Clinical utility of self-disclosure for adults who stutter: Apologetic versus informative statements. J Fluency Disord.(テキサス大学オースティン校)
  8. Perez, Newman & Walmer (2025) Acknowledging a Stutter Affects the Impression One Makes in a Job Interview. Int J Lang Commun Disord.

当事者の声の出典: V0495(note・ものくろさん「水ダウについて思うこと」)/ V0496(はてなブログ「FF好きの教員日記」・2022年8月4日の投稿)/ V0497(note・戸嶋久さん「なにげない日常にこそ吃音差別がある」)。いずれも公開記事。引用は原文どおり。

更新履歴: 2026-09-12 公開