水ダウの吃音|番組で何が起きたか・当事者の賛否・笑いとの境目

目次

水曜日のダウンタウンで吃音が扱われた回のことが、気になったままの方が多いと思います。番組で何があったのか、なぜ賛否が分かれたのか、そもそも吃音を笑うのはいけないことなのか——どれも一つに答えが決まらず、落ち着かない気持ちになりますよね。

この記事は、番組に出演した個人の話し方や健康状態には立ち入りません。代わりに、その放送をきっかけに当事者と家族が公開の場に書き残した言葉と、英国王立言語聴覚士会が承認したメディア向けの指針、九州大学病院の医師が書いた公的ポータルの解説、筑波大学の研究者らによる日本の成人への調査を並べて、いま出典つきで言えるところまでを整理します。

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吃音当事者。研究論文と当事者の声をもとに、吃音の情報を出典つきで発信しています。

この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の判断に代わるものではありません。気になる症状があるときは、言語聴覚士やことばの教室にご相談ください。

まず結論から

  • テレビでの描かれ方は、見た人の中に残る像を左右します。人は以前に見聞きした「言葉がつまった場面」を出発点にして印象を作り、そこからの調整が足りないことが示されています。
  • 日本の成人への調査では、吃音の原因をどう考えているかにかかわらず、吃音のある人は「緊張している」「不安げ」と見られていました。
  • 英国王立言語聴覚士会が承認したメディア向けの指針は、吃音が長いあいだ性格の欠陥を表すためや笑いを取るために使われてきたとしたうえで、吃音の声がテレビ・ラジオ・映画で聞こえること自体は求めています。
  • 学校では、話し方を真似されたり笑われたりすることが多いとされ、教室が主な発生場所として挙げられています。
  • 偏見を減らす方法として教育・接触・抗議の三つが試され、当事者と接する方法の効果が最も大きかったと報告されています。

ただし、この記事は番組に出演した個人について、その人に吃音があるかどうかや、その程度を書きません。一度の場面の話し方から決まるものではなく、相談の場ですら症状が出ないことが多いからです。

賛成でも反対でもない——放送を見た当事者が書いたこと

この件をめぐって最初に驚かされるのは、当事者の受け止めが「賛成」と「反対」のどちらかにきれいに分かれなかったことです。放送を見た当事者の一人は、団体の抗議に賛同する声よりも、反対する当事者の声のほうが大きいように感じた、と自分のブログに書いています。そのうえで、反対する側の言い分にも、賛成する側の言い分にも、それぞれもっともな部分があると書き分けています。

その人が、賛否の手前にある土台として書いているのが、次の一節です。

吃音のある当事者の声(社会人6年目・個人ブログ)

一般的に、(特に日本の場合)吃音者は吃っている話し方を聞き手に対して申し訳ないと感じる傾向が高く(日本人の吃音に対するセルフスティグマは海外のそれよりも高いらしいです。)、とてもじゃないですが揶揄われて言い返せる人は少ないように感じます(大人の場合、たとえ嫌だとしてもそれを露わにするのは大人気ないと思われる風潮もありますよね。)。

引用のなかの「セルフスティグマ」は、周りの否定的な見方を自分自身にも当てはめてしまうことを指す言葉です。この書き手は、この一節のあとで、会話における立場として吃音のある側がどうしても低い位置に置かれやすいのだ、と続けています。賛成か反対かの前に、からかわれても言い返せない側にいるという前提がある——そこから見ると、抗議に反対する当事者の声も、吃音は笑われても仕方ないという諦めが混じって見えてくる、というのがこの人の見立てでした。見る側の中に何が残るのかは、研究の側でも調べられています。

出典: 水ダウについて思うこと(note)(台帳: V0495)

テレビでのふるまいは、見た人の中に何を残すのでしょうか。309人に答えてもらった調査では、人は以前に見聞きした「言葉がつまった場面」を出発点にして吃音のある人の印象を作り、そこから吃音のない人の像のほうへ引き寄せて調整するものの、その調整が足りない——という仕組みが確かめ直されています。研究ではこれを「係留と調整」と呼びます。さらにこの研究は、相手の立場に立って考える傾向が強い人でも、吃音のある人についての決めつけは弱まらなかったと報告しています。思いやりのある人なら偏見を持たないはず、とは言えないということです。

日本の成人を対象にした調査もあります。20〜69歳の413人に答えてもらい、吃音の原因を体の仕組みだと考える群・心の問題だと考える群・比較のための群に分けて、各80人ずつ合わせて240人を比べたものです。原因をどう考えているかにかかわらず、吃音のある人は「緊張している」「不安げ」「怖がっている」と見られていました。そして、心の問題だと考える人ほど、吃音のある人を「受け身」「ためらいがち」「口数が少ない」と強く見ていました。

吃音の原因をどう考えているかで、吃音のある人に当てはめられる像の強さが変わることを示した図。比較のための群と比べた差の大きさ(Cohen's d)は、内向的と見る点では心の問題だと考える群が1.43、体の仕組みだと考える群が1.15。危険だと見る点では心の問題だと考える群が0.95、体の仕組みだと考える群が0.51。表現力が乏しいと見る点では心の問題だと考える群が0.65、体の仕組みだと考える群が0.29で、この行だけ統計的な差は確かめられていない。各群80人。
図1: 原因を心の問題だと考える人ほど、当てはめる像が強い。因子分析でまとめた3つの見方についての比較です。出典: Iimura & Ishida (2023) Front Psychol.

同じテレビが、家族に希望として届くこともある

テレビで吃音が扱われることが、いつも同じ手触りで届くわけではありません。番組の企画に不快感を書き残した保護者がいる一方で、別の番組を見て救われたと書いている保護者もいます。

2歳で吃音が始まった息子をもつ母の声(30代・育児ブログ。オーディション番組の配信を見て)

私自身も息子にこんな症状が出るまで正直吃音症のことを知りませんでした。

その特性を持って、こんなに人の目に触れるオーディションに参加していること、とっっっても勇気があることだと思うし、こっちまで本当に勇気をもらいました。

この母親は、子どもに症状が出るまで吃音という言葉を知らなかった、と書いています。同じ記事のなかで、配信の感想欄に「自分も吃音です」「子どもが吃音です」という書き込みが並んでいたこと、それを読んで仲間はたくさんいるのだと思えたことにも触れています。番組そのものより、番組のまわりに集まった言葉のほうを見ていた、とも読めます。実際、吃音についての語りはテレビの外側にも広がっていて、その広がり方は研究の対象になっています。

出典: 【息子と重なる】吃音症でも夢を叶える姿に涙。(ママLv.5、クッパJr.と戦ってます)(台帳: V0545)

反応の大きかったX(旧Twitter)の吃音関連の投稿を仕分けた研究では、69.93%が肯定的、6.54%が否定的、23.53%が中立と分類され、肯定的な投稿の多くは、自らを吃音のアドボケイト(当事者の立場で発信する人)と名乗るアカウントによるものでした。投稿の中身は五つにまとまっています。吃音とともに成し遂げたことを称える、吃音について知ってもらう、支えを通じて困難を越える、誤解に向き合って偏見を減らす、制度や政策の改善を訴える、の五つです。

ただしこの研究は、Xでの吃音の表れ方には支えになる面と偏見を強める面の両方があったとも結論づけています。目立つ発信者や団体が肯定的な反応を引き出している一方で、否定的な決めつけに向き合う働きかけは依然として必要だ、というのが結びです。十代後半から二十代の当事者13人に聞き取った別の研究でも、13人のうち8人がメッセージや投稿で吃音を打ち明けておおむね好意的な反応を受け取っていた一方、ネット上のいじめや、意図しない形でさらされることへの心配が語られていました。

笑われることと、一緒に笑うことは同じではない

「吃音を笑うのはいけないことなのか」という問いは、この話題でいちばん引っかかるところだと思います。当事者や家族が集まる場でも、同じ問いが出ています。自助団体が開いた保護者の話し合いの記録には、前夜の出し物をめぐるやり取りが残っていました。

フォーラムに参加した保護者の発言と、それに続けて記録されている進行役(伊藤伸二さん)の応答(自助団体が公開している話し合いの記録。保護者は匿名)

昨夜中学生がとてもどもりながら手話落語をしましたね。娘は、落語自体を楽しんで笑っていました。私は、その子があんまりどもるので、つい笑うのを止めてしまいました。その後、娘は、私の顔色を見て、笑うようになりました。止めた自分にも、笑う自分にも腹立たしさを感じました。

伊藤 笑いには、さげすみやからかいの笑いではなく、共感や励まし、思わずにっこりとしてしまう笑いがあります。笑いは大切にしていきたいと思っています。子どもが自然に笑うのは、OKでしょう。笑いたければ笑うがいい、ただ相手が傷ついたと感じたら、そのとき本人に伝えたらいいのではないでしょうか。自分の弱点、欠点を笑い飛ばすユーモアの効用についても考えたいですね。

手話落語を演じたのは、どもりながら舞台に立った中学生でした。会場で笑った娘と、途中で笑うのをやめた母と、母の顔色を見てから笑い直した娘——数秒のあいだに三つの反応が重なっています。進行役は、笑いをひとまとめにせず、さげすみやからかいの笑いと、共感や励ましの笑いを分けたうえで、傷ついたと感じたらそのとき本人に伝えればいい、と答えています。同じ線引きは、メディアに向けた指針にも書かれています。

出典: 第7回島根スタタリングフォーラム 親の話し合い(日本吃音臨床研究会「吃音相談室」)(台帳: V0115)

英国の当事者団体が公開しているメディア向けの指針は、この線引きを正面から扱っています。指針は冒頭で、吃音は長いあいだ、性格の欠陥や身体的な不足を表すため、また笑いを取るために使われてきたと述べます。そして、その型にはめた描き方が現実の帰結を生む——流暢に話す人より弱く能力が低いと誤って受け取られ、話し方に否定的で不適切な反応を向けられる——としています。

そのうえで指針は、テレビ・ラジオ・映画で吃音の声が聞こえること自体は求めています。ただし、誰かが吃音を「克服した」「打ち負かされた」「治した」という文脈でではなく、あらゆる内容を作っている声の豊かな模様の一部として、という条件つきです。取材したり配役したり一緒に働いたりするときの具体的な応じ方も並んでいて、そこには「さえぎらずに話し終えるまで待つ」「吃ったときに冗談にしない。憐れまない」「話し方の良し悪しを口にしない。流暢に話せたことを褒めたり祝ったりしない(吃音が悪いことだという考えを補強してしまうため)」が含まれます。この指針は英国王立言語聴覚士会の承認を受けており、最終更新は2024年1月です。

「言ってはいけない言葉」にすれば、解決するのか

同じ種類のことは、この番組だけで起きているわけではありません。別の局の情報番組で「どもり」が不適切な発言として番組内で謝罪された件をきっかけに、当事者の一人がこう書いています。

吃音のある当事者の声(継続更新中の個人ブログ。別の局の番組での謝罪を受けて)

フジテレビ、ぽかぽかで「どもり」が不適切発言と番組内で謝罪。

炎上を避けるために 「どもり=言ってはいけない言葉」 という方向に動きがち。

でも、 それだと 「どもり=触れちゃいけないもの」 になってしまい 逆に本人が話しづらくなる。

この人は、テレビ側の対応が逆効果になる理由を三つに分けて書いています。問題が「言葉の使い方」にすり替わって本当の話しづらさが置き去りになること、当事者本人まで「どもってはダメ」と思い込むこと、周りが気を使いすぎて会話の機会そのものが減ること、の三つです。そのうえで、大事なのは「笑いにするのがダメ」かどうかではなく「どう扱うか」だと書いています。触れないことにすれば話題は静かになりますが、静かになった場所では何も変わりません。メディア向けの指針も、語そのものを禁じてはいません。

出典: 間違いだらけの「どもり」(note)(台帳: V0498)

指針が挙げている言い換えの規則は、意外なほど具体的です。吃音に「苦しんでいる」「冒されている」と言う代わりに「その人は吃る」と書く。誰かの吃音を「ひどい」「衰弱させる」と形容せず、同じく「その人は吃る」と書く。吃音を「打ち負かす」「克服する」と言うのを避ける。物事が滞ったり失敗したりする様子を表すのに「吃る」という語を使わない。誰かの吃音を「今日は調子が悪い」と評さない——といった具合です。つまり、やめるよう求められているのは語そのものではなく、その語を失敗の代名詞として使うことのほうです。この指針は誰でも手に入る配布物としても置かれていて、放送局や学校や職場に持ち込むことが呼びかけられています。

では、扱いを変えることに意味はあるのでしょうか。偏見を減らす方法として研究の側で試されてきたのは、教育・接触・抗議の三つです。いずれも決めつけや否定的な感情、差別的なふるまいの意図を減らしましたが、なかでも当事者と接する方法の効果が最も大きかったと報告されています。あわせて、吃音は自分の意思で無くせるものではないと一般に伝えることが有効かもしれないこと、吃音についての教育が子どもへのいじめの予防にも役立つことが挙げられています。原因の伝え方についても、心の問題だけに寄せず、遺伝的な下地や脳の働きの違いも含めた多面的な枠組みで示すべきだと論じられています。

日本の成人413人が、吃音の原因として当てはまると答えた度合いを27項目すべて並べた図。1がまったく原因でない、7が確かに原因である、の7段階の平均値。ストレス要因や緊張4.96、全般的なストレス4.84、心が原因(心因性)4.79、脳の病気(伝達物質・形の異常)4.60、心的外傷となる出来事4.59、脳の損傷(中毒やけがなど)4.53、遺伝4.39、問題のある生育環境4.36、環境の要因4.34、脳の生物学的な変化4.26、感情的なもの4.17、つらい生活上の出来事4.10、体の仕組み3.92、最近の不運3.90、化学物質・ホルモンの不均衡3.89、憂うつになりやすい性格3.86、本人のせい(意志の弱さなど)3.85、周囲の支えの乏しさ3.83、自分に期待しすぎること3.76、誤った学習や習慣3.75、生化学的な異常3.70、性格3.60、意志の力の不足3.54、学習性無力感3.49、悲観的なものの見方3.30、神の意志(罰や試練)2.42、霊や悪魔のしわざ2.35。ストレスや心のはたらきに関する項目が上位に並び、脳や遺伝はその下にあります。
図2: 日本の成人413人が、吃音の原因として何を挙げたか(27項目すべて)。出典: Iimura & Ishida (2023) Front Psychol.

テレビの外の日常で、その笑いはどう効いているか

番組の是非より前に、当事者が毎日置かれている場所の話があります。44歳の当事者が書いているのは、人が言葉につまった相手に向けて言う「カミカミじゃん」という決まり文句のことです。言う側は軽い気持ちかもしれないが、噛んだことを少し面白くするような愛のあるツッコミとして使ってほしい、と書き、いまの「カミカミじゃん」はただの毒であり悪口のように感じてしまうこともある、と続けます。その先が、次の一節です。

吃音のある当事者の声(44歳・個人ブログ)

マイナスな言葉は負の連鎖を生み、周りにいる他の人の言葉にもトゲを増やしていきます。

自分が吃音になったことで言葉に敏感になり、愛のないイジリや、ツッコミ風の自分本位な会話がすごく気になるようになりました。

この人は、仲が良くて自分がどもっても平気な相手を笑わせようとして、オチにたどり着く前につまってしまう場面から書き起こしています。聞いている相手は笑いもしないしバカにもしない、それでも面白い話を面白く話したいのに届かない——そのうえでの「カミカミじゃん」です。一つの言葉がその場だけで終わらず、周りの言葉にもトゲを増やしていく、という見え方をしているのがこの人の書き方でした。画面の中の一回の笑いも、こういう日常の上に重なって届きます。教室で何が起きているかは、実際に測られています。

出典: 44歳、吃音と毒のある言葉に傷つきながら、それでも人とつながりたい(note)(台帳: V0308)

英国の通常学級で、クラス全員に「好きな子」「嫌いな子」を挙げてもらった研究があります。吃音のある子が「拒否」に分類された割合は43.75%で、吃音のない子の18.86%の2倍以上でした。「人気」に入ったのは6.25%で、吃音のない子は25.84%です。行動について尋ねた質問では、「いじめられている子」に挙げられた割合が37.5%(吃音のない子は10.6%)、「助けを求める子」が25%(同13.18%)でした。統計的にはっきり差が出たのは「いじめられている子」への指名だけですが、弱い立場を示す枠に集まり、リーダーの枠には少ない、という傾向が読み取れるとされています。

この研究がもう一つ示しているのは、こうした割り振りが吃音の重さでは決まっていなかったことです。「いじめられている子」にも「拒否」にも、話しにくさが重い子と軽い子の両方が含まれていました。軽いから大丈夫、という読み方は成り立ちません。

国が提供する発達障害の情報ポータルも、吃音のある子どもは話す場面でしか症状が出ないため悩みが過小評価されやすいとしたうえで、担任・養育者・支援者が本人に「真似されていない?」「笑われていない?」「話し方を質問されていない?」とオープンに聞くことを勧めています。学校では毎年クラス替えがあり、そのたびに真似・笑い・質問を受けるリスクがあるから、というのが理由です。日直の号令、音読、発表、かけ算の九九、学習発表会、卒業式といった困りやすい場面も具体的に挙げられています。

大人になってから——職場と進路で報告されていること

学校を出たあとはどうでしょうか。日本の成人671人に答えてもらった調査では、77.2%が会社員、41.3%が職場・友人・家族のいずれかに吃音のある人を知っていて、34.7%が人を採用する立場に就いたことがありました。回答者は全体としては吃音のある人の雇用をやや肯定的に受け止めていて、年齢や性別などをまとめて入れて調べたところ、肯定的な態度とはっきり結びついていたのは、職場で吃音のある人を知っていることだけでした。ただしこれは関連であって、接すれば態度が変わると実証したものではありません。

一方で、「知り合いがいれば見方が変わる」が当てはまらない面もあります。吃音のある人を知っているかどうかは、職業ごとの「勧められる度合い」の評点に影響していませんでした。関係の近さや種類によっても評点は変わらず、最も近い人でさえ、よく話すことが求められる仕事は吃音のある人には向かないと見ていた、と報告されています。周りの善意が、そのまま進路の選択肢を狭めうる、ということです。

面接の場面を模擬した実験もあります。吃音のある候補者は全体として低く評価されましたが、面接の冒頭で自分から吃音のことをひと言伝えた場合には、吃音のない候補者と同じくらい高く評価されました。差が出たのは、伝えなかったときだけです。研究者は、この結果が、評価される場面を控えている人に専門家がどんな助言をできるかに関わると述べています。なお参加者は大学生で、吃音は演技によるものだという限界も原典に明記されています。

気になったときの相談先と、後ろ盾になる制度

放送をきっかけに、自分や家族の話し方が気になった——という方のために、入口を置いておきます。

まず、一度の場面で吃音の有無や程度は決まりません。相談に来た子が目の前では流暢に話すことは多く、それを見た人がつい「気にならないですね」「軽い吃音ですね」と言うことは、育てている側にとってプラスに働くことは少ないとされています。吃音は、音を繰り返す連発(「ぼぼぼぼくは」)、引き伸ばす伸発(「ぼーーーーくは」)、言葉がなかなか出ない難発(「‥‥ぼくは」)の3つの症状が主とされ、歌うときや2人で同じ言葉を言うときには消えることから、話すタイミングの障害と言われます。

幼児については、発症後に男児では3年で6割、女児では3年で8割が自然回復するとされています。幼児吃音臨床ガイドライン第1版(2021)は、積極的な介入(月2回以上の指導)を始めるタイミングについて、年少組までは経過観察的な支援を基本とし、年中組では開始を検討、年長組では開始を推奨する、としています。

学齢期以降では、言語聴覚士が、いじめを見つけて対応し、助言を行い、受け入れを広げる役割を担うとされています。ただし、何が有効な手立てなのかについては、しっかりした研究がまだ足りないとも書かれています。教室が主な発生場所として特定されており、予防の手立てが急がれること、教員と児童の関係や大人の気づきがいじめの危険に関わることも挙げられています。学校ぐるみの取り組みが周りの子の態度を良くしうる、ともされています。

制度の後ろ盾もあります。入試の面接で事前に吃音があることを伝えておくと、「過重な負担」となる範囲を除いて、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保といった合理的配慮(負担が重くなりすぎない範囲で、困りごとに応じて進め方を調整してもらうこと)を受けられます。電話が苦手な人が使える電話リレーサービスは2021年から公共インフラの一つになりました。吃音症は精神障害者保健福祉手帳または身体障害者手帳の対象になるため、就職の面接で障害者枠という選択肢も増えています。

この話題で陥りがちな3つの落とし穴

落とし穴1 − 画面に映った話し方から、その人の状態を決めつける

一度の場面の話し方から、吃音の有無や程度は分かりません。相談の場ですら、目の前では流暢に話すことのほうが多いくらいです。英国の団体が公開している「吃音のある著名人」の一覧も、ネット上でそう言われていても一次情報が見つからない人物には名前の横に疑問符を付け、裏づけが取れないと明記しています。名前が挙がっていることと、本人が自分で語っていることは別です。

落とし穴2 − 「言ってはいけない言葉」にすれば解決すると考える

指針が求めているのは語の禁止ではなく、失敗や出来の悪さの代名詞として使うのをやめることと、吃音の声がメディアで聞こえること自体です。触れないことにすれば話題は静かになりますが、静かな場所では理解も進みません。偏見を減らす取り組みのうち、効果が最も大きかったのは当事者と接することでした。吃音についての教育は、子どもへのいじめの予防にも役立つとされています。

落とし穴3 − 当事者を一枚岩に扱う

この記事で引いた当事者や家族の文章は、同じ出来事について違う向きを向いています。日本の成人への調査でも、原因をどう考えているかによって見方が変わる面と、どの群でも共通して当てはめられてしまう面の両方がありました。「当事者はこう思っている」と一つにまとめられる話ではありません。まわりの人にできるのは、代表意見を探すことよりも、目の前の一人が何に困っているかを聞くことのほうです。

自分や家族のことで気になったら、気づいたこと(どんな場面で出やすいか、どのくらい続いているか)を書き留めておくと、相談のときに役立ちます。言語聴覚士やことばの教室に相談できる場合は、そちらが確実です。

よくある質問

水曜日のダウンタウンで吃音が扱われた件について、この記事は何を書いていますか?

番組に出演した個人の話し方や健康状態については書いていません。扱っているのは、その放送をきっかけに当事者や家族が公開の場に書き残した受け止め、笑うことと笑われることの境目、そして学校や職場で報告されていることです。メディアでの扱い方については、英国王立言語聴覚士会が承認した指針が具体的な規則を公開しています。

番組に出たのは誰ですか。その人には吃音があるのですか?

この記事では、実在の人物について吃音の有無や程度を書きません。一度の場面の話し方から判断できるものではなく、相談の場ですら症状が出ないことが多いからです。吃音のある著名人の一覧を公開している英国の団体も、裏づけの取れない名前には疑問符を付けたうえで公開しています。

日本吃音協会が抗議したというのは本当ですか?

団体の声明そのものの中身と経緯は、一次資料にあたったうえで別の記事で扱います。この記事で見ているのは、その出来事をめぐって当事者の受け止めが一つにまとまらなかったことのほうです。偏見を減らす取り組みとしては、教育・接触・抗議の三つが研究で試され、当事者と接する方法の効果が最も大きかったと報告されています。

その放送の映像はどこで見られますか?

映像は番組の著作物なので、この記事では扱いません。視聴できるかどうかは、放送局や公式の配信サービスの案内をご確認ください。なお、メディア向けの指針は、吃音の声がテレビ・ラジオ・映画で聞こえること自体は求めており、問題にしているのは「克服した」「治した」という文脈で扱うことのほうです。

吃音を笑うのは、いつでも差別になりますか?

メディア向けの指針は、吃ったときに冗談にしないこと、憐れまないこと、流暢に話せたことを褒めたり祝ったりしないことを求めています。一方、自助団体の話し合いの記録には、さげすみやからかいの笑いと、共感や励ましの笑いを分ける考え方が残されています(本文で引用しています)。研究の側から言えるのは、学校では話し方を真似されたり笑われたりすることが多く、教室が主な発生場所として挙げられていることです。

まとめ

  • 番組に出演した個人の話し方や健康状態は、この記事では扱わない。一度の場面の話し方から吃音の有無や程度は決まらず、相談の場ですら症状が出ないことが多い。
  • 放送を見た当事者の受け止めは、賛成と反対のどちらかに分かれなかった。テレビでの描かれ方は見た人の中に残る像を左右し、人は以前に見聞きした場面を出発点にして印象を作り、その調整が足りないことが示されている。
  • 英国王立言語聴覚士会が承認した指針は、吃音の声がメディアで聞こえること自体は求めたうえで、「克服した」「治した」という文脈や、失敗の代名詞としての使い方をやめるよう求めている。指針は誰でも手に入る配布物としても置かれている。
  • 教室では、吃音のある子が「拒否」に分類される割合が高く、真似・笑い・質問のリスクを毎年確認することが勧められている。教室が主な発生場所として挙げられている。
  • 偏見を減らす方法のうち効果が最も大きかったのは、当事者と接することだった。職場でも、吃音のある人を知っていることが肯定的な態度と結びついていた。

参考文献

  1. STAMMA「Talking About Stammering / Guidelines for talking about stammering」(英国王立言語聴覚士会 Royal College of Speech & Language Therapists 承認・2024年1月最終更新)
  2. STAMMA「Stammering Editorial Guidelines」(メディア向け指針の配布ページ)
  3. 発達障害ナビポータル「吃音」(九州大学病院 耳鼻咽喉・頭頸部外科 菊池良和)
  4. STAMMA「Influential people who stammer」(吃音のある著名人の一覧と但し書き)
  5. Iimura, Ishida et al. (2023) Comparing the beliefs regarding biological or psychological causalities toward stereotyped perception of people who stutter. Front Psychol.
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  7. Rasoli Jokar, Karimi & Yaruss (2025) Stuttering Representation on X: A Detailed Analysis of Content, Sentiment, and Influences. Am J Speech Lang Pathol.
  8. Çavdar, Dölek & Oğuz (2026) Stuttering and cyberbullying: A qualitative exploration on challenges faced in the digital world and coping strategies. J Fluency Disord.
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  11. Iimura & Miyamoto (2021) Public attitudes toward people who stutter in the workplace: A questionnaire survey of Japanese employees. J Commun Disord.
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  13. Perez, Newman et al. (2025) Acknowledging a Stutter Affects the Impression One Makes in a Job Interview. Int J Lang Commun Disord.

当事者・家族の声の出典: V0495(note・ものくろさん)/ V0545(アメブロ・2歳で吃音が始まった息子の母)/ V0115(日本吃音臨床研究会「吃音相談室」・第7回島根スタタリングフォーラム『親の話し合い』の記録)/ V0498(note・ジョーカーさん)/ V0308(note・紙飛行機さん)。いずれも公開記事。引用は原文どおり。

更新履歴: 2026-09-12 公開