藤原さくら 吃音|役の設定・歌なら出ない理由・監修した当事者の声

目次

藤原さくらさんの名前と並んで「吃音」という言葉を見かけて、どういうことだろう、と思った方へ。これは吃音のある役を演じた俳優の話であって、本人の話し方の話ではありません。ただ、その作品をきっかけに「歌えるのに、話せない」という状態を初めて知り、自分や家族のことと重ねた人は、たくさんいます。

この記事では、歌うときだけ言葉が出るのはなぜなのか、あの話し方は誰がどうやって作ったのかを、日本吃音・流暢性障害学会の解説、国立障害者リハビリテーションセンターが運営する発達障害情報のポータル、そして脳科学の総説を出典にして整理します。作品を見た当事者と家族が実際に書き残した言葉も、そのまま引きます。

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吃音当事者。研究論文と当事者の声をもとに、吃音の情報を出典つきで発信しています。

この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の判断に代わるものではありません。気になる症状があるときは、言語聴覚士やことばの教室にご相談ください。

まず結論から

  • 歌うとき、2人で声を合わせるとき、独り言を言うときなどに一時的に流暢になる人は多い、と学会の解説が説明しています。物語のための設定ではありません。
  • 外からタイミングが与えられる場面で症状が消えることから、吃音は発話のタイミングの障害と言われています。
  • ただし「歌なら必ず大丈夫」ではありません。調子の良い状態・悪い状態が数週間から数か月続くこともあり、この変動は「波」と呼ばれています。
  • 吃音の中核にあるのは、音の繰り返し(連発)、引き伸ばし(伸発)、言葉が出ずに間があく(難発、ブロック)の3つで、加えて体に力が入る随伴症状が出ることもあります。
  • なぜ歌うときには出ないのかは、まだ答えが出ていません。2024年の総説は、これを吃音の未解決の謎の筆頭に挙げています。

ただし、この記事が作品について書けるのは、当事者や家族が自分のブログや記録に書き残した範囲までです。放送された内容そのものの資料は手元にないため、あらすじや台詞の再現はしませんし、役を演じた本人の話し方についても推測しません。

歌うときだけ言葉が出る、というのは作り話なのか

話すときは言葉に詰まるのに、歌うときはよどみなく声が出る。作品を見て最初に引っかかるのがここだ、という人は少なくありません。結論から言うと、これは実際に起きることです。ただし「歌なら、いつでも」ではありません。

当事者の声(60代女性・吃音について講演やライブ活動をしている/個人ブログ)

私も時々口にするのだが「吃音があっても歌なら唄える」ということ♪

確かにカラオケでもバンドのボーカルとしてでも歌なら人前でも自由に唄える

でも

歌であっても

歌詞の最初の言葉が出て来なくて唄えなくなる時がある

この人が書き残しているのは、友人の結婚式の披露宴で歌うことになったときの顛末です。夫がウクレレの初心者ながら必死で練習し、二人で演奏することが決まった。練習中は何の問題もなかった。ところが前日、実家でのリハーサルで、イントロが終わってボーカルだけが入る——その最初の言葉が出なくなった。二人が考えた対応策は、イントロと歌い出しのあいだもウクレレで拍子を取ってもらうことと、最初のフレーズを夫にも一緒に歌ってもらうこと。外から拍子をもらうことと、誰かと声を重ねること。この二つは、研究の側で「一時的に流暢になる条件」として長く挙げられてきたものと、そのまま重なります。

出典: 「吃音があっても歌なら唄え」ません(>_<)(miporin〜吃音の私が新しい話し方を獲得するまでの道のり〜50才からの挑戦)(台帳: V0382)

学会の解説も、状況によって症状が出やすかったり出にくくなったりすることを吃音の特徴として挙げ、歌を歌うとき、2人で声を合わせるとき、独り言を言うときなどに、一時的ではあるものの流暢になる人が多いと書いています。公的なポータルの解説はもう一歩踏み込んで、伴奏に合わせて歌ったり2人で同じ言葉を言ったりする場合、つまり外からタイミングが与えられる場合に吃音は消えて流暢に話せるため、吃音は発話のタイミングの障害と言われている、と説明しています。

脳の側の説明も、この線に沿っています。発話を始める・終えるという合図を「いつ動きを始めるか」を示すタイミングの信号として捉えると、誰かと声をそろえて読む場面やメトロノームに合わせて話す場面では、そのタイミングが外から耳を通して入ってきてそのまま運動の指令を出す部分へ渡されるため、脳の奥にある大脳基底核というまとまりが自前でタイミングを作る負担が減る、と説明できます。ただし歌については、同じ総説が、ふつうの発話とは別の仕組みで音のタイミングを作っている可能性が高いとしています。

誰かと声を合わせる効果は、実際に測られてもいます。模擬的な発表の場面で読み上げてもらった探索的な研究では、何もしないときに平均10%だった詰まった音節の割合が、声を合わせる2つの条件のどちらでも3%未満まで下がりました。参加者のうち1人では、吃音の割合が49%から2%に、読み上げにかかった時間がおよそ19分から4分になっています。ただしこれは参加者の少ない探索的な研究で、その場の発話を測ったものです。訓練の効果でも、日常会話への持ち越しでもありません。

では歌そのものはどうか。吃音のある成人17人と、性別と年齢をそろえた流暢な話者17人に、独話・自動発話・歌唱の3つの課題をやってもらった研究では、統計的に意味のある差が出たのは独話の課題だけでした。この研究は、独話のように運動面・旋律面での複雑さが高い課題は、吃音のある人だけでなく流暢な話者の流暢さも下げると結論づけています。「歌だと差が出なかった」は、この人数で差が見つからなかったという意味であって、差が無いことが証明されたわけではありません。

吃音のある成人17人と、性別と年齢をそろえた流暢な話者17人(計34人)に、独話・自動発話・歌唱の3つの課題をやってもらった研究の結果を3段に並べた図。統計的に意味のある差が出たのは独話の課題だけで、群の中の比較でも群どうしの比較でも差が出た。自動発話と歌唱では差は報告されていない。「差は出なかった」は、この人数で差が見つからなかったという意味で、差が無いことの証明ではない。原典の結論は、独話のように運動面・旋律面の複雑さが高い課題は、流暢な話者の流暢さも下げる、というもの。3つの段は同じ大きさで並べており、段の長さは差の大きさを表さない
図1: 歌の課題では差が出なかったが、それは「差が無い」ことの証明ではありません。出典: Costa, Ritto, Juste & Andrade (2017) Comparison between the speech performance of fluent speakers and individuals who stutter. CoDAS.

そして、なぜ歌だと出ないのかは、まだ解けていません。2024年の総説は、未解決の謎を3つに絞って挙げており、その筆頭が「話すときには吃音が出るのに、歌うときには出ないのはなぜか」です。この総説は、最も重い例でも歌唱では吃音が劇的に消えると述べたうえで、歌うときは話すときに比べて声と口の動きの組み立て方や時間の構造が変わること、そして声を出すことに関わる脳の場所のうち、声の高さの調節に選択的に関わるのは一部(背側の喉頭運動皮質と呼ばれる場所)だけで、声を出すこと自体はより広い範囲が担っていることを、手がかりとして挙げています。

あの話し方は、誰がどうやって作ったのか

画面に映る吃音の話し方は、俳優が一人で想像して作ったものではありませんでした。台本の段階から、当事者が関わっています。その現場にいた人が、10年近くたってから連載として書き残しています。

当事者の声(二児の父。当事者団体の窓口として作品の制作に協力/note の連載)

台本の監修をする一方で、Sちゃんは藤原さくらさんへの演技指導を行っていました。まだ撮影が始まる前から、Sちゃんはたびたびフジテレビのスタジオへ出向いていました。さくらさんと台本の読み合わせをしつつ、吃音症の人の喋り方、どもり方、随伴症状の動きなどを、さくらさんへ実演をしながら指導していました。

書いているのは、当事者団体の例会に来た制作陣の取材をきっかけに、プロデューサーと全国の当事者団体をつなぐ窓口と、台本の吃音監修を担うことになった男性です。台本が上がるたびに読んで、吃音の台詞は自然か、描かれ方はおかしくないかを確かめた。「……お、お、おはよう」と書かれた台詞を見て、ここは難発を表したいから「……」をもっと伸ばす、ここは驚く場面だから最初の音の繰り返しを増やす——そんな意見を出したといいます。文中の「Sちゃん」は、ヒロインと目線の近い当事者として台本チェックにも加わった人で、放送時のクレジットには「演技指導」として名前が載りました。ここで指導の対象になった「随伴症状」は、学会の解説にも項目として挙げられているものです。

出典: 僕の吃音歴(吃音に関わる活動編⑧ 『ラヴソング』制作協力 その2)(note)(台帳: V0459)

学会の解説によれば、吃音に特徴的な中核症状は3つです。音の繰り返し(連発。「か、か、からす」)、引き伸ばし(伸発。「かーーらす」)、そして言葉を出せずに間があいてしまう(難発、ブロック。「・・・・からす」)。そのうえで、なんとか声を出そうとして顔面や身体に力を入れ、必要のない身体の動きが出ることがあり、これを随伴症状(随伴運動)と呼びます。手足を振り下ろす、飛び跳ねる、前や後ろに体を倒す、息を荒げる、顔をしかめる、目を固くつぶる——学会の解説はそう例を挙げ、幼児期はさまざまな随伴症状が出るので家族は驚くことが多い、とも書いています。演技指導が「喋り方」だけでなく「随伴症状の動き」にまで及んでいたのは、この層まで含めて吃音だからです。

一方で、一人の当事者を写し取ることには限りもあります。2024年の総説は、吃音の重さが同じ人の中でも日・週・月の単位で揺れること、見え方や聞こえ方が性格・場面・伝えたい目的・そのときの気持ちによって変わること、音や語を避ける・言い換える・つなぎ言葉を入れるといった隠し方も人と場面によって違うことを挙げています。書き残した本人も、症状の軽重や出方は当事者によって違うので一人の指導で十分かどうかは難しい面があった、と書いています。画面の中の話し方は、吃音の一つの現れ方であって、全体像ではありません。

「大げさだ」と感じた人と、「うちの子はもっとだ」と言う人

作品が放送された当時、演技が誇張されているのではないかという受け取り方がありました。それに対して、家で吃音のある子を見ている人が書いた文章が残っています。

保護者の声(2歳半で吃音が出た息子をもつ母/個人ブログ)

2016年に放送された月9ドラマ「ラブソング」のヒロインの佐野さくら(藤原さくら)が吃音者のシンガーソングライターという設定でした。

このドラマを見て吃音症を知ったという方も多いと思います。

吃音者が身近にいない人にとっては、藤原さくらさんの演技が誇張されすぎに感じたかもしれません。

しかし、うちの息子も似たような感じか、それ以上のどもりだったので気になる方は藤原さんの演技を見てほしいです。

書いているのは、息子が2歳半で吃音を出し始めた母親です。音を繰り返す状態から、呼吸すらできないような無音の状態へと変わっていく時期を、家の中でずっと見ていた人の言葉です。この母親は、画面の話し方を「大げさだ」と受け取る人がいること自体を否定していません。ただ、身近に当事者がいない人の目にそう映るのだとしても、自分の子はそれと同じか、それ以上だった——と書き添えている。演技の是非の話ではなく、見えている範囲の違いの話として置かれています。そして「見えている範囲が違う」ことは、相談の現場でも起きていると、公的な解説が指摘しています。

出典: 息子が幼児の時に吃音になった話(めんどくさいから楽になる生き方 主婦ブログ)(台帳: V0014)

発達障害情報のポータルサイトの解説は、養育者が吃音を強く疑って相談に行っても、実際にそのお子さんと話すと思ったほど症状が出ないことが多い、と書いています。そのうえで、その流暢に話す様子に「気にならないですね」「軽い吃音ですね」という言葉をかけることは、養育者にとってプラスに働くことは少ない、とも述べています。目の前で軽く見えることと、実際に軽いことは、別です。

研究の側は、これを「場面差」という言葉で扱っています。2026年の総説は、場面差を、話す場面・文脈・課題が変わったときや、日ごとの変動を含めて時間が経ったときに、吃音の頻度や重さに目立った変化が起きること、と定義しました。そのうえで、これはでたらめな揺れとみなすべきではなく、分類できる構造を持つと述べています。確実に軽くなる場面として挙げられているのは、誰もいないところでの独り言、歌、斉読(声を合わせて読むこと)、強い没頭や高揚。確実に重くなる場面として挙げられているのは、聴衆の前、目上の人、自己紹介や自分の名前を言うときです。斉読では参加者全員が改善するものの改善の幅には個人差が大きく、歌でも同様だとしています。

学会の解説も、調子の良い状態あるいは悪い状態が数週間から数か月にわたって続く人も多く、このような症状の変動を(調子の)「波」と呼ぶ、と説明しています。一場面を切り取って重さを決められないのは、画面の中でも、相談室の中でも同じです。

作品を見た人に、何が残ったのか

吃音のある人が画面に出ること自体を、当事者や家族はどう受け止めているのか。別の番組の企画をきっかけに、その線引きを書いた保護者がいます。

保護者の声(吃音のある小学1年生の息子をもつ母/個人ブログ)

福山雅治さんと藤原さくらさんが出てたラヴ・ソングでも藤原さんが演じる女の子が吃音で話すことが苦手だけど、歌が凄くうまくて、ストリートライブでたくさんのお客さんを集めててすごく素敵なドラマだった。

この母親の息子は、保育園のころ、からかわれて笑われて、出しづらい言葉を一時期しゃべらなくなったことがありました。園長、担任、他のクラスの先生にも協力してもらい、挨拶や返事、感謝の言葉を伝えられるようになって卒園した——そこまでを書いたうえで、作品の話が置かれています。吃音があっても他に得意なことを芸にして活動している人がいる、そういうのは希望になると思う、と続く。その一方で、この人は吃音そのものを笑いのネタにする扱いには、はっきり線を引いています。どう描かれるかで受け取り方がここまで変わるのは、吃音が話し方だけの問題ではないからです。

出典: 水曜日のダウンタウン(なっちゃんの育児日記トキドキKPとの日常)(台帳: V0192)

2026年の総説は、吃音のある子どもが仲間から拒まれやすく、仲間内での立ち位置が下がりやすく、いじめに遭いやすいこと、人気者やリーダーと見られにくいことを、先行研究から引いて述べています。学齢期には不安障害、とくに人前で注目されることへの強い不安(社交不安障害)のリスクが高いという知見も引かれています。大人になってからも、吃音のある成人の7割以上が、話し方のせいで採用や昇進の見込みが下がると考えているという調査があります。

2014年の総説も、吃音が生活の質・対人関係・就職の機会と仕事の成績に負の影響を与えること、否定的な思い込みによる決めつけ(スティグマ)や差別を受けやすいことを挙げています。とくに症状が重い場合と、原因が心理的なものだと見なされている場合にそうなりやすい、とされています。作品の中で吃音がどう置かれるかが軽くないのは、画面の外にこの現実があるからです。

作品をきっかけに気になったとき、どこに相談できるか

学会の解説は、楽に話しやすくなるために周囲のコミュニケーション環境を整える方法(環境調整)や、直接発話に働きかける方法、吃音のことを理解する方法など、年齢や状態に合わせた指導があるとしたうえで、小児を扱う言語聴覚士や、ことばの教室の教員に相談しましょう、と書いています。中高生以上や大人については、本人が治療を希望する場合に言語聴覚士による発話訓練という選択肢があり、それだけで症状が改善しない場合や不安が強い場合はカウンセリングや心理療法が役立つこともある、としています。

作品の監修に関わったのも、当事者の集まりでした。学会の解説は、日本にはさまざまな吃音の自助団体があり、「吃音があるのは自分だけではない」ということを認識し、共通の体験を語り合い、苦悩を分かち合い、互いに援助し合うことがおおむね活動の中心だと説明しています。1965年に発足した「言友会」は日本で最も歴史が古く、定例会や全国大会を開催するなど活発に活動している団体だと紹介されており、近年では若者を対象とした団体や、女性の集いを開催する団体も設立されている、とも書かれています。

学校や職場でできることも、資料に具体的に挙がっています。入試の面接では、事前に吃音があることを伝えておくと、「過重な負担」となる範囲を除いて、寛容な聞き手の姿勢や時間的な余裕の確保といった合理的配慮を受けることができます。電話が苦手な人については、2021年から総務省が主体となって公共インフラの一つになった「電話リレーサービス」を使うことができ、困り感の軽減につながっているとされています。吃音症は精神障害者保健福祉手帳または身体障害者手帳の対象となるため、就職面接で障害者枠という選択肢もあります。

学童期については、吃音のある子の過半数が笑われたりからかわれたりしており、それによって自尊感情の低下や不登校などの二次障害が生じやすくなるので、本人の意向を聞きながらクラスや学校の環境調整に当たる、と書かれています。大人については、自分が吃ることを周囲に開示して協力を求める環境調整があり、あえて吃ってみせるなどして吃ることを伝えると心理的負担が減り、楽にコミュニケーションができるようになる、とされています。障害者差別解消法などにより、雇用主は吃音のある人から求められれば合理的配慮をする義務があります(面接時間を長くする、電話業務を免除するなど)。ただし、そのためには吃音の診断書が必要とされることが多い、とも書かれています。

作品をきっかけに吃音を調べるときの3つの落とし穴

落とし穴1 − 役の話し方を、演じた本人の話し方だと受け取る

吃音のある役を演じたことと、演じた人に吃音があることは、別の話です。この記事で確かめられるのは、当事者団体が監修として関わり、当事者が演技指導をしたという、当時その場にいた人の記録までです。本人の話し方について書かれた資料は手元にないので、ここでは触れません。作品をきっかけに吃音を知った人が、その俳優の健康状態を推し量る必要もありません。

落とし穴2 − 「歌えるなら軽い」「歌えば大丈夫」と考える

歌や斉読で流暢になることは、多くの当事者に起きます。しかし歌い出しのように自分でタイミングを取る場所では言葉が出ないことがあり、その場面を書き残している当事者がいます。相談の場でも、目の前で症状が出ないために「軽い吃音ですね」と言われてしまうことがあり、それが養育者にとってプラスに働くことは少ないと指摘されています。流暢に見える場面があることは、軽いことの証明にはなりません。

落とし穴3 − 画面で見た話し方を、吃音のすべてだと思う

症状の重さは同じ人の中でも日・週・月の単位で揺れ、見え方や聞こえ方は場面や気持ちによって変わり、隠し方も人によって違います。目に見える詰まりだけでなく、言い換えや回避のように外から分からない層があるということです。一つの作品で見た話し方を物差しにして、目の前の人の困りごとを測らないほうが確かです。気になるときは、記録を残したうえで言語聴覚士やことばの教室に相談するのが近道です。

よくある質問

藤原さくらさんには吃音があるのですか?

この記事で出典として確かめられるのは、2016年に放送された月9ドラマで吃音のある役を演じたこと、その作品に当事者団体が監修として関わり、当事者が演技指導を担当したこと——という、制作に関わった当事者と、視聴した家族が書き残した記録までです。本人の話し方について書かれた資料は手元にないため、この記事では扱いません。

作品名は「ラヴソング」と「ラブソング」のどちらですか?

当事者が書き残した記録には、どちらの表記も出てきます。制作に協力した当事者の連載では『ラヴソング』、視聴した保護者のブログでは「ラブソング」と書かれていました。正式な表記は公式の資料でご確認ください。この記事はどちらの表記でも同じ作品を指しているものとして扱っています。

歌うと吃音が出なくなるのはなぜですか?

完全には分かっていません。2024年の総説は、これを吃音の未解決の謎の筆頭に挙げています。外からタイミングが与えられる場面では、脳が自前でタイミングを作る負担が減ると説明できるとされていますが、歌についてはふつうの発話とは別の仕組みでタイミングを作っている可能性が高い、とされています。

歌えるなら、吃音は軽いということですか?

そうとは限りません。相談の場では思ったほど症状が出ないことが多く、その様子に「軽い吃音ですね」と言葉をかけることは養育者にとってプラスに働くことが少ない、と指摘されています。同じ人でも、調子の良い状態・悪い状態が数週間から数か月続くことがあり、この変動は「波」と呼ばれています。

ドラマの吃音の演技は、当事者から見て正確なのですか?

制作に関わった当事者は、放送後の演技について当事者の間ではおおむね好評だったと書き残しています。一方で、症状の軽重や出方は当事者によって違うため、一人の指導で十分かどうかは難しい面があったとも書いています。研究の側も、吃音の見え方は日によっても人によっても変わるとしています。

まとめ

  • 歌うとき、2人で声を合わせるとき、独り言を言うときなどに一時的に流暢になる人は多く、外からタイミングが与えられる場面で症状が消えることから、吃音は発話のタイミングの障害と言われている。
  • 声を合わせる場面の効果は測られており、模擬発表の探索的な研究では詰まった音節の割合が平均10%から3%未満に下がった。ただし少人数・その場の測定で、訓練の効果ではない。
  • なぜ歌だと出ないのかは未解決で、2024年の総説が3つの謎の筆頭に挙げている。
  • 「歌なら大丈夫」ではない。歌い出しで言葉が出なかった記録もあり、症状は場面と時期で変わる。
  • 画面の話し方は、台本の監修と当事者による演技指導を経て作られていた。中核症状の3つと随伴症状は、学会の解説にも項目として挙げられている。
  • 気になったときの相談先は、小児を扱う言語聴覚士やことばの教室の教員。自助団体という選択肢もあり、作品の監修に関わったのもそうした当事者の集まりだった。

参考文献

  1. 日本吃音・流暢性障害学会「吃音(きつおん)について」(広報委員会作成・2023年10月)
  2. 発達障害ナビポータル「小児期発症流暢症(吃音)」(厚生労働省 国立障害者リハビリテーションセンター・文部科学省 国立特別支援教育総合研究所)
  3. 発達性吃音(どもり)の研究プロジェクト「治療の解説」(kitsuon-kenkyu.umin.jp)
  4. Neef & Chang (2024) Knowns and unknowns about the neurobiology of stuttering. PLOS Biology.
  5. Craig-McQuaide, Akram, Zrinzo & Tripoliti (2014) A review of brain circuitries involved in stuttering. Front Hum Neurosci.
  6. Chang & Guenther (2020) Involvement of the Cortico-Basal Ganglia-Thalamocortical Loop in Developmental Stuttering. Front Psychol.
  7. Jalil, Ajwad & Jalil (2026) Unraveling the mystery of stuttering: clinical and physiological insights into its manifestation. Front Hum Neurosci.
  8. Costa, Ritto, Juste & Andrade (2017) Comparison between the speech performance of fluent speakers and individuals who stutter. CoDAS.
  9. Demirel (2025) A novel use of choral speech significantly reduces stuttering in a simulated presentation setting: An exploratory study. J Fluency Disord.

当事者・家族の声の出典: V0382(個人ブログ・60代女性/歌と吃音)/ V0459(note・hiroさんの連載/制作協力の記録)/ V0014(個人ブログ・幼児の吃音を記録した母)/ V0192(アメブロ・小学1年生の息子をもつ母)。いずれも公開記事。引用は原文どおり。

更新履歴: 2026-09-12 公開