まず結論から
- 吃音に有効性が確立された薬はなく、吃音を適応として保険が使える薬もありません。米国でも、吃音の治療薬として承認された薬は一つもありません。
- パキシルの成分であるパロキセチンについては、吃音に対して臨床的な反応を示さなかったと報告されています。不安を抑える薬(ベンゾジアゼピン系などの抗不安薬)も、短期的に不安は下げたものの、なめらかさの改善は示しませんでした。
- 不安が下がっても、どもりの量が自動的に減るわけではない——大人向けの集中プログラムを評価した研究は、そう結論しています。逆に、どもりの量が減らなくても、吃音にまつわる不安や回避のほうは扱えるとも述べられています。
- 逆向きの話もあります。約300万人分の医療記録をたどった研究では、18種類の薬が22人で吃音を起こした可能性ありと判定され、多かったのは抗てんかん薬・中枢神経刺激薬・抗うつ薬でした。
- ドイツの診療ガイドラインは、吃音そのものへの薬による治療は行うべきでないとし、そう判断した根拠も強いとしています。
ただし、これは「あなたに出ている薬が間違っている」という意味でも、「不安への薬は無意味だ」という意味でもありません。吃音が原因となった二次的な抑うつや社交不安障害——人前で否定的に評価されることへの強い恐怖が続く状態——に対して、薬による治療が行われることはあるとされています。何のために出ている薬なのかは処方した医師にしか分かりませんし、自己判断でやめたり量を変えたりしないでください。
「薬もある」と言われた日——家族の記録から
薬の話は、たいてい診察室で不意に出てきます。こちらが薬を求めていなくても、困りごとを伝えた流れで名前が挙がる。ある父親が、高校生の長女の検査結果を聞いた日のことを書き残しています。
保護者(父・本人も吃音当事者/個人ブログ。医師の言葉は、診察に同席した妻から伝え聞いたもの)
全て口頭だったようですが「発達障害ではない」と。
「緊張が強く辛いなら薬もある。うつ病の薬だから、そこは理解してほしい」
病院は6/28で終了となりました。
ホッとしたような、残念なような。
今それなりに通えているので、結果は想定していた。
少なくとも、進学、受験に関しては手帳のサポート無しで頑張らないといけない。
診断書はこの病院で書いてもらえるかワカランが可能性はあるかもだけど。
薬で難発改善ってtwitterとか菊池先生の本で知識はあって。
本人が望むなら動こうと思う。
前の年の11月か12月に予約を入れ、初診が6月になった長女の受診です。父自身も吃音当事者で、初診には同席し、精神障害者保健福祉手帳を取れないか、社交不安障害ではないかと率直に聞いていました。2回目からは検査が続き、6月28日に結果が伝えられて通院はそこで終わります。注目したいのは、医師の言葉の後半です——薬はある、ただしそれはうつ病の薬だ、そこは理解してほしい。父の側にも「薬で難発が改善する」という話が届いていた。この二つの温度差が、この記事の出発点になります。日本の解説も、まさに同じことを書いています。
出典: 吃音持ちの長女が「(現状だと)精神障害者保健福祉手帳無理」と病院から言われた話(はてなブログ「吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ」)(台帳: V0101)
日本の発達性吃音の研究プロジェクトの解説は、吃音に有効性が確立された薬物はない、と明記しています。3分の1程度の症例に有効だと報告されているものはあるものの、吃音が適応として保険収載されている薬はありません。そのうえで、薬が使われるのは吃音そのものというよりも、吃音が原因となった二次的な抑うつや社交不安障害に対してだ、とも書かれています。診察室で出てきた「うつ病の薬だから、そこは理解してほしい」という一言は、この線引きをそのまま口にしたものです。
海外も同じです。米国の薬理学の総説は、吃音には治療薬として承認された薬が一つも無いと明言しています。薬と食事による吃音の治療研究を、決めた手順で世界中から集めて評価しなおした2025年の報告(こうした報告は「系統的レビュー」と呼ばれます)も、有望に見える所見はあるものの、方法上の限界のために確定的な治療の推奨はできない、と結論しました。つまり、「薬で治るのか」という問いに、いまの研究はまだ「はい」と答えていません。
パキシル(パロキセチン)そのものは、どう調べられたか
では、名前を手がかりにここまで来た薬そのものはどうでしょうか。先に、精神科で薬が始まった当事者の記録を置きます。この人が受けた診断は吃音ではありませんでした。
当事者本人(藤岡千恵さん・39歳、会社員/自助団体の会報に載った投稿)
催眠療法を紹介してほしいと精神科を尋ねたが、常に吃音をコントロールしていた私は医師から、吃音ではなく、「神経症」と診断され、薬の服用を勧められた。薬に依存するのが怖くて一度は断ったが、2回目の診察で、「あなたの脳は神経伝達物質が不足している。薬でその物質を補えば気分も安定する」と説明され、いつでもやめられるとのことばで、その日から向精神薬の服用を始めた。
それから、続けて飲んだり、薬をやめたりしながら、私の薬とのつき合いが続いた。完全に服用をやめた時は、以前より激しい症状が現れ、動悸、不眠、強い不安感、思考の低下が起こった。私は焦り、通院と服薬を再開した。
この人は中学生の頃には家族の前でもほぼ完璧に吃音を抑え込んでいて、言いにくい言葉を避け、言い換え、言葉の順番を変えて話していたと書いています。保育士として働き始めた1年目、話すことの多い毎日に耐えかねて自助団体の教室を訪ねたものの、そこには馴染めなかった。そのあとに訪れたのが精神科でした。診察室で常に吃音を抑え込んでいた本人は、吃音ではないと見立てられ、薬が始まります。20代の初めに始まった服薬は、20代後半から30代の大きなテーマになった、と本人は書いています。では、薬の側の研究は、この系統の薬について何を確かめたのでしょうか。
出典: 私はこう生きる―吃音と発達障害、私の考え(日本吃音臨床研究会)(台帳: V0166)
ここからが、この語で最も知っておきたいところです。米国の薬理学の総説は、吃音について調べられた薬を「効果が示されたもの」と「示されなかったもの」に分けて並べています。パロキセチン——脳の中でセロトニンという物質が細胞に取り込まれるのを抑える働きの抗うつ薬で、こうした系統はSSRIと呼ばれます——は、吃音に対して臨床的な反応を示しませんでした。同じ系統の薬だけでなく、それ以前から使われてきた三環系と呼ばれる抗うつ薬についても、吃音の治療にはほとんど利点が示されていない、と書かれています。
「不安を抑える薬なら」という期待についても、答えは同じ向きです。不安をやわらげる作用で知られるベンゾジアゼピン系などの薬は、短期的には不安を下げましたが、なめらかさの改善は示さず、有効成分の入っていない偽の薬(プラセボ)と比べて利点はありませんでした。トゥレット症候群に使われるクロニジンという薬も、よく設計された研究で偽の薬と差が出ず、カルシウム拮抗薬と呼ばれる系統の効果も限定的だったとされています。
さらに、パキシルを飲んだ当人の経過が、論文の中に一例だけ記録されています。大人になってから吃音が始まった男性の症例で、離婚のあとに不安障害とうつの診断を受け、パキシルを処方されたものの、吃音が悪化したと感じて2か月ほどでやめています。同じ人は、自分の声を少し遅らせて聞かせる装置も試しましたが手ごたえが無く、1日で使うのをやめたと書かれています。これは一人の症例であって、効くか効かないかを決める材料ではありません。ただ、「飲めばどうなるか」の答えが人によって逆を向きうることは、この1例からも分かります。
不安が下がれば、どもりも減るのか
パキシルを調べている人の多くは、話す前の不安と、話し方そのものを、ひとつながりのものとして感じています。実際、薬を使いながら働いている当事者もいます。
当事者本人(就労体験記 No.5・男性・30代前半。言語聴覚士として働く/自助団体の就労体験記)
吃音の調子によっては、話すモチベーションを保つことが難しい時期があります。
工夫していること: リハでは、あらかじめ話す内容を考えてから仕事に臨むようにしています。どうしても話す気力が湧かない時には、抗不安薬を服用しています。
自分自身が言語聴覚士として働いている当事者の記録です。会話では話し方がスムーズでないことは明らかだが異常な印象までは与えない、音読では頻繁にどもる、特に母音が苦手だ、と自分の症状を書いています。検査で決まった文を読み上げる場面や、朝礼のように時間の区切られた場面で強く緊張し、威圧的な相手と話すときには伝えるべきことを先延ばしにしてしまうことが少なくない、とも。工夫として挙げられているのは、話す内容を先に考えておくことと、抗不安薬を飲むこと——この二つが同じ行に並んでいます。では、不安が下がると、どもりのほうはどうなるのでしょうか。
出典: 就労体験記 No.1〜20(うぃーすたプロジェクト)(台帳: V0099)
大人向けの3週間の集中プログラムを評価した研究が、この問いに正面から答えています。このプログラムは吃音そのものを治すものではなく、受け入れること・回避・まわりからの偏見・不安といった面に働きかけるものだった、と紹介されています。そこから導かれた結論は二つでした。ひとつは、自分で報告する不安が下がっても、吃音の頻度が自動的に減るわけではないということ。もうひとつは、吃音の頻度が減らない場合でも、吃音にまつわる不安や回避は扱えるということです。
同じ向きの結果が、薬以外の治療でも出ています。考え方と行動のくせに働きかける心理療法(認知行動療法)を、話し方を組み立て直す訓練と組み合わせた臨床試験では、この心理療法は吃音の頻度そのものには影響しなかった一方、日常の話す場面での不安と回避を減らしました。不安と吃音は、同じつまみで動く二つではない、ということです。
だからといって、不安が小さな問題だという話ではありません。同じ総説が引くオーストラリアの研究では、吃音のある大人は不安障害を持つ確率が6〜7倍高く、とくに人前で否定的に評価されることへの強い恐怖が続く状態(社交恐怖・社交不安障害)の基準を満たす確率は16〜34倍、全般性不安症は4倍高いと示されています。不安の高さは、標準的な言語のプログラムの成果を悪くすることが多いとも書かれています。つまり、不安は不安として手当てする値打ちがあり、それはどもりの量を減らす手段としてではない——そういう整理になります。不安や落ち込みのほうが前面に出ているときの相談先は、吃音の二次障害を扱った記事にまとめました。緊張そのものとの付き合い方は緊張を扱った記事にあります。
逆に、薬が吃音を「起こす」ことがある
ここからは、多くの人が予想していない向きの話です。大人になってから急にどもり始めた人の中には、そのとき飲んでいた薬に行き当たる人がいます。次の記録は、研究職の当事者が書いたものです。
当事者本人(石黒栄亀さん・大学院を経て研究職/当事者団体が運営するメディアへの本人寄稿)
会議で話し始めた時、語頭の繰り返しが止まらなくなってしまったのです。
その場にいた人が全員怪訝な顔で私を見ています。
しかし、話せば話すほど言葉は吃り、ある時には出なくなることを繰り返すようになりました。
実はそれが起こる数か月前から、私は心療内科に通うようになっていたため、すぐに主治医にそのことを話しました。
話したといっても、言葉は相変わらずでした。何を喋ろうと吃らずに喋ることなど不可能な状態でした。
主治医の先生は薬の影響かもしれないということで、処方されている薬の1つを変えてくれました。
しかし、結果は変わりませんでした。
この人は子どもの頃から「たまに言葉がすっと出てこない」という体験を重ねていて、高校・大学・大学院と進むうちに、話すことが必須の環境に置かれていきました。研究発表では毎回汗びっしょりになり、焦るほど言葉がもつれる。その延長で、ある日の会議が転機になります。大事なのは、そのあとの一手です——主治医は薬の影響を疑って、処方の一つを変えた。結果は変わりませんでした。この人の吃音が薬によるものだったと確かめられたわけではありません。ただ、「急にどもり出した」と聞いたときに薬を疑うという発想が、臨床の場に確かにあることは分かります。その発想を、医療記録の側から数え上げた研究があります。
出典: 大人になり悪化した吃音「先生、私はこのままなんですか?」(HAPPY FOX・NPO法人日本吃音協会)(台帳: V0093)
薬を使ったことがきっかけで吃音が始まることを、研究では薬剤性吃音と呼びます。表に出る話し方の特徴の多くは、子どものころに始まる発達性吃音と同じだとされています。これまでこの現象を調べた材料は副作用の報告と個別の症例報告に限られていましたが、2025年に、ヴァンダービルト大学メディカルセンターの電子カルテ(診療の記録を電子化したもの)を使って洗い出した研究が出ました。
経緯はこうです。もともとは発達性吃音の人を探す研究で、約300万人分の匿名化された記録に、決めた語句の照合と文章の自動解析をかけ、1567件を人の目で確認して1143件を発達性吃音と確定しました。その過程で除外された424件のうち、40件が薬剤性吃音の疑いありと印を付けられていたのです。この40件を独立に検討しなおしたところ、22件(55%)が薬剤性吃音の可能性ありと判定されました。該当した22人のうち15人が女性、7人が男性で、8人(36%)は18歳未満でした。小児の疑い例はすべて8歳を過ぎてからの発症で、発達性吃音の典型的な発症年齢より後だった、とされています。
疑われた薬は18種類。最も多かった分類は抗てんかん薬(8件)で、次いで中枢神経刺激薬(4件)と抗うつ薬(4件)でした。心血管系の薬が2件、抗ウイルス薬・成長ホルモン・喘息やアレルギーの薬・抗精神病薬・オピオイドが各1件です。個別の薬ではトピラマートという抗てんかん薬が4件で最多、中枢神経刺激薬のメチルフェニデートが2件で、それ以外はいずれも1件だけでした。取られた対応は、疑われた薬の中止が13件、量を減らしたのが3件、残り6件は記載がありませんでした。
ここで、パキシルを調べている人に直接関わる記述が出てきます。研究チームは、SSRIによる薬剤性吃音を説明しうる道筋として、脳の扁桃体という部位を挙げています。脳の傷から吃音に関わる共通のネットワークを割り出した研究に扁桃体の周辺が含まれていたこと、扁桃体が恐怖の条件づけと不安症に関わること、SSRIの不安をやわらげる作用も扁桃体を介するとされること——そしてSSRIを飲み始めた初期には、効果が出る前に不安がかえって強まることがあることが、根拠として並べられています。あわせて、吃音のある成人で扁桃体の活動と吃音の頻度が相関したという報告にも触れられています。
もうひとつ、大人の吃音は男性に多いのに、この研究の薬剤性吃音では女性のほうが多く、男性1に対して女性2.14の比でした。説明として挙げられているのは、女性のほうが心に働く薬を処方される頻度が高いこと、医療機関の利用が多いこと、そして幼児期に吃音から回復した人が多いのは女性なので、話すための運動の仕組みが乱れやすい状態の成人女性が多いのかもしれない、という推測です。
この数字を「薬で吃音になる確率」と読まないでください。原典自身が、精神科のカルテは追加の保護がかかっていて本文を読めないため、抗うつ薬や抗精神病薬による症例を数え落としている可能性が高いと述べています。また、症例の拾い出しに使った語句の照合そのものが発達性吃音向けに作られたものなので、見つかった件数を薬剤性吃音の発生率として読んではいけない、とも明記されています。この研究は「どれくらい起きるか」ではなく「どんな薬で報告されているか」を示したものです。
なお、大人になってから始まる吃音は、原因によって呼び分けられています。同じ研究チームの別の論文は、発達性吃音を探すときに除外する型として、脳卒中や頭部外傷に伴うもの(神経原性)、薬の副作用によるもの(神経薬理学的)、精神病や統合失調症に伴う原因不明のもの(心因性)の3つを挙げています。いずれも大人になってから始まり、一過性であることが多いとされます。
では、効果が報告されている薬は何なのか
「効かなかった薬」の話ばかりでは、片側しか見ないことになります。効果の報告がある薬もあります。ただし、系統がまったく違います。
米国の薬理学の総説によると、証拠が積み上がりつつあるのはドーパミン——脳の中で信号を伝える物質の一つです——の働きを抑える薬のほうです。1980年の研究で流暢さの改善が示された第一世代の薬(ハロペリドール)は、不快感・性機能の障害・体の動きに関わる副作用などのために長く飲み続けることが難しいものでした。第二世代のリスペリドンは吃音の重さを有意に下げた一方、プロラクチンというホルモンの血中濃度を上げ、性機能の障害や月経の停止などを招きうるとされます。オランザピンは運動系の副作用が少ない代わりに体重増加が大きく、偽の薬と比べて有意に優れていたと報告されています。いま治験の段階にあるのは、多くの薬とは違う受け皿(D1受容体)に働くエコピパムなどです。
つまり、効果が報告されている薬と、パキシルのような抗うつ薬は、別の系統に属しています。「気分や不安に効く薬だから、話し方にも効くだろう」という筋道は、いまの研究からは支持されていません。そのうえで、ドイツの診療ガイドラインは、吃音そのものへの薬による治療は行うべきでないとし、そう判断した根拠も強いとしています。同じガイドラインは、避けるべき治療の特徴として、治ることを約束し、治療の目標と進め方を分かるように説明しないものも挙げています。
もう一つ、意外に思われるかもしれない現状があります。言語訓練と薬物療法を直接比べた試験は、まだ一つもありません。評価する人も対象になった人も違うため、既存の研究どうしを並べて比べることもできない、と書かれています。今後は同じ集団の中で、言語訓練だけ・薬だけ・両方の併用の3つを比べるべきだ、というのがこの総説の提案です。銅やチアミン(ビタミンB1)といった食事療法の側がどう判定されたかは、チアミンを扱った記事にまとめました。訓練の中身そのものは訓練の技法を比べた記事にあります。
どこに相談するか——「精神科で診てもらえなかった」の先
この記事で引いた4人の記録には、共通する詰まり方があります。心療内科でも耳鼻咽喉科でも、話し方そのものは専門ではないと言われる。実は、同じ穴が研究の側からも指摘されています。薬剤性吃音を調べた研究は、どの症例でも言語聴覚士への相談や紹介が行われていなかったと報告しました。医療者は薬による影響の可能性を知り、いつ始まり、どう変わり、いつ消えたのかを丁寧に記録すべきで、医師と言語聴覚士の連携が要る、というのがこの研究の提言です。カルテの中には、新しく始まった吃音を薬の副作用によるものと書くことにためらいを見せている記録もありました。
そのうえで、窓口を整理しておきます。
- いま飲んでいる薬のこと(飲み始めてから話しにくくなった、量を変えたい、やめたい)は、その薬を出した医師と薬剤師へ。自己判断で中止したり量を変えたりしないでください。薬剤性吃音の研究で取られていた対応も、医療者の判断による中止や減量でした。
- 話し方そのものは、言語聴覚士のいる医療機関や、子どもであれば地域の「ことばの教室」へ。日本の解説も、治療の中心は、周りの人の接し方や場面のほうを変えること・言語訓練・カウンセリング・心理療法や行動療法であり、どの人にも一様に有効な方法は無いので組み合わせて選ぶとしています。
- 気分の落ち込みや強い不安が前面に出ているときは、精神科・心療内科もあわせて検討します。吃音が原因となった二次的な抑うつや社交不安障害には、薬による治療が行われることもあるとされています。
大人の吃音を専門に扱う外来もあります。国立障害者リハビリテーションセンター病院の成人吃音相談外来は完全予約制の初診専用で、受診を希望する人は予約センターで予約を取ったうえで受診する形になっています。初診日には問診・診察・検査が行われ、受診希望者が多く予約が取りにくい状況だと案内されています。この記事で引いた記録の一人も、紹介を受けてから3か月待って吃音外来にたどり着いていました。待つ時間があることを織り込んで、早めに動くのが現実的です。
薬を調べるときに陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「不安に効く薬なら、どもりにも効く」と考える
パロキセチンは吃音に臨床的な反応を示さず、不安をやわらげる系統の薬も、短期的に不安は下げたもののなめらかさの改善は示しませんでした。不安が下がっても吃音の頻度が自動的に減るわけではない、という結論も出ています。効果の報告があるのはドーパミンの働きを抑える別の系統で、しかも副作用が続けられなさの壁になっています。不安への手当てと、話し方への手当ては、別々に考えるほうが現実に合っています。
落とし穴2 − 「薬でどもり出した」と思い込む/逆に、可能性を誰にも言わない
薬剤性吃音は実際に報告されていますが、見つかった22件は「可能性あり」と判定されたものであって、原因が確定した数字ではありません。原典自身が、精神科の記録が読めないぶん数え落としている可能性が高く、この件数を発生率として読んではいけないと明記しています。一方で、どの症例でも言語聴覚士への紹介が行われていなかったことも報告されています。心当たりがあるときは、自己判断で中止せず、飲み始めた時期と話し方の変化を日付とともに書き出して、処方元に伝えてください。
落とし穴3 − 「治る」と言い切る情報を信じる
ドイツの診療ガイドラインは、避けるべき治療の特徴として、治ることを約束し、目標と進め方を分かるように説明しないものを挙げています。2025年の系統的レビューも、方法上の限界のため確定的な治療の推奨はできないと結論しました。言い切っている情報ほど、いまの研究の到達点から離れている、と考えるのが安全です。
いつから何を飲み、話し方がどう変わったか(変わらなかったか)を日付とともに書き留めておくと、医師にも言語聴覚士にも、同じ事実をそのまま渡せます。記録を小さく続けることから始めるのが現実的です。発話や気分の記録を「見える化」できるアプリ(toVoice)はその手助けになりますが、記録と経過の把握を支えるものであって、治療を行うものではありません。
よくある質問
パキシル(パロキセチン)で吃音は治りますか?
治ると言える材料は手元にありません。米国の薬理学の総説は、パロキセチンは吃音に対して臨床的な反応を示さなかったと報告しています。日本の解説も、吃音に有効性が確立された薬物はなく、吃音が適応として保険収載されている薬も無いとしています。ドイツの診療ガイドラインは、吃音そのものへの薬による治療は行うべきでないとし、根拠も強いとしています。
吃音に保険が使える薬はありますか?
吃音を適応として保険収載されている薬はありません。米国でも、吃音の治療薬として承認された薬は一つもありません。ただし、吃音が原因となった二次的な抑うつや社交不安障害に対して、薬による治療が行われることはあるとされています。何のために出ている薬なのかは、処方した医師に確かめてください。
社交不安の薬を飲めば、どもりも減りますか?
不安と吃音は別々に動きます。大人向けの集中プログラムを評価した研究は、自分で報告する不安が下がっても吃音の頻度が自動的に減るわけではないと結論しました。話し方を組み立て直す訓練に認知行動療法を組み合わせた試験でも、この心理療法は吃音の頻度そのものには影響せず、日常の話す場面での不安と回避を減らしたと報告されています。不安への手当てには、それ自体の値打ちがあります。
薬の副作用で吃音が出ることはありますか?
報告はあります。約300万人分の医療記録を調べた2025年の研究では、疑い例40件のうち22件(55%)が薬剤性吃音の可能性ありと判定され、18種類の薬が関わっていました。多かった分類は抗てんかん薬(8件)、中枢神経刺激薬(4件)、抗うつ薬(4件)です。ただし原典自身が、精神科の記録を読めないため数え落としている可能性が高く、この件数を発生率として読んではいけないと述べています。
薬を飲み始めてから話しにくくなりました。やめてもいいですか?
この記事では、中止や減量をすすめることはできません。薬剤性吃音を調べた研究で取られていた対応も、医療者の判断による中止(13件)や減量(3件)でした。同じ研究は、医師と言語聴覚士の連携が必要だと提言しています。飲み始めた時期と話し方の変化を書き出して、まず処方元の医師に相談してください。話し方そのものの相談先は、言語聴覚士のいる医療機関やことばの教室です。
まとめ
- 吃音に有効性が確立された薬はなく、吃音を適応として保険が使える薬も無い。米国でも承認された治療薬は一つも無い。
- パキシルの成分パロキセチンは、吃音に対して臨床的な反応を示さなかったと報告されている。不安をやわらげる系統の薬も、なめらかさの改善は示さなかった。パキシルで吃音が悪化したと感じて2か月でやめた症例も記録されている。
- 不安が下がっても、どもりの量が自動的に減るわけではない。逆に、どもりの量が減らなくても不安と回避は扱える。不安の併存は多く、手当てする値打ちはある。
- 逆向きに、薬が吃音を起こす報告もある。約300万人分の記録から22件が可能性ありと判定され、抗てんかん薬・中枢神経刺激薬・抗うつ薬が多かった。ただし件数は発生率ではない。
- 効果の報告がある薬はドーパミンの働きを抑える別系統で、副作用が壁になる。ドイツの診療ガイドラインは薬による治療を「行うべきでない」としている。薬のことは処方元へ、話し方は言語聴覚士へ。大人の専門外来は完全予約制で待ちがある。