まず結論から
- 吃音は2〜4歳をピークにほとんどが幼児期に始まり、日本の研究では3歳までに8.9%の子どもに始まると報告されています。学童期以降、成人までで吃音のある人の割合は0.8%が妥当だといわれています。
- 吃音の中心にあるのは、音がくり返される・音が引き伸ばされる・最初の音が出てこないという3つの出方で、話すときに体が動いてしまうことを伴う場合もあります。
- 同じ人でも場面によって出やすさが変わり、歌うときや二人で声を合わせるときは一時的に流れるように話せる人が多く、調子には数週間から数か月にわたる「波」もあります。
- 幼児期に始まる吃音は発達性吃音と呼ばれ9割以上を占め、脳卒中や頭部外傷のあと・薬の副作用・強い精神症状に伴って始まるものは、別のものとして分けられています。
- 吃音に学習面のつまずきや注意の困難、自閉スペクトラム症、知的発達症などが重なることはあります。ただし重なっているかどうかは話し方からは分からず、成人の外来では自閉スペクトラム症が併存していた52人のうち、それまでに診断されていたのは2人でした。
ただし、この記事は山下清という個人を診断するものではありません。本サイトが書けるのは「誰が、どこで、そう書き残しているか」までです。山下清については、母親が「三歳の頃,消化不良で歩けなくなり二ヶ月程でそれが治つてから少し吃りはじめた」と語った聞き取りが1940年に刊行された書籍に残り、映画やテレビドラマの大げさな表現について本人が「僕はあんなにどもらない」と述べたという記録も、家族の書いた本からの引用として残っています。どちらも東京学芸大学の紀要に載った2016年の研究が、出典と頁を明記して引用したものです。引用元の研究は行動の特徴について別の見立ても検討していますが、その当否は本サイトの扱う範囲の外にあり、ここで引くのは母親と本人の言葉の部分だけです。故人の状態や、その程度を後から判定することはできません。
本当に吃音があったのか——母が語った三歳の頃
山下清は1922年、東京市浅草区(いまの東京都台東区)に生まれ、貼り絵の作品を数多く残して1971年に亡くなりました。3歳のとき、風邪から重い消化不良になって高熱を出し、その後遺症として軽い言語障害と知的障害がみられるようになったといわれています。
この時期については、本人が存命だった1940年に、戸川行男という研究者が母親から直接聞き取った記録が残っています。東京学芸大学の紀要に載った2016年の研究が、その原文を頁つきで引用しています。旧い仮名づかいのまま引きます。
山下清(貼り絵の画家・故人、1922-1971)の母親の語り。戸川行男『特異児童』(1940年・目黒書店)に記録された聞き取りを、東京学芸大学紀要の研究が出典と頁を明記して引用したもの(仮名づかい・漢字は原文のまま)
三歳の頃,消化不良で歩けなくなり二ヶ月程でそれが治つてから少し吃りはじめた。子供の時から二錢三錢の小遣で決してお菓子を買はず切抜きを買つて遊んだ。尋常一年の頃,いぢめられて暮した。いぢめられるので遠路をして家に帰つて来た。変わつていたため他人と一緒に遊ばず,遊ぶときには一人で遠くに行つた。兄弟喧嘩して怪我をさせたことがある。虫をとつては絵を画いていた。友達と遊ばず一人で虫をとつて画いていた。尋常三年のときボール紙細工で賞をもらつた。
語っているのは、有名になったあとの画家の姿ではなく、小学校に上がる前後の日々です。話し方のことは冒頭の一文だけで、そのあとに続くのは、小遣いで切り抜きを買ったこと、一年生の頃にいじめられて遠回りをして帰ったこと、一人で遠くまで行って虫をとり、その虫を絵に描いていたこと。母親は出来事を並べているだけで、感情の説明はほとんどありません。吃音は、2歳から4歳をピークにほとんどが幼児期に始まると整理されており、日本の研究では3歳までに8.9%の子どもに始まると報告されています。
出典: 山下清と自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群)に関する検討(東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅱ 第67集・2016年)(台帳: V0514)
幼児期に始まる吃音は発達性吃音と呼ばれ、吃音の9割以上がこれにあたります。残りは獲得性吃音と呼ばれ、脳卒中や頭部外傷のあとに始まるもの、薬の副作用によるもの、強い精神症状に伴うものなどが、発達性吃音とは別のものとして分けられています。これらは大人になってから始まり、一時的であることが多く、成り立ちが違うと考えられています。
三歳という始まりの時期だけを見れば、幼児期に始まる吃音の多い年代と重なります。ただし、病気の後に始まったという記録から、それがどちらにあたるのかを後から判定することは本サイトにはできません。ここで確かめられるのは、母親がそう語った記録が1940年の書籍に残っていて、それを2016年の研究が頁つきで引用している、というところまでです。
始まってからの経過については、数字も出ています。吃音が始まって2年後までに自然に治まっていた割合は31%、3年後までだと63%、4年後までだと74%と報告されており、発症から4年以上たつ(あるいは8歳以上になる)と、自然に治まる確率は下がるとされています。学童期以降、成人までで吃音のある人の割合は0.8%が妥当だといわれています。
ドラマの「どもる」演技は、本人の話し方だったのか
1958年には映画「裸の大将」が公開され、1980年から1997年まではテレビドラマ「裸の大将放浪記」が放送されました。どちらも、放浪中のできごとを面白おかしく脚色したもので、ふらりと町にやってきた主人公が騒動に巻き込まれながら人びとと触れあう、という筋立てです。実際には、放浪の途中でほとんど絵は描かれておらず、日記もつけられていません。施設や実家に戻ってから、記憶をたどって貼り絵にし、日記を書いていたと考えられています。
作品の中の大げさな表現について、本人が言葉を残しています。同じ研究が、甥にあたる山下浩さんの『家族が語る山下清』(2000年・並木書房)から頁つきで引いている箇所には、「僕はあんなことは言わない」「あれは僕じゃない」、そして「僕はあんなにどもらない」という三つの言葉が並んでいます。おもしろおかしく演じられることに抵抗があり、誇張された「どもる」演技を気にかけていた、とも書かれています。テレビのバラエティー番組に出るときには、前もって家族に服装や持ち物がおかしくないかを確かめ、放送が終わったあとも自分の話し方や内容を家族に確かめていた、という記述も続きます。
では、演技として強調された「どもる」話し方と、実際の吃音は、どこが違うのでしょうか。当事者本人が自分の言葉で説明している文章があります。
横井秀明さん(愛知県・男性/吃音当事者)。第52回NHK障害福祉賞の最優秀作品「ことばを取り戻す」より
吃音とは、昔は「どもり」と呼ばれていた、スムーズに話せない障害で、「たたたまご」のように言葉が連続して出てしまったり、「たーまご」と伸びてしまったり、「……たまご」と、そもそも声が出て来ない症状(ブロック)が代表的です。これは、わざとやっているわけではありませんし、緊張や早口とも直接は関係がありません。こういうふうに説明しないと分かってもらえませんし、説明しても、「落ち着いて」、「ゆっくり話して」と言われることが少なくありません。そういう問題じゃありません。落ち着いていても、ゆっくり話しても、吃(ども)る時は吃るんです。吃音はあまり知られていないことから、ずっと誤解され続けてきました。
三つの出方が、卵という一つの言葉で説明されています。「たたたまご」と音がくり返される。「たーまご」と音が引き伸ばされる。「……たまご」と、そもそも声が出てこない。画面の中で演じられるのはたいてい一つめだけで、しかも回数が多く、大きく演じられます。三つめの、声が出ないまま止まっている時間は、見た目には何も起きていないので、演技としては描きにくいものです。そして本人が念を押しているのは、わざとではないこと、緊張や早口の問題ではないこと、そして「落ち着いて」「ゆっくり話して」では解決しないことでした。学会の解説も、この三つを吃音の中心にある症状として挙げています。
出典: 第52回NHK障害福祉賞 最優秀作品「ことばを取り戻す」(NHK厚生文化事業団)(台帳: V0113)
学会の解説によれば、話すときに体の他の部分が動いてしまうことや、吃音があることを隠そうとして話すこと自体を避ける工夫をすることもあり、そうした経験が重なると孤独感につながることもあります。歌うとき、二人で声を合わせるとき、独り言のときには、一時的に流れるように話せる人が多いことも知られています。さらに、調子の良い状態や悪い状態が数週間から数か月にわたって続くことも多く、この変動は調子の「波」と呼ばれています。
つまり、同じ人でも場面と時期によって出方は変わります。ある一場面を切り取って演じたものが、その人の話し方の全体を表しているとは限りません。ドラマの中の吃音の描かれ方については、吃音ドラマの記事でも当事者の受け止めとあわせて扱っています。
描かれる側に、相談はあったのか
甥にあたる山下浩さんは、2000年の本のなかで、世に出ている山下清像について「どれも知的障害者としての山下清像が先行しすぎて」「そのイメージのもとに絵画作品も批評されていることは非常に残念」と述べています。描かれる側と、その家族が、描かれ方に対して言葉を残しているということです。これは過去の話ではありません。
インタレスティングたけしさん(吃音のあるお笑い芸人)。乙武洋匡さんとの対談記事より。かぎ括弧の中は番組の企画名と本人の当時の感想
「急に先輩芸人にキレられたらどうなるか」というドッキリ企画で、僕が怒られて吃っている様子が放送されて、日本吃音協会がテレビ局に抗議したのですが、「なんで当事者の僕に一言言ってもらえなかったんだ」というのが率直な感想でした。
番組では吃音をいじったり、触れたりすることもなかったのに。
抗議したのは当事者の団体で、抗議された相手はテレビ局です。そのあいだで、画面に映っていた本人には一言もなかった、というのがここで語られていることです。この人は同じ対談のなかで「僕は個性だと思ってるので、そういうふうに見てほしいです」とも述べ、「テレビで晒すのはかわいそう」という擁護の声についても、そう思われると笑われづらくなって芸人としては困る、と話しています。守ろうとする側の言葉であっても、本人の望みと食い違うことがある、ということです。学会の解説は、当事者が「吃音があるのは自分だけではない」と知り、体験を語り合う自助団体の活動を紹介しています。
出典: 「障害を個性として見てほしい」乙武洋匡と吃音芸人・インタレスティングたけしが対談(日刊SPA!)(台帳: V0040)
日本にはさまざまな吃音の自助団体があり、活動の中心は、当事者どうしが共通の体験を語り合い、互いに援助し合うことにあります。なかでも1965年に発足した「言友会」は国内で最も歴史が古く、定例会や全国大会を開いています。近年は若者を対象にした団体や、女性の集まりを開く団体も設立され、SNSや動画配信を使った発信も盛んに行われています。自分の話し方が人に語られるときに、自分の言葉で語り返せる場所がある、ということでもあります。
音読の順番が回ってくる——笑われた記憶はどれくらい残るのか
母親の語りには、「尋常一年の頃、いぢめられて暮した」という一文がありました。詳しい事情は書かれていませんが、学校で何かが起きていた、という記録です。同じような場面は、いまの学校でも起きています。
ゆゆぱんちさん(24歳・女性・イラストレーター)。記者による取材記事より(はじめの2段落は記者が書いた文、最後の段落が本人の言葉)
特に苦痛だったのは、国語の音読。自分の番が回ってくる恐怖が今でも忘れられない。読んだ後には同級生から話し方をまねされたり、からかわれたりした。
ある日、音読の授業を終えて泣きながら帰った。家に着くと、母親が買ってきた少女漫画が目に入った。平凡な主人公が大好きな歌で活躍し、周りも自分も幸せになるというストーリーに、一気にのめり込んだ。
「漫画を読んでいる間はつらい現実を忘れられ、読み終わった後はポジティブな自分になっていることに気が付きました。私自身も読んで楽しくなる漫画を描きたいと思い、将来の夢ができました」
順番が回ってくるまでの時間と、読み終わったあとに起きること。取材を受けた時点で24歳になっていて、その恐怖は「今でも忘れられない」と書かれています。泣いて帰った日に手に取ったのが、母親が買ってきた少女漫画でした。いま本人はイラストレーターとして働いています。吃音があったから絵の道に進んだ、という話ではありません。笑われた日と、そのあとに手に取ったものが、同じ一日のなかに並んでいるという記録です。学会の解説は、学齢期は先生の対応や友達関係に大きく影響され、吃音をからかわれたり、発表や音読で思うように話せない経験をすることで、自分自身をも否定的にとらえる受け止めが起こってくると述べています。
出典: 吃音症でも好きな仕事に就く ゆゆぱんちさん(福祉仏教 for believe/文化時報)(台帳: V0110)
周囲からの指摘が始まる時期にも、おおよその目安があります。4歳ごろ(早い子は2、3歳でも)になると本人が「言いにくい」「他の子と話し方が違う」と気づき始め、周りの子どもも違いを不思議に思う時期になって、「なんで『あああ』ってなるの?」というような指摘が始まることがあります。こうした指摘をきっかけに、話すときに力が入って声が出しにくくなったり、体を動かしながら話そうとしたりする子も出てきます。
思春期以降は、音がくり返される出方よりも、最初の音が出てこない出方が中心になります。失敗した経験が重なると、話し始める前に不安や恐怖を感じ、会話や人づきあいを避けるようになることもあります。言いにくい単語を別の言葉に言い換えて、吃音を目立たなくする工夫をする人もいます。この場合、周りからは見えにくくなりますが、実際には吃音が出ないかを日々警戒しながら過ごすことになります。
吃音と知的障害・発達障害は、どういう関係にあるのか
山下清について書かれたものを読むと、話し方のことと知的な面のことが、たいてい一続きの文のなかに並んでいます。この二つはどういう関係にあるのか、いまの資料が言っていることを確かめておきます。
日本小児神経学会は、生まれつきの発達の特性にまつわる状態をまとめて解説するなかで、それぞれの関係を図にしたうえで、こう書き添えています——線で区切っているが、線の辺縁はぼやけている、と。さらに、この図のなかでの子どもの位置は発達や環境で変わっていく、子どもは変化していくという考え方が必要だ、とも述べています。境目はきれいに引けるものではなく、時間とともに動く、ということです。
吃音に重なりやすい状態として、学会の解説が挙げているのは、読み書きや計算のつまずき(限局性学習症)、注意や落ち着きにくさの困難(注意欠如・多動症)、自閉スペクトラム症、知的発達症、てんかん、発音の誤りなどです。
どのくらいの割合で重なるのかを実際に数えた調査もあります。米国の全国調査のデータを分析した研究では、吃音のある子の60.32%が吃音以外に何らかの状態を1つ以上あわせ持っていたのに対し、吃音のない子では3分の1に満たない26.44%でした。どちらの群でも多かったのは、注意欠如・多動症、喘息、自閉スペクトラム症の3つで、併存の割合は全体として男の子のほうが高くなっています。
ただし、この数字がどう集められたかは知っておいたほうがよい部分です。この調査で吃音は、医師の診断名としてではなく「過去12か月のあいだにどもることがあったか」という聞き方で保護者に尋ねられており、専門家が測り直した数ではありません。同じ質問の並びには、注意欠如・多動症、自閉スペクトラム症、学習障害、知的障害なども入っています。
病院の記録から数えた研究もあります。米国の大規模な電子カルテを調べた研究では、発達性吃音と確定した症例のうち、吃音の重症度検査の点数と言語聴覚士の評価による診断が記録されていたのは約43%にとどまりました。吃音と一緒に多かったのは、発達の遅れ、言葉の障害、広汎性発達障害、チックに関する記録でしたが、自閉症そのものを指すコードは、対照群と比べて有意に多くはなっていません。欧州で6歳児を対象に調べた研究でも、吃音が属するコミュニケーションの障害と、読み書きや計算の学習面のつまずきが一緒に現れやすいことが観察されています。
逆の見落としも起きます。国立障害者リハビリテーションセンターの成人吃音外来で、5年間の初診患者195人を調べた報告では、52.3%(102人)に精神疾患の併存があり、自閉スペクトラム症は26.4%(52人)にみられました。注目したいのは、その52人のうち、それまでに自閉スペクトラム症と診断されていたのはわずか2人だったという点です。すでに分かっている状態の影に、別の状態が隠れてしまう現象は診断の影(diagnostic overshadowing)と呼ばれ、吃音はその起点になりやすい診断だと、この報告は述べています。周囲からは「質問と返答がずれる」「表情が硬い」といった様子が吃音で説明できてしまうためです。
ここから言えるのは二つです。重なることはある。しかし、重なっているかどうかは一人ずつ確かめないと分からず、話し方から決まるものではありません。この関係は吃音と発達障害の関係の記事で、知能をめぐる俗説については吃音と知能に関係はある?の記事で、それぞれ詳しく扱っています。
気になったとき、どこに相談できるか
この人物の記録を読んで、自分や家族の話し方が気になった場合の相談先を挙げておきます。幼児・学齢の子どもについては小学校などに置かれている「ことばの教室」、年齢を問わず相談できる専門職は言語聴覚士です。本人が治療を希望する場合には言語聴覚士による発話訓練という選択肢があり、それだけで症状が変わらない場合や吃音への不安が強い場合には、カウンセリングや心理療法が役立つこともあるとされています。吃音の自助団体に参加して他の当事者と出会うことが、吃音を否定的にとらえることが減るきっかけになる場合もあります。
次のようなときは、様子を見るだけで抱え込まず、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 話しにくさを気にして、音読・発表・電話など、話す場面そのものを避け始めている
- 声が出ないまま言葉が止まる状態が増え、体の緊張や体の動きを伴うようになってきた
- 話し方をまねされたり、からかわれたりする出来事が続いている
- 話し方のこと以外にも、読み書きや集中、人づきあいで気になることが重なっている
この4つは、相談を考えるきっかけとして一般的に挙げられるもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。
中高生では部活動や入学の面接、大学生ではゼミの発表や就職活動、社会人では職場の電話応対が、話しにくさを感じやすい場面として挙げられています。期限のある場面が近づいているときは、早めに相談先を持っておくほうが動きやすくなります。
この話を読むときの3つの落とし穴
落とし穴1 − ドラマの話し方を、本人の話し方として受け取る
映画やテレビドラマは、放浪中のできごとを面白おかしく脚色したものでした。本人は大げさな表現について「僕はあんなことは言わない」「あれは僕じゃない」「僕はあんなにどもらない」と述べたと、家族の書いた本からの引用として記録されています。演じられた話し方は、その人の話し方の記録ではありません。実際の吃音には、音がくり返される・引き伸ばされる・声が出てこないという3つの出方があり、場面と時期によって出方が変わって、数週間から数か月の「波」もあります。
落とし穴2 − 「吃音がある」と「知的障害がある」を一続きで結びつける
重なることはあります。しかし、吃音のある成人を調べた報告では、自閉スペクトラム症が併存していた52人のうち、それまでに診断されていたのは2人でした。すでに分かっている状態の影に別の状態が隠れることは、診断の影(diagnostic overshadowing)と呼ばれています。つまり、見えているほうが正しいとは限らず、逆に見えていないものが無いとも限りません。日本小児神経学会も、それぞれの状態の境目について「線の辺縁はぼやけている」と書き、子どもの位置は発達や環境で変わっていくと述べています。
落とし穴3 − 一人の記録を、自分や家族の見通しに読み替える
ある人の話し方がどう始まり、どう続いたかは、その人の記録としては貴重ですが、他の人に同じことが起きる根拠にはなりません。吃音が始まって2年後までに自然に治まっていた割合は31%、3年後までだと63%、4年後までだと74%と報告されていますが、これは集団の平均の傾向です。発症から4年以上たつと自然に治まる確率は下がるとされています。
まずは、どんな場面で言葉が出にくいか、そのとき何が起きたかを書き留めておくと、相談するときの手がかりになります。相談できる場合は、言語聴覚士やことばの教室に相談するのが確実です。
よくある質問
山下清に吃音があったというのは本当ですか?
本サイトは故人を診断できないので、書けるのは「誰が、どこで、そう書き残しているか」までです。1940年に刊行された戸川行男『特異児童』には、本人が存命中に母親から聞き取った言葉として「三歳の頃,消化不良で歩けなくなり二ヶ月程でそれが治つてから少し吃りはじめた」という記録が残っています。東京学芸大学の紀要に載った2016年の研究が、この原文を出典と頁を明記して引用しています。同じ研究は、家族が書いた本から本人の発言も引用しています。
ドラマ「裸の大将」の話し方は、本人の吃音そのものですか?
本人の言葉が残っています。作品の中の大げさな表現について「僕はあんなことは言わない」「あれは僕じゃない」「僕はあんなにどもらない」と述べたと、甥にあたる方の書いた2000年の本からの引用として記録されています。おもしろおかしく演じられることに抵抗があり、誇張された「どもる」演技を気にかけていた、とも書かれています。演じられた話し方を、その人の話し方の記録として読むことはできません。
3歳のときの病気が原因で吃音になったのですか?
本サイトにその判定はできません。記録として残っているのは、母親が病気のあとに話し方が変わったと語った、という順序までです。一般に、幼児期に始まる吃音は発達性吃音と呼ばれ、吃音の9割以上がこれにあたります。脳卒中や頭部外傷のあとに始まるもの、薬の副作用によるもの、強い精神症状に伴うものは、これとは別のものとして分けられており、大人になってから始まって一時的であることが多いとされています。
吃音があると、知的障害や発達障害もあるのですか?
そうとは限りません。重なることはあり、学習面のつまずき、注意の困難、自閉スペクトラム症、知的発達症などが併存しやすい状態として挙げられています。米国の全国調査の分析では、吃音のある子の60.32%が何らかの状態を1つ以上あわせ持っていました。一方で、成人の外来の報告では、自閉スペクトラム症が併存していた52人のうち、それまでに診断されていたのは2人だけでした。重なっているかどうかは、話し方からではなく、一人ずつ確かめる必要があります。
吃音は何歳ごろに始まることが多いのですか?
2歳から4歳をピークに、ほとんどが幼児期に始まると報告されています。近年の調査では、幼児期の発症率は約8〜11%、日本の研究では3歳までの発症率が8.9%と報告されています。一方、学童期以降、成人までで吃音のある人の割合は0.8%が妥当だといわれています。4歳ごろになると、周りの子どもから話し方について指摘が始まることもあります。
まとめ
- 山下清の話し方についての一次資料は、1940年の戸川行男『特異児童』に記録された母親の聞き取りと、2000年に甥が書いた『家族が語る山下清』にある本人の発言で、どちらも東京学芸大学の紀要に載った2016年の研究が出典と頁を明記して引用している。本サイトが書けるのは、その所在までである。
- 母親は「三歳の頃、消化不良で歩けなくなり、二か月ほどで治ってから少し吃りはじめた」と語り、そのあとに続けて、いじめられた一年生の頃と、一人で虫をとって絵を描いていた日々を並べている。
- 映画やドラマの大げさな表現について、本人は「僕はあんなにどもらない」と述べたと記録されている。演じられた話し方は、その人の話し方の記録ではない。
- 吃音は2〜4歳をピークに幼児期に始まることが多く、中心にあるのは音のくり返し・引き伸ばし・声が出てこないという3つの出方で、調子には数週間から数か月の波がある。
- 吃音に学習面のつまずきや注意の困難、自閉スペクトラム症などが重なることはある。ただし成人の外来では、自閉スペクトラム症が併存していた52人のうち診断済みは2人で、重なりは話し方からは分からない。境目について日本小児神経学会も「線の辺縁はぼやけている」と書いている。