まず結論から
- 学会は、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説を、最も問題のある間違った原因論の一つとして挙げています。
- 吃音の専門機関の資料も、保護者の接し方のまずさが原因でお子さんに吃音が生じるわけでは決してありません、と明言しています。
- ただし原因そのものは、まだ完全には解明されていません。お子さんの持っている素因的な要因(生まれつきの体質)と、環境の要因がある条件で組み合わさったときに生じるのではないか、という書き方がされています。
- 保護者に広く勧められてきた「ゆっくり話す」「答える前に間をとる」は、助言を受ける前の録音で測った研究では、子どもの流暢さとの関連が検出されませんでした。
- 吃音のなりやすさに遺伝が強く関わることは繰り返し示されています。これは体質が家族に集まるという話であって、育て方が受け継がれるという話ではありません。
ただし、これは「家庭で何をしても同じ」という意味ではありません。研究者自身が、今の助言が吃音の頻度や診断上の経過を変えないとしても、保護者や治療者が、子どもに良い結果をもたらす自分たちの力が損なわれたと感じるような読み方をしてほしくはない、と書き添えています。
「原因」は、どこまで分かっているのか
先に、いちばん誤解されやすいところを片づけておきます。吃音の原因は、まだ完全には解明されていません。吃音の専門機関の資料は、原因について「お子さんの持っている素因的な要因と、環境の要因がある条件で組み合わさった時に生じるのではないか」という、留保のついた書き方をしています。断定していないのは、書き手が慎重だからではなく、そこまでしか分かっていないからです。
ここでいう「素因」は、生まれつき持っている体質のことです。学会の解説も、吃音の原因についての捉え方は時代とともに変わってきたので、インターネットには古い情報と新しい情報が混ざっている、と注意を促しています。
では研究の側はどう考えているのか。吃音の発達を包括的に論じた総説は、「これが中核の欠陥だ」と一つの原因を名指しする理論を正面から批判しています。話す運動のタイミング、ことばの処理、聞こえのフィードバック——研究者が関心を持っている部分をそのまま吃音の「原因」候補だと仮定して論文が書かれるのが常だった、という指摘です。そのうえで著者らは、自分が研究している部分こそが吃音の「中核の原因」を明らかにする、という主張は根拠がない、とまで書いています。
この総説が提案しているのは、多くの要因が時間の中で影響し合いながら進む、という見方です。要因の重みは吃音のある人ごとに違い、吃音を経験する子はそれぞれに固有の道筋をたどって診断に至る。その道筋は多くの子では回復に向かい、一部の子では持続に向かう、と述べられています。つまり「一つの原因を突き止めれば説明がつく」という形の答えは、そもそも研究の側にも用意されていません。
それでも、体質の関わりははっきりしています。家族の中での調査、双生児の調査、地理的に孤立した集団の調査は、吃音のなりやすさに強い遺伝の影響があることを示しており、遺伝率の推定値は0.42から0.84の幅で報告されています。ただし100万人規模の解析は、集団レベルで見た遺伝の寄与は複雑で多くの遺伝子が少しずつ関わるものであり、一つ一つの効果は小さいか中くらいにとどまる、と結論づけています。この「遺伝率」という数字が何を答えていて何を答えていないかは、遺伝と回復を扱った記事に整理してあります。
「家庭環境のせいじゃないの」と言われたとき
自分で自分を責めるより先に、外から言われることがあります。しかも言ってくるのは、家庭の事情を知っている近い人であることが多い。だから受け流せません。
吃音のある2人の息子の母(個人ブログ)
「末っ子くんって吃音?長男くんもだったよね?私が知ってる吃音の親って、脅す子育てや、傷つけたり親が暴力的な家庭なんだよね」
と。
私のその友達は、私の旦那の事も相談してた事もあり、夫婦事情をよく知ってる友達でした。
関係あるかは分からない。
でも、少し、そんな気もしてたんです。
遺伝って話もあるし、繊細な子って話もあるし。
だけど、やっぱり、吃音と関わるのが1番多いのって母親で。
話すのも時間かかるんです。
そして、話しずらそうにしてる子供も目の当たりにしてて。
そんな中で、私はずーーーーーっと、私を責めてて。
まだまだ怒りすぎてたんだ。
まだまだ、私の接し方が、怖かったんだ。って。
末っ子まで繰り返してたの?って。
3人きょうだいの長男と末っ子に吃音があり、2人とも「言葉の教室」に通ってきた母親が、ブログにこう書き残しています。言ってきたのは、夫婦の事情まで知っている友人でした。母親はその場で否定していません。「関係あるかは分からない」と書き、すぐあとに「でも、少し、そんな気もしてたんです」と書き添えています。子どもと最も長く話すのは自分だという実感が、外から来た言葉と結びついてしまう。この話を彼女が打ち明けたのは「言葉の教室」の先生で、返ってきたのは「原因は分かってないんです、諸説あるんだけど、お母さんのせいじゃないよ、大丈夫よ」という言葉でした。この「原因は分かってない」という前置きは、専門機関の説明とも一致しています。
出典: 吃音(個人ブログ・アメブロ)(台帳: V0534)
学会の解説は、この種の言われ方を名指しで否定しています。最も問題のある間違った原因論として挙げられているのは、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説と、親が吃音だと思って対応することが原因だとする吃音診断起因説で、そのために母親が周囲の人から非難されたという体験談を聞く、と学会自身が書いています。吃音の専門機関の資料も、育て方がまずかったから我が子が吃音になったと自分を責めている保護者や、家族・親戚・近所の人から指摘されて傷ついた保護者に向けて、保護者の接し方のまずさが原因でお子さんに吃音が生じるわけでは決してありません、と明言しています。
そのうえで、正直に書いておきます。家庭の中の厳しさや夫婦の関係と、吃音が始まることを結びつけて調べた研究は、この記事で参照した資料の中にはありませんでした。無いことを「関係がないと証明された」の代わりに使うことはできません。ここで言えるのは、学会と専門機関が否定しているのは「親の接し方が悪かったから吃音になった」という説明の立て方そのものである、というところまでです。なお、この否定がどの説に向けられているのかの経緯は、診断起因説とその後の研究をたどった記事で扱っています。
親自身に吃音があるとき——「遺伝させてしまった」
自責のかたちは一つではありません。「育て方が悪かった」ではなく、「自分の体質を渡してしまった」という方向に向かう人もいます。
3世代に吃音のある家族の母・妻(個人ブログ)
長男が小1の頃、言葉につまるようになりました。 次男は3歳にして、すでに同じような兆しが。
最初は正直、「ふざけてるのかな?」と思いました。 まさか遺伝するなんて、思ってもみなかったから。
でも、その“つまる”感じが、夫とまったく同じであると気づいてしまいました。
この家族には、亡くなった祖父・夫・長男・次男と、3世代にわたってことばにつまる人がいます。夫が自分の吃音に気づいたのは30歳を目前にしたある日、テレビで吃音の特集を観ていたときでした。彼は子どものころから話すことにぎこちなさを感じていたものの、その理由が何なのか分からないまま育ち、親のほうが吃音に触れることを避けていたように思う、と語っています。母であり妻でもある書き手は、息子の詰まり方が夫と同じだと気づいた瞬間を「気づいてしまいました」と書きます。家族の中に吃音が集まること自体は、研究でも繰り返し確かめられてきた事実です。
出典: #12 三代続く吃音。「話せない」は、ほんとうに「できない」なのか?(note)(台帳: V0087)
家族に集まる、という観察は古くからあります。最も直接的な証拠は双生児の研究で、遺伝的にまったく同じ一卵性の双子で二人ともに吃音が見られる割合はおよそ55%、遺伝的には兄弟姉妹と同程度の二卵性の双子ではおよそ18%と報告されています。ここで見落とされがちなのは、一卵性でも半分近くは二人ともにはならないという点です。総説はここから、吃音が現れるか、そして持続するか回復するかは、発達の過程で遺伝子がいつどのくらい働くかに決定的に左右されることを示唆する、と読み取っています。
同じ総説は、この関係をピアノにたとえています。遺伝子は生まれたときからある鍵盤で、その鍵盤をいつ、どのくらいの強さで弾くかにあたるのが遺伝子の働き方であり、弾き方のほうは環境の影響を受ける、という説明です。だから中枢神経の育ち方も、最終的に吃音が出るか出ないかも、生まれた時点で固定されているわけではなく、遺伝子とその働き方と経験のやりとりの中で発達を通じて形づくられる、と書かれています。
つまり「家族に多い」は、体質が受け継がれているという話であって、しつけの仕方が受け継がれているという話ではありません。親自身に吃音があると、この二つが自分の中で結びついてしまいがちですが、研究が見ているのは前者だけです。父母のどちらから受け継ぐのか、家族をたどると誰に見つかるのかという具体は、母親からの遺伝を扱った記事にまとめてあります。
「育て方が原因ではない」と聞いた同じ日に、接し方の話をされる
相談に行くと、たいてい二つのことが続けて説明されます。原因はあなたではない、ということ。そして、こう接してみてください、ということ。並べて聞くと、矛盾しているように感じられます。
4歳と6歳の兄弟の母(個人ブログ・療育センターで受けた説明の記録)
育て方が原因ではない。
言葉が急に発達する2〜6歳ごろ、20人に1人くらいの割合で起こる。
多くの子どもは、成長とともによくなっていくといわれているが、悪化させず、良くなっていくことを促すためにも、適切な対応をとることが大切だそうです。
長男が4歳のころ、療育センターの相談で受けた説明を、母親が項目立てで書き留めた記録です。「原因は?」の欄には体質のことと育て方のことが書かれ、そのすぐ下の「対応方法は?」の欄には、つかえてもさえぎらずに最後まで聞く、ゆっくり子どもの話を聞く時間をもつ、そして「話し方のアドバイスはしないようにする」が並びます。原因の否定と対応の助言が、同じ紙の上下に並んでいる。読む側からは矛盾に見えるこの並びは、専門家の側では矛盾していません。その理由を説明した研究があります。
出典: 【吃音】4歳から6歳の様子と言語療育(note)(台帳: V0184)
親子の会話のタイミングを調べた研究は、冒頭でこの点をはっきりさせています。保護者の考えや行動が吃音の発症を引き起こすと今も信じている治療者や研究者は、ほとんどいない、という書き方です。かつての診断起因説は、「要求と能力」という枠組みでまとめられる一連の考え方に置き換わりました。環境が吃音を作るのではなく、ことば・運動・気質・認知にわたる子どもの限られた能力に対して、その場の要求が大きすぎるときに、流暢に話す力が妨げられうる、という見方です。原因の話ではなく、出やすさの話に変わった、と言い換えてもいいと思います。
この「要求と能力」という説明は、とくに吃音のある子の保護者に向けて最も広く使われてきたものの一つです。先ほどの総説は、自分たちの多因子の理論はこの考え方と矛盾しないとしたうえで、二つは非常に違う水準で吃音を「説明」しているのだ、と整理しています。どちらが正しいかという争いではなく、どの高さから説明しているかが違う、ということです。
ただし研究者自身が、この方向づけには副作用があると認めています。保護者の話し方が流暢さの行く末を左右しうると示唆することで、意図せず保護者に責めを負わせかねない推奨につながることがある、という指摘です。相談の場で感じるあの居心地の悪さには、研究の側にも名前が付いているということになります。
「育て方のせいだ」と言われた人に、何を渡せるか
否定の言葉を自分が受け取ることと、目の前の相手に伝わる形にすることは別の作業です。後者に踏み込んだ記録があります。
2歳4か月で吃音が出た娘の母(個人ブログ)
これを読んでくださってる方のなかには、「家族が子どもの吃音を受け入れようとしない」「『育て方のせいだ』と言われてしまった」と悲しい思いをされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
「本に書いてあった」と説明してもなかなか納得しないかもしれませんが、専門家のアドバイスを発達検査の数値をそえて説明すれば納得してくれるかもしれません。
もちろん、もしそれで何か言われても気にすることはありません。
一番大切なのは目の前の子ども。
人に何を言われても子どもの存在そのものを尊重することが大切です。
娘に初めて吃音の症状が出たのは2歳4か月のとき。市の育児相談から、療育を担当する課との面談を経て、ことばの発達を支援する課につないでもらうまでに1年以上かかったと母親は書いています。3歳で受けたのは新版K式発達検査という、積み木や絵を使って発達の様子を数値で表す検査でした。結果の面談で伝えられたのは、言いたいことがたくさん頭に浮かぶのに体の発達が追いついていないことが吃音の一因ではないか、という見立てです。この母親が書いているのは、自分が納得するための材料ではなく、納得しない家族に渡すための材料の話です。専門機関につながっておくことの意味が、ここに一つ増えます。
出典: 吃音症の3歳の子どもが発達検査を受けました(ミセスチキンハートの子連れ旅行ブログ)(台帳: V0061)
渡せる材料は、検査の数値だけではありません。学会の解説は、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説を、最も問題のある間違った原因論として明記しています。吃音の専門機関の資料も、周囲から指摘されて傷ついている保護者に宛てる形で、接し方のまずさが原因ではないと書いています。どちらも公開されている解説なので、口頭で言い返す代わりに、そのまま見てもらうことができます。相手が納得するかどうかは別として、「自分の感想」ではなく「学会と専門機関の記述」として置けることの差は小さくありません。
相談先として名前が挙がるのは、ことばの教室と言語聴覚士です。園や学校を通して紹介されることもあれば、市区町村の育児相談から順に案内されることもあります。上の記録のように、最初の相談から専門の窓口につながるまでに時間がかかることもあるので、迷っている段階で一度たずねておくほうが結果的に早くなります。
自責は、そのあとどこへ行くのか
「あなたのせいではありません」と言われて、その場で軽くなる人もいます。けれど多くの場合、言葉は残り、自責も残ります。何年もあとに、子ども自身の口から語られることがあります。
プロバスケットボール選手・加藤寿一さん(32歳・放送局の取材記事の中で、母親の言葉を本人が引用)
母は、『吃音があるのは自分の育て方が悪かったのか…自分のせいだと何度も責めた』と言っていました。『”母親のせいではない。誰でも起こりうることだ”と医師に言われて助けられた。吃音のある子どもを持つ親にしかわからない悩みもあるはずだから、子どもだけでなくて親も救ってあげてほしい』と言われました」
加藤さんは福岡県を本拠地とするチームに所属する選手で、2025年から自身の吃音について小学校の通級指導教室などで講演し、吃音のある子どもたちを試合に招いています。もう一つ大切にしているのが保護者との時間で、保護者が互いの顔を見ながら本音で語り合える場所を作ったきっかけは、この母親の言葉でした。母を救ったのは統計でも論文でもなく、医師の口から出た「誰でも起こりうること」という一言です。そして息子は、その一言を自分が渡す側に回っています。この「誰でも起こりうる」は、実際の数字とも矛盾しません。
出典: 「育て方が悪かったのか…」自分を何度も責めた母 吃音のプロバスケットボール選手が当事者の親に伝えたいこと【後編】(RKB毎日放送・Yahoo!ニュース)(台帳: V0276)
学会の解説によれば、近年の幼児期における調査から、吃音が始まる割合はおよそ8〜11%程度と報告されており、日本の研究では3歳までに始まる割合が8.9%と報告されています。特別に珍しい出来事ではなく、園の一クラスに何人かいてもおかしくない頻度です。自分の家だけに起きたことだと感じているとき、この数字は「誰でも起こりうる」を裏づける材料になります。
自責をどこへ持っていくかについては、研究の側からも一つ言えることがあります。親子の会話を調べた研究の著者らは、今の助言が吃音の頻度や診断上の経過に影響しないとしても、保護者や治療者が、良い結果をもたらす自分たちの力が損なわれたと感じるような読み方をしてほしくはない、と明記しています。原因をつくった人ではないが、支える側では中心にいる。この二つは両立します。日々のいらだちや疲れの扱い方は、イライラしてしまう親に向けた記事のほうにまとめてあります。
「ゆっくり話す」「間をとる」は、測るとどうだったのか
保護者に最もよく勧められてきたのが、ゆっくり話すことと、子どもが話し終えてから答えるまでの間を長く取ることです。日本語の資料でも、大人側の話す速さや、話し終えてから一呼吸置くことは具体的な提案として挙げられています。この助言には、実は長いあいだ検証がありませんでした。
2025年に出た研究は、その検証を試みています。使ったのは、保護者が助言を受ける前に録音されていた親子の会話です。のちに吃音が持続した子ども13人、のちに回復した子ども28人、吃音のない子ども21人の記録を、親の話す速さと、子どもが話し終えてから親が話し始めるまでの時間という2点で測りました。
結果はこうです。答えるまでの時間に群の差はなく(のちに回復した子の親は平均0.55秒、持続した子の親は0.43秒、吃音のない子の親は0.62秒で、統計的な差はありませんでした)、話す速さや答えるまでの時間と子どもの流暢さの関連も検出されませんでした。はるかに大きかったのは、親子の組ごとの違いです。著者らはこれを、どの群に属するかにかかわらず、親子それぞれに固有の会話のテンポがある、と読み取っています。
助言の前提と逆を向いた結果もありました。母親の話す速さでも子どもの話す速さでも、のちに回復した子の親子のほうが他の二群より速く話していました。助言はどれも親子の速さの差を縮めることを前提にしていますが、その差も、のちに回復した親子で最も大きかったのです。
ここで踏み外さないように、著者らの言い方をそのまま置いておきます。今回の結果は、間接的な治療の方針が効かないという結論を支持するものではなく、単に効くという結論を支持しないだけだ、と書かれています。そして、この研究が再現されることが決定的に重要だ、とも。「ゆっくり話す助言は無駄だと分かった」ではなく、「効果を裏づける証拠が、いまのところ得られていない」が正確な言い方になります。付け加えると、この論文の第二著者は、これらの推奨を支える初期の研究の一部を自分で行っていたことを本文で断っています。
同じ研究者は翌年、幼児の吃音に対して親の話す速さと会話の交代のしかたを調整するやり方が新たに提案されたことに、反対の立場から応じています。そこでは、規模も期間も大きい研究が話す速さや会話の交代と吃音からの回復に関係がないことを示していること、速さと交代の調整が親の話し方に別の望ましくない変化をもたらしうること、そしてこの治療は回復を決めるのは親だという信念を強めており、その信念は根拠が不十分で害をもたらしうること、が挙げられています。
では家庭で何もしないほうがいいのか、というとそうではありません。同じ著者らは、吃音を喘息や糖尿病のような子どもの慢性の状態になぞらえる見方を紹介しています。こうした状態では、親は発症にはほとんど役割を持たないけれども、症状の管理には重要な役割を持つ。専門家の指導のもとでの保護者の関わりは、とくに「治す」ことを結果と定義できない場合に決定的に重要だ、というのが著者らの立場です。日本語の資料が挙げている提案も、話し方を直すことではなく、話しやすい時間と順番をつくることに寄っています。たとえば子どもに対して「ゆっくり」「落ち着いて」などの声かけは極力控える、という項目が入っています。家庭で具体的に何をどう変えるのかは、環境調整法を扱った記事と子どもへの対応を扱った記事に分けてまとめてあります。
気になるときの相談先——どこへ、いつ
原因を探すより先に効くのは、経過を見てくれる人を持つことです。相談先として名前が挙がるのは、幼児・学齢の子ども向けの「ことばの教室」と、言語聴覚士です。
見通しについては、次のように書かれています。幼児期の吃音の場合、少なくとも半数の子は、特別な指導や支援をしなくても小学校に入学するくらいまでに吃音の問題が見られなくなることが知られています。小学校に入っても吃音が続く子どもでも、ことばの教室や言語聴覚士の適切な指導・支援を受けることで、多くの場合、身体の緊張を伴う重い吃音があまり見られなくなったり、緊張をうまくコントロールしながら話す方法を身につけたりして、日常生活でそれほど大きな支障なく過ごせるようになるとされています。
学会の解説は、自然に治まる割合を経過年数ごとに示しています。吃音が始まって2年後までだと31%、3年後までだと63%、4年後までだと74%で、始まってから4年以上たつと(あるいは8歳以上になると)自然に治まる確率は減少する、という報告です。この数字は経過の傾向を示すもので、相談に行く時期の基準として書かれているものではありません。迷っている段階で相談して構いませんし、早い時期に一度つないでおくほうが、後で必要になったときに動きやすくなります。
次のようなときは、様子を見るだけで抱え込まず、相談を考えてみてください(あくまで目安で、当てはまらなくても相談して構いません)。
- 就学が近づいても吃音が続いている
- ことばが出ずに間があく、体に力が入るといった様子が目立ってきた
- 本人が話しにくさを気にして、話すことを避け始めている
- 保護者自身が、自分を責める時間が長くなっている
この4つは、相談を考えるきっかけとして一般的に挙げられるもので、特定の資料が「受診の目安」として定めているものではありません。
「親のせいか」を調べるときに陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1 − 「親のせいではない」を読んだところで調べ終える
この一文で安心できればいいのですが、多くの人はできません。理由は単純で、「では何が原因なのか」が空いたままだからです。資料が書いているのは、原因はまだ完全には解明されておらず、素因的な要因と環境の要因がある条件で組み合わさったときに生じるのではないか、というところまでです。研究の側も、一つの中核の原因を名指しする理論を退け、要因の重みは人によって違うという見方を取っています。「分かっていない」で止まっているのが現状だと知っておくと、次に「原因が判明しました」と書かれた説明に出会ったときに、立ち止まれます。
落とし穴2 − 接し方の助言を「やっぱり私のせいだ」と読み替える
相談先で接し方の話が出るのは、原因があなたにあると考えられているからではありません。今の治療者や研究者で、保護者の考えや行動が吃音の発症を引き起こすと信じている人はほとんどいない、と論文にはっきり書かれています。それでも助言が責めのように届きうることは、研究者自身が認めています。助言を受け取るときは、「原因の話」ではなく「今より話しやすい場をつくる話」として聞くほうが、事実に近くなります。
落とし穴3 − 情報も記録もないまま一人で抱え込む
吃音には波があり、強く出る日とほとんど出ない日があります。断片的な情報だけで判断せず、公的な資料や専門家に当たるのが近道です。そのうえで、どんな場面で出やすいか、どのくらいの期間続いているかを書き留めておくと、相談のときに話が早くなります。上で見た母親も、園での様子を担任に聞いてから検査に臨んでいました。
まずは気づいたことを書き留めておくことから小さく始め、ことばの教室や言語聴覚士に相談できる場合はそちらが確実です。
よくある質問
吃音の原因は親の育て方ですか?
いいえ。学会は、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説を、最も問題のある間違った原因論の一つとして挙げています。吃音の専門機関の資料も、保護者の接し方のまずさが原因でお子さんに吃音が生じるわけでは決してありません、と明言しています。ただし原因そのものは完全には解明されておらず、素因的な要因と環境の要因の組み合わせで生じるのではないかと考えられている段階です。
家庭環境が悪いと吃音になりますか?
この記事で参照した資料の中には、家庭の中の厳しさや夫婦の関係と吃音が始まることを結びつけて調べた研究はありませんでした。したがって「関係がないと証明されている」とも言えません。言えるのは、学会と専門機関が否定しているのは「親の接し方が悪かったから吃音になった」という説明の立て方だということです。研究の側も、一つの原因を名指しする説明は成り立たないという立場を取っています。
親に吃音があると、子どもにも吃音が出ますか?
吃音のなりやすさに強い遺伝の影響があることは、家族・双生児・孤立した集団の調査が示しています。ただし一卵性の双子でも二人ともに吃音が見られる割合はおよそ55%で、残りは一致しません。100万人規模の解析も、遺伝の寄与は多くの遺伝子が少しずつ関わる複雑なもので、一つ一つの効果は小さいか中くらいだと結論づけています。「親に吃音があるから必ず出る」とは言えません。
「親のせいではない」と言われたのに、接し方のアドバイスをされるのはなぜですか?
原因の話と、今より話しやすくする話が別だからです。今の治療者や研究者で、保護者の考えや行動が吃音の発症を引き起こすと信じている人はほとんどいません。一方で、喘息や糖尿病と同じように、親は発症にはほとんど役割を持たないけれども症状の管理には重要な役割を持つ、という見方が取られています。ただし助言が意図せず保護者を責める形になりうることは、研究者自身が指摘しています。
親戚に「育て方のせいだ」と言われました。どう答えればいいですか?
自分の言葉で説得しようとするより、学会と専門機関の記述をそのまま見てもらうほうが通りやすいことがあります。学会の解説は誤った原因論を名指しで否定しており、吃音の専門機関の資料は、周囲から指摘されて傷ついた保護者に宛てる形で接し方のまずさが原因ではないと書いています。ことばの教室や言語聴覚士につながっていれば、専門家の説明という形で伝えることもできます。
まとめ
- 学会は、親の接し方が悪かった(愛情不足)ことを原因とする説を、最も問題のある間違った原因論の一つとして名指ししている。専門機関の資料も、接し方のまずさが原因ではないと明言している。
- ただし原因は完全には解明されていない。素因的な要因と環境の要因がある条件で組み合わさったときに生じるのではないか、というところまでが現状。研究の側も、一つの中核の原因を名指しする理論を退けている。
- 家族に吃音が集まるのは体質の話で、育て方の話ではない。一卵性の双子でも一致するのはおよそ55%で、遺伝の寄与は多くの遺伝子が少しずつ関わる複雑なものとされる。
- 「ゆっくり話す」「間をとる」は、助言前の録音で測った研究では子どもの流暢さとの関連が検出されなかった。ただし著者らは「効かないという結論ではなく、効くという裏づけが無いだけ」と明記している。
- 原因をつくった人ではないが、支える側では中心にいる。この二つは両立する。気になるときは様子見だけにせず、ことばの教室や言語聴覚士に相談を。